――秋津市北側・唯一神理教総本山山門――
「いやぁ、騒がしいねぇ。まるで俺達が動き回っていた頃の京の都みたいだ。さながら俺達の役目は御所警護ってところかな? しがない浪人でしかなかった俺達が随分と出世したもんだ。そうは思わないかい、沖田ちゃん」
「別に。私は私達と帝の敵を斬るだけですから。色々と考えるのは清河さんや芹沢さんたちの仕事でしょう?」
「ま、そうなんだけど。まぁいいっか、沖田ちゃん、あんまり政治とか考えるの得意じゃなかったもんな」
唯一神理教総本山へと至るための山門、正面から入りこむためには通過することが不可欠な場所の前に二人の剣士が配置されている。総本山内部の警備は今、通常よりも大きく弱体化している。
秋津の街へと出向き、ライダー陣営が仕掛けた同時多発的な襲撃行動に対応するため、多くの剣士たちが出払ってしまっているのだ。とはいえ、この総本山の警備をまったく考えなくてよいというワケではない。
むしろ、警備が手薄になったこの状況こそ、襲撃の危険性が高まると言っても過言ではないだろう。
故に配置されたのは数人であったとしても、圧倒的な強者であるものたちだ。
この山門に配置された者たち――後の新選組隊長として歴史に名を刻んだ者、沖田総司と斎藤一もその例に漏れることなくキャスター陣営の中でも圧倒的な強者たちであった。
最も敵の襲撃が考えられる山門の守護を二人が任されたのは言うまでもなく、彼らが二人であったとしても、生半可な相手に負けることなどありえないとキャスターも久坂も考えたからに他ならない。
「それにしても、よりにもよって、俺達が久坂の命令で動くことになるなんてね。俺達が使えているのは帝であり、攘夷を果たすための一致団結であるとはいえ、まさか二度目の生を与えられたところで、かつて敵対していた奴の指示を受けることになるとは考えてもいなかったよ」
「ですが、それが清河さんから我々、壬生浪士隊に与えられた命令ですから。かつての遺恨は忘れ、帝の名の下に、日本国を再生させる。我々が考えるべきはそれだけで十分のはずです」
「そうだねぇ。どちらにしても、この世界で新選組が生まれることはないしねぇ。清河さんと俺達が袂を分かつことはなく、久坂と帝はベッタリだ。俺達が新選組になるために必要不可欠な二つの要素がどちらも満たされないんだから、俺達はずっと帝の為に働く壬生浪士隊だよ」
それがある意味で歪められた歴史解釈であるとしても、そのように自分たちが動かされているのだから、それを変えることもできない。
所詮、自分たちは宝具によって召喚されたサーヴァントにもなりきれていない存在であることに変わりはない。命じられたことを実行する他ないのだから、余計なことを考えるだけ無駄だと言う沖田の発想は決して間違いではない。
(俺達と長州、土佐、そして薩摩の連中までもが手を組んでいる。確かにかつての京の都なら、敵なんて誰もいなかっただろう布陣だ。さて、しかし、この街ではどうかな?)
