――秋津市西側・繁華街地下クラブ――
「んで、つまり、この街のデケェ勢力ってのは、遠坂、唯一神理教、勢至姆組ってやつらでいいんだな?」
「ええ、そうねぇ。これまでは顕在化することはなかったけど、ここ一、二週間で一気に顕在化してきた。今じゃ、いつ火花が燃え広がってもおかしくないわぁ」
「この街での認知度は?」
「一般人に知られるようなヘマをやらかす連中じゃないわよ、遠坂は魔術界隈の世界の人間で東側の住宅エリアの名士。普通にしているだけで名声は通っている。勢至姆組はこの西側の繁華街一帯を取り仕切っている。古くからこの街に住んでいる者たちからすれば、下手なことをしなければ堅気に手を出すことはない連中と思われているね。
北に拠点を構えている唯一神理教だけは近頃雲行きが怪しくなってきているけれど、逆に煙が妙に立たないのよね~ 煙が立つ前に火の元を消してしまっているんだかはまでは、わからないけど」
「へぇ、いいねぇ。どいつもこいつも得意げに尻尾を見せつつ付け入る隙を与えようとしない。弱小の俺様たちが動き回るにゃ、こういう土壌でなくちゃいけないな」
繁華街の一角に位置する地下クラブ、勢至姆組の傘下に入ることなく、経営されているこの地下クラブの実態は、勢至姆組に反感を抱く者たちの手によって経営されている勢至姆組へと楔を打つための店であった。
無論、この店の存在を勢至姆組が知らぬはずもなく、潰す気になればいつでも潰せるが、こういう反抗勢力というのはいつの世も一つくらいはあった方がいい。
世の中はすべからく完全な浄化などできるはずもなく、勢至姆組がこの街の支配者になることが社会的に不可能である以上、どこかでガス抜きをしなければならない。
表側の人間たちのガス抜き以上に裏側のガス抜きというのは難しい。何せ、目的があって反感を覚えているのではなく、潰したいから反抗する。それを一つ一つ潰していけばキリがない。むしろ、一か所そうした反抗勢力が集まるような場所を生み出した方が管理が楽なのだ。
この地下クラブもそうした理由から繁華街の中に存在し続けている。あくまでも勢至姆組にとっては取るに足らぬ敵対勢力の一つに過ぎない。そう、昨日までは。
昨日―――征服者エルナン・コルテスがその恐るべき嗅覚を以てこの地下クラブを見つけたことによって、彼らもまた聖杯戦争というこの街の争いに一枚噛んでいく羽目となったのだ。
情報を与えたこの店の店長――裏の顔はこの街の情報屋―――は、懇切丁寧に彼の持ち得る情報を整理してコルテスに教授した。
「東の遠坂、西の勢至姆、そして北の宗教組織、中央には電波塔。なるほど、地理の把握は出来た。お前の伝手である程度動かせる人員を手にすることが出来たのも大きい」
「感謝するのはむしろ、こちらの方よぉ。近頃は勢至姆組のシマを荒らす連中が多くて、こちらも難儀していたンだから。半端もんどもを一夜であんたが黙らせてくれたんだ。こっちとしては、願ったりかなったりよね」
「荒くれの手綱を引くのは慣れている。それにしても今更聞くのもあれだが、よかったのか?」
「ヨシテヨ、覚悟が鈍るわ。しがない情報屋なんてやってはいるけれど、所詮は裏の大物どもの使いパシリに過ぎない。アンタはアタシらに夢を見せてやると言ってくれたじゃないじゃない。
それに……ふふっ、今や日本で知らぬ者はいないであろう九重円華のストリップショーなんか見せられたら、外の連中もアタシも期待に胸が高鳴っちまうね」
「………ッ」
コルテスの横に座らされていた円華に対面に座る店長の爬虫類めいた細い視線が舐めまわすように向けられる。
