※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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これにて1日目終了です。


―――開幕

――秋津市西側・繁華街エリア――

 夜の喧騒。ネオンの眩い色合い、秋津市西側にあるこの繁華街は既に深夜に近い時間帯へと差し掛かりながらも、いまだにその喧噪の色が抜けきることはない。

むしろ、ここからこの街の本当の色合いが映しこまれるのだとばかりに、街を闊歩している人間たちの構成も変わってきている。

 

 数時間前までは学生、サラリーマンといった街の中で良く見る人たちが中心であった繁華街の中は徐々に一般の社会の中に溶け込んでいれば見ることは少ないであろう人間たちへと変わっていく。

 羽目を外し過ぎた酔漢などまだ良い方で、見るからに近づけば被害を及ぼして来るであろう見た目の人物、寡黙でありながらも目だけは笑っていないような者たちの姿が増えてくる。

 

 無論、自分に関わってくることがないなんてことは考えていない。むしろ、この2日間の出来事で誰もが自分を狙っているんじゃないかと思えるほどには、身体は痛ましいほどに反応をしている。これが恐怖感であってほしい。もしも、異なる感情だとしたら、自分は自分が許せなくなってしまう。

 そんな折に、警戒心をあらわにする私の肩に無遠慮に横を歩く男の腕が添えられた。

 

「そう怖がるんじゃねぇよ。手を出そうとしてくるやつがいたら、俺が全て蹴散らしてやる」

「……っ、白々しい口を利かないで、誰よりも危ないのはあんたでしょ!」

「勘違いするな、俺様は利のある行為以外でお前を他の奴に委ねたりなんてしねぇよ」

 

 まるで愛し合っているカップルのような無遠慮さで手を伸ばしてきたコルテスの腕を弾いて、円華は歩く間隔を速めて進む。

 今日、此処に至るまでコルテスの手腕を何度も見せられて、彼が英雄と呼ばれるに足りる存在であることを痛感したものの、それはそれとして、やはり円華にとってこの男は看過できない存在である。

 

 少しでも気を許そうとすれば、土足で自分の領域の中に踏み込んでくる。触れられたくない場所に踏み込むことを禁忌だとすら思わない。むしろ、自分はそれをして当たり前だと思っている精神構造が、円華にはどうしたって無理だった。聖杯戦争を勝ち抜くと言う目的さえなければ、一分一秒だって一緒にいたくない。

 

「こんな間抜け共ばかりをいくら仲間にしたところで何の価値もない。覚悟の無い奴じゃ盾にもならん。そんな輩どもに、俺様が見込んだお前ほどの女をくれてやらなければいけないんだ。俺様に何の得もない」

「ええ、そうね。お前には利益がないだけかもしれないけれど、私には単純に苦痛でしかないわ!」

 

「だが、お前は役に立っている。無能ではない。少なくとも、この2日間、早々に地盤を整えられたのはお前がマスターであったからだ」

「………!」

 

「お前、自分を卑下しているだろ。俺様が召喚されて早々に様々な手を打っているのに反して、自分は碌に何もできない。股を開いているだけくらいに考えているんだろう?」

「間違っていないでしょ、私は慎夜君のように魔術師として力を発揮することもできない。ライダー、貴方に頼らなければ何もできない……」

 

「それが勘違いだと言っているんだ。お前の武器は女であるお前自身だ。お前がこれまでに磨いてきた美貌と佇まい、世の女どもを喰らい尽くしてきた俺様ですらも欲しいと思わせるだけの価値こそがお前の最大の武器だろう。いかに優秀な魔術師と言えども、魔術の土俵だけで戦うしか能のない者などいくらでも代替が効く。真に価値がある者とは、そいつにしか発揮できない価値を持っている者のことだ」

「…………」

 

 エルナン・コルテス、この男はどこをどうみても最低だ。私達女にとって許してはいけない思想を持っている男だ。けれど、同時にその想いを忘れてしまいそうになるほど、人の心の隙につけ込んでくるのが上手い。

 

今の言葉だって本心から口にしているのかもしれないけれど、今まで散々、凌辱の限りを尽くしてきた私に当たり前のように言ってくるその考えは理解が出来ない。

 

