――秋津市西側・繁華街・地下クラブ――
「くく、全員集まったようだな……」
繁華街に存在する一つの地下クラブ、この繁華街を取り仕切るのは勢至姆組に与することのない裏の世界の者たち。
そして奉が引き起こした騒動の中で、秋津の街へと潜り込んできた外の者たちを抱え込んだ一大組織へと変貌を遂げた。その構成員である烏合の衆たちは、自分たちを纏め上げたリーダーとも呼べる存在を前にして、その号令を待ちわびるように集まっていた。
今日の朝、いつもと変わらず、勢至姆組の網から逃れながら、いつか来るであろう自分たちがこの街の主役になる日を待ち望んでいた彼らは、この地下クラブのオーナーから発せられた連絡に歓喜した。
エルナン・コルテスがいよいよ動き出す。自分たちに暴れる時を与えてくれる。その時が来たのだと告げたのだ。彼らは歓喜の声を上げる。
それがある種の集団幻覚的な高揚感に塗れた物であり、この先に彼らが何を得ることができるのか等はっきりと明言されているわけではないが、それはそれとして彼らにとってはどうでもいいことなのだった。
暴れることができる、鬱憤を晴らすことができる。己1人の責任ではなく、エルナン・コルテスという男の指示によって動くことで、その枷から一時的にでも解き放たれることができるのだから、拒絶を覚える理由など何処にもない。
一般的な感性を持っている人間であれば、忌避を覚えるだろうが、彼らは何の理由もなく暴れまわるということを悪いコトであるとは思っていない。
自分の欲望のままに暴れたい。理由もなく何かを壊したい。人から何かを奪いたい。他にも他にも。
およそ、真っ当な倫理観を持ち合わせていない者たちは、現代社会の中ではつまはじきにされるしかないが、ことこれから行う破壊行動の手駒として使うには十分すぎるほどの適役である。
コルテスが口にした甘い言葉を半信半疑に疑いながらも、円華という極上の獲物を味わった夢を忘れることができない男たちは、その手に握りしめた前金ともいうべき金を握りしめ、次の極上が欲しくて欲しくてたまらないと目をギンギンに輝かせている。
「よぉ、お前ら、随分と待たせちまったが、ようやくお前らに美味しい思いをさせてやることが出来た。既に話は聞いていると思うが、俺様はこの街で幅利かせている唯一神理教を叩き潰す。お前らの中にも連中のことを面倒に感じている奴らはいるだろう?」
「あのイカレ宗教、こっちに目光らせやがって。いつ襲ってくるかもわからねぇ」
「帯刀している連中が近くにいるから迂闊に手を出せねぇが、まるで俺達が悪さをしているように演説しているのも気に喰わねぇ」
「ま、実際に悪さはしているんだけどな!」
地下クラブの中がざわつく。聖杯戦争が始まり、キャスター陣営が呼び出されてから急速に勢力を拡大した唯一神理教はこの街で起きているあらゆる事態に対して、非難を口にしている。
その一部は間違っているわけではない。目の前の連中がこの街の中に入ってきたことで治安が悪くなってきているのは事実であり、非難される謂れは十分にあるのだが、彼らはそんなことに頓着しない。
俺達が暴れまわりたいと言うのに、それを邪魔して来る不届き物程度にしか考えていない事実が彼らの原動力なのだから。
「それで、潰すにしてもどうするつもり? あたしたち全員で連中の本拠地に向かう? それとも、街の中からかたっぱしに因縁つけて潰していくのかしら?」
「それも悪くないが、今回奴らを潰すのは遠坂だ。俺様たちは街の中で徹底的に暴れまわって奴らを本拠地から引き離す。要するに……囮役だ」
周囲がざわつく。暴れることを許容した連中は、それを扇動しているのが自分たちにとっては取り締まる側、あるいは支配者側の人間である遠坂であることが少なからず気に喰わないらしい。反骨心というべきか、あるいは先入観なのか、自分たちが利用されているんじゃないのかと考えてしまうらしい。
