――秋津市東側・住宅街・遠坂邸――
「桜子、一応、念のために言っておきますが、細心の注意を払ってください。相手が遠坂蓮司の親類であるとはいえ、ここは聖杯戦争の対戦相手の本拠地。何が待っているのかすらも分からないのですから」
「うーん、わかっているけど、なんだかなぁ。あたしとしては、友達の家に遊びに来たくらいの気分で行きたいところなんだけどな~」
「………以前から思っていたのですが、あなたはどうして、そう向こう見ずな決断をする時だけは理解力が鈍くなるのですか?」
「えぇ~、そんなことないよぉ。あたしはあたしでちゃんと考えているよ。少なくとも蓮司君の声は相手を騙すための言い方じゃなかった。蓮司君は信頼できるよ、嘘をついていたら、すぐに分かっちゃうもん!」
「だから、どうして、そう相手を無条件に信用することができるのか……いえ、ここで一々口にしていたところで、貴方の気性が変わるわけでもないでしょうね。常に相手を疑えとは言いません。ただ、気を抜かないように。戦闘に発展した時には、充分に動ける余地を自分の心に残しておいてください」
「ん、了解……! マルテルさんの言うことも分かるよ、だって、兄さんとだって戦うことになっているんだから、誰と戦うことになっても不思議じゃないって自分自身が一番分かっているつもりだから」
「それならば、良いのですが……」
昨日、駅前通りで購入した女性用のフォーマルスーツに身を包んだマルテルさんの忠告を耳にした上で、あたしは目の前の豪邸を見上げる。
この秋津の街の中でもひときわ豪勢な邸宅、秋津市の中で片手で数えた方が早いほどの大金持ちの中の1人である遠坂家は、蓮司君曰く、蓮司君のお父さんの代で一気にその権勢を高めていったのだと言う。
蓮司君自身も詳しく教えてくれたわけじゃないけれど、魔術師としても、秋津の街の名士としても、蓮司君のお父さんは多くの人と知り合いなのだと言う。
そして、あたしがここに立っている理由も、その蓮司君のお父さん、つまりは遠坂煉からの呼び出しがあればこそだった。蓮司君からお昼前に連絡を受けたあたしは一度耳を疑ってしまった。
それは蓮司君のお父さんから呼び出しを受けたということだけではなく、それがアーチャーの正式なマスターとしてランサーのマスターへの依頼だと蓮司君が口にしたことだった。
「私は、この家の中に踏み入ることも正直に言えば反対です。アーチャー陣営はこれまで、マスターについて虚偽の言葉を口にし続けてきたことになる。それが当主の命令であり、戦争で将を隠すことが常套であるとはいえ、そう考えるほどには頭が回る将であるということ。下手をすれば、我々を呼び出したこと自体が謀略である可能性も十二分に考えられます」
「そうだね。でも、あたしたちがそう考えるくらいのことは分かっているんじゃないかな。蓮司君からあたしたちの情報だって伝えられているんだろうし。だったら、あたしたちだけが何も知らないってのはフェアじゃないと思うし、蓮司君のお父さんがどういう人なのか知っておいて損はないと思うよ?」
それに、蓮司君とアーチャーさんは信用が出来ると思う。下手に罠にハメるつもりがあったとしても、何かしら手を貸してくれるんじゃないかななんて思っちゃうところもあるワケで。
んー、それにしても……マルテルさんの服装、もっと可愛いのを選びたかったんだけどなぁ。本人がギリギリ妥協してこれ。カジュアルなんて絶対に認めないっていうんだもんなぁ。ファッションに疎いあたしが言うのもなんだけど、マルテルさん着飾れば絶対に可愛いし、綺麗な筈なんだけどなぁ。
「マスター、屋敷に向かわないのですか?」
「ん、行くよ!」
何を考えているのか見透かされているような様子で、不審な表情でマルテルさんにこちらを見られてしまう。
いけない、いけない。それこそ本当にここはあたしの家の縁側というワケではないんだから、いい加減気を引き締めないと。
両頬を一度パチンと叩いて、気合を入れ直すと、あたしは屋敷の門に用意されたインターホンを鳴らす。古風な屋敷に反してインターホンはあたしの家とそう変わらないもので、ボタンを押す手が少しだけ緊張から和らいだ。
しばらく待っていると、特に反応はなかったけれど、門の先から、蓮司君が歩いてきて、門を開けてくれた。
「ごめんね、いきなり呼びつけるようなことになっちゃって」
「ううん、あたしは大丈夫だよ。蓮司君も元気そうでよかった」
「はは、父さんの前ではそうはいかないかもしれないけどね……一応、当主と後継ぎって言う立場を崩すことはできないから……」
蓮司君の暗い表情は、どこか自分はあまり力になることはできないけれど、という感情を察してほしいと言う様子にも見えた。
その様子にマルテルさんが懸念していたような状況が窺い知れるだけに、改めて楽観視することが出来ないのは分かっているけれど、此処まで来てしまった以上、逃げることができるわけでもない。
あたしはあたしらしく当たって砕けろの思いでぶつかっていこう!
