――秋津市西側・繁華街――
「おらぁ、テメェ舐めてんじゃねぇぞ!! 一体何度、上納金の期日見逃してやりゃ、テメェの小汚いこの店は景気が良くなるんだ、あァッ!?」
「ひ、ひぃぃ……、ご、ごめんなさい。必ず、必ず支払いますから。どうしても最近、この街も物騒で、なかなか客が寄り付かなくって……」
「んなもん、テメェの企業経営努力がなっていないだけだろうが!! 泣けば客が来るのか、来ないだろうが!! 俺達だって同じだ、期限が来たから、テメェのツラぁ、拝みに来てんだろ!! ガキじゃねぇんだ、それくらい分かるよなぁ?」
苛烈に、どこまでも苛烈に、組に舐めた態度を取る輩に対して制裁めいた言葉をぶつける。時にはゆすり、時には恐喝紛いに脅しつけて、時には実際の暴力を奮って、何でもいい。こいつらが俺達の傘下に入り、甘い汁を吸うことを約束されている限り、こいつらは俺達に対して逆らうなどということは許されない。
どこまでも徹底的に追い込み、徹底的に絞り尽くすだけだ。こいつらが差しだしてきた金が俺達を生かすための力へと変わっていく。この繁華街という一つの世界の中で、食物連鎖の下位にいるモノが上位の存在に喰われるなど当たり前すぎて今更、何かを考える必要すらない。
そう、どこまでもいつもの光景だ。若頭として、求心力を失い始めている組織の面子をギリギリで保つためには、暴力によって従えていくしかない。
所詮は時代遅れの暴力団、正論を振りかざし、公的な権力を盾にされてしまえば、どこかで引き下がるしかなくなる。組の幹部級が逮捕でもされてしまった日には求心力は一気に落ちていくだろう。
俺達にとって、時代は逆風でしかない。真っ当に俺達が仁義を貫いたところでそれをどれだけの人間が評価してくれる。極道の世界の中ですらも、鼻で笑う者たちがいる始末。仁義では飯が食えない、結局のところは従わせるだけの力を示さないといけないのだと。
俺もそれには賛成だ、結局のところは力が全てモノを言う。どれだけ正論を吐いて、俺達を侮蔑するやつであろうとも、一発顔面を殴りつけて、顔を地面に叩き付けてやれば手のひらを返す。自分が害されるかもしれないと言う可能性を受け取った瞬間に人間は防衛へと入る。
それを翻せるのはそういう世界の中で生きて来た者たちだけだ。この日本の中でそんな者がどれ程いるのか。奉にはよく分かっている。魔術師であろうと、今のこの国では本気の殺し合いなど何度経験してきたことがあるのか。
だから、結局のところは殴るのが一番早い。殴って従わせれば最も手っ取り早く事態を収束させることができるのだから。
上納金も街の支配者も、そして聖杯戦争も変わらない。総ては結局の所、強いものが勝つのだ。相手を殴り飛ばし、向かってくる相手を容赦なく叩き潰すことができる人間こそが、最も強いと証明されるのだ。それが戦争だろう。
「だってのに、オヤジは……何が仁義だ」
「は、はへぇ……?」
「テメェはやることがわかってんだろうが!! テメェの代わりなんざいくらでもいるんだぞ!!」
吼える怒声に、先ほどまで散々っぱら奉に痛めつけられていた男は蜘蛛の子を散らすように自分の店舗へと戻っていく。次に目の前の現れるときにはもう少しはマシな話しを持ってくることだろう。持ってこなければ自分がどうなるのかくらいは理解できる頭が無ければ経営者などとてもではないが、できない。
「くそッ……!」
目的を果たすための行動であったにもかかわらず、奉の胸には全く達成感のようなものが浮かび上がってこない。苦々しく好転しない状況への苛立ちだけが胸に湧き上がってくる。
「今日は随分と苛立っていますね。やはり組長との口論が原因ですか」
「……櫻一郎か」
「今頃、組は大騒ぎですよ。若頭と組長が目の前であれだけの大喧嘩をしたんだ。貴方が破門されるんじゃないかという噂まで出ている」
「ハッ、笑えねぇな。オヤジならそれくらいはやりかねない」
「どうするつもりですか……?」
どうするつもりなのか等と聞かれたところで明確な答えが出てくるはずもない。奉と典嗣の考え方はこれから先も平行線を辿っていくばかりだろう。どちらが正しく、どちらが間違っているという話ではないのだ。何を大切にするのか、という話である以上、どちらかが折れるしかないが、奉は一切折れるつもりはない。
「あれはオヤジの警告だ。だが、すぐに動くわけでもねぇさ。お前が言う通り、俺に手を出せば、組が一気に揺れ動く。この聖杯戦争の最中に弱みを見せれば、遠坂やカルト宗教に喰われかねない。オヤジならそこらへんのことはわかっているさ」