女優として下世話な視線には慣れているつもりの円華だが、実際に裸を見られた相手に向けられる視線には、その時の光景が目に浮かび、羞恥を隠しきれない。
「期待するのは結構だが、手を出させんぞ。こいつは俺の女だ。この聖杯戦争の報酬と決めている」
「ええ、ええ、わかっているわ。手綱を引くのは任せて頂戴。アタシも寿命を縮めたくはないわ」
勝手なモノだと円華は思う。まるで世間話でもするかのように、彼らは自分という人間の処遇を道具を扱うかのように語っている。おぞましい、昨日からの丸一日だけで、人生で経験してきた無数の嫌なことを上回るほどのおぞましい経験をしてきたように思う。
愛する人は意識不明となり、召喚したサーヴァントに襲われ、純潔を奪われ、あまつさえ、不特定多数の人間の前で裸を晒すまでに至った。人生最悪と言わずになんというべきか。
しかし、まさしくその報酬であるかのようにライダーと円華は何も持たない弱小勢力から、ライダーが言う所の情報と人員を手にするまでに至った。
(ライダー、エルナン・コルテス。私は一生、コイツのことを許さない。でも、こいつが凄い奴だってことだけは悔しいけど認めなくちゃいけない。私がマスターとして行動を求められても、こんな短時間でこれだけのことなんてできなかった)
例えば、戦闘に特化したサーヴァントを召喚したところで、円華自身が魔力を十全に備えているわけでもなく、戦い慣れをしているわけでもない。他の6陣営がれっきとした魔術師であったとすれば、間違いなくマスターの質で言えばライダー陣営は最弱だ。
そう考えると、策謀を巡らし、善悪の区別を置いておけばライダーは円華の使い道をよく弁えている。思わず歯を食いしばる。自分に非道を為した男こそが、この状況で最も信頼しなければならない相手であるということに。
日本のトップ女優なんて肩書はこの聖杯戦争という世界の中では何の役にも立たないのだから。
「さて、情報も仕入れた、人員も手に入れた。次は……金だな」
「聖杯戦争は魔術師同士の戦いなのに、お金をそこまで重要視するの?」
「当たり前だ、前にも言ったが金ってのは重要だ。あらゆるものの代替となる。傘下に加えた連中だって、いつまでもお前の商品価値だけで従わせてはおけん。餌を目の前に見せびらかして、手を出されたらたまらんからな」
「そうねぇ、彼らだって自分たちの動きに報酬があれば、より懐くでしょうからねぇ。でも、お金の調達なんて簡単にできる? 円華ちゃんをこのクラブで働かせるつもりぃ?」
「バカを言え。昔も今も変わらん、工面をするならパトロンだ。金づるを捕まえればいい。」
「そんな相手、この地下クラブ以上に簡単に見つかるわけがないじゃない」
「いいや、そうでもない」
円華のボヤキにコルテスは顎を押さえ、明らかに悪い企みを思いついたとばかりの表情を浮かべていた。鼻を鳴らし、高級ソファに下ろしていた身体を立ちあがらせ、地下クラブの入口へと足を進める。
「出るぞ、円華。今日中に地盤を固める」
「出かけるってどこに!? また、何かやらせるつもり!?」
「違うが、お前が必要なことに変わりはない。その方が話もスムーズに進むだろう、何せ、お前にとっては身内のような物だろうからな」
ドクンと心臓が高鳴る音が聞こえた。身内、それほどこの男の口から出てきて悍ましい言葉はない。円華は決して馬鹿ではない。その言葉で何となく彼が何を思いついたのか理解をしてしまった。
「我らがマスターの家は魔術師の名門だと契約を結んで理解した。であれば、協力してもらおうじゃないか。聖杯戦争の勝利に貢献するんだ。己の財など惜しくは無かろう」
――秋津市西側・繁華街・喫茶店前――
