変化の始まり
――秋津市東側・住宅街エリア・七星流剣術道場――
誰だって思いがけない突然の出来事で、自分の人生が大きく変わってしまうことはある。時に災害に巻き込まれたり、時に大切な誰かがいなくなったり、時に自分と関係ない誰かと親交を結ぶことに成ったり、さまざまな理由はあれども、何一つ変わらなかった自分の人生が突如として変わってしまうと言うことは、きっと珍しいことではないんだと思う。
物心つく前に亡くなってしまったお母さん、突然いなくなってしまった兄さん、そして、そこからずっと二人でいるお父さんとあたし。これだって誰一人欠けることがない家で育ってきた子供からすれば、波乱万丈な人生に見えてくるだろう。
だから、きっと、昨日の出来事もそれと同じなんだ。何が何だかわからないままに巻き込まれて、苦しんで、喚き散らして、そして……、出会うはずもないスクリーンの中だけに存在するであろうと思われるような人に出会ったことも。
「……ん、朝……二時間半も早く起きちゃった」
微睡む瞳が、再び眠りへと誘おうとして来るけれど、日課のようになっている二度寝をすることもなく、あたしは布団から半身を起して、目をこすった。
いつもならお父さんに起こされなくちゃ起きることもできないようなあたしが自分から目を覚ますことが出来たのは言うまでもなく昨日の事があったからに他ならない。
「眠れなかったのか、一刻も早く起きたいと思ったのか、どっちなんだろうね……」
まだ学園に向かうには時間が早いけれど、朝に昇ってくる陽射しと清涼な空気を肌で感じたいと思ったから、潔く布団からその身を離す。
それから洗面所に向かって、最低限、女の子として人前に見せられるだけの身なりだけを整えて、居間へと足を運ぶ。
「お父さん……いない?」
いつもだったら、朝の準備をしているであろうお父さんの姿が見えなかった。寝ているということはないだろう。自慢じゃないけれど、早起きで娘が父に勝ったことはない。七星家の家事のほとんどをこなしてくれている父の朝は早い。
他の場所と考えても気配も特に感じられず、そうなってくると、向かう先はあたしの頭の中に浮かぶのは一つしかない。
「珍しいなんてもんじゃないんだけどね。もう何年も朝に足を運ぶなんてしていなかったのに」
外行き用の靴に履き替えてから、七星の敷地の中にある道場へと足を運ぶ。ここは七星流剣術道場、元々はお母さんが七星の家で代々受け継いできた由緒ある道場なんだけど、お母さんが亡くなってからは七星流剣術の師範代であったお父さんが道場の師範となって、今でも秋津市の中で剣術道場として稼働している。
もっとも今の時代に剣術道場なんて中々足を運んでくれる人はいないわけで、数年前までは朝から道場の清掃を親子二人で行っていたけれど、ここ最近ではあたしの世話を済ませてからお父さんが一人で準備をしていた。
だから、こんな朝早くから道場に足を運ぶなんて珍しいこともあるものだなと、近づいたところで、道場の中から奔る透き通ったぶつかり合う音にあたしは自分の中で浮かび上がっていた想像が本当に現実で起こっていることを理解した。
「…………」
無言のままに道場の扉を開く。朝日が差し込む木目の道場の中には二人の男女が立ち、互いに竹刀を握って、間合いを取りながら真剣な表情そのままに向かい合っている。
道場の中に踏み入ることは何ら問題がないはずなのに、どうしてかその清涼な空気の中に足を踏み入れることが酷く罰当たりなように思えるほど、その空気は厳かで、澄み切っていた。
「はぁッ!シィッ――――!」
その張りつめた空気を引き裂くように先に動いたのは父さんだった。上段から振り下ろされた竹刀の一閃は、あたしから見てもとても綺麗な一閃で、決まらない筈がないと思われたものだった。
「―――――あ、」