(ま、利用されているんだけどな、俺様に……)
実際の所、その考えは間違っていない。彼らが今日、これから引き起こすことは使い潰されるためだ。キャスター陣営の囮役などをやれば、この場に集っている連中の半分以上は斬り殺されるだろう。あるいは全滅を覚悟しなければならない。
しかし、コルテスからしてみれば、彼らは消耗品だ。使い潰す時に使わなければ、温存しておく意味がない。
よって、その反抗的な態度を誘導するための言葉を吐きだしていく。
「なんだ、おまえら、まさか自分たちがいいように使われていると思っているのか? もっと頭を回せ。この場合、先々を考えれば圧倒的に有利なのは俺様たちだ」
「どういうことか聞いてもイイかしら?」
「今回、遠坂は自分たちの目的を通すために俺様たちが街の中で暴れまわることを許容した。勿論、公的にそれを証明する手段はない。連中がシラを切ればそれで終わるかもしれない。だが、それがどうした? 俺様たちは平然と叫んでやればいい。俺達は遠坂の許しを得て、破壊を楽しんでいるんだと」
火の無いところに煙は立たないとはよくいったものである。今回のキャスター陣営討伐を行うためにある程度、遠坂は強引な手段を使って、唯一神理教を潰すことを正当化するだろう。
社会的立場を使って、相手を潰すということは逃げ場を奪う反面、使う本人もまた一定以上の社会的立場を確保しておかなければ圧力をかけておくことはできない。
要するに遠坂は自分が下手な立場に堕ちることを怖れているのだ。だから、ライダーの街を破壊してキャスターをおびき寄せるという想定していても手を出せない最適解を取ることを選んだ。
「奴らが約束を反故にする。当たり前だ、権力者なんてのは自分の思い通りにいかないことは総て記憶から捨て去る。
だが、実際に被害をこうむる奴らからすれば、俺様たちが遠坂によって、この破壊を行っていると聞けばどうなる? 疑うだろう? 不審に思うだろう? いいじゃねぇか、徹底的にやって、ふんぞり返っている奴らに目にモノを見せてやろうぜ!」
おぉっと、男たちが一斉に歓声を上げる。自分たちを虐げる側である遠坂にまで手を出せるかもしれないと言うことに一気に高揚感が高まっている。
(それをするためにはキャスターの手勢から生き残らなくちゃいけないんだがな)
「俺様たちはこの街の中でキャスターの恩恵に縋っている奴らを徹底的に潰す。略奪禁止なんてみみっちいことを俺様は口にはしねぇ。金品は奪え、抵抗する奴は叩きのめせ、気に入った女は奪え、吐きだせる情報は全部吐かせろ。お前たちの好きにやれ。俺様が許可する。遠坂が許可した。今宵の略奪は、許された略奪であると心に刻め!!」
熱狂はさらに高まっていく。無謀な戦に兵士を進ませる時に最も必要なことはいかに彼らに戦う理由を授けてやるかだ。
人は誰であろうとも最低限の理性というモノを備えている。その理性を剥がしてくれるのは集団心理と誰かになすりつけることのできる責任だ。
誰かも同じようにやっている、誰かが命令をしたからやっている。人はこの二つの要素を与えられた時に容易く道徳観や倫理観と言ったものを捨て去り、本能で動く。
目の前の連中も変わらない。損得勘定や自分の命、先々の未来などこれより死地に向かわせる彼らには不要なモノだ。すべて思考の外に追い払って、前向きに目の前の事しか考えない集団を作り上げることこそが必要なのだから。
「いいか、唯一神理教の用心棒どもは本物だ。連中は本気でテメェらのことを殺しにかかって来るだろう。だがな、構うことはねぇ、好き放題に暴れろ。俺様のために死ね。そして、死ぬ気で生き残れ。その先にある財宝は生き残ったものだけでの総取りだ、つまらねぇ死に方をするんじゃねぇぞ!」
