――秋津市西側・繁華街入り口――
かつて中東には、オスマン帝国という帝政国家があった。西欧世界における十字教と同様に唯一の神を信奉するその国家は宗教との密接な繋がりを持った国家であった。
スルタンと呼ばれる君主は、国家の主を務めるのと同時に教主たるカリフの地位を与えられ、十字教と世界を二分する大宗教の長として、絶対的な権益を握り、幾度となく西欧世界と激突を続けてきた。
その衝突の歴史の中では、幾度か十字教世界の根幹を揺るがしかねないほどの大侵略を果たしたこともあったが、どのような場所、どのような時代、どのような国家であろうとも栄枯盛衰の流れは必ず訪れる。
時は20世紀初頭、第一次世界大戦の風が吹き荒れる西欧世界の中で、複雑な権益の絡み合いからオスマン帝国も世界大戦への参戦を余儀なくされた。最も、この時代における彼らはかつての栄光と呼べるほどの力を持ち合わせてはいなかった。
西欧世界がこぞって成功をおさめた産業革命に乗り遅れ、神の時代から、神と人が共存する時代へと移り変わることが出来なかった致命的な時代の読みの誤り、征服国家として無数の異国人を取りこんだことによる国家そのものの分裂、まさしく内憂外患の極みが一気に押し寄せる中で、国家は瀕死の病人と呼ばれるまでに至った。
革命者たちによって支配されかかった国家、その混乱期の中で、ムスタファ・ケマルは台頭を為した。
第一次大戦に従軍した彼は、英国の圧倒的な戦力をガリボリの戦いで破り、他のオスマン帝国の軍が劣勢の中で次々と敗退する中、最後までイギリス軍をオスマン帝国へと踏み込ませることを阻止した。
戦争には敗北した。しかし、ゲリラ的な活動を続けてきたムスタファ・ケマルは時を経れば経るほどにトルコ国民からの信認は高まり、結果として彼は6世紀にわたって続いてきた大帝国に最後の引導を渡すこととなった。
国家の実権を握った彼を一言で言い表すのならば――独裁者という言葉が最もふさわしいだろう。後の時代におけるトルコ革命と呼ばれたケマルが行った無数の改革は、オスマン帝国からトルコ共和国へと国家が変化していく中で、トルコ人という民族の心に自立心を高める大きな役割を果たした。
宗教国家であったトルコの君主と教主が同一であった制度を廃止し、彼は神たるものを国家より追放した。日本においては政教分離という言葉の方がなじみが深いかもしれない。無数に存在した言語を一つの言語へと統一し、婦人の人権確保に尽力した。
独裁者として強権を発動し、徹底的に神たる国から人の国へとトルコを変えた彼は、旧的な既得権益者、あるいは神を信奉する者たちからの批判を免れなかったが、多くの国民は彼の行った独裁者としての政治を受け入れた。そうせざるを得ない時代が来てしまったのだと理解させられたからだった。
後の世をして、近代における最も成功した独裁者、トルコ国家の国父という称号を与えられたことこそが、彼の独裁が決して言葉通りのイメージではなかったことを意味しているだろう。
故にこそ、彼は神を零落させるもの、過去を討つ者――アーチャー:ムスタファ・ケマルはかつての己の所業同様に、目の前に立つ神を名乗る男を討つために己の宝具を顕現させた。
「怖れることはない。我が国家の兵士たちよ。彼の神を討て!!」
アーチャーの背後より次々と出現する兵士たち、それらが一斉にライダーに銃口を向ける。アーチャーの言葉を受けると同時に一斉斉射が起こり、その銃撃にライダーは全身から死の匂いを感じとり、すぐさま、その場からの逃走の一手を選んだ。
「くくっ、随分と必死じゃないですか。あれだけの大口を叩いておきながら逃げるんですか?」
だが、その逃げの一手を打とうとしたライダーに並走するように彦斎が傷だらけの身体など関係ないとばかり迫り、刃を振う。その振われた刃を上体を逸らすことで回避するが、逃げの一手を打つための瞬間を逃したライダーの身体に銃弾が次々と撃ちこまれる。
「がっ、はっ……」