(きっと、この男はどこまでも自分の事しか考えていない。他人の事なんて慮る心がないから、あくまでも自分の付属品として価値があるかどうかでしか見ていない。ただ、それを装飾するための言葉が上手いだけでしかない)

 

 そう、自分に言い聞かせる。言い聞かせなければ、きっと、今、この瞬間に自分の心を見透かされて、聞きたかった言葉を口にした男に、僅かでも靡いてしまいそうになる自分を認めてしまいそうになるから。

 

「くくっ、それにしてもとんだ狸爺だったな。あの爺、俺様たちに協力するとか下手に出ていたが、自分が聖杯を手に取ろうとする欲望をおくびも隠そうとしない。いいねぇ、手を組むのならそれくらいの野心がなければ面白くない。せいぜい、お前同様に寝首をかかれないようにしねぇとな」

 

「その前に大旦那様の依頼を済ませなければいけないんじゃないの?」

「ああ、そうだ。それについてだが、円華、お前に―――――円華!」

「え……?」

 

 コルテスの叫びが聞こえるとともに、自分が今、置かれている状況に気付く。それは黒い靄か何かだろうか。それが突如として私の目の前に姿を現したのだ。

 

「何なの、あれは……?」

 

 佇んでいる正体不明のそれに対して、私は一つの噂を思い出す。

 最近、この秋津市の中で起こっている凄惨な猟奇事件、TooTubeの中で何度も何度も拡散されている無数の猟奇動画の総てが黒い獣に襲われた事件であるという噂を。

 

(どうしよう、もしも、噂が本当だったとしたら……ううん、そもそもこれは何なの? ただの獣、そんなはずがない。だったら、こいつは―――)

 

「随分と面白い忠犬を飼っているじゃねぇか。姿を見せろよ、襲うつもりならさっさとできただろうが」

 

 黒い獣から目を離せずにいた私の傍に気付けばコルテスが立ち、その黒い獣の背後から二人の男が姿を見せた。どちらもスーツを羽織り、目つきは明らかに普通のそれではない。聞かずともわかる、彼らは昨日、私と慎夜君を襲ったヤクザの連中と同じなんだと。

 

「これは驚いた。九重円華を始末して、オヤジに恩を売る算段でいたんだが、まさか、まさかだ。サーヴァントを連れているだなんて、これはさすがに想定外だ」

「ですが、これでようやく合点がいった。そこにいるサーヴァントこそが、我々の組が仕掛けた追手を始末した者なのでしょう」

 

 やっぱり、こいつらは昨日、慎夜君と私を襲った連中の仲間。でも、大事な所は底じゃない。こいつらもまた聖杯戦争というモノを知っている前提で話をしていると言うこと。

 

「ああ、お前ら、あの連中の仲間か。召喚ついでに殺しておいたぜ。さっさと俺様に従えば許してやったものの、組は裏切れねぇだの何だのと、飼い犬の調教が行き届いているじゃねぇか、感心するぜ」

「なるほど、オヤジの息が掛かっている連中はサーヴァントに殺されたか。どうしようかね、オヤジにしょぷ時期に話すにはちぃと、面倒だな」

 

 冷たい空気が周囲に伝播していく。少しでも何らかの引き金が引かれれば即座に暴発するであろう空気が……周囲を支配している。

 けれど、それに反して、スーツの男の1人は軽々しく口を開いた。

 

「一つ聞きたいことがあったんだ。最近、俺達がバーサーカーのデモンストレーションとして引き起こしている騒動で、随分と外の連中が入りこんできちまった。地下クラブの一つを拠点としているらしいが、今日に入ってから動きが変わった。無秩序なもんから、統制が取れ始めている。偶然か?」

 

「んなわけあるか? 連中は総て俺様の傘下に入れた」

「ちょっと、それ口にしていいの?」

「いいわけあるか、だが、こうして聞かれている時点で全部連中も分かってるんだ。死守しなければいけない情報ってほどでもねぇよ」

 