地下クラブの至る所から熱狂の声が上がっていく。今、この瞬間、確かに死を恐れぬコルテスにとっての急増の兵士たちが仕上がった。
実際に戦場でキャスターの手駒たちと出会えば一瞬にして崩壊することは間違いないが、騒乱が引き起こされてしまえば、コルテスの勝ちも同然。後はアーチャーが勝手にやってくれるだろう。
(期待しているぜ、アーチャー。ちゃんとキャスターを仕留めろよ。その後は必ずお前を潰してやる)
ただ、使われるだけで終わるつもりはない。共通しているのはあくまでもキャスターを倒すと言うただ一点のみ。それ以外の総ては後に至る自分が有利になるために使わなければ、ただの使われて終わるだけの愚かな行動に他ならなくなる。
エルナン・コルテスにとって、秋津の街がどうなろうが構いはしない。所詮はいずれ、自分が征服するだけの街なのだから、少しくらい壊れていようが、人間が減っていようが問題ない。
(何も持たないからこそ、好き放題に壊すことができる。ああ、それこそが征服の醍醐味ってね)
「ああ、そうだ。それとお前ら、行動する時に一つだけやってもらいたいことがある。何、そんなお前らの行動を邪魔することじゃねぇよ。ただ―――」
コルテスの提案に彼らは下卑た笑みを浮かべる。徹底的に人の足を引っ張ることにかけては彼らの心意気は完成している。
(あとは円華だが……さて、お前の覚悟が本物なのか確かめさせてもらうとしよう。本気で我がマスターを救いたいのなら、いい加減腹を括るべき時だぞ)
その結果として、彼女がコルテス好みの女へと変わっていくとしても、変わらず意地を通すとしても、どちらになっても面白い。全てを終わらせて、円華と再会する時が実に楽しみだとコルテスは期待に胸を膨らませる。
先の見えない未来に想いを馳せるのはどうやら彼らも自分も変わらないらしい。果たしてどれほどが生き残るかは不明にしても、祝杯をあげるときを心待ちにしているのだけはこの場の誰もが同じ気持ちを認識しているのだ。
――秋津市北側・唯一神理教・総本山――
「な……い、今、なんと仰られましたかな。久坂殿」
「昨日、討ち漏らすことになったサーヴァントを首魁とした組織が、我々唯一神理教への報復を考えているという噂が流れているらしい。出所は知れぬし、真実とも限らんが、同胞たちの話しを聞く限りでは、清廉潔白な英霊でないことだけは確からしい」
「つまり、昨日の襲撃で眠れる獅子を起こしてしまったということですか」
「そうとも解釈できるが、どうかな九条殿。キミの見解を聞かせてほしい」
「あ、あいつなら、やりかねないと思います。じ、自分がこの街の支配者になるとか、よくわからないことをずっと口にしていましたから……」
唯一神理教総本山の一室、梓沙さんに連れられる形で私が通された部屋の中には、教祖である唯一と私にとってはどうしても苦手意識がある存在の久坂の二人が既に詰め寄っていた。
今日という日にいきなり呼び出しを受けたことから、真っ当な話をされるわけではないと言う覚悟は呼び出された時からしていたし、梓沙さん自身も気を付けた方がイイとは言っていたけれど、やはり悪い時の予感というのは得てして当たるモノだった。
昨日、ライダーは私が放った情報を基にして襲撃を仕掛けてきたキャスターの手勢を振り払った。それはアーチャーと共に倒したわけではあるが、この攻撃に対してキャスター陣営が私達を警戒するのは容易に想像できた。
ただ、思っていた内容と少しばかり違っていたのは、ライダーが唯一神理教の信者たちを襲撃しようとしていることが何処かから漏れていると言うことだった。
(どういうこと……、ライダーが誰かにやらせてわざと情報を漏らしたの? それとも、私がライダーと話している所を聞かれてしまった。それとも、あるいは……)