「大丈夫、あたしもランサーも何の用意もなく来ているわけじゃないから」
コクリと後ろでランサーは頷く。ま、実際には用意なんて何もないんだけど、強がりだけは口にしておきたいと思うから。
蓮司君に案内されて、遠坂の屋敷の中へと足を通す。まず感じたのは、自分が考えている貴族の屋敷のイメージそのもの、あるいはそれ以上の内装という点だ。
調度品はどれも素人のあたしから見てもお金がかかっているものであろうと言うことが分かって、思わず周囲にちらちらと視線が向かってしまう。なんていうか、物珍しい博物館に来たかのような気分だった。
「随分と、無造作に集めたものですね」
「父様曰く、調度品とは揃っているだけで意味を成すものだということです。権力を握っている者というのは、装飾品に目をつけて、相手の気品を図ることが往々にしてあり得るとのことですので」
「蓮司君、喋り方……」
「ここはもう既に遠坂の敷地内です。僕は遠坂の魔術師、キミはランサーのマスター。ここでのそれぞれの立場があることを忘れないで」
「…………」
他人行儀な言葉は少しだけ寂しさを覚えさせ、蓮司君にとって、この遠坂の家というものがあたしが考えている以上に強く強く縛りつけているんだってことを理解させてくれた。
蓮司君がどうして、クラスメイトであるあたしの扱いにあれだけ悩んでいたのか、そもそもクラスの皆と距離を取っていたのか、今まではそこまで他人行儀にしなくてもいいんじゃないかって思いばかりが浮かび上がって来たけど、この屋敷の中に入って、なんとなくわかった。
この屋敷は重苦しい、肌にまとわりつくような重苦しさがあって、それが常に自分の両肩に重さを与えている。そんな風に錯覚させてくる。
それが遠坂という魔術師の家系の伝統なのか、あるいは歴史なのか。素人のあたしにはわからないけれど、蓮司君の負担を少しでも減らすことはできないのかなと漫然と思えた。
あたしの前に立って道案内をしてくれている姿はどこか、いつもの弱気を見せつつも勇敢な姿からはほど遠く、小さく縮みこんでいるように思えた。それを指摘すればきっと、蓮司君は頷くのだろう。そして笑って、まだ未熟だからという。そんな風に思える。
キミは立派だよと言葉を口にするのは簡単でも、それをこの屋敷の中で蓮司君に伝えることは酷く難しいのかもしれないと思った。
「ここが応接室です。では、どうぞ」
扉が開かれ、あたしたちは遠坂の応接室へと足を運んだ。一目、その世界の光景を見ただけで言葉が奪われた。ここまで来るまでに見てきた調度品の数々も素晴らしいモノばかりだったけれど、この部屋の中はさらに輪を掛けて凄い。
まさしく、この屋敷の在り方そのものを象徴している様に、多くの品々が所狭しと並び、その数と美しさで招かれた者を圧倒する。何も知らないあたしのような人間なら数の多さに、知っている人間からすればその品々に驚くのだろうか。
「ようこそ、ランサーのマスター、七星桜子さん。私は遠坂煉、遠坂蓮司の父親だ。いつも息子がクラスメイトとして世話になっているね」
「いえいえ、こちらこそ世話になってばかりで」
「……そして、アーチャーの真のマスターでもある」
「…………」
直球、出会って早々に口火を切られたように思う。どうやら世間話をするほどの時間を取る気もない様子だった。まさしくタイミングをうかがうのではなく、最初から全力投球。
(ありがたいといえばありがたいかな。あたしとしても腹の探り合いとかそういうのは得意じゃないし……)
「こちらに座りたまえ。蓮司、紅茶の用意を」
「はい、父様」
「ああ、あたしは別にそんなおもてなしとか受ける立場じゃないんですけど……蓮司君にも悪いし」
「これはこちらのもてなしの気持ちを細やかではあるが、見せているだけだとも。何せ、君と私は今は対等だ。対等に同じ聖杯戦争のマスターとしてこの秋津の街を戦場としている。であれば、遠慮することもあるまい」
その言葉にちょっとムッとした。なんと表現すればいいのかわからないけれど、なんだか嫌な気持ちになったから、誘われたように蓮司君のお父さんの席の対面に座り、マルテルさんがその横に座る。
アーチャーはお父さんから少し離れた場所で様子を覗っている。もしも、ランサーが手荒な行動に出ればすぐにでも動くことができる位置取り、おそらくこの屋敷の中にもアーチャーの兵士たちは無数にいるんじゃないだろうか。
