――秋津市西・繁華街エリア――
この街はおかしいと気づきはじめたのは、秋津の街に来てから、何日が経った頃だっただろうか。
セレスティーナ・アルブレヒトは魔術師であり同時に探偵だ。アインツベルンと聖堂教会の名代として聖杯戦争に参戦という名目があっても、どちらかといえば自分の視点は探偵として動くのが自然であると考えていた。
別段、どちらを大事にしているのかとかいう話ではなく、自然な所作の話しである。魔術師の観点で聖杯戦争の戦略を練りこむよりも、秋津の街の中で起こっている魔術的な出来事に着眼点を持ち、謎を解決する。その観点の方が彼女にとっては問題に向き合いやすかったと言うだけの話しである。
「妙だな……」
「妙とは何がでしょうか、セレスさん」
その不審な点に気付いたのは携帯端末を使って、秋津市に対しての情報を収集していた時の事であった。
魔術師というとどうしても電子機器を使う事無くアナログな道具を使用すると言う空気がイメージとして先行しているように見えるが、魔術と自分の探偵としての仕事が基本的に繋がっているセレスは、そうしたこだわりを持ち合わせていない。
世の中に存在する道具は総て、自分に都合よく動くのであれば積極的に使用する。魔術師としての歴史が浅いのであればこそ、プライドよりも実用性を優先するべきというのは親からの教えでもあり、セレス自身も大切にしている教訓である。
そうした人生を送ってきたこともあって、セレスは魔術師の中では人並み以上に感性が一般人に近いものであると自分自身でも自負している。なので、聖杯戦争とはまた違った着眼点でセレスはこの秋津市の中で起こっている出来事に着目していた。
「この動画、おかしくないかな。連日のように投稿されていて、全国でもニュースになってる。なのに、ボクらが街中を歩いている時には驚くほどに痕跡が何一つとして見えてこない」
「それが何かおかしいのですか? 聖杯戦争に関わる行為であれば隠ぺいを行って然るべきではないでしょうか」
「ふむ、確かに妙であるな。他陣営に見つからないように隠ぺいをしたいのであれば、このような動画を上げる必要がない。逆に見せつけたいと言うのであれば痕跡を全く残さない理由が分からない」
「そこだ、この動画の投稿は、真っ当な聖杯戦争の論理で考えれば明らかに矛盾している。ボクにはこの動画を上げている奴の真意が分からない。ただ、まっとうな理由じゃないと言うことだけは分かる」
動画が常に何か黒色のもやがかかった何者かによって人が襲われている動画がほとんどだ。それは何を行っているのかあまりにも抽象的すぎて理解が出来るかどうかという不気味な動画に仕上がっている。血痕等の類も映っているが最も気を引くのはその黒色の影だ。
正直に言えば、セレスですらもその黒い影が何であるのかわからず、不安な気持ちになることは隠せない。嫌なことに人間とはわかりきった恐ろしい存在よりも何をしているのかわからない存在の方が潜在的に恐ろしいと感じるモノなのだ。
特に事実に深く関わっていないものほどその傾向が強くなる。テレビの先の出来事で、逮捕された通り魔が出たというニュースと逃亡した元殺人犯が潜んでいると言う話、同じ話を同じ条件で聞いた時に、どちらにより多くの人間に恐怖を感じるかと言えば、おそらく後者になるであろうとセレスは考える。
何故なら、それは居場所が分からないからだ。まだ何かをしでかしていないにも関わらず、何をするのかわからないからこそ怖い。もしかしたら自分の身近に脅威が伝わろうとしているのではないかと思ってしまう。
人間とはそういう得体のしれない存在にこそ恐怖を覚えてしまう。であればこそ、この動画はいたずらに人々の恐怖を撒き散らすだけに過ぎないのだ。
隠したいのか広げたいのか。ストレートに真意を辿ろうとすれば、明らかに人間の真理を利用して恐怖を撒き散らしたいようにしか思えない。けれど、そんなことをして何の意味があると言うのか。
