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――秋津市東側・住宅街・秋津学園――
「サーヴァントは霊体化することによって、魔術を知らない人々には認知されない状態で同行することが出来ます。桜子にとってはそれが最も良いでしょう」
朝にマルテルさんと何度か剣を合わせて見た。結果としてはあたしの惨敗、いや、そもそも勝負にすらなっていないと言うのが正直な所、総ての立ち合いに置いて先手を許してもらって、先に手を出したけれど、放つ一閃のどれもこれもを見極められ、反撃の一撃で勝負が終わってしまった。
自分も突然の出来事で力を発揮することが出来なかったなどと言い訳をしてもしょうがない。起き抜けであったとはいっても、剣術道場の娘として、恥ずかしくない姿勢で立ち会ったはずなんだけど……、やっぱり、毎日の鍛錬を怠るようになってしまったのがいけないのかな。
特に、今回の猟奇事件が引き起こされてからは、そっちを追いかけまわることに精一杯になってしまって、鍛錬をする時間も休日くらいしか取っていなかったし。
そんな自分の今の実力、そしてパートナーとの隔絶とした差を思い知らされて、まずは自分が踏み込んでしまった世界の恐ろしさを肌で実感させられた。
理解したうえで、マルテルさんが告げた霊体化による護衛は二の句を継ぐ必要もなく、頷きかえした。
「ごめんなさい、あたしが自分だけで戦えるくらいに強ければ、余計な負担を掛けさせずに済むのに」
「いえ、普段通りの生活を続けていく。それが桜子と私、そして真一郎殿で話し合った我々の聖杯戦争への向きあい方です。確かに私も戸惑う面はありますし、聖杯戦争に勝つと言う目的だけを考えるのならば最適解と言えるとは限りません。しかしながら、桜子は何も知らないままに巻き込まれた者、であれば対応方法を変えていくのも仕方のないことであるとは考えていますから」
汗を流し、改めてリビングに足を運んでから聞かされる話を聞けば聞くほど、あたしの日常は見た目上何の変化もないように見えるけれど、実際には全く違うモノへと変わってしまった。聖杯戦争、マルテルさんから簡単な説明は聞かされたから、私もその概要くらいは掴むことが出来た。
本来であれば七人の魔術師たちが使い魔であるサーヴァントを召喚することによって互いに争いあい、最終的に何でも願いを叶えることができる聖杯を掴むための戦い。その戦いがこの秋津市で行われており、私がその七番目のマスターとして選ばれてしまったということだ。
どうして、私が……という疑問は当然にあるわけだけど、答えは出ない。お父さんは何かを知っているのか、複雑そうな顔を浮かべていたけれど、今日の朝にはいつものお父さんの顔に変わっていて、なんだか聞き出すことができない状況が続いている。
「巻き込まれちまったもんは仕方ねぇ。まずは生き残るために何をするべきかを考える。そこからだろ、朝に自分の未熟っぷりは嫌というほど痛感したはずだぜ」
「う……、やっぱりわかってて……」
「過去の英霊を自分の使い魔として使える。夢のある話だ、力に溺れそうになっちまう。だからこそ、ランサーに一手間打ってもらったのさ。お前、放っておくと勝手に暴走しかねないからな」
お父さんは気持ち多めに料理を作り、いつもは使わない大皿を使って、料理がテーブルに配膳されてくる。皿の上に載っているいくつかの目玉焼きは決して見た目が綺麗であるというワケではないけれど、あの後に作ったにしては、しっかりと気持ちが籠っていることが良く分かった。
「暴走って、あたし、そういうことしないよ。それ、めっちゃ悪役のやることじゃん」
「馬鹿言え。じゃあ、お前、例の事件については諦めるのか?」
『次のニュースをお伝えします。連日、日本全国を騒がせている秋津市の連続猟奇事件ですが、昨日深夜にまたしてもTooTubeに新たな動画が投稿されました。今回の現場は秋津市西側にある繁華街エリアの裏路地で――――』
まるでタイミングを見計らっているかのように流れ出したニュースは、あたしたちが聖杯戦争に巻き込まれている裏側で再びあの事件が引き起こされていたことを意味している。脳裏にセレスさんたちの姿が浮かび上がるけれど、さすがにセレスさんたちが巻き込まれたわけじゃないだろうと思いたい。
「昨日も言ったが、今日も言うぞ。お前はただの娘だ。そりゃ同い年の同性に比べりゃ、剣術を学んでいる分、腕も立つだろうさ。けれど、そりゃ女だてらにの話しだ。