「それで、単刀直入に聞きますけれど、どうして、自分が真のマスターだって明かす気になったんですか。蓮司君を代行として騙すつもりじゃなかったんですか?」
「随分と直球で来るね。蓮司の学園での様子でも聞かせてもらおうと思っていたのだが」
「ごめんなさい。あたし、馬鹿なので……!」
勿論、あたしの言葉が自分を皮肉っているわけではないことくらいはこの人であれば解るだろう。要するに言いたいことがあるのならサッサと言えと。
クラスメイトを召使扱いさせるような場所でいつまでもくつろいでおけるほどあたしだって図太いわけじゃない。
「わかった。では、まずはキミの質問に答えよう。無論、私としては、蓮司をマスターの代行として据え置き、己の身を隠しておくべきだった。これは危機管理として間違った判断ではないと考えている。しかし、一方で、こちらとしてもランサー陣営に頼みごとをするうえで、蓮司から総てを話せるとも考えていなかった」
「要するに取引材料として自分の正体を現すことを誠意と考えろと貴方はそうおっしゃられるわけですか?」
「そう捉えてくれても構わない。頼みごとをするのだ、少なくともこちらの素性を明らかにするのは最低限の礼儀ではないかな?」
慇懃無礼な態度を取り崩すことはない。丁寧な態度を取っておきながらも、こちらが提案を受け入れることは間違いないと言う前提の下に話を続けている。あたしがそれを断るかもしれないなんて可能性は一切考慮にすら入れていない。
その様子はある種の潔さすら感じさせてしまうが、あたしはあまり好きになれるものじゃなかった。
「どうぞ、七星さん」
「ありがとう、蓮司君……」
気付けば、蓮司君が紅茶を運んできてくれていた。無駄のない所作で配膳されていく紅茶に、ここが蓮司君の生まれた家であるように感じることが出来なかった。まるで職場か何処かで使われている使用人のようすですらあるように見えた。
息苦しい、この屋敷に入ってからずっとそんな息苦しさを感じる。ここに長くいることはそれだけで自分にとって悪いコトなんじゃないかと思うくらいには。
「理由は解りました。それで頼みごとって何ですか?」
「うむ。こちらも単刀直入に行くとしよう。我々は今宵、ライダー陣営と協調を図り、キャスター陣営の本拠地を襲撃、キャスターとそのマスターを無力化するつもりでいる。ランサー陣営にはアーチャーと共にその襲撃に手を貸してもらいたい」
「―――――」
「……キャスターとは、あの人斬りたちの首魁ですか?」
「ああ、その通りだ。この秋津の街の北側に存在する唯一神理教の総本山、そここそが彼らの本拠地であり、無数の人斬りたちを抱える伏魔殿だ。秋津の街を管理する者として、いつまでもあのような者たちをのさばらせておくわけにはいかない。
キミも同じ考えではないかな、七星桜子君。キミはこの街の現状を憂いていると聞く。我々の利害が一致していると思うが?」
「それはそうかもしれませんけれど……」
確かにあたしだって、あの人斬りたちのことを放っておくわけにはいかないと思っている。だけど、この人の言葉を素直に受け入れていいのかもわからない。
蓮司君が言った言葉ならたぶん、簡単に受け入れた。蓮司君のことはよく知っているし、あたしを騙すようなことをするのは彼らしくないってわかってるから。
でも、蓮司君のお父さんは違う。とっても穏やかな態度で、あたしのことを対等に見てくれているという言葉を口にしてくれている。きっと、ここであたしが何らかの提案を逆にしたとしても、真っ当に対応してくれるんだろう。
だけど、なんていうか、嫌だ。身体に何か目に見えないモノが巻きついてきている気分というか、自分で決めているように見えて、全然自分の意志が介在しているように思えないと言うか。選ぶこと自体が誘導されているように思えてきてしまう。
どう答えるべきか判断に悩むあたしの横でマルテルさんが静かに口を開いた。
「正直な話し、我々にはアナタの提案を受け入れる利がありません。確かにキャスターを撃破することは聖杯戦争を勝ち抜くうえで必要なことです。しかし、本拠地を攻撃するとなれば相応の準備が必要でしょう。犠牲、消耗も避けられません。
それを認識したうえで余りあるほどのメリットを貴方は我々に提供できるのですか」