「あの、今日はありがとうございました」
「ええっ、感謝をするのはボクたちの方なんじゃないかな。危ない所を助けてもらったのはこっちだよ?」
「でもっ、色々と話しを聞いてもらえて、あたし、嬉しくって。セレスさんからすれば、子どものおままごとみたいだったかもしれないけれど……、なんだかちょっと認めてもらえたなみたいに思えて……」
「……そっか。助けてもらった分くらいを返せたのならよかったかな」
自分の調べてきたものに対して熱弁を奮っていたら、気付けば外はすっかり暗くなっていた。秋に差し掛かった頃合であるとはいえ、夏と違って、外が暗くなるのは早い。
ひとしきり喋り尽くして、それに気づいたところで、セレスさんとノルンちゃんがそろそろ出ようかと言ってくれた。
恥ずかしい、本当は私がそろそろって言わなくちゃいけないところだったかもしれないのに。自分の自尊心を満たしたいがために付き合わせてしまったことを申し訳なく思ってしまう。
「ミス・サクラコはとても情熱的でした」
「褒めているのか皮肉られているのか、わからないな~」
「はは、ノルンはそこまで考えていないから大丈夫だよ。それよりも、本当に大丈夫? 家の近くまで送っていくよ?」
「いえいえ、さすがにそこまでは。セレスさんたちが滞在しているホテルはこの繁華街の中にあるじゃないですか。さすがに、反対の私の家の方にまで来てもらうわけには……」
「お言葉ですが、ミス・サクラコ。昨今の秋津市は治安が最悪に近いです。1人で帰宅されるのはお勧めしかねます」
「いや、それはセレスさんたちも同じじゃ――――」
「確かに、昨今は実に危うき世の中。我らが常に駆け抜けてきた京の都を思わせる世相であるなァ。いやはや、攘夷の風が吹き荒れる時代とは常に忙しなきことかな。
獣と異国人が跋扈する世であれば、我ら草莽が立ち上がるも道理よ」
「―――――」
声を掛けられ、その時になってようやく自分が今、どんな状況に置かれているのかを理解した。囲まれている……! なんで、どうして、という疑問が浮かび上がると同時に、あたしやセレスさんに声を発した相手の姿を見て、すぐにその疑問は氷解した。
「しつこいな、ボクたちはキミたちの邪魔なんて何もしてないつもりなんだけど」
「ふむ、道理であるな。しかし、見逃しては置けぬよ、そなたは異国の民であろう?」
囲んでいる相手の中に先ほどセレスさんに因縁をつけていた二人の姿を見た。
けれど、先ほどまでのスーツを着込んでいる様子はなかった。むしろ、和装。テレビの時代劇に出てくる武士たちのようにあたしたちの周りを囲んでいる人たちは全員が帯刀して、背筋を震え上がらせるような殺意を向けてきていた。
「異国の民はこの神国にケガレを持ち込むのでな。総て打ち払うようにと下知を受けている。これは帝の意向である」
今にも斬りかからんとするような声を荒ぶらせて、さっき姿を見ることのなかったガタイよくいかにも筋骨隆々としている男はセレスさんとノルンちゃんを見逃すつもりはないとばかりに言い放った。
「…………」
どうする、ううん、どうすればいいの。今度もまた逃げようと心では思うけれど、身体がその想いに追いつかない。はっきり言ってしまえば、怖れている。
剣をほんの少しでも嗜んでいるからわかる。この人たちは本物だ、ファッションで刀を持っているわけじゃなく、本当の意味で刀を振るってきた人たちだ。所作だけでもそれが分かるくらいに、この人たちは刀と共に生きてきたんだってわかってしまう。
(そもそも、そんなことがこの日本であり得るの? だって、刀を当たり前に持つなんて、そんなの江戸時代まで戻らなくちゃありえないでしょ……?)