表情が変わりそうなのを必死に騙しつつ、唯一と久坂の言葉に耳を傾けていく。咄嗟に聞かれた言葉にはありたいな言葉を口にしたけれど、内面での動揺を隠せないでいるのは本当の事だった。
「では……、街に降りている信徒たちを早々にでもこの総本山に引き上げるべきであろう。この総本山の中に連れ込むことが出来れば、そう簡単に手を出す事も出来なくなるのではないか、久坂殿」
「ですが、現在でも総本山には無数の人がいます。街にも少なからずの信徒たちがいる中で、彼ら全員を総本山の中に移動させることは難しいのではないでしょうか」
そこで梓沙が口を挟む。梓沙からすれば、ライダー陣営の信徒襲撃は唯一神理教を壊滅させるためには必要不可欠であり、阻まれてしまえば、思惑が変わってしまう。
皮肉にも道義的に正しいのは唯一である。キャスターの手勢がひしめいているこの総本山の中こそが最も、安全な場所であることは間違いないが、そうされては困るからこそ、もっともな理屈を口にして、否定を投げかける。
「大移動を引き起こす中で、連中の仲間を本山の中に引きこんでしまうかもしれぬか。となれば、本山を閉ざす方が少なくとも、今、この場にいる信徒たちを守ることはできると考えるべきだな……」
梓沙の言葉に久坂も同調する。キャスター陣営としてはやはり信徒ひとりひとりの面倒を見るまでのことをするつもりはないと言うことだろうか。
情報が漏れだしていることを知った時は思わず言葉を失いかけたけれど、流れとしては悪くないのだろうか……。
「しかし、梓沙殿、久坂殿、この本山におらぬ者たちとて我らにとっては同志、それを見捨てるようなことは、我らの道義に反する。帝の威光はあまねく民たちに与えられる。であれば、守らねばならぬのではないか……!!」
「では、唯一殿。もしも、連中が街の中で暴れはじめた時には、我らが志士、街にて信徒たちを守るためにこの身を盾として戦うことを誓おう。それでよいかな?」
信徒を見捨てると言う選択肢を取るつもりはない唯一に対して、久坂は妥協案として志士たちが襲撃者を迎撃することを口にする。
(ライダーの考え通り、いや、むしろ、これが本来の流れということかな。何せ、あの剣士たちを動かすとなれば、大規模な戦闘行動は避けられないわけだし)
「最も、守るために戦うにしても、連中の数は知れません。暴徒として信徒たちを一斉に襲いだす可能性がある以上、こちらとしてもなりふり構っていることができるとは限りません。街中での志士たちの大規模な戦闘行動への許可を戴きたい」
「むぅ……」
「鷹司殿、帝も無用な戦闘を望んでいるわけではありません。勿論、私もです。しかし、降りかかってくる火の粉は振り払わなければならない。半端に相手を傷つけることを躊躇ったことによって、信徒の命が失われるかもしれぬことは、鷹司殿にとっても本意ではないでしょう」
「久坂殿の言う通りだ。帝の意向、そして外国人を排斥し、真なる日本人の国を生み出す事こそが我らの願い。なればこそ、その理想を叶えるために力を振うことを怖れてはならない……」
唯一はどうしても煮え切らない表情を浮かべる。これまでの私であったならば、その悩める様子を不自然に思ったかもしれないけれど、この様子もまた鷹司唯一の一面であることを知っている。
信徒を何よりも優先しながらも、ある程度の道徳を持ち合わせていることが逆に彼にとっての枷となりかけていること、それがコルテスに良いように扱われている日本人に危害を加えることに躊躇を覚えさせているのだろう。
「鷹司殿、決断をお願いしたい。昨日、我々は手勢を率いながらも、奴らに迎撃をされました。半端な戦闘方法では、再び、我らの手勢を奴らは退けるかもしれない。いいや、それだけで済めばいいが、最悪の場合は信徒たちの命までもが危うい。この総本山に最低限の手勢だけを残して、今夜中に奴らを討伐するべきであると私は考える」