「もっともな話だ。蓮司からも聞いているが、キミたちはバーサーカー陣営を仮想敵としているのだろう。彼らについては私が楔を打っている。時期に事件は解決するだろう。これがメリットというのはどうかな?」
「バーサーカーを止めるからキャスター撃破に力を貸せと? それこそ、詭弁でしょう、アーチャーのマスター。それは貴方がたが自発的に起こすべき行動を恩としてこちらに押しつけているだけだ。我々の協力如何に関係なく引き起こす行動をメリットなどと呼ぶのは、詐欺の類でしょうに」
「もっともな話だ。無論、交渉カードの一つとして認識してくれていれば構わない。我々にとってもキャスターとバーサーカーを討つことは為さなければならないことであると言う認識であることに間違いはない。
だが、そうなってくると、なかなか交渉材料というモノが見つからなくなるな」
マルテルさんは蓮司君のお父さんと舌戦を繰り広げ、あたしはそこでそれを聞いているしかなくなる。難しい話を続けることができない以上、あたしがここで口を挟むと良い方向に行かないってのは分かっている。
「…………」
だからこそ、チラリと蓮司君のお父さんが、あたしに向けて視線を向けたのに嫌な予感を覚えた。
「そうか。では、少しばかり話題を変えてみるかね。雑談だよ。例えば……昔話、15年前の聖杯戦争の話などどうかね?」
「――――――っ」
「当時、私は今の蓮司のように先代である父の補佐として聖杯戦争に参加していた。もっとも、蓮司よりも成熟していたのは事実であるからね、ほとんどは私がマスターとして我々の陣営をけん引していた。だからこそ、良く覚えているよ。
まさか、「七星」などというどことも知れぬ魔術師によって、よもや我々遠坂の願いが断ち切られることになろうとは……と、当時は少なからずの後悔を覚えたものだ」
ドンっっと、思いっきり、机が叩かれる音がした。それは思わずあたしが身を乗り出してしまったことによって響いた音だった。
「知って、いるんですか。15年前の聖杯戦争のコト。あたしの家に関わるかもしれないことを……!」
「ああ、知っているとも。私だけではなく当時の聖杯戦争を知る者であれば誰もが口をそろえて言うだろう」
「その時の七星のマスターは―――」
「いや、これ以上は話が脱線しすぎてしまうな。改めて、キャスター陣営との同盟の話し、考えてもらえないかね?」
あたしの言葉にかぶせるように蓮司君のお父さんは、ここで話は打ち切りという態度を見せる。
「私としては、受け入れてもらう事が出来れば、早々に話を終わらせて別の話しもできると思うのだが……どうかな?」
「それは、15年前の聖杯戦争の話しが聞きたければ、提案を受け入れろって事?」
「そうは言っていない。ただ、こちらも時間が無いのは事実なのだよ。だからこそ、提案が通らない相手を口説くよりも他の策を考えた方が早いと見極めなければならない。
キミたちにとってもせっかくの休日をこれ以上、無益な話しで潰させるのは申し訳が立たないと言うことだ」
いいや、違う。この場の誰もが分かっている。これは遠回しな脅迫だ、15年前の聖杯戦争の情報を教えてやる代わりに提案を呑めと言っているに等しいことくらいはあたしにだって分かる。
「だから、これが最後のお願いだ。提案を受け入れてはくれないかな、七星桜子さん?」
ご丁寧に言った最終勧告はきっと蹴り飛ばしてしまえば、もはや本当にそこで終わってしまうのだろうと言うことを痛感させてくる。
あたしが受け入れて来るだろうと言うことを実際にはもう分かりきっているような態度はまさしく、何もかもを自分の掌の上で動かしているように見えて、本当に腹立たしくなってくるわけだけど……
「…………ごめん、ランサー。あたし、やっぱり馬鹿だ」
「マスター……」
「キャスター討伐はあたしたちもしなければいけないことだっていうのは分かっている。だから、倒せる時に倒すって意味でなら協力しないこともない。少なくとも、むやみに人を襲うキャスター陣営よりは、アーチャー陣営は信用できると思うから」
「それは提案を受け入れてくれると言うことでいいのかな?」
「………ええ」
「結構。感謝するとも、桜子さん。蓮司の学友として賢明な判断をしてくれたことに心からの感謝をしよう」
