※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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いよいよ3日目終わりです。


静かなる夜――急

――秋津市北側・陸橋――

 手を組む相手は感情的な存在ではなく、むしろ自分を使い倒してやろうと目論んでいるくらいの相手がいい。

 

エルナン・コルテスが相手を見定めるうえで一つの指標としている考え方である。自分を徹底的に使い潰そうと考えている相手は言うなれば、自分が勝つために何をすればいいのかを考えている者だ。

 

場当たり的に物事を考えているような者では、策を提示したところでそれを理解もしなければ、実践に移すこともできない。許されるのはそれが絶対的な強者であると言う時だけだ。

 

加えて感情で物事を考える者もいけない。最終的な勝利を得ると言う過程の中では、感情を切り捨てて合理的に動く必要性が出てくる場面が必ず生じてくる。

感情とはその人間の人生そのものであり、その人間の価値観そのものだ。実行しようとする行動が自分にとっての価値観と相違する行動であれば、如何に合理的であり、勝利に必要であったとしても、それを実践することができない。それが人間というモノであることをコルテスは嫌というほどに良く知っている。

 

2日目の6陣営が入り乱れての乱戦が生じた日、コルテスはアーチャーによってボロボロにされながらも冷静に各陣営が自分にとって有用な存在であるのかどうかの品定めをした。重要なことは既に上げた2つの観点だ。

 

セイバー、場当たり的。力が強すぎて制御が効かない。相手にするだけ無駄な存在

 

キャスター、仮想敵であり、手を組むことは不可能に近い

 

ランサー、アサシン、マスターが感情で動く。道中での対立は間違いない。

 

アーチャー、相性としては最悪。しかし、もっとも、状況を合理的に判断している。なおかつ、キャスターの手駒たちを積極的に排除しようとしているのも都合がイイ。

 

結局の所、今のままではキャスター陣営を切り崩せないことはコルテスも承知の上である。円華と間桐の大旦那からの話しを聞けば聞くほどに、あの陣営を一つの陣営で切り崩すのは実質的に不可能だ。

散発的な活動に終始しているからこそいいものの、本格的に動き出せば、この街にどれだけの被害を出すのかもしれない。

 

『おそらく、三つの勢力の中でも遠坂は唯一神理教を倒したいでしょうなぁ。土地の管理者として、自身の地位を築き上げてきた彼らからすればその実績を灰にするかもしれない組織を見逃しておくことはできないでしょう。優先順位は勢至姆組より上位かと』

 

 間桐の大旦那よりその情報も与えられ、コルテスの方針は明確に決まった。問題は自分を倒すことができる状況にあるアーチャーがコルテスの誘いを受け入れるかどうかではあるが、コルテスはそこに心配は一切していなかった。

 

 これは人間の心理的な陥穽ではあるが、物事を論理で考える人間ほど、いつでも取り除くことができる障害を軽視してしまう。

ライダーというアーチャーにとっていつでも倒すことができる存在であればこそ、後回しにしても問題がないという思考が頭をよぎり、そこに魅力的な提案を出されれば、あとは合理的にどちらを優先するべきかの判断へと思考が切り替わる。

 

陣営を潰すのではなく、陣営を利用するという思考に切り替われば、問答無用で殺されることはない。

 

「お前たちがキャスターを打倒するうえで最も面倒なのは、さっきの奴らも含めた手駒の数だろう。正面から倒せないわけではないが、倒すには数が多すぎて消耗を避けられない。

 しかも、その上でお前らはその選択をせざるを得ない。攻め込めば奴らは護る。最も避けたい選択肢をお前たちは取らざるを得ない立場にある」

 

「その通りだ。キャスター陣営の手駒を減らすと言うことはそのまま奴らに何処かの陣営を攻めさせなければならない。しかし、彼らとて愚かではない。自分たちの本拠地が攻め込まれている状況で本拠地に戻らないほどの理由を生み出すとなれば、もはや襲撃される側は命懸けだ。何より理由が必要となる。いや、だからか……?」

 

 遠坂のマスターである煉がコルテスの目論みに気付いたような反応を浮かべ、コルテスは笑みを零す。撒き餌は餌であると分かってくれる相手に撒かなければ何の意味もない。

同盟の相手として、一定以上の理解を得ることができる相手であると考えているからこそ、コルテスはこの3日目の戦闘の最中から常に餌を撒き続けていたのだから。

 

