――秋津市北側・唯一神理教総本山・宿舎――
「――――ッ」
夜、入信者に用意された宿舎の宛がわれた部屋の中で、背中に痛みが走った。背中の令呪が脈を打つように、鳴動し、私はそれが何らかの出来事が起こったこと、虫の知らせのようなモノじゃないかと思った。
「ライダー……、もしかして、私がいない間に何かをしているの……?」
考えられない話じゃない。エルナン・コルテスの性格を考えれば、私に相談1つなく自分で思い立ったら即座に行動するのは決して予想できない話ではないだろう。
私を唯一神理教に遣わしている間に、自分は自分で他の陣営にちょっかいを出すために動いているとか。むしろ、私をここに向かわせたのは、今日の夜に何かをするためだった……?
(私は明らかにライダーにとって弱点になる。慎夜君があいつにとっての本当のマスターである以上、聖杯戦争の中で考えれば別に私がどうなろうが構わない。でも、あいつはそうは考えない)
2日間、さまざまな言葉をぶつけられながらも、理解できたことはある。ライダーは、決して私の命を粗末に扱おうとはしていない。
態度も行動も吐きだす言葉も全てにおいて、私を凌辱し、身体と心に深い傷を与えて来るけれど、絶対に私の命が危険に晒されるようなこと、取り返しのつかなくなるような結果を招く行動だけはしてこないし、他の誰にもさせようとしない。
あいつにとって、私を聖杯戦争の賞品程度にしか思っていないって言うのは本当の事なんだろうけれど、同時に賞品と思う程度には私のことを重要視しているのは間違いない。
(自分で言うのもなんだけど、あいつの自己肯定感を満たす程度には、私はいい女だってことなんだと思う。男だって女だって変わらない。自分の価値を高めるために、評判のいいブランド物を身につけるし、この世にたった一つしかない勲章のようなものを手に入れれば見せたがるのは言うまでもないコト。だから、あいつにとって、私がその価値を果たしている限り、あいつは一定のラインを守り続ける……って、何を考えているんだ、私は)
自分が知らず知らずのうちに、あいつの中で特別なポジションにいることに安心しようとしている気持ちがあることに気付いて、邪念を振り払うように首を振る。
(自分が一定ライン以上傷つけられない、危険に晒されないなんてことになれきってしまったら、この数日間で与えられてきた行為を受け入れちゃう。そんなのダメ! あいつのやったことは許されることじゃないんだから!)
ライダーのことを考えるのは止めよう。あいつのことを考えていいことなんて一つもない。聖杯戦争の先行きを考えるのならまだしも、個人的な感情問題に踏み込もうとすると、とたんに嫌な感情が湧きあがってくるのだから。
「梓沙さん、遅いな……」
思考を別のものに切り替えるために、私はこの宿舎の中の部屋を共同で使っているもう一人の相手の事に気を向ける。
一宮梓沙、仕事の関係で顔を合わせたことがある政府の広報担当であると思っていた少女、けれど、本来の顔は政府直属のエージェントとしてこの組織に潜りこんでいた諜報員。
聖杯戦争なんて常識外の事が起きているんだから、そりゃ、常識外の組織があったって最早驚きはしないけれど、自分の顔見知りの相手が魔術師やエージェントなんてものに首を突っ込んでいると、つくづく自分は世界を知らなかったんだなと思う。
(TooTubeで人気を博しても、世代トップ女優なんて言われたって、本当の深い場所に踏み込めているわけじゃないってことだもんね。場違いなのはわかってる)
ただ、だからって譲れるほど諦めだけは良くない。2時間ほど前に外に出てくると言った梓沙さんがいつになっても戻ってこないことを気にかけて、私は宿舎の部屋から、廊下を歩きながら、ふらりと宿舎の外に向かった。
危険なことは分かっているけれど、先ほどまで頭で煮詰めていた考えが、何もないなら、せめて動かないとという気持ちになって体を動かした。結局、梓沙さんと顔を合わせたこと以外に、進展は何もない。
