――欧州・某国――
「代行としての聖杯戦争への参加――それが貴女の下を訪問した理由です。ミス・セレスティーナ」
誰にだって思いがけず生まれるチャンスや巡りあわせってのは人生を生きていれば、一度や二度くらいはあるモノだと思う。
それがあらゆる面で恵まれている奴でも、あらゆる面で不幸ばかりな奴でも機会だけは均等に与えられていて、それを掴むことができるかどうかが明暗を分けるのだと思う。
人生ってのはそういうもので、だからこそままならない。最大限の準備をする時間すら与えられずにやってきた、想定もしていなかった分不相応な晴れ舞台への誘いを前にしてボク、セレスティーナ・アルブレヒトは頭を抱えて、未来に想いを馳せていた。
「返答は如何に?」
「いや待て待て待て。ちょっと待ってくれ。考える時間をくれよ。ボクだって突然のこと過ぎて困惑している。ノータイムで返答できるほど、人生、刹那的に生きているわけじゃないんだ」
「意外です。探偵とはいかなるときであろうとも冷静沈着に事件の解決を目標として邁進するモノであると、ノルンは記憶しておりますが……」
「それは俗にいう名探偵っていうカテゴリに入る怪物どもの話しさ。実際の探偵は事件解決のために悩むし、唸るし、失敗もする。ああ、だからといってボクがそういう立場にいるわけじゃないぞ。この探偵事務所が寂しいのはボクの趣味だ。
探偵っていうのは孤独なモノだからね」
「失礼ですが、ミス・セレスティーナの背後関係を洗う中で、この探偵事務所の経営が赤字に近いことは既に承知しております」
ズケズケと人様にとって言われたくもないようなことを口走る銀髪の少女、薄束のコートに身を包んだノルンと己を名乗った彼女は表情を崩すことなくボクとの会話を続けていく。いや、まったくもってボクは話を続けたいわけじゃないんだけど。
「………ああ、そうかい。それならますます謎だよ。そんな閑古鳥が鳴いているような探偵事務所を経営している魔術師に、どうして天下のアインツベルンと聖堂教会が使いなんて派遣して来るのさ? エーデルフェルトでもどこでも依頼先なんていくらでもあるじゃないか」
「エーデルフェルトは既に自分たちの陣営を構築することを始めていました。加えて、アインツベルンとエーデルフェルトは決して友好的とは言えません。家柄を名目とした足の引っ張り合いを避けるためにも、我々から離れた関係にある魔術師を選出する必要があるとアインツベルンは考えました」
「それは、答えになっていないよ。キミたちの理屈だ、ボクを選んだ理由とは何の関係もない」
セレスティーナ・アルブレヒトは探偵だ。正確には探偵として有用な魔術を使えるから探偵をしている魔術師の家系の人間であると言った方がいいか。
ボクの生家――アルブレヒト家という魔術師の家系は代々探知魔術に長けていて、魔術刻印もその探知魔術を強化することに焦点を置いてきた。
何も壮大な目的があったわけじゃない。ただ、一芸特化でなければ生き残れない程度には、アルブレヒトの家には伝統がなかったし、強みもなかった。
幸い、その目論みは功を奏して欧州ではちょっとした有名な魔術師の家系となり、なおかつ同業他家なんてほとんどいない状況だったから、ご先祖様たちは勝手気ままに探偵業をしながら日銭を稼いで魔術の探求を続けていたらしい。
ただ、昨今は状況が変わってきている。何せ、急激に情報化が進んでいる現代にわざわざ探偵を雇う理由というのは希薄になり始めている。いずれ全世界がグローバルに繋がる社会が生まれれば、待っているのは超監視社会だ。
人権がどれ程踏みにじられるのかは知らないが、個人のプライバシーなんてものはどんどん狭められていくことになるだろう。
そんな訳で、昔に比べれば探偵稼業は貧乏真っ盛り、お父様とお母様からはボクの代で探偵稼業も廃業かもしれないな等と冗談とも聞こえないようなことを言われる始末。
だから、正直に言えば目の前のホムンクルス―――ノルンと自分を呼んだ少女の提案は魅力的であった。