「効き目が薄いな。であれば、やはり純粋たる神ではないと言うことか。目論みは外れたが、人智を凌駕する存在ではないと言うことが理解できたのだ。総合的に見れば利があったと思うべきだろう」
「退けや、クソガキィィ!!」
血を噴き出しながらも、ライダーは手に持つ拳銃から銃弾を放ち、至近距離から彦斎の刀を握る腕に銃弾が命中する。獲物を持つ方の腕に銃弾を浴びせられたことで、彦斎の表情が歪むが、ライダーの怒りの矛先は彦斎ではなく、アーチャーである。
「俺様は神だ。あの未開の野蛮人共がそう認めた。故に、誰が何と言おうとも俺様は神!! 人間でしかない英霊どもが見下しているんじゃねぇぞ!」
「見下してなどいないとも。私はただ、神を追放した者として、神を名乗る者と相性がいいと言うだけだ。どうしたね、ライダー。自分が有利でない戦場では高笑いも出来んか?」
ライダーの怒りをアーチャーは風が靡いた程度の反応で返す。この場が戦場である以上、互いに互いを傷つけることは当然であり、そこに感情が交える意味はないと彼は思う。どんな人種、どんな主義、どんな信念があろうとも、戦場では等しく傷を負った者から死んでいくのだ。人であろうと神であろうとも関係ない。
「もっとも最初に逃げの一手を選んだ時点で地金を晒したも同じか。改めて言おう、見下してなどいないさ。私にとって君はもっとも倒しやすいと思っただけの事だよ」
再び放たれる銃弾が、怒りに任せて声を上げたライダーに対して放たれる。ライダーも今度こそは回避を選択するが、やはり無数の兵士たちによって放たれる攻撃の総てを掻い潜ることは出来ず、次々と銃弾に貫かれた体から血が噴き出し、悪趣味な成金衣装にどす黒い血の痕跡が染み渡っていく。
アーチャーの宝具『神威零落――我は灰色の狼』は、特定の武器ではなく、彼――ムスタファ・ケマルの生き様そのものが宝具として昇華したものである。
唯一神を標榜する宗教帝国から、神を追放し、いち早く近代化を推し進めたアーチャーはその逸話から、絶大な神性に対する有効な特性を有しており、なおかつ彼はその半生を軍人として過ごし、彼が持ち得る武器とはその指揮した軍団そのものであるともいえる。
それら二つの逸話が一つと化したものこそが、目の前で引き起こされている宝具の事象である。
その効力は強制的な神性の否定、空間そのものに作用するこの宝具を展開した瞬間、神性を持つサーヴァントはその効力、ステータスが徐々に低下していき、最終的には神ではなく人と同等の力にまで追い落とされる。
加えて、アーチャーよりも過去の存在である英霊に対して、アーチャーのステータスと兵士たちの攻撃力や防御力を高める効力も発揮される。
かつてを振り払い、一つの国家の改革を成功させたアーチャーであればこその宝具であるといえよう。
故にこそ、ライダーはアーチャーにとっての格好の獲物だった。いまだにライダーが致命傷を受けていないのは、ライダーが真実の意味での神ではないからに他ならない。
アーチャーの神性の否定を受けたことで、ここまでライダーのステータスを高め続けていた宝具の力は否定され、平均的なサーヴァント程度のステータス値へと追い落とされた程度の被害であったことは、まさしく不幸中の幸いではあるが、自分が真実の神ではないと暴露されたに等しいライダーからすれば、それを幸運などと思えるはずもない。
この場の誰よりも己以外の総てを見下しているライダーからすれば、自分自身が神の座を引き剥がされ、無様に傷を負いながらも逃げる状況を考えている状態こそが、最も苦痛である。許せない状況が目の前に広がっているのだ。
(だがぁ、野郎の言うように俺様とアーチャーの力はあまりにも相性が悪い、もう一つの宝具を使えば、戦況を変えることもできるかもしれんが……、この場で使うには失敗した時に先がない)
しくじれば、全員が真っ先に自分を討ちに来るであろうことが容易に予想できるだけに、簡単に宝具を使うと言う選択肢を取ることができない。