聖杯戦争に明確な制限時間がなかったとしても、この総本山の中に長く居座っていることは明らかに危険なことだと分かっている。できることなら一刻も早く立ち去りたいと思うのは当たり前の事だろう。
だからこそ、少しでも何かの手掛かりが見つからないかと宿舎の外に踏み込んでみるモノの、一歩を踏み出した途端に思わず息を呑み、腕や足が自然と震えているのが分かった。
一歩を踏み出すのが恐ろしい。まるで何らかのおまじないで守られていた場所から、何もない場所へと踏み出すような気分でこれ以上は進んではいけない、そんな第六感めいた思いが浮かび上がってくる。
戻ろう、反射的に考えを変えて、後ろを振り返った矢先、
「こんな夜更けに外に出るとは、月を見上げて物思いにでも拭けようとしたのか? それとも、帝への拝謁を願ったのか……どちらにしても、あまり良い心がけではないぞ、九条円殿」
ビクリと身体が反応する。背中にかけられたその言葉はいうまでもなく、キャスターの仲間たちの1人から掛けられたものであることは間違いなく、このまま離れてしまえば、怪しまれることは間違いないとわかっているため、危険を理解して否ながらも振り向くしかない。
「ご、ごめんなさい。えっと……」
「ああ、そう畏まる必要はない。咎めるつもりがあったわけでもないのでな。今のはこちらの声のかけ方も悪かったのだろう。私は久坂、久坂玄瑞。帝に仕える志士の1人だ」
時代劇で良く見るような和装の着物――肩衣半袴――を着こみ、腰に刀を提げた長髪の男、久坂と自分を名乗った男は、まるで私自身の価値を値踏みするように視線を向けた。その態度はコルテスのように明らかに馬鹿にした態度ではないけれど、根底に己こそがこの場における絶対的な力を持っている、と言外に主張している様子に見えた。
目を細め、友好的な言葉を口にしながらも、私の言葉と態度で、如何様にも私を料理できるそんな風に考えている節が見て取れる。
「あ、はい、久坂様。ごめんなさい、男性に話しかけられるとどうしても。あの、失礼ですけれど、どうして、私の名前を……」
「鷹司殿から新たに我々の同志になった者たちの情報は戴き、目を通している。共に理想に向けて動く者として、それぞれが帝を信奉する理由は知っておきたいからな。もっとも、君の名を覚えていたのはキミを尋ねようと思っていたからだ」
「私を、ですか……?」
「ああ、辛いことを聞くが、キミは外国人の男性に襲われたらしいね。その男性だが……当世とは異なるどこか歪な服装や喋り方、思想を持ってはいなかったかね?」
「………! どうして、ですか……?」
「何、実は同じような被害がこの街の中で多発していてね。頻発している状況には帝も心を痛めておられる。その所在を見つけることができるのならば、我ら自警団の手で直々にこれ以上の被害が生まれないようにしたい、そう思っていてね。君に話しを聞こうと思っていたんだ」
真実半分、嘘半分というところか。コルテスが事件を頻発させているのは嘘、だけど、コルテスを見つけて自分たちで倒したいと言うのは真実、というところか。
どうする? 下手な情報を口にしてしまえば、私達の拠点の場所を明らかにしてしまう。こちらの準備が整う前に襲撃されかねない。ただ、全く知らないと答えるわけにもいかない。私が演じる女性は少なくともこの状況ならば答えるのが筋だろうから……
だとすれば……、
「東側の住居が多くある場所の公園で……いきなり、襲われて……なんだか、そこを縄張りにしているとか、なんとか……」
「なるほど。悪辣な行動をとる蛮族らしい習性だな。他に何か……いや、それ以上は互いによくないだろう。参考にさせてもらう。他に何か思い出した時には是非、教えてくれたまえ」
「は、はい。でも、あの人たち、凄く怖くて、自警団の方でも、抑えられるかどうか――」
「心配は無用だ。あまりほめられたことではないが……我々、自警団の中にも血に猛ったものたちがいるのでね。案外、もう解決しているかもしれない」
――秋津市西側・繁華街入り口付近――