聖杯戦争――古今東西の腕に覚えのある魔術師たちが集結し、万能の願望機を巡って争いあう戦い、魔術師であれば知らぬ者はいないほどの実在するかどうかも怪しい儀式ではあるが、聖杯戦争に参加して名声を得ることが出来れば、アルブレヒト家にとっても転機となるのは間違いない。
そうあくまでも自分にとって都合のいい事実だけに目を向ければの話である。抜けている視点としては先ほどノルンに問いを投げたように、ボクである必要性が皆無なことだ。いくらアインツベルンが自分と関わり合いの無い魔術師を探しているとしたって、他にいくらでもいるだろうと思う。
だから、どうせ裏があるんだろうという視線をノルンに向ければ、彼女は表情一つ変えずに言葉を吐きだす。
「ミス・セレスティーナの観点は的を射ています。故にこちらも思惑を開示します。我々アインツベルンと聖堂教会は此度の聖杯戦争に疑念を覚えています。我々が想定している聖杯戦争とは何かが違うのではないかという疑念です」
「そう考える根拠は?」
「通常、聖杯戦争は始まりの御三家に令呪が明け渡され、その後に四騎士を揃えるための令呪が他の魔術師に配布されます。しかし、我々アインツベルンにも、遠坂にもマキリにも発現しない頃合に最初の英霊が召喚されました。これは聖杯戦争を知る我々からすれば、看過できない異常事態です」
「トーシローのボクからすれば、今回がたまたまだった……って雰囲気じゃないんだろうね。わかった、信じるよ。疑うことがボクの仕事ではあるけれど、総てを疑っていたら探偵はできない」
続けて、とノルンに先を促す。ノルンはコクリと頷き、言葉を続ける。
「よって、我々、アインツベルンは此度の聖杯戦争を「捨てる」ことを決めました。異常事態を解明し、次なる奇跡の機会へと生かすためにです」
「なるほどね、そこで神秘の秘匿って意味で同じように異常事態を察知した聖堂教会とも意見が一致した」
ボクの家とは真逆に歴史のあるアインツベルンだから出来る判断だと思った。自分たちの代がしくじっても次があると思う事が出来るから、「捨てる」なんて判断が出来る。常に決断を迫られる零細魔術師の身としては実に羨ましい限りだった。
「ミス・セレスティーナ、貴女には此度の聖杯戦争の異常を解明していただきたいのです。成功報酬は約束します」
「囮代わりに死ぬかもしれない危険の代わりに?」
「はい、その通りです」
「明け透けもなく言ってくれるな。ボクにとって命を懸けるほどの理由があるのかな」
最も、そんな小手先の逃げ口上が通用しないことは何となくわかっている。アインツベルンと聖堂教会なんて大それた組織が手を組んで、ボクみたいな田舎魔術師を尋ねてきた。
連中からすれば総ては決定事項で後はどう、ボクの首を縦に振らせるかにかかっているんだ。
「はぁ……もういい加減、現実見据えて婚約相手でも探そうと思っていたんだけどなぁ。いや、諦めるにはちょうどいいのかな……」
「ミス・セレスティーナ、諦めるとは?」
「ん? ああ、こっちの話し。いつまでも夢を見続けるなんて馬鹿らしいよなってさ、思っていても踏ん切りがつかなかったんだ。だから、いい機会なのかもしれない。聖杯戦争に参加すれば、きっと何もかもが変わる。中途半端している自分を強制的に変えなくちゃいけなくなるのだとすれば……」
それもいいのかもしれない。没落するのが目に見えている自分の家を当人として受け入れていくのに対しての抵抗も何もない。勝つか負けるか、生き残るか死ぬか、それが全てだ。余計なことを考えなくていいのは悪いコトじゃないだろうと思う。
「ちなみにだけど……サーヴァントは選べるの?」
「はい。アインツベルンと聖堂教会で集められる触媒は用意させていただいております。ミス・セレスティーナの望む相手を召喚できる確率は可能な限り、こちらで高めるつもりでいます」
「まぁ、ボクは戦闘が出来るっていう訳でもないし、魔力が潤沢にあるって訳でもない。正統派を呼んだってうまく行く保証もないのなら……」
あえてを選ぶのも一つか。ボクが召喚しようと思っている相手もそのクラスであれば、召喚できる可能性が全くないとは言えないだろうし。
・・・
「呵呵―――それで選んだのが儂か。良い良い、女子にしては良い趣味をしておる」