ライダーは自信家であり、プライドも人一倍強いが、同時にどこまでも現実を見据えてこの聖杯戦争に臨んでいる。単純な戦闘力だけで見れば、この場で宝具の力無しに勝てる相手はいないと理解が及んでおり、この場が決戦の時でないことも十分に分かっている。
引き時であることは間違いないのだ、あとはこちらを消滅させるつもりで動いているアーチャーをどのようにして諦めさせるかだが――――
「―――――ッ!」
ライダーの視界の先、これまで銃口を向けていたアーチャーの銃士隊たちが横合いからその集団としての機能を破壊するようになぎ倒されていく。それを誰がやったのかなど、この場で聞く必要もない。巨大なる暴乱の嵐を放つのは最初から最後まで、この戦場をけん引し続ける剣の英霊に他ならないのだから。
だが、それは攻撃を受けたアーチャーをして真っ当な行動であるとは思えなかった。
「正気か、セイバー。貴様のマスターはサーヴァントと相対している。マスターを見殺しにするつもりか?」
「笑止、一体いつ、我が主が、我に助力を求めた? 主の因縁の邪魔となる者たち、悉くを屠ることこそ我が役目。何より―――我が戦術予測に主の敗北は一切見通せぬ!!」
故に潰すべきはやはりお前たちなのだと、ライダーを屠る展開へと傾き始めた状況が再び動きを見せ始めた。
セイバーの視点からすればこの場で最も危険なのは、特定の武器による宝具を使用するのではなく、ライダーの神性を引き剥がし、強制的に自分の有利な状況へと引き込んだアーチャーである。
アーチャーが使っている宝具の原理を完全に理解しているわけではないが、セイバーに備わっている戦術予測は確実にアーチャーを敵として認識している。
そして、セイバーがその行動をとることができるのも全てはマスターの強さがあればこそである。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「威勢が良いな、桜子。だけど、さすがに今日目覚めた君に後れを取っているようでは、エーデルフェルトの当主としての名が泣くからな!」
七星流剣術――七星桜子が真一郎より教え込まれたその剣術を、桜子はそのまま、自分の身体の中から突如として起動を果たした魔術回路と組み合わせることで戦闘を展開する。
桜子が握るのは魔術で構成された存在もおぼろげな白色の魔力を刀の形に繋ぎ合わせることで形成されているものであった。それがロイの魔術そのものを切り裂き、圧勝ムードであったはずの状況は、ランサーの参戦もあってか、形勢が逆転し始めていた。
形勢の逆転――しかし、それでも相手はロイ・エーデルフェルト、圧倒的な魔術の才覚を以てエーデルフェルトの頂点に立った男である。
マスターの影響で十全の力を発揮できないサーヴァントとこの瞬間に魔術に覚醒した素人の二人を相手にしたところで、自分が敗北することなどないと考えている。
ロイの魔術を桜子の刃は切り裂くが、同時に桜子自身が放った刃で最もロイに届いた一撃は最初の一閃だけであった。他はあくまでも、ロイの魔術を切り裂く程度にしか使われていない。
それは単純に桜子の実力が足りないから……という理由だけでは決してない。ロイ自身は桜子を攻撃するための魔術だけではなく、周囲に伝播する魔術を同時に行使している。
(身体が重い、まるで身体を動かすこと自体が拒否されているような)
「この魔術は……周囲の重力そのものに働きかけて!」
「ま、そういうこともできるって話しさ。俺は特定の魔術を得意とするわけじゃない。無駄に魔力だけあるからね、その時その時で最も良いと思った魔術を頭の中で描くだけさ」
その最も良いと思った術式がこの場においては、桜子とランサーに対して周囲の重力を倍以上付与すると言う魔術に他ならなかった。桜子というよりはランサー自身にかけているという比率が高いが、決して桜子を軽視しているわけではない。
桜子の刃は魔術そのものを切り裂く、その理屈を桜子が真に理解しているとすれば――
「あたしだって、このままじゃ終われないッ!」