苦虫を噛み潰したような表情をあたしは思わず浮かべてしまう。その表情のまま、蓮司君と視線が合わさってしまったことが、互いに気まずい。何を想っているのかが分かってしまうだけに余計にという所だった。
「かつて、15年前の聖杯戦争は、本来の流れの中で実行された50年周期で行われる聖杯戦争だった。当然に我々遠坂、マキリ、アインツベルン、エーデルフェルトといったこれまでの常連たる魔術師たちはこぞって参加をした。
今度こそが万能の願望機を手にするためにと。聖杯戦争である以上、他の3つの陣営は在野の魔術師や巻き込まれたもので構成されたわけだが……そのうちの1人、セイバーのサーヴァントを召喚した者こそが―――七星桜、五度目の聖杯戦争の実質的な勝利者となった魔術師だ」
「七星、桜って、あたしのお母さんが………」
なんとなく予感はしていた。15年前の聖杯戦争、お父さんが何かしらを隠していることは分かっていたし、兄さんもお母さん絡みの事で家を出たんじゃないかって疑っていたところはあたしにもあったから。
だから、お母さんがあたしのように聖杯戦争に参加していたっていうこと自体に驚きは覚えないけれど、実質的な勝利者って……
「七星桜は、我々にとってもまさしくイレギュラーだった。その存在を感知したのは初戦でエーデルフェルトのライダーを破った時であったか。そのまま、彼女は順当に勝利を重ね、聖杯を前にした最後の戦いで我々遠坂と激突した」
そこで言葉を切り、蓮司君のお父さんは紅茶を啜った。
「……結果、我々、遠坂は敗北した。先代の当主である我が父は七星桜との戦いで命を落とし、聖杯戦争は新参者の七星の勝利で終わりを迎えた」
「お爺様が、ですか……」
「勘違いしないでもらいたいが、父の死は魔術師としての決闘で失われた者だ。そこに恨みはない。あるのは未熟だった己への後悔だけだとも」
蓮司君のお父さんから聞かされる話は、あたしにとって、どれも初めて聞くに等しい内容ばかりだった。お母さんが聖杯戦争の勝利者になったこともそうだし、蓮司君のお父さんたちとそこまで密接に関わっていたことも全然知らなかった。
むしろ、そこで浮かび上がってくるのはあたしの家は何なんだろうかって事。どうしてお母さんは聖杯戦争に参加して、最後まで勝ち残るほどの事が出来たのか、どうして、それをあたしは知らないままでいるのか。そこらへんのことが全然わからない。
きっと、ここで教えられなかったら、絶対にその真実を手に入れることすらできなかったんだろうと思えてしまう。自分がまんまと乗せられているとしか思えないんだけど、あたしは今、自分が最も欲しがっている者を与えられた状態になっている。
「もっとも、七星桜が最終的な聖杯戦争の勝利者になることはなかった」
「どういうことですか。聖杯戦争の最終戦を戦ったと口にしていたはずです」
「さてね、あの日、あの瞬間に何が起こったのかは私も知らない。気付いた時には聖杯は消失し、七星桜もまた命を落としていた。勝者は誰もいなかったというワケだ」
「そして、本来、出現しない筈の周期で聖杯が出現したと言うことか」
「その通りだ。今回の奇妙な聖杯戦争に前回の聖杯戦争の影響が何処まであるのかは私にも不明な所であるし、考えるつもりはない。我々遠坂としては、今度こそ最後まで勝ち残ることを考えるだけだからね。故に……まさか、七星のマスターが再び出現するとも考えていなかった」
「何なんですか、あたしの家って、七星の家は何なんですか!?」
当たり前の時間を七星家で生きてきたあたしからすれば、蓮司君のお父さんが口にしている言葉は、現実感が全くなくて、それはつまるところ、まだあたしが知らない何かをこの人は知っているんじゃないかという思いに繋がっていた。
だから、それを教えてほしい、その想いに対して……
「魔術師狩りの七星」
「え………?」
「魔術師の世界には時折、魔術師を狩るための技を磨く一族が姿を見せる。それは己の魔術回路を相手を駆逐するためにしか応用することができない、魔術師たちの世界の中では外れた者たちであるわけだが……、七星もまたその系統に連なる者たちだ。その魔術は魔術を切り裂くことに特化し、魔術師を狩ることで己の有用性を証明する。
