――秋津市西側・繁華街――
「サクラコ、念のためではあるけれど、連絡先を交換しておこう。互いにどこで襲撃があるかもわからない。協力できるところは協力するためにも咄嗟の連絡手段を確保しておくことは必要だろう」
「はい、問題ないです。えっと携帯、携帯っと……ああ、あった!」
あたしが自分のカバンから携帯電話を取り出すと、セレスさんの隣にいたノルンちゃんが不思議そうな表情を浮かべていた。
「セレスさんと同様の通信端末をサクラコも持ち合わせているのですか」
「あれ、そんなに変? 今の時代、スマホくらいなら誰でも持っていると思うんだけど」
「ノルンはアインツベルンって言う名門魔術師が作りだしたホムンクルスだからね、そういう魔術に関わりのないことには疎いんだ。ノルン、これはね、現代人の大半は持ち合わせているんだよ。もう何度かこれを使って、動画を見たり情報を探索したりしただろ?」
「そうだったのですか。セレスさんだけのモノであると考えていました」
驚きの表情を浮かべているノルンちゃんを見ていると、なんだか心が和らぐ。
セレスさんの言葉を借りるのなら、あくまでも依頼主と受託者の関係に過ぎないと言うけれど、セレスさんの陣営の三人は誰も彼もが仲の良さを見せていて、本当に聖杯戦争なんて関係のない外国の友人同士のように見える。
聖杯戦争のマスターとサーヴァントの在り方の基本なんてものはあたし自身にも分からないことだけれど、あたしとランサーもそんな関係になれればいいなと思う。まだ互いにどうしてもよそよそしさを感じてしまうところはあるけれど、いつまでもそんな態度でいられないことくらいは分かっている。
「マスター、どうかしましたか?」
「ううん、あたしたちも頑張ろうね、ランサー!」
「……、はい、それは勿論ですが。桜子、私達はあくまでもサーヴァントです。貴女が求める実像と合致するかはわかりません。それだけはお忘れ無きようにお願いしたい」
「それは、あたしがランサーにヒーローであることを求めているのが違うかもしれないっていうこと?」
「我々英霊はあくまでも、かつて生きてきた人間の現身に過ぎません。人間であった以上完璧な存在などありえない。誰しもが心の中に拭いきれない闇を抱えていることもあるでしょう。大切なことは我々が聖杯戦争のパートナーであることです」
ランサーの物言いは、つまるところ、聖杯戦争に関係することであれば協力するが、そうでないことであれば関与するべきではないと言う遠回しの忠告のようにも聞こえた。
「マスターの行動方針に注文を付けるつもりはありません。ですが、契約をした以上、私達は一蓮托生です。互いに最善を目指していきたい、私が思うのはそれだけです」
……やっぱり、見透かされているんだろうな、あたしが、聖杯戦争に関係ないことにまで首を突っ込もうとしていることに。そりゃそうだよね、マスターとしてちゃんとした行動指針を示すこともなく、ふらふらとしているのは本当の事だもん。
「………サクラコ、ボクはこれから、もう少しだけ街の様子を観察してみようと思う。また今日も例の事件が今日も引き起こされるかもしれないからね」
「じゃあ、あたしたちも……!」
「ダメ、ボクだって同盟相手にあんまり睨まれたくはないんだ。明日、また落ち合おう。昨日、キミが持ってきてくれた資料もあると嬉しいな」
「呵呵、確かに。同盟相手の提案よりもまずは自分のサーヴァントとの親交を深めることが先決かもしれぬな」
「……はい」
遠まわしに今日はもうやめておけと言われて、力なく頷く。思いばかりが先行している今のあたしとランサーの連携不足を見透かされているのかもしれない。セレスさんのいうことが正しいんだろうな。
羨ましいなんて思うってことは、それだけ自分たちが実現することが出来ていないってことだもんね。
「さて、そろそろ繁華街の出口にも近づいてきたし、ここら辺で今日は……いや、待った、なんかおかしくないか、これ……」
喫茶店から繁華街の入り口まで歩いてきて、人通りが少なくなってきた辺りで離れるのがいいかと思いかけた時だった、セレスさんは目を細めてアサシンへと視線を向けた。