けれど、それは受け止められる。まるで未来を見通す千里眼でも読みあわせているんじゃないかと思えるほどに完璧なタイミングで受け止められた一閃を力任せに弾き、父さんの脇腹に竹刀が触れる直前で刀は止められ、暫しの静寂が流れ、二人が息を吐いた。
「ふぅ、負けだ、負け。我ながら全力の一閃だったんだがな」
「見事な立ち振る舞いでした。泰平の世に在りながら剣技を磨き抜いてきたことが理解できる。誇って良いモノであると思います」
「真正面から打ち負かされた相手に何を言われても、慰めに聞こえて来るってもんだがな。まったく、これじゃあ道場を継いだ身として先代に顔向けが出来やしない。ん……、何だ、桜子。随分と今日は早いじゃないか」
「あ、うん、おはよう。マルテルさんもおはようございます」
「ええ。マスターもおはようございます」
先ほどまで凛々しくお父さんと向かい合っていた女性、私のサーヴァントであるマルテルさんは表情を崩し、静かに笑みを浮かべた。昨日は色々なことがあって動転していたから気付かなかったけれど、道着姿であってもその姿は同性の私でも思わず美しいと思えてしまう。
きっとアイドルとかモデルさんとかに向ける気持ちってこう言うモノを言うんじゃないかって思う。
「マスター、何かありますか? 先ほどからこちらをずっと眺めていますが」
「え、いや、その……、マルテルさん、その道着は?」
「桜のだよ。随分と長く使っていなかったから、やめておけと言ってんだけどな」
「保存状態は決して悪くはありませんでしたよ。大事にしていたことが分かります」
ああ、そっか。お母さんの。お父さん、大事にしまっていたもんね、身長がもう少しあればお前に使ってもらうのにって言われたっけ。
「よっし。じゃあ、そろそろ朝の準備を始めるか。随分と寝起きに良いことをしちまったからな。桜子、お前も一汗かいたらどうだ?こんな時間に起きたんだ。まだ頭寝ぼけてるだろ」
「え、でも、私じゃ……」
相手にもならない。お父さんがあれだけ綺麗な一閃を放ってダメだった相手に私みたいなお父さんにも一本取れない人間が何をしたところで、すぐに負けてしまうのは目に見えていると思うんだけど。
「さっき、そこで見ている時に何を想った?」
「え、ええっと……綺麗だなって」
「そうか。なら、味わっておいた方がいい。その純粋に綺麗だと思った太刀筋は自分と何が違うのか。それは目で見て、身体で受けて実感しなければ掴めない領域だ。歴史に名を残した英霊の太刀筋が見れる機会なんて普通じゃありえんからな!はっははは」
お父さんは無駄にテンションが高く、タオルで汗を拭いながら、道場の入り口にいるあたしの横へと歩いてくる。先ほどまでの鋭利化した気配はなく、いつもの朝に出会うお父さんと変わらずだった。
「何か思うところがあったから、此処に来たんじゃないのか。悩んでいても仕方がないだろ、身体でも動かせば少しは気が紛れるかもしれない。寝坊助にとっては少しくらい暴れても、いつも起きる時間と変わらんだろ」
「え、ちょっと……!」
「マスター」
去っていくお父さんに声を上げようとしたところで、マルテルさんに声を掛けられる。お父さんとは違い、汗の一つもかいていない彼女は視線であたしに問いかけてくる。
「………ちょっと着替えてきます!」
気圧されたわけでもない。ただ、やってみたいと思う心は自分の中に確実にあった。歴史に名を残した英雄、私が憧れる本物のヒーロー、昨日、絶体絶命の危機から私を助けてくれた人が剣を握って、その筋を見せてくれると言っている。
剣の道を志すものとして、ヒーローに憧れるモノとしてその様子に昂らない筈もなく、あたしは道場に入り、マルテルさんの前に立つために準備を始めた。
こんな朝早くに道着に袖を通すなんて久しぶりの事で新鮮というか忙しないと言うか何とも言えない気持ちで、状況に流されるばかりである気持ちは抱いてしまうけれど、今は少しでも何かをやっている気持ちでいたかった。手や体を動かしていないと、どうしても不安が自分の中で押し寄せてしまうから。
