――秋津市北側・唯一神理教総本山・本殿――
「帝を、帝をお守りしろ!! これ以上先には一歩も通すな!!」
狂乱が巻き起こる、絶叫が轟き、呻く声が響き、そして命が一つ、また一つと散っていく。
ほんの数時間前まで唯一神理教という巨大な組織によって守られていたはずの箱庭は、今や多くの思惑、悪意や善意がかない混ぜとなった無数の勢力によって、踏みにじられていた。
山門を突破し、今や本堂へと近づかんとするアーチャーとランサーは、最後の防衛線を敷こうとする志士たちを次々と蹴散らしながら目的の場所へと進んでいく。
本来の総本山であれば、こんなにも簡単に突破することは叶わなかっただろう。すべては戦力を分散するために自分たちの身を削る戦いをしてくれたライダーの助力があればこそである。
ライダーにはライダーなりの思惑があり、この戦いが終わってしまえば、再び手を取り合うことができるわけではないだろうが、アーチャーはこの時ばかりは、あの英霊をあえて生かしておいた煉の選択が間違いではなかったことを確信した。
(煉殿が練り上げた戦略展開は此処までの所、総てが予測を外れることなく進行を続けている。バーサーカー陣営の足を止めたことも考えれば実質的には五つの陣営の動きをすべて予測したうえで展開した盤面、見事であると言えよう)
果たして、それぞれの陣営の中で、今現在、この秋津市でどのようなパワーゲームが起こっているのかを正確に把握している人間がどれほどいるのだろうか。協力を申し出てきたライダーでさえも、その総てを把握するには至らないだろう。
バーサーカー陣営の喉元に刃を突き立て、キャスターを打倒し、ライダーの手札を削り、あまつさえランサー陣営を飼いならすための布石までも撒いた。
戦闘で決着をつける他ないであろうセイバーを除けば、この4日目を乗り越えてしまえば、アーチャー陣営は大きく他の陣営に差をつけることができる。キャスターを倒したと言う単一的な成果から、他の陣営に楔を打ち込むその手腕はまさしく見事であると言う他ないだろう。
(であればこそ、こちらが失敗するわけにはいかないな。ここまでお膳立てをされたところで、キャスターを倒せなかったとあれば、英霊としての名に傷がつくと言うモノだ)
すぐ隣で向かってくるキャスターの志士たちを、豪快にランスで磨り潰すランサーも気持ちとしては同じだろう。彼女たちがここまで来たのは蓮司の力になりたいという思いもあれど、同時にキャスター陣営にこれ以上暴れさせるわけにはいかないという思いが強い。ここまで敵を追い詰めておきながらも逃がすことになるのは本意ではないことは間違いない。
「っ、はぁ……はぁ、さすがにあたしの力じゃ、戦いつづけるのは厳しいか」
「桜子、あまり無茶はしないでください。護身で戦っているとしても、彼らは歴戦の戦士です。本来であれば戦えていることの方がおかしいのですから」
「大丈夫、蓮司君も付いてくれているし、言ったでしょ。あたしも蓮司君の力になりたいんだって!キャスターを倒してさ、あたしたちはこれくらい出来るんだってことを、蓮司君のお父さんに見せてあげるんだから!」
桜子は額に汗を浮かばせながらも、快活に叫ぶ。
桜子がここで奮闘をする理由は、キャスター陣営を倒さなければならないという思いもあるが、それと同じくらいに蓮司の力になってあげたいという思い、そして自分たちを使い勝手の良い駒程度に考えている態度が透けてみえる遠坂煉を見返すためという点が大きい。
「きっと、今回のことを成功させれば、お父さんだって蓮司君を見直すよ。蓮司君は自分には実績がないから、何も言えないって言っていたけどさ、あたしはもっと蓮司君とお父さんは言いたいことを言いあうべきだと思うよ、家族なんだから」
「七星さん……ありがとう。本当は七星さんを付き合わせてしまった僕の方が頑張らないといけないのに」
「あたしはやりたいからやっているだけ。蓮司君のためであり、街のためで、同時にあたしのためでもあるんだから!」