「―――ノルン、サクラコを連れてこの場を離れて」
「え……?」
「よろしいのですか、セレス」
「イイも何もないよ。ボクたちだけに手を出して来るのなら、まだしも、こいつらはサクラコも巻き込むつもりだ。目撃者なんて全員いなくなった方がいいに決まっているんだからね」
「道理ではありますね」
「だからさ、ノルン、頼む。こっちはこっちで何とかするから」
「な、なんとかってセレスさんこそ逃げな―――」
「承知しました。これより戦闘態勢へと移行。この場の突破を図ります」
「ノルンちゃん!?」
周囲の戦意がより膨れ上がる。むしろ、今すぐにでも切りかかりそうな空気でありながら、最初にあたしたちに話しかけてきた人物の合図を待っているのか、誰もが抜刀寸前の空気の中で佇んでいる。
その間隙を縫うようにノルンちゃんがあたしの腰に手を回すと、自分の倍近くはあるはずのあたしの身体を片手で掴んで、いっきに住宅街方面へと駆けだした。
「逃げられると思うかッ」
「ミス・セレスティーナの命令を遂行します」
機械じみた言葉と同時に、ノルンちゃんのアタシを担いでいない方の腕が光ると、自分の身の丈の倍はあるであろう槍、あるいはハルバートのようなものを手に掴んで、正面にいた男に斬りかかる。
男もすぐさま反応するけれど、小柄なノルンちゃんが長物を出して来るとは思っていなかったのか、刀を抜くよりも先に穂先が腕に届き、血飛沫が飛ぶと、怯んだことによって生まれた包囲網の抜け穴目掛けて、ノルンは普通の人間では考えられないような速度で突破する。
「清河さん……」
「うむ。沖田、お前ならば追いつけるか?」
「無論。しかし、捕縛は出来ませんよ。斬り捨てるだけです」
「それは困るが、俺が追い付くよりも先に決してしまうならば仕方があるまい」
それを聞き、桜色の髪をした少女は追いすがるようにしてノルンの後を追う。その速度たるや桜子を担いでいるとはいえ、ホムンクルスであるノルンの速度と遜色ないほどの速度で動いている。
「芹沢、こちらはお前に任せる」
「清河殿まで行く必要が?」
「現代の民が異国に何を想っているのかを知る良い機会であると思うてな。何、所詮は興味よ」
「奇特なお方だ」
フッと笑みを浮かべて、この場のリーダー格であろう人物も桜子とノルンを追っていく。残念ながらセレスにそれを邪魔するほどの力などあるはずもなく、アインツベルンの秘蔵品であるノルンを信じる他ない事態ではあった。
しかし、誰が最も危機的状況にあるのかと問われればそんなことは言わずもがなであろう。先ほど因縁をつけてきた二人が姿を消し、それ以外の者たちに囲まれているわけだが、解放してくれる気配はない。
「それもそうか。最初から、こいつらの目的はボクだ。サクラコがいなくなったところで、ボクが助かるなんて流れはあるワケもない」
殺意はなおも膨れ上がっていくばかり。芹沢と呼ばれた副リーダー格である人物が一言命令をすれば、全員が一斉にセレスへと斬りかかってくることだろう。
「弁解とかそういうのを聞いてくれる余地はあるのかい?」
「弁解? まさか、穢人が何を口にするというのか。そなたらは生まれたその時から、ケガレをその身に内包し、神国に踏み入ることを禁じられたもの。
こうして会話をしていることですらも、帝からすれば看過できまい。よって斬る。貴様だけではない、この街を起点としてあらゆるケガレ人を全て打ち払う。これぞ、帝のご意向なり!!」
「ああ、そう。ダメだね、時代が数世紀は逆行している。今時に人種差別とか普通にどうかと思うんだけど、仕方ないね。逃げられないってことはよく分かった。
だから―――ボクらも強引にでも突破する!」
「ふむ、では、そろそろいいか。待ちくたびれたというものだぞ、主よ」