桜子は ここまでロイに向かって放っていた刃を振り向きざま、ランサーへと向ける。その刃はランサーの周囲に展開していた彼女の動きを止める魔術を破壊し、続けざまに桜子が今度は自分の身体にかかっている魔術目掛けて一閃を放つ。
桜子の思惑通り、魔術は目に見えるものではないが、自分の身体に生じていた不愉快な圧が消え去ったことで自分の身体が解放されたことを理解する。
桜子がランサーを解放した瞬間に、ランサーはロイに向けて巨大なランスを振り払う。当然にロイはそのランスに対しても魔術をけしかけるが、渾身の力を籠めて放つランスの軌道は対魔力によって阻まれ、ロイは咄嗟に自身の周囲に風を発生させると、それがロイの身体をまるでロケットのように吹き飛ばし、宙へと浮いたロイは自身の目の前に三つの魔方陣を展開する。
「魔術の三段行使!?」
「告げる――この地に宿りし、魔力たちよ。告げる――我が声に答え、その力で我が敵を討て――――
赤色の炎、青色のツララ、紫に光る雷、それら三つが同時に流星群のように落下してくる。
「マスター、セイバーのマスターに一矢報いたいと言う気持ちはありますか?」
「当然にあるよ!」
「ならば、貴女は一撃を与えることだけに集中しなさい。その一瞬は私が作りましょう」
だから、必ず成功させると言われたに等しいことを桜子は理解する。身が震える。守られてばかりだった自分自身を、信じるとランサーが口にしてくれたこと。
まだまだ未熟で助けてもらわなければ何もできない自分自身がほんの少しでも力になることが出来ていることがうれしかったから。
「うん、任せて!」
「ならば―――この一時、その真の姿を晒せ、聖槍、解放!!」
天より落下する魔術の流星群、地上の総てを消滅するまで止まらないであろうと思われる流星群に対して、ランサーは回避をするでも防御をするでもなく、その巨大な槍を杖のように天に向けて翳した。
ランサー自身の身体が敵手から見えなくなってしまうのではないかと思えるほどの巨大さを誇るそのランスが、ランサーの言葉に呼応するようにして内部より光を放つ。
ランスの切っ先の中央から、まるで真っ二つになるように中心から切れ目が浮かび上がり、その切れ目を中心として左右にランスが動き、内部に隠されていた何かが表出する。
その何かが光を放った瞬間、ロイの目の前に展開していた三つの魔方陣が跡形もなく消失し、放たれた魔方陣も共につられるようにして消失を果たす。
「なに―――、それがランサーの……」
「ロイッ!!」
ロイが見下ろす足下、そこに既に刀を解き放つ態勢へと入った桜子の姿が見える。それは上段振り下ろしの構え、決して届かない筈の距離ではあるが、それはあくまでも実体の刀を握っていた時の話しである。
魔術によって編み上げられた刀の射程は、決して実物と同じではない。
「――七星流剣術三ノ型『乱れ桜』!!」
上段から振り下ろされた刃が真一文字の形をした斬撃としてロイの下へと急行する。先の魔術を潰された余波はロイにも届いている。魔術を展開するための感知をし、展開するよりも早く放たれた桜子の一撃は無防備なロイの下へと真っ直ぐに放たれ。
「――――させるわけがないでしょう!!」
ロイの下へと僅か早く戻ったリーナ・エーデルフェルトの魔術が桜子の刃を届かせることを一瞬の差によって阻んだ。
「くっ……」
「調子に乗りすぎよ、七星桜子。魔術を覚えたての小娘が、私達の大願を邪魔するなんて許さない。兄様の隙をついたつもり? 無駄なことよ。私達は二人で戦っている。この私がいる限り、兄様にその刃が通ると思わないことね!」
正面から激突する二つの力ではあるが、リーナの魔術を防御へと当てたことによって、桜子の魔術を減衰させることに成功する。
よって、桜子の攻撃計らずとも失敗に終わったことを意味していた。
「ごめん、七星さん。あいつを止めきれなかった」
「ううん、こっちこそありがとう、蓮司君」
「……カッコよかったよ」
「―――うん!」