引き金を引くべき時が来ていると久坂は唯一に告げる。
「帝は、どのようにお考えでいるのか」
「言うまでもなく。帝の願いは異国の者たちの排除。そして、異国のケガレを纏った自国民たちの救済。鷹司殿、そなたは帝をこの地に降臨された時に、今度こそは己の願いを叶えることができると理解したはずだ。そして、我らにはその願いを叶えるための力がある。異国の民たちを撃ち払い、そして我ら日本国民による真なる国家樹立。血を流すことを怖れてはならぬ」
「…………信徒たちのために、か……久坂殿の言う通りか。私は帝の圧倒的な力と意思に魅せられた。しかし、その圧倒的な力と久坂殿たちとの様子を見るに徐々に不安になり始めていたのだ。信徒たちを巻き込み、己の境遇を嘆く信徒たちの命を無碍に奪ってしまうことになるのではないかと。だが、その流した血の先にこそ、我らの理想があるとなれば」
己では決して叶えることができない理想、万能の願望機であれば、それを叶えることができるかもしれない。キャスター陣営の方針と唯一自身が戦闘そのものに積極的ではなかったため、これまで明確に動くことをしていなかったキャスター陣営の行動指針が明確に変化を遂げようとしている。
願いを叶えるために血を流すことを厭わない。久坂の言葉は魅力的だ。唯一に決断を促しながらも実際にはキャスターの手勢たちが行動をするのだから、今までとさして変わることはない。そもそも、唯一は理解しているのだろうか。
これまでもキャスターの配下たちは山を下り、悠々とかつての京のように街を闊歩していることを。騒動を起こしていないだけで、既にこの街の中に溶け込み、いつでも誰かを斬れる状態にまで既に及んでしまっていることを。
「帝と鷹司殿がその意思を明確にしていただけるのであれば、もはや我らから口を挟む道理も無し。必ずや異国の暴徒共、鎮圧して見せましょう」
はたと気づく。気付けば話の主題は、信徒たちをどのようにして逃がすのかから、ライダーたちを倒すためにキャスターの配下を街の中で暴れさせることに許可を取ることができるかどうかに変わっていた。
単純な言葉遊びといえばそれまでかもしれないが、私には明確にキャスター陣営という一つの組織の行動指針が大きく変わったことが感じられた。
(ライダー、あまり余裕ぶっている場合じゃないかもしれない。今日を逃したら、大変なことになってしまうかもしれないわよ)
暴れている所を直に見ていない私でも、この総本山の敷地の中にどれほど手勢がいるのかだけは知っている。ライダーが一晩で作り上げた組織を彼らは一瞬で瓦解させてしまうかもしれない。そんな不安を覚えながら、その不安を払しょくするためには自分が奮起するしかないのだと言い聞かせる。
今宵、総てに決着がつく。その事実に不安を覚えながらも時間だけは刻一刻と過ぎていくのだった。
――秋津市西側・繁華街――
「さぁて、じゃあ、始めるとしようか」
ポツリと誰に聞かせるでもなく呟かれる言葉があった。それが明確な開戦の号砲となるであろうことを、秋津の街の人間は誰一人として知りえなかった。
「よぉ、お前ら、唯一神理教の信徒か……?」
「カルト宗教に脚を踏み込んだ馬鹿野郎か」
「てめぇら、最近、随分と羽を伸ばしているじゃねぇか。誰に許可取ってんだ」
「へっ、信者なんかするよりも俺達と遊んでいる方が楽しいと思うぜ~~」
下卑た笑いを響かせながら、それは唐突に起こった。時刻は既に夜の6時半を過ぎた頃合だろうか。唯一神理教の信者たちが熱心に行っている街頭演説も既に終わりを迎え、彼らは信者というよりも一市民として、週末の夜を迎えようとしていた。
彼らに罪はない。どんな宗教を信じていようとも、何を信じるかについては誰も責めることはできないのだから。しかし、彼らはそんな善悪で動いているわけではない。