その時である。セレスを囲む者たち全員の顔が一気に殺意一色から驚きと警戒の色が含まれる。何故なら、セレスの背中越しを守るように、一人の男性がそこに立っていたからだ。そして、志士として力を持つ者であればあるほど理解するだろう。
目の前に現れた人物がただ1人でも戦局を覆すほどの力を持ち得た存在、すなわち、自分たちの同類であると。
「意外と勇敢だったな、主よ。娘を逃がすにはノルンを遣わすしかないとはいえ、悩むことなくそれを選んだか」
「意外は余計だよ。けれど、仕方がないだろう。ボクは大人で、彼女は子供だ。だったら、どっちを優先するのかなんて考えるまでもない。聖杯戦争の参加者なんて枠組みも関係なく、人として当たり前のことをしただけさ」
「呵呵、青いな」
「悪い?」
「合理的に娘を犠牲に生き延びる方法を選ぶ輩が主でなかったことを幸運と思っておこう。何、窮地は望むところよ。そのために儂がいる」
「じゃあ、思いっきり甘えようかな。お手並み拝見ってところで」
クスリとセレスは笑う。本当は今すぐ腰を抜かしてしまいそうなところだったけれど、尻餅をつきそうな自分の背中を支えてくれる相手がいるからこそ、この不条理極まりない世界の中で立っていられる。
「なるほど、清河殿の慧眼であったということか。貴様らが七つの陣営のうちの一つか」
「そういうお前たちも聖杯戦争絡みだろう。おかしいと思っていたのさ。選民思想なんて、欧州でだって最近は廃れ気味の思想を日本で思いっきり掲げるなんて、異常者扱いされて然るべきなのに、そんなものが跋扈している裏は何だろうって」
「ふむ。サーヴァントが関わっているのであれば、多少の不条理はあるだろうな。何せ、これほどの雑兵を生み出すのだ、クラスはライダーかキャスターか、およそ真っ当な戦い方をしようとしているとは思えん」
「お前たちの目的は何だ?」
「是非も無し―――攘夷完遂。我ら草莽の志士、その為に命を捧げる覚悟なり」
話にならない。そもそも、彼らはこちらと会話をするという考え自体がないのだろう。人種差別主義もここまでくれば、拍手をしてやりたいところだが、セレスとてこのままあっさりと終わるわけにはいかない。
「かかれぇ!!」
声が放たれ、志士たちが一斉に動き出す。同時にセレスの背後の圧が一気に高まる。激震の状況の中で、今宵、秋津市第一の戦場がここに展開された。
――秋津市東・住宅街エリア――
「驚きました。まさか、繁華街を抜けて住宅街にまで逃走を許してしまうとは。現代の人の技術力というものも中々に侮れませんね」
「貴女は……サーヴァント、ですか?」
「サーヴァントと言えばサーヴァントですね。これから冥土へ送られる貴女がたには特に気にするべきでもないことですが……」
ノルンちゃんのものすごい速度での繁華街からの撤退、あたしはただ抱えられているだけに過ぎなかったけれど、それは明らかに人間の女の子が出せる足の速さじゃない。
此処までの異常事態が続いて、あたしも感覚がマヒしてきているからなのか、ノルンちゃんがただの人間ではないことは分かっていた。
いや、それを言うなら目の前の刀を持っている女性も、セレスさんだって怪しいかもしれない。なに、どういうこと……? あたしは夢でも見ているの? いつからあたしはこんなテレビの中の世界みたいな場所に放り込まれてしまったの。
「なんだ、沖田。まだ終わっていないじゃないか。随分と温いのではないか?」
「清河さん、いえ、侮っていました。ホムンクルスを捉えるまでに時間を費やし、なおかつ抵抗を抑えるのに1分ほど」
「ほう、沖田にそれだけの時間を使わせたか。ケガレ人が作った似非にしては性能が良かったか……?」
「あ、あなたたち、なんでいきなりこんなことをするの!? 逃げたことをそこまで逆恨みしているわけ!?」
そこで初めて明確に彼ら二人の視線があたしへと向き、あたしは全身の血の気が一気に引くような感覚を覚えた。なんで、どうしてただ、こっちに意識が向いただけなのに、どうしてここまで怖いと思ってしまうの。
