喧噪の予感
――秋津市東側・住宅街・七星家――
時間の流れの正確な所はわからないけれど、気付けば朝になっていた。
自分で覚えているのは、ランサー、マルテルさんと刀を打ちこむ訓練をし始めてから何度か打ち込んだ辺りの所まで。
その後は無我夢中で刀を打ちこみ続けながら、何度も何度もマルテルさんに刀を破られて、そのたびに自分にとっての悪い所、治すべきところを治しつづけながら、何度も何度も打ち込み続けて……そして、気が付いてみれば、すっかり小鳥がさえずる朝がやってきていた。
「おはようございます、桜子」
「あ、マルテルさん。あれ、あたし、どうして自分の部屋に……?」
「道場で体力を使い果たしたのか、そのまま眠ってしまいましたので、私が運んでおきました。私の聖槍を使ったあの世界は精神世界の一環ですから、桜子の精神に作用することはあっても肉体に時間的変化を及ぼすことはありません」
「えっと、つまり、どういうこと?」
「私とあの世界に入ってからすぐに桜子は眠りにつき、今この時まで眠っていた。こちらではそのように見えていたと言う所です。ですので、私と鍛錬をしていたことは内密に。これからもまだ鍛錬は続けていくつもりでしょう?」
「うん、ありがとう、マルテルさん」
寝ぼけ眼ながら、マルテルさんの言葉を何となくで理解していく。要するにマルテルさんとあの槍の中の世界で行われた鍛錬の間に、ほとんど外では時間が動いていなかったと言うことなんだと思う。
だから、修行をしていた時間から僅かに時間が経過していたけれど、あたしはほとんど道場ですぐに眠ってしまって、この部屋に運ばれてきたという結果だけが残っている。そんなところだろうか。
流れとしては理解できたけれど、あたし自身はあの無我夢中の戦いの中で成長することが出来たのだろうか。なんだかマルテルさんに何度も何度も叩きのめされているだけで、まったく成長をしている様子が見えなかったように思えるんだけど……。
「大丈夫ですよ、貴女も成長しています、桜子」
「そう、なのかな?」
「貴方に足りないのはまずもって経験です。あなた自身は剣術をこの家で学ぶことで、ある程度の型は出来上がっています。昨日、ロイ・エーデルフェルトを相手にあれほどのの立ち回りをすることが出来たのもそれが理由でしょう。ですから、その型を貴方の中で定着させることを最優先としました」
「それでとりあえず打ち込んで来いって言った訳だね」
「ええ。戦場とは混乱の連続です。常に最適解を弾きださなければならないが、そう簡単に身体は反応しない。昨日の訓練も同じです。貴女は何度も何度も私に技を破られる中で、途中からは私に技を破られないには何を使えばいいのかを自然と考えていたはずです。それこそが戦いの中で最も重要となるのです」
記憶はあいまいだけど、マルテルさんから見て、そんな風に感じられたのなら、少しはその通りに戦う事が出来ていたんだとは思う。
だから、不安な気持ちはあるけれども、まずは今日という日のために踏み出そう。そして、まずはいつも通りに生活をして、学校で蓮司君と情報を交換して―――――
「あ………」
「桜子、どうしましたか?」
「……今日、土曜日だ」
聖杯戦争に巻き込まれてすっかり忘れていたけれど、今日は休日。学園は明後日までないし、本来だったら、もっと遅くまでぐっすりと眠っている。
そっか、あたしのいつもの習性をお父さんは覚えているから、あえてあたしを起こしに来なかったのか。よくよく見ると学園に行かなければいけない時間で考えれば、今はもう起きていなくちゃいけない時間だった。
・・・
「今日は雪でも降るかもな」
「どういう意味よ、それ」
「お前がこんな休日に朝早くから起きて来るなんて、驚いたなって話しだよ。それくらい理解できないのかよ」
「理解しているッつーの! その上で、どういう意味だって言ってるのよ! いいじゃん、早起き! 三文の得だって昔の人も言ってるでしょ!」
「そうか。じゃあ、これからは毎日早起きできるな」
「無理かなー♪」
朝ごはんの時間、マルテルさんとお父さんと三人で顔を合わせて食事をするのも2日目になった。昨日の夜は散々お説教をしたお父さんだったけれど、今日の朝は何もなかった。
