――秋津市北側・唯一神理教総本山――
唯一神理教へと召喚されたその時に、己は奇妙な感覚に包まれた。自分自身が一人ではないと言う感覚、何かの繋がりが常に自分の中に起こっていると言う事実に、まずはそれが何であるのかを思案した。
繋がっている線のうちの一つは座より与えられた情報から理解した。マスターとの魔力による繋がり、それは問題ない。理論が構築されていることは事実として理解しておけばいい。
では、もう一つは何だ? 何故、己の中にマスターとは異なる繋がりが感じられるのか。その疑問を胸に秘めながら、総本山本殿の中へと足を運ばせた時に総ては氷解した。
そこにいるのは紛れもなく帝だ。私が仕えることを望み、そして最後には袂を分かつことになった相手ともう一度顔を合わせることが出来た。感涙の想いが過った。
同時にその歪さも理解した。帝はこのような血走った眼をしていない。そして、帝が今代の鷹司に語りかける言葉は、まるで私が理想としていた国家の主としての姿だ。歪んでいることは間違いないが、激烈な言葉を掛ける姿は、攘夷を望んでいながら、幕府任せの政治を行おうとしていた姿とは全く異なっている。
それを理解した時に、私の中で全てが繋がった。ああ、そうか、これは私に与えられた再起の時なのだと。私は死の瞬間に強く強く願った。帝と私が志を同じくする。そうすれば、必ずや攘夷を成功に導くことができるのだと。
聖杯戦争の知識と、サーヴァントたる己の特性、そして帝の姿、どのような因果によって、私と帝の存在が歪められたのかはこの際どうでもいいことだ。むしろ、運命と言ってもいいかもしれない。
我らが呼び寄せられた理由があるとすれば、天もまた我らの再起を望んでいるということに違いない。帝と言葉を交わし、共に覇道を歩むことを帝自らお認め戴けたことでその想いは確信へと至った。
帝と見据える先を同じとし、同じ願いを持つ同志たる志士たちを召喚した。幸い、我々が召喚された場所は、宗教の施設である様子だった。我々を召喚したのが鷹司の血族であると言う点を除けば、何ら思う所はない。
いや、これすらも機縁と思っておくべきかもしれない。かつて、私の命脈を断つがごとく、逃走を果たした鷹司の血族が我らの再起の為に道と場を生み出した。再起の筋書きとしては悪くない。召喚した者として敬意は払おう。かつての贖罪は後にしてもらうにしても、当面はマスターとして動いてもらうべきだ。
何せ、この宗教施設は隠れ蓑としてこれ以上ないほどに機能する。この場で起こったことを誰一人として記憶せず、私という存在を隠匿あるいは他の志士たちと同列に扱うだけで、我らが想定していない事態による突発的な敗北を避けることができる。
帝に危機は及ぶだろうが、我らは同じ方向を見ている。その攘夷の意志がある限り、我らの袂が分かたれることはない。我らは今度こそひとつなのだから。
「おや、これは驚いた。陛下の御拝謁を賜りながら、いまだ己を保つ者がいるとは。存外、今世も捨てたものではないらしい」
「――――――――」
帝によって、その意思を我らが攘夷へと、この場の者たちは向けられていく。しかし、一人だけ、その様子に抗おうとしている者がいた。
本人は気付かせないようにしているつもりなのだろうが、他の信徒たちが軒並み、帝に平伏している中で、一人だけ同じ動作をしていないのは目立つと言う他ない。
「おお、梓沙殿、そなたは帝の威光をその身に触れて、なおも頭を上げられるか。素晴らしい、神はその身で選別されたのだ。そなたもまた我ら唯一神理教の敬虔なる信徒であると!! おお、同志よ、もはや我らは教祖と信徒などという間柄に非ず。共に帝へ滅私奉公すべき輩と相成ろうぞ!!」
一宮梓沙と名乗るその少女は、実に使い勝手の良い配置が出来る存在だった。帝によって改めて彼女には、我らの同志へとなるための理解を得た。
彼女は唯一神理教という鷹司殿の組織とは敵対する神祇省なる組織の人間であるらしい。もとより、この組織を潰すために、そして我々召喚された者たちを見て、もはや一刻の猶予もないと考えていた様子であった。
「面白い……」
鷹司殿は梓沙の素性を聞いたところで何も言わなかった。帝は鷹司殿に言葉を発することを許さず、この場の決定権を私に委ねた。それはすなわち、有効に扱えということに他ならない。
「今宵、ここで何が起こったのかを知る者は誰一人としていない。であれば、あえて、何も起こらなかったかのように演じて見せるのもまた一興か。聖杯戦争が本格的に始まれば、梓沙、そなたは必ず他の陣営に接触するだろう」
「はい、久坂様の言う通りです。畏れ多くも私は帝に仇為す者として最も信頼できる相手に、貴方がたを討つことができると思われる相手を見つけるはずです」