「俺様の配下、繁華街で勢至姆組に付いていない連中共がお前たちのキャスター陣営襲撃に合わせてこの街の中で一斉に唯一神理教信徒たちへと攻撃を仕掛ける。理由なんざどうでもいい。奴らは俺様を悪逆非道の異国人だとみなしている。その俺様に束ねられた連中は当然に、奴らにとって悪だ。見逃しておくことは間違いなくできない」

 

 何せ、キャスター陣営は聖杯戦争の勝利よりもなお、帝の意向によって異国人を討伐することの方が重要なのだから。

 

 信徒が敵視する異国人によって襲撃される。この状況こそキャスター陣営が本丸の防備を手薄にしても尚、襲撃を優先しなければならない理由、そして、この秋津の名士である遠坂には絶対に真似することができない策であった。

 

 名誉にしても、被害を考えたとしても、そのような自爆のような戦法は遠坂には使えない。

しかし、コルテスは違う。彼にとって部下たちとはすべからく道具であり自分のために死んでいく駒に過ぎない。自分が最終的に勝利するために必要な犠牲であるのならば、簡単に斬り捨てる。その邪悪ともいえる発想こそが、彼をコンキスタドールとしての頂点へと立たせた理由なのだから。

 

 あっけらかんと、明日、アーチャー陣営がキャスター陣営に勝利するために必要なピースを提示して見せたコルテスにアーチャーは鼻を鳴らす。存外に恐ろしい男だと思うのだ。

 

 果たして、昨日に自分が狙われていることを知り、今日という日の瞬間を迎えるまでに、どれほど頭を巡らし、ここまで都合のいい情報を仕入れ、それを利用することができるのか。

 

(宝具の相性の上でも絶対的に優位に立っていることが幸いしたな。この男はある種、あのセイバーよりも敵に回すと恐ろしいかもしれん)

 

「さぁ、どうする、遠坂。お前たちのために使い潰されてやると自ら提案し、伸ばしたこの手をお前たちは握るか、否か?」

 

「ふっ、面白いな。自らを窮地に立たせ、その上で我々に花を持たせる。君という英霊の評価を大きく改めなければいけないようだ」

「笑わせるな、俺様が狙っているのは常に俺様の勝ちだ。いずれ、必ずお前たちを俺様の足元に跪かせてやる」

 

 そのために今は、この同盟を成立させ、キャスターを屠る。キャスターが倒れれば自然とこの同盟は破棄となり、再び戦うこととなるが、それでもここで手を結んでおくことは悪いコトではない。天敵であればこそ、懐に入って、彼らの弱点を探し出すことは決して悪いコトではない。

 

「街の中で俺様たちが騒ぎを引き起こす。ド派手にやるからな、必ずお前たちにも伝わるはずだ」

 

「いいだろう、我々はその間に唯一神理教総本山に攻撃を仕掛ける。負担を増やすようだが、キャスターの手合いを少しでも少なくしてくれると助かるね。君たちにとっては窮地になるだろうが……消滅しないでいてくれたまえよ」

 

「こっちの台詞だ。いいか、絶対にしくじるんじゃねぇぞ」

 

 ある意味で、総本山に攻撃を仕掛ける役目以上に危険な状況へと足を運ぶことは自分自身で承知の上だ。失敗をすればコルテスが今日までに集めてきたあらゆるものが喪われるのは間違いないが、成功すれば、7陣営の中で最も厄介な陣営を切り崩すことができる。

 

 賭けるものは大きく、そして失う者が大きければ大きいほどに得られるものもまた大きくなる。

アーチャーとライダー、両陣営は互いに目的を果たし、相手を出し抜き、自分が利を獲得するためにある種の自然な流れの中で同盟を結ぶことが出来た。

 

アーチャーとライダーの外部からの攻撃、円華と梓沙による内部からの襲撃、煉の力によってバーサーカー陣営も抑えている以上、布陣としてはようやく勝ちを拾える状況にまで近づいてきたと言う所だろうか。

 

(さて、この選択が俺様にとってどう出るか。失敗すれば、俺様も所詮はそこまでの男であったと言うことだが、果たして……)

 

 勝ちの目はある。だが、最後まで油断することはできない。何せ、戦争とは最後の瞬間まで、どんな理屈によって戦況が変化するのかわからないモノであるのだから。

 人間と人間が起こす争いは決して計算式だけで全てを算出することなど出来ない。あらゆる要素が掛け合わされることで運命は決するのだ。

 