きっと、昨夜のことだって少なからず気づいているはずだと思うけれど、敢えて口に出そうとはしない様子だった。その何事にも触れないと言う様子が逆に空回って、あたしもついいつも以上にオーバーな反応をしてしまっている。
ただ、そんな態度がいつまでも続くわけもなくて、あえてお父さんにこっちから疑問をぶつけてみることにした。
「ねぇ、お父さん。魔術について何か知っていることはない?」
「聖杯戦争の事なら知らないと言っただろう。そもそも、こんなすたびれた街道場のどこに魔術と縁があるって言うんだ」
「あたし、昨日、自分の剣術を魔術として使う事が出来たんだ」
「――――ああ、それは昨日は言っていたな」
一瞬、お父さんは何か考え込むような素振りを見せるけれど、すぐに反応を返した。
「本当はここで教えている剣術って魔術とかかわりがあるんじゃないの。なんだか、ロイもそんなことを言っていたように思えるし」
ロイ・エーデルフェルト、あたしが戦った魔術師、とっても強くて、とてもまっすぐな相手だった。ある程度舐められていたことは認めるけれど、決してあたしや蓮司くんのことを卑下するようなことはしなかった。あたしたちが戦えることを認め、その上で自分が上回る。そういう気持ちで向かい合ってきた相手だった。
ロイがあたしに対して戦いを挑んできたのは七星であるからだと言っていた。だから、もしかしたら、あたしが知らないだけで、七星は魔術師として存在した家なんじゃないだろうか。そんな思いがあってお父さんに問いを投げたわけだけど……
「桜子、そもそも、俺はこの七星に婿入りしてきた身だ。桜なら何かを知っていたかもしれないが、俺はさっぱりだ。魔術なんてもんにこれまで触れてきたこともないからな。だから、お前の言う通り昔はあったかもしれない。だが、今はない」
「本当に?」
「お前も大概しつこいな。魔術が使えるようになったのはいいことだが、それでお前の力が劇的に上がったわけじゃない。お前なんて桜に比べればまだまだだ」
「ですが、筋はいいと考えます。桜子と何度か、刃を合せましたが、ええ、実に良い太刀筋です。指導者が良かったのでしょう」
「ふっ、まぁな」
「マルテルさんには、普通に対応するの、ズルくない?」
コホンとお父さんは咳払いをする。え、なに、まさか、マルテルさんに鼻の下伸ばしているとかじゃないよね? さすがにちょっとそれはないと思いたいんだけど。
「ともかく、俺は知らん。桜子、お前の境遇でいろいろ考えちまうのは分かるが、それで何かが解決するとも限らない。下手に色々と首を突っ込んだ結果、悪い方向に進むことだってあるんだ」
「わかっているよ。でも、決めたんだ。あたしは、あたしの力であたしなりにこの街を守るんだって」
「……そうか」
それを言ってから、お父さんはそれ以上、あたしに何か言うつもりは無くなったのか。食事を終えて、食器を手に、キッチンの方へと向かってしまった。
以前から別に親子仲が円満ってわけじゃなかったけれど、なんだかこの聖杯戦争が始まってからはちょっとすれ違っているように思うな。
お父さんの気持ちだってわからないわけじゃない。娘が危険なことをしていたら、それを止めるのが親だろうって考えていることも十分に分かる。
ただ、それをしている私としては、やりたいようにやらせてほしいという気持ちもあるワケで………、
「あれ、着信?」
お父さんとの会話がひと段落したところで自分の携帯に着信が来ていることに気づき、画面を見れば、昨日登録したセレスさんからの連絡であることが分かった。
間違いなく聖杯戦争に関わる話だろうと思って、思わず息を呑む。休日だからって聖杯戦争のことをすべて忘れることができるわけじゃないのは分かっていたけれど、やっぱりこうなっちゃうのか……と、ある種、諦めと高揚感にも似た気持ちのままに電話に出る。
「桜子です」
『おはようございます、ミス・サクラコ。突然ですが、ショッピングに行こうと、セレスさんからの提案です』
「――――は?」
『ちょっと、ノルン、何勝手に変な言い方を、ああもう、貸して!』
