親子の在り方
――秋津市西側・繁華街・勢至姆組事務所――
『おめぇ、一人か。こんなところで、何をしてんだ?』
思い出す。そう、初めて出会ったあの日は酷く雨が降りしきる日だった。傘を差し、まるで道端に捨てられた野良犬を見下ろすような視線で、俺を見る男……。どうして、車を止めて、わざわざ俺の前に足を運ばせたのかもわからない。
しかし、そんな雨の降りしきる身も凍るような時間の中で、神丘奉と勢至姆典嗣は初めて顔を合わせた。
身体は酷く冷え切っていた。帰るべき家など何処にもない。俺をゴミ同然の扱いをしてきた家族は、ついほんの数日前に皆殺しにしてやった。
別に計画的に殺したわけじゃない。むしろ、衝動的に殺しちまったのだ。優秀な兄弟と比較され、魔術師の才覚が無いと言うたったそれだけの理由で、まるで奴隷のように扱われていた時間。
幼少のガキですらも分かる、自分の未来には何一つの希望が存在しないであろうこと。それを分かった上で総てを呑み込み、家の為に尽くして死んでいくという人生も確かに選択肢としては存在していただろう。
だが、俺の人生は常に暴力と隣り合わせだった、両親にも兄弟にも、挙句の果てに親類たちにも、ストレスのはけ口のように、嬲っていい免罪符であるかのように、俺は常に誰からも暴力を行っていい受け皿として扱われてきた。
身体をボロボロにされればそのたびに魔術で癒されてきた。簡易な応急処置程度の魔術は両親から教わった。初めて教え込まされた時には、純粋に嬉しかった。親から何かを与えられるなんて経験はほとんどなかったんだ。
親から教えられる魔術を自分なりに解釈して必死に覚えて、必死に使えるように努力して……ようやく飲みこめるようになったと報告した瞬間に、身体中を殴打された。
これで簡単には死ななくなるだろう、自分で自分を癒せるのだから、必死に死なないように努力しろと吐き捨てられた瞬間に、俺は初めて自覚した。
―――ああ、こいつらは、俺を嬲りたいだけなんだ。それが許されるんだ……と。
愛もない、怒りもない、憎しみすらもない。ただ、生まれ、ただそこにいるだけの存在。価値なんてものが一切存在しないから、何かの為に大事にするという思考を全く持ち合わせないし、自分たちはそれを行う権利があるのだと教えてくれた。
自分を生んだ相手だから―――関係ない。感情の前には生まれの貴賤は何一つ意味をなさない。現に兄弟たちも手を出してきた。暴力塗れの時間。少しずつ、少しずつ、理解していく。
自分はこの家、この世界に生まれるべきではなかったのだと。ここでは自分こそが偽物、醜いアヒルの子であり、生まれてきてしまったことが間違いであったのだと。
生誕の瞬間から間違えているのだから、いくら努力したところで本物になれるはずなどない。何をしようともこの偽物の人生から逃げることはできない。
そして、暴力という行為はあらゆる正義に優先されるのだと言うこと。どんなお高くとまった道徳を口にしたところで何も変わらない。一発殴ればそれで終わり、恐怖と嗜虐心が世界を支配し、もはや誰もその体制を変えることは出来なくなる。
偽物に与えられる暴力の時間に、愚かな偽物が耐えられるはずもなく、自然と俺は己の人生というものに興味を失っていく。死を迎えるべきかと思ったが、ふと、思い立ったのだ。
なら、俺が暴力を振ったらあいつらはどうなるのか。どんな反応をするのだろう。本物であれば、やはり偽物とは反応が違うのだろうかと。
殴った、壊した、殺した、燃やした、気付けば……すべてが無くなり、終わっていた。
全てが終わった後に浮かんだのは乾いた笑いだった。何かを為し遂げたわけでもなく、成果があったわけでもない。ただ、達成感のようなものを感じていたのだけは事実だ。俺はやりきったんだと人生で初めて、自分の手で掴んだものがあったように思えた。
ただ、そんなものが何の勲章にもならないのは当たり前のコト、何もかもを失ったガキ1人が生きていられるほど世界は優しくない。降りしきる雨の中で凍えながらも、ただ震えているしかない。