(見破られているんだろうな、そういうところまで含めて)
「よろしくお願いします」
「ええ、マスターの力量を見せていただきます。身体が暖まり次第全力で来てくださって結構です」
「自信ないなぁ、みっともないところを見せるだけになりそう……」
「構いませんよ。まずは互いを知ることから始めましょう。何も知らなかった昨日よりも一歩でも先に進むことが重要ですから」
さぁ、来なさいという反応を言外に受けて、あたしは自分の中の気持ちを整理するためにも目の前の相手に集中し、剣を放った。
――秋津市北側・唯一神理教総本山――
「ええ、事態は急を要します。すぐにでも本隊を秋津に派遣してください。もう一刻の猶予もありません」
住宅街や繁華街、そうした平地にある場よりも小高い山となった地形の上に立てられた唯一神理教の総本山、清々しい朝の陽ざしの恩恵を平地以上に与えられながら、時代錯誤の異人排斥者の伏魔殿と化したその場所では、その清らかな日差しですらも通さないほどの闇が蠢いている。
鷹司唯一によってキャスターのサーヴァントが召喚されてからはや2週間、もともと異常な思想に染め上げられた危険思想の吹き溜まりであったこの総本山は、いまや、過去とは全く違う意味で危険思想に染め上げられた者たちの要塞と化していた。
日を追うごとに増えていく信者たち、その信者たちの生気や魔力を糧として次々とその数を増やしていくキャスターの手駒たち、信者たちの中でもキャスターに選別された者たちだけがこの総本山の中で同志として過ごすことを認められ、半端な覚悟で入信した者たちは総てが魔力の糧として扱われ、昏睡状態に陥っている様子は明らかな異常であった。
秋津市の中では頻発している猟奇事件の裏で神隠しのように人が次々と姿を消している。誰もがあの猟奇事件の方に視線と関心を向けていて、猟奇事件絡みで神隠しが起こっているように錯覚していることがなお恐ろしい。
秋津市以外で同じ状況が起こっていれば、すぐに異常事態として街を上げて対策に乗り出すかもしれないが……聖杯戦争と猟奇事件が隠れ蓑として最適になってしまっている。表の権力を行使するには正当な理由が必要になる。けれど、嫌らしいことに唯一神理教の信者たちは決して拉致行動のようなものを引き起こしはしない。
―――総ては帝の御心のままに。教えに耳を傾けた者たちは一度くらいの説法ならばとこの総本山に足を踏み入れる。伏魔殿へと足を踏み入ればあとはキャスターと顔を合せない限り、この山から出る手段はない。
もっとも、総本山から出る者などいない。誰もがキャスターと顔を合わせれば最初から決まっていたようにその言葉に従う。まるで神の言葉を耳にして、その言葉通りに動く人形のように変えられてしまう。
私が知る限り、その状況から逃れることが出来た者は誰一人としていない。帝と謁見し、彼と言葉を交わすことでその思想に染め上げられる。それは私たち日本人にとって避けることができない一種の呪いのようなものであるのかもしれない。神祇省の潜入者として訓練を積んだ私でさえも、時折意識を持っていかれそうになる。
「ええ、わかっています。ですが、先ほどからも言っている通り、既に一刻の猶予もありません! 神祇省の本隊は何日で到着するのですか!」
『早くても5日はかかるだろう……』
「い、5日!? いくらなんでも遅すぎます。今のままの状況を後5日も継続しろって言うんですか……」
『そうはいうが、唯一神理の危険度はキミの報告の中で本隊を派遣するまでもないという評価が挙げられていた。我々が潜入者をそれぞれの組織に差し向ける理由は分かっているだろう。優先順位の中で唯一神理教は決して高い組織ではない』