秋津市の中をその物量を使って、最も幅広く監視、あるいは戦闘を継続することができるのは言うまでもなくキャスター陣営ではあるが、帝の意志のままに動く志士たちにもある程度の縄張り、あるいは管轄とするエリアというモノが存在する。
例えば、壬生浪士隊であれば、昨日は秋津市の西側エリアが担当エリアであり、北側の総本山を守護する志士たちのグループや中央の電波塔周辺、あるいは東側の住宅地エリアの監視を行う志士たちの集団等と細かくその役割が分けられている。
それはひとえに、帝と久坂の考えがあればこそである。帝の願いを叶えるために呼び出された志士たちと言えども、無秩序に彼ら個々人の裁量に任せてしまえば、統率的な行動をとることが出来ずに、せっかくの数という他陣営に比べて圧倒的に優位な利点を失いかねない。で
あれば、例え、各集団ごとの縄張り意識を生み出してでも、集団の担当エリアを分けて、互いに手柄を争わせた方が上手く行く。
かつて幕末の動乱の時代に、策謀渦巻く京の都にて、各々が自由に動き回った結果、互いの利点を食いつぶした結果を知っているからこそ、彼らはその選択を選んだのだ。
しかし、その中でただ1人、己の裁量1つで担当エリアを飛び越えて、あらゆる場所に手を出すことを許された独立行動権を手にする者がいた。
その男の名は河上彦斎――かつて、幕末の世にて名を刻まれた人斬りたちの1人であり、神速の抜刀術を以て京の街を震撼させたもの。他の人斬り達が藩、あるいは上位グループの意志の下に人斬りとしての在り方を示していく中で、この男はただ1人、己の意志1つで行動指針を組み上げ続けてきた。
それは現代に召喚された今も変わらず、独自に動ける自由という裁量権を駆使して、志士たちの中で誰よりも早くこの戦闘場所を見つけた彼は、他の志士たちにこの状況を伝えることもなく戦闘を開始した。
狙うべき目標は多々ある。この場には帝に反目するサーヴァントたちが揃い踏みしているのだから。最も楽に首を斬れる相手を狙うのでもいいし、最も多くの敵を生み出している陣営を狙うのでもいい。選択肢は無数に存在し、どれを選んでもきっとその戦は楽しいと分かった上で、彦斎は三日月状の笑みを浮かべて、
「――――初志貫徹。我ら異国の蛮族滅ぼすべし!」
言葉を紡ぎ、自身の行動理由と存在意義の再確認を済ませた瞬間、神速の抜刀術が狙うは、ロイ・エーデルフェルトとリーナ・エーデルフェルトと決定した。
無論、その眼前にはセイバーという巨大な英霊が立ち塞がることになるわけだが、セイバーの挙動よりもなお早く、アサシンが振う拳や足技に勝るとも劣らないほどの速度で、彼の腕から刀が振るわれる。セイバーによって攻撃を受け止めたことを認識すると、セイバーという障害物を利用して如何にロイとリーナを斬るかという観点へと思考が移る。
セイバーの巨体が小柄な彦斎を捕まえるよりも早く首を斬りおとすことが出来れば、それはそのまま自分の勝ちに繋がると、彼は分かっている。勝利を手にするのは帝、己は帝へと勝利を捧げるための単なる破壊装置、ならば、多少の無茶など必要駄賃としてくれてやる。
さぁ、血塗られた首を寄越せ、その首を以て己の刀に更なる栄誉を積み重ねるために。
「ハッ、生き急いでいるんじゃねぇよガキが。この場の主役は神たる俺様だ!」
異国人討伐を掲げ、今まさに己の存在意義を掛けた戦いへと集中しようとする彦斎を嘲笑うように空中から放たれた踵落しが、大地へと叩き付けられ、アスファルトに亀裂を走らせ、震動が周囲に木霊する。
咄嗟に退いた彦斎は自分の直感を信じたことを正解であると理解した。ただのサーヴァントが空中から落下し、蹴りを叩きこんだだけだと言うのに、大地が粉砕され、震動が木霊する。それは自身の想定の中で戦っている者たちからすれば、明らかに異常な性能である。
人間大のサーヴァントが放つにしてはあまりにも威力が強く、されど、己が神であるというものが振うには規模として控えめであると認識させるには十分であった。