間違いなく何者かが攻め込んでくるであろうと踏んでいる斎藤は見事に自分たちの手勢の厚みを削られた手腕を高く評価する。
後は武力の勝負、そこで自分たちを圧倒することができる相手であるとすれば……、この歪んだ攘夷の戦の趨勢も変わってくるかもしれないと思えるのだった。
・・・
「蓮司君さ、あんまり難しく考えることないんじゃないかなと思うよ」
「七星さん……」
「だってさ、ちょっと酷くない? 蓮司君のお父さんのことを悪く言うのもなんだけどさ、蓮司君のことを召使か何かみたいに扱っているし、あたしのこと、腹の中では見下しているみたいな感じだったし、いや、普通に滅茶苦茶態度悪いでしょって! あんな態度で言われたことなんて気にする必要ないよ!」
唯一神理総本山へと至るための山門、その入り口に立つ桜子と蓮司、そしてランサーとアーチャーは突入のための合図を待っていた。
煉の話しでは街中から何らかの合図が出され、それに呼応するように突入を開始すると言う算段の下に今日の作戦は幕を開ける。
無論、その合図とはライダー陣営の息のかかった者たちが街の中で信徒たちを襲い、騒乱を置き起こす事なのだが、桜子は煉の口からそれを知らされていない。
もしも、詳細を口にすれば、間違いなく桜子は反対するだろうと煉も理解しているからこそ、あえてその事実を伏せて、彼女と蓮司を山門へと誘導した。
山門の入り口からでは街の状況がどうなっているのかも抽象的にしかわからず、目的達成を阻むための不確定な行動を引き起こさないだろうと考えられていたのだ。
「七星さんの気持ちは嬉しいけれど、いいんだ。僕は自分がやりたくて遠坂の魔術師をやっている。父さんの後継者になることだってそう思われていることは嬉しいんだ。だから、気にしないで……」
蓮司は柔和な笑みを浮かべる。その笑みは何処か作り笑いのようにも見えるが、言葉には嘘を口にしている気配がない。
桜子は先ほどまで自分が口にしていたことを蓮司が少なからず受け止めてくれると思っていたのだが、蓮司の反応はどちらかと言えば、煉を擁護するような向きの言葉だった。
「父さんが僕に対して親子として正しい態度をしてくれているのかどうかといわれると、うん、確かに疑問はあると思う。でもさ、父さんは魔術の指導を根気よくしてくれているし、当主としての仕事が忙しい中でも僕をずっと気にかけてくれている。
それは逆に言えば、僕が実績を上げることが出来れば、父さんだって認めることができるのにって気持ちでもあると思うんだ。いや、そうじゃないな、うん、結局の所、僕はあの人のことを尊敬しているんだ。尊敬しているからどうしても悪いように考えることができない」
「尊敬、しているんだ……」
「うん、七星さんの知らない良い所も素晴らしいと思えるところも知っているから。僕は父さんの事も尊敬しているし、アーチャーの事も尊敬している。偉人であることもそうだけど、僕のことを気にかけて、父さんとの間柄を守りつつ、最善を模索してくれていることも知っているから。だから、僕にとっては二人とも尊敬するべき相手なんだ」
屈託なく笑う蓮司君にアーチャーもはぁとため息を零す。
「期待しているのだかどうなのだかはわからないが、為政者としては優秀であっても、キミたちの問題を全て解決できると思われても買いかぶりだと思うのだがね。第一、キミたちの親子問題については口を出すつもりはないぞ、私は」
「それでも、間接的に味方をしてくれているのは知っていますから」
アーチャーと蓮司の関係性は決して、昨日今日の間柄ではない。煉がアーチャーを召喚してから今日に至るまでずっと、連携の為に特訓を重ねてきた。マスターこそ煉であるものの、協力してことにあたった経験は実際の所、蓮司の方が遥かに多い。