な、何をするんですか~などと電話越しに騒がしい声が聞こえる。電話の奪い合いでもしているのだろうか、なんだか、さっきまで決めていた覚悟の柱が一気に瓦解してしまったように思えた。なんだろう、すっごく拍子抜けというかなんというか。
『ああっ、ごめん、サクラコ。ノルンがどうしてもボクの携帯を使いたいって騒ぎ出して』
「そ、そうだったんですね。ちょっと、びっくりしました」
『今、時間は大丈夫? さすがにいたずら目的で電話を掛けたわけじゃないから』
「はい。今日は休日ですから、時間は特には。もしかして、ショッピング、ですか?」
『ううん、そうと言えばそうだし、そうじゃないといえばそうじゃない。いや、ボクが秋津の街を調査するうえでも現地の人の意見を聞いておくのは大事かなと思うんだ。いつもだったら、どうしても夜に近い時間になってしまうけれど、日本の学生は土日は休みだったはずと思ってね』
なるほど、街の中を回るからショッピング、ううん、正しいのだろうか。あたしの友達たちはよく街中を歩いてウインドウショッピングなんてするけれど、あたしはあんまりそういうのしないからな。どっちかっていうと、欲しいものがあったらそれだけ買いに行くってタイプだし。
セレスさんの言いたいことは分かった。あたしとしても休日であれば大きく時間を取れるのは間違いないことだし、セレスさんの調査に協力するために同盟を結んだ以上、嫌という気持ちはない。しっかりとその役目を果たすためにも協力しよう。
ただ、あたしだけじゃやっぱり限界がある。もしも、あの動画事件が聖杯戦争に関係しているのだとすれば、素人同然のあたしだけじゃやっぱり不安がある。
どうしようと思い、考えを巡らした時に、一つ気付いたことがあった。
「そうだ、セレスさん、蓮司君も呼びましょう!」
『アーチャーのマスターを!? それ、大丈夫なの?』
「大丈夫です、蓮司君とは夜は聖杯戦争で戦うことを互いに了解しましたけれど、まだ人が多くいる昼間の間は戦うことはしないようにしようと言いましたから。あたし、蓮司君に連絡します! 連絡繋がったらまたセレスさんにかけますね!」
『あ、ちょっと、サクラコ――――』
ぷつんと通話が切れる。セレスさんも驚いたような様子だったけれど、蓮司君の協力を得ることが出来れば、この土地の魔術師としての意見を聞くことだってできるハズ。それは絶対に必要なことのはずだから、何とか頼み込んで了解を得ようと思う。
「………私は反対です、マスター」
「あれれ!?」
セレスさんとの通話を終えて、さて、今度は蓮司君にと思った矢先にマルテルさんへと視線を向けると、ムッとした表情で何を勝手に決めているのかとばかりの反応を浮かべられてしまった。
「マスター、貴女は軽率すぎます。セレスティーナ・アルブレヒトが我々に好意的であることは疑いのない事実であること自体に、私も異を唱えるつもりはありません。しかし、アーチャーと遠坂蓮司については別です」
「でも、蓮司君は騙し討ちとか約束を破るようなことをする人じゃないよ!」
「私よりも彼と接している時間が長い貴方が言うのならばそうなのかもしれません。ですが、それはマスター同士の話しです。
桜子、貴女が考えている以上に聖杯戦争とはマスターとサーヴァント同士の関係性がモノを言う。中にはサーヴァントの言いなりにならざるを得ないマスターとて存在するでしょう」
「令呪の縛りがあるのに?」
「ええ、英霊とて一筋縄ではいかない者たちもいるでしょう。あの人斬り共やライダーのように、自分自身を第一に考える者たちからすれば、マスターとは自分たちを縛るだけの枷でしかないでしょう。自分たちの思い通りに行くように上手く誘導することも辞さないでしょう」
「それって、あのアーチャーが蓮司君が私と敵対するように仕向けるって事……?」
「その可能性も考えておくべきだと言うことです。実際、昨日の戦いでもアーチャーはマスターを扇動する役目を担っていました。私にはサーヴァントがマスターに教え導いている、そんな風にも取れましたから」