語る桜子の背後から迫る志士を横からランサーが己の獲物であるランスを突き刺し、地面に叩き付ける。志士たちからすれば、戦っている桜子自身は取るに足らない相手ではある。しかし、ランサーを突破しなければ、桜子に辿り着くことは出来ず、数で応戦するにはランサーへと貸しだされたアーチャーの兵士たちが、周囲を固めており、散発的に飛びこんでくる志士たちでは対抗することができない。
(山門を突破してからは、特筆するほどの相手は出てきていない。やはり、キャスター陣営はあの山門で我々を仕留めるつもりだったと考えるべきか……)
沖田と斎藤はこの敷地内で出くわしているどの志士たちよりも遥かに戦闘力では格上の存在だった。
志士たちは纏め上げる核となる存在が不在なのか、集団めいた行動をすることもできず、一騎当千の力でランサーやアーチャーを上回る攻撃をすることができる存在がいるわけでもない。
数の上で勝り、一定以下のステータスであれ、押し込むことが出来れば相手を倒すことができるキャスター陣営ではあるが、数の有利を生かせず、核となる志士も存在しないとなれば、もはやこの場での彼らの扱いはサーヴァントに劣る能力の敵がそぞろに襲い掛かってきている程度の認識でしかない。
「いよいよ、見えて来たな」
「はい、強い魔力を感じます。おそらく、この先にキャスターがいるのでしょうね」
山門を超えて、境内に入りこんだ先、境内の中央に存在するひときわ目につく大きな建物、他の建物がその建物を彩らせるために存在しているのだと、直感的に理解させるそこは、他の建物と全く異質の存在感を放っていた。
「うん、魔術に対しては素人のあたしでもわかるよ。この建物の中には、何かがいるって……」
マルテルさんと修行を重ねて、魔術の扱いを急速に習わせてもらっているからか、あたしにも何となく感覚程度のモノだけど、それが分かった。
横に立つ蓮司君は息を呑むような素振りを見せていて、あたしよりも顕著に何かを感じているんだろうってことが分かった。
「今更言うことでもないかもしれないが、ここから先はこれまで以上に気を払いたまえ。ここまでの相手はあくまでも前座、この先に構えている相手こそ、我々が真に対峙をしなければならない相手なのだからな」
「そうですね、桜子も、ここからは私とアーチャーに任せてください。ここまでに常に手勢を使って、手の内を全く晒してこなかったキャスターが土壇場でどんな手を使ってくるかもわかりません。対応できないなどと、弱音を吐くつもりはありませんが、不確定要素は出来る限り排除して臨みたい」
「それに……、キャスターが本当に彼らの奉じている帝であるとすれば、危険なのは我々ではなく、マスターであるキミたちだ」
「……、どういうことですか?」
「近代の英霊とは、時として生前以上の力を与えられることがある。基本的な戦闘能力は人間であった頃と変わらないが、過去の英霊に対して優位を取っている私のように、過去の神秘の時代に近かった英霊に対抗するために、我々は本来持ち得なかった人々の願いやその英霊に対する考え方が力に反映されている」
本来のムスタファ・ケマルに神を打倒する力が備わっているわけではない。神を奉じた国を新たなる人の国へと変えた功績を讃えて、ムスタファ・ケマルとは神を打倒した存在であると誰もが思うに至ったからこそ、彼はサーヴァントとして現界するにあたって、その力を与えられた。
「異国人に対して異常なまでの敵愾心を抱く存在、攘夷志士と呼ばれた幕末に存在し続けた開国前の日本という国の負の象徴。そして、攘夷を望み続け、最後まで異国人に心開くことなく死を迎えた悲劇の帝―――孝明天皇。おそらくキャスターの正体は彼だろう」
「孝明天皇、まさか……本当にこの国の帝を召喚したってことですか?」
「他の国の王やそれに近い存在もまた召喚される聖杯戦争の中ではさして不思議がるような話でもないだろう。それがただ自国の王であったと言うだけの話しだ。しかし、同時に自国の王であるからこそ、厄介極まりない」