 コルテスが言うように、目の前の二人の男はさして驚いている素振りはなかった。むしろ、腑に落ちたとばかりの反応を浮かべていた。そして、それはコルテスも同じだった。

 

「なるほどねぇ、そいつがバーサーカー。随分と特殊な英霊だなぁ、まともじゃない。あの狸が直接その眼で見ろと口にした気持ちもわからないでもない」

 

 コルテスはバーサーカーと呼ばれるあの黒い獣の正体が分かったのか、間違いなく何かの策謀を頭の中で巡らせて、胸元からタバコを取出し、ふかした男へと声をかける。

 

「で? どうする? 一戦交えるか?」

「そりゃあ、聖杯戦争だ。いずれは潰しあわないとな」

「俺様の狙いは北にある唯一神理教だ。お前ら組織に興味はない」

「奇遇だねぇ、実際の所、俺もお前たちに今は興味がない。こっちはこっちでシノギが忙しくてね」

 

 シノギ……? あの動画で引き起こされている黒い靄のような存在を晒し上げることが何か意味があるというの? わからない。聖杯戦争って他の陣営を倒さなくちゃいけない戦いであるはずなのに、それよりも優先しなければいけないことがあるっていうのは……

 

「………そうかい。なら、互いにせいぜい上手くやろうじゃねぇか」

「いいのか? 後悔するぜ?ここで俺たちを見逃すこと」

「馬鹿を言え。後悔するのはお前たちだ。俺様がいる以上、万に一つも他が勝つ未来なんてありえねぇよ」

 

 互いに挑発を続けながら、私たちの前に現れた二人の男と一匹の黒い靄のような存在、バーサーカーと呼ばれたサーヴァントは私たちの横を通り過ぎていく。

 気づけば周囲の人だかりは恐ろしいくらいに少なくなっていた。この繁華街の中で行われていた諍い、その程度にしか周囲は受け取りはしないだろう。

 

「見逃してよかったの……? 私たちのこと知られちゃったじゃない」

「ふん、奴らが本気でこの街を調べ上げればすぐにでも知れた情報だ。んなもんはくれてやればいい。円華、最初に俺様は言ったはずだ、今の俺様たちでは勝つことはできんと。勝つにはこの街に大きな歪を生み出さなければならない」

 

「それがあいつらを見逃すことなの……?」

「あの狸爺はバーサーカーをその目で見てどうするか決めろと言っていた。あれは俺様とお前を試していたんだよ。見る目があるのかってことだ。あいつらはいずれ台風の目になる」

 

「どういう理屈か教えてよ」

「知るか。勘だ、勘」

「そんなので決めたの!?」

 

 信じらんない……、なんなのこいつ滅茶苦茶すぎるわ……。結局、この場での戦いは避けることができたけれど、それが本当に良かったのかわからない。あの黒い獣は今日もきっと獲物を求めて動いていくのだろう。明日には新たな犠牲者が出ているはずだ……。

 

(でも、それが聖杯戦争……、私たちの命を狙った相手を見逃してまでも私たちは勝ちを狙わなければいけない。勝たなきゃ何も手に入らない。勝たなきゃここまでにされてきた屈辱も何の意味もなさなくなる。それは嫌、そんなの耐えられない……)

 

「俺たちは変わることなく唯一神理教を狙う。次はそのための布石を打っていく!」

 

 自分で勝手に解決して、勝手に話を進めていくライダーはまるでこの繁華街の王であるかのように堂々と足を進めていく。いまだに実感はない。けれど、もう私もこの世界の中に足を踏み入れている。

 

(ただの奴隷で終わりたくなんてない。私がこの聖杯戦争で何ができるのか、それを見つけないと……)

 

 コルテスの言った指摘が真実だったとしても、黙ってそれに追従するだけなんて死んでも嫌だから、彼の背中を追いかけつつ、改めて自分にできることは何なのかを私は頭の中で考え始めていた。

 

――秋津市北側・唯一神理教本殿――

「―――その言葉に偽りはあらぬな、清河よ」

「はっ、我ら壬生浪士組、今宵、アサシン並びにランサーとの交戦を果たしました。結果として志士の部隊が被害をこうむりましたが、我ら志士もまたサーヴァントと戦うことができると我が隊の沖田が証明して見せました」