他人から向けられてきたのは常に純然たる暴力だけだった。命乞いをするか抵抗するか、或いは受け入れるか。そんな他人との接し方しか知らないから、助けてくれの一言を口にすることもできない。
だから、目の前に現れた黒塗りの高級車から降りてきた男が俺に差しだしてきた雨を凌ぐための傘によって、自分の体温を奪う雨を遮られたのだと理解しても、それが何を意味しているのかわからなかった。
「行く当てもないのか?」
首を縦に振る。かろうじて、自分の戻る場所がないことくらいは俺にも分かっていた。それから男は、俺の腕を掴み、半強制的に自分が下りた車の中へと俺を連れ込んでいく。
「オヤジ、そのガキ連れ帰るんですか……?」
「若い働き者が必要だって言っていたじゃねぇか」
「それにしたって、若すぎる。どこの誰ともわからねぇようなガキを拾っちまって、後で面倒事になりますよ?」
「馬鹿抜かせ。そこでくたばられる方がよほど、面倒だ。いいんだよ、責任は俺が取る。こいつが使えなけりゃ、その時はその時だ。どうせ、帰る場所なんてないんだろうからよ」
別に自分から助けてほしい等と言ったことはない。むしろ、自分が助けられたことすら理解できていなかった。
やがて、時間を掛けていくことによって、俺は自分がその男、勢至姆典嗣によって手を差し伸べられたのだと言う事実を理解させられた。
どうして、あの時に助けてくれたのかも理解できず、どうして自分がその手を抵抗することなくとったのかも理解できない。
大人になった今でも、奉はそれを理解することができない。分かることがあるとすれば、それは唯一つ、あの時に頭の上に現れた雨風を凌ぐための傘こそが奉にとって初めて与えられた本物の施しであったということだけだ。
そう、勢至姆組という居場所を与え、今日まで育て上げて来てくれた。真っ当な反応が出来るようになるまで時間を要し、真っ当な社会生活を送るための常識を手に入れるまでに多くの迷惑を掛けちまった。
そして、今もまた……勢至姆組事務所の奥の一角で軟禁に近い状態を受けている。今この瞬間ですらも迷惑を掛けているに等しい状況だ。
一晩かけて部屋に閉じ込められてようやく茹っていた頭も冷え、自分がオヤジに何をしてきたのかを自覚していくと、今更、恥が一つや二つ増えたところで何一つ変わらないのではないかと思うほどには、己がどうしようもないことをしてきたのを理解してしまう。
暴走した己の正義によって、組全体に迷惑をかけたことは言うまでもなく事実だ。そして勝とうが負けようが、勢至姆組という組織に大きな付け入る隙を与えるに等しい行いを半ば、放任していたに等しい状況。
真っ当な思考をしている人間であれば、およそ引き金を引くことはないであろう杜撰さは奉をして、なんと愚かな行為に手を出してしまったのかと思わせるに十分だった。
「………何をやっているんだ、俺は」
すぐそばで霊体化した獣のうめき声が聞こえる。すぐにでも獲物を寄越せとせがんでいる様にすら思える唸りだった。
「ふん、お前もそう思っているのなら、俺の下なんざ、とっとと離れた方がいいかもしれないぞ。お前の欲望が満たされることはない」
典嗣を裏切ることが奉にはできない。あのように正面切って典嗣が頭を下げてきてしまえば、それを無視できるほど奉にとって勢至姆典嗣という存在は安い相手ではないのだ。
初めて己に愛を向けてくれた相手、本物の父親ではないかもしれないが、本物など遥かに超えるほどに、俺の人生に影響を与え続けてくれた相手。偽物であったとしても、俺にとっては本物の父親に等しい存在を無碍にすることなど出来るわけもない。
「まぁ、無理か。令呪が俺にある限り、お前は俺を裏切ることもできねぇ。馬鹿なマスターの下に来ちまった自分の運命を呪うんだな。もうこれ以上、お前の出番はねぇよ」