「ですが、それは聖杯戦争が始まる前の状況です。今の組織は完全にキャスター陣営の思うがまま、このまま放置をしておけば、最悪の事態に発展しかねません」
『聖杯戦争であるのならば、他の陣営がキャスターを討伐するかもしれない。魔術師共は自分たちの勝利のためならば必死に武器を握るだろう』
「それを、待てと……?」
『5日後には、必ず我々の本隊を到着させる。それまで現地戦力を巧みに使い戦線を維持したまえ。ここまで尻尾を掴ませずに事を運んできたキミであれば必ずできる』
通話越しの相手が放つ楽観的すぎる見解の下に発せられる言葉に思わず歯噛みする。神祇省側はまったく今の状況を分かっていない。大方、唯一神理教が聖杯戦争に参戦したが、似非教祖では他のマスターに勝てないだろうという考えが先に出来ているのだろう。
けれど、違う、まったく違う。もはやキャスター陣営はマスターの命令など一切聞かずに、帝の号令1つでこの街を焦土に変えることだってできる。サーヴァントという単一戦力ではなく、もはや軍隊級の戦力を誇っている相手なのだ。
「……わかりました。ですが、それほどまでに増援が遅れるのであればこちらも一つ、要請したいことがあります」
『何かね?』
「現地戦力での迎撃を加えるうえで、餌を与える必要があるでしょう。我々の代わりに戦ってもらう対価です。神祇省はこれより後5日後に秋津市に入りこむ。その後には唯一神理教打倒に貢献した陣営の助力を行う。この交渉を認めていただきたいのです」
『………本気で言っているのかね?』
「各陣営共にそれぞれの戦力がある中で、私達の目論み通りに動いてくれる陣営があるとは限りません。手札の一つとして持っておくべきです」
『すぐには回答できない』
「早急にお願いします。事態は一刻を争います」
そこではたと梓沙は気付き、急いで通信端末を隠す。それはこの場へと近づいてくる人影を感じ取ったからであった。
「おや、梓沙殿。今日も朝が早いな」
「久坂殿……、ええ、この山は信仰の加護に包まれていますから。安眠を助けられ、そして朝もこうして陽射しが眩く……」
「それは結構。帝の威光に照らされたこの地は、まさしく日ノ本に置いて最も清浄な場所といえよう。願わくば、ここが永遠にそうあり続けてくれればいいと思うばかりだよ」
「何か不安が?」
「ふっ……いずれ、帝のご意志を理解せず、楯突く者たちが此処に攻め入って来るだろう」
ドクンと梓沙は心臓を鷲掴みにされる想いだった。まさか、久坂は先ほどの会話を聞いていたのだろうか、いや、むしろ泳がされているのだろうか。その懸念を心の中で覚えながら、梓沙は表情を変えず、対して久坂も表情を変えずに振り向き、微笑を浮かべる。
「そのような狼藉者の手によって鷹司殿の作り上げた楽園が穢されるのが我慢ならんのだよ。梓沙殿、いずれは貴殿の力をお貸し戴くことになるもやもしれぬ」
「私なんて……帝に祈りを捧げることしかできません」
「結構だ、帝の信仰が深まれば深まるほどに我らは力を発揮できる。梓沙殿の信心が深まれば深まるほどに我らもその力を発揮しやすくなると言うモノだ。
では、私は帝に報告がある。これにて失礼するよ」
そう口にして、久坂はこの場から離れ、梓沙は思わず床にへたりこみそうになってしまう。久坂玄瑞、帝の最側近、鷹司唯一と同様に帝が最も信頼を置く男は、どこか探りを入れるように私に問いかけてくることが多い。
正直な所、既に何もかもが明るみに出てしまっているのではないかと思ってしまう所もある。だが、獅子身中の虫であったとしても、キャスター陣営の壊滅は為し遂げなければならない。
相手が自分を見誤っている間に勝負をつけなければならないと言う気持ちはさらに高まった。
――秋津市中央・電波塔周辺・駅ホテル――
「うん、前々から思っていたが、やはりこのホテルの朝食は良い。多すぎず、少なすぎず、その上で栄養バランスにも気を遣っている。日本のもてなしは世界の中でも最高級のものであるとは聞いていたが、この数日でそれが本物であることを実感するばかりだよ」