「おかしなことですか……?」
「特に変なことではないさ。普通繁華街の入り口ってのは単純に人が一番多くなる。なのに、ボクたちが出た喫茶店から此処に来るまでに人が増えるどころか減るばかりだ。普通に考えて、そんなことはありえない」
「人避けの魔術、でしょうか」
ノルンちゃんの口から出てきた言葉に思わす背筋に寒いものが走る。この繁華街の中であえて、人が此処に集中するのを避けるために魔術を使う。そんなことをする相手がいるとすれば、それは聖杯戦争の関係者であると考えるの妥当で、
「喫茶店を出たところで、始めるのもイイかと思ったが、あそこには目撃者も多いし、互いに戦闘になった時に関係のない人間が巻き込まれるのは良くない。キミたちの準備が整うことも含めて、此処で待ち伏せることにしたわけだが、準備はイイかな?」
目の前に立っていたのは二人の男女、魔術師のロープを羽織り、言葉だけでも伝わる自分自身の素性と立場、この状況を生み出したのが自分たちであることをはっきりと証明していた。ただ、何よりも目を引いたのはそのブラウンヘアの髪の二人が、あたしにとって知らぬ相手ではなかったと言うことだった。
「嘘、ロイさん……」
「知り合い…?」
「セレスさんと会う前に、道案内をした人で……」
ロイさんは動揺する私と視線を合わせて、クスリと笑った。悪意なんてない、そこにあるのは互いに顔見知りであるからこその気安さとこの場にはそぐわないくらいの爽やかなスタンスを崩さない在り方だった。
「昼間は世話になったね。桜子。ああ、迷惑を掛けていなければ、もう少し正体不明の相手という空気を演出できたのかな? だとすれば、これは俺の落ち度だな」
「まったくです、迷惑をかけた相手が聖杯戦争のマスターだったなんて、我々の家の名前に泥を塗るに等しいじゃないですか! 巡り巡ると兄様の目を離していた私の責任かも知れませんが」
「誰の責任だろうと構わないよ、リーナ。恥だろうが何だろうが、勝てば帳消しだ。それが聖杯戦争だろう? なぁ、セイバー」
「無論、戦とはすべからく勝者のみが全てを得、語る権利を持つもの。その過程が何であれ、勝たねば総ては露と消えるものであると心得ましょう」
ロイさんの真横に、霊体化を解除してそれは姿を現した。
その姿を見て、一言、思ったことを上げるとすれば大きい。その大きさは平均的な男性の身長よりも高いアサシンを見てもなお巨大だ。おそらく2メートルは優に超えていて、その巨躯に鎧を纏い、武器であろう剣を握っている。
それがサーヴァントであり、ランサー同様に、かつては戦を生業としていた英雄であることは間違いない。
「では、改めて初めましてといこうか。セイバーのマスター、ロイ・エーデルフェルトだ。七星のマスターよ、15年前の雪辱、今宵の戦いにて晴らさせてもらう」
「エーデルフェルト!?」
セレスさんが思わず声を上げる。エーデルフェルトという名前はあたしも聞いたことがあった。そう、あれは確かさっきの喫茶店の中でセレスさんと会話をしていた時に出てきた……、
「エーデルフェルトは我々御三家に続く聖杯戦争の常連です。15年前の聖杯戦争では最初の脱落者となりましたが、魔術師としての格はお二人よりも遥かに上級です」
「ああ、なるほど。アインツベルンが私たちの家に不躾な依頼をしてきたときには早々に追い返したけれど、貴方がたはそこに着いたのね。臆病というかなんというか、アインツベルンはもはや聖杯を獲得する夢すらも捨て去ってしまったのかしら?」
「貴方がたこそこの歪な聖杯戦争に感じいるものはないのですか? それとも、エーデルフェルトは聖杯戦争の勝ちを求めるあまり、その兆候にすら気づくことができませんか?」
「その通り、どうでもいいんだ、そんなことは」
ノルンちゃんの売り言葉に買い言葉で放たれた挑発を、ロイはにべもなく切り捨てる。
「勝てば聖杯が手に入る、それで十分だ。俺は聖杯戦争に勝利するためにエーデルフェルトの当主になった。強さ以外には特に取り柄もないんでね、勝利することで家に貢献するのさ。叶えたい願いを叶えるためにも。歪だろうが何だろうが、勝った後で考えるさ」