ただ、自分がやりたいからやる。その標的を指定してもらったからその相手を襲う。たったそれだけの理由で、この瞬間までこの街に何ら問題を起こしていなかったはずのモノたちが襲撃される。
「な、何、何なんですか、貴方たちは」
「やめろ、異国人が。こんなことをすれば教祖様の、神の罰が下るぞ!」
「ひぃ、やめ、やめてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
無論、これは何も繁華街だけで起こっているわけではない。コルテスが従えて来た者たちにも三大組織には負けこそすれども、ある程度の情報力は持ち合わせている。
東側の住宅街で、南側の郊外で、そして無論、北側の総本山周辺の関連施設そのもので、次々とコルテスの息のかかった者たちが一斉に襲撃を始めた。
彼らは無秩序に暴れ、無秩序に人を傷つけていく。そこに何らかの目的が存在する暴れ方をしているわけではないため、彼らの中で明確な終わりというものはない。
満足するか、あるいは巻き上げるものがなくなるか、はたまた嬲る相手がいなくなってしまうか。どれをとっても襲撃された側からすれば不幸、あるいは悲劇としか言いようがないだろう。
聖杯戦争、あるいはこの街の都市抗争に巻き込まれることが無ければ、彼らは今日も自分たちの信じる神を奉じることによって安息な終わりを迎えることが出来たはずだ。
しかし、叶わない。聖杯戦争という大いなる目的を果たすために、彼らが蹂躙される運命をこの街は許容してしまったのだから。
言うまでもないことではあるが、この襲撃によって被害を受けるのは、唯一神理教の信徒たちだけではない。一般人たちも同じように騒動に巻き込まれている。
しかし、彼らは止まらない。唯一神理教の人々を憎んでいるがために行動をしているわけではないことから、他の人間が巻き込まれている所で全く頓着をする気配を見せない。
そして、彼らはなおも、悪辣な行為を止めることはない。
「かっは、まったくいい気味だなァ。この街はよぉ、俺達勢至姆組が支配をしていたんだぜぇ? なのに、何をしてんだ、お前ら」
「勢至姆組様に少しは敬意を見せるべきだったんじゃねぇか? お前ら誰に許可取って、ここで勧誘してんだ、アァ!!?」
暴徒たちは口々に自分たちのことを勢至姆組であると叫ぶ。無論、彼らが勢至姆組の息のかかったものではないことは明白なことだ。コルテスが集めたのはそうした既存の組織からあぶられた者たちであるのだから。
しかし、あえて勢至姆組の名前を彼らは叫んでいく。その目的は勢至姆組にこの襲撃事件の罪をかぶせること。集団的行動で一致団結した彼らの行動を宗教組織と暴力団の対立構造によって引き起こされたのだと市民に知らしめることによって、この街の中での勢至姆組の求心力を徹底的に乏しめることが可能となる。
その上で遠坂の指示であると吹聴する。どちらかでも泥を被ればそれでいいと言う破れかぶれだが、存外そうした手の方が上手くいく。
「くく、派手にやっているじゃねぇか。まったく、楽しそうな顔をしやがって」
勢至姆組の名前を使って、破壊活動を行うことについて反対をする者は誰一人として存在しなかった。それはひとえに、彼らが多かれ少なかれ、勢至姆組に煮え湯を飲まされたことがある者たち、あるいは勢至姆組を邪魔であると感じている者たちが多いからであることに帰結する。
自分にとっての大嫌いな遠坂と勢至姆組を乏しめることができる。その上で好き勝手に暴れることができる、これほどまでに嬉しいことが他にあるだろうかと、彼らは我が世の春を謳歌するように行動を続けていく。
「もっとも、そんな状況はいつまでも続くはずもないんだがな」