「何さ、それは。やっぱり、ボクみたいなマスターに召喚されたのはサーヴァントしても迷惑だったって訳、アサシン?」
「まさか。求められて呼ばれたのだ。これほど英霊冥利に尽きることは無かろう」
くくと楽しみを隠しきれないとばかりに笑みを浮かべるのは、中国清代の服装である旗袍に身を包み辮髪が特徴的な男性だった。彼こそがアインツベルンの協力によってボクが召喚したサーヴァント。
アサシンを選んだのは端的にボク自身との相性だ。三騎士を召喚しても魔術的な素養やマスターとしての適性から見て、まともに闘えるとは思えない。魔力量の問題でライダーも同様に除外。キャスターとバーサーカーは既に召喚されていることが確認されている以上、自ずと選択肢はアサシンとなる。
で、アサシンとして召喚するのなら誰になるのかと考えて、思い浮んだ相手を召喚することが出来たのだから、引きが悪いということはできないだろう。
「それにしても、世界に名高き『獅子王』黄飛鴻が思ったよりも好戦的な人物でボクとしては驚いているよ。もっと正義感とかそういうもので戦う人物だと思っていた」
黄飛鴻―――中国清王朝末期に活躍した武術家にして医者。彼の死後に弟子たちが彼を基にして作品を世に生み出し、それが小説や映画へと起用されることになったことで彼は一躍世界的に有名な人物となった。
おそらく、歴史に名を刻んだ中華の為政者等以外で世界的にも有数の知名度を誇る人物なのではないだろうか。勿論、サーヴァントとしての戦闘力も折り紙つきだ。
武術という自分の肉体だけで戦うスタイルは、特定の武器を使った宝具による魔力の枯渇に目を向けなくてもイイこともボクにとっては利点となる。
「儂は弟子にも恵まれた。弟子たちにはそのように儂が見えておったのだろう。生前は世のため、人の為にこの身を粉にした。
とはいえ、儂も武人よ、時代を超え、国を超え、一騎当千の猛者どもを相手取ることができる機会に、昂らない理由もない。縁に恵まれれば、かの関雲長や岳鄂王の槍捌きをこの目で見ることができるやもしれぬのだ。これほどの誉れ、一角の武人として拒絶する理由もない」
「そこらへんボクには分からないけれど、頼もしいのだけは確かかな」
そんなものなのかなとぼんやりと思う。武術家同士の矜持とかそういうモノを言われたとしてもボクには分からないし、必ずしも闘うことが目的という訳じゃない。
ノルンからの依頼は、彼女たちが感じている違和感の正体を探ってほしいということであり、必ずしも勝利が求められているじゃない。彼女は明確に口にしていないが、万が一、勝った時には聖杯の譲渡を求められるのも間違いないことだろうとは踏んでいる。
依頼主が報酬の全獲りをするなんて珍しい話でもないし、ノルンが聞かされていないだけであわよくばは間違いなく考えているだろう。
とはいえ、その時は当然、僕らアルブレヒト家にとって有益な権力や名声、あるいは金銭と引き換えにだ。
結果が見えている以上、何が何でも勝たなければいけないという気持ちはない。危ない橋を渡るつもりもないし、生き残ることが第一なのは間違いない。一生に一度の大ばくちに踏み込むからって命までもをベッドしてしまうようなギャンブル狂いではないのだ……たぶんだけど。
「それにしても……」
「どうかしたか、主よ」
「いや、英霊なんて言っても所詮は使い魔なのかなと思っていたけれど、隣にいると安心するなと思ってさ。自分が何か変わったわけでもないってのに強くなったような錯覚を覚えてしまいそうになる。他の魔術師たちが躍起になって参加しようとする気持ち、少しわかったなって」
手の甲に刻まれた令呪、半円の丸が描かれ、その円から伸びるように左右対称の四本線が刻まれたそれこそがマスターの証。ある種、自分が選ばれた存在であることを証明する証ともいえよう。
(これで自分自身が胸を張れるような魔術が使えるのなら、少しは高揚感を覚えるのかもしれないけれど、結局はサーヴァント頼りだ。理想と現実の間で悩むのは選ばれたからって変わらないな)
・・・
