――秋津市中央部・陸橋――
秋津市には東西を割るように南北に向かって一本の鉄道が敷かれている。鉄道敷が設置されている以上、そのまま東西を跨いで移動するには踏切を超える他ないのだが、各所に配置されている踏切を超えて移動をするという者はほとんどいない。
大きく移動手段は三つ、一つは秋津の中央部の駅に存在する連絡通路を渡って、東から西へと移動する方法。
一つは、南側にある鉄道敷の下を通るアンダーを通過する方法、そしてもう一つは、鉄道敷の上をまたがるように設置された大きな陸橋を超える方法である。
通常、この陸橋は車しか通過しない。人間が歩いて通るには坂が険しすぎるし、北側にあるこの陸橋にまで足を踏み入れる者というのはほとんど存在しない。あくまでも移動手段として車を使う者たちが積極的に使う場所であると言えよう。
「ふん、大した繁栄もしていない街であると思っていたが、こうしてみれば、存外、夜景は綺麗だったと見える。まぁ、いずれは俺様が支配する街だ、それなりの格をもっていてもらわなければという思いはあるがな」
その陸橋に佇み、秋津の街の夜景を眺めるのは、ライダー、エルナン・コルテス。マスターも手勢も用意することなく、ただ1人でその場に佇む男は、不用心と言えばあまりにも不用心が過ぎるだろう。
しかし、彼は傲岸不遜な態度を構えつつも、誰よりも周囲の気配に敏感であった。何も自分から動き回る必要はない。今日ばかりはこの秋津における主役が誰であるかと問われれば、間違いなくそれは自分であるとはっきりと言える。
何故なら―――
「よぉ、捜したぞい。おまんがケガレに満ちた英霊もどきっちゅうことでええんじゃろ?」
悪意が来る。殺意が迸る。己を殺すと言うその意思を全く隠すことなく、この陸橋全体に発露する形でそれらは来た。
「なんだ、随分と数が少ないじゃねぇか。もっと大量に来ると思っていたぜ?」
「抜かせ、貴様ごとき乱痴気者にかかずっていられるほど、我らは暇ではない。この秋津の街は帝のおわせし都。であれば、その治安を守るは我らが役目。貴様1人に総てを費やすなど、本来の趣旨を大きく外れることになろう」
「へぇ、随分と大層な理想を持っているようだな。戦争に勝った後ではなく、今から支配者気取りとは、俺様が言うのもなんだが、随分と傲慢な態度でいられるんだな、お前たちは」
幕末における人斬りの中でももっとも有名な者たち、岡田以蔵と中村半次郎。召喚された帝の手足となる志士たちの中でも指折りの実力者である二人を前にしてもコルテスの態度は変わらない。
むしろ、物量で襲ってこなかっただけ遥かにマシだろう。大多数との戦闘を考慮して開けた場所を選んだつもりであったが、英霊風情とはよく言ったものである。キャスターの走狗二人程度が正規に召喚された己を食って掛かろうとしているのだから。
「おまん、状況わかっちょるんか? おまんがどこのどんな英霊じゃろうと人であることに変わりはないじゃろうに。じゃったら―――」
「違うな、俺様は――神だ!!」
その言葉が互いに交わされた瞬間、戦端は一気に開かれた。以蔵と半次郎の両者は共に刀を抜き、コルテスはどこから持ち出してきたのか、棍棒のようなものを握りしめ、それを己の武器であるとばかりに片手で振り回す。
「なんだ、それは。そのような貧相な獲物が貴様の武器なのか?」
「英霊もどきっちゅうんは本当じゃったか!!」
「はッ、笑わせるんじゃねぇよ。俺様が使うって言うだけで、こいつはただの武器じゃなくなるんだよ!!」
袈裟切りに振るわれた刀の軌道を読み切る形で、棍棒が叩き付けられる。その棍棒は特に何の変哲もない棍棒ではあるのだが、コルテスの宝具たる『翼ある者の帰還』の影響によって、振るわれた刃を真正面から受け止めるだけの力が付与されている。