「自国民に対しての絶対的な権能を持っているかもしれないと言うことですか」
「可能性は有り得ると言うだけだがな。サーヴァント同士の戦闘は一つの過ちがそのまま勝敗を分けてしまう可能性もある。警戒をしておいて損はないだろう」
「それって、キャスターがあたしたち相手に強制的になにかをすることができるかもしれないってこと……?」
「最悪の場合は、眼を合わせただけでも、何らかの効力を発揮するかもしれない」
思わず、あたしは絶句する。そりゃ、サーヴァントなんて滅茶苦茶な存在であることはこれまででも嫌というほどわかっている。槍の穂先からビームを出すことが許されるんだから、目を合わせただけで何らかの術を掛けることができる相手がいたって不思議じゃないけれど……。
「迷っている時間はありません。よろしいですね、アーチャー」
「ああ、ここで迷うほど弱い心を持ち合わせているつもりはない。魔術師のサーヴァントが相手である以上、徹底的に力で押し切る。行くぞ、ランサー」
言うが早いか、アーチャーとランサーは一気に本殿の中央部へと昇りあげる。
明らかな死臭が迸る。ここで誰かが殺されたのだろうか、それが誰であるのかを確かめるつもりは二人にはなかった。誰が犠牲になったとしても、それを考えている時間がもったいない。
そう思えるほどには……この扉の先にいるであろう濃厚な魔力を発奮させながら、扉越しにでも憎悪の視線はおぞましいのだ。
一つの扉越しで現実の世界と異界が分け隔たれている。しかし、そこに突入しない理由があるはずもなく、ランサーとアーチャーは一気に突破を図るため、閉ざされた本殿の中枢部への扉を破壊し、内部へと入り込んだ。
「異国のケガレを持ちし者か………」
そして、それはそこにいた。本殿の上座、御簾の先に確かに存在している気配、目を血走らせ、憤怒の怒りに駆られながらも、御簾という境界を隔てて、天上と地上を分けているかのようにそれはただ、そこに存在していた。
キャスターのサーヴァント、ここまで多くの志士を動かし、己が前線に立つことは一度もないままに、秋津の聖杯戦争を動かす者の一角として君臨していた者がそこにはいたのだ。
「まさしく、彼らにとっての神、か……」
アーチャーは苦々しく呟く。キャスターの志士たちにとって、天皇である彼はまさしく、奉じるべき存在であったのだろう。
キャスターの志士たちが彼に忠誠を誓うのは十二分に理解できる。だが、それだけではない。唯一神理教という組織にとっても、この帝はまさしく神なのだ。
本来、存在しえなかったはずの神の存在が証明され、己が信奉する世界には意味があったのだと信徒たちは理解したのだろう。
果たしてそれは洗脳されたのか、自らその在り方を受け入れたのか、判然としないことは確かではあるが……、
「因果だな、こうして死後に招かれた世界においても、神と対峙することになろうとは」
「異国人よ、何故、ここへ来た? そも、何故、貴様らはここにいる? ここは朕の聖域ぞ」
アーチャーの呟きなど一顧だにすることなく、キャスターは問いを投げる。それはもはやアーチャーとランサーの存在そのものを否定するかのような問いである。
「貴様らが我らが神国へと足を踏み込まなければ、この地にケガレが撒き散らされることもなかった。貴様らが此処に存在していると言うだけでこの聖域が穢される。耳を立てて見よ。貴様たちがここにいるがためにどれだけの民が嘆きに溺れているのだ」
「私達はただ聖杯戦争の陣営として貴方たちに戦いを挑みに来たにすぎません。無論、勝利を手にするために非難を受けねばならない手を使ったことについては否定のしようもありません。ですが、それをケガレなどと口にするのは止めていただきたい。それは英霊足る我々に対しての侮辱に他ならない」