「………」
「俺達は俺達のやるべきことをする。バーサーカーが完全に育ちきれば、一日でこの街に潜んでいる魔術師共を全員皆殺しにしてやる。そうすれば、オヤジだって誰が正しかったのかを嫌でも痛感するはずだ」
そうだ、すべては力で示してやればいい。圧倒的な力が示された時、人間は己の正義よりもその圧倒的な力を信奉するしかなくなる。如何に典嗣が過去から学んできた処世術を以て奉を説得したところで、バーサーカーの圧倒的な力で全てを支配してしまいさえすれば、そこに反論をするほどの余地はなくなるはずだ。
「今日は何処だった?」
「南エリアです」
「手筈通りに進める。若い連中を使う事が出来ないのは痛手と言えば痛手かもしれないが、構うことはねぇよ。もうこの街は恐怖によって覆い尽くされようとしているんだからな」
もはや自分たちが意図的に手を下さなければならない状況は過ぎ始めてきていることを理解してはいた。それでも、とこれまでは欲を出し続けてきたわけだが、それもいい加減に終わりにしてもいい頃合ではないだろうか。
「櫻一郎、そろそろお前の出番も近いかもしれない」
「何なりとお申し付けください。この命は貴方のために使うと決めたのですから」
忠臣の言葉に奉は笑みを深める。言葉で理解できないのであれば実績を以て黙らせるとしよう。
(待っていてくれよ、オヤジ。どっちが正しいのか、ちゃんと教えてやるからよ……)
――秋津市中央・駅前喫茶店・オープンスペース――
「秋津市で行われている猟奇事件、ほとんど1日おき、中には1日の中で何度か行われている事件だけど、驚くほどに目撃情報が少ない。これはボクの推測にすぎないけれど、おそらくサーヴァントのスキルかなにかが影響しているんじゃないかと思っている」
駅前繁華街のオープンスペース、テーブルに広げられた地図とにらめっこしながら、あたしたちは例の動画事件、ひいては他陣営の手掛かりになることが無いかの話し合いを行っていた。
先ほどまでは、ショッピングに興じていたけれど、あたしたちが今日集まった理由は当然の如く、聖杯戦争に関連してのこと。充分に遊んだのだから、ここからは頭を使う番だとセレスさんに半ば引っ張られる形で、議論は始まりを迎えた。
「この駅前の中で幾つかの記憶を覗きこんでみたけれど、やっぱり人通りがあまりにも多すぎて明確な証拠を掴みきることができない」
「セレスさんの魔術はやはり人通りが少ないような場所であれば効果がありますが、人が多い場所では効果が薄いのですね」
「まぁ、本来であれば人目につかないような場所の記憶を見て、監視カメラの役割を果たすための魔術だからね。そこまで万能って訳でもないさ」
「蓮司君は何か知っていることはある?」
ここまで黙って話しを聞き、何かを考えている素振りを見せていた蓮司君へとあたしは話を振る。セレスさんとしても蓮司君を此処に呼んだ理由は頭打ちになり始めてきている動画事件に新しい切りこみ口を見つける為であると思われる。
「……僕たち、遠坂の家でもこの動画の事件は当然に話題になっていました。けれど、取り立てて、遠坂の家として対処をすることはしませんでした。これはおそらく、表立った魔術師としての事件ではないからだと思います。魔術の問題に正式な依頼が来れば、土地の管理者として遠坂は動かざるをえません」
「それって魔術師が関わっている事件じゃないって事…?」
「断言はできないな。聖杯戦争絡みで、あまり表沙汰にしたくはないからあえて遠坂として動いていないだけかもしれないし……」
蓮司君も決して情報を与えるつもりがないと言う素振りではない。
むしろ、情報を出すこと自体には嫌はないけれど、蓮司君自身も全てを分かっているわけではないと言う様子だった。
考えてみれば当たり前の事か、蓮司君だって遠坂家っていう一つの場所の中では一番偉いわけじゃない。蓮司君のお父さんや他の一族の人の考えとかがあるから、全部が全部知っているわけじゃないもんね。
(あたしの家だって何か隠されているんじゃないかと思うことはあるワケだし、なかなかうまくは行かないか……)
「魔術師絡みの事件じゃないってところは間違ってはいないかもしれないよ。何せ、今回の動画事件は聖杯戦争絡みとして考えても不自然なんだ。秘匿が求められる魔術師の活動にしては明らかに人の目に触れることを前提に行っている。
まるで愉快犯が自分の行動を他人に見てくださいと言わんばかりにね」