アーチャーとは言葉を何度も交わしてきたし、その思想や行動理念も学ぶべきところは非常に多かったと思っている。何よりも、アーチャーは蓮司を魔術師やマスターとしてではなく、一人の人間として扱ってくれている。
生前に宗教を廃絶し、人間の自立を促したアーチャーにとっては、蓮司への態度は当たり前のことをしているだけに過ぎなかったが、魔術師の家系として一人の人間としてよりも魔術師としての在り方が求められる世界の中で生きてきた蓮司にとってはそれはとても新鮮で、とても嬉しいものだった。
桜子からすればそれで本当に良いのかと思ってしまうのかもしれないが、少なくとも蓮司の中では煉との関係性はさほど問題としては取り扱っていない様子だった。あるいは問題であると考えないようにしているのか……
「よっし!」
桜子はパチンと自分の両頬を叩く。もやもやとしている気分を晴らすためにはそうするのが一番だった。
「蓮司君、今日のキャスターとの戦い絶対に勝とう、成功させよう。それで、あたしや蓮司君のことを舐めているあの人をぎゃふんと言わせてやろう!」
「ぎ、ギャフンって……僕はそこまでは……」
「蓮司君だって、お父さんに認められたいんでしょ。だったら、成功させないと! 蓮司君はお父さんに認めてもらうために、あたしはあの人をギャフンと言わせるために。絶対に成功させようね!!」
桜子なりのエールの送り方だったのだろうか。そのハチャメチャな物言いを聞いて、蓮司は思わず口をぷっと膨らませて笑ってしまった。
まったく、本当に彼女は飽きさせないし、面白い。一緒にいてこんなに気持ちが楽になる相手は、きっと、今の蓮司の近くには桜子以外いないだろう。
「やれやれ、若者たちは元気なモノだな」
「ええ、本当に。少しは自重してもらえると嬉しいのですが」
「しかし、それが良いと思う所だろうに」
「ええ、桜子のサーヴァントをしていると飽きませんよ」
「結構。ランサーよ、一つ聞くが、友軍の指揮を取った経験はあるかね?」
「誰にモノを言っているのですか。私は一国の将です。自国の民たちだけではなく、友軍を率いた経験も当然にあります。それが何か」
「では、私の兵士たちの何割かを貸す。私と蓮司君に危害を加える以外の総てに対して、お前の命令を聞くように命じておく。本拠地の中に入りこめばいつまでも一緒にいることも出来まい。有効に活用してくれ」
「………承知いたしました。兵を借り受ける以上、半端な仕打ちをするつもりはありません。使わせていただきます」
自分の兵士を他の将に貸し与えることが決して簡単なモノではなく、受け取る側にとっても相応の責任が生じることをランサーも理解している。
それは手を組んだことへのアーチャーなりの報いであり、同時に成功させるための意地でもある。それを理解すればこそ、決して半端なことはできないと思うのだ。
話が終わり、ひと段落が着いたその時であった。街の中で大きな光のようなものが一瞬、明滅した。何かのフラッシュがたかれたように一瞬だけ光ったそれは、山へと繋がるための入り口で待っていた桜子と蓮司にとっても合図であると一瞬で理解できる物であったことは言うまでもない。
「七星さん!」
「うん、行こう!!」
互いの意志を確認したうえで、ランサーとアーチャーにそれぞれ抱えられた状態で、目の前にある山門へと至るための階段を四人は一気に駆け抜けていく。
桜子と蓮司、二人が昇りあげれば、おそらく10分はかかるであろう階段の道行きを二人のサーヴァントは魔力によって増幅された身体能力を以て、モノの1分程度で駆け抜ける速度で昇りあげていく。
心臓が高鳴り、全身の皮膚も逆立っていく。これまでに何度か交戦を果たしてきたキャスターの軍勢、それが数人程度の手勢ではないことは既に1日目の時点で両者ともに理解している。
飛びこんだ先にどれ程の相手がいるのか、果たしてどれ程の時間を突破に要するのか。何もわからず、むしろ自分たちがそのまま静観することができるのかもわからないような状況で不安を感じないわけがない。