「別に生き急いでいるつもりはありませんよ。斬る価値、そして効率性、正体の露見。あらゆる要素を鑑みて、マスターを先に斬るべきであると考えただけです。主張されずとも、貴方も斬りますよライダー。貴方からは薄汚い南蛮の匂いが漂ってきて、吐き気を催しそうだ」
「クック、黄色いサルが、粋がるな。俺様が慈悲をくれてやるのは、俺様に服従する者と、俺様を楽しませることができる女だけだ。貴様はどちらにも当てはまらん。疾く死ねよ」
彦斎は切っ先をどちらに向けるのかを僅かな時間ではあるが冷静に考えた。挑発をされ、斬る理由がある相手を見逃すなど、己の理屈の中で選択をする道理は全くない。
されど、この場において彦斎とライダーが参戦して来るまで戦況の鍵を握っていたのはセイバー陣営である。ここでその首級を上げることは、最も帝に貢献することとなろう。
ならばどうする、さぁ、どうする。短い思考の果てに、彦斎は一度息を零して、
「面倒ですね。どちらも殺しましょう」
あっさりとあまりにも人斬りらしい結論を以てその思考を終わらせた。小柄な体躯を利用して、周囲の建造物を足場代わりとすることで、セイバーとライダーを相手に、本当に一度刀を鞘へと入れ込んで、もう一度放つと言う動作をしているのか疑いたくなるほどの速度を以て攻撃を続けていく。
昨日の沖田が、さながらピンボールのように障害物を伝いながら、ランサーの下へと戻ってくる戦術を繰り出しているとすれば、彦斎のそれはさながら風だ。混沌とした戦況の中で繰り出される斬撃、あるいは徒手空拳による攻撃を掻い潜りながら、己の技を放つことができる状況を無理やりにでも作り上げていく。
セイバーとライダー、共に行動を行うための速度は半ば変わらず、圧倒的強者たる両者を相手にしながら、一歩も引くことなく、むしろ口元には笑みすら浮かべて、攻撃が空振りしたライダー目掛けて、地を這うように上段へと放たれた一閃が襲う。
「クソがァァァァ」
回避行動が間に合わないと察したライダーは、咄嗟に首筋を守るために両腕を首下へと動かし、一閃に対する盾代わりとするが、刀の軌道は首筋ほど上まで進むことはなく、ライダーの脇腹の肉を削り取るように側面から入り込み、鮮血が夜の闇の中に咲き誇る。
「てめぇも道連れだァ!」
最も、ただで自分の肉体をくれてやるほど、ライダーとて耄碌しているわけではない。恐るべき速度で突き刺さった刀身を己の肉体で挟み込み、刀を戻す動作が出来ない状況へと追い込むと、ライダーと彦斎の変化を感じ取ったセイバーの山すら砕くのではないかと思える双剣の圧が一気に彦斎へと振り下ろされる。
「主を狙うモノを生かしておく道理無し。汝が何のサーヴァントであろうとも、ここで塵と化すが良い」
「拒否します、そんなの嫌に決まっているじゃないですか」
剣が地面へと叩き付けられた瞬間に、彦斎は刀から手を離し、衝撃で身体がひしゃげることすら構わずにセイバーの巨躯を足場代わりとして、ライダーへと身体を向かわせていく。叩き付けられた瞬間に動き出すと言う行動をとっている以上、彦斎の全身にはセイバーの剣が叩き付けられた衝撃が奔る。
小柄であるが故に、身体そのものの耐久度は決して大きくない。回避することができないと言う状況の中での最善が振り下ろされた刃に伴う腕を足場代わりにすると言う突飛極まりない行動であったと言うだけである。
そうして、飛び越えた先に、血を身体の至る所から噴き出しながらも、己の愛刀を掴まんとライダーの身体へと迫るが、ライダーは血を流しながら片腕に先ほどまで持ち合わせていない武器を握る。
「よくも神たる俺様の身体に傷をつけた。その罪は貴様の命でしか賄えん!」
向けられた銃口、向けられた瞬間には重心から音が放たれ、彦斎の胸を穿ち、刀を回収するものの、それ以上の動作が出来ず、口から喀血が生じる。
ライダーが手にするのはこの街の半グレ集団から入手した拳銃であり、実際のところ種も仕掛けもない。彼由来の武器であるというワケではない。
それがキャスターの召喚した志士たちであるとはいえ、傷をつけることが出来ているのは彼の宝具の影響下にあるがためである。