「例えば、ですけど、魔術師がマスターじゃないって展開は考えられませんか? あたしみたいに純正な魔術師じゃない人間がマスターになっていて、自分の力を見せつけるために動画をあげているとか」
「でも、そうだとしたら、こんな迂遠な方法を取るかな? 聖杯戦争で自分の力を見せつけたいのならもっと楽に出来る方法はたくさんある。それこそ犠牲を全く考えないのなら、この街の人たちを正面切って傷つければいい。見せつけたいのか、隠したいのか、そこがわからない」
実際にはそこが一番の問題だった。動画を投稿している犯人は一体何を考えて、こんな行動をしているのか。理由が分かれば対策を打つこともできるわけだけど、それがまったくわからないとなると、次に何をすればいいのかも正直なところ分からなくなってしまう。
「これで、もしも、聖杯戦争に全く関係のない出来事で引き起こされている事件だとしたら、正直、困ったものなんですけどね……」
「そうだとしたら、ボクは探偵としての自分を恥じなければいけない展開さ」
考えても、なかなか答えは出てこない。目撃証言を得ることもできず、相手の正体も黒い靄が掛かっているような存在であるとしたら、どんな行動をしているのか、どんな動きをしているのかもわからない。
「………あれ、これってここだよな」
その時であった、蓮司君が何かに気付いたように、セレスさんが机に置いたタブレットに表示された動画の幾つかを確認していく。
じっくりと画面の中を注視していると言うよりも、動画の一場面をいくつか何度も何度も見返しているような様子であって、あれじゃない、これじゃないと独り言を先程からずっと呟いている。
「蓮司君……?」
「七星さん、確か、前に七星さんもこの事件のことを調べているって言っていたよね。例えばなんだけど、いつに、どこで事件が起こったかってわかる?」
「動画の中から、なんとなくでわかるシンボルから捜していただけだから、記録程度でなら」
「大丈夫、ちょっと見せてもらってもいいかな?」
話し合いをするために用意しておいた資料をテーブルの上に広げて、一つ一つの記録を取り出していく。すると蓮司君はすぐにその記録を地図の中へと落し込んでいく。
あれでもない、これでもないと言いつづけながら配置されていく、その丸印やバツ印を見ていくたびにそれが、全く何の脈絡もない印から、意味のある形へと変貌を始めていることに気付いた。
「これって……」
「なんとなく、動画の中に映りだされている見覚えのある建物や場所で同じようなものがいくつかあることに気付いたんだ。それで何度か動画を見返していると、それがある一定の周期で連続している様に思えたんだよ。七星さんも、動画で何となく、ここじゃないかって言う場所を探していたんじゃないかな?」
「うん、確かに、あくまでも雰囲気だけで捜していただけだけど……」
「ためしに落しこんでみようと思ったんだけれど、たぶん予感は当たっているんじゃないかな? この丸印、バツ印、△、そしてまた丸印にこれが動画の投稿された順番に三連続で並べた時の周期、そしてそれをこの地図の中に落し込んでいくと……」
「………まるで渦を描いているようですね」
ノルンちゃんが言うように、地図へと落し込まれていくそれは一定周期で回りながら描かれていく紋様のようだった。秋津市の西エリアから始まったそれは北エリアへと進んでいき、次に東エリア、南エリアへと進んでいき、再び西エリアへと戻っていく。
ただ、それが分かりづらいのは、一つの事件が引き起こされるたびに、その場所が変わっていくと言うことだった。例えば、1日に三件の事件が起こったとすれば、その三件すべてが東西南北すべて別の場所で行われていると言うことだ。
その1日に行われる回数は不定期、1件だけの時もあれば、3件、4件と行われている時もある。
その投稿も微妙に時間をズラされている時もあって、確実にそれと言えるわけじゃない。ただ、周囲の明るさや喧噪などからあくまでも予測の上で、自分たちに都合がいいように並び替えた状態として、この渦巻きを描くように配置されているのは決してあながち間違いではあるようには思えない。
「これは、一本取られたな。場所の法則性って言うのはさすがにボクも考えていたけれど、その配置を全て地図の中に落しこんでみた上で、投稿されている順番が意図的に変えられていると言うのにまでは理解が及んでいなかった。慢心だね、半ば周囲の記憶を読む動きになれすぎてしまっていた」
