※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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1日遅れてしまいました、ごめんなさい!


静かなる夜――破

――秋津市南側・郊外――

 七星桜子は、父である真一郎から七星流剣術を教え込まれた。父自身は七星流剣術の師範代、桜子から見れば雲の上のような存在に見えるが、父曰く母が存命している頃には一度も勝つことは出来なかったと言う。

 

『お前の母はな、あれは間違いなく天才だった。男と女の腕力の差とかそういう問題じゃなく、純粋に俺よりも剣の実力が上手だった。櫻一郎も……そうだな、桜に似て剣筋はとても良かった。だから、残念だよ、あいつがいてくれれば、この道場の後継ぎを考えなくても済んだんだけどな』

『あたしが後を継げばいいことじゃないの』

 

『お前はそういうことは考えなくていいんだよ。どこへでも好きな男の所に行って……って、お前にそんなのができるわけもないか』

『ちょっと、何、その決めつけ!』

 

 あの時の父の言葉は、兄さんと比較してあたしじゃ七星流剣術を受け継ぐには実力が足りないと言うことだったのだろうか。

 

あるいは、母さんが天才だっただけで、やはり女に受け継ぐことができるほど、七星流剣術というモノは生易しいものではないと言うことだろうか。

 

 わからない。反発心のようなものを以前は覚えたことも事実ではあるし、マルテルさんと一緒に鍛え上げた今のあたしはもう昔と同じとは言わせないと言う決意のようなものがあったのは事実だった。

 

 だけど、今、こうして目の前で、兄――七星櫻一郎の実力を前に膝をつくしかないあたしは、かつて口にされた言葉の意味を痛感する他なかった。

 

 魔術に目覚めて、魔力を使った七星流剣術を使い始めてまだ1日しか経過していないあたしでもわかる。兄さんは魔術師としての七星流剣術を使いこなし、あたしですらも見惚れるような剣閃を次々と放ってくる。

 

 いまだにあたしが細切れにされていないのは、マルテルさんとの修行で身体が咄嗟に相手の攻撃に対して反応してくれているからと蓮司君の魔術の支援があるからこそだ。

 

「しかし、温い。昨日も戦闘を監視していて感じたが、聖杯戦争とはこの程度の実力で勝ち上がることができるような代物だったか? であれば、少しこちらが慎重になりすぎたかもしれない。俺一人でも、他のマスターたちを斬り伏せることが出来たかもしれないのだから」

 

「兄さん、どうして……どうして、こんなことをしているの?」

 

「何故と聞かれれば、拾ってくれた主がやっているからというだけのことだな。10年前に餓え死にするであろうところを助けられ、曲がりなりにも今日まで生きていくだけの時間を与えられた。それに報いるために用心棒紛いのことをしているだけだ」

 

「あたしたちの家に帰って来ればよかったじゃない!」

 

「それができるのなら、最初から家など出ないだろう。桜子、お前は何も知らないだけだ。七星という一族がどんな一族であるのかを知れば、目を背けたくもなる」

 

 わからない。兄さんの言っている言葉は断片的すぎてわからない。話しを聞くのがお父さんだったらわかるのだろうか。何も知らずに、自分が魔術を使えることも知らなかったあたしだから、困惑してしまうのか。

 魔術を使えるようになって、ようやく舞台に上がることが出来たように思っていたのに、またもはしごを外されてしまったような気分に浸ってしまう。

 

「七星さん……!」

 

 ビクリと掛けられた声に反応する。蓮司君が立ちあがり、その手に宝石を握っている。

 

「七星さんの家の事情は僕には分からないし、七星さんの疑問に答えを出すこともできないけれど、あの人が動画事件を引き起こしていた一人であることは間違いない。例え、七星さんの兄さんだからって、止めない理由にはならないよ!」

「……蓮司君、うん、そうだよね。ごめん、あたし、ちょっと考えがぐるぐる回ってた。そうだよね、理由も何も関係ない。まずはこの事件を解決しないと……!」

 

 兄さんがどうして、こんなことをしているのか、どうして家を出たのか、あたしに刃を向けて来るのか。難しいことはとにかく後回しにする。

 

 ランサーやアサシンが戦っている状況の中で、あたし一人だけが呆けている場合じゃない。ここで兄さんやバーサーカーを倒すことが出来れば、この街に恐怖を与えている猟奇事件を取り戻すことができるんだから。