「……………」
「俺はその中でも特にこのクロワッサンが好みなんだ。何層にも連なった生地の一つ一つが丁寧に仕上げられていて、食べる人間の気持ちを考えて作られているのが分かる。他のものだって同じだ。もてなすと言うことがどういうことかを―――」
「兄様……」
「何だ、リーナ。食事が進まないのか。別に朝に食が細いわけでもなかっただろう? ああ、それとも、リーナにはあまり口に合わなかったか? 確かにそれなら、俺に合わせて愛想笑いを浮かべるのも気分が良くはなかっただろう。このクロワッサンは名残惜しいが、今度からは別の所で―――」
「そういうことを言いたいんじゃありません! それとこのクロワッサンが美味しいのは私も同感です!」
「それはよかった!」
「よかったじゃありません! 何を呑気に朝食摂っているんですか! 兄様は霊体化しているとはいえ、自分のサーヴァントを置物か何かと考えているんじゃないでしょうね?」
「置物とは言い方が悪いな。そんな言葉づかいだと、またセイバーの機嫌を悪くさせるぞ」
秋津市の観光名所である巨大な電波塔、かつては秋津市の電波放送を一手に担っていたその施設は今でも立派な観光名所へと変わり、周辺には観光客をターゲットとした駅ビルがいくつも立ち並んでいる。電波塔近くに立てられている駅と線路を境としてこの街は東側と西側に分れていると言っても過言ではない。
そんな無数に存在する駅近くのホテルの一つ、その朝食を食べる会場の中にひときわ目を引く二人の男女がいた。ブラウンヘアの見目麗しい男女二人はカップルなのかあるいは家族なのか、親しいモノ特有の騒がしさを醸し出していた。
喧騒を生み出す存在でありながらも彼らが受け入れられているのは偏にその容姿が美しく、そして行動の所作一つ一つに洗練された動きが備わっているからだろう。
日本では薄れてきた概念ではあるが、貴族特有の空気、高貴なモノであるからこそ、生まれた頃から叩きこまれてきたであろう身体に染みついた正しい動きが、多少の無作法を掻き消してしまうのだ。
「昨日、秋津市の住宅街エリアで戦闘が繰り広げられたようです。放っていた使い魔が観測しました」
「いよいよ、他の陣営が動き出したか。詳細は?」
「女性の槍兵と女性の剣士。そして男性の拳法使いが戦闘をしたようです」
「へぇ、女性の剣士か。興味深いね、セイバーは俺達が召喚しているって言うのに、その剣士は何者なんだろうね」
「剣を持っているからそのままセイバーであると考えるのも少し安直が過ぎますが、気には留めておいた方がいいと思います」
「ああ、ありがとう、リーナ。さすがは我が妹だ。しかし、もう少し肩の力を抜いてもいいんじゃないか? せっかくの日本だ。楽しまなければ損だろう」
「兄様が肩の力を抜きすぎなんです。まったく、もういつ戦いが起こってもおかしくないってことを本当に理解されているんですか?」
セイバー陣営のマスターであるロイ・エーデルフェルトと妹のリーナ・エーデルフェルト。エーデルフェルトの当主は代々双子の片割れが継承するという奇妙な家訓が存在する。
その奇妙さに一つの例外を併せ持っているとはいえ、エーデルフェルトの魔術師として彼らはいよいよ自分たちも魔術の技とサーヴァントの力を競い合う場へと踏み込むであろうことを予感し始めていた。
とはいえ、その反応は真逆である。兄であるロイはこの秋津市での生活を満喫し、妹であるリーナは生真面目に聖杯戦争に対しての懸念から思考が知らず知らずのうちに戦いへと向かっている。
傍から見れば、どちらがマスターか分からない様子である。しかし、リーナの不安感を覚える反応に対しても、ロイは紅茶の入ったカップに口をつけつつ、悠然と言葉を発する。