「唯一……、唯一はどうしたのだ。鷹司の血族よ、そなたは此度こそは朕に尽くすと言ったはずだ。どこだ、どこにおる……目の前に異国のケガレがおるのだ。疾く滅ぼせ。これらは、我らが神国の禍なるぞ」
「話にならぬな……」
キャスターはアーチャーとランサーを認識こそしているものの、まったく会話の様相を呈していない。ただ、異国人を滅ぼす、自分の民たちを保護する、ただ、それだけの願いに塗れ、この場に佇んでいるだけの存在は、ある種の滑稽さを感じさせもする。
敵を前にしながら、一切動くことなくただ言葉を投げかけるだけの存在は、権威という力に固執し、それだけで世界を支配することができると言う旧態依然とした在り方そのものである。アーチャーが何度も目にしてきた腐敗の象徴そのものであると言えよう。
アーチャーの背後に銃士隊たちが次々と召喚されていく。一様にキャスターへと銃口を向け、自分たちのスタンスを明確にする。
その横でランサーも槍を構える。投擲の構え、既にキャスターが今更動くことは考えられず、ならばこそ、無闇に近づくよりも、このまま勝負を終わらせてしまった方が早いと考えたのだ。
「何故、向ける。異国人よ、お前たちはいつもそうだ。突如として現れ、我らが国土を蹂躙し、穢れた何かを持ち込んでくる。黒船の襲来も、病も、大地の怒りも、幕府の暴走も、すべてすべて貴様がこの地に降り立たなければおこりえなかった」
「ケガレを、これ以上、我が神国を荒らすな、この地は貴様たちが降り立つに足る不浄の地ではない!!」
血走った目をさらに大きく開き、一つの世界の王たる存在にはあるまじき声を上げる。その罵声は一切の多様性を認めない。ただ日本人ではないと言う理由だけで排斥をする。理由などなく、最初に異国人であるかどうかが全ての認識が変わってしまう。
正しいことをしようとも異国人であればその全てが悪とみなされる
悪行を重ねようとも日本人であれば、それは誰かがケガレを持ち込んだとされる。
神の国などと言えば聞こえはいいが、実際にはただの差別主義、唯一神理教という弱者の救済のために使われる思想であるとすれば、それも一つの考え方として許容されるかもしれないが、それをこの国そのものの思想であるとみなせば、途端に日本という国そのものが世界から追放されることは間違いない。
「私が知る前の日本にはこのような側面があった。いや、あったからこそ、変わることが出来たのかもしれぬな。よく理解できたよ、キャスター。貴様は、現界してはならぬ存在だった」
「貴様ら、ケガレが何を言うか――――!!」
「もはや言葉を交わす道理も無し。さらばだ、キャスター。その崇高なる神の理念はもはや今の時代には必要ない」
アーチャーが手を上げた途端に兵士たちが一斉に銃撃を始めた。御簾によって分け隔てられているはずの世界、しかし、神を殺す兵士たちはそんなことはまやかしに過ぎないとばかりに御簾を超えて銃弾が次々とキャスターの身体へと突き刺さっていく。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ」
そしてトドメの一撃とばかりに、ランサーのランスが投擲される。槍投げのように放たれたそれもまた御簾を突破して、キャスターの身体へと突き刺さり、キャスターは声にならない苦悶を上げるとともに、この本殿の中に蔓延していた禍々しいまでの怒りと殺意によって構成された魔力が開放されていくように感じられた。
「我を、消すか。かつてのように……あの時のように、やはり貴様らは、悪。ケガレを持込みし、神国の禍……」
憎しみの表情が消えることはない。ランサーとアーチャーが敵対するべき相手であるという理屈よりも、彼ら外国人であると言うその一点こそがキャスターにとっては何よりも重要なのである。御簾の中にあるその姿は高貴なる古き日本の貴族といういでたちである。
アーチャーが予想した真名は恐らく状況からしても間違ってはいないのであろう。