「ちっ―――」
その様子を見て、以蔵と半次郎はすぐさまコルテスへの態度を改める。舐めた態度を取り、己を神などと告げる愚か者ではあるが、やはりこの男もサーヴァント、決して生半可に対応できる相手ではない。
幕末にその名を馳せた二振りの刃は、かつて京の都を恐怖へと震撼させたその実力そのままにコルテスへと続けざまに攻撃を放っていく。
その様子は決して、連携をしているようには見えない。以蔵も半次郎も自分が最適であると判断した場所と瞬間に攻撃を放っているだけに過ぎないが、それが自然と波長が合い、コルテスに対しての有効な攻撃として機能しているのは、同じ武器を振う、同じ時代に生きた剣士の性であろうか。
おそらく、生半可なサーヴァントであれば、この二人の連携だけであったとしても、早々に叩き潰されていることだろう。
しかし、忘れてはならない。ここにいるのは征服者―――コンキスタドールの頂点に君臨した者の1人、エルナン・コルテスであることを。
「ハッ、その程度か、所詮は人間の動きでしかねぇな!!」
振るわれる刃を前にして、棍棒を力任せに振り回し、刀が己に触れる軌道へと乗った瞬間に、棍棒を叩きつけて、その軌道を逸らす。それと同時に片腕で懐に忍ばせていた拳銃が握られ、コルテスへと接近した半次郎の眉間目掛けて銃弾が放たれる。
半次郎はコルテスの身体の動きから何かを隠していることを察したのか、咄嗟に刀を振りながらも体を動かし、頭の横を掠る形で銃弾は空の彼方へと消え去っていく。
しかし、コルテスとて完全にあたるなどとは思っていない。回避されたことを理解すると同時に、半次郎へと体当たりをかますと、衝撃によって無防備になった腕と足へと一発ずつ銃弾を撃ち、半次郎が苦痛にくぐもった声を上げる。
「貴様ァ―――」
「ふん、ただの銃弾如きでは自分の身を傷つけることができないとでも思っていたか? 最初に言ったはずだぞ、俺様が使う武器は総て、神たる俺様の力によって強化されるのだと」
数の上では確かに不利ではある。以蔵にしても半次郎にしても、コルテスがそこまで余裕を浮かべていられるのに訝しむ気持ちはあるだろうが、コルテス側からすれば、昨日の6陣営が入り乱れての戦いに比べればまだ生温い。
何せここには自分と敵しかいない。味方になるかもしれないし、敵対するかもしれないと言う不確定要素を含んでいる存在がいないだけで、後は自分以外の総てを滅すればいいと考えられるのだ。余計なことを考えなくてもいいのは実に良い。
「ところで、貴様ら、昨日ぶっ殺したあのクソガキと同じ陣営か? 戦い方からして、間違いはないと思っているがな」
「我らは総て帝の意志のままに」
「おまんら異国の民は全員切り捨てなきゃいかんぜよ。この地にケガレをもたらすおまんら総て滅ぼすのが帝の願いじゃ」
「ほう、しかし、俺様は何ら悪いコトはしていないつもりなんだがな?」
「とぼけるんじゃなか! おまんによって涙を流しちょるものがおるんじゃ!!」
なるほど、円華は随分と彼らを信用することに成功したらしいとコルテスは内心ほくそ笑む。円華のことをただの一信徒としてみなしていることも意味はあるし、同時にキャスター陣営の行動理念に最も意味があるのは、やはり異国人を討伐するという観念である。
彼らにとって異国人という存在は、正当性など関係なくただ存在するだけで侵略を行う存在であると言う風にみなしているのだろう。聖杯戦争など関係もない。
まったくもって度し難いほどの蛮族としての考え方に他ならない。コルテスからすれば、英霊面をしている彼ら志士も愚かなアステカの民らと何の変わりもない。