だからこそ、この1分程度で駆け抜けるような疾走感は二人にとってありがたかった。準備をする間もなくといってしまえばそれまでかもしれないが、こと突入を始めた時になってしまえば、余計な思考は無意味だ。ただ、突破のことを考えればいい。
「まもなく山門へと至るな」
「ここまで一切の迎撃が無かった以上、山門でこちらを迎え撃つつもりでしょうね」
「ああ、ランサーの言う通りだな」
アーチャーが呟いた瞬間に、一閃が駆け抜ける二人の前方に生じ、二人は咄嗟に脚を止める。同時に駆け抜けていれば、二人が到達していたであろう場所の木々が横に真っ二つに切り裂かれ、空気が一気に変質していくことを四人全員が理解する。
「あーらら、沖田ちゃんの渾身の一刀の気配を察知するなんてさ、やっぱ、来るのは魔物ばっかってことかねぇ。ようこそ、襲撃者たち。我ら攘夷志士ひしめく唯一神理教総本山へ」
「我々の役目はこの山門より先へと誰一人として通さぬこと。ですが、そうした命令とは別に、必ずもう一度刃を交えることができると信じていましたよ、ランサー」
目の前に現れたのは二人の剣士、桜子は息を呑む。ウェーブが掛かった蒼と灰色の混色の髪色の男性の横に立つ、一刀を放った少女の剣士は3日前に、初めて聖杯戦争に巻き込まれた折に自分の命を奪おうとしてきた桜色の髪の少女であることに間違いはなかったからである。
「壬生浪士隊、沖田総司並びに斎藤一、我らが帝と参謀たる久坂殿の命に従い、何人たりともこれより先には通さずってね」
「沖田総司に、斎藤一って……」
「なるほど、その名は異国の私でも知りえている。維新断行の折に、最後まで抵抗を続けてきた幕府の忠臣たち、新選組と呼ばれた者たちか……」
「あら、俺達そんなに有名かい?」
「私も生まれた時代がキミたちと近いのでね。それに個人的にも日本の歴史には興味を持っていたこともあり、知っているよ。しかし、であればこそ、解せないな。斎藤一。キミは、キャスター陣営の思想に染め上げられるような人物ではなかったと記憶しているが?」
「………よせよ、無駄話は華が無いぜ。沖田ちゃんが今か今かと戦いを待ちわびているんだ。これ以上会話で時間を潰したら、隣の俺が首を斬られちまう」
「失礼ですね、斎藤さん。私はそこまで見境が無いわけではありませんよ。ただ、敵として対峙する相手を前にしていつまでも待っていられないと言うだけです」
言葉を言い終えるのが早かったか、あるいは動くのが早かったか、沖田が一歩、山門より足を踏み出した瞬間、ランサーは目配せで桜子に合図を送ると、桜子の身体を宙へと飛ばし、音すらも切り裂かんほどの速度で突っ込んできた沖田の刃と己のランスを衝突させる。
初撃の時点で構えていた相手ですらも一瞬で首を切り飛ばすであろう速度の攻撃に対応できたのは、以前にその攻撃を見知っていたから。
そして、己のマスターがその無茶な行動を受け入れる度量を持ち合わせてくれたからに他ならない。
「今は貴女と戦っている場合ではない、などと言っても退いてはくれませんね」
「無論、ランサー、言ったはずですよ。次に会う時は必ず決着をつけると。貴女を帝の下には通しはしない」
初撃を受け止められたなどという事実は沖田にとっては想定内のコト。相手は初日に素人のマスターを抱えたままに自分との戦いで引き分けに持ち込んだ相手なのだ。
沖田自身がサーヴァントとしての力が通常の七騎よりも劣っているとしても、その事実を受け止めていれば、不意打ち程度で首が斬れるわけもないと理解している。
(ランサーの首を断ち切るには、一刀――我が無明三段突きを放つ以外にはない。故にその放つ瞬間を見極めることこそが、勝負を分ける一瞬)
ランサーは鎧を纏い、自身の身の丈の倍はあるであろうランスを握っておきながら、決して鈍重であると言う様子はうかがえない。