最後に向かえるのは勝利の女神に愛されるかどうかである。そして、コルテスは自分がその対象であることを心の底から信じている。

 

――秋津市西側・繁華街・ホテル――

「浮かぬ顔をしているな。動画の問題についてはひとまずの決着がついたのだ。もう少し、喜んでみたらどうだ?」

 

「バーサーカーを撃破するまでに至ることが出来れば素直に喜ぶことも出来たんだけどね。今のままじゃ、犯人を特定することが出来ただけで、逃がしたままの未解決だ。次はボクたちの動きを察知したうえで別の方法を取ってくるかもしれない。恰好がつかないなぁ。探偵として華麗に解決までできればよかったんだけど」

 

「それを言われると儂も恰好がつかんとも。二体のサーヴァントで戦闘へと入ることが出来ていながら、あの獣を最後まで討ち果たすことが出来なかったのだからな。儂らがあれを倒すことが出来ておれば、マスター同士の戦いがどう転ぼうとも、決して見逃すことにはならなかった」

 

「お二人とも、終わってしまったことを悔いても仕方がありません。バーサーカー陣営を取り逃してしまいましたが、これで我々は七陣営全ての情報を手にすることが出来ました。ミス・セレスティーナ、あなたにとっても、これはありがたいことであるはずです」

 

 バーサーカー陣営との戦いを終えて、ホテルに戻り、未だにもやもやとした気持ちが自分の中で強く残っていた。考えれば考えるほどに突発事態の中で自分に出来ることがあったのではないかという気持ちは拭えない。

 

 せっかく、桜子と蓮司君のお陰でバーサーカー陣営の尻尾を使う無ことは出来た。奴らの傾向も明らかとした。だけど、時間を経れば経るほどにバーサーカーの輪郭、犯行の手口が自分の記憶の中でぼやけていく。

 

 まるで自然と奴の存在を自分の中から排除しようとしているかのように、臭いものに蓋をするではないが、自分の心の中である種の警戒をしている様に、忘れようとしているかのように思えた。忘れてはいけない、そのように思った所で、止めることができない状況は率直に言って不快と言わざるを得なかった。

 

 考えたところで答えは出ず、ボクたちだけでバーサーカー陣営を切り崩すことはできない。考えることを変えるとしよう。

ひとまず、追い続けてきた問題を解決することは出来た。であれば、これを足掛かりにして、ボクもボクがこの秋津の街にまで来た理由を解決することを考えよう。

 

「ノルン、確か君は、ボクがアサシンを召喚をするよりも先に、2つの陣営がサーヴァントを召喚していると言っていたね。そして、それはキミたちアインツベルンを含めた御三家ではなかったと」

 

「はい、その通りです」

「その陣営が何処であるのかはわかる?」

 

「キャスターとバーサーカーです。遠坂とマキリが直接、我々にもたらしてきた情報です。おそらく、間違いはないかと思います」

 

「そうだね、遠坂はアーチャー、エーデルフェルトがキミたちの誘いを断ったうえでセイバーを召喚した。ライダーが何処の陣営なのかは不明としても、後はサクラコだ。キャスターとバーサーカーが最初期に召喚されたと言う情報は限りなく信憑性が高い。そして、ボクもそうだと思う。そして、この召喚順こそが、この歪な聖杯戦争を最も象徴しているように思う」

 

 七つの陣営全てを知ったことで、分かったことがある。この聖杯戦争の中で、キャスタ―とバーサーカー。この二つの陣営だけ明らかに意図的に配置されている。

 

 聖杯戦争とは、7つの陣営が自分に相応しい、あるいは無作為な選別の中で自分のパートナーを選ぶ。乱数的な確率の問題はあるにしても、自分のスタイルに応じた最適な陣営を召喚するし、最終的な行き着く先は他のサーヴァントを倒して自分たちが勝利を掴むことだ。

 

 巻き込まれたサクラコは置いておくにしても、セイバー、アーチャー、ライダーからは少なからずその様子が見て取れるが、キャスターとバーサーカーは明らかにそれ以外の目的で動いている節がとても強い。

 

 まるで、聖杯戦争に全く関係ない行動をすることを念頭に置いて、意図的に配置されていたかのようだ。攪乱、あるいはその行動自体が聖杯戦争に全く関係なく奴らに勝利を与えるかのように。