むしろ、聖杯戦争に置いて自分たちの手の内を見せてしまう愚かしい行為にしか見えない。それこそが最も妙な点なのだ。この動画を投稿している相手の真意も分からなければまったく痕跡を掴むこともできない。
雲を掴むような話にまったく手を届かせることができない現状がより一層、セレスの探偵としてのプライドに傷をつけかねないのだ。
「ノルン、君はボクに聖杯戦争の参加を依頼して来た時に、この聖杯戦争がどこか歪であると言っていたよね?」
「はい、本来、聖杯戦争とは始まりの御三家がサーヴァントを召喚し、そこに在野の魔術師たちが追従するモノです。それが今回は逆転を見せました。加えて、通常50年周期で行われる聖杯戦争がたった15年で行われているという点も不審があります」
事務的に記録を語るような口調ではあるが、セレスはその言葉を一言一句忘れないように脳裏に刻み付け、やはり、この二つの疑問点がまったく別個の問題ではないのではないかと思えた。
「主よ、何か視えたか?」
「……例えばの話しだけど、シンプルに頭を巡らせてみよう。今回の聖杯戦争には黒幕がいて、そいつがボクたちをおびき寄せるために、動画を垂れ流しているとか?」
「何故、我々を呼び寄せるのですか?」
「そりゃあ、七人いないと聖杯戦争は出来ないからじゃない?」
「一理はあるが、それが確信に繋がるかというと疑問ではあるな……」
「だよね。ボクもそう思う……何だろうな、どうして、こんな動画をわざとらしく流す必要があったんだろうか……」
おびき寄せる目的にしては迂遠が過ぎる。隠しておきたいのなら意味がない。この街に人間を増やして生贄を増やすつもりでいる……?
まぁ、確かに物珍しさで街に人間は増えたという話は聞いているけど、それだって博打が過ぎる。こんなのを見て、恐怖を感じるんじゃなくて、街にやって来るなんて頭がイカレているとしか思えない。
「……よっし、捜索しよう!」
このホテルの一室で何事かと考えを巡らせ過ぎていたとしても、きっと明確にボクが求めている答えは出てこないと思う。頭がダメである以上、足で稼ぐしかないだろう。
「ごめん、ノルン。君の依頼からは少しだけ外れてしまうけれど、ボクはまずこの動画の謎を解明することが先だと思ってる。この動画の謎を追っていけば他のマスターに遭遇することになると思うんだ。そうすれば、この聖杯戦争における情報を掴めるかもしれない」
「構いませんが、どのようにして見つけるつもりですか? セレスさんが言うように、その動画に映っている黒い靄のような何かはこの秋津市の中で一切の痕跡を残してはいません。その現場を抑え込むこと自体が困難であると思いますが?」
ノルンの言っていることは正しい。ここまで日本のマスコミや警察機関だって馬鹿じゃない。これだけの騒動を起こしている相手をいつまでも放置しておくつもりはないはずだし、死に物狂いで犯人捜しを続けているはずだ。
だから、それでも見つけられない相手を見つけるとなれば、少ないチャンスをものにするしかない。
「まぁ、難しいことをしようとしているのは自分でもわかっているよ。アサシン、君は霊体化して気配を消した状態でボクに付いてきてもらいたい。いざという時には君の力を借りなければいけないが、相手の出先を制したい」
「相分かった」
「ノルン、君はボクとだ。まぁ、適当に街を数日間くらいは練り歩いてみようじゃないか。異国の地を知るには実際に歩いてみるのが一番だからね。ボクの能力を使うにも街の中を歩き回る必要があるのは確かだしね」
「目立ってしまうと思うのですが?」
「いいんだよ、それで。ある程度はこっちも釣られてくれないと話にならない。この街で今、何が起こっているのか、それを知ることこそが、ボクたちが最初にやるべきことなんだから」
・・・
セレスティーナ・アルブレヒトの得意とする魔術は、決して戦闘向きの魔術ではない。探知を得意とする魔術刻印を代々受け継いできた彼女が最も得意としている魔術は物体そのものに埋め込まれた記憶を読み取ると言う力である。