 

 唯一神理教総本山本殿、日ノ本の神を信奉し、異国の人間たちの排斥を心より望む者たちの集う場所は今や、攘夷の二文字に支配された者たちの伏魔殿と化していた。

 

 御簾の中に存在するは目を血走らせた烏帽子をかぶった高貴なるもの、教祖である鷹司唯一によって召喚されたキャスターのサーヴァントたるそれは、もはや己こそがこの場における絶対者であるかのように君臨していた。

 

 そして、サーヴァントとしての在り方を度外視すれば、それは決して間違いではない。唯一にとってキャスターはまさしく信奉する神に等しき存在であり、この宗教の精神的支柱であり、異国の民を滅ぼすために遣わされた護国の剣に他ならないのだから。

 

 本殿には無数の刀を提げた者たちがたたずんでいる。壁に背を預けるもの、床に胡坐をかくもの、一切挙動を変えることなく正座を貫くもの、立ち振る舞いはさまざまではあれど、彼らは誰一人として血の匂いを感じさせない者はいない。

 彼ら皆総て草莽の志士―――帝の願いを叶えるために呼び出されたキャスターの忠臣に他ならない。

 

「ランサーの槍捌きは確かに見事なモノでした。英霊と呼ばれるに相応しい。ですが、次は斬ります。帝、改めて、私にランサー討伐の許可を」

 ――壬生浪士組、後の新撰組一番隊隊長『沖田総司』

 

「待て待て沖田。お前ばかりズルかろう。確かに見つけたのはお前たち二人かもしれないが、だからといってお前の獲物と決まったわけじゃない。公平に行こうじゃないか」

 ――壬生浪士組、後の新撰組二番隊隊長『永倉新八』

 

「それを言うんなら、そもそもわれらだけのものやない。ワシらにだって斬る権利があるぜよ」

 ――土佐勤王党、幕末四大人斬りが一人『岡田以蔵』

 

「そも、おいたちに告げることなく無断で動いたんも壬生どもらしいわ。帝よ、次は我々薩摩に機会を!」

「壬生や土佐、長州どもではできぬ、そがらし戦果を挙げて見せましょうぞ」

 ――薩摩攘夷派、幕末四大人斬り、『中村半次郎』『田中新兵衛』

 

「くだらねぇ、誰がやろうが関係ねぇ。俺達がやるべきことは攘夷完遂。それ以外のことは何であろうと些事に過ぎねぇ」

 ――壬生浪士組、後の新撰組副長『土方歳三』

 

「そう吼えるな、土方。お前の言う通りだ。我らは皆、帝の威光を知らしめるために呼び戻された草莽の志士、誰が誰を斬り捨てたなど本来であればどうでもいいことだ。沖田の言が気に入らぬと言うのであれば謝ろう」

 ――壬生浪士組が元締め、浪士隊発起人『清河八郎』

 

「清河さんの言う通りだ。しかしね、それでも僕らには僕らの誇りというものがある。誰もが帝に首級を捧げたいと思っているのさ。ねぇ、久坂さん、次は僕に行かせてよ。沖田さんが手こずった相手見て見たいな」

 ――肥後藩攘夷派、幕末四代人斬りが一人、『河上彦斎』

 

「逸るな、志士たちよ。お前たちの気持ちはよく分かるが、総ては帝の思うがまま。我らはただ帝の剣であり盾であればいい」

 ――長州藩攘夷派筆頭、『久坂玄瑞』

 

 帝の簾の傍に座り、他の志士たちとは明確にその立場を異にするように窺える久坂の言葉に志士たちに一度沈黙が訪れる。この場で帝より最も信任を受けているのは、生前にこの場の誰よりも帝に近しい位置に立っていた久坂に他ならない。

 

 他の者たちが草莽の志士として立ちあがった戦士であるとすれば、帝の意向を汲み、一度は天下を動かすほどの権勢を手にしていた久坂は参謀の立ち位置にいると言ってもいいだろう。