 

「これはあくまでもボクの仮説にすぎないから、聞き流してくれても構わない。キャスターとバーサーカー、唯一神理教と魔術師らしからぬ男たち、自分たちから聖杯戦争に参加したようにはどうしても思えない。もしかしたら、2つの陣営を聖杯戦争へと誘った何者かがいるんじゃないだろうか」

 

 そして、その存在こそが黒幕なのではないだろうか。そのように考えると、この奇妙な配置、意図的な符号にも説明がつく。要するにキャスターとバーサーカーはその黒幕が用意したこの歪な聖杯戦争ならではのキャストなのではないだろうか。

 

「ですが、どうして、そのようなことをしたのでしょうか。聖杯戦争をただ運営するだけであれば、あえてそのような歪なものを差しこむ必要はないのではないでしょうか」

「そればかりは、黒幕自身に聞いてみるしかないかな。ボクは探偵ではあっても、心を読むことができるわけではないしね」

 

「案外、何も考えていないかもしれんがな。愉快犯的な行動をすることによって、本来の聖杯戦争らしからぬ戦いをしたいと思っておったのかもしれん」

「本来の、聖杯戦争か……」

 

 言われてみれば、今回の聖杯戦争は実に聖杯戦争らしからぬ戦いだ。

魔術師同士が正面からぶつかり合うと言うよりも、各陣営が相手を出し抜くための罠を設置することに終始しているように見える。とにかく全体像が見えてこないのだ。各陣営が何を考えて、何をしようとしているのかが分からない。

 

 人間関係だけで見れば、決して難しくはないのに、聖杯戦争と、各々の立場と人間関係、それらが複雑に絡み合いながら、問題をややこしくしている。

 今はまだ導火線に火がついていない状況であるのだろうが、もしも、ひとたびこの捻じれに捩じれた状況に火がついてしまったとなれば……想像するだけで恐ろしい。

 

「ノルン、君はこの歪な聖杯戦争がどのように生じたのかを解決してほしいとボクに言ったね。ようやく、そこに手を伸ばすことができるかもしれない。バーサーカーとキャスター、そのどちらかはこの歪な聖杯戦争の手掛かりを持っているはずだ。そこを辿って行けば、尻尾を掴めるかもしれない」

 

「雲を掴むような話だな。聖杯で願いを叶えた方が早いかもしれんな」

「はは、笑えないな、それ」

 

 正直に言えば、ここからどのように状況を進めていけばいいのか手詰まりになりかけてきている。簡単に尻尾を掴むことができる程度の相手であれば、アインツベルンや聖堂教会だってわざわざ自分たちの代役なんてものを立てることはない。ボクという存在そのものがこの聖杯戦争の深層を掴むことがいかに困難であるのかを象徴しているのかもしれない。

 

 とはいえ……、それで臆する訳にもいかない。何せ、探偵なんだから。目の前にある謎を解決するために全力を尽くさなければいけない。

 

 静かな夜、聖杯戦争3日目は静かにその時間を過ぎていく。まるで嵐の前の静けさのように、静かに、だけど、いつ起こってもおかしくない嵐の予感を内包させながら終わりを迎えていくのだった。

 

――秋津市北側・唯一神理教総本山――

『明日、アーチャーがお前のいる山に襲撃を仕掛ける。お前が蒔いた種のお陰で連中は俺様のことを無視できない相手であると認識しているだろう。連中を山から引き離すために、俺様たちは街で大いに暴れまくる。くく、連中にもようやく甘い汁を吸わせることができるな』

 

「……私が言うのもなんだけれど、あの人たちはそれをいいと言っているの?」

 

『知らん。これは俺様が決めたことだ。どこともしれぬ夢を描いて俺様に付いてくると決めたのは奴らだ。俺様は俺様の為に闘う。奴らに夢を見せるために戦うんじゃない。奴らが俺様に使われ、最後まで生き残った奴だけが夢を掴むことができる。未開の地の侵略ってのはそういうもんだ』

 

 静かな夜、この街の中で現在進行形で戦争が起こされているなんて思えないような静寂の中で、慎夜君のお爺様から渡された蟲を使って、コルテスと今日の出来事の情報を交換し合っている。

 