おそらく、今日にも典嗣から正式に聖杯戦争からの離脱を求められるのだろうと。典嗣自身が何処まで状況を理解しているのかは奉にも判然としないところではあるが、求められてしまえば奉としても応えないわけにはいかない。
何もかもが偽物であり、与えられることもなかった奉の人生の中で、典嗣は明確に奉に多くのモノを与えてくれたのだ。
地位も金も生き方も愛情も、本来与えてくれるはずであった相手が何一つとして与えなかったものを、偽りの関係であったとしても与えてくれた。
それだけで奉には十分だった。聖杯戦争を降りるには十分な理由であり、裏返せば、典嗣に対する偽りなき心こそが、奉の心に残った最後の良心だろう。奉を人足らしめている最後の制御装置。
これをないがしろにしてしまったとすれば、その時こそは本当の意味で自分は獣へと堕ちてしまうことを半ば理解しているからこそ、その選択を実行には移さない。
何にしてもこれで終わりだろうと奉は自戒する。自分がこのような軟禁状態で済んでいるのも全ては典嗣が計らってくれていればこそだ。そうでなければ組に迷惑を掛けてきた不届き物として集団で暴行されていたとしてもおかしくはなかっただろう。
潮時……、その言葉が脳裏をよぎり、それがすべてを諦めさせていく。
『いやはや、奉君ってば簡単に諦めてちゃどうしようもないじゃないか。せっかく、私は聖杯戦争を盛り上げてくれる存在として君を選んだと言うのに』
それは、どこからともなく気配を現し、奉に気付かれることもなく、軟禁された彼の様子を眺めていた。まるで劇を見る観劇者であるかのように、観測者であるかのように。事態を俯瞰し、盤面の動きを眺めている。
『狂気に酔い始めていた君が正気を取り戻すのはこちらとしても本意ではないのだよ。君にはやはり血の匂いが似合っている。真人間に戻ろうなどとは考えないでくれ。どれ、少しばかり、私が力を貸してあげよう』
「それ」にとって、このまま奉が聖杯戦争を脱落してしまうなどということは面白くないのだ。せっかく、この秋津の街を盛り上げるために奉と唯一という本来であれば聖杯戦争に選ばれないであろう2人の役者を取り上げたと言うのに、スポットライトを浴びる前に脱落されたのでは面白味が全くない。
『諦めるなどとキミらしくもない。偽物が本物を凌駕するところを見せるのだろう。道半ばで諦めてどうするのだ。キミと獣が織りなす聖杯戦争を私は心の底から楽しみにしているのだから』
人知れず、誰の意志に介在することもなく「それ」は明確に動き出した。その行動が何を齎すのかを、誰も知らない。奉自身もいまは何も知らない……
――秋津市東側・住宅街・七星家――
「昨日、兄さんに会ったよ」
「なに………?」
いつもと何ら変わらない朝食の風景、しかし、今日だけはあたしにとっては少し違った。いつもだったら何も考えずに、お父さんとあーだーこーだ言い合っているだけだけど、聞かなければいけないと思っていることがあったから、緊張した面持ちをして、その言葉を口から投げ出した。
「櫻一郎に会ったのか……? どうして?」
「どうしてかって言われるとあたしにも分からない。でも、テレビでニュースになっているあの事件、アレを引き起こしている人の仲間として兄さんは行動をしていた。聖杯戦争の事も知っている風だった」
テレビでは今日も動画事件のことがニュースとして挙がっている。
ただ、今日のニュースはいつもとは少しばかり空気が違った。いつもであればここで被害が発生したなどというニュースが流れるんだけれど、今日は被害者がいたにもかかわらず、動画が流れることが無かったと言うニュースだったのだ。
被害者が襲われた現場はあたしたちが兄さんとバーサーカーを見つけた場所、あの戦闘後に兄さんたちは新たな事件を引き起こさなかったし、動画を上げる様子もなかったみたいだった。
不自然だとは思う。それがあたしたちが割って入ったからだって好意的に捉えたい気持ちは当然にあるワケだけど、正直に言えば、そこまでの損害を相手に与えられたようにも思えない。