そう、なのかな。あたしはあの時無我夢中で蓮司君が来てくれたことだけが嬉しくて、そこまで考えてもいなかったけれど、マルテルさんからしてみれば、そんな風に見えたってことなんだろうか。
「……とはいえ、疑っているだけでは始まりません。彼の言葉が嘘であるかどうかを探るにはちょうど良いと捉える事も出来ます。アサシンたちに事情を伝えた上で、安易に心を許さずに、警戒を常に続けること。その上であれば接触もやむなしと考えましょう」
「マルテルさん……、いいんですか!」
「貴女に道理を解いてもそう簡単に曲げないことはよく理解しています。であれば、別の側面から方向性を見出そうとしただけです。聖杯戦争のサーヴァントは既に私を含めて6体確認することが出来ました。もしも、猟奇事件の犯人がサーヴァントであると言うのならばまだ見ぬ陣営、キャスターかバーサーカーであることは間違いないでしょう。それを早々に突きとめるためにも、アーチャー側からの情報を引き出す、そのためです」
マルテルさんは色々と事情を口にするけれど、結局のところはあたしのやりたいことに協力してくれる姿勢を見せてくれたってことでいいんだと思う。
あたしは自分でもわかるくらいに表情はパッと輝かせてマルテルさんに笑みを浮かべる。
善は急げ、あたしはすぐさま、蓮司君に連絡を入れた。
――秋津市東側・住宅街エリア・遠坂邸――
「え、父様、どういうことですか」
「言った通りだよ。蓮司、今日一日、アーチャーは私と行動する。そんなに不思議がることかな? アーチャーの本来のマスターは私だ。あくまでも名代で行動をしているお前が驚くほどの事ではないだろう」
「それはそうですけれど、理由くらいは聞かせてもらっても良いでしょうか?」
聖杯戦争3日目の朝、その日、遠坂蓮司は朝から父、煉の魔術工房に呼び出されていた。昨日は煉の帰りが遅かったこともあり、碌に会話をすることもできなかった。そのために桜子についての事も有耶無耶になっていたため、蓮司はそのことを呼び出されて、言われるのではないかと思っていたのだ。
少し心が後ろ向きになっていたからか、煉の言葉に対してもどこかびくついたような反応を浮かべてしまったのも心が気後れしてしまっていたからかもしれない。
「ここ最近のお前を見ていると、どうにも精神的に疲労を見せているように見えてね。私としても少し反省しているのだ。魔術師としてまだ一人前とは言えない状態のお前に対して、酷なことをさせてしまったかもしれないと思ってね。今日一日は聖杯戦争のことを忘れて自由に過ごしてもらおうと思ったのだ」
「勿論、私の兵士たちを護衛で置いておくことにはするよ。君がマスターであることは昨日の戦闘も確認されてしまっているからね。どこで手を出されるかもわからない」
「……ありがとうございます。ですが、僕はちゃんと戦えて――――」
「蓮司、いいね?」
「……はい」
煉の言葉には有無を言わせないと言う意志が存在し、それをはっきりと理解した蓮司は首を縦に振るしかなかった。
あくまでもアーチャーのマスターは煉であり、遠坂の当主は煉なのだ。どれだけ蓮司が自分なりの戦い方を考えていたとしても、それが煉と合致しないのであれば、蓮司の意見が通らないのは当然のことではあるのだから。
「そう、自分のコトを卑下する必要もない。アーチャーから聞いている。昨日はエーデルフェルトの魔術師と魔術戦を行ったそうじゃないか。どうだった?」
「まだまだ未熟だと思いました。魔術の使い方、戦闘への組み立て方、全部負けていたように思います」
「それが理解できているだけでも成長だ。失敗を糧に成長する度量があるのならばお前は必ず後に成功する。焦ることはない、着実に一歩ずつ進んでいきなさい。お前は遠坂の後継者なのだから」
「………はい」
煉の言葉に力なく返事を返した。やるせない気持ちは確かにあるが、その言葉に少しだけ救われたようにも思えた。
桜子の前では虚勢を張れる自分でいたいし、アーチャーからすれば子供だましもいい所なのはわかっているからこそ、煉という身近な存在であり、憧れの人物からのよくやったという言葉は少なからず蓮司にとって報われる言葉であったと言えよう。