 コルテスはアーチャー陣営と同盟を結んだと言う。総ては明日、この総本山の中で、外と内からキャスター陣営を倒すために。図らずも梓沙さんが単独で動いていた事態に、私だけでなくコルテスまでもが介入した形となった。

 

 果たしてあの男は私をこの山へと向かわせる時からそのように考えていたのか、それとも、動いていく自体の中で自分が付け入る隙を見つけたのか。コルテスほど頭が回るわけではない私には、どうやったら、自分の思うままに事態を動かすことを実現できてしまうのかもわからない。

 

 勝つためにあらゆる手段を講じるとコルテスは口にした。そう、勝つために多くの手駒を手に入れた。だからこそ、勝つためにそれを消費する。彼にとっては当たり前の理屈、当たり前の行動。でも、だからといって……良い思い出など何一つない連中だったとしても、顔を知っている相手が死ぬかもしれないと言うことは簡単に流すことはできない。

 

『おい、円華。むしろ、お前の方こそ大丈夫なんだろうな?』

「え……?」

 

『え、じゃねぇよ。そっちの内通者がどれだけの事が出来るのかは知らねぇが、最後に頼れるのは自分の身内だけだ。俺様は、お前が本当にキャスターのマスターを殺すことができるのかって聞いているんだ』

「それは……」

 

 キャスターのマスター、鷹司唯一、カルト宗教の教祖であると思っていた男、私には絶対に理解もできないと思っていた男にも理解できるだけの理由があった。彼もまた聖杯を掴み、誰かの幸福を求めようとしている人物であることを知った。

 

 競い合う中でどちらかが願いを叶えることが出来ないのは仕方がないと割り切れる反面、それを自分の手で潰すかもしれないと思える行動をすることに忌避感を覚えてしまう。

都合のいい考え方だとは思う。相手を陥れるための戦いだと分かっているのに、自分が手を下さなければそれでいいと思ってしまっているなんて。

 

 蹴落とすための競争なんてこれまでだって何度もしてきた。なのに、自分が相手のすべてを終わらせてしまうかもしれないと言うプレッシャーに自分が負けそうになってしまっているのが本当に醜い。

 

「………大丈夫、やるよ。やらなくちゃ、慎夜君を助けられないかもしれないんだから」

『くく、それでいい。いい加減、お前も腹を括れ。どれだけ拒絶したところで、お前と俺様は一蓮托生。勝つと決めたその時から、いつかはこうなることになっていたんだからな』

 

「私はアーチャーの襲撃に合わせて、梓沙さんと一緒に唯一を殺せばいいのよね」

 

 ドクンと心臓がギュッと鷲掴みにされるような気分を覚える。ただ、言葉で口にしただけ、これまでだって何度も頭の中で想定してきたのに、現実味を帯びてきた状態で口にする誰かを殺すと言う言葉がこんなにも自分の心を動揺させるモノなのか。

 

『連中のうちの何人かをお前のいる総本山に侵入させ、お前の脱出の手引きをさせる。キャスターのマスターが倒されたところで、連中が消滅するまでには時間が掛かるはずだ。いいか、殺した後は速やかに逃げろ。それ以外のことは何も考えるな』

 

「随分優しいのね」

『ああ、優しくするとも。お前は俺様のものだからな。お前に何かがあったら、わざわざ、手駒を減らす決断をした意味がなくなる』

 

 正直、憎からしいと思う。唯一を殺すと口にした後に生じた胸を締め付けるような思いに対して、お前の為に動いているなどと口にされれば、誰だって自分が守られているんだと安心感を覚えてしまう。どれだけ憎らしいと思っている相手だとしてもだ。

 

 冷酷な征服者として、私に辱めを与えた男、そんな男に目をつけられたのならば、それだけの方が良かった。だけど、今の私にとって、誰よりも頼りに出来、誰よりも私の身を考えているのもこの男なのだ。

 

『戻ってきたら、嫌というほど抱いてやる。連中にも褒美をくれてやらないといけないからな』

「………最低」

 

『くく、あっははは。じゃあな、円華。うまくやれよ』

 

 蟲はそのまま何処へともなく飛び去っていく。話しを終えて、大きくため息を吐き、私はベッドに顔を蹲る。

 

 覚悟はしているつもりだ、慎夜君のためにと決意を固めた時から、私の気持ちは何一つとして変わっていない。だけど、少しずつ、確実に、コルテスのやり方に、コルテスの言葉に心を動かされ始めている自分がいることを自覚し始めていることが怖い。