魔力によってランスを振う力を瞬間的に強化しているためであろうが、要するに動きで攪乱して倒すと言う選択肢はその時点で意味がないモノであると沖田も全快の戦いで理解している。
加えてこの場所は山門へと至るための階段だ。高低差がはっきりとしており、点を衝くために振るう沖田の太刀よりも、広範囲を一気になぎ倒すことができるランサーの攻撃の方が有利であると言う点までもが付与されている。
客観的に見れば、明らかに沖田の方が不利であることは確実だ。だが、高低差と言う点で見れば、上に陣取っている沖田の方が有利である。此処から動かずに山門を突破させないことに終始するのであれば、沖田の有利は崩れない。
しかし、それは、沖田が求めている戦場とは違う。沖田総司の刃は無駄な雑念の総てを切り払い、ただ相手を斬るための存在へと己を消化させることによって初めて真価を発揮するのだから。
「斎藤さん」
「はいはい。皆まで言わずともわかっているよ。好きにしなよ、こういうのはどっちかっていうと俺の分野だからさ。ランサーの方はしっかりと倒してくれよ」
やれやれといった態度を浮かべる斎藤の横をすり抜けるようにして、沖田は己の優位である高低差をかなぐり捨てて、ランサーへと再び接近する。
しかし、先ほどのようにあくまでもアドバンテージの上で戦おうとしていないだけにその行動範囲は周囲の山林部分を含めてすべて。最初に戦った時のように、まるで跳弾が動き回るかのように、周囲を囲む山の木々の中へと姿を消しながら、音速の剣士は初日の因縁を清算するために本格的な戦闘を開始する。
「桜子、私の傍から離れぬように!」
「了解―――打ち合わせ通りにね!」
空中へと投げ出された桜子は魔力を噴出することによって、着地の衝撃を軽減させることによって既にランサーの傍へと控えている。
魔力の特訓が万全ではない桜子としては着地1つするにしても足下だけではなく周囲に魔力を放出してしまうため、非効率的であるのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
既に沖田と言う矢は、この戦闘領域の中に解き放たれている。ここからは桜子自身も一つ一つの行動が自分、ひいてはランサーの命運にそのまま作用してしまうことを自覚し、既に不可視の刀を顕現させて、周囲を警戒する。
(あたしがこの戦いでランサーに貢献できることは多分、自分が思っているよりもほとんどない。だけど、何もできないって訳じゃない。この前の戦闘と同じ相手、あのランサーを相手に正面から引き分けた相手。でも、今日はあたしがここにいる!)
沖田から見れば、あまりにも矮小で、気に留める必要もない桜子ではあるが、桜子が魔術を使えるようになったことを沖田は知らない。
その変化が、この場に何らかの変化を齎す可能性は決して否定することはできない。
しかし、そんな桜子自身の変化よりも以前の戦いとは明確に異なる点がある。言うまでもなく、両者にとっての同伴者の存在。
アーチャー:ムスタファ・ケマルと壬生浪士隊:斎藤一。共に近代の英雄として動乱の時代を生き抜いた二人の戦いは、ランサーと沖田とは全く違う様相を呈していた。
「嫌だねぇ。俺の剣がどんなものであるのかを見極めようとしているその顔、見極めちまえばそれで勝てると本気で踏んでいるんだろう。良くないぜ、思い込みってのは」
「この二日の間に、キャスターの手勢の実力は把握させてもらった。お前たちの最大の強みはその数だ。一体一体は我ら七騎に及ばず、お前たちの中の上位数名がようやく追いつくことができるかどうかだ。ならば、こちらとしては特性さえ見極めれば対処できない相手ではないと踏んでいる。それだけのことだ」