(いいや、むしろ、俺様を神と仰いでいただけ奴らの方が遥かに上等か。侵略者を敵としてみなすことそれ自体は頷けるが、奴らは俺様だからというわけではないだろう。単純に自分の中の思考が狂っている)
彼らに何度も何度も帝と呼ばれている存在こそがキャスターなのだろうか、己と同じく神のごとき存在として敬われている者がどのような存在であるのかは知れぬが、これほどの戦力を抱えておきながら、まったく役に立たせることができないとは白痴もいいところであろう。
最も、いつまでも余裕を浮かべていられるわけではない。コルテスにとっても予感そのものはある。この戦場は決してこのまま硬直したものではなく、
「これだけ騒がしく戦ってくれているとなれば、逆に探す手間が省けて楽だというものだ。なぁ、ライダーよ、そうは思わないか?」
声が早いかそれとも銃声が早かったか、コルテスと向かい合っている以蔵や半次郎のどちらに銃口を向けるのかなど関係ないとばかりに放たれた銃の乱射が、彼ら双方に新たな敵が現れたことを理解させた。キャスター陣営にとっては想定外の存在。しかし、コルテスにとってはある程度の想定をしていた相手だった。
「くっく、そりゃそうだ。俺様がお前たちの立場であったとしても、同じことをしただろうさ。自分の相性と照らし合わせて確実に倒すことができる相手がいるって言うのに、それを放逐しておく理由なんてないものなぁ、アーチャー」
「まぁ、そういうことだ。キャスターの手練れたちも襲撃を掛けていたのは嫌な符号ではあるが、聖杯戦争の流れとして倒すことができる相手から倒すのは当たり前のことだよ。一度逃げることが出来たとしても、この街にいる限り逃げおおせることは出来んさ」
「ま、そりゃそうか。何せ、お前さんのマスターはこの街の裏の領主も同然だろうからな。なぁ、そうだろう、アーチャーのマスターよぉ」
「おや、気付いていたのかね」
アーチャーの背後、魔術師らしい青い色の宝石をはめ込んだステッキを持ち、ロープを纏った遠坂煉は驚き1つ表情に見せることなく姿を現した。その不遜な様子にコルテスは笑みを零す。
「あんなクソガキを大層な聖杯戦争のマスターとして送り込むなんて半端なことをはしないだろ? 遊び半分なら話は別だが、おまえさんたちはそういうのじゃない。だから、違うと踏んだ。顔を見せてくれたのは嬉しい誤算だ」
無論、総てがコルテスの推測通りというワケではない。その裏にはパトロンである間桐の大旦那の影が見え隠れしているが、果たして遠坂煉という男がどこまでライダーの背後関係に気付いているだろうか。気付いているのならばそれでいいし、気付いていないのであれば徹底的に利用してやればいい。
どちらにしても、アーチャー陣営が到着した時点でこの戦場はライダーにとって無事に死地へと変わった。単純に闘っているだけであれば擦り切れるは必定。どのように突破するのかを考えなければならない。
「勝手に喋っとるんじゃなか!!」
「共に異国人。どちらも斬ることに変わらず」
しかし、コルテスとアーチャーの会話を、強制的に中断させるように以蔵と半次郎の刃が迫る。アーチャーの銃士隊がアーチャーの視線が動いただけで以蔵と半次郎へと狙いを定めて攻撃を開始するが、二人いると言う事実を以て、彼らはその矛先に若干の変更を行う。
すなわち、煉とアーチャー、双方を倒そうとするために二手に分かれ、アーチャーを抑えると同時に以蔵の刃が煉へと向く。
「疾―――ッ!!」
「まったく随分と飼いならされている。君たちの1人1人がどのような英霊であるかを知るつもりはないが、名乗りの一つでもしてみたらどうだね?」
「じゃかしいわッ! これからクビ斬られる相手の名前を知ったところで意味もなかとよ」