(ちっ、『翼ある者の帰還』を発動させているってのに、一瞬で傷が回復しやがらねぇ。野郎の刀、何かしらの呪いか何かを持っているな)
「ランサー、アサシンよ。お前たちは今のうちに自身のマスターを守れ。セイバーがいつ、こちらに再びその武器を向けてくるのかもわからん」
「アーチャー、貴方はあの戦場に飛び込むつもりですか」
「こちらとて、物見遊山で来ているわけではない。何かしらの成果を上げる必要がある」
戦闘の主流は突然飛び込んできたライダーと彦斎、そしてセイバーへと状況が移りこみ、ここまでセイバーを打倒すると言う流れの中で生まれていたこう着状態に変化が生まれた。
アーチャーが放った言葉はランサーとアサシンに向けての言葉であったが、無論、アーチャーとてランサーとアサシンを無条件に助けるためではない。
(セイバーの強さは我々が想定しているよりもなお強い。セイバーだけを倒すのであればこの場の総てのサーヴァントが手を組めば可能だろうが、後から入りこんできた二つの陣営、果たして足並みを揃えることができるのかも怪しい。下手をすれば、蓮司君が危惧する七星桜子を討たれる、あるいは蓮司君自身に被害が及びかねない)
煉が自分たちに指示をしたのはセイバーの動向に気を付けろと言うことであり、必ずしもセイバーを倒すことが求められているわけではない。ここで情報を収集し、煉という強大な魔術師を戦場に担ぎ出すことが出来れば、それだけで戦況がひっくり返るかもしれない。
焦る必要はない。だが、戦果を手にすることも忘れてはならない。
(ライダー……、あの男は己を神だと口にした。あの俗塗れの態度と行動はおよそ神らしさもなく、神話にそぐわぬ悪神かあるいは神を名乗る者なのかは定かではないが……、私にとっては、最も討ち易い相手であることに変わりはない)
アーチャーは己の戦闘力、そして切り札である宝具の力を換算して、この場で最も討つのが容易い相手をライダーと見定めた。
この乱戦に目的不明のまま手を出してきた在り方、言動からしても、あれは世界に混沌を呼びこむ相手である。統治者であり、この土地の管理者たる遠坂のサーヴァントとしても看過しては置けない。
ここで、葬っておくに越したことはない。そのための目くらましとして、ランサーとアサシンとの連携状態を断ち切るための、繋ぎの言葉が先のそれである。
乱戦によって各陣営とも共にその行動理由は刻一刻と変わっていく。誰を狙うのか、どこを潮時にするのか、今日という夜に何を求めるのか。
陣営それぞれに思うところはあるだろう。それは当然のことながらセイバー陣営にとっても同じである。
「兄様……!」
「ああ、分かっているさ。この状況はさすがに好ましくはない。後に響くダメージを与えられては、愚かが過ぎる。ここは最低限の目的だけを果たして、終わりにさせてもらうとしよう」
変化する状況の中で、周囲に気を配っていたロイは周辺の状況の管理を全てリーナに任せる。言葉では伝えずとも彼ら二人はその程度の意思疎通は出来る。
この場での戦闘で確定的な勝利を手にするにはある程度の犠牲が必要だ。しかし、聖杯戦争は未だ序盤、そう簡単に後々に響くダメージを負うことは黙認できない。
ならば、あくまでも当初の目的だけは遂げる。七星との因縁を終わらせるために、ロイは混乱した状況の中で、逃がすことはせず、されど決定的な攻撃を行っていなかった桜子に向けて、改めて魔術の照準をつける。
「七星さんッ!」
「ほら、坊や。分かっているでしょう、貴方の相手は私」
「退いてくれ、僕は七星さんを助けないといけないんだッ!」
「悔しいと思うのなら、それは今日という日に準備を間に合わせることが出来なかった自分を恨みなさい。祈ったり願ったりするだけで思いを遂げることができるほど、この世界は私達に対して優しいわけじゃないんだから」
リーナの魔術が無理矢理の突破を図ろうとする蓮司の動きを阻む。どれだけ蓮司が気合いの声を上げても、魔術の質を高めても突破できないモノは突破できない。