(どちらかといえば、兄さんに言いようにされていたのはこっちだし……)
実力の上で完全に上をいかれていたあたしたちが生き残ることが出来たのは、はっきりいって見逃されたからだ。あのまま戦っていれば……どうなっていたんだろうか。兄さんは、あたしを殺したのだろうか。これまでの動画事件の被害者たちのように……もはや肉親だろうと関係なく、いいや、肉親ですらないと考えて手を出したのか。
「……桜子。櫻一郎のことは忘れろ」
「聖杯戦争の相手としてまた再会するかもしれないのに、忘れる事なんてできるはずないじゃん!」
「櫻一郎のことに関われば、いい思いをすることは絶対にない。あいつはお前が魔術を使う限り、絶対にお前と戦うことを止めないぞ」
「それってさ……兄さんがこの家を出て行ったのも魔術絡みって事?」
「………………」
お父さんはそこで口を噤んだ。大事なことであたしに知られたくないことがある時には必ず口を噤んでしまうのはお父さんの悪い癖だ。だから、すぐに本当は知っているのに、何かを隠しているんだろうなってことは分かった。
「ねぇ、何があったのか教えてよ。どうして兄さんはこの家を出たの?」
「お前には関係のないことだ」
「じゃあ、お母さんはどうして死んだの?」
「15年前に事故で死んだと言っただろう。今更どうしたんだ」
「本当は聖杯戦争に関係しているんじゃないの?」
お父さんの眉間にしわがよる。隠し事をしているのは間違いなく、それを隠し通そうとするのなら、あたしだって容赦はしない。
兄さんと出会い、明らかに「七星」という家が魔術とは無関係の家ではないことはもうあたしの中で間違いないことだと分かっている。
お父さんがあたしにそれを告げなかったのは、あたしから魔術を遠ざけたかったからなのかもしれない。兄さんの口ぶりを聞いた限り、兄さんはあたしが魔術を知ることによって、不幸になると言う思いを口にしていた。
勿論、聖杯戦争に巻き込まれて、今も命の奪い合いに近いことをさせられている現状は決して、幸せなことではないと思う。
あたしと同じくらいの年代の子たちの中で常に命の奪い合いの中に身を置いている人間がどれ程いるのかって話しな訳だから。
でも、それはそれとして、自分のコトくらいははっきりと理解しておきたかった。どうしてあたしが聖杯戦争に選ばれたのか、どうして兄さんがこの家を出たのか。
そして……15年前の聖杯戦争、ロイや兄さん、少なくない人間が口にしてきた、かつての聖杯戦争で「七星」という魔術師が何をしたのか。
それは知らなければいけないことであるように思えたのだ。
「何度も言わせるな。お前には―――」
「真一郎殿、口を挟むようで申し訳ないのですが、桜子は既に隠し通すことが出来ないほどには、魔術という世界に足を踏み込んでいる。何もかもが明らかでないのならば、隠し通すことも必要かもしれませんが、こと此処に至っては、真実を提示することも考えるべきではありませんか?」
「………これは七星の家の問題だ」
「ですが、私の主の問題でもあります。桜子がこの問題で悩み、必要な状況で剣を鈍らせるようであれば、それは致命的な弱点になりえる。私は桜子が私と共に戦うと決意したその気持ちを汲みたい。彼女は隠された真実を耳にし、それで折れてしまうほど、彼女は弱い心根ではないと、数日程度の関係ではありますが、私はそう信じています」
「マルテルさん……」
これまであたしたちの問題にはあえて口を挟んでこなかったマルテルさんがお父さんに意見をしてくれたことに驚きと共に、目じりが潤んだ。マルテルさんの様子は変わらない。笑っているわけでもない、怒っているわけでもない、いつもと変わらない様子で向けた言葉はそれだけにこの場において重みがあるように思えた。
「………別に隠したいわけではじゃねぇよ。話しをするなら話しをしたって構わねぇ。ただ……お前には知ってほしくないと桜も櫻一郎も思っていた。だから、俺も口にしてこなかった。それだけだ。そして、俺はこれから先も口にするつもりはない。