「それが魔術師であろうと戦士であろうと一定の流儀を保つと言うことであると思うのだがね。まぁいい。君の思想も理解できる。私としても、死に行くモノに一々名前を覚えてもらいたいと考えるほどロマンチストではない」
ステッキに嵌めこまれた宝石が光を放ち、そこから詠唱1つなく刃を振う以蔵の身体を包み込む形で炎が牙の如く襲い掛かる。勢いづいて飛び込んできた以蔵はその身を灼熱の炎に巻かれて、煉へと踏み込むための一歩にたたらを踏んでしまう。
「……っ、がぁぁ。面妖なことを!」
「私を気にしている場合かな? キミたちの本命を忘れてしまっているのではないかな?」
「あ―――――ごっ、がっ」
「俺様を相手にしているのに、他の奴に現を抜かしているんじゃねぇよ。悲しくなって来るじゃねぇか」
煉へと注意が向いている間に背後から、コルテスの銃弾が以蔵の腹部と太ももを射抜く。バランスを崩したところに再び、ステッキより放たれた炎熱の魔術が襲い掛かるも、単純な人間ではない以蔵は、全身の力と魔力そのものを総動員させて背後へと飛びのく。
治癒の魔力自体は発動しているが、それにしても以蔵も半次郎も正規のサーヴァントというワケではない。治癒力には当然に限界があるし、二体のサーヴァントが歩調を合わせればどのように状況が転がっていくかもわからない状況だった。
「助かった、と言っておくべきところかな。ライダーよ」
「別にお前を助けたかったわけじゃねぇが、感謝は受け取っておいてやるよ」
「何が目的だね?」
「話が早いな、オイ」
「灰色を残しておくことは自らの身を危ぶませるだけだ。敵を明確にしてでも白黒ははっきりと着けておいた方がいい」
アーチャーにとっても、ライダーにとっても、互いの存在は敵にも味方にもなりえる。信頼を置くことができない以上は常に気を配っていなければならない。
敵であると確定することは逆に、余計な手間を掛けさせることが無いだけに楽だという認識はライダーもアーチャーも煉も変わらない。
その背後に存在するのが自分の陣営が負けるはずがないと言う絶対の自信であると言うことは言うまでもないが……
「なら、こっちも出し惜しみなしで行くとしようか。アーチャー、俺様と手を組め」
「なに……?」
もはや火中の中で生かされているに等しい状況である。この中で最も危険な状況にあるのは、間違いなくライダーでありながらも、自分の命が失われるかどうかの瀬戸際であることなど意識もしてないかのように、命乞いではなく、先の展望を見据えるような尊大な物言いでライダーはあっけらかんと提案を口にする。
それに対して、煉は………
「ほう、面白いことを言う」
口元に笑みを浮かべて、目の前の英霊をどのように利用するべきかを模索するために、思考を高速回転させるのであった。
――秋津市南側・郊外エリア――
「ぎぃぇ、っあ……」
「呆気ないものだな、ま、ただの人間でわざわざコイツに逆らう事が出来る奴がいるとも思えないが」
「最初の頃に比べれば、随分と所作が早くなったように思えます。少し勿体なかったかもしれませんね。動画を流すことができないのではあくまでも秋津市レベルの話しで終わってしまう」
「そうでもないだろ、あんだけ連日ニュースになっているんだ。また今日も襲撃事件が起こったとなれば、マスコミの連中はすぐに騒ぎ出す。あいつらは毎日刺激を求めているからな、俺達が与える刺激に乗ってこない筈がない」
目の前でつい一分前程度にこと切れた死体とその死体の身体半分を貪っている己のサーヴァントを前に、勢至姆組若頭である神丘奉と七星櫻一郎は世間話をするような感覚で言葉を交わしていた。
いつもであれば、組の若連中も此処に何人かいるわけだが、典嗣と喧嘩別れをしているに等しい今の奉に付いてくる者はいない。イレギュラーな状況であることに変わりはないのだが、それでも自分のやるべきことだけはやっておく。その虫の良い考え方というモノが奉を此処まで生き残らせてきたのだ。