「憎きかな、朕は貴様たちを今度こそ誅戮せねばならぬ。貴様たち異国人をすべて排除した果てにこそ……、我らの真なる神国が生まれる、というのに……」
キャスターは己の願いを吐きだしながら、その身体をエーテルの粒子の中へと呑み込まれていく。サーヴァントが消滅する際に引き起こされる事象は、間違いなくキャスターのサーヴァントがこの聖杯戦争から脱落したことを意味していた。
「………最後は呆気なかったな。抵抗らしい抵抗を一切見せることが無かったとは」
「我々二人を相手に抵抗することはできないと諦めを覚えたのでしょうか?」
「あるいは、キャスター自身に全く戦う力などなかったのかもしれない。彼は帝、己の意志を言霊にして発し、そして誰かがそれを叶える。であれば……日本国民ではない我々を前にして、彼に出来ることは何もなかったかもしれないな」
「ランサー……!」
音に反応してか、桜子と蓮司がこの場へと姿を見せる。戦いの決着がついたことを何となくではあれども察したのか、二人の表情は明るい。
未だ、此処が敵地であることに変わりはないが、その喜びの反応を今この時だけは受け取っておいてもよいのではないだろうかとサーヴァント二人も思うのであった。
――秋津市西側・繁華街――
「おらぁ、お前たちみてぇなサーヴァント以下の奴らが何人出てこようが、俺様の足元にも及ぶわけがないだろうが!!」
「ぐがっ―――」
「ぎぃ、何故だ、何故、我らが異国を斬るための剣が役に立たぬのだ!!」
「攘夷は成功せぬと貴様らはそういうのか!」
「んなもん知るか。ただ気合だけじゃどうにもならねぇこともあるって訳だろ。お前らはただ招きよせられたその場の流れに身を任せているだけだ。自国で侵略を受けていると知っておきながら、これまで何もしてこなかったツケをいい加減支払うべき時が来たんじゃないか?」
北の唯一神理教総本山にて、今まさしく、聖杯戦争における一陣営の決着が行われようとしていた頃、エルナン・コルテスによって率いられるキャスター麾下の志士たちと対抗するために集められた者たちは儚い抵抗を徹底的に続けていた。
「殺せ、天誅を下せ!! 異国の愚かなケガレに染まりきった者たちをケガレから解放するのだ!」
「誰がケガレだ。俺達の仲間を何人もブッ倒しやがって。テメェの方がよっぽど野蛮じゃねぇか!!」
コルテスが自ら陣頭指揮を執っているこの繁華街の戦いはいまや志士たちとの五分五分の戦いが演じられていた。その中核を担っているのは言うまでもなくコルテスである。
コルテスが己の宝具を使い、志士たちを撃破しながら戦闘を継続しているためにこの場の志士たちは実際の下手人たちを倒せずにいる。ドサクサまぎれに二次被害を生み出そうとしていた者たちは既に処分されたが、コルテスが最初から共に行動していたメンバーたちはほとんどが傷を負っていない。
もっとも、他の戦場は酷いモノである。東側の住宅街や南側の郊外で暴れまわっていた者たちはそのほとんどがキャスター麾下の志士たちに依って斬り殺され、その儚い姿を夜空の下に晒している。
同情をする必要はない。彼らは自分自身でコルテスに協力することを決め、この戦いの先に待っている己にとっての都合のいい夢を叶えるために戦ったのだ。
実際の所、コルテスの下に集った者たちのほとんどは街にとって利益を齎すよりもそれ以上に破壊を齎す存在なのだ。
それらが命を絶たれたことについて大局的な視点で見れば、決して悪いコトではない。
煉の思惑の中にコルテスの従えている兵隊たちがそうした集団であることが知れているのかはわからないが、今日という日を乗り越えた先にコルテスの掻き集めてきた手駒たちは半分も生き残ることはないだろう。
「ねぇ、本当に大丈夫なの? ここだって、貴方がいるから何とかなっているけれど、他の所は貴方がいないわ」
「まぁ、大体の奴らは死ぬだろうな。運よく生き残ったところで使い物になるかどうかも分からん。俺様のために死ねと口にしたことが真実になるばかりだろう」