単純に準備の問題でもある。マスターとの本格的な戦闘を想定していたリーナやロイに比べて、蓮司の関心が向いていたのはあくまでも桜子に対して。もしも、桜子と激突することになったとしても、蓮司はここまでの苦戦を強いられることはないだろうと言うある種の驕りが胸に会ったことは事実だろう。
あくまでも自分は遠坂の後継者、その無意識の驕りが直接的ではないにしても、この場における実力差を決定づけようとしていた。
「我がマスターより離れろッ、セイバーのマスター!」
「いいや、こちらも勝負を終えるつもりだ。雑な手段ではあるが、動きを止めるぞ、ランサー!!」
ドンッっと、ロイの中に蓄えられた高濃度の魔力が魔術に疎い桜子の感覚でもわかるほどに、ランサーに向けて放たれる。魔術を魔術として練り上げたわけでもなく、自分自身の中に蓄えられた魔力を魔力回路によって制御し、ただ放っただけ。
無造作にもほどがあるその一撃ではあるが、驚くべきことに、その魔力に触れたランサーは桜子へと進ませようとしていた足が硬直するのを感じ取った。
「リーナが静から動の流動を得意とするように、俺はその逆、動いているものを強制的に停止、あるいは制御することに長けている。もって数秒から数十秒、しかし、その間、サーヴァントの動きを止めておけることの意味、わからないわけではないだろう」
「嘘だろ、ただでさえ対魔力の適性が高い三騎士を相手に、自分自身の魔力の多寡だけで無理矢理に魔術を通用させやがった」
「規格外……、これが現当主ロイ・エーデルフェルト」
セレスとノルンも自分自身とて命が危険に晒されていることすらも忘れて、言葉を奪われた。いかにランサーの対魔力がマスターである桜子の力量不足により圧倒的なステータスでなかったとしても、一介の魔術師風情が、サーヴァントの動きを止めるほどの魔力を発揮するなど、不条理にもほどがある。
「生憎と俺には魔力の量とそれを扱うことが上手いくらいしか才能がないのでね。さすがにここで働くことが出来なければ、リーナに合わせる顔がない。楽なことではないが、これくらいのことはやってみせるさ」
数多の助けの手を借りたとしても、結局は最初の行き着く場所に行き着く。結果は何ら変わらない。マスターとサーヴァントが共に一級品の強さを持っている。強いものは強い。
その当たり前の事実を以て、戦いは終わりを迎える。巻き込まれただけのハリボテのマスターではこの状況を乗り越えることなど出来るはずもなく、例え、かつてのエーデルフェルトと七星がどうであったとしても、此度の聖杯戦争の結末はここに決まりを迎えた。
「終わりだ、桜子。悪いようにはしないよ」
・・・
目の前の光景が輝かしく、その光景が輝いて見えれば見えるほどに、自分自身の惨めさが際立っていった。
7つの陣営の内、6つの陣営が入り乱れて戦う局面、そこに参戦した誰もが自分自身の力と矜持を以てこの場に立っている。誰もが自分は端役だなんて思っていなくて、この聖杯戦争の主役は自分であると思って戦っている。
聖杯戦争の舞台に昇った誰もが自分自身を主役と思って、主役の邪魔をする相手を排除するために雄々しく戦っている。その光景は見れば見るほどに輝いていて、主義や善悪を除けばまさしく英霊の名に恥じない戦いをしている。
マスターたちだってそうだ。ロイやリーナ、蓮司、生き残るために頭を回して、必死に抵抗をしているセレスやノルンを含めて、この場の全員が自分がここで何をしなければいけないのかを必死に考えて動こうとしている。
その中で、ただ1人―――七星桜子だけが、巻き込まれるまま風見鶏のように立ち尽くしているだけだ。主義や主張があろうとも、それを貫くだけの強さがないからこそ、誰も彼女の言葉に耳を傾けない。
巻き込まれた弱小マスター、1人面倒な相手が減ってくれてありがたい、その程度に舐められているのは正直な所であるのは、悪意を向けられている桜子が一番よく理解している。
青色のポニーテールがたなびく。目の前に立つロイを睨みつけるが、それで状況が変わるような甘い話があるはずもない。