アーチャーは冷静である。この山門における闘いはあくまでも前哨戦だ。山門を突破すれば、キャスターの手勢はさらに勢いを増して膨れ上がり、キャスター自身と対峙した時にこそ、全霊の戦いが求められる。
山門の防衛者など突破できて当たり前、それが出来る程度の実力をアーチャーもランサーも持っていると踏んだからこそ、煉はこの作戦を実行に移すことを決めたのだから。
「そうかい、ならば、その身で受けてみるとイイ。我が刃―――無敵の剣をな!!」
先に動いたのは斎藤、沖田のように山門の上という優位な点を捨て去ることはせずに、アーチャーへと刃を届かせる距離にまで近づくが、アーチャーからの視点で斎藤の動きが不明瞭となる。透過、あるいは隠形を取っているわけではない。
(足捌きか……、どのように剣を振ってくるか、これでは――――)
「疾ッ――――」
「むぅ……!!」
咄嗟に振るわれた刀へと自身の携帯するサーベルを合わせるがそのサーベルを横滑りするように刀が動き、アーチャーの肩口へと刃が届く。
肉が切り裂かれ鮮血が迸るが、アーチャーは構わず、自身のサーベルを斎藤の身体目掛けて投擲し、斎藤は紙一重で首を動かし、それを回避。
深追いをするつもりはないとばかりに、階段の一つ上の段へと身を動かすと、アーチャーから距離を取り、どんな行動にも対応できるように脱力を図り、次の行動に備える。
「お見事さん、殺す気だったんだがな」
「さすがは、動乱の維新の時代を生き抜いた者だけはあるな」
「そりゃあそうさ。魔剣の一つも使う事が出来なけりゃ、あの魑魅魍魎が跋扈する京の都も、鳥羽伏見の戦場も生きぬくことなんかできやしないさ。油断をすれば一瞬で命が失われる世界だ」
切り裂かれた傷口はすぐさま回復を始めた。マスターである煉からの魔力供給だろう。ランサーとは異なり、魔術の名門である遠坂の魔術師がマスターである以上、生半可な刃では彼を倒すことはできない。
もっとも、神秘によって生み出される技では、アーチャーに対して有効な技を放つことができない以上、斎藤の武技によって生み出された技は決してアーチャーに対して相性が悪いというワケではないのだ。
もしも、単純に彼がセイバーのサーヴァントとして召喚されていれば、この状況へと持ち込んだ時点で勝負は決まっているに等しかったであろう。
沖田も斎藤も決して万全の状態で召喚されているとは言い難い。あくまでもキャスターの配下としての事実があるだけにどうしても正面切った戦闘では他の陣営のサーヴァントの後塵を期する他ない。
であればこそ、彼らには彼らにしか持ち得ない武器がある。
山の中の木々から物音が聞こえる。それが人の蠢く音であると気づいた瞬間には既に行動は実行に移されていた。
「帝に逆らう者に死を!!」
「異国人須らく打ち払うべし!!」
「なっ――――」
「まさか、この周囲総てに……!?」
アーチャーとランサー、双方をぐるりと囲むように沖田や斎藤と同じ志士たちが一斉に飛び出し、彼らとマスター、どちらも関係なく切り殺そうと迫ってくる。
自由に動くことができる場所が極端に少ない山門へと至る階段にて逃げる場所があるとすれば、山門を突破するか、あるいは下っていくかのどちらかしかない。
「言っただろ。俺達は動乱の京で戦い続けてきた。闇の中に隠れ、逆に隠れた者たちを見つけて斬り殺してきた。英雄の戦い方であるかどうかなんて関係ない。俺達は帝の兵士、帝に敵対する者たちを斬ることができるのならば、その手段は厭わない」
数の上で圧倒してなぶり殺しにする。戦力として数えられないマスターを狙って殺す。ああ、卑怯かもしれない。
で、それがどうかしたか? 戦争なのだ、当たり前だろう。むしろ、秋津の街で騒乱が引き起こされている状況で攻め込んでくるやつらに何の義理を立てろと言うのか。
襲い掛かってくる兵士は二十はくだらない。いかにアーチャーとランサーが一騎当千の兵士であったとしても、マスターを守り、沖田と斎藤を退けるには手が足りなすぎる。