 

「七星流剣術―――」

 

 魔力によって構成される不可視の刃、魔術そのものの扱い方はマルテルさんとの戦いで何度も何度も形成してきたから、もう一々自分の頭の中でイメージをしなくても構築することができる。自分の手の延長線上に武器があるかのようなイメージ、それを自然と顕現させて、あたしは蓮司君のサポートを受ける状況の中で再び力を発露する。

 

「来るか、七星流剣術―――」

 

 けれど、兄さんの不意を打つなんてことは恐らく不可能に近いであろうことはわかりきっていることだ。実力の上では明らかに上、それでも喰らいつくためには、余計なことを考えずにただ立ち向かうしかない。

 

「―――参ノ型『乱れ桜』!!」

「―――壱ノ型『山桜』!」

 

 真一文字の剣筋を放つあたしの一戦に対して、兄さんが選んだのは実体ある刀を振るっての袈裟切り、刀の軌道なんて見えるはずもないのに、その一閃はあたしの刃の軌道を逸らし、なおかつ、蓮司君が援護賭して放った魔術をその軌道のままに切り裂き、続く一閃で自分へと降りかかってくること如くを切り裂く。

 

 技を使ってから、守備の為に振った刀の動きを目で追いきれない。もはや技の型に縛られているのではなく、流れる動きの中で最適な型を選んだだけという始末なのだろう。

 

そのまま、兄さんは一歩を踏み出すと不可視の刃に鉄が叩き付けられる感覚に、両腕が軋みを上げる。稽古でさえも、マルテルさんとの鍛錬でも味わったことのない冷たく鋭利な自分の身体を傷つけると言う意志を真正面から受け止める。

 

(これって―――殺気)

 

 人斬りたちとの時は対峙をすることもなく、なんだかんだ様子見に徹していたロイからも明確に殺意を向けられたわけではなかった。よりにもよって、それを向けられるのが自分の実の兄であると言うのだから笑えない。

 

「如何にこの瞳に移すことができない刃であろうとも、桜子、お前の挙動を見ていれば、どこに刃が動くのか、お前が何を狙っているのか等、疑問を持つこともなく分かる」

「身体の動きであたしがどこに刀を動かしているのか分かるってこと……?」

 

「お前の刀は正直すぎる。隠すこともなく、騙すこともなく、ただ純粋に振われるだけの刃など気配だけで十分に対応できる。何より、お前は命の奪い合いにあまりにも不慣れだ」

 

 続けざまに振われる刃は上段、下段、中点、いずこから来るかもしれない変幻自在の刃、兄さんの動きそのものにも騙しが入りこんでしまっていて、なんとか斬られないことに終始することで精いっぱいの状況となってしまった。

 

 剣術を出すことも叶わず、ただ兄さんの刃の軌道を受け止めるだけ。でも、目の前で対峙する相手の刃はそれこそ見惚れてしまうほどにその筋が美しく、きっと、あたしの剣が完成していけばいくほどにこの剣筋へと近づいていくのだろうという思いが生まれていく。

 

 命の危険が間近にある状況でありながら、あたしはこの剣筋による七星流剣術の限りなく完成形に近い連続した攻撃の数々をもっと、見続けていたい。受け止めていたいなどと考えるべきではないことを考え始めてしまう。

 

 それほどまでに目の前の剣は、何者よりも魔術に疎く、七星流剣術を完全に学んだとは言えない、あたしにとっては格好の教材だった。

 

「存外に長く持つ」

「こっちだって、全く戦えないのにここまで来ているわけじゃない! 兄さんに比べれば、未熟かもしれないけれど……ッ、負けられないんだ!!」

 

 負けて堪るか、その一心だけで刀を振るう。僅かに気勢で上回ったのか、それともいつになっても倒れないあたしにわずかながらでも驚きを覚えたのか、兄さんの刃がブレると同時に、あたしは刀を兄さんへと振るうために力を籠める。

 

 負けるわけにはいかない、ここで兄さんたちを見逃してしまうことになったら、また新たな犠牲者が出てきてしまう。何があろうともそれだけは防がなければならず、逆に言えばそれ以外の事はここでは何ら意味を持たなくなる。

 

「七星流剣術――――伍ノ型『桜吹雪』!!」

 