「サクラコ、あいつらはダメだ、話し合いでどうにかできる領域はとっくに超えている。全力で撤退するよ」
敵わない、セレスさんがそう判断するのに時間はかからなかった。即断即決、すぐさまこの場で撤退のための行動に入ろうとした矢先に―――
「お馬鹿さんたちなのかしら。こうして聖杯戦争の敵陣営に出会った。待ち伏せまでしていた。そこまで用意してあると言うのに、私達が易々と貴方たちを逃がすと思う?」
「―――――――」
「マスターッ!」
逃げ出そうとした矢先、あたしたちの周囲が一気に爆ぜた。あたしたちの周囲で次々と爆散する光が巻き起こると、それが一歩でも動けば、その光に身体を呑み込ませられると思って、身体を硬直させてしまう。
実際に直撃しているわけではないから、触れたら何が起こるのかなんて分からないけれど、それでも逃げるための行動をする時間をそっくりそのまま失ったことに変わりはない。
「設置型の爆破魔術、それをボクたちのいる周囲一帯に……!」
「原理としては少し違うけれど、イメージとしてはそんなものね。さぁ、セイバー、開戦と行きましょうか。エーデルフェルトの従者として、最優の名に恥じぬ戦いをなさい!」
「―――御意」
逃げる時間を失った以上、次に引き起こされる展開は言うまでもなく戦闘、もはやこの場をやり過ごすための要素はすべて失われ、戸惑うあたしとセレスさんを尻目に、戦闘行動に入ることを最初から予期していたランサーとアサシン、そしてノルンちゃんは素早く戦闘行動へとスイッチを切り替えた。
「ランサー、早速ではあるが共闘と行こうか」
「ええ、異論はありません。二人掛かりでなければ、アレを止めることは叶わないでしょうから…!」
優に2メートルを超すであろう巨躯は戦闘開始と同時に、恐るべき速度を以て距離を詰める。巨大なランスを武器として顕現し、ランサーが振った瞬間には、ランスの懐にまで入り込み、その巨躯に見合うだけの無骨な剣が真っ向から激突を引き起こし、力比べを始める。
昨日に沖田総司と戦闘をした時に、軽々と沖田を吹き飛ばすことが出来たランサーの膂力に真っ向から太刀打ちし、一切引くことがない。
一度の攻撃を受け止めただけでも、セイバーのサーヴァントが白兵戦闘能力に置いて、ランサーと真っ向から戦える存在であることは明白に証明された。
しかし、それをランサーは決して悲観的には捉えない。自分自身が競り負けることがないと言うのであれば、ここではそれだけでも十分に囮としての価値を発揮することができる。
「その巨躯、内部より粉砕してくれよう」
三角飛びの要領で、ランサーを囮に空中へと飛び上がったアサシンは激突するセイバーの懐へと拳を叩きつけんとする。
例え、拳を外したところで、神速の蹴りが、セイバーを穿つ二段構えの作戦である。本来、白兵戦闘においてはただ1人であったとしても敵に伍することができるアサシンがランサーの力を借りて戦闘を行っている以上、相手の急所を狙うための攻撃を放つ機会を得るのはそう難しいことではない。
(セイバーの意匠、そして握る武器。恐らくこの英霊は己と同じく中華の出身、であれば、この一撃を以て、その在り方、見極めさせてもらうぞ!)
よしんば、無謀にもこの2陣営の同盟に手を出してきたことを敗北という名で理解させてやらんと、手加減抜き、首筋の頸動脈を穿つための拳が放たれる。呼吸、相手の挙動、そしてランサーとの競り合い、全てにおいて完璧に決まる状況がここに生み出された。
「――――戦術予測、完了」
「――――そう簡単にはいかないよ、俺達は勝つために此処に来ているんだ」
その瞬間に起こった目の前の光景に、ランサーとアサシンは共に言葉を奪われた。セイバーがもう片方の腕に己の無骨な剣を顕現させた。それはいい、次善の策を用意していないと思えるほどの相手ではないことは予測済み、手傷を負ってでも、セイバーを崩せるのならばそれで十分だと放った攻撃である。
放たれた拳を前にして、セイバーは寸分たがわぬ僅かな身体の逸らしを以てアサシンの攻撃を避け、アサシンが次の攻撃へとスイッチするための僅か1秒にも満たない僅かな隙を顕現させた剣を振い、巨躯の利点を生かしてアサシンを剣の腹で文字通り吹き飛ばす。