たとえ失敗したとしても、こちらにはまだまだ手勢がいるのだ。この山門周辺に配置された攘夷志士たち数えて百、これだけの数をたった二人で捌ききれるはずもない。
「沖田ちゃんには悪いけどさ、是が最も簡単に制圧する―――おい、あんた、何を笑っている」
しかし、斎藤はそこで見る。アーチャーの笑いをこらえきれないと言う表情を。
「いいや、何も。ただ、動乱の都で戦っていたからこその力であると言ったな。結構、キミたちの時代はそうした時代であったと聞いているよ。では、逆にこちらも問おう。
キミたちは―――世界大戦を知っているか?」
銃声が鳴り響いた。桜子や蓮司がその光景の意味を理解したその時には、既に襲い掛かってきた無数の志士たちは全員が身体のどこかを銃で撃たれ、動きを止められ、続く兵士たちの刺突や斬撃によって、次々と無力化されていく。
それを実行したのはキャスターの志士たちと同様にアーチャーの宝具の影響によってこの場に顕現している彼の兵士たちである。あにはからんや、山の中に兵士たちを隠していたのは何もキャスターだけに非ず、アーチャーもまたこの進軍と同時に兵士たちを配置していた。
情報力の差、自ら敵のカタチを確認していたからこそ、アーチャーはあえて己の自慢とする銃士隊やそこに連なる兵士たちの姿を隠し、気配を殺し、此処まで近づけた。
「塹壕の中で息をひそめる瞬間、連合国が国土を踏みしだく足音、帝国内部での政争、腐敗を伝統の名で呼び死の行軍を命じる者たち、いつ終わるとも知れぬ銃火の時間。
我らはその総てを経験し、それを乗り越え、一つの国を打ち立てた。
改めて問おう、異人を受け入れぬ旧態依然の者たちよ、お前たちにオスマンより続く我ら屈強なるトルコ軍兵士たちを退けられるか!!」
志士たちが次々とその姿を現していく。隠れたところですでに数の優位はアーチャーが顕現させたトルコ兵士たちによって崩れた。となれば、あとは数を占める者たちの質が重要視される。
「ちっ、やっぱり魔物どもじゃねぇか……」
悪態をつきながらも、斎藤も戦いを諦めたわけではない。ここで徹底的に連中を消耗させることが出来ればそれでいい。帝の所に彼らを届かせないことこそが自分たちの役割なのだから。
「さて、仕切り直しと行こうか。押し通らせてもらうぞ」
「嫌だね、門番の意味が無くなっちまう」
キャスター陣営への襲撃は始まった。しかし、この山門を突破しなければ、その意味も全ては無駄になる。此処を突破することができるかどうか、4日目の戦いの鍵を握る激突はいまだ先が見えない。
――秋津市西側・繁華街・勢至姆組事務所――
「おい、ちょっと待て。これはどういうことだ!! なんで、勢至姆組の名前が出てきているんだよ!」
『さて。それは私も知り得ませんな。あくまでも私が知りえている範疇では、勢至姆組が出てくる流れは何処にもなかったと思いますが……まさかとは思いますが、典嗣殿の知らぬところで勝手に動いている者がいるわけではないでしょうか?』
「ンな奴がうちの組にいると思ってんのか! やっていいシノギとやっちゃいけねぇシノギノ区別がつかない野郎なんじゃ、うちの組にはいねぇよ!!」
『そうでしたか、それは失礼。こちらも秋津の管理者として、事実関係を確認したいところではあったのです。勢至姆組は我々遠坂に協力してくれている。疑うつもりはありませんよ。おそらくは……勢至姆組に悪感情を抱く者の行動ではないかと考えられます』
電話越しに語る遠坂煉のいけ好かない、人を見下しきった言葉の数々に勢至姆組組長である典嗣は怒りを隠しきれずにいた。
最初に典嗣の下へと情報が届いたのは十数分前だった。勢至姆組の名前を騙った何者かが繁華街や住宅地等、秋津市のあらゆる場所で暴れまわっているという報告がされたのだ。