 選んだのはあえての刺突、大仰な動きをしたところで兄さんに動きを見られてしまうと言うのならば、一点特化。兄さんを傷つけることを厭うことなく放たれた刃がその旨を狙って、あらゆる障壁を突破する閃光のように飛び込んでいく。

 

 同時に蓮司君の魔術による砲撃が兄さんへと殺到する。あたしの一閃と蓮司君の魔術、どちらが当たるのでも構いはしない。兄さんを突破しなければ、ランサーたちの助力をすることもできないのだから、何があろうとも突破すると言う思いだけを胸に決着のため一閃が放たれた。

 

「七星流剣術―――玖ノ型『八重桜』」

 

 ピシりと、まるで空間そのものが切り裂かれるように、蓮司君の魔術総てが同時にその力を失っていく。同時に、兄さんの虚を突き、刀が間に合わない位置へと放ったはずの不可視の刺突もまた、何もない場所にて防がれた。

 

「嘘……」

 

 信じられない。今の攻撃は完璧に決まるはずだと、あたしも本気で思ったのに兄さんが握っている刀は、先端ですらもあたしの狙った場所に届いているはずがないのに……どうして。

 

「やはり未熟だな。お前がやっていることは七星流剣術をただ魔術を通して実行しているだけに過ぎん。何の応用性もない」

「応用性……?」

 

「ただ刀を振るうだけならば、実体があろうがなかろうが変わらない。不可視である分、相手を翻弄することはできるかもしれないが、それまでだ。魔術を扱う者同士の戦いでは、その程度の不条理は何の役にも立たない。それに加えて己の魔術の特性を付与してこそ、七星流剣術は完成する」

「それが兄さんとあたしの違い、差だっていうの……?」

 

 あたしはこの不可視の魔術によって生み出された刀こそが戦うための力だと思っていた。だけど、兄さんが口にした言葉は違う。そこから自分の色を持つ魔術を発揮しなければ、七星流剣術を真の意味で発露することはできないのだと突きつけられた。

 

「どうして、そんなことを教えるの。今の兄さんにとって、あたしは敵でしょ?」

「さっさと諦めさせるつもりだったが、お前は完膚なきまでに叩き潰さなければ納得しないだろう。だから、教えてやったのだ。お前程度の実力ではどう足掻いたところで叶うことはないと理解させるために」

 

 兄さんが刀を振るう、するとその斬撃は、本来届くはずのないあたしの刀を弾き、あたしの身体にまで刀身が届く。当然に待っている結果は身体に刻まれた裂傷、

 

「ぐぅ、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 致命傷には至らない浅い傷であるとはいえ、全身へと襲い掛かる痛みは、これまで当たり前に日常の中で生きてきたあたしにとっては未知の痛みで、相手に傷つけられると言う行為がここまでの痛みを発するものであると現実的に痛感させられる。

まだ戦うべき相手が目の前に立っているにもかかわらず、痛みに声を上げて、まったく兄さんの行動に反応することができない。

 

 これが戦いに慣れていないと言われたことの意味、戦場の中で自分が傷つくことすら考えずに戦っているあたしの心を折るには十分すぎるほどの痛みが、全身を伝ってくる。

 

「七星さん……!」

 

 すぐさま、蓮司君が回復魔術を掛けてくれる。痛みが中和され、ようやく痛みに声を上げる以外の行動が可能となり、蹲りながら、兄さんを見上げるあたしに兄さんは感情1つゆれ動かすことなく見下ろしている。

 

 痛みに喘ぎながらも、とても不思議であったことに一つの仮説が浮かび上がる。どうして、兄さんは先ほどの攻撃を受け止めることが出来たのか、どうして兄さんは蓮司君とあたしの攻撃のことごとくを捌くことが出来たのか。

 

 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎる考え、だけど、あまりにも単純すぎて納得する他ない代物。

 

「刀身が……伸びてる?」

「腕はまだまだだが、見る目はあるらしい。俺の魔術に気付いたか、桜子」

 

 あたしの呟きに兄さんは何ら隠し事をする様子も見せることなく、当たり前のように反応する。それはすなわち、あたしが考えていることがそのままの答えであることの証明でもあった。

 

 刀身の延長、明らかに視覚的に刀身が届くはずのない場所を防御する、あるいは切り裂くために必要なのは、絶技でも何でもない。

ただ、あたしたちが視覚的に捉えている刀身よりもはるかに長い刀身が存在すれば、それを受け止めることは当然にできる。だってそうだ、リーチがそこまであるのだから。

 