 

 このまま聖杯戦争を戦い続けていく中で、この心が何もかも変わってしまったとしたら、絶対にありえないと思っていた相手に心を許し始めている自分がいるのに、今の心がこのまま変わらないなどと、誰がどのようにすれば証明することができるのだろうか。

 

「会いたいよ………慎夜君……」

 

 せめて、優しい言葉の一つを口にしてくれればそんな心の迷いの総てを吹き飛ばすことができるかもしれない。強引にだって構わない。この心を上書きしてくれるのならば、愛する人がすることなら、平気で受け入れることができる。

 

 だけど、どれだけ願った所でその願いは叶わない。その言葉を聞くためには、瀕死の重傷を負っている慎夜君が自力で目覚めてくれるか、私が聖杯戦争に勝利するかのどちらかしかない。

 

 その途上で、彼の言葉を聞けるなんて思ってしまうこと自体が、どうしようもなく甘い願いでしかないことを今の私は知っている。

 

(大丈夫、梓沙さんだっていてくれている。私達はきっと成功させることができる。そうすれば……)

 

 その結果、唯一神理教という教えを信じている人たちがどのようになるのか、それは努めて考えないようにした。もしも、そこを考えてしまったらきっと、足が動かなくなることを知っているから。

 

 これは正しい、これは間違っていないんだと、自分の心を理論武装させなければ、間違いなく明日の自分は失敗すると分かっている。

失敗するわけにはいかない。慎夜君を救うために、私自身の未来を手にするためにも、誰かの未来をすりつぶしてでも、獲得しなければいけないのだから。

 

――秋津市西側・繁華街――

「おい、オヤジ。これはどういうことだ……?」

「どうもこうもねぇよ。それを理解できねぇくらいに目が曇っちまったのか、奉。俺の知っているお前は、もう少し賢く立ち回ることができる奴だったはずなんだがな……」

 

 繁華街へと戻り、勢至姆組の事務所へと戻るはずの道すがら、そこで俺はオヤジを目の前にして囲まれていた。

囲んでいるのは、組の連中。隣に立つ櫻一郎は既に構えているが、静止をさせた。本気になれば、連中が俺に殺気を放っただけで櫻一郎はこいつらに斬りかかっちまうだろう。

 

 霊体となっているバーサーカーも周囲を威嚇するような反応を浮かべているが、魔術に疎い組の連中はそちらには気付いていない。

 

「下手ァ、踏んだみたいだなァ」

「………何のことだ?」

 

「俺だって馬鹿じゃねぇよ。組から飛び出した若頭が何処で何をやっているのかくらい、把握しなくちゃおちおち寝てもいられねぇ。人脈使って、お前の足取りは当然に追っていた。オメェの自慢のシノギ、嗅ぎつけられちまったみてぇだな」

「…………ハメやがったな」

 

 果たして櫻一郎は気付いていたのか。いや、気付いていたのだろう。

だが、こちらがその尾行に気付き、そいつを締め上げたところで大義があるのはオヤジの方だ。何せ、俺は組の連中を使って勝手にやりたいことに手を出していた火薬玉のようなもんだ。

櫻一郎が気づいていたところで、手を出せるはずもなく、もっとも穏便に済ませるとなれば、やはり放置しておくほかない。

 

「何とでも言え。なぁ、奉………そろそろ潮時なんじゃねぇか? 今、ここで足を洗えば、オレの力でなんとかしてやる。組の連中だってお前がこの組を潰すために動いていたわけじゃねぇことくらいは解ってる。俺もお前の擁護はする。だから、ここらでやめにしねぇか、奉……」

 

「ふざけんなよ、オヤジ。何も知らねぇ癖に、勝手に話を終わらせようとするんじゃねぇよ。組の為にだ、ああそうだ、俺はこの組をもっとデケェもんにしたい!! オヤジをこの街の主にしてやりてぇ! あんたには恩がある。痩せさらばえた犬みてぇだった俺を拾って、ここまで育て上げてくれた恩がある。だから、俺は証明してやらなくちゃいけねぇんだ。この街で、誰が一番強いのかってことを!!」

 

 別に言葉を交わす必要だってない。本当ならば、櫻一郎とバーサーカーに命令すれば囲んでいる奴らだろうがオヤジだろうが全員一瞬のうちに殺せる。

 どんな理屈があろうとも、こいつらだけは俺に従ってくれている。だから、それは可能だ。可能であることに間違いはない。間違いはないが……それを実行するのかどうかは全くの別問題だ。