リーナの言う通り、すべては今日という日を迎えるために何をやって来たのか。ロイもリーナも蓮司もセレスもいずれ来る聖杯戦争の為に、準備を進めてきた。
何もすることなく、ただ飛びこんだだけの自分が何かできるなんて期待を向けること自体が酷く場違いで、彼らからすれば、ここで七星桜子が脱落することは、至極当たり前の事であるのかもしれない。
(嫌だ………)
ただ、それが運命だったとしても、道理だったとしても、当人が受け入れるのかどうかということは全く別である。桜子はロイによって向けられた魔力の流れを見て、ただ心の中で拒絶の感情が浮かび上がった。
テレビの中の世界に、銀幕の中の世界に憧れていた。その世界の中の住人達はとても輝いていて、現実に対して抗う事が出来ない自分と比べて、彼らのような生き方が出来ればと心の中でずっと燻り続けていた思いがあった。
(嫌だ………)
聖杯戦争のマスターになり、現実を受け入れつつも、魔術師同士の殺し合いに対して拒絶をしなかったのも、結局の所、七星桜子はそんな輝かしいスターの中に自分も飛び込みたいと思っていたから。
幼少の頃に抱いた叶う事もないと思っていた願いが、手の届くはずもないと思っていた祈りが、今、手が届くかもしれない場所にまで下りてきた。
(嫌だ………)
巻き込まれたのかもしれない、運命の悪戯だったのかもしれない。でも、聖杯戦争という舞台に、今もまだ留まり続けることを選んだのは自分だ。彼らと同じ場所に立ちたいと願ったのは自分だ。
(嫌だ……、まだ負けたくない。降りたくない!!)
だったら、ここで脱落するなんて許せない。自分はまだ、この聖杯戦争の中で何もできていない。ヒーローになることも出来ていない、華々しく活躍することも出来ていない。
ほんの少しの体験版を遊んだだけで終わってしまうなんて許せない。例え、最後まで勝ち残ることが出来なかったとしても、胸を張って負けたことを認めることができる自分になりたいから!!
(動け……動け……動け!! どんな運命の悪戯があって、聖杯戦争に選ばれたのか知らない。だけど、私にマスターになったことの意味があると言うのなら――――動け、私の身体、ヒーローは逆境でこそ力を手にするものでしょう!!)
『――――桜子』
「―――――!」
バチリと脳の奥の方が強い刺激を受ける。まるでこれまで抑えつけられていた何かの鍵が外れてしまったように、外れかけたそれは、一度外してしまえば、もう二度と後戻りはできないと、何となくだけど理解できて、同時にそれを躊躇う理由が今のあたしにはなかった。
『桜子、ごめんなさい。きっと、私は貴女と一緒には―――』
持てる力の総てを使って、この局面を乗り越えると決めた。その想いに身体が答えてくれた。だったら、何を躊躇うのか、脳裏にチリチリと浮かぶ記憶にない光景と声を気にする余裕もないままに、あたしは熱く熱く脈動をうつ手の甲で輝く令呪を中心に、魔力というモノを励起させていく。
『だから、櫻一郎に―――なかった――――一部を貴女に―――――わないことを――――って――――子――――どうか、幸せに』
カチリと頭の中で撃鉄が落ちる感覚を覚える。数秒前の自分には存在しなかった何かが身体の中に溢れ、全身に血液同様に身体の中を溢れていく何かの回路が起動したことを直感的に感じ取った。
理屈で説明はできない、何が何だかわからない。ただ身体だけは何処までも素直に動いていた。
「―――七星流剣術弐の型『枝垂桜』!!」
瞬間、何も持っていなかったはずのあたしの腕の中に魔力によって編み上げられた半ば透明化した刀が顕現し、それがあたしの腕を狙って放たれたロイの魔力による一撃を切り裂く。
先に攻撃を放ったのはロイだけど、後の先を制するかのように、さながらあたしの腕を鞘代わりとしたその一閃によって砕かれ、ロイはこの戦いの中で初めて本気の驚きを浮かべた。
「馬鹿な……桜子、キミは、魔術を扱えなかったはずでは……?」
「ええ、使えなかったわ。それは間違いない。だから、この場で覚醒した。それでいいんじゃない? 理屈なんて何一つわかんないけど!!」