 あまりにも単純すぎる答えであり、魔術師が使う魔術としてはあまりにも夢がない。だって、ただ、刀身を伸ばすなんて言うのはまさしくマジックもいいところだ。相手の感覚を騙す程度にしか使えず、超常の力で全く太刀打ちが出来なくなるわけでもない。トリック一つ明かしてしまえば、それだけで兄さんの行動がわかってしまうだろう。

 

 分かってしまう、分かってしまうけれど……それだけに思う。そんな魔術としては外れもいい所の能力を使っているって言うのに、どうして、この人はここまで強いのだろうと。

 

 刀身が伸びるだけ……? いいや、違う。七星櫻一郎にとってはそれだけで十分なのだ、近接戦闘しか行う事が出来ない剣士でありながらも、刀身を伸ばすことによって射程を引き延ばすことができる。何よりも魔術によって構成された刃に限界はない。どれほどまでに射程を延ばすことができるのかもわからない相手を前にして、そんな程度の魔術等とどうしていうことができるのか。

 

 兄さんがどうして、あっさりとあたしに自分の魔術が何であるのかを明かした理由はそこにあった。理屈を知っていようが知るまいが、どうせ破ることができない。少しズレれば慢心とも取れてしまうその自信こそが、兄さんを絶対的な強者として君臨させているアイデンティティなのかもしれない。

 

「――――櫻一郎、退くぞ」

 

 絶体絶命の状況の最中、しかし、あたしたちにとってはある意味で命拾いをするような言葉が発せられた。兄さんの雇い主であるのだろうか、スーツを着込んだ明らかにまともな職業についているとは思えない相手は、兄さんにこの場から退くことを口にした。

 

「よろしいのですか?」

「お前が負けることはないと分かっている。だが、バーサーカーは息切れ気味だ。戦えることは分かったが、この突発的な状況ではこちらも準備が足りない。何よりも……、騒ぎが大きくなれば、他の連中が介入してくるかもしれない。ここは退く。

 何、収穫が全くなかったわけじゃない」

 

 ニヤリと零す笑みは明らかに真っ当なことを考えている笑みではなかった。あたしたちがこの場で遭遇したのは間違いなく想定外の事態であったはずなのに、その想定外の事態が起こったとしても、彼らとしては自分たちの思惑を通すだけの結果へと落ち着かせることが出来た。あるいは、此処で退くことによってそうすることができるというのだろうか。

 

「承知しました。若が、そういうのであれば異論はありません」

「兄、さん……」

 

「桜子、聖杯戦争からも、魔術師であることも忘れろ。この戦いに深く関わったところでお前は幸福になどなることができない」

「幸せになるために戦っているんじゃない! あたしは助けたい人たちがいるから、守りたい人がいるから、何より、あたしがそうしたいから戦っているの!!」

 

 ヒーローに憧れて、そんな存在に少しでも近づくことが出来ればいいと思って、途中で諦めてしまったら絶対にそこに行き着くことができないと分かってしまっているからこそ、どうしたって諦めることはできない。

 例え、それが肉親と戦うことになったとしても。

 

「そうか、ならば、好きにしろ。ただ、お前が我々の邪魔をするのならば、次こそは斬るぞ」

「あたしだって、そっくりそのまま言葉を返すよ、兄さん」

 

 陣営が違い、主義も主張も、見据えている先も何もかもが違っている。だからこそ、あたしたちは対立する他ない。

 

 今回はあくまでも小手調べの領域だったかもしれないが、いずれ聖杯戦争を戦い抜く中では、ぶつかり合う時が間違いなく来る。今日という日に、彼らを逃がせば、またも彼らは猟奇事件を引き起こすことは間違いないのだから。

 

 けれど、ここでそれを追い立てることができるはずもなく、バーサーカー陣営は黒い闇の中へと消え去っていくかのように姿を消してしまった。

 

「マスター……!」

「ごめん、ランサー。あたしたちが優勢になることが出来れば、ここで決着をつけることが出来たかもしれないのに……」

 

「残念だが、此度ばかりはこちらが命を救われたと言う所か。セイバーのような圧倒的な強さを持っているわけではない。されど、あのバーサーカー、ただならぬ気配を併せ持っている」