 

 オヤジに手を出す。それだけは……どうしても自分で選択できねぇ。何度も何度も自分に言い聞かせるように言ってきた。あの日に拾ってもらった恩だけはどうしても捨てきれねぇ。それを捨てちまったら、俺は本物の畜生にまで堕ちていくほかなくなる。

ただ、己の劣等感を晴らすためだけに生きているただのゴミ屑にまで堕ちてしまうと分かっているから、どうか分かってくれと不器用に、怒りをあらわにするしかない。

 

 まるで子供が駄々をこねているような姿だった。親に理解されない遊びを必死に間違っていないのだと説得しているような姿は、とても浅ましく、だけど、譲ることはできないのだと分かってほしいのだと言う願いに溢れていた。

 

 若い連中からすれば、馬鹿な若頭だと口々に罵りたくもなるかもしれないほどに無様だが……俺は、オヤジには、勢至姆典嗣にだけは分かってほしかった。

 お前は間違っていないと言ってほしかった。その言葉がもらえれば……

 

「おい、何してんだよ、オヤジ……」

「すまねぇ、奉。お前にそこまでのことを考えさせちまったのは俺がふがいねぇからだ。お前の気持ちに応えることができるほど、俺は何の備えも持っちゃいねぇ。そんな俺がお前に出来ることはただ、お前の理想に至れなかったことを許してくれと頭を下げることだけだ」

 

 目の前で、俺に対して、オヤジが頭を下げていた。組員の失態を詫びるような姿で俺へと頭を下げている。いや、実際にやらかしちまったのは俺だ。俺がオヤジに頭を下げさせている。その図式がここにはあった。

 

「どうか……もう、終わりにしちゃくれねぇか。お前の気持ちは十分に伝わった。だが、これ以上はいけねぇ。奉……、俺はお前が危険な目に会う姿をこれ以上放っておくわけにはいかねぇんだ」

「オヤジ……顔、上げろよ」

 

「あげられるかよ。これは、俺の不始末だ。お前の想いを理解しておきながら、何もしてこなかった俺への罰だ。分かっているなんて言葉でお前を理解したつもりになっていた俺が全て……悪かったんだ」

「…………っ!」

 

 何だこれは、何なんだ。何で、こんなことになっちまった。どうして、いつから俺はオヤジの名を上げようとして、オヤジに頭を下げさせるようなことをするようになっちまった。なぁ、何なんだよ、これは……。俺は間違っていたのか。

 

 力を振えばそれですべてが解決すると思っていた。実際にそういう世界の中で生きて来たし、俺達の組だって実体としてはそうだ。力が万全じゃないから手を出さない。

 そうじゃなかったのか……、それとも、そう思っているのは俺だけだったと言うのか。

 

 組を大きくすること自体が俺が勝手にそう思っていただけだと言うのならば、俺のやってきたことは……

 後ろで獣の唸り声が聞こえた。早く襲わせろと催促を求めている声のように俺には思えた。

 

 それが契機だったのか、張りつめていたもののすべてがスッと落ちたように思えた。

 

「櫻一郎、すまなかったな」

「若……!」

 

「オヤジ、顔を上げてくれ。俺は勢至姆組の人間だ。オヤジに拾われて、オヤジに恩義を尽くすと決めた。だから、もうこれ以上、組に迷惑を掛けることはできねぇ」

「………分かってくれるのか」

 

「オヤジに頭下げられてまで、通さなくちゃいけねぇ仁義なんてないってわかった。俺のことは好きにしろ」

 

 そう口にしてもしばらく、オヤジは頭を上げることはなかった。それが自分の贖罪であるかのように振る舞うオヤジの姿はあまりにも痛々しく、俺はそんなことをオヤジにやらせてしまっていたのかと今更ながらに我に返った思いだった。

 

「しばらくの間、お前を自由に動かすことはできない」

「ああ、仕方がない。命が残るだけ儲けものだな」

 

「すまねぇ、お前を此処で終わらせるようなことにだけはしない。それだけは約束する」

「………ありがたいな」

 

 おそらく、これだけのことをしでかしたのだ。若頭としての役職は剥奪されるだろうし、ブタ箱に放り投げられるかもしれねぇ。

 けど、そうなったとしても、オヤジの想いだけは裏切らずに済んだ。そのことの方が俺にとっては重要だった。

 