厄介ごとに巻き込まれちまったら何もできなくなるのは嫌というほど思い知っただろ。抱え込むものが増えちまったのなら、不要な荷物は捨てて行け」
「あの事件を追うことは諦めろって言うの……?」
「警察でも探偵でもないお前が抱える問題じゃなかったんだ。諦めるいい機会が出来たじゃねぇか」
そりゃ分かってる。セレスさんみたいな本物の探偵ならまだしも、素人同然のあたしがどれだけ頑張ったところで、その努力に見合うだけの成果が得られないなんて。
「私からもあまり必要のない行為に手を染めるべきではないと思います。ましてや桜子は魔術師としてのベースが出来ているわけでもない。魔術師たちが本気で隙を狙うようになったとすれば、それは桜子が聖杯戦争とは別の目的で動いている時になって来るでしょう」
「だから、聖杯戦争以外の事に首を突っ込むべきじゃないって事?」
「少なくとも、あの剣士たちは時間も場所も関係なく仕掛けてくる可能性は高いと私は考えます。彼らのような目をした者たちを私は戦場で何度も見てきたことがあります。
私とは異なる神を信奉し、その神に捧げる為であればどんな非道も実行する。そんな輩たちの眼です。不運ではありますが、桜子は彼らに捕捉されてしまった。それは気を向けておくべきでしょう」
マルテルさんの言っていることは、うん、あたしからしても間違ってはいないと思う。たぶん、当事者意識が低いのはあたしの方で本当だったら、もっと真剣に聖杯戦争という戦いに巻き込まれてしまったことを心配しなくちゃいけないんだと思う。
心のどこかで湧き上がっているのは、自分がそんな非日常な戦いに巻き込まれてしまったことへの高揚感で、これまでの等身大の自分がそのまま、もっとすごい存在へと変貌していくんだという思いを抱き始めている。
お父さんはそれを見抜いているから、朝一番に自分の現状を理解させようとしたんだろう。サーヴァントを手に入れたところで、別にお前が強くなったわけじゃないと。実感させられたからこそ、反論するよりも深く考える姿勢を取ることができてるわけだけど。
「何にしても、桜子は私が守ります。たとえどのような英霊が相手であったとしても」
「マルテルさん……」
「それと、桜子、私のことは人前ではせめてランサーと呼んでください。真名が明かされることはサーヴァントにとって決して良いことであるとは言えない」
「は、はい……」
食事を続けながら、改めてこれまでの日々が変わってきてしまったんだということを痛感する。話に夢中になっていたのか、気づけば、学校に向かわなくちゃいけない時間で、あれだけ早く起きたのに、結局は向かう時間はいつもの寝坊しているときとほとんど変わりがなかった。
急ぎ足で学園への足を進めていくあたしの横に姿こそ見えないモノの、マルテルさん……ランサーの存在があるのは分かる。あたしの腕に刻まれた刻印―――令呪と呼ばれるそれがあたしとランサーの存在を深く結びつけているんだってことを実感させてくれる。
「桜子と同様の年代の民は全てその学園なるものに通っているのですか?」
「うん、そうだよ。そこで勉強したり、運動したり、コミュニケーションしたり、色々するの。色んな事があるけれど、とっても毎日が充実しているよ!」
「………そうですか。改めてこの国は良い場所なのですね。この国、そしてこの時代には戦乱の匂いが感じられない。穿った見方をすれば平和に酔いしれてしまっているのかもしれないが、戦わずに生活を享受できる世界こそ、あらゆる世界で共通に望まれる世界でしょう」
ランサーがどんな顔をしているのかは姿が見えないあたしにはわからない。でも、きっと優しい顔をしているんじゃないかと思う。この人は強くて、でも強いだけじゃなく、誰かを助けるために頑張れる人なんだと思うから。
自分のためではなく誰かのために武器を振う事が出来る、あたしにとってのヒーローだから。
「学園に着いたらランサーはどうするの?」
「霊体の姿のまま、学園の中にいます。桜子の下を離れるわけにはいきませんし、何よりもこの時代の人々の暮らしにも興味があります」
「そんなに面白いモノなんてあるかなぁ? 至って普通の事しかなさそうな気がするんだけど」
「それも良いのですよ。私はそんなあなたたちの当たり前を知りたいのですから」
間もなく学園に着くとなんとかギリギリよりも早く到着することが出来た。ランサーと会話をしながら歩いてきたからか、いつもより学園に着く時間が早かったように思えた。傍から見て、誰もいないところでぶつぶつと言葉を交わしていた人間みたいに思われていないのかだけは心配ではあるけれど……