コルテスがポツリと言葉を呟いたのとほぼ同時刻の事である。徹底的に蹂躙される唯一神理教の信者たちの前に無数の足音が聞こえてくる。
それはもはや自分たちの存在を隠すつもりなど一切ないかのように街の中で足音を響かせ、雄たけびを上げて、そしてそれぞれの悲劇が巻き起こっている場所へと飛び込んでいく。
「天誅ゥゥゥゥゥゥ!!」
「異国人排除すべし!!」
「ぎ、がああああああああああああああああああああ」
「や、やめ、うわあああああああ」
「お、おれはまだ何も――――ぎゃあああああああああああああああ」
次々と先ほどまで己が世界の中心であるとまでに絶対的な暴力に酔いしれていた者たちの身体が切り裂かれ、一瞬にして首が吹き飛ぶものまでもがいる。それを引き起こした者たちは時代が買った和服に帯刀をした姿のままに唯一神理教の信徒たちを次々と救っていく。
「おぉ、帝の、帝の使徒たちがここに!!」
「助かる、我々は助かるぞ。これで異国人たちが全て消えるのだから!」
「勢至姆組など怖れるに足らず、我々には神がいるのだから!」
襲撃者たちを次々と切り捨てていく姿はまさしく救世主、この戦いが正しく聖杯戦争の代理戦争であると言う事実など何も知らない信徒や一般人からすれば、自分たちの危機を救うために姿を見せた正しく素晴らしき戦士たちのように映ることであろう。
「帝より、異国人並びに異国人に与する者たち全ての誅殺の勅が出された。我らが都を荒らす愚か者ども、すべてここで斬り捨ててくれよう!」
「すべては帝の威光のままに!」
絶叫が轟く、襲撃してきた暴徒たちと何ら変わらず、彼らもまた暴力を以てこの場を鎮圧しようとする。しかし、いまや彼らの暴力には弱者を救うという大義が備わっている。
故にこそ、声援を背に受けて、キャスターの志士たちはかつて、自分たちが望んでいた戦場がここに存在することを理解し、技を振っていく。
戦線の火ぶたは切って落とされた。これよりしばらく、秋津の街は混沌と戦火が支配する世界へと変貌していくことだろう。
その焔に巻き込まれた誰もが知らない。その裏側で静かに、されど、確かに巻き起こされるだろう聖杯戦争の趨勢を変えるかもしれない戦いが巻き起こっていることを。
・・・
「………なんだ?」
「若、お出で下さい。組長より直々にお話があると………」
「そうか。ふん、いよいよ首を括る時が来たか……」
意外と待たされたものだと奉は思う。もっと早く今日の昼には、自分の処遇について聞かされると思っていたのだが、思ったよりも時間が掛かってしまった。
もっとも、自分にとって碌でもない結末になるであろうことは分かっている。典嗣の恩赦がどこまで聞くのかというところだけが気になる所であった。
部屋の中から出て廊下へと身を乗り出すと、しかし、そこで奉は不思議に思った。先ほど、自分に対して声を掛けてきた相手の姿がすっかり消えているのだ。
まるで、最初から、声をかけ、扉を開いてきた存在などいなかったかのように。
「考え違い、か。まぁ、大して気に留めるべきことでもないか」
呟き、奉は典嗣へと顔を合わせるために部屋へと向かっていく。奉は知らぬ話ではあるが、既に外は勢至姆組を名乗る集団によって、勢至姆組自身にも大きな災厄が振りかかり、奉の相手をしていられる状況になどないのではあるが。
そんな時に、典嗣が奉を呼び出すことがあるのかどうか。しかし、閉じ込められていた奉にそれを知る手段も検証する手段も存在しない。
『そう、それでいいんだよ、奉くん。さて、君がどんな決断をするのか、楽しみだ。手は差し伸べた。あの日のようにその手を取るかどうかはキミが決めるんだ』
闇の中に溶けながら、奉の動向を見守るそれは静かに言葉を零す。混沌とした戦場のもう一つの裏側で、この秋津の街に蠢く恐怖は再び野に解き放たれる時を静かに静かに待ち望んでいた。