「酷い男ね。全部わかっていて、現実から目を逸らさせて、それで命を懸けさせるんだもの」
街中で起こる騒乱の種はそう簡単に消えることはないだろう。どれだけの敵が展開しているのかもわからない状況ではキャスター陣営は早々に撤退することはできない。
何せ彼らは異国人を討伐することこそが自分たちの最大主題、聖杯戦争などよりも優先するべき事柄なのだから。その情念そのものをコルテスは否定するつもりはない。聖杯戦争に勝利するために呼び出された使い魔でしかない自分たちであっても、聖杯戦争以外の勝利条件を己に課すことが認められていないわけではないのだから。
かつての未練を果たそうとすること、決して間違っているとは思わない。思わないが、それを利用することはまた別問題だ。
「そうでもしなけりゃ、こいつらを縛りつけておくことはできないからな。結局、数には数で勝負するしかない。俺様たちの組織一つを捧げなけりゃならないほどに連中は膨れ上がっているんだからな」
「一番いい迷惑なのは名前を傷つけられた勢至姆組かもしれないけれどね」
「はッ、風評被害なんて気にしてられるか。んなもん戦場じゃ日常茶飯事。声を上げなかった奴らが悪いってな!」
再び迫ってくる志士たちを、用意された銃で撃ちぬく。どれだけ剣技に長けていたとしても離れた場所からの強化された銃撃に敵う道理はなし。
沖田や斎藤と言った手練れが繁華街へと襲撃を掛けてこない限りは、コルテスはあと1時間は戦場を保つことができる自信はある。
しかし、それだけの時間が経過すれば、周囲の散らせて暴れている連中は全滅するだろう。志士たち全てがこの繁華街に飛び込んできてしまえば、さすがに数の上でも優位性は完全に失われて終わりを迎えることは言うまでもない。
よって、ライダー自身も変わらない状況に焦りを感じ始めていることも事実だ。このままゆっくりと磨り潰されるのを待つばかりなのか、それともアーチャー達に体の言いように使われたのか。アーチャー陣営と手を組むこと自体がある種の賭けであったことは言うまでもないが……、
「ん………」
「あら……?」
ライダーはそこで気付く。これまで猪突猛進にライダーたちを殺すことに集中してきたはずの志士たちの様子に変化が生まれ始めたことを。
周囲を確認し、何かを話しあっている。その表情は信じられないモノを見ているかのような様子で、戸惑いの様子を浮かべていることは間違いなかった。
(俺様たちがいつになっても倒せないから、なんてことじゃないだろうな。斃せない程度で諦めるような生易しい気持ちで動いているわけでもないだろ。だとすれば……)
自分は賭けに勝ったのか、しかし、不穏な感情も同時に浮かび上がっている。何か、決定的に必要なピースがハマらなかった、そんなような感覚に背筋に嫌な汗が浮かび上がっていた。
そういう時の予感というのは得てして当たる。順調な航海であったはずの時間が嵐によって一瞬にして奪われるように、征服の最中に自分の首を掠めようと裏切りが横行した時のように……何かが迫ろうとしていることだけは間違いなく―――
「こ、コルテスの旦那、連中逃げて行きますぜ!」
「何があったかわからねぇが、これは俺達の勝ちってことでいいんじゃねぇか!!」
「馬鹿野郎、浮かれている間に戻って来るかもしれねぇだろうが!」
手下たちは口々に言いたいことを口にしているが、コルテスは何か違和感のようなものが自分の中で浮かび上がっていた。その違和感は何だ、おそらくキャスター陣営に異国人の仲間たちを殺すことを諦めてでも何かをしなければならないことが起こったのは間違いない。
例えば、連中のマスターあるいはキャスターが倒された、といったところだろうか、それ以外に彼らが自分たちを目の前にして逃げると言う理由があるとは到底思えない。
思えないからこそ、これはコルテスたちにとって決して悪くない展開であるはずだ。むしろ、狙っていた状況がここに生み出されたことを意味しているはずなのだが……、