蓮司の控えめな褒め言葉に桜子は晴れやかな笑みを浮かべる。自分の身近だった相手が口にした言葉は桜子がこの聖杯戦争に巻き込まれてからずっと欲しかったものだったのかもしれない。
「兄様……これは戻ったらお叱りですからね」
「ああ、分かっているよ。好敵手が出来たと思って喜びたい気持ちもあるが、今はそれを喜んでいる場合ではないらしいからな!」
瞬間、リーナとロイの側面から放たれた攻撃が二人が同時に放った魔術障壁によって受け止められる。
「あっは、見つかってしまいましたか!」
「剥き出しの殺気を向けられていてはね。どうしたんだ、人斬り。君はセイバーたちの相手をしていたんじゃなかったか?」
「ええ、その通り。ですが、帝はお前たちのような南蛮の血を求めています。であれば、帝に仕える志士として、僕たちが本当の意味で実行するべきことが何なのかは言うまでもないでしょう」
異国人討伐、それこそが帝によって仕えし者たちが認識する絶対的な不文律、戦い方や主義主張はいくつか存在すれども、たった一つそれだけはキャスター陣営を陣営たらしめている鉄の掟であるのだから。
故にその目的を果たすと、身体中から血を流しながらも戦いつづける相手はまるで特攻兵器のようですらある。
「その様子、間違いなく、あのアーチャーの兵士たちのように、貴方自身がサーヴァントではありませんね」
「帝、そう口にしたモノこそがお前たちの親玉か」
「知らなくて結構ですよ、貴方たちはどうせ此処で死ぬんですから!!」
刀を鞘へと納め、そこから放つ抜刀の動きと仕草、何よりも速度は先ほどまでの桜子の挙動など比較にならない。
桜子の動きが並であったとすれば、間違いなく達人級の腕前、もしも、ここまでにサーヴァントたちの攻撃を全く受けずに彦斎がロイとリーナの下に辿り着いていたとすればどうなっていたのかはわからない。
わからないが、しかし、それはあくまでも過程の問題である。この場はサーヴァントたちの坩堝。サーヴァントたち一人一人に思惑が存在し、その思惑が本来の目的とは異なる形で動き出す可能性さえも実際のところ存在する。
「疾ッ――――!!」
「くっ!!」
そう、例えば、本来であれば敵対する相手を状況の流れの中で助けざるを得ない時などである。彦斎の攻撃からロイとリーナを遠ざけたのは驚くべきことにアサシンであった。
殺気も動きも全く感じさせないほどの俊敏さで放たれた足技は彦斎の刀が鞘へと押し込まれ、次に放たれるまでの僅か数秒の間に彼の腕へと致命の一撃を叩きこんだ。
内家の拳とはすべからく内部より相手の身体を破壊するもの、肉を引き裂き、骨が露出した彦斎の片腕は、もはやまともに刀を振るうに値しない。
「ハハ、僕の抜刀よりも早い足技、一体どんな動きをしているって言うんですか?」
「何、修行の成果だよ、修行の。何せ、無影脚と名付けているのだ。影が生まれる隙でもあったら、名折れもいい所であろう」
足技こそがアサシンの本領発揮、彦斎の最も得意とする技を出すための方法を物理的に破壊したことは、彼自身の士気を大幅に下げることとなり、そこを狙うようにして、アーチャーの銃士隊が一斉に銃撃を彦斎へと浴びせかける。
「ガッ……ぐぅ――――」
「悪いな、キャスターの走狗よ。弱いモノ、傷ついたモノから退場していく。戦場とはそういう場所だ。恨むのならば、単騎でこの戦場へと飛び込んできた己の浅慮を恨むがいい」
直前まで、セイバーとの戦闘を繰り広げていたはずのアーチャーまでもが彦斎へと狙いを変更した。理由はアーチャー自身が口にしたとおり、倒せる時に倒すことができる相手を倒す。その優先度合がセイバーやライダーよりも手負いの剣士へと変わっただけの事である。
無数の銃弾をその身に受けて、ここまでに無茶な特攻紛いの戦闘を繰り返し続けてきたツケがついに彦斎の身体を崩壊へと導いていく。
「くく、さすが、さすがですねぇ。我らが帝と同様に召喚されたサーヴァントたち、実に強くおぞましい一騎当千ぶりだ。くく、ああ、面白かった。残念だなァ、もっともっと戦って、戦って、全員の首を飛ばしたかったのになァ」