最後に笑うために。心の中に渦巻いているのはいつだって、何もかもを叩き潰して自分が頂点に上り詰めることだけだ。それをすることができるのならば、自分が持ち得ていない総てを後に手に入れることができるだろうと思っているからこそ止まらない。
「さて、じゃあ、西に動くか。西で動いていりゃあ、オヤジたちに見つかるかもしれねぇ。そうなっちまったら、今日はそこで店じまいだな」
「もしも、組がバーサーカーを無力化しようとしたら、どうしますか?」
「……そうだな、その時には………、いや、そうなったらそうなったで考えればいいだけだ。もう並の人間ではバーサーカーを止めることなど出来ん」
いつもであれば、抵抗してくる相手には確実にその報いを与えることが当たり前であると考えている奉は、明言をすることはなかった。
組が相手であるからなのか、それとも自分にとっては恩のある相手である典嗣が相手だからなのか、その状況になれば間違いなく自分は、自分以外の総てを壊してでも抵抗をすると分かっているのに、それを口にすることが憚られている。
「ちっ、いつから俺はこんなに軟弱になっちまった?」
ガキの頃であれば、何も考えずに総てをぶっ壊してやればいいと笑っていうことが出来たと言うのに、大人になって背負ってきた多くのモノが奉にその決断をさせることを拒んでいるように思えた。
しかし、その心に宿った思いを振り切るようにして、奉は一歩を踏み出す。何をすればいいのかを考えるよりも、今は身体を動かしていた方がいい。
その判断の下にバーサーカーに行動開始の合図を口にしようとした矢先、背筋にひりついた何かを感じ取ると同時に、横でこれまで何の感情の変化も見せていなかったはずの櫻一郎が動き、自身の背後で金属製の何かと何かが激突する音が聞こえた。
「―――――ッ」
「若ッ、備えを、敵襲です!」
「馬鹿な、バーサーカーッ!!」
暗く淀みがかった空へと獣の咆哮が轟く。まるで己はここにいると世界に向かって叫び上げるようなその声が聞こえると同時に、襲撃者たる二体のサーヴァントは、奇襲が失敗に終わったことを理解すると、一つの場所に集まるようにして奉と櫻一郎の前にその姿を見せる。
「驚きだな、まさか、気配も殺気も殺して近づいたつもりであったというのに、まさか、初撃に反応するとは」
「いえ、それだけではありません。あの剣術は……」
襲撃に失敗したことを理解したアサシンとランサーであったが、そこにいた黒い靄がかったサーヴァント以上に驚くべき相手であったのは、奉を無力化、あるいは一撃で殺害するために放たれた両者の攻撃を防いで見せた剣士の姿であった。
蒼かかった長髪、糸目と感情の起伏が分からないまるで風のようないでたち、それでありながら、全身に漲らせた戦意は、彼の獲物がぶつかる射程にまで飛びこめば、どこであろうとも対応して来るであろう未来をランサーとアサシンに想起させる。
「櫻一郎、こいつらは……」
「ええ、聖杯戦争のサーヴァントたちです。アサシンとランサー。つけられていたのか、あるいは、我々の行動範囲を予測したのか。どちらにしても、こうして顔を合わせてしまった以上、やるべきことは変わらない」
「………いいぜ、前にも言った通りだ、お前の力を見せろ、櫻一郎。魔術殺しの七星として、暴れてやれ」
その瞬間、ここまで感情の色を全く見せることが無かった男の中に火が灯ったことを、ランサーもアサシンも理解した。しかし、櫻一郎の方はそんな状況であったとしても、二人のサーヴァントに視線を向けているわけではない。
向けるべき相手は――――、櫻一郎にとってここで最も重要な意味を持つ相手は他にいるのだから。