 だから、すまねぇな、ようやくお前と一緒に暴れることができるようになったと思ったってのに、ここで終わりになっちまうんだろうかな。

 なぁ、バーサーカー。お前はどうする? どうしたい? いや、答えられるはずもないか。お前は獣で、俺と言葉を交わしあうなんてことは出来ないんだからな。

 

 まもなく、バーサーカー陣営という陣営は終わりを迎える。聖杯戦争など何ら関係のない勢至姆組という存在の人間関係の中で静かに終わりを迎える時が来るだろう。

 

――秋津市東側・住宅街・七星流剣術道場――

「…………全然届かなかった」

 

 静かに呟く言葉を、何も言う事無くパートナーであるマルテルさんは聞いていてくれた。強くなっているはずだった、そうなっているつもりだった。

だけど、ゲームのようにあたしの成長に合わせて周りが待ってくれるわけじゃない。そんなことは予定調和の世界だけの話しで、普通に考えれば、あたしが成長すれば周りだって成長する。努力するかしていないか、それが個人差としてあるだけに過ぎない。

 

 だから、あたしが強くなるには、マルテルさんの力を借りて、その密度を高めていくしかない。

 

「マルテルさん、あたし、兄さんに勝ちたい。兄さんを止めるには……あたしが、勝つしかない」

 

 きっと、兄さんはどんな言葉を口にした所で止まらない。そして強くなければ言葉をぶつける時間すら与えてくれない。あたしが心の中に渦巻いている様々な何故に答えを見出すには、結局は強くなるしかない。

 

「サクラコ、それはつまり、バーサーカー陣営を我々の手で倒す。そのように解釈してよろしいのですね」

「うん。この街に恐怖を振りまく存在を放っておくことはできない。あたしは、あたしたちの手でバーサーカーを止める。そう、決めたよ」

 

「………わかりました。では、修業を始めましょう。貴女も貴女なりにやりたいことがあるでしょうから」

「うん、もっと自分を知りたい。あたしに必要なこと、あたしが求めているもの、それが何なのかを明らかにしたいから」

 

 そうすれば、兄さんが口にしていたあたしだけの七星流剣術を見つけることができるはずだと思うから。

 明日という日を迎えるために、あたしはマルテルさんとの修行へと励むために魔術で生まれた刀を握る。

 

 そう、でも、この時のあたしはまだ知らなかった。迎える聖杯戦争4日目

 

 この日に起こった出来事を境として、あたしたちの日常も、聖杯戦争の趨勢も大きく変貌を遂げていくことを。

 

 聖杯戦争4日目―――この日、あたしは自分が改めて「戦争」に巻き込まれているのだと言うことを強く強く実感させられることになるのだった。

 

第三夜『Silence night』終了―――聖杯戦争終結まで、あと7日

 

―――次回予告―――

 

「初めまして、七星桜子さん。私は遠坂煉、蓮司の父親であり、アーチャーのマスターだ。今日はキミに頼みごとがあってね、こうして直接、足を運んだのだ」

 

「俺様のために死ね。そして、死ぬ気で生き残れ。その先にある財宝は生き残ったものだけでの総取りだ、つまらねぇ死に方をするんじゃねぇぞ!」

 

「ランサー、言ったはずですよ。次に会う時は必ず決着をつけると。貴女を帝の下には通しはしない」

 

「さようなら、鷹司唯一。唯一神理教は今日終わりを迎える。その妄念、信奉した帝と共に冥府へと持ち去りなさい」

 

「裏切ったのか、オヤジ。あんたは最初から、俺を騙すつもりだったのか!! 答えろ、オヤジぃぃぃ!!」

 

「父さんとアーチャーはどちらも僕にとって尊敬するべき人で、目指すべき目標なんだ。そんな二人に認められるためにも、僕は絶対にキャスターを倒すよ」

 

「円殿、どうしたのだ。何かあったのか……私に、私に出来ることがあるのならば、教えてくれ。あなたはそのような弱さに浸る方ではなかったはずだ」

 

「オオ、天皇陛下万歳ィィィィィィィィィィィィィィ!!」

 

―――第四夜「Deceive night」

 




次回、1更新分休ませてもらって、次からいよいよ4日目突入です、話しが動きだします!

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