「しかし、それが確実な法則性の証明となるのか? 動画の投稿についても相手が単純に投稿する順番を間違えた結果、そのような法則を見出したに過ぎないかもしれない。下手な先入観を持って行動することが逆に、自分たちの認識を狭めてしまう事もあるぞ」
「いや、そうとも言えないんだよ。あくまでも動画の投稿時間だけならそう考えることもできる。でもね、七星さんがこれまでに記録してきていたこの捜査記録には、日々のニュースの中で、どの順番で誰が襲われたのかを記録してあるんだ。
襲撃した相手はあえて恐怖を助長させるために襲った相手を完全に隠ぺいするようなことはしなかった。どれだけ現場から証拠を隠滅したとしても、襲った相手だけは消し去ることが出来なかった」
「なるほど、それが動画以上に動かぬ証拠として存在しているというワケですか」
「おそらく、だけどね」
「蓮司君の記憶力も凄いけど、一番のお手柄はサクラコだね。サクラコがここまでめげずにずっと記録を取り続けていてくれなかったら、これに気付くことが出来なかった」
「あたしが……」
その言葉に胸の中にジーンとくるものがあって、同時に目頭が熱くなった。誰に言っても無駄なこと、お前には謎を明かすことができないと何度も何度も言われながらも、持ち前の負けん気と正義感だけで突っ走り続けてきたわけで、セレスさんのように何かをアテにしていたわけでもないけれど、自分で何かを見つけることが出来たわけではないけれど、よかった……本当によかった。今日までずっと探し続けて来てよかった。
「だから、これまでの動画の投稿から考えれば、前回が東エリアである以上、今日の襲撃地点はおそらく……」
「南エリアだね……!」
「今日、もしも、行動が起こされて二回目以降が実施されるのかはわからない。ただ、南エリアにおける行動であれば、おそらく間違いなく実行するんじゃないかと思うんだ!」
「この中央エリアから南エリアは距離として遠くありません。セレスさん……!」
「ああ、今日まで決定的な証拠を掴むことは出来なかったわけだからね、このチャンスを棒に振るつもりはこちらにもないよ」
勢いづいたあたしの言葉にセレスさんも同意の反応を受け取ってくれる。ありがたい。もしも、セレスさんが同意してくれなかったとしても、あたしだけで南エリアの異変が起こらないかどうかを探すつもりでいたから。
地図に視線を落せば決して南エリアの総てが想定される現場とはならない。南エリアは大規模な田園地帯が広がっていて、ほとんど人通りが夜には多いとは言えない。
基本的に秋津市の中で人通りが多いのは東と西で、北は唯一神理教絡み、南エリアは昔からそこに住み着いている人たちがほとんどであり、南エリアと言いながらも実際の所はこの駅前中央部から少し南に進んだところという可能性が高い。
ある意味で、あたしたちがいる場所は最も事件が引き起こされやすい場所から近いともいえるだろう。まるで神様があたしたちにこの事件を止めろと指示してくれている、そんな風にも思える状況だった。
「サクラコ、今日こそは尻尾を掴もう……!」
「……はい!」
尻尾を掴み、今日こそはあの猟奇事件の動画投稿、そして事件そのものを解決して見せる。それがサーヴァントの仕業であるとすれば、おそらく戦闘は免れないだろう。
「蓮司君は、どうする?」
そして、サーヴァントとの戦闘になる以上、今までのような散歩気分で蓮司君を連れていくわけにはいかない。アーチャーが蓮司君と別行動を取っているのかはわからないし、蓮司君も明かしてはくれないけれど、サーヴァント戦闘が起こると言うことになれば当然に命の危険が纏わりついてくる事態となる。
だからこその問いに、蓮司君はしばし考え込む仕草をしてから……
「僕も行くよ」
「大丈夫なの? 確実に命の保証が出来るなんて言えないよ?」
「十分に分かっている。でも、七星さんが事件を解決するために動くのに、僕だけが先に家に戻るなんてできないよ。少なくとも、今日は僕も七星さんに協力することができるから」
「蓮司君……ありがとう」
遠坂の魔術師として、あたしよりも遥かに魔術に詳しい蓮司君が参戦してくれるのなら、あたしたちの目的を達成できる可能性が高くなることは間違いない。
「もしも、サーヴァントであるとすれば、おそらく、まだボクたちが出会っていない七番目の陣営……」
「あるいは、あの人斬りたちでしょうね」
いずれにしても、現場を抑えることさえできればその謎を解決することができる。これまでにこの街を何度も何度も恐怖のどん底へと落してきた犯人と遂に対峙することができる瞬間が訪れるのだから。