「あれは、何だったんだ。あんな黒い靄の獣のような存在、いや、何でだか、既に輪郭すらも思い出せなくなってきてる。あんな英霊が存在するのか」

 

 セレスさんも蓮司君もあたしと同じように、もうあの黒いバーサーカーがどんな姿をしていたのかがおぼろげになり始めていた。謎を明かすことは出来た。だけど、そこで生じた謎はこれまでの謎よりもなお暗く、そして答えを出すのが難解な在りようをしていた。

 

「あたしは……弱い」

「桜子……」

 

「魔術を使えるようになって、ランサーと一緒に修行をして、強くなれたように思えた。だけど、これじゃあ足りない。全然足りない。これじゃあ、逆立ちしたって兄さんに刃を届かせることはできない……」

 

 もしも、届かせることができるとすれば、それは兄さんが直接口にしていたように、あたし自身が七星流剣術を使って何をすることができるのか、あたしのオリジナルとは何なのかを見つけ出さなくちゃいけない。

それを見つけ出すことが出来れば……ううん、それだけでもダメだ。その上で、あたし自身の未熟な点を克服しなければ、総合力で勝っている兄さんには勝てない。

 

 時間がない。でも、時間がないからこそ、初心に立ち返らないと。あたしがどれだけ強くなっても兄さんが弱くなるわけではない。兄さんもまた強くなっているかもしれないのなら、あたしがただ強くなるしかないんだから。

 

 今はただ悔しさを噛みしめて。今日という日を忘れないために、強く強く、次に会う時には絶対に自分が勝つのだと刻み付けて、今宵の聖杯戦争は幕を閉じたのだった。

 

――秋津市南エリア・郊外――

 遠坂煉にとって、他者とはすべからく、自分にとって利益ある存在なのかどうかである。

魔術師としての冷酷と冷静さが両立した考え方、秋津の街の管理者としての合理的な発想、その双方が混じりあった結果として、他人に対しては紳士的な態度を取りながらも、実際の所は相手を損得だけで見ている人物が生まれた。

 

 この人物は遠坂にとって有益なのか、自分たちを発展させるのか、将来的に邪魔な存在になるのか、それとも、芽が出るのを待った方がいいのか。

 

 秋津の街を俯瞰的に眺めて、自分にとって必要であるかどうかを冷静に判断し、必要であれば、あらゆる手を使って囲い込み、不要と断じれば、白を黒に変えてでも追い落とす。

 

 15年前の聖杯戦争で先代である当主が『七星』との戦いで命を落とした時から、煉はそのようにして遠坂を発展させ続けてきた。

所詮は土着のこの街に住み着く魔術師の一族に過ぎなかった遠坂を秋津の政財界に繋がりを与え、魔術師らしからぬ政治力を発揮する存在へと変貌させたのは、ひとえに彼の手腕によるところが大きい。

 

 同盟の提案、ライダーから零されたその言葉に、あくまでも煉はライダーという存在をこの場で生かしておくメリットとデメリットの上で考えることとした。

 

 煉にとって、この聖杯戦争で警戒すべき相手はいうまでもなくセイバー、そして目立った動きを見せることはないが、ひとたび動きだせば秋津の街総てを火の海に変えかねないキャスター陣営である。

逆に言えば、この両者以外の総ての陣営は煉からすれば、どうでもいい、煉の判断1つで脱落させることができる陣営という評価でしかなかった。

 

 特にライダーについてはその判断は顕著である。彼は存在そのものとして、アーチャーが相性最悪の存在だ。真っ向勝負で戦えば、こちらが負けることはなく、奇襲を仕掛けられたとしても、五分の戦いが出来る自信がある。

 

 要するに生かしておこうが此処で殺そうが大して変わらないのだ。だからこそ、考える。ここで聖杯戦争の1陣営を潰すことが先決か、このサーヴァントを味方に引き込んでおくことで見える自分たちだけでは成せない展望、どちらが相応しいのかを。

 

「同盟か、簡単に言ってくれるが、我々にキミから提案されるそれを受け入れる道理は何処にあるのかな? ここで聖杯戦争の陣営を一つ潰す以上にどんなメリットがあれば、絶対的に優位な我々がキミの言葉を受け入れると言うのだね?」

 