 故にこの場において、帝の次に発言の強さを与えられるのは久坂を置いて他にはいない。

 

「久坂よ―――長き雌伏の時は終えた。この地に朕と同じく聖杯を掴むに足りる者たちが六、姿を見せた。であれば、後は攘夷を完遂するのみ」

 

「承知いたしております、帝。ですが、あと僅かの辛抱を願いたい」

「何故」

 

 圧が強まる。帝を諌めるように言葉を発した久坂に対して帝はその理由を求め、久坂は涼しげな態度で言葉を弄していく。

 

「今、この秋津という街はかつての京以上に絶妙な按配で動いております。かつての京と同じく、いずれかの勢力が動けばこう着していた戦況は一気に動き出すでしょう。これまでの志士たちの密偵により、この地に置いて我らこそが数の上では最大の戦力であることに間違いはありませぬが、故にこそあえて先手を取らせましょうぞ」

 

 数もいる。戦力としては申し分なく、そして拠点としてもキャスターである帝の力によって万全な状況が生まれている。紛れもなく優位性を奪うには絶好の状況ではあるが、だからこそ、久坂はあえて攻め入ることなく、他勢力の行動によってこの均衡状態を打ち崩すことを提案する。

 

「帝よ、忘れないでいただきたい。帝の願いは攘夷完遂―――聖杯戦争などあくまでも攘夷を完遂する上での通過点に過ぎませぬ。であればこそ、この久坂、二度目たる此度の争乱、帝に完全勝利を献上したく。その為の仕度、既に整ってございます」

「………よかろう。久坂、一度は我が意に反した貴様の忠節、朕に再び献上するがいい」

「御意に」

 

 いよいよ聖杯戦争は幕を開け、この秋津市における最大勢力であるキャスター陣営も攘夷完遂のために動き出す。その原動力はこの総本山の中で既に意識を失い、無惨に転がっている唯一神理教の信者たちであることを他の陣営は誰も知らない。

 

「おお、神たる帝よ。いよいよその威光を示す征伐が始まるのか。おお、その果てに、どうか、どうか日ノ本を再び神たる国へと。再興を果たしていただきたい!!」

 

 そんな被害が出ていようとも教祖たる唯一は一切斟酌しない。もはや教祖という立場すらもかなぐり捨てて、彼はマスターでもなく、帝の意を汲み、帝の邪魔たる者を排除する志士の1人であると己を断じていた。

 

 真っ当な聖杯戦争の体すらも取ることができない主従、歪としか言いようがない世界が総本山の中では繰り広げられていた。

 

(まずい……いよいよ、キャスターたちが動きはじめる……)

 

 その本殿の中で、ただ1人、まっとうな意識を維持し続けている神祇省所属、一宮梓沙はもはや事態が一刻の猶予もなくなってきていることを理解していた。

 久坂の言葉がどこまで真実なのかは分からないが、遠からずキャスター陣営が街へと打って出れば、大量の血が流されるであろうことは言うまでもない。

 

(何もかもが遅くなる前に、キャスターとマスターである唯一を討たなければ……この街にも、私にも未来はない……)

 

 無論、梓沙とて今日に至るまで、何ら用意をしてこなかったわけではない。キャスターへと刃を届かせるための準備はここまで入念に行ってきた。まだ総ての準備が完了しているわけではないが……、それでもまったく勝算がないわけではない。

(本部からの増援要請に応えはない。最悪の場合は私だけで実行するしかない……)

 

 そのためならば、自分の身すらも惜しくはない。神祇省の潜入役としてここに踏み込んだ時からタダで帰れるとは到底考えていないのだから。

 

――秋津市東側・住宅街エリア・遠坂邸――

「やぁ、蓮司。今日は遅かったね」

 

「ごめんなさい、実は―――」

「七体目が召喚された、だろう? 使い魔を通してこの街に七つ目の大きな魔力反応が浮かび上がったのは知っているよ。その対応に追われたのかい?」

 

「……ええ」

「そうか。無事に戻ってきてくれてよかった」

 