分かりやすく言えば、物体そのものの周囲で起こった出来事を触れることによって、その物体視点になって観ることができるというイメージだろうか。
通常の使い方で大体半日分、強く魔力を籠めることによって最大でも3日程度の記憶を見ることができるが、当然魔力の消耗と時間が相応にかかってしまうのが難点であった。
なおかつ、一つの道具を定点カメラのように使う形であるため、あくまでもその周囲で観測した内容でなければわからない。確証がない状態で時間を掛けて見続けたところで何もないという結果を招きかねないという欠点も確かに存在するのだ。
まだ魔術になれていない頃のセレスは、その使い方を理解せずに何度も魔力の無駄打ちをしたことがあるが……
「どうだね、主?」
「うん、良い情報は得られそうだけど、数時間程度の探知じゃ難しいな。1日、あるいは2日間くらいは読み取ってみないと……」
「そうか、難儀するな」
「まぁ、そこらへんはボクの魔術師としての限界の問題だ。恥ずかしながら、キミたちに負けないように最大限に努力するさ」
桜子とノルンの下に急ぐ傍ら、セレスは攘夷志士と自分たちを名乗っていた刀使いたちの頭目であった芹沢と呼ばれる男の刀と鞘を回収していた。理由は当然、自分の魔術を行使するためである。
日中も夜もところ構わず、この秋津市の中を闊歩する人斬りたち、彼らの行動を観測することさえできれば、自分たちにとって今、最も重要なあの動画を撮影している人物の目論みが分かるかもしれないと考えたのであるが……わずかな読み取りだけでは風景と数時間前の行動しか読み取ることはできない。
幸運に、その数時間前に決定的な証拠があればなどと考えたが、やはりそこまで都合よく行くことはないかと嘆息した。
「ただ……、これはボクの直感に過ぎないけれど、件の動画とあの人斬り達には関係性はないんじゃないかと思った」
「理由は?」
「記憶を読んだ時に、人斬り共がようやく斬ることができると言っていたんだ。複数人がね。そりゃ、あれだけの数がいて、どいつもこいつも斬ることができると考えたのなら、斬れない奴がこれまでに出てきてもおかしくはないと思うけど、あの命令者である男もかなり慎重に斬ることの命令を出していた。
だから、無差別に相手を襲って動画を取ってまで、世間に知らしめようとしている奴とは違うんじゃないかと思って……」
「ふむ、そうした観点で見たか。主とは異なる理由ではあるが、儂もおそらく彼奴らではないと考えたよ」
「えっ、アサシンも……?」
意外だった、戦闘事さえできればそれでよいと考えている節があるアサシンが積極的にボクの推論に意見を出してきたこともだけど、彼が彼なりの観点に何かを見ていることに対して純粋に興味が湧いた。
「主ほど状況を考えての話しではないがな。考えたのはあの映像物内における殺害方法だ。あの生々しい傷や損傷方法は刀による切り傷ではあるまい、骨を抉り、筋肉を裂くにしても断面ははっきりと分かるが、映像の中で行われていた行為には意図的にその断面を分かりにくくしているように見えた。それがな、どうにも奴らの行為には思えない」
「わざと自分たちの犯行だってわからせないようにしたっていう線は?」
「あれらがサーヴァントであるとすれば、彼らの拠り所は異国人に対する嫌悪感と剣士としての誇りではないか? そのような者たちが自分たちの行動であることを隠そうとするようには儂には思えんのだ」
……なるほど、荒事には全く向いていない自分としては考えていない側面からの推論だ。確かに奴らは自分たちが異国人を殺すことに恐るべき執着を見せていた。もしも、ボクが命を奪われていたとしたら、憎しみでめちゃくちゃに刻まれるか、戦利品扱いされるのが関の山だろう。
難しい……、逆にそれを知らしめるために斬っているように見えないこともないし、偽装工作だってやる気になればできてしまう。ボクのように事件を追っている人間をかく乱するためだとしたら、逆にポリシーやプライドという要素は推理をする上でのノイズになりかねない。