その状況を正しく把握したことで意識が削がれたランサーに向けて、アサシンを振り払った剣を投げ放ち、ランサーが避けるために拮抗が崩れたと同時に距離を詰めて、ランサーの身体を掴むと、大人が子供を扱うように、巨大なランスごと、地面へと叩き付けた。
「がっ―――」
「ぬぐぅぅ」
「主よ、万事任せよ。彼ら2騎、ここにて、我が武威を以て屠ると誓おう」
セイバーの言葉はまさしく、アサシンとランサーを敵に回したとしても自分が勝てるということへの絶対的な確信である。まるで未来が見えているかのように自信を以て口にする言葉に、アサシンとランサーの戦意はより昂っていく。
「言ってくれたな、セイバーの英霊! たった一度の交差のみでよくも、勝利を手に出来ると口にした!」
「ふむ……、しかし、先ほどの動き、明らかに人間離れをしていた動きであったな。どうにも何か我々が気づいてない何かがセイバーには備わっているのではないか?」
「備わっているもの、ですか。それは常時発動する宝具のような……?」
「さて、まだわからぬが、同郷の英霊であろうからな。必ずや見つけ出して見せるとしよう。ランサーよ、我らの強みは言うまでもなく数の上での優位だ。如何に最優の英霊と言えども、簡単に覆すことができるわけでもないと言うことを、痛感させてやらねばなるまい」
「ええ、英霊の誇りにかけて!」
戦意に火がついた。突然の襲来から始まった戦いではあるが、ランサーやアサシンにとってももはやこの場を逃げるなどという結末では収まりがつかない。
真正面から激突するランスと剣、四方八方から飛び込んでくるアサシンの拳と蹴り、双方ともに人類史に名前を刻みこんだ一流の英霊たちの攻撃であり、相手を破壊するために振るわれる攻撃は余人であれば、一撃で粉砕されることは言うまでもない。
しかし、対応している。まるで、あらゆる迫ってくる攻撃に対しての答えが分かっているかのように振われる二つの攻撃にセイバーは真っ向から対応する姿勢を常に崩さない。
巨大なるランスの相手を主体としながら、横や背中あるいは足元から迫ってくるアサシンの攻撃を最小限度の動きを以て回避していく。
「乱戦、集団戦、共に変わらず。右に左に背後に目を持つが如し。戦場とはあらゆる場所より敵が来たるもの、であれば、ランサー、そなたも理解していよう。将に必要なものとはすべからく、総てを俯瞰し、突破口となりえる箇所を穿つことにあると……!」
「ええ、道理です。ただ、ここまでに撃ちあえば十二分に理解できる。セイバー、貴殿もまた歴史に名を残した将、真名は判然としませんが、生前はさぞ国家に貢献したのでしょうね」
「貢献、か……。フッ、ランサーよ。そなたは幸福な生を謳歌してきたのだな」
「何を―――」
「確かに我は戦に勝ち続けてきた。だが、勝ち続けて来ただけだ。果たして貢献してきたのかは我にもついぞ理解できなかった」
剣に込められた力が一気に膨れ上がっていく。これまでアサシンを蹴散らすために使っていたもう片方の腕に握られていた剣がランスを真正面から破壊するために、これまでの倍の手数を以て迫ってくる。
一つ受け止めるだけでも、さながら戦車の砲弾を受け止めているが如き瀑布の数々をランサーは身体に傷を刻まれながらも己の身の丈の二倍以上はあるランスを自分の手の延長のように振り動かすことによって、セイバーの攻撃を凌いでいく。・
ランサー自身の保有スキルである『マルテルの騎士』は、自身が防衛状態の時に自身のステータスを上昇させるスキルである。昨日の沖田との戦いの時にも発動していたスキルではあるが、セイバーが完全にランサーを御しきれないのは、そのスキルの恩恵があればこそである。
(恐るべき相手だ、私とアサシン、共に真っ向からぶつかりあえば、セイバーを倒しきれるかもわからない。人間規模とは思えないほどの膂力、まるで未来が見えているかのような動き、そして、何よりも行動の判断が凄まじく速い。ぶつかればぶつかるほどにわかる。目の前の英霊は、恐るべき将であると……!)