(ごめんなさい、父様、僕は何も言わずに無茶をします。だけど、七星さんのやろうとしていることはこの街を守ることに繋がる。それを無碍に放っておくことはできません)
自由に過ごせと言われたことに対しても限度があることは蓮司も重々承知ではあるが、ここまで関わっておいて、何もかも忘れて家に戻ると言うことはできるほど、遠坂蓮司は世渡りが上手いわけではない。
秋津市を揺るがす大規模事件、土地の管理者である遠坂としてこの問題を解決するために尽力する。蓮司にとっても大義名分がないわけではない。
何よりも、これが本当にサーヴァントの仕業であると言うのならば、その情報を父に提供する。ランサーやアサシンの秘められた何かを知る機会になるかもしれない。決して全く打算が無いわけではない状態ではある。
それを心の中で自分に言い聞かせるようにして、蓮司も桜子たちと共に夜の街へと臨んでいくのであった。
――秋津市西側・繁華街・地下クラブ――
「……………ふん、そろそろ頃合か」
「あら、随分と神妙な顔をしているわね。いつも自信満々な貴方には珍しいじゃない」
「茶化すな、俺様はいつだって真剣だ」
「あらそう?円華ちゃんがいなくなってしまって寂しくなってしまったのかと思っていたわ」
「はっ、いつでも自分を楽しませてくれる道具がいないから退屈していたと言うことだけは認めてやる」
繁華街の地下クラブ、エルナン・コルテスによって支配された勢至姆組の管轄下に置かれていない半グレ集団とそれ以外の外からやって来た者たちが拠点としているそのアジトで、アジトの中に置かれていたワインを飲みほしたコルテスは静かに立ち上がった。
ワインを飲んだところで、サーヴァントが酔うと言うことは有り得ない。あくまでも自分を奮い立たせるため、そうした気分へと浸らせるために行った行為に過ぎない。
「それで、何をしにいくつもり?こっちの力は必要?」
「いいや、まだ不要だ。お前たちには俺様がちゃんとした晴れ舞台を用意してやる。最高の晴れ舞台だ。それを心待ちにしておけ。命を懸けて楽しませてやる」
「あら、怖い。でも、今日だって命がけなんじゃないの? そういう面持ちしているわよ?」
「ふっ、あんまり勘が良すぎると良いことが無いぞ」
地下クラブのマスターの役割をあてがわれている男はコルテスの表情がいつもの酷薄な笑みを浮かべている様子ではないことに気づき、彼が何らかの決意を持って動こうとしていることを察した。
しかし、決戦という空気ではない。彼は決して自己犠牲を良しとするタイプではない。自分の手駒たちを自分を生かすための道具にすることができると分かっているのならば、真っ先に部下を消耗するタイプだろう。
だからこそ、部下を使わずに自分だけで決戦に向かっていこうとするその態度は彼からすればどこか歪に見えたのだ。
「お前たちを働かせてやるための舞台を整えに行くだけだ。もっとも、俺様にとっても正念場ではある。整えることが出来なければ、無様に1人で消えていくことになるかもしれない」
「嫌よぉ、そんなの。あたしら、貴方だったら夢を見せてくれると信じて付いてきたんだから」
「そうだなぁ、もしも、そうなっちまったら、その時は愚かな男に夢を見た自分を呪え」
ここまで負ければ自分も所詮はその程度でしかなかった。そのように思う他ないとコルテスは自分の立場を理解している。
(円華はキャスターを動かしただろう。そして、アーチャー、奴は間違いなく俺様を狩ることができると考えている。戦場が生まれればそこに飛び込んでくるか。あるいは最初から俺様の居場所を特定するか……どちらにしても死地だな)
二つの陣営を相手にして無傷で勝てるなどとコルテスも考えていない。ましてやその片割れはあのアーチャー。生半可な戦いで終わることはないだろう。
しかし、戦いの終わり方次第では、自分にとって大きなチャンスが生まれるかもしれない。どちらに転ぶのかはまさしく、蓋を開けてみなければわからないが……
(これくらい乗り切ることが出来なければ、万能の願望機を手にすることなど出来んだろう)
聖杯戦争とは決して勝ちが決まった戦いではない。下手をすれば死を迎えるのは征服者として当たり前のことだ。だからこそ、この危険な賭けには存分の意味がある。
「戻ってきたら、その時にはお前たちに夢を見せてやる。期待しておけ」
「あら、期待しているわ」
いざ、死地へ。危機をチャンスへと変えるために、かつて数多の苦難を超えて一つの国を制覇した男は、今一度、あの時のように勝利か敗北か見えぬ世界の中へと飛び込んでいくのであった。