今日という日に騒動を起こすとなれば、梓沙と結託している煉の存在を疑うのは典嗣にとっても自然な流れであった。遠坂煉と手を結んだことは事実ではあるが、典嗣とて遠坂を全面的に信頼したわけではない。
あくまでも先々のことを考えれば、遠坂と手を組んでおくことが最も勢至姆組として利を得ることができると考えればこその行動である。
『そちらに情報が届いているのかはわかりませんが、彼らは勢至姆組の行動であると語りながら、同時に遠坂の名前も出しているそうです。無論、私もこのようなことを許した覚えはありません。あくまでも推論になってしまいますが……彼らは愉快犯として我々の名を傷つけるために行動していると考えられます』
「………既にうちの組の連中を現地に向かわせている。とっとと騒動を収めなけりゃ、後々に響く。さっきはあんたに失礼なことを言っちまったが、互いに悪い評判が流れるのは嬉しくないだろう」
『ええ、遠坂と勢至姆組の関与の否定は表と裏、二つを使って早急に行わせていただきます。ご安心ください、我々はこの街の安寧を守るために共に手を取り合った者同士、貴方はバーサーカー陣営を拘束することでその誠意を見せてくれた。今度はこちらがその誠意に応える番でしょう』
「本当にこれでいいんだな。これで、俺達は今の立場のままでいられるんだろうな?」
『当然です。貴方がたは我々遠坂の約束を信じることができないと?』
「そうは言ってねぇよ。遠坂が勝ってくれるのが一番丸く収まるってことくらいは俺も分かっている。だから、奉を止めたんだ。余計なことをさせないためにな」
アーチャー陣営とバーサーカー陣営が激突すれば、煉はそれを理由に勢至姆組を潰すつもりで動くだろう。同盟を結んだところで、煉が勢至姆組を邪魔な存在であると考えている事実は決して消えない。その程度の情報は典嗣の耳にも当たり前のことだが入ってきている。
よって、あくまでも身を守る手段としてこれは当然の事なのだ。実益を守るためには敢えて、正しい行動をしている者でも悪としなければならない時がある。
『大丈夫です。今日という日が終わればすべてが丸く収まる。唯一神理教さえ封じてしまえば、この聖杯戦争は消化試合のようなものです。その時にはバーサーカー陣営を説得してくれたことへの報酬はしっかりと払わせていただきます。この街にとっても、お互いにとってもより良き方向へと進んでいきましょう』
最後に聞こえのいい言葉を口にして、煉との通話は終わりを迎えた。
「いい気なもんだ」
典嗣は電話を置くと、いら立ちを隠しきれない表情でいた。自分の思い描いていた通りのシナリオに進んでいない。既にこの街の中で排除の声が強くなってきている勢至姆組を守るためには、遠坂との盟約は必要不可欠であった。
だからこそ、結んだ。奉の行動を諌めてまで、半ば組の内部に亀裂を走らせてでも外部との連携を重視した結果であったと言うのに、それが齎したこの騒動は何だ?
遠坂は本気で勢至姆組を潰すために罠にハメたのではないだろうか。そんな疑念が典嗣の頭の中から拭い去ることが出来なかった。
「まずは、騒動を止めなけりゃならねぇ。何処の連中が動き回っているのかを探るのは、そのあ―――――」
「オヤジ」
典嗣は息を呑んだ。その掛けられた言葉の声色から誰が声を掛けたのかは一瞬にして理解できた。だが、それは本来ありえないことだったのだ。
「奉……、なんでテメェがここに……」
「そんなことはどうでもいいんだよ、オヤジ。答えてくれ。さっきの話は、遠坂と繋がっていたってのは本当の事なのか?」
冷たい空気が流れている。秋津の街を襲う騒乱の中で、誰も知ることなく、その冷たい空気はこの場の状況を一変させた。
まるで火薬庫の中に火が放たれる僅か一瞬前の静寂のように、もはや穏便な終わり方を迎えることは不可能なほどに、決定的なすれ違いが起こってしまったのだから。