それが……俺と櫻一郎が決めたことだ」
「兄さんと……」
わからない。父さんと兄さんは一体何を知っていて、どうして兄さんは七星の家を出ていくことになったのか。多くの人の話しを聞けば聞くほどに分からなくなってくる。
意図的にあたしだけが何も知らないように情報を隠されて、知ろうとすれば誰もが口を閉ざしてお前のために言わないでいると、そのようにまるであたしのためだと言ってくる。
冗談じゃない、あたしは別にそんなことは望んじゃいない。総てを知って、ちゃんと受け止めて、その上で自分の未来を決めたいって言うだけなのに。
「お前がもう聖杯戦争に巻き込まれちまったことはどうにもならない。ランサーと一緒に生き残るしかないだろう。だが、これが終わったら、もう魔術と縁を切れ。そうするのが一番良い」
「あ、ちょっと待ってよ!」
お父さんはそういうと、立ち上がり、片づけもせずに居間から離れて、自室へと向かってしまった。その様子は逃げるように見えた。これ以上追及されないように、語らないようにしているようで……別に、そうまでされて追求したかったわけでもないのに。
待ちに待った休日の2日目だって言うのに、朝の初めからあたしの心にはやりきれない思いが膨れ上がるばかりだった。
――秋津市東側・住宅街・遠坂邸――
「えっと、父様。お話しとは……?」
「ああ、単刀直入に話そう。七星家の娘、七星桜子……、彼女と懇意にしているのは、学友としてか、それとも聖杯戦争のマスター、関係者としてなのか、お前の意見が聞きたかったのだよ、蓮司」
「―――――っ!」
どこまで表情に出さずに済んだのかもわからない。思わず言葉を奪われ、用意していた様々な思考の総てが一瞬のうちに奪われたように思えた。
どう反応すればいいのだろうか。否定をすればいい? いや、そもそも、父さんは何処で七星さんのことを知ったのか。まさか、アーチャーがと、アーチャーに恐る恐る視線を向ければ、彼は首を横に振るだけだった。
「蓮司、何を考えているのかは分かるが、アーチャーから聞いたわけではないよ。名誉のために言っておくがね。私はこの街の各所に使い魔を配置しているし、お前の動向を監視するための使い魔も存在している。要するに、この街の中で私が知らないことなどほとんどないと言うことだ。それを黙ったまま、戦いに向かわせていたことだけは謝らなければならないことではあるがね」
「ご、ごめんなさい。黙っていて……」
「気にすることはない。分かっていながら、今日まで声を掛けなかったのは私の方だ。考え方次第では、お前はマスター代行として十分な働きをしてくれていると捉える事も出来るのだ。あまり自分を卑下するな。私はただ、私もランサー陣営について理解をしているという前提の下に、ここから先の話を進めたいと考えて、この事実を明かしたに過ぎんのだから」
父さんは何も気にすることが無いとばかりに話を流していく。僕があれだけ必死にどうするべきかを悩んでいた問題に対して、むしろ何を悩む必要があるのかとばかりの態度だった。
「ランサー陣営は、マスターが素人であることもあり、危険度としては高いとは言えない。その上で、現在の我々の陣営とも協力関係を築いていくことが出来ている。
これは聖杯戦争を最後まで見据えるのであれば、悪くない判断だ。蓮司、遠坂の後継者として、お前はランサー陣営とどう相対するべきかに悩んだはずだ。
そして、協調の選択肢を取った。遠坂の当主として、私はその判断を評価しよう。お前の行動によって、我々の戦略の幅は大きく広がりを見せたのだからな」
「あ、ありがとうございます。だけど……」
「ん、どうした?」
「いえ、ありがとうございます。遠坂の後継者として恥じることのない選択が出来て良かったです。これからも精進します」
別に七星さんと協力をしたことは、遠坂の後継者としてとか魔術師としてとか、聖杯戦争のマスターであるとかそう言ったことを考えた結果であるわけじゃない。