例え、百人の兵士が一斉にセイバーにかかってきたとしても、セイバーは何ら驚きを覚えることなく、その百人を屠っていくのであろう姿が容易に想像できる。
(最も、宝具同士の激突であれば勝負は分からない。桜子が正規のマスターであれば、迷わず我が槍を抜くところではあるが……今の状況ではそれも難しいか)
宝具も英霊の数だけ種類がある。ランサーの宝具は使用することによって絶大な威力を発揮することができる広範囲を殲滅することができる代物ではあるが、その発動にはどうしても、魔力のバックアップが必要になる。そのバックアップを受けることができるのかどうかと問われれば、否である。
まだ聖杯戦争は始まったばかり、出し惜しみをするのは戦の兵法として愚の骨頂ではあるものの、昨日の剣士たちのように神出鬼没な存在達がいる時点で、配分は考えていかなければならないだろう。
「存外に耐えるな、ランサー。しかし、貴様が耐え続けたとしても、ここで釘付けになっていることに変わりはなく」
「――――、貴様」
「同じだ。我は本命であり同時に囮の役割を果たすものである。我が主は後ろで戦いを眺めているだけの匹夫に非ず。さて、貴様のマスターはどこまで戦える?」
セイバーの口にした言葉の意味は、ランサーにもすぐにわかった。桜子とセレス、共に戦闘を得意とするわけではない二人のマスターはサーヴァントが守りにつけているわけではない。そうなれば……
「何故ですか!何故、貴方に攻撃が通用しないのですか、ロイ・エーデルフェルト」
「ふむ、アインツベルンの古式ゆかしいガラス細工で作られた弾丸の連射か。魔術が込められているだけに常人には認識できない速度で放たれる攻撃だ。
しかし、俺には意味をなさない」
桜子とセレスを守るためにノルンは魔術で構成された機関銃を魔術によって形成し、ロイをハチの巣にするつもりで銃撃を放っていく。
桜子からすれば明らかに人を十人は殺傷してしまいそうなほどの攻撃ではあるが、セレスにしてもノルンにしても、それくらいのことでエーデルフェルトを止められるとは思ってはいない。
その認識が今、目の前で現実として顕現している。ロイに向けて放たれた銃弾はその総てが、まるで勢いを失ってしまったかのようにロイの目の前で制止し、隣に立つリーナが手をかざすと、上向きに動いて、まったく関係ない所へと飛ばされた。
無論、ノルンが打ち損じたなどということはない。魔力を籠められていようと銃弾は銃弾、発射された以上、狙った場所へと着弾するために動いていく。
であればこそ、ロイとリーナが引き起こしている一連の不可思議な行為は総て、彼ら二人の魔術であると考えれば合点がいく。
(いずれは聖杯戦争の中で出会うことになるとは思っていたけれど、エーデルフェルト、アインツベルンの誘いを断ってまで、自分たちの家の勝利にこだわっている奴ら。そりゃ、当然に滅茶苦茶強いサーヴァント、滅茶苦茶優秀なマスターを用意していると思ったけど、ここまで差があるのかよ……)
セレスは思わず心の中で毒づく。戦力差が違いすぎる。時計塔の歴史に名を刻んでいる家系の魔術師、その当主を相手に、探知だけが得意な魔術師と素人マスターで何ができると言うのか。
「ロイさん、ダメなんですか。戦わないと、だって、さっきまで私達と一緒に街を歩いていることだって出来たのに……」
「兄様」
「わかっている、睨むなよリーナ。桜子、俺はキミに恨みはない。ただ、君と俺は聖杯戦争のマスター同士だった。どんな形で出会ったとしても、聖杯戦争の相手である以上、俺は容赦をしない。そんな半端な気持ちで勝てるほど、俺はこの聖杯戦争を楽な戦いであるとは考えていないからだ」
「むしろ、貴女こそ覚悟もできずに戦場に飛び込んだのかしら? 私たちは敵同士、何よりも七星の人間にそんなことを言われるなんて心外ね。私達エーデルフェルトは今日という日を15年間も待ちわびて来たって言うのに」
「待て、15年前というのはかつての聖杯戦争の事か。どうしてそこに桜子が関係してくる?」
セレスは直感的にロイとリーナの語っている15年前の聖杯戦争という単語が、桜子がマスターに選ばれた何らかの理由に関係しているのではないかと考えた。歪続きの聖杯戦争を解き明かすには、その謎の一つ一つに答えを出さなければならない。
その鍵をこの兄妹が持っていると言うのならば、何としてもその情報を口にさせなければならないとセレスは部外者であることは分かっているが、声を上げる。
「それはアナタが知ることじゃないわ。そして、本当に何も知らないのね。ぽかんと阿呆みたいな顔をしているなんて、むしろ憎らしいわ。私達が心に描いていた戦いというのは何だったのかしら」