高笑いを上げながら、彦斎の身体が崩れ始めていく。致命傷を受け、己の戦闘行為を司る腕を砕かれた以上、この場で彼が戦える手立てを持てるはずもなく、消失していく未来を変えることはできない。
「身体が光の粒子になっていく……?」
「サーヴァントの消滅です。我々が魔力によって構成された使い魔です。その身体を維持しておくだけの力を失ってしまえば、あのように本来の純粋な魔力へと戻っていくしかできません」
つまるところ、自分の傍にいるランサーとて同じような状況に至る可能性は高いと言うことだと桜子は思わず言葉を奪われる。もしも、敗北すれば、自分をマスターと呼び、共に戦ってくれる彼女もあのような扱いとなって消えていく。
戦いに負ける、その言葉の意味をより強く意識することが出来たように思えた。
「では、縁があればまたお会いしましょう。その時には今度こそ、皆さんの首切り飛ばして御覧に入れましょう」
「もはや霊基が消滅する君に何かが出来るとは思えないが?」
「そう、そうですね。そうかもしれません。しかし、そうではないかもしれない」
酷薄な笑みを浮かべながら、何か不穏な感覚を抱かせるような言葉を呟きながら、その姿を消失させた。
彦斎が消失したことで、此処まで熱が持続し続けてきた戦場に僅かな静寂の時間が生まれた。一つの陣営がこの場から消失した以上、この場におけるパワーバランスは大きく変わっていくだろう。
各陣営にとって最も警戒しなければならないのは、セイバー陣営であることに変わりはなく、再びセイバーを倒すための戦いが始まることも予期できたが、
「さすがに今宵は此処までだろうな、セイバー、撤退する」
「―――命令受諾」
ロイの一言で、ほんの少し前まで鬼神のごとき戦闘を繰り広げていたセイバーの戦闘意識という名の圧が周囲から消えていく。
「これだけの人数を相手にして、逃げられると思っているのか?」
無理やりにでも戦闘を中断して撤退の状況に持ち込もうとするロイとリーナに対して蓮司は声を上げるが、地上へと改めて降り立ち、セイバーの横へ立った二人は表情一つ変えることはない。
「俺達としては桜子、君を倒すことが出来ればそれでいいと思っていたが、この場で君を倒すとなれば他の陣営まで一緒に相手をしなければならなくなる。それは俺達にとっても根気が必要になるし、先々を見越せばマイナスになりかねない。だから、一度、出直すことにするよ。七星のマスターが此度の聖杯戦争でも健在であると言うことが知れただけでも良しとしよう」
「闘うことを怖れたと言うわけではないのよ。ただ、皆さま方も分かっているでしょう。これ以上の戦闘は相手への威嚇だけでは済まないと。それとも、どこに勝敗が転がるのかもわからない状況の中で戦闘を続ける勇気があるかしら? ねぇ、坊や」
「……バカにして」
「俺達の聖杯戦争は始まったばかりだ。我々は誰の挑戦であろうとも受け入れる。そしてひとたび戦闘となったのならば、全力を以て相手をすることを誓おう。これが俺たちなりのあいさつ代わりだ。次は誰であろうとも全力で倒すために行動する」
だからこそ、決して気を緩めるな。セイバーと出会った時には半端な結末など絶対に許されないのだからと負け惜しみでも言い訳でもなく警告として口にする。
それだけの強さを自分たちが握っていることを知っているからこそ、ロイとリーナは決して気遅れした態度を取らない。
いつでも来いと、どこまでも王者のように、自分たちこそがこの聖杯戦争における最強の陣営なのだという自負を全身から漂わせての言葉に桜子や蓮司はいずれ来たる彼らとの決戦を想起した。
「ではね、また逢おう。桜子、遠坂の魔術師、アサシンのマスター、そしてライダーのマスターにもよろしく」
彦斎を倒すための動きの中で、どこへともなく姿を消したのか、ライダーの姿はどこにも見えない。だが、あのままただ逃げるなどということをするはずもないだろうと、善意の想いを以て声を伝えた。