「主よ、辿り着いたぞ」
「ああ、うん。あれ、まさかあれって……」
「うむ、ノルンが寄り添っている以上、問題はないと判断するが気をつけよ」
言われた言葉の意味は目の前の光景で理解する。サクラコとノルンは無事でいてくれた。まずはそこに安心をしておこう。その上で問題になるのはサクラコの傍に寄り添っている鎧を纏ったブロンドヘアの女性だ。
この時代に全くそぐわないその女騎士然とした姿は、当事者であるからこそ、すぐに理解できた。彼女もまたサーヴァント、隣にいるアサシン同様にあらゆる不条理を覆すほどの力を備えた人智を超えた存在であるのだろうと。
「サクラコ、ノルン!」
「セレスさん、無事だったんですね……!」
「ああ、なんとかね。こっちこそ、心配したよ。遅れてすまない」
サクラコの反応は先ほどまで喫茶店で会話をしていた時の反応と何ら変わりはない。ただ、ノルンを含めて他の皆は別だ。ノルンは状況が分かっているだけに言葉に詰まり、アサシンと件の女騎士は互いにけん制し合うように視線を向けている。
「……いつまでも、黙っていても埒があくまい。お主、サーヴァントであるな」
「ええ。そう口にする貴殿も同じであると見た」
「虚勢を張るつもりはない。然りと頷こう」
アサシンと相手の空気が強張っていく。もしも、私がサクラコのどちらかが戦いの合図を口にすればそのまま戦闘に突入してしまうのではないかという空気だった。
そもそも、聖杯戦闘はそういうモノだ。それぞれの魔術師が召喚した強力な使い魔同士を戦わせて、たった一つの聖杯を握るための戦いを続ける。こうしてサーヴァントが目の前に集ったのなら、先ほどの戦い同様に争いあうのは必定だ。
だから、事情を聞くにしてもその未来へと至る可能性は否定できるわけでもなく、むしろ、血気盛んなアサシンが戦端を開いてしまう可能性もあるワケだが……
「えっと、ランサーはどうしてセレスさんと一緒にいる人を睨みつけているの?」
「むっ……」
「マスター、彼はサーヴァントです。そして私は聖杯戦争のサーヴァントとして召喚されているのです。であれば、その理に従い、戦端が開かれるのは目に見えている。むしろ、貴女は何故、戦闘を命じないのですか?」
「いや、そもそもの話しなんだけど……聖杯戦争って何?」
サクラコが何気なく口にした言葉でその場の空気が凍った。いや、一触即発の状況って意味じゃなくて、むしろその逆。熱しかけていた空気に文字通り冷水を浴びせかけられたようなそんな奴だ。
それを最初に破ったのはアサシンの天まで届くような笑い声だった。
「呵呵、くっははははははは!! 何故、我らが戦わねばならぬか、これは面白い! なるほど、ランサー、我らも一本取られたな! 確かに此処で我らが戦う理由はない」
「お言葉ですが、ミス・サクラコは巻き込まれる形でサーヴァントを召喚したにすぎません。よって、聖杯戦争に関しての基礎知識が不足しているだけであるかと」
「いや、それはアサシンだってわかってるよ。うん、だけど……確かにサーヴァント同士が出会ったからって必ずしも戦わなくちゃいけない理由があるワケじゃない。
ランサー、ボクはセレス、こっちは僕のサーヴァントのアサシンだ。そこにいるノルンはボクたちと協力していてね、さっきの騒動の中でサクラコを守るために別行動をお願いしていたんだ。ひとまず彼女を返してほしい」
チラリとランサーはサクラコを見る。サクラコはコクリと頷き、サクラコ側へと動くことで、ノルンがこちらに来るための道を譲ってくれた。
「彼女にはマスターが命を救われました。そして、マスターも交戦の意志がない以上私が槍を向けるわけにはいかないでしょう」
「寛大な処置に感謝するよ」
ペコリとこちらも帽子を脱いで頭を下ろす。敵のサーヴァントに頭を下げるなんて、まっとうな魔術師からすれば理解できないかもしれないけれど、彼女がいてくれたからこそ、ノルンも無事だったんじゃないかと思う。詳細は後で聞くけれど、感謝は告げることができる時に告げておきたい。