「勿論分かっていないわけがない。今日からは俺達も動く。しかし、焦る必要はないと考えているさ。何せ、俺には無駄に魔術の才覚だけはある。並大抵の魔術師に負けるほど、柔じゃない。そこに優秀な妹と最優のサーヴァントまでいるんだ。怖れることはない」
「またすぐにそういうことを言って。確かに兄様が負けるなどということを私だって考えていません。ですが、かつてのエーデルフェルトの名を背負った方々とて同じことを考えていたはずです。まぁ、兄様の足りない部分を補うのは私の役目です」
今更何を言っても仕方がないだろうとばかりの反応を示す。口うるさく言っても兄がどうこう変わるわけでもなし、やると決めた以上、ロイはそれを実行する。生まれた時から20年以上の時間を共有してきた妹は、自分の癖と何をすることが最適なのかを改めて理解する。
魔術以外に才覚はないと口にする兄に色々求めるよりも、多彩な自分が動いた方が物事は捗る。結局はそこに行き着くのだから、説教癖を気にしつつも諦めの溜息を零したのだ。
「兄様の実力は誰よりも私が知っていますし、セイバーは紛れもなく強者です。ですからこそ、気を引き締めないと」
「だから、肩肘を張りすぎるなよ、リーナ。さっきも言ったが、せっかくの日本なんだ。聖杯戦争のために訪れたとはいえ、我々がもう一度来るかどうかも分からない場所だ、楽しんでおいて損はない。ここには面倒なエーデルフェルトのお歴々も俺達を縛りつける血の呪いもない。気を引き締めることも重要だが、少しは羽目を外しておいた方がいい」
「もう、兄様は」
それが兄なりの優しさであることを彼女は知っている。もっとストレートに言葉を伝えてくれればいいのに、不器用だから、それができない最も近しい人の優しさにほだされてしまっている自分にリーナはああ、仕方がないかと諦めを覚えてしまうから。
「昼は変わらない俺達でいよう。だが、夜は別だ。今日から動く。まずは挨拶をしに行こう。この聖杯戦争に我らエーデルフェルト在りだと知らしめてやらなければね」
「本家の方々も期待していますよ。此度は
「ああ、聖杯は必ず持ち帰るさ。エーデルフェルトの悲願であり、俺達の願いを叶えるためにも必要不可欠だ」
「……………」
どれほどお茶らけた態度を取っていようとも、聖杯を獲得するということに対してだけはロイは決して冗談も軽口も口にしない。聖杯戦争に勝利すること、それが自分たちにとってどれほど重要なことであるのかを理解していればこそであるからだ。
「まずはそのランサーとセイバーもどき、そのどちらかから始めようか」
「出会う事が出来るでしょうか?」
「さぁね、ただ、出会う事が出来ないのならそれでもかまわない。その時には―――出会った相手から倒していけばいいんだからな。そうだろう、セイバー」
『御意。相手が誰であろうと、我がすべきことは変わらず』
すべてなぎ倒す、それだけであると彼が召喚した戦の天才たる半人半機の存在は姿を見せることなく頷いて見せた。
負ける要素はない、自分たちこそが最強だという自負は翳りなくその通りであるとリーナも思っている。兄とセイバーがその自信に裏打ちされた活躍を果たしてくれるのであればそれはそれでいい。
(兄様たちに足りない部分を補うのが私の役割、最初からそれは配役として決まっているのだから)
後のことは自分がやるだけ。気負うなと言われても気負ってしまうのが自分であると改めて思うほどには自分も勝ちたいと言う心を共有しているはずだから。
「セイバーだけじゃありません。私だって全霊を尽くします」
「勿論、そこを疑ったことはないよ。大丈夫、俺達三人なら絶対に勝てるさ」
それこそが自分たちの寄る辺なのだと言い聞かすように言葉を口にした。誰に心配されるまでもなくい、その実力の真贋は今宵にははっきりと証明されるのだから。
いよいよセイバー陣営も動きだしますね。はたして梓沙の懸念は杞憂で終わるのか……