「ふむ。良い機会だ。現代の民の意見として聞かせてもらいたいものだ。何故、彼女たちを助けたのだね?」
「えぇ………」
腰が引けてしまっている身体は、口から弱弱しい声しか出てこない。数十秒前に零れた強気な言葉はただ威嚇するだけの視線に一瞬で萎れてしまった。
「反応からして、彼女たちは君の知己というわけでもなかっただろう?」
「そ、そんなの……困っている人がいれば、と、当然助けるでしょ」
「困っている人がいれば、か。ふむふむ、なるほど、なるほど、つまり君は彼女たち、ケガレ人を我ら神国の民と同じであると考えるわけか」
「同じかどうか……なんてわからないけれど、同じ人間であることは、間違いないわよ」
「恐ろしい、これが文明教化の弊害か。沖田よ、聞いたか。彼女は本気で、ケガレ人を人として扱い、確固たる民として救いだしたのだという。これが今のこの国だ。ケガレ人を混ぜ合わせ、ケガレ人を住まわせ、神の国は零落した。これでは攘夷に燃えた我らの魂も浮かばれはせんだろう」
な、何を言っているのこの人たちは。攘夷って……あの中学の時に歴史で習ったあれだよね。外国人を許せないとかっていう、あの宗教にいるってことはそれを本気で信じてもいてもおかしくないとはわかるけど、なんだかその口ぶりはまるで本当にその時代からこの時代に来たかのように思えて……
「救ってやらねばなるまいなぁ、ケガレ人を打ち払い、この国の民が導かれる未来を、我らが帝が改めて示し、ケガレ人等に頼らぬ八百万の神々に守られし国の再興を! 一度敗残した身であればこそ、我らはその前人未到に手を伸ばさねばならぬのだ。
故に―――まずはキミを救おう。その贋作を排除したのちに、帝の御前にて、懺悔を口にするがいい。さすれば帝は、そなたを許すだろう」
「み、ミス・サクラコ……に、逃げてください。す、少しでも遠くに」
「ノルンちゃん……」
「無駄であろうなァ、拙者だけであればまだしも、沖田がいる時点で逃走の選択肢はなかろう」
希望など初めからこの場には存在していない。そんな口ぶりで逃げ場を奪っていく。あたしが諦めるのを待っているのか、それとも単純に遊びたいだけなのかはわからないけれど、もはや未来は確定したと言っても過言ではない。
「こうやって、何人ものの人の命を奪って来たの?」
「ん?」
「とぼけないでよ! この街で起きている猟奇事件、全部あんたたちがやってきたんでしょ!? 被害者の中には外国人もいくらか含まれていた。こうやってみんなみんな、斬り殺してきたんでしょ!」
間違いない、この街を騒がしている事件を引き起こしているのはこいつらだ。こいつらが何人もこの街の人間たちを殺してきた。不安をあおって、わけのわからない言葉を口にして、何の罪もない人たちを殺してきたんだ。
「許せない……!」
「清河さん、彼女錯乱していますね。意識を断ちますか」
「そうさな、騒がれても困るのは道理だ」
「なんでよ、そんな外国人だからとかそんな理由で、それで罪もない人を―――」
「そんな理由……?」
吐き気がこみ上げる。向けられる視線はこれまでの弄ぶようなモノではなく、むしろ、愚か者を見る憐れみと許せないという怒りが混在した視線だった。
「報国報恩の意志を忘れ、惰弱に狂うがこの世の定めであると謳うはやはり、我らがケガレ人に勝らなかったがゆえか。話しにならぬ。沖田よ、教化すらもできぬ凡愚を生かしておいても仕方がない。我らの理念を理解する只人だけを生かそう。拙者はそのように決めた」
「構いませんよ、主義がどうであれ、私は斬るだけです」
よって、殺す。それ以外の結末は許さない。そんな風に告げられたように思えて、悔しい思いを抱えながら、抵抗するための力すらも身体に入らない。