 キャスター陣営とランサーとの戦いを見てから、僕はアーチャーと共に父さんのいる自分の邸宅へと戻ってきた。

 ただ、表情は決して明るくない。七星さんがマスターとしてサーヴァントを召喚してしまったことが、どうにも自分の中で消化しきれていなかった。

 

 それはきっと、これから先に自分たちが聖杯戦争の対戦相手としてぶつかるかもしれないことを想起してしまっているからこそなんだろうと思う。

 七星さんと魔術師として命を懸けた戦いをする……? 何だそれ、悪い冗談か何かなのか……? そもそも、どうして七星さんがサーヴァントを召喚しているのか全く分からない。

 

「それで、蓮司。サーヴァントとマスターの詳細を確認することはできたかな?」

「――――」

 

 ドクンと心臓が高鳴った。父さんは気付いているのだろうか、僕の表情が強張ったことを。気付いているのかもしれない。父さんはいつだって聡明な方だったから。アーチャーは答えない。あくまでも答えるのは僕だからと分を弁えているということだろう。

 早く答えなければいけない。ただ見たものを見たままに報告するだけのコト。

 

「出会ったのはランサーです、巨大なランスを持った女騎士という風貌でした。マスターは……銀髪の、少女でした」

 

「銀髪の……? なるほど、少し違和感があるな」

「違和感、ですか……?」

 

「銀髪と言えばアインツベルンだが、アインツベルンは今回聖杯戦争を降りているはずだったが……よもや、その情報自体がプラフだったか…? 確実に勝利を手にしようとする彼らであればそのように画策するのも頷けないわけではないが……」

 

 父さんは自分の中の齟齬と僕が見てきた情報にどのようにすれば整合性が生まれるのかを検討を始めた様子だった。僕のことなど既に眼中にないかのように。

 

 ただ、違うんだ、父さん。ごめんなさい、僕は……生まれて初めて、貴方に嘘をつきました。ランサーのマスターは僕のクラスメイトで、まったく違う相手なんです。

 

「…………」

 

 どうして、父さんに見たまま、ありのままの報告をしなかったのか、自分でもわからない。分からないけれど、口は勝手に動いていて、今更訂正をするようなこともできずにいた。それが致命的なまでに父さんに対しての背信的な行為であると分かっているのに。

 

 それでも僕は父さんに七星さんのことを教えたくはなかった。

 

「分かった。その情報の整理はこちらで進めておこう。蓮司、お前には明日以降もアーチャーと共に行動を続けてもらうが、既に聖杯戦争は開幕したと考えていいだろう。明日からはサーヴァント同士の戦闘に発展するかもしれない」

「その場合に僕はどのように対応すれば良いでしょうか?」

 

「まずは様子見で結構だよ、各陣営がどのような戦力を揃えているのか、把握をした上で行動するべきだ。特に唯一神理教と勢至姆組に関しては、街の情勢にも影響する。慎重に動いて欲しい」

 

「はい。分かっています。連中の動きはこれまでもマークしています。ですが、ごめんなさい。バーサーカーに付いては……」

「そうか、やはり痕跡を見つけられないか。となれば、彼らが暴れているその場を抑えるしかないか。いや、いい。連中は必ず尻尾を出す。そこまでは他の陣営に注力してほしい。特に―――セイバー陣営と出会った時には」

 

「セイバー、ですか。確かエーデルフェルト家が召喚したと言う」

「魔術協会より流れてきた情報を聞く限り、相当強力な英霊を召喚したらしい。そして、エーデルフェルトの魔術師は強力だ、15年前の聖杯戦争ではマスターが足を引っ張ったことでかの家は思わぬ敗北を喫した。悲願を求めるエーデルフェルトがそこを埋め合わせて来ないとは思えない。御三家の内、我々だけが参戦した此度の聖杯戦争、おそらく我々と雌雄を決するのはエーデルフェルトだ」

 

 エーデルフェルト家、御三家には及ばないが聖杯戦争の常連であると言われてきた魔術師の名門。このまま聖杯戦争を続けていれば必ず出会うであろう、強大なる敵。

 その相手との衝突を決して楽なことであるとは思わない。けれど、今は……父さんが七星さんの事に気づかずにいてくれたことが何よりも胸をほっとさせた。

 