「では、父様……僕は部屋に戻っています」
「ああ、今日は一日ゆっくり休みたまえ」
一礼をしてから、魔術工房を出て、自分の部屋へと向かう。思う所はいくつもあるけれど、その想いをぶつけたところで、結局は何かが変わるわけでもない。
この遠坂の家の中では煉という当主こそが正しい、それは蓮司が改めて問いただすことなく間違いのないことであるのだから。
(僕は、七星さんとのことを自分ではっきりと決断した。でも、それはただ、僕ガ自分で凄いことをしたと思っているだけなんだろうか。父さんを前にして、胸を張って言う事も出来ない程度の……)
「うわぁっ!」
胸に浮かぶ疑問にもやもやとした想いが浮かんできた折に、自分の携帯に着信が鳴ったことに気付いた。普段から友人の連絡なんてほとんどないから、思わずビクリと反応してしまい、一体、何が起こったのかと着信画面を見れば、
「七星さん……?ど、どうして……?」
今しがた思い浮かべていた相手から連絡が来たことに妙な熱が身体の中で浮かんでしまう。まるで連絡をしてほしいと思っていたから連絡が来たかのような気分に陥るけれど、さすがにそんなことはないだろうと思い、いや、そもそも、まずは連絡に出ることが先決だろうと急いで通話ボタンを押して、ともうさっきまでの悩みなんてどこかに飛んで行ってしまうかのように焦りながら反応を返した。
・・・
「ふむ、蓮司君に事実を事実のまま伝えるべきだったのではないですかな。あれではしこりが残るだろうに」
「実際のことを告げれば蓮司は自分も力になりたいと主張してきただろう。蓮司の気持ちは理解できるし、嬉しいが、聖杯戦争の中でそれが必ずしも正の方向に向かうとは限らない。特に今日の相手はね、直に見てきた貴方ならば、余計に理解できましょう」
「ふむ……、ライダー、神を名乗ったあの西洋人か」
蓮司が魔術工房から離れ、アーチャーと工房の中で二人きりになった煉は3日目となる今日の目論みを明かす。アーチャーよりもたらされた情報、そして昨日の秘密会談で得た情報を手に、いよいよ攻勢に打って出る時が来たことを理解したのだ。
「神祇省側と勢至姆組は既に抑えた。明日、約束通りにキャスターが籠っている唯一神理教に攻撃を仕掛けるわけだが、不安要素が一つ残っているとすれば、現在、唯一神理教に対して潜入をしていると言うライダー陣営だ」
一宮梓沙は、ライダーのマスター、九重円華を使って唯一を暗殺するつもりでいると口にしたが、煉は別の方向からその事態を懸念していた。すなわち、ライダー陣営が土壇場で裏切り、キャスター陣営に与する可能性だ。
「ふむ。こればかりはこちらの連携ミスを悔いるべきだな。マスターが掴んできた情報を知っていれば、あそこまで大手を振ってライダーに手を出す必要もなく、適当に泳がせておくべきだったか」
「過ぎてしまったことを悔いても仕方がないだろう。問題は、キャスターを襲撃するのが我々アーチャーの陣営であり、ライダーにとって我々が最も警戒しなければならない相手であると言うことだ」
ライダーが何処までキャスターを倒すことに対して本気でいるのかは定かではないが、キャスターを倒す事よりもアーチャーを倒すことを優先するべきであるという判断を下した場合、明日の戦況は大きく予想から外れていく可能性が高い。
「現在、ライダーはマスターと離れて行動をしている。理想は今日中にライダーを倒し、後顧の憂いを断つこと。あるいは、ライダーをこちら側に取り込むことのどちらかだ。明日が決戦である以上、今日中にどちらかの結論を下さなければならない」
「そして、その結論を下すのは蓮司君には荷が重く、蓮司君ではライダーとは相性が悪いと考えたからだと。反論の余地はないがね。蓮司君は少し魔術師としては人に依りすぎている。それを長所であると私は捉えるが、聖杯戦争に置いてはそうともいえないだろう」
少しの油断が命取りになりかねない状況の中では、弱みを見せるべきではない。
「理解してもらえたかな、我がサーヴァント」
「ああ、今宵も油断せずに行こう、マスター」
明日、迎えるべき決戦に、一つの瑕疵も生み出さないために、憂いを断つための戦いが始まる。