「ちくしょう……」
――小さい頃からテレビの中で活躍するヒーローに憧れていた。
誰もが怖れる悪の組織を相手に敢然と立ち向かう正義の味方、世の不条理なんて吹き飛ばすように、誰かの涙を拭って問答無用のハッピーエンドを叩きつけてくれる彼らのような人種を純粋にカッコいいと思ったから、気付けばあたしはそんなテレビの中のヒーローたちに強い憧れを持つようになっていた。
けれど、結局の所、憧れは憧れのまま、自分自身がそうなることはできないんだと分かっていて、それでも認めたくなくてがむしゃらに自分の出来ることをやってきたつもりだった。けれど、それもここで終わってしまうのだと思い、それがたまらなく悔しかった。
大切な人に別れを告げる間もなく、降って湧いたような不幸に襲われて、命を落とす。そんな結末のままに終わることがどうしても許せなくて、悔しい想いのままにあたしは思いっきり声を上げた。
「―――誰でもいい。あたしに誰かを助けるための力を、与えてよ!!」
そんな命乞いにも似た誰に届くはずもない最後の悪あがきに―――
『いいよ、キミが―――七人目だ』
耳に届いた言葉は果たして誰のモノであったのか、声が聞こえた瞬間にあたしの右手の甲に刻印のようなものが浮かんでいく。そして同時にあたしの身体の中のよくわからない何かが目覚めていくような、今まであることすらも知らなかった何かが励起していくように思えて。
「沖田ッ!」
「ええっ―――」
「させ、ないッ!」
事態の変化に気付いた桜色の少女が私へと刀を振おうとし、それを割って入ったノルンちゃんが止める。数秒持てばいい抵抗だが……
「まさか、です。ミス・サクラコが―――七番目であるなどと」
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
自分自身の口が、自分でも理解できない言葉を吐きだしていく。まるで何かに操られているかのように。何かの運命に引き寄せられているかのように。
「誓いを此処に。我は常世総べての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
右手の甲は熱く熱く光を放ち、明確に紅の刻印があたしの甲へと浮かび上がり、あたしの目の前に深紅の魔方陣が形成されていく。
「汝、 三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!!」
『さぁ―――ようやく揃った。聖杯戦争の始まりだ!!』
「させるかッ!」
「ガッ――――」
桜色の剣士がノルンちゃんを吹き飛ばし、一歩にてあたしの下へとその刀を届かせる。何が起ころうともあたしが死んでしまえばそれで終わる。
それを体現するように放たれた刃を前に―――
「―――その契約、応じよう。ならばこの身と聖槍は汝の為に―――!」
放たれた刃があたしの身体に触れることはなかった。刃はあたしの目の前で止まる。それを受け止める黄金のプレートと青の生地が合わさった鎧と黄金色に輝く髪をたなびかせた騎士が、その致命の一撃を受け止め、防ぎきったからだった。
「サーヴァント…!」
その一撃が不発に終わり、予想外の相手が出てきたことに桜色の剣士はもう一人の剣士の隣へと一瞬で戻り、態勢を整える。
「然り、サーヴァント・ランサー、召喚の求めに応じ、この地に参上した」
その相手、まさしく絵本や銀幕から出て来たかのような女騎士は、振り返り、アメジストのような眩い瞳であたしを射抜き、問いかけた。
「――問おう、汝が我がマスターか?」
空に浮かんだ月が彼女を照らすかのようにあたしはその光景に見入ってしまった。
そう、これは運命の夜――正真正銘のヒーローがあたしの前に現れた、人生を変える出会いだった。
雑兵として沖田を呼べるキャスター陣営、普通に考えてヤバくない?