七星桜はその中でもひときわ魔術師狩りの才覚を持ち合わせていた。真実が知りたかったのだろう。つまるところ、それが真実。君が聖杯戦争に呼ばれ、エーデルフェルトを相手に咄嗟に戦えたのも七星桜の血を受け継いでいると考えれば納得がいく」
「七星が、魔術師狩りの一族……じゃあ、兄さんも」
兄さんはその事実を知っていたのだろうか。その事実を知らせないために、お父さんはあたしに魔術のことを忘れろと言ったのだろうか。
いいや、そもそも、今ここで聞いた話が本当の事かどうかなんて確証だってないと言うのに、どうしてあたしはそれを無条件に信じようとしているのだろうか。
証拠も何もない、眉唾話でしかないって言うのに……、何故かあたしの身体に流れている魔術回路は、強く強く励起している様子だった。
困惑は隠せない。だけど、この場で嘘をつくことにどれほどの意味があるのかと考えるとおそらくはないだろうという結論へと至ってしまう。
「さて、私は自分が知っていることを君に教えたつもりだが、雑談はここまででいいかな? 七星桜子君」
「………ありがとうございます、あたしにとってもとてもありがたい情報ばかりでした。キャスター陣営との戦いには協力させてもらいます。具体的に、あたしたちは何をすればいいんですか?」
クスリと蓮司君のお父さんが笑みを浮かべる。当たり前の流れとはいえ、自分の思い通りに事が進んでいることが嬉しい、そんな感情が見て取れる様子だった。
「キミには蓮司、アーチャーと共に唯一神理教総本山の山門を正面から強襲してもらいたい。当然にキャスター陣営はキミたちを堰き止めるために激突が発生するだろうが、是非ともそれを突破し、総本山の本殿へと侵入。キャスターを討ち取る」
「そう簡単に進むとは思いませんが、あの陣営はこの街の中で最も手数の上では勝っている。徹底的な抵抗が予想されますし、アーチャーの兵士たちを戦力に勘案したとしても、正面突破は非現実的と言わざるをえません」
「無論、承知している。こちらも主攻を補うための策は用意している。まず一つは先にもあげたようにライダー陣営との協調の上で動く。彼らは時が来れば街の中で一度騒乱を引き起こす。それによって、キャスター陣営の手勢の半分を引き受けてくれる。
そしてもう一つはキャスター陣営内部には我々の内通者がいる。その内通者がキミたちが正面から攻撃をしている最中にキャスターのマスターを襲撃する予定でいる」
「要するに、我々か内通者、そのどちらかが成功すれば良いと」
「その通りだ。作戦成功率を高めるためにも山門からの正面突破はぜひとも成功させたいところではあるが、最悪の場合は内部の襲撃が成功すれば、あの陣営は致命的な傷を負うことになる」
「あれほどの手勢を召喚している以上、マスターを討たれることは致命的だ。サーヴァントかマスター、そのどちらかの襲撃を成功させるだけで、キャスター陣営は壊滅的な被害を受けることは間違いない」
キャスター陣営を倒す。あたしがこの聖杯戦争に飛びこむきっかけになった陣営、バーサーカー陣営の事ばかりだけど、あの陣営のことだって、本当だったら放っておくことはできない相手だってわかってる。
色々と思うところが無いわけじゃない。でも、それが街の平和につながるのなら、あたしはキャスター陣営を倒すべきなんだろう。
例え、そのあたしの協力によってキャスター陣営側に犠牲者が出ることになったとしても、あたしはこの手を掴まなければならないのだろう。
「わかりました。やるからには成功させましょう」
「それでいい。蓮司」
「………はい」
「彼女と協力し、キャスター陣営に引導を渡せ。遠坂の後継者として恥じぬ戦いをし、勝利の報告を私に届けてくれることを期待している」
「わかりました、父様」
蓮司君はペコリと仰々しく頭を下げる。その様子は本物の親子というよりも師と弟子、あるいは主と召使のようにすら見えてきて、どこか歪な関係であるようにあたしには見えた。当人たちがそれでいいと思っていたとしても、決して良いとは思えない。
でも、そのことに対してあたしから何かをすることはできない。できるとすれば、この作戦を成功させることだけなんだと分かっているから……。
誰のためでもなく、この街のため、そして蓮司君の頑張りに応えるためにもあたしは戦う。自分を騙すような言い訳にも聞こえるかもしれないけれど、あたしはそう強く心に誓ったのだった。