「ていうかさ、昨日のヤツ、聞いた!?」
「聞こえた、あれって銃の音だったよね!? しかも、何発か鳴っていたし、え、マジでヤバくない?」
「ヤクザだろ、あいつらと宗教が遂に本気でカチコミあったんだよ!」
「やだー、動画のことだって全然解決してないのに。これ以上心配事増やされたら、学校にも来たく無くなっちゃうよー!」
学園の中の会話はどうやら、昨日、あたしたちが住宅街で戦っていたあの出来事の事でもちきりになっている様子だった。うん、まぁ、そりゃそうだよね。
普通の住宅街の中で戦闘が起こって、銃声が聞こえて、もしかしたらあの女剣士とランサーの戦いの衝撃だって響いていたかもしれない。
何食わぬ顔で教室にいるつもりだけど、顔に出ていないだろうか。いや、顔に出ていたとしても、さすがにあたしがその当事者であるなんて考える人はいないだろうけれど……
「あれ……」
ふと、教室の入り口に目を向けてみれば、遠坂蓮司君が今になって教室に到着した様子だった。いつもなら、私が来るよりも早く、余裕を持ってきている蓮司君が今日はこんなにも遅い。
そりゃぁ、蓮司君にだって色々と事情はあるだろうから、こんな日があっても不思議ではないけれど……寝坊かなぁ?
不思議な親近感を覚えたままに蓮司君の下へと足を動かしていく。もう時間も時間だから、席に座って授業の準備をしろって話しなんだけど、なんだかいつもしっかりとしている蓮司君がこんなギリギリに来た理由を聞きたくて仕方がなかった。
「蓮司君!」
「―――――、なな、ほしさん……」
蓮司君は何か不味いことでもあったのか、驚いたような反応を浮かべていた。あれ、何かしちゃったかな?
「おはよう。今日はどうかしたの? 蓮司君っていつも、すっごく早く登校して来るのに。今日はあたしと変わんない時間だったから」
「ああ、ちょっと夜更かししてしまったんだ」
ははぁん、分かってしまった。蓮司君ってば、聞かれたくないことを聞かれてしまったから、どきりとした反応をしているんだな。わかる、わかるよ、その気持ち。なんだか共感しちゃうな、蓮司君ってば、立ち振る舞いも完璧みたいなところあるから、新鮮な顔を見せてもらった感じがする!
「へぇ、蓮司君でもそんな時があるんだね。家が厳しいみたいだから、寝る時間とかもすっごく厳しいんだろうなぁって思っていたのに」
「ちょっと調べ物をしていたらさ、遅くなっちゃって。父さんには朝から大目玉を食らっちゃったよ」
「ああ、わかる! あたしもね、いっつも寝坊しかけるとお父さんに怒られるもん。だって、仕方なくない? やりたいことはたくさんあるし、それと同じくらい寝られるんだったらいつまでだって寝ていたいはずじゃん!」
共感できる相手の言葉にそのまま共感の想いを返してしまう。いや、それがいいのか悪いのかは別として、蓮司君もそういうタイプだって少しでもわかれば気持ちが強まると言うもの。蓮司君ははにかむように笑みを浮かべて……
「はは、確かに、ね。七星さんは結構夜更かしとかするの?」
「あはは、あたしはほら、色々と捜査しなければいけないことがあるから……」
一応、聖杯戦争のことを言うべきじゃないのは分かっているから。そこだけははぐらかしておく。はぐらかしたところで実際に捜査をしていたのは本当の事だから、嘘をついているわけでもなく言葉はスルスルと口から出てきた。
どうせ、流されて終わりだろうと思っていたから、蓮司君がこっちに視線を向けて来たのに、驚きを覚えた。
「そういえば、七星さんが探し回っていると言うあの動画のコト、何か分かったの?」
「あー、恥ずかしいことに全然。色々と探し回っているんだけどねー。でも、もしかしたら、何とかなるかもしれない! あたしも、少しは変わることができるかもしれないから!」
「………それは」
蓮司君が何かを聞きたそうな様子だった。うわ、まずい。ちょっと口が軽すぎただろうか、そりゃそうだよね。蓮司君からすればどうしてあたしがそんなに自信満々でいるのかすらも良く分からないんだから。
そのままちょうどいいタイミングで予鈴が鳴り始めた。自分から話しかけに行って、自分から都合が悪くなって戻るような感じになってしまうのは正直どうなんだってところでもあるんだけど、ここはチャイムに救われたと正直に思っていた方がいいかもしれない。
「じ、じゃあ、あたし、席に戻るね」
「あ、七星さん……き、気を付けてね。色々と……」
「うん……!