「いえ、マスターやそちらの事情を聞くことなく戦意を向けたのはこちらです。先ほどまで刃を結び合っていたからか、少し風に当てられていたようです。アサシン、いずれ見えるときは……」
「うむ。その時は全力で相手をさせてもらうとしよう。そなたもまた名のある英霊であろう、そうした者と拳を交えることを望みに儂もこの場に来ておる。立場が逆であれば、同じ態度を取ったであろう、主への忠道、見事であるな」
「私はあくまでも召喚された身に過ぎません。マスターをそこまで守り通してくれたのは彼女です。報奨の言葉は彼女に向けるべきでしょう」
見れば、ノルンは身体のあちこちに切り傷や擦り傷があるように見えた。追手と交戦の際に出来た傷なのだろうが、彼女は全く気にしている素振りを見せない。
それがホムンクルスとしての在り方なのかはわからないが、あまり無茶はしてほしくない。仲間が傷つく姿を見るのはボクとしても本意じゃないんだから。
「………サクラコ」
「はい!」
「キミは聖杯戦争にとっては素人だ。でも、巻き込まれてしまった。そこはもはや覆せない。どうしたってキミはこれから戦いに巻き込まれる。だから、最低限の知識は備えてしかるべきだと思うんだ。明日、また同じように繁華街で落ち合わないか? ボクの知る限りのことを、まずは教えたいと思う」
「えっと、こちらとしては嬉しいけど、どうして……?」
「理由を聞かれると難しいな。まぁ、言ってしまえば、ただのお節介さ」
何のことはない。さっき、街中であの人斬りどもからサクラコを助けた時と変わらない。彼女は何も知らなくて、殺し合いのごとき魔術師の争いに巻き込まれた。それを知らぬ存ぜぬを通して、他の5陣営にとっての羊にさせてやるつもりはないというだけのコト。
まぁ、アサシンやノルンからすれば馬鹿なことを言っていると思われても仕方がないのだろうけれど、これが自分だ、性分だ。諦めてもらうしかない。
ノルンの傍により彼女の手を引きながら、サクラコとランサーに背を向ける。彼女たちが後ろから襲ってくるような相手ではないと言うことを信じた上で。
「少なくともボクは自分で決めてこの戦いに臨んだ。どんな結末を迎えようともそれはボクの責任だ。けれど、キミはそうじゃない。だからこそ、知るべきだと思うんだ」
それが、巻き込んでしまった責任の一端を担っているかもしれない自分なりの贖罪であると思うからこそ。ボクからできるせめてもの筋だと思うから。
「………あのっ!セレスさん、ノルンちゃん! 助けてもらってありがとうございました!」
背中に聞こえる声にフッと笑みを浮かべてアサシンに抱えられながら、この場を去った。
「よろしかったのですか、ミス・セレスティーナ? あの志士たちだけではなく、ランサー陣営にも我々のことを知られてしまいましたが」
「………ままならないものだよな、本当に」
「?」
「いや、いいんだよ。自分のポリシーを曲げてまで戦っても、ボクが足手まといになる。だから、今日はこれでいいんだ」
例え、聖杯戦争に巻き込まれたとしても、衝突することになる他の6陣営は総て自分にとってまったく関係ない命を落そうがどうしようが関係のない相手だと思っていた。
結局は、聖杯戦争という舞台の中で出会うのだから、どんな相手であろうと関係ないと思っていた。
けれど、サクラコは聖杯戦争の相手としてではなく、この街の知人として出会ってしまった。この街で初めて知り合った現地の友が、よりにもよって聖杯戦争に選ばれてしまったからこそ、どうしても簡単に割り切ることができない。
「主よ、戻ったら、あの映像の裏付けを取るのだろう。他の事に気を回すな」
「そうだね……うん、そうさせてもらう」
相棒が口にしてくれた助言に、耳を傾けて夜の街の中へと消えていく。決して短くはなかったこの夜の時間を噛みしめ、いよいよ聖杯戦争が本当に始まるのだと言うことを実感していた。