当然に反応はないが、ロイは気にしない。宣戦布告は何処までも爽やかに、いずれ血なまぐさい戦いに発展するのならば、それまでの間はせめて、誠実であろうとする。
まさしく、嵐のように現れ、嵐を撒き起こし、そして最後まで周囲の状況など何一つ考えることなく、姿を消していったセイバー陣営がこの場から離れ、乱入してきたライダー陣営も姿を消した様子だった。
無数の殺気と死の恐怖に覆われていたはずの世界は一転して静寂が生まれ、やがて、人払いの魔術が消滅したのか、少しずつ人の姿がまばらに見えるようになってきた。
人々は桜子たちの姿を見るたびに何かのイベントか、と口々に噂をしている。
「はぁ~~、寿命をすり減らした気分だよ。本当にこのまま最後まで戦闘を継続するんじゃないかと思った」
「呵呵、奴らからすればそれでもよかったのかもしれんが、今日の所はあくまでも敵情視察というところか。得るものはあったと言うことだろう」
「だろうな、自身のサーヴァント一騎に対して五陣営を相手に優位が取れたと言う事実、自分たちの手の内を晒すことになったとしてもなお惜しくはない収穫を得たはずだ」
聖杯戦争の序盤からここまで大々的に各陣営がぶつかるような出来事が起こるなど、誰も考えてはいなかったはずだ。
今宵とてライダーと彦斎の乱入は完全な想定外であり、もはやこの場の三人のマスターをして、次に何が起こるのかを想像していることができる状況ではないことが分かり始めてきていた。
「そういう意味では、桜子と手を結べていることはこちらとしては嬉しい限りかな。背中を狙われる陣営が少しでも少ないに越したことはない。ていうか、ボクはそういう役割じゃ本来ないんだけどな」
「巻き込まれはセレスさんの役回りですので」
「そういうこと言うんじゃないよ!?」
セレスとノルンは戦闘が終わって早速、いつもの空気へと戻ったが、この場でもまだ完全に解決していない出来事が当然にある。
「蓮司君」
「七星さん、一つだけ聞かせてほしい。七星さんはこれからも聖杯戦争のマスターとして戦いつづけるんだよね?」
「……うん。この力で何が出来るのかもわからない。だけど、この街を脅かす奴がいるのなら戦いたいし、あたしがどうしてこんな力を持っているのかも知らなくちゃいけないと思うから。それに、ロイたちに借りを返さなくちゃいけないし!」
「そこまで言われると、どんな説得をしても無駄だよね。うん、分かった。なら、僕も明日からはキミを聖杯戦争の相手として見る。いずれ決着をつけるべき時は、君とも戦うことを心に決めた」
七星桜子の人となりを理解し、そして自分と向き合う彼女の言葉を耳にして蓮司は向き合うことこそが彼女にとっての最も正しい対応の仕方であることを理解した。
「ただ………戦うとすれば夜にしよう。互いに学校でもめ事は起こしたくないし」
「………、ぷっ、確かにそりゃそうだね!」
緊張感を滲ませながらだった状況の中でほんの少しだけ笑みがこぼれた。聖杯戦争の相手同士であったとしても、自分たちが同じ学園のクラスメイトであることに変わりはない。
その2つの在り方は両立するものなんだと理解できたから、確かな安心感を以て、いずれ来るかもしれない戦いの時を迎えることができる。
「ふむ、収まる所に収まったと言う所か。何にしてもマスターにいつまでも、悩まれていては進む話も進まない。我々にしても意味はあったと言う所だろうな、ランサーよ」
「そうですね、昨日といい感謝しますよ、アーチャー」
「私は私にとって利になることをしたまでだ。私はセイバーのようにただの武人であるわけではないからな」
いずれ、激突する時にはその感謝ですらも薪にくべて戦わなければならなくなる。
その時が来ることを予感しながら、されど、それが悲劇的な展開になることはないのではないか、そんな風に思いながら、蓮司と桜子はこの場から離れる。
六つの陣営が入り乱れた聖杯戦争2日目の戦いは―――こうして幕を閉じた。
そして、ここからは、その後の話しとその裏側の話しである。