「蟲……」
唐突に間桐の蟲がコルテスの下へと姿を見せる。
『コルテス殿、円華嬢に差し向けておいた蟲から、マスターである鷹司唯一とキャスター双方の死が確認されました。おそらく、外の戦いも終結するかと』
間桐の大旦那の声が聞こえる。それは彼なりのコルテスに対する称賛の声だった。よくぞ、我々の願いを叶えてくれた。お前に賭けた価値があった。
そう告げる報告に他ならなかったが、しかし、それを聞くコルテスの思考は、ハマりかけていたピースが完全に嵌ったことによって、違和感の正体を理解させた。
「―――――――――」
「まぁ、もう見えなくなってしまったみたいだし。とりあえずは安心―――って、どうしたの? 貴方らしくもない、本気で驚いているじゃない」
「そうだ、ありえない。こんなことはありえないんだ。マスターにしろ、キャスターにしろ、どちらかが消滅したか致命傷を負ったにしても、奴らのどちらかが機能しなくなった時点で、あの連中が現界していられるはずがない!!」
「え、それってどういう――――、ち、ちょっと、どこ行くのよ!」
バーのマスターの静止の声を聴くこともなく、コルテスはただ1人でビルの上を跳躍しながら一路、北へと向かう。
そうだ、ありえないのだ。サーヴァントが消滅する、あるいはマスターの死亡による魔力切れが発生すれば、キャスターやマスターによって使われているであろう志士たちが存在していられるはずがない。
奴らの本来のリアクションはその身体を維持することが出来ずに消滅する展開なのだ。断じて、戸惑いは覚えていても、逃走をしていられる余裕などあるはずもない。
(気付いているのか、円華……! 今すぐ逃げろ、ハメられたのは俺様たちだ―――!!)
急げ、急げ、急げ、事態は一刻を争う。一分一秒でも無駄にすれば、円華の身がどうなるかもわからない。それほどまでに盤面は完璧だった。
完璧なまでに自分たちは勝利を確信し、その盤面が今やどちらに転がるのか分からなくなってしまった。だが、おそらく、それに気づいている者はいない。誰もがキャスターを倒した、あるいはマスターを倒したと言う事実だけを見ている。
それがいかに危険な状態なのか、誰も分かっていないことこそがこの場における最悪のシナリオである。誰も彼もが蜘蛛糸に絡め取られたことを理解できない。
それは言うまでもなく、この舞台に上がった誰もが捕食される可能性を示唆されたに等しいことなのだから。
――秋津市北側・唯一神理教総本山・本殿周辺――
「キャスター撃滅、心より感謝を申し上げます。教祖である鷹司唯一とキャスターが消滅したことによって、唯一神理教は崩壊を迎える事でしょう。この秋津市を呑み込まんとする大いなる災厄はこれで終わりを迎えたと言ってもイイでしょう」
「こちらこそ、ありがとうございます。貴女がいなければキャスター陣営を倒すための手立てを見つけることは出来なかったかもしれないと、父は仰っていました。本来であれば父より直接その言葉を口にするべきではあるのですが……」
「いいのです、遠坂さまがあくまでも我々の力を必要したうえで利益による結びつきは理解しています。貴方がたが私を利用したように、私もあなたたちを利用したのですから」
キャスター陣営は終わりを迎えた。マスターとサーヴァントの双方が消失した以上、もはや陣営としての体を為すことはないだろう。戦闘終了後、私と梓沙さんは、この戦いを終わらせる立役者となったアーチャー陣営とランサー陣営と顔を合わせていた。
とはいっても、顔役となっているのは梓沙さんで、私はそれを後ろから見ているだけ。あくまでも梓沙さんとコルテスの部下以外には九条円として接している以上、素の自分を出すつもりはないけれど、先ほどの出来事が頭にこびりついていて、いつ演技をしている時の集中力が途切れるか心配でならなかった。
(あの子たち、私よりも年下なのに……聖杯戦争に参加して、あの子たちも私とは違う何か願いを持っているの?)