アサシンを召喚してからはとんとん拍子で話が進んだ。アインツベルンと聖堂教会が事前に用意していたであろう手続きはボクが苦労をすることもなく順風満帆に進み、開催地である秋津市へと向かうために用意されたチャーター便に息を呑む。
この大陸を超えて人を運ぶ乗り物が自分のために用意されている事実に思わず息を呑んでしまったから。
「お待ちしておりました、ミス・セレスティーナ。改めましてホムンクルス・ノルンです。秋津市における貴女様のサポートはお任せください。聖杯戦争の間だけのお付き合いとなるかと思いますが、どうか互いの悲願の為に」
「ああ、うん、よろしく。それと……その長い呼び名、何回聞いても慣れないんだよな、セレスで良いよ。昔から顔なじみにはそう呼ばれていたんだ」
「……よろしいのですか?」
「ああ、世話になるのはこちらだからね。精々、君の主たちに良い報告が出来るように奮闘しようじゃないか」
ホムンクルスである自分への態度にノルンは不思議そうな表情を浮かべていたが、舞台となる日本では一蓮托生、ボクたち三人で状況を切り拓いていかなければいけない。
「アサシン、最終確認。ボクは決して積極的に戦いをするつもりはない。ただ、相手はボクたちを狙ってくるだろう。専守防衛がメインになる。構わないね?」
「我らは主の命に従うものであろう? 構わんとも、しかし戦い始めれば止まらぬぞ」
「頼もしいよ」
少なくない言葉を交わして、このアサシンが主を立ててくれる相手であることはボクも理解できた。聖杯戦争では彼に頼りきりになってしまうかもしれないけれど、精々、この頼りないマスターの面倒を二人で見てもらおうじゃないか。
「現地には既に拠点も用意しております。私は定期的に報告連絡を入れる必要がありますが、基本的に貴女の命令に従うようにとオーダーされています。何なりとお申し付けください、身の回りのお世話から、暇つぶし、ボディガードなんでもこなしてみせます」
「ならば、まずは日本観光とでもしゃれ込むか! 隣国とはいえ、未来のアジアを見渡せる機会など、この先にあるかもわからぬからな」
「さっそく、ボクを置いてきぼりに会話を進めるな! まずは地固め! 慣れない土地なんだから、正確に地理とか情勢を把握しなくちゃ危ないだろ!」
「然り然り、そのための観光道中であろう」
「絶対違う! それ、間違いなくボクだけ働いている奴だろ!」
不思議そうに首をかしげるノルンと呵呵と笑っているアサシン、本当にこの三人で大丈夫なのか? 伏魔殿が如き舞台に上がるのにはあまりにも不用意すぎるのではないかと不安を覚えつつも、今更引き返すなんてことはできない。
賭け金は乗せた。あとは可能な限りの幸福を掴むために必死に足搔くしかない。
「陽の目を見ない没落探偵にようやく訪れた晴れ舞台、必ず再興して見せますとも!」
誰に聞かせたかったわけでもなく、自分自身に言い聞かせるために告げた言葉と共に、飛行機の中へと足を運ぶ。後戻りできない自分の背を強く押し出すために。
セレスティーナ一行、秋津市へと出立――聖杯戦争開幕まであと9日
【CLASS】アサシン
【真名】黄飛鴻
【性別】男性
【身長・体重】165cm/65kg
【属性】秩序・善
【ステータス】
筋力B
耐久C
敏捷A+
魔力E
幸運C
宝具―
【クラス別スキル】
気配遮断:B
サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。ただし、自らが攻撃態勢に移ると気配遮断は解ける。
【固有スキル】
中国武術:A+++
中華の合理。宇宙と一体となることを目的とした武術をどれだけ極めたかを表す。修得の難易度が最高レベルのスキルで、他のスキルと違ってAランクでようやく「修得した」と言えるレベル。A+++は達人中の達人。アサシンは蹴り技を得意としている。
圏境
気を用いて周囲の状況を感知し、また、自らの存在を隠蔽する技法。
アサシンは自然との合一により、自身の周辺一帯を気で満たし、相手に重圧をかけることでステータスを下げることができる。
電影英雄:A
史上最も映画を創られた英雄に対する信仰。それによる加護。召喚された場所がどんな地であれ、半強制的な知名度補正を得る。