 この状況、三つ巴に見えるかもしれないが、実際の所は違う。キャスター陣営にとっても、アーチャー陣営にとっても明らかに狙っているのはライダーであり、両者が両者を敵として認識するのはライダーを倒してからになるのだ。

 

 故にここで、二対一の状況を創り上げることに終始するのはライダーだけだ。アーチャー陣営にとってはあわよくばキャスター陣営を倒すことが出来ればいいわけだが、そこまでは高望みであることは煉にも分かっている。

 

(最もこの人斬りたちを放置しておくことが正しいとも言い切れはしないな。キャスターの制御下にあることが一宮嬢から窺い知れたのは良いが、聞いた数を聞く限り、我々だけでどうにかすることができる数ではない。やはり、ライダーを倒した後に消滅させておくことが必要か)

 

もっとも、数を減らしておくことは決して悪いコトではない。アーチャー陣営にとって、キャスター陣営に対して一つだけ劣っている点があるとすれば、それは純粋な数の問題である。梓沙の話しから無数に存在している志士たちを表だって相手をするとなれば、苦戦は免れない。

 

特に明日、キャスター陣営を外と内部から一気に攻撃して突き崩すという作戦を完遂するためには、如何にキャスター陣営の配下たちの眼を逸らしつつ、キャスターとそのマスターを倒すことができるかにかかっている。

 

そう考えれば、ここでライダーよりも先に、キャスター陣営の志士たちを倒すことも選択肢の一つとしては悪くない。

 

 だからこそ、あとはライダーが何を提示して来るのか、すべてはそこにかかっており、ライダーは傲慢に、むしろ、煉自身を値踏みするのだと言わんばかりの笑みを浮かべると、

 

「俺様はお前たちが今、最も欲しているものをくれてやる。お前のような偽善者ぶっている奴には決してできないことが俺様にはできる」

「………面白い、もったいぶらずに答えてもらいたいのだがね」

 

「中身は俺様の提案を飲んだ後だ。こっちの手の内を明かす必要があるんだ。そう簡単に教えるわけがないだろ」

 

 あくまでも、こちらが恩を売るつもりでいるとばかりの態度に、煉は本格的にライダーに興味が移る。

多くの人間に接してきた煉には、ライダーの態度が決して虚栄によってその場しのぎで発せられているわけではなく、この男の中に存在している確かな理屈に則って、生き残るためではなく、その先を見据えて発しているのだと理解するに足りるだけの何かが備わっていることを。

そして、ライダーの言葉には、どこから嗅ぎつけて来たのか、こちらの状況を見透かしているような様子が見て取れることを。

 

(こちらも相手の内情を把握しているのだ。であれば、遠坂の内情を把握している者が出てきてもおかしくないか。大方、マキリの大旦那辺りか……、マキリは所詮、魔術師の域を出ないと考えていたが……存外、やってくれるものだ)

 

 ライダーのマスターはキャスターを倒すために内部に潜入をしているという話だったが、その大胆さも、このサーヴァントを使役していると言うのであれば頷ける。

 少しばかり評価を変える必要があるか、煉の中で一つの結論が出された。であれば、あとは利用できる存在であるかどうかの証明をしてもらわなければならない。

 

「話は聞いてもイイ。しかし―――」

「貴様ら、いつまで、我々を差し置いて会話をしているつもりでいるッ!!」

 

「それ相応の力を見せてもらわなければ、ならないな」

「くくっ、心地いいほどに上から目線だな、テメェはッ!!」

 

 その瞬間、再び、ライダーを討つために動き出したキャスター陣営の二人に対して、アーチャーの銃士隊の銃口が向き、一斉に発砲される。

同時に、その銃声を背に受けながら、ライダーは迎撃するとばかりに、アーチャーより投げられた一つの銃を受け取ると、飛び込んできた半次郎目掛けて至近距離から撃ち放つ。

 

「なっ――――」

「この一瞬に理解しただろう。今ここで狩られる側がどちらに変わったのかを」

 

 ライダーの宝具によって強化された銃弾は、半次郎の肩口から二の腕までの部分を吹き飛ばし、身体のバランスを大きく失った敵手に対して、ライダーは容赦なく、側頭部に蹴りを叩きつけ、半次郎の顔が歪み、大きく錐もみ回転をしながら吹き飛ばされる。

 

「貴様ら、よくも―――」

「撃てェぇェェェェ!!」

 