「構わないさリーナ。桜子に罪があるワケじゃない。かつての因縁の清算はここで終わらせてしまえばいい。悪いが、桜子、令呪だけは切り離させてもらうよ」
「――――ッ」
ゾクリとした悪寒を覚える。これまでと変わらない柔和な笑みを零しながら、ロイ・エーデルフェルトの標的が自分に映ったことを桜子ははっきりと理解した。
しかし、それを理解したところで、桜子に出来ることなど何もない。正式な魔術師として参加したわけではない彼女に戦う術などあるはずもなく、頼みのランサーとアサシンはセイバーの相手に腐心している状況、逃げ場を手に入れるためのピースは何一つ存在せず、このままロイによって聖杯戦争からの脱落を迎えるのは必定と決定づけられたかに等しかった。
令呪を斬りおとす、それはロイから桜子に出来る最大限の配慮だ。マスターとして脱落させる必要はあるが、別に殺したいわけではないと言う彼の感情を表現した方針であり、リーナからすれば、甘いと言わざるを得なかった。
最もエーデルフェルトの当主はあくまでもロイ。決定権が彼にある以上、リーナはいつもの通りため息を零しながらもそれに同意する。
無茶で人の気も知らずにそれでいて甘い兄だが、彼が負ける姿だけは想像できないとリーナは信じているからこそ、最後は彼の決断を許してしまう。
パチンとロイが指を鳴らす。すると、ロイの周囲に光弾が六つ浮かび上がり、それが桜子とセレス、そしてノルン目掛けて二つずつ発射される。
ノルンが迎撃のための攻撃を繰り出すが、発射された光弾は一瞬動きを止めて、まるでノルンの攻撃が何処から来るのかを予測したうえで最適な行動をとるように軌道を変える。
「――――ッ!」
「遊び程度の魔術で処理できるのなら、それに越したことはない」
サーヴァント同士の決着を待つことなくマスター同士の戦いを以てこの場の戦いは早々に終わりを迎える。攻撃を放ったロイも攻撃を放たれた桜子やセレスも思わず脳裏にその結末が浮かんだ。
「―――銃士隊、攻撃開始ッ!!」
そう、もしも、これが定められた決闘であったのならばそれで終わっただろう。しかし、これは聖杯戦争、願いを叶えるために7つの陣営が入り混じる戦いだ。
7つの正義があり、7つの事情がある。ここで七星桜子に脱落されては困る。あるいはもっと単純に彼女を傷つけられては困ると言う理由の下にロイの邪魔をする者が現れても不思議なことではない。
無数の銃弾が発射され、ロイの放った光弾へと当たり、相殺される。ロイとリーナに向けて放たれた銃弾はロイとリーナが手を翳すことによって二重の魔力防壁を即席で生み出し、銃弾の到来を防ぐ。
「さすがに人払いの魔術を仕掛けておいたとしても、これだけ派手に暴れておけば邪魔者の一人や二人は姿を見せるか」
「来るかもしれないと分かった上で誘い込んだ癖に」
「それはね、収集できる情報は多い方がいい」
「あの銃声、昨日の剣士たちとの戦いでも響いた……」
さながら、昨日の戦いの焼き直しのように、誰とも知れない存在が放った攻撃によって桜子とセレスは救われた。昨日はそれで戦いは終わりを迎えた。
しかし、ロイとリーナは当然に邪魔者が現れたところで戦いを止めることなどありえない。よって、この状況に続きが生まれるのは必然だ。
カツカツと軍靴の音が鳴り渡る。それがこの場の戦闘にて現れると思われていなかった存在の足音であることをこの場の誰もが理解し、
「この混乱した状況の中にわざわざ手を出し、あまつさえ2つの陣営が脱落するかもしれない瀬戸際をあえて邪魔をした。その理由を聞かせてもらえるかな?」
「理由なんてでっちあげる気になればいくらでも理由を作ることはできるさ」
「え――――?」
その新たに聞こえてきた声は桜子にとっても良く見知った声だった。この繁華街の中で出会ったセレスやロイよりもなお見知った声であり、桜子の中ですぐにそれが意味するところを理解させたのだ。
始まりの御三家、アインツベルンとマキリ、そして……遠坂、聞き覚えのあるその苗字と聞き覚えのある声、まさか、と思う心はあった。だけど、こうも全てが揃ってしまえば、もはや疑いようもない。
「蓮司、くんなの……?」
「理由が知りたいのなら教えてやる。僕は僕の意志で、七星さんを救うためにここに来た。遠坂蓮司とアーチャーがお前たちを倒す」
「騎士道精神か、実にいい。戦うに足りるだけの素晴らしい理由だ」
遠坂とエーデルフェルト、その対立の構造を書き加えて、この場の戦いは第二幕へと動きはじめようとしていた。