蓮司君が何かを言いたそうだったけれど、もう先生が来ちゃうのは間違いなかったから、そそくさと撤退する。仕方がない。これは戦略的な撤退なんだ!
(でも、蓮司君が言った言葉じゃないけど、本当に気を付けないとな。安易に口にしていい話じゃないし……何より、誰かを巻き込んでしまうかもしれないんだから……)
聖杯戦争というモノを知ることによって、傷つかなくてもよかったはずの人が傷つくことになってしまうかもしれない。それだけは何としても避けなければいけないと思うから。
(まずは自分の学園生活に集中しよう。マルテルさんだってちゃんと見てくれているんだから、そう簡単に想定外の事が起こるわけもないだろうし……)
だから、大丈夫なはずだと自分に言い聞かせて、あたしはいつもどおりの自分の生活、学園での時間に没頭する。そうすることが聖杯戦争という現実から僅かに目を逸らすことができる時間であるように思えたから。
――秋津市西側・繁華街エリア――
「なんだか、此処に来たのが昨日ぶりとは思えないな~」
学園での時間はそつがなく終わり、あたしは再び街の西側にある繁華街へと足を運ばせていた。朝に言った通り、動画の犯人を捜すための捜索をするためではない。
さすがにあれだけ言われてしまうと、あたしも日和ってしまうというかさすがにまずいんじゃないかと思ってしまって、足を踏み出すことが出来ずにいた。
なので、今回、此処に来たのは全く別の理由、昨日の夜の最後に交わしたセレスさんとの約束を果たすためだった。
(セレスさん、ちゃんと待っててくれているといいんだけどな)
「………一応警戒だけはしておいてください、マスター。これから貴女が顔を合わせるのは、聖杯戦争の陣営の一つ、言わば、我々がいずれ戦わなければならない相手でもあるのです。昨日命を助けられたからと言って、今日も同じように手を伸ばしてくれるのか、定かではないのが戦場です。ゆめゆめお忘れ無きように」
「うーん、セレスさんに限って言えば、そういうことはしないと思うんだけど」
「人間は常に他人が知る顔と他人が知らない顔、その二つを持ち合わせています。彼女が善意からマスターを助けたことが真実であったとしても、その他に敵対する理由が無いとは限らない。疑えと言っているわけではありません。警戒だけはしておくべきだということです」
「マルテルさんは現実的だなぁ」
「………マスター、あなたは怖くはないのですか?」
「え……?」
姿が見えないままマルテルさんはあたしに問う。根本的な、そして致命的にズレているように彼女には見えているのであろうことに対しての問いを。
「貴女は巻き込まれただけのマスターだ。あえて言葉を悪く選ぶのならば、何もできない素人と同じです。真一郎殿は現実感を備えていただくために、朝から貴女に私達の力量を知らせようとした。しかし、貴女はやはりどこかで現実味を帯びていないようにも見える」
「そんなことは、ないとおもうけどな……」
「恐怖とは決して恥ずかしい感情ではない。むしろ、怖れることを知っているからこそ、現実を正しく把握することもできるのです」
「正しく、か………」
うん、認めよう。あたしはきっと、マルテルさんの言っている様に状況をしっかりと把握して理解に勤めようとしているわけじゃない。自分の中の感情として恐ろしいと言う感情よりもむしろ、ヒーローのような存在であるマルテルさんと一緒に居られていることに対しての高揚感の方が強くなってきているように思う。
テレビの中、あるいは本の中にしかいなかったヒーロー、現実にはそんな者なんて存在せず、夢は夢でしかないと痛感させられれば、させられるほど、現実に逆らった絶対的なヒーローを求めるようになっていた。
そんな相手が隣にいる、自分の手の届くところにいる。その活躍を見るためには、自分自身も危険な場所に行かなければいけない。野次馬根性というのとはまた違う。マルテルさんから見れば、あたしはきっと自分から危険に飛びこもうとしている危ない奴のように見えているんだと思う。
でも、違う、違うんだ。あたしはきっと………マルテルさんたちのような人たちのいる物語に踏み込みたくて、自分もまたその登場人物のようになりたくて……。
「あれ……?」
「どうかしましたか、マスター?」
マルテルさんとの会話を中断して、小走りで繁華街の案内板の所で周囲を確認している人の下へと足を進ませていく。