「そういうわけだ、俺はここからバーサーカー陣営として、若の用心棒として動く。それで、お前はいつまで呆けているつもりだ、桜子?」
「嘘、だよね。なんで、兄さんが、いるの……?」
ランサーとアサシンの後ろで、その戦況を見守る立場にいるはずのセレスたちの中で、ただ1人、桜子だけはバーサーカーではなく、櫻一郎へと視線を向けざるを得なかった。
それもそのはずだろう。もうすでに10年は顔を合わせていないであろう相手であったとしても、肉親として、彼が自分の兄であると言うことだけは分かってしまう。
そんな相手が、自分が常に追い続けてきた猟奇事件の犯人側としてその場に立っているのだ。信じられず、自分の足元が崩壊するような気分に晒されている。
なんとかギリギリ、自分が倒れずに済んでいるのは、周囲にセレスや蓮司のような仲間がいてくれているからだろう。もしも、動画を追い続けて、1人でこの場に出くわしていたとすれば、桜子はこの場で崩れ落ちていたかもしれない。
それほどまでの驚きが今の自分を支配してしまっている。何か納得できるだけの答えを自分の中で探し回ってはいるものの、そんな都合のいいものは見つからず、櫻一郎はそんな桜子の想いなど、一歳に気にすることなく口を開く。
「剣を構えろ、桜子。父は俺との約束を違えた。お前が七星の宿命に目覚めなければ、手を出すつもりはなかったが……」
「全然意味が分からない。ちゃんと答えてよ、あたしたち10年ぶりに会うのに、どうして、いきなり殺しあおうなんて」
「言ったはずだぞ、俺はバーサーカー陣営、お前はランサーのマスター。理由などそれで十分だろう」
瞬間、この一触即発の空気の中で最も早く動き出したのは櫻一郎だった。ランサーとアサシンが守りぬいている状況の中でその背後にいる桜子へと手を出すために真っ直ぐに、二人の英霊のいる場所を突っ切ろうとする。
無茶もいい所である。如何に櫻一郎が七星流剣術を習得した人物であったとしても、二人の英霊を完全に無視して攻撃を繰り出すことなど出来るはずもない。そう、櫻一郎1人であれば、ではあるが。
「UUUUUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」
そう、ここにいる敵対戦力は七星流剣術正統後継者だけではない。もう一体、本来の聖杯戦争としての敵手がここには存在している。
「いいぜ、こっちとしてもいい加減、実力が何処まで高まったのかを確認しておきたかったんだ。バーサーカー、数の上では勝っているが、櫻一郎と連携しろ。
獣の夜の始まりだッ!!」
黒色の靄がかった身体を弓のようにしならせると、四足歩行の猛獣の類であるソレは、一瞬にして櫻一郎の動きに対応するように距離を詰めて、二体のサーヴァントへと襲い掛かる。
上げた咆哮、四足歩行の姿、そして黒い靄がかかっておきながらも、獰猛な肉食獣を煉即させる鋭利な犬歯、どれをとっても、四足歩行の大型獣そのものである。
「獣の類、か……?」
「しかし、これがバーサーカー……!? これが英霊の姿であると言うのか」
獰猛に、その四肢を食いちぎらんと飛び込んできた獣を相手に、己の武器であるランスで受け止める。古今東西の英霊の中には、獣に交わりながら育ったもの、半人半獣に相当する神話上の存在など、様々な形で顕現する存在はいる。
だが、その行動によって、ある程度の推測を立てることはできるだろうが、黒色のもやがかかった目の前の存在は、ただ獣であると言うこと以外に分かりえる情報が極端に少なく、ランスを無理やりに噛み砕かんとするその様子には獣としての本能以上の知性が見えてこない。
(何だ、このバーサーカーは。こんな英霊が本当に存在するのか……?)