持っていないのに聖杯戦争に参加するとすれば、魔術師としての名誉が欲しいからなのだろうか。遠坂の名前を聞いても、私はさほどピンとこない。この街の名士であることは知っているし、彼の父親とは顔を合わせたこともあるけれど、それだけだ。
特になんらかの利害関係を持ち合わせたことがあるはずもなく、彼らも私に気付かない。この場所に九重円華がいるなんてことをいきなり気付くことができる相手もいないだろうし。
「それでは、私から遠坂殿へと協力の証としてこの書状をお持ちください。神祇省が協力するに当たって、その書状を見せれば、スムーズに協力を得られるはずです。煉殿には中身についても一度、ご確認をお願いしてください」
「わかりました、ありがとうございます」
なるほど、アーチャー陣営がキャスターと戦うことを決めたのは梓沙さんの協力が得られればこそ、これから先の聖杯戦争を勝ち抜くためには、梓沙さんたち手練れを味方につけておこうと言うことだったのだろう。
何の利益を手にすることもなく、手を組むなんてことはしない。それは私達だって同じ。充分に理解できることではある。
「では、我々も離れるとしよう。これだけ大規模な戦闘が発生したとなれば、他の陣営が手を出してくる可能性もある」
「はい、えっと、一宮さんたちも一緒に……」
「いえ、私達は別々に行きましょう。一手に固まるよりも都合がいいと思います」
チラリと私の方を梓沙さんが見る。私と彼らの関係はあくまでも梓沙さんを通してのもの。突如として手荒な真似をすることもないとは思うけれど、そこは信用しない方がいいと言うことか。
私たちの同盟はあくまでもキャスターを倒すためのもの。キャスターが倒された以上、ここで別れておく方がいいというのは頷ける。
(それにコルテスが連れてきた連中がどうなったのかも確認しなければいけないしね……)
大部分は正直、望みが薄いと思うけれど、此処に放置しておくわけにもいかない。生き残っている相手がいるのならば、助けていかないわけにもいかないだろうし。
我ながら、あいつらの相手なんてしなくてもいいとおもうけど……
「では、互いに御武運を祈って……」
言葉は短く、私達はこの場から立ち去っていく。もはやキャスターも唯一もいなくなったこの場所には危機が存在することはない。あまり急ぐこともなく、安全を第一にして脱出をすればいい、そう、私達は考えていた。
目の前に立つ人影を見つけるまでは。
「騒乱は終わり、そして静寂の時間は来る。されど、いまだすべてが終わったというワケではないだろう」
「―――――!」
「久坂……」
「おや、敬愛を籠めて久坂殿とはもう呼んでくれんのか。残念だよ、円殿。いいや、こうなることは最初に出会った時からわかってはいたがね」
久坂玄瑞、この唯一神理教総本山の中で最も警戒しなければならない相手、常に私に視線を向けていた相手、後は脱出をすればいい、その時になって、この男が出現したと言う事実がどうしようもなく、状況の悪さを実感させてくる。
「どうして……、キャスターは斃したはずでしょう! なのに、どうして、キャスターの宝具として召喚されたはずの貴方がまだ此処に残っているのよ!」
「くっ、くく、くはははははははははははははは」
久坂は笑っていた。どこまでも楽しそうに、まるで私が全く見当違いのことを口にしている様に、この男は面白くて仕方がないという様子をもはや隠そうともしない。
「いやいや、すまないな。キミがあまりにも予想通りの反応をしてくれたことに笑いを隠しきることが出来なかったのだよ。キミたちは勘違いをしている。
いまだ、我らの陣営は負けてはいない。むしろ、我々は今尚、我らの勝利に向けてまい進しているのだからな」
その言葉は狂気の言葉だった。主を失った物が口にするとは思えない言葉。けれど、その表情も言葉の強さも彼が真実を口にしていると信じ込ませるには十分すぎるほどの力を持っていた。