・・・
「えっと……とりあえず、私の家に向かうって感じでいいのかな?」
「マスターがそう望むのであれば、私に異存はありません。先ほどのアサシンのマスターの話しを聞く限り、マスターは聖杯戦争のことを何も知らない様子。基礎的な知識だけでも蓄えることができる場所があった方がよろしいでしょう」
「聖杯戦争、か。私は貴女のマスターとして戦いに参加しなくちゃいけないんだよね?」
「ええ。私の外にあと6体、同じように召喚されたサーヴァントがいます。それらを相手に戦い、最後の一騎になるまで争いあう。それが聖杯戦争です」
「あの、悪の戦闘員みたいなやつらも、その聖杯戦争の関係者?」
明らかにあたしたちの時代の人間ではないように思えた刀使いたち、目の前の女性がサーヴァントと呼ばれる存在であるのなら、彼らもまたサーヴァントと呼ばれる存在なのだろうか。
見る限り、私と契約をしたというこの女性は正義の味方然としたヒーローというか、そんな感じの人に見えるんだけれど……
「悪、と彼らが言えるのかはわかりませんね。私はあくまでもサクラコ、貴女がマスターであるからこそ、貴女を護りました。善悪とはその物差しを持つ者の判別でいくらでも変わってしまうモノでしょう」
「それでも、あたしを助けてくれたランサーさんは、あの瞬間には私にとってのヒーローでした。誰かを助けるために戦う事が出来るヒーローだったことは間違いありません」
「ヒーロー、ですか……」
「はい、カッコよかったです!」
急な出来事に動転しているのは本当の事だけれど、傍にいてくれる人があたしにとって、ヒーローのような存在の人であることは純粋に嬉しかった。この人が一緒にいてくれるのなら、頑張れるし、戦いきることができるんじゃないかって思うほどに、さっきの戦いは格好良くて、とても頼りになると思えたから。
「期待を向けていただけることは、純粋に嬉しいことです。民草からの賞賛のようでこそばゆくはありますが……いけませんね、今の私はマスターに仕える者。かつてのような一国の統治者然のような態度はよろしくはない」
「かつて……、やっぱりランサーさんは他の時代とか、他の世界からこの世界に来たんですか?」
「そうですね。マスターは何も知らないままに私を召喚した以上、そこから説明しなければなりませんね。我々サーヴァントはそのほとんどが過去の英雄、あるいは歴史に名を残した者となります。私が先程対峙した剣士、そしてアサシンも歴史の中で名の通った英傑であると考えられます。聖杯戦争とはそうした古今東西の英雄たちを召喚し、争わせる戦いなのです」
「つまり、全世界全時代を含めたバトルロイヤルってことですか!?」
「サクラコが何を想像しているのかはわかりませんが、おおむねそういうことで間違いはないでしょうね」
なんだか自分で言うのもなんだけど、スケールが大きくなってきてしまったように思う。というよりも、あまりにも多くの事が一気に頭に入ってきてしまって、混乱していると言うのが正直なところではあるんだけど……、
「つまり、ランサーさんも過去の英霊であるってことですよね」
「はい。ランサーはあくまでもサーヴァントとしてのクラス名です。私が槍を主として扱っているからこそ、ランサーとして呼び出されたのでしょう」
「じゃあ、本当の名前があるっていうことですか?」
「ええ……そうですね、いくら貴女がマスターとしては望まずに巻き込まれたのだとしても、それを伝えずに済ませてしまうわけにはいかないでしょう」
そういうと、ランサーさんは改めて畏まった姿勢で、私と向かい合うように立った。
月明かりが照らす世界の中で、黄金に輝く彼女の姿はとても幻想的に映っていて――
「我が真名は―――『カール・マルテル』、カロリング家に生まれ、フランク王国と我が聖槍にその身を捧げた者。そして、我が一族が一人、シャルルマーニュへと続く欧州の歴史の一端を生み出した者です」
三騎士、全員知名度の割に強い奴ばっかりだなぁ。