そんなことじゃなくてもっと単純な、同じ街で、同じ学園に通うクラスメイトとして、助けたいと思ったし、正々堂々と変な策略に身を任せるわけではなく、戦うことができる相手だからこそ、僕は少なくとも七星さんと協力することができると思ったのに。
そんな僕にとっては当たり前の、これまでの人生の積み重ねが、父さんの、魔術師としての視点から見れば、大したことでもないかのように見られていることに口を出したかった。そんなのじゃないと言いたかった。
でも……、父さんの言っていることが正しいことであるのも分かるだけに、反論を口にすることはできない。なまじ、それが分かってしまうことが嫌だった。自分がもっと馬鹿で、向こう見ずだったら、こんなことを言わずに済んだのだろうか。
本当なら、もっとありふれた反抗期のように、父さんに怒りを口にするべきなのだろうか。わからない。ずっと、遠坂の後継者として、遠坂の当主である父さんに従ってきた在り方を簡単に変えるなんてことは出来ない。
この聖杯戦争の中で本当に正しいことが何であるのかすらも分からなくなってきてしまう。
「煉殿、あまり、蓮司君を驚かせても仕方がないだろう。要件を告げるべきではないか?」
「ああ、大丈夫だ、アーチャー。少し蓮司が考え事をしているようだったのでね、落ち着いてもらってから話を続けようと思っただけだ。別に勿体ぶっているわけでもなく、嬲っているつもりもない」
「どういうこと、ですか……?」
「……蓮司、私に七星桜子を紹介してもらえるかな? 聖杯戦争におけるアーチャー陣営の真のマスターとしてね」
「それは、僕がマスターとして父様の代行を務めている意味が無くなってしまうのではないですか」
ただ、頷くのではなく、今度こそ反論紛いの疑問を口にしてしまったのは、まるで自分がもはや用済みであるかのようなイメージが頭に浮かんでしまったから。昨日、父さんはアーチャーと共に何かをしたのだろう。対して自分はバーサーカー陣営と戦って何もできずに相手の撤退を許してしまった。
比較すれば、どういう結論が出てくるのかなど言わずともわかると言う話で自分自身、そこに焦りを覚えていたのは嘘じゃない。
もう、自分は父さんにとっても、アーチャーにとっても不必要な存在であるとみなされているのではないかという怖れにも似た感情が、煉の一挙動にも怖れを為している様に身体が震える。
「違うとも。私は最後まで、蓮司、お前にマスターの代行を務めてもらうつもりだ」
父さんの言葉に全身の緊張が一気に解けるような気がした。最悪の想像だけは避けることが出来たと言う喜びが、どうしても身体で表現されてしまう。
「でも、それならどうして……」
「何、頼みごとをしに行くのだ。こちらも代行に向かわせるのでは誠意が足りないだろう。いかにそれが、自慢の息子であったとしてもだ」
「父様が、七星さんに頼みを……?」
「ああ、今宵の命運を決めるかもしれない重要な役回りをお願いしたい。そのためにはしっかりと顔を合わせておくべきだと思うのだよ」
父さんに不敵に笑う。その表情からは既にこの先の図式が見えているのか、この状況の中で何をするべきなのかが分かっている様子だった。
僕のように場当たり的ではない姿は、やはりどこまでも正しくて、どこまでも魔術師然とした姿であることを想わせてくれる。
「しかし、ランサー陣営にその頼みごとを聞き入れてもらえる勝算はあるのかね?」
「完全にあるとは言えない。しかし、七星には私も多少なりとは因縁があるのでね。彼女も知りたがっているんじゃないかな。15年前の聖杯戦争における七星という存在がどういった存在であったのかが」
15年前の聖杯戦争、それは父さんが、僕と同じ立場で参加していた時の聖杯戦争の事だろうか。その時から、七星さんは聖杯戦争に関わっていた。
だとしたら、一体、「七星」という一族は何者なのだろうか。どうして、七星さんが聖杯戦争に選ばれたのか、すべてはそこに隠されているのだろうか。