 地面に叩き付けられるも、すぐさま立ち上がり、ライダーに極大の殺意を向ける半次郎であったが、最初から狙い澄ましていた銃士隊のうちの半分が、一斉射撃を実行。

 

 文字通り、全身をハチの巣にされた半次郎はそのまま姿を消し、もはや完全に連携を取り始めたアーチャーとライダーを前に、以蔵は信じられないモノを見るような反応で、アーチャーの銃そのものを、打撃用の武器として使うライダーに怒りを滲ませた表情を浮かべていた。

 

「おまんら、いつからそんなに仲良うなった……!」

「別に仲良くはねぇよ。ただ、単純にお前らが嫌われ者すぎるのがいけないんじゃねぇのか?」

 

「何を!!」

「正義に酔いしれているが、てめぇらも所詮はただの殺し屋でしかないだろうが。お前らには何もできやしねぇ。俺様の目的を邪魔することなんて絶対にできねぇよ。だから、この国はこんな姿になったんじゃねぇか?」

 

「貴様ァァァァァァァァァァ!!」

 

 己を、ひいては自分の仕える帝自身を馬鹿にするかのようなライダーの言葉に以蔵の怒りはピークに達する。しかし、ここで冷静さを失ったことはそのまま以蔵の命運を決することになった。

 

 響く銃声、目の前で行われる単純な暴力。如何に幕末における絶対的な人斬りたちであったとしても、銃という近代化された兵器と人間の数にだけは敵うことはない。

 

 それは言わずもがなの話しではあるが、この日本の歴史の中で何度も何度も証明されてきた。刀を使うモノも英霊であれば銃を使う者も英霊。基本的なスペックとしては向上しているが、その関係が大きく変わることはなく―――絶対的な膂力と反応速度を持つセイバーのような例外を除けば、この結末へと向かうのはある種、当たり前の事であったといえよう。

 

「きさんら、わかっちょるんじゃろうなぁ。誰ぇ、敵に回しちょるんか……」

「三下の負け台詞口にしてんじゃねぇよ。俺様は聖杯を手にする。そのためにはお前らを潰さなくちゃ話にならないんだからよ。むしろ、お前らこそ、なんだその様は、神だ、神だと崇めてばかりで、そんなだから、お前らは国の一つも守れないんだよ」

 

 バンッっと、ライダーの握る銃から火が噴き、この場に現れた二人の襲撃者は完全にその姿を消した。

 後に残るのは言うまでもなく、アーチャーとライダー、この場を生き残った者たちであり、狩る者と狩られる者へと一瞬で変貌しかねない存在たちであった。

 

「五月蠅い羽虫の掃除が終わって清々したぜ」

「こちらとしても、あれらに動き回られるのには困っていたからね。その点に関してはありがたいところだったよ。それで、先ほどの話し、改めて聞かせてもらおうか。君は我々に何を与えてくれるのか?」

 

 その返答しだいによって、この場に再び戦いの華が咲くことも辞さない。その態度を滲ませる煉に対して、ライダーは再びあの笑みを零す。

 

「お前らが今、最も欲しているのは、キャスターを潰すための邪魔をされないことだ。違うか?」

「正しい。どこから聞いたのかというのは置いておこう。我々としては早期にキャスター陣営を潰したいと考えているからね」

 

「俺様もそこは一緒だ。奴らは邪魔だ。いつまでも放っておくわけにはいかない。だが、俺様だけでは、奴らを潰すことは出来ん。数が違いすぎる。お前らが簡単に動かないのもそこだろう」

 

 キャスターを討伐する際に最も邪魔なのは言うまでもなく、あの無数に存在している志士たちだ。あれらと正面切って戦うことになれば、キャスターに辿り着く前に相応の消耗を覚悟しなければならない。

 

 他の陣営が脱落していない状況下で実行するにはあまりにもリスクが大きすぎる。先を見据えているからこそ、煉にとっても、ライダーにとってもそこは共通認識であった。

 

「であればこそ、俺様はお前たちにとって有用な筈だ。あの邪魔な人斬り共の陽動、お前たちが喉から手が出るほどに欲しい、その潰され役を俺様が買ってやるよ」

 

「策はあるのかね?」

「なけりゃ、こんな話はしないだろうが」

 

 改めて煉は思う。ライダーというサーヴァント、実に面白い男であり、利用価値のある存在であると。

 




3日目も残すところあと1回で終わりです!

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