「面妖な姿をしてくれる。たとえ、従者として呼ばれようとも、我らは人類史にその名を刻んだ英霊。であれば、己の出自をまずは明らかにするのが道理であろう。何を貴様、そのように己を隠し続けている。見せることの出来ぬ道理でもあるか?」
ランサーへと照準を向けたバーサーカーではあるが、アサシンをフリーにしてしまっては攻撃を受けるのは道理。横合いから放たれた蹴りによって、強制的に身体を吹き飛ばされ、荒れ地に置かれていたコンクリート製の建造物の壁に叩き付けられ、コンクリートにひびが入るほどの衝撃が迸り、無様に地面へと転がる。
しかし、それで戦意が完全に失ったのかと言われればそんな様子は全く見えない。むしろ、何事もなかったかのように身体を置きあがらせると、再び獰猛な鳴き声を口から滲ませながら、じわり、じわりと一歩を踏みしめていく。
「奇妙な姿、この上ないな。ランサー、あれが何のサーヴァントであるのか、見当がつくか?」
「いえ、正直な所、わかりません。ただ……」
「ただ?」
「いえ、とても薄い感覚ではありますが、何か懐かしいような、そんな気配を感じます。あれはもしかすると―――」
ランサーが言葉を紡ぐよりも先に、再びバーサーカーが咆哮を上げて接近してくる。咆哮の音が途切れた瞬間にはランサーとアサシンの目の前にまで近づき、人間大の大きさにまで成長しているその身体を一切臆することなく動かすことによって、ランサーとアサシンにこの状況での主導権を握らせようとしない。
技巧に置いてはアサシンが勝り、振るう武器の重さや練度についてはランサーが勝るだろう。ただ、バーサーカーは獣である。どこまでいっても、その思考の中にあるのは目の前の人間を食い殺すことができるかどうか、目の前の相手が自分よりも強いかどうかというだけである。
それ以外の余計なことなど一切考えない。何故ならば、無駄だから。
思惑も他陣営の動向も、行き着く先の結果も獣は一切、頓着しない。畢竟、この場で徹底的に大暴れしてしまったことによって、奉の行動が世間に総て暴かれてしまったとしても、一切関係ない。
獣はただ、目の前の獲物を喰らうだけの存在なのだから。その割り切り、単純的な思考と正体をすらも理解させない黒い靄を全身に覆わせ、次に何をしてくるのかわからない不気味さこそが、バーサーカーという存在の際たる強みなのだ。
(獣を討伐したことは何度かある。だからこそ、これが間違いなく獣であると言うことが分かってしまう。いや、それはいい。そういう存在だという認識を持てばいいからだ。しかし、どうにも不気味さを感じる。そして……)
(正体不明のこれに対して、嫌な空気が漂えば漂うほどに、動きが洗練されているかのように見える。何だ、この違和感は……?)
何か表現することができない、何とも言えない不快感、何とも表現しづらい変化がこの戦場の中に生まれ始めているようなそんな感覚を抱き始めていた。
とはいえ、サーヴァント同士の戦闘はあくまでもこう着した状態の中で戦況が続いていることに変わりはなかった。取り立てて、いきなり何かが変わると言うことはないだろう。
問題があるとすればもう一つの戦場、神丘奉にとって、バーサーカーと同等かそれ以上に信頼するべき刃――七星櫻一郎を迎える戦場の方であった。
「理解、できません。お二人は同じ流派であるはずなのに……」
「実力が、違いすぎる」
ノルンとセレスは、思わず目の前で行われている状況に呆気にとられているような様子だった。櫻一郎を相手にするために桜子と蓮司は協力して戦闘に当たった。
エーデルフェルト兄妹を相手に戦いを成立させるほどには、二人とも魔術戦をこなせており、桜子に至っては、ランサーとの模擬訓練を用いて、その時よりもより成長の兆しが見えている。
にもかかわらず、膝をつき、肩で息をしているのは二人の方であり、それを見下ろす櫻一郎は相も変わらず感情が読み取れない能面のような表情でいた。
「こんなものか、桜子」
「兄、さん……」
「半端な七星流剣術しか知らないお前に、俺を倒すことはできない。七星は終わりだ。俺の代で終わらせる。桜子……今すぐ、聖杯戦争から降りろ。そして、魔術の一切を忘れろ。さもなくば、もはや二度と剣を握ることは出来なくする」
「――――ッ」
わからない、兄が何を話しているのかわからない。目の前に突如として出現した存在を前にして、桜子の脳裏には無数の疑問が浮かび上がり続けるばかりだった。
ただ……それでも、巡っていく状況の中でも、ただ一つだけ変わらないことがある。
「絶対に、嫌だ。投げ出すなんて、兄さんに言われたって、認めない!!」
自分の身体の中の魔力が熱を持つ。ロイと対峙し、絶体絶命だったあの時のように、身体に強い熱が与えられ始めてきていた。