「あの、どうかしましたか?」
「うん?ああ。実はちょっと妹と逸れてしまってね。そんな時の為に集合場所を決めていたんだけど、その集合場所が何処にあるのかわからなくてね。地図を見ればわかると思ったんだが……どうにも、街の様子を理解していないとダメだったみたいだ」
声を掛けた相手は茶髪の男性だった。あたしの年齢よりも何歳かは上だろう、困っているような空気を見せてはいなかったけれど、真剣に地図を見ている様子と日本人離れした顔立ちから、もしかしたら迷っているんじゃないかと思って声を掛けて見たわけだけど、どうやらその判断は間違っていなかったらしい。
話しかけてみると、日本語も外国人の人とは思えないほどに流暢で、にこやかにほほ笑む姿は、思わずあたしでもドキリとさせられてしまった。外国の俳優さんとかを好きになっている同年代の女子たちからすると、王子様のように見られてしまうかもしれない。
ああ、そういう色恋を求めていたわけじゃなくて、セレスさんを助けたことが頭をよぎって、思わず話しかけてしまっただけなんだけど、本当に困っていることを聞かされてしまったら、放っておくわけにはいかない。
持っていた地図を見せてもらうと、幸いなことにあたしがセレスさんと顔を合わせることにしていた昨日の喫茶店からそう遠くない場所が待ち合わせ場所に設定されていた。
「あ、ここなら、あたし分かりますよ!」
「本当かい!?」
「はい、どうぞ、案内しますよ!」
善意も当然にあるけれど、昨日のセレスさんを助けた時のように自分に出来ることで誰かの力になれることを示したかった気持ちは強い。ただの道案内と言えばそれまでだけど、非日常の世界の中に生きている自分でも、誰かの役に立てていることが純粋に嬉しかった。
「やれやれ、俺としたことが情けない。街の風景を楽しんで、あちらこちらを眺めている間にすっかりと自分が何処にいるのか分からなくなってしまった。方向音痴でいるわけでもなかったんだがね」
「あはは、ここらへん、結構街の中が入り組んでますからね」
繁華街の中は、まさしく至る所に店が乱立していると言えばいいのか、秋津の街でずっと生活をしているあたしでもたまに迷ってしまうことがある。一見様の外国人では、余計に自分が何処にいるのか分からなくなってしまう人もいるだろう。
「妹さんと一緒に来ているんですか?」
「ああ、家族旅行みたいなものかな」
「珍しいですね、秋津市なんかにって言ってしまうとちょっとあれですけど、わざわざ外国からここに来るなんて」
秋津市は中央に存在する電波塔絡みで観光客が来ることは珍しくないが、あくまでも国内向けの観光スポットという色合いが強い。海外からわざわざうちの街に来るなんて言うのは言い方は悪いけれど、かなりのモノ好きなんじゃないだろうか。
「はは、そう自分の街を悪く言うモノじゃないさ。少なくともこの街に夢中になって、逸れてしまう馬鹿がいるくらいには、良い街だと俺は思ったよ。この街はね、確かに俺と妹にとっては縁もゆかりもない街だ。ただ、一族にとってはそうじゃない。
さまざまな思い出のある街なんだ。だから、来ることが出来て本当によかったと思ってる。とても親切で頼れる人に出会う事も出来たしね」
「ああ、いえ、あたしはそんな褒めていただけるようなことをしているわけでは……!」
「謙遜なんてしなくていいよ。困っていたのは本当なんだ、手を差し伸べてくれたことには感謝をする。人として当たり前のことだよ」
そう口にして屈託のない笑みを彼は浮かべる。その表情は心から笑っているようであり、同時に言葉だけでは語れないさまざまな感情が含まれているように見えた。心から笑って、楽しんで、だけどどこかミステリアスな空気を出している。
その様子は、同年代の男子にはない危うさのようなものと引きつけられるものがあって、なんて表現すればいいのか分からない想いが心の中に浮かんでくる。
「あ、えと、後、気を付けた方がいいかもしれません。せっかく来てもらったのに、こんなことを言うのは申し訳ないんですけど、この街、今はちょっと外国人の人にはいい気分にならないこともあるかもしれないので」
繁華街の中でいくつか唯一神理教の信者が演説をしているのが聴こえた。勿論、耳を傾けている人が多いとは言えない。
けれど、昨今の情勢の中で信者が増えてきているのは事実である。ましてや、昨日、あたしたちを襲ったあの人斬りたちも跋扈している。彼らが危険なのは言うまでもない。外国人がいると分かれば問答無用に襲い掛かって来たとしても不思議じゃないんだから。