「………なるほど。それは七星の血が為せる技か。まったく話に聞いていただけでも驚きだ。魔術を切り裂く剣術などと厄介なことこの上ない。リーナに叱られるのは決まりだな。君の覚醒を許してしまったのは、明らかに俺の落ち度だ」
ロイは自分自身であたしの状況を把握しようと努めているのか、いくつかの言葉を口にして、あたしが使った刀の形をした魔術に理解を示したらしい。もっと驚いて動きが鈍るとかそういうことを考えていただけに、その冷静さは思わず苛立ちを抱かせられた。
「もっとも為すべきことは変わらない。土壇場で覚醒したところで君にそれを使いこなせるのか?」
「わかんないよ、わかんないけど、やるしかないでしょ!」
生き残るためには、目の前のあたしとはけた違いに強い相手に勝つしかない。七星桜子の力を振り絞って活路を見出すしかないけれど、決して分が悪い賭けではないと思う。
「見事です、桜子。そして謝罪します。私もまたあなたの力を見縊っていた。この局面を一瞬であれども、己の力で打開したこと、誇ってよいかと思います」
振り下ろされた巨大なランスに、ロイはそのランスの動きが遅くなったほんの僅かな時間で後ろに後退した。叩き付けられたランスは先ほどまでロイがいた場所を砕き、衝撃波がロイの衣服を傷つけ、その下の皮膚にまで裂傷を浮かばせる。
「一手遅れたな、ロイ・エーデルフェルト。七星桜子の下には私がいる。私がいる限り、最早お前が我がマスターを傷つけることは不可能だ」
「………かもしれないね。だが、やってみなければわからないぞ?」
覚醒した桜子だけではなく、ランサーまでもが戦列に復帰した状況、セイバーをキャスターとライダーとの戦闘に奪われ、リーナも蓮司との戦いに集中している現在が、ロイにとって最も危ない状況であることに変わりはないが、彼は変わらず超然としている。
「桜子、君だってそうだ、一撃加えたくらいで満足できまい。強くなるっていう実感は他人が思っているよりも、はるかに強く次が欲しくなるのだから」
「ロイ、あたしがこんなことを言うのは場違いかもしれないけれど、容赦しないよ!」
「当然だろう?俺たちも七星を倒す日をずっと待ち望んできたのだから」
かくして状況を幾度も変えながらも続いてきたこの場の戦いもようやく終わりへと進もうとしている。
「くく、おいおいセイバー。お前のマスター危ないんじゃねぇか? 助けに行かなくえいいのかよ?」
「言われるまでもなく。しかして我も主の力に敬意を払っている。貴様らを屠ったのちに主を救いに向かおう」
「それはつまり、僕たちを相手に圧勝できるとでも?」
「いいねぇ、大口叩くてめぇとマスターの前で、あの魔術師の女をモノにするのも面白そうだ。そう思うと俄然やる気が―――」
「下品な言葉はそこまでにしておきたまえ、ライダー。末期の言葉が下世話な台詞など、三流喜劇にもなりえまい」
放たれた銃弾がライダーの頬を掠める。それは威嚇であり同時に、ライダーに己の死を予感させるだけのおぞましさを与える一撃だった。
「貴様は己を神と語った。であれば、貴様は私が葬るべき存在だ。我が宝具にてこの聖杯戦争最初の脱落者となるがいい」
「なんだぁ、てめぇ。何の許しが合って、俺様に銃口を―――――!?」
苛立ちの言葉を口にしたライダーもすぐに理解する。銃を放ったアーチャーの周囲から自分の周囲へと伝播するように何かが広がっていくことを。
「宝具展開―――『
ライダーよ、貴様はこのムスタファ・ケマルが神の座より零落してくれよう」
アーチャーの背中、そこに無数の兵士たちの姿が映し出される。そして、同時にライダーの纏っている力が大きく減退を始めたことを理解した。
何故かなど聞くまでもない――彼こそは近代で唯一、神を追放した国を生み出した者であるのだから。
覚醒イベントは熱い! アーチャー&ライダーの宝具紹介は2日目終了時に行わせていただきます。
Twitterやってます。UCの更新情報などを載せています
https://twitter.com/kooldeed