 この先の展望を何か考えているわけでもなく、子どもが悪戯を隠すためについたささやかな嘘のようにそれは流されていく。

 どうか、これが悪いコトになりませんようにと、どっちつかずの状況を生み出した自分自身はそう願うしかなかった。

 

――秋津市東側・住宅街エリア・七星家――

「今夜は随分と月が綺麗なもんだ。嫌味なほどに良く見える」

「貴方にとっては決して縁起が良いモノとは言えないのでしょうね」

「そりゃそうだ。自分の娘が魔術師共の争いに巻き込まれて、それをめでたいなんて言えるような奴は人間としてどうしようもないだろ」

 

 真一郎はため息交じりにそう呟いた。桜子が戻ってきてから、既に数時間が経過しているが、体感としては1時間かそこらという感覚でしかない。

 

 桜子が連れてきた鎧を着こんだ女性、自らをランサーと名乗り、桜子のサーヴァントであると口にした彼女に対して真一郎はさして驚くことはなかった。

 桜子がしどろもどろになりながら伝えてきた内容を聞いて、ある程度の理解を及ぼした段階で、まずは休めと興奮冷めやらぬ様子の桜子を寝かしつけた。

 

 簡単に今日の事の総てを受け止めることはできないだろうが、それでもいずれは受け止めなければならない時が来る。既に桜子は選ばれてしまったのだ。

 

「因果なモノだ……、15年前に桜がいなくなり、10年前に櫻一郎が不甲斐ない俺に失望してこの家を出て行った。それで何もかもが終わりだと思っていたんだがな、どうにもそう簡単にすべてが終わるわけではないらしい。まさか……桜子が選ばれちまうなんてな」

 

 そう、15年前のあの日もこのような満月が浮かび上がっていた。彼女の決意を聞き、それを許し、結果として真一郎は多くのモノを喪った。

 時間を掛けてその傷は癒されてきたはずだったが、運命の悪戯は何もかもを過去にしてくれることはないらしい。もはや自分には手を出すことができない領域へと自分の大切なモノを再び昇らせようとしている。結果が見えているだけに抵抗したところで何もできないだろうことが分かってしまう。

 

 聖杯戦争に巻き込まれてしまった以上、解決できるのかどうかは本人とサーヴァントの資質に全てが掛かっていると言ってもイイ。

 月から視線を地上へと落す。その視線は中庭から自分の横に立つ騎士へと向けられる。僅かな時間しか共に過ごしていないが、彼女が桜子のサーヴァントとして粉骨砕身の身持ちで戦う意志を示しているのは本物であると真一郎は理解した。

 

「桜子はヒーローってものに憧れている。今まではただの学生で何かを変えるなんてことは出来なかったからこそ諦めもついたが、この街で起こっている出来事が聖杯戦争に由来していることであれば、あいつはきっと黙っていられないだろう。自分で解決すると無謀だろうが何だろうが自分から戦いに飛び込んでいく」

 

 桜子自身がそう言った訳ではない。けれど、目を見ていれば分かる。今はまだ興奮も冷めやらず自分の心も纏まっていないだろうから心が自分の願いに追いついていないのだろうが、一度休んで朝を迎えればその気持ちが高まってくるのは間違いない。

 

「未来が見えているように言うのですね」

「親って言うのはそういうもんだ。俺はこの街で誰よりも桜子に詳しいって自負してるからな」

 

 改めて、真一郎はランサーへと身体を向け、対峙する姿勢のままに頭を下げた。

 

「だからこそ、頼む。どうか、桜子を守ってやってほしい。迷惑をかけるだろう、衝突もするだろう。それでも、最後まで付き合ってやってほしい」

 

「無論です。私はその為にこの地へと呼び出された。聖杯を獲得する夢はありますが、それは私とマスターが共に叶える夢であります。我がマスター、桜子は守護するに値する相手であると見込んでいます。故に安心されよ、父君。私も生前は子を持っていた身、親が子を想う気持ちは理解できます」

 