「だから、ちょっと気を付けた方がいいかもしれません。何があるかわからないので……」
楽しそうな反応に水を差してしまうようなことを言うと、彼は何も言わずにクスリと笑って、私の頭をポンポンと撫でた。
「わわっ……」
「ありがとう、キミは本当に優しいな。だが、心配は無用だよ。これでも結構腕には自信があるんだ」
「腕に自信がと言う問題なのかどうかは別なんだけど……」
ポツリとつぶやいた言葉は果たして彼の耳に入ったのだろうか、どういうわけか自信満々な態度を浮かべている姿に、何の根拠もないはずなのに、彼ならばなんとかなるんじゃないかという気持ちを浮かべてしまう。
自信を持つって事の重要性なんだろうか、それとも、単純にあたしはこの人に対して単純に強くあってほしいと願っているのか。わからないけれど、妙な説得力があるように思えた。
「兄様!」
「お、リーナ、ようやく見つけることが出来た!」
雑踏の中で、私達に向けて声を上げる女性の姿が見えた。彼と同じ髪の色に似通った顔立ち、改めて聞く必要もないくらいに二人が兄妹であることはあたしにもすぐに理解できた。
「もう、どこに行ってたんですか。捜したんですよ?」
「すまないね、夢中で街を見ていたら、知らないうちにリーナがいなくなっていたから」
「いなくなっていたんじゃありません、兄様が勝手に何処かに歩いて行ってしまったんでしょ!」
「そうだったかな?」
「そうなんです!」
「まぁ、いいじゃないか、こうして何事もなかったんだから。それに親切な方のお陰で事なきを得たしね」
彼があたしに手を添えたことで妹さんもあたしがいることに気が付いたようで、一度ムッとした表情を浮かべてから、あたしの方を向いた。え、どうして、あたし、今、睨まれたの?
「兄が大変お世話になりました。道中、兄に訳の分からないことを言われませんでしたか?」
「ああ、いえ、そんな、別に」
「そうですか。では、兄様、行きましょう。目を離すとすぐにどこかに行ってしまいますから、今度はちゃんと私が何処にいるのか、見ていてくださいね」
「ああ、分かっているよ。だけど、ちょっと待ってくれ。このままだとさすがにマナーがなっていないだろ」
すぐにでも連れて行こうとしている妹さんに待ったをかけて、彼はあたしの方に向き直り、
「そういえばまだ名前を言っていなかったね。俺はロイ、キミは?」
「えっと、桜子です。七星桜子」
「七星………、いや、今はイイか。ありがとう、桜子。君のお陰でリーナと再会することが出来た。ありがとう、感謝する」
と口で言うと、あたしの手を取って、その手の甲に口づけをした。
「へあっ!?」
「に、兄様!?」
「また縁が合ったら顔を合わせよう。君に良い夜が訪れることを」
何が起こったのか自分の頭の中でしょうかをしている最中に彼―――ロイは姿を消してしまい、あたしはどうすればいいのかわからない感情を持て余しているままになってしまった。
「サクラコ?」
「せ、セレスさん……! もしかして見てました?」
「何を?」
「よかったぁ……」
「……? 変な子だなぁ、君も」
目的の相手であるセレスさんを見つけることが出来て安堵の息を零した。突然の事ではあったけれど、感謝をしてもらうことは出来たし、今はそれで良しとしよう。これ以上考えると色々と思い出してしまいそうだから。
・・・
「兄様、何をやっているんですか、こんな誰が見ているかもわからないところで!」
「感謝の気持ちを態度で表しただけさ。それに……触れなければわからないこともあった。聞いていなかったのか、リーナ。彼女の家族名は「七星」だ」
「――――――」
「魔力は感じられた。あとはこの疑念を確信に変えるだけだ。予定通りに行くとしよう、リーナ、セイバー。今宵の聖杯戦争の主役は俺達エーデルフェルトだ」
「そう、ようやく挨拶が出来るのね。15年前に我らエーデルフェルトが受けた屈辱、今度はそのまま、そちらに返してあげるわ、七星」
かくして桜子の知らないうちに、新たなる戦いの赤い糸は結ばれた。まもなく夜を迎えようとしているこの街の中で、何一つ知らぬままに生み出された因縁が戦いを誘発させていくのだった。
ロイ兄様、いつもこういうことをして、リーナに怒られてそう……
次回は桜子&セレスパートです。