「そう言われると随分と親近感が湧いてくるな」

「英霊であろうと現世に生きる人間であろうと、我らは変わることなく人の子です。この地に集った6人のサーヴァント、どれもが一騎当千の実力を持つ者たちでしょうが、必ずや勝利と聖杯をこの手に掴むと誓います」

 

 ランサーの表情に翳りはない。心からその勝利の結末を信じているに違いない。真一郎にとって、その勝利はどうなるとも構わないとは思っている。桜子が無事に戻ってきてくれれば、それ以上に嬉しいことなどないのだから。

 

(桜子の為に俺が出来ることは多くはない。だが、桜子を少しでも生かすためには……できることはやるべきだろうな。櫻一郎がいてくれればと思わなくもないがいない相手を頼ったところで何にもならない)

 

 やろうがやるまいが大勢に影響はないのかもしれないが、桜子が生き残る可能性がほんの少しでも高まるのであれば、出来る限りのことをやるべきであろうと考える。

 

『さぁ、いよいよ7つの陣営が揃った。随分と待たされたけど、いよいよ開幕だ』

 

 静寂が支配した空の上から、人智を超えた存在である「それ」は聖杯戦争がいよいよ始まりを迎えた秋津の街を見下ろしていた。仕込みは上々、多少の介入は行ったものの、あくまでも舞台を整えるために行ったに過ぎない。

 

『ここから先、私は何も手を出さない。あくまでも傍観者だ。私が配置した7つの運命よ、人間の渇望を吐きだしてくれ。嘆きを超えて願いを勝ち取ってくれ。その姿を見ることこそが私の楽しみなのだから』

 

 人を超えた存在であるからこその退屈を紛らわせるために起こした程度に過ぎない。しかし、願いを叶えることができると信じた人間は必死に闘うだろう。その姿を見るのが楽しいのだ。

 

 合理すらも踏み越えた不合理を優先するその精神構造が導く先は果たしてどこなのか。興味が尽きない。そのために混沌とした均衡を保っていた秋津の街に手を加えたのだ。

 

『願いも欲望も踏み越えて、聖杯をその手に掴みたまえ。これより聖杯戦争を開始する』

 

 誰も聞くことがない言葉、それを以て聖杯戦争は開幕となった。

 

第一夜『Begins night』終了―――聖杯戦争終結まで、あと9日

 

―――次回予告―――

「改めて初めまして。セイバーのマスター、ロイ・エーデルフェルトだ。七星のマスターよ、15年前の雪辱、今宵の戦いにて晴らさせてもらう」

 

「円華、お前に重大な役目を与える。唯一神理教に入信しろ」

 

「私は戦うよ。誰もが自分の願いの為に闘うんだとしても、私はこの街の為に闘う!」

 

「初めてなんだ、父さんの言葉を無視するのも、自分の想いを優先するのも。間違っているかもしれない。だけど、確かめないわけにはいかない」

 

「どうか、我々神祇省に協力を。鷹司唯一討伐の暁には、我々は全力で貴方がたの勝利に貢献すると誓いましょう」

 

「子供には子供の想いが。大人には大人の想いがある。しかし、子どもを裏切ってでも、時として我々は実利を取らなければならない」

 

「くっはははははは、最高だ、最高にイカレてやがる!! こんな序盤にサーヴァントどもが全員集合するなんてよ!!」

 

―――第二夜「Gathering night」

 




【CLASS】ランサー
【真名】カール・マルテル
【性別】女性
【身長・体重】160cm/45kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】
筋力B
耐久B
敏捷C
魔力C
幸運B
宝具A
 
【クラス別スキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。

【固有スキル】
魔力放出:B
武器、ないし自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事で能力を向上させる。

マルテルの騎士:A
異教徒より欧州の鉄槌とまで呼ばれた彼女自身の騎士としての在り方を示したスキル。
彼女が己の騎士道に基づく戦いをする限り、耐久ステータスを向上させる。

カリスマ:B
軍を率いる才能、フランク王国宰相にして、常勝の将として率いる軍勢の士気は極めて高いものになる。ランクBは一国を治めるのに十分な程度。

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