「結構。であれば、おまえはそのように行動しろ」
「………私に帝に弓を引けと?」
「お前が信頼し、我らを討つに足りると考えるほどの相手は紛れもなく我々にとって障害になる存在だ。自ら動くことだけが戦いではない。あえて牙を隠し、あらゆる全てをこちらに目を向けさせることによって生まれる隙というものもある。お前はお前の思うままに動いていればいい。すべてが終わったその時には、再び帝の志士として共に戦うこともできよう」
私の言葉に梓沙は言葉一つ無く静かに涙を流していた。それは滂沱の涙であろう。理由あってのことであれ、帝の敵とならなければならぬ不名誉を注ぐ機会を与えられることに喜びを見出している。
ああ、理解が出来るとも。例え、帝に背くことになったとしても、我らはやはり帝の民なのだ。帝の為に闘えることに喜びを見出すこと、当然に理解できよう。
「帝の為に、攘夷の為に。ああ、なんて素晴らしい。私は必ずやり遂げて見せます、久坂様。帝の理想を理解せずに、唯一神理教などという紛い物と同じにみなしてしまっていたかつての愚かしい自分が、帝や久坂様たちのお力になることができるのならば、馬鹿で無知であった頃の私を存分に利用してください」
「勿論だ、いずれお前には重大な役目を与える。帝の覇道を支える大役だ。それを背負うまでの試練であると思うがいい」
「素敵です。帝の為にこの身命を捧げる時が来ること今から待ち遠しいです。ええ、どうか、その時には―――帝に逆らう愚か者どもたちと共に、馬鹿で無知な過去の私も一緒に葬り去ってくださいませ」
うっとりとした表情で梓沙はそうした未来が来ることを心より願っている様子だった。帝に誠心誠意仕えるその姿、実に素晴らしい。
今宵が終われば、再びその様子を見ることができるようになるのが、当面先になることだけが残念ではあるが、大望成就のためには致し方ない。誰もが血を流す覚悟が無ければ攘夷の成功は有り得ぬのだから。
(だが、それだけで果たして足りるか……?)
我らは帝の軍、必ずや勝利を勝ち取って見せようという気概を誰もが持ち合わせていることは事実だ、そこを疑う余地はない。
しかし、聖杯戦争には神霊の類が呼び出されることもあり得る。大規模な攻撃出力を持つ英霊を召喚されれば、我らがいかに人智を確保していたとしても無理がある。
(私も帝も、そして志士たちも他の英霊たちと比べれば力の面では劣る。これは聖杯戦争という仕組みの中で呼び出されている以上、背負わなければならぬ不合理だ。であれば、我らが勝つために何をするべきなのか……)
本殿より、足を動かし、外へと躍り出る。眩いばかりの夜の世界の光が視界へと入る。この総本山より見える夜景はかつて我らが生きていた時代では考えられぬほどに、夜の世界の闇を照らす光となっていた。
この国は変わった。我らが敗北し、異国の技術を手にしたことで、大いに変わった。褒めるべき点はあるのだろう、しかし、そこに異国人が存在することは許されない。
発展の善悪という概念を超越したところでそれは許されてはならぬことなのだ。
「……あれは何だ?」
その光の中でひときわ輝くものを見つける。自然と、それが己の目に留まり、梓沙にその詳細を尋ねる。
「なるほど、そうか、くく、見えて来たぞ、我々が取るべき選択が」
この時、聖杯戦争開幕より2週間を前にして、キャスター陣営は人知れず暗躍を開始した。誰に憚ることなく唯一神理教という隠れ蓑を手にして、さも自分たちが彼らに協力しながら不穏の種を抱えているような素振りを見せながら、彼らは時を待ち続けた。自分たちの危険性を理解する存在が釣れるその時を待って待って、待ち続けた。
そして……聖杯戦争4日目、待ち続ける時間は結実を迎えた。用心に用心を重ねて、常に己が命を落とすかもしれない領域へと踏み込んでくることはなかった遠坂煉は、久坂によって致命の一撃を回避することもなく倒れた。
間違いなくキャスター陣営にとって最大の障害の一つは、唯一神理教の壊滅と引き換えに踏破を為し遂げた。そして、もう一つ、獅子身中の虫と化した円華も絶体絶命の状況に陥っている。
「自己紹介も終わったところで、円華殿、我々に協力してもらえないか? キミもまた日本国民、であれば、我々は同志も同じだ。キミは、己のサーヴァントを憎んでもいるだろう。その憎悪も帝であれば癒してくれよう、復讐の機会を与えよう。異国人を討つのだ。我らも全力を以て対応しよう」
「――――お断りよ」
「………、理由は聞こうか」
「お前の言う通り、私はライダーのことを憎んでいる。でも、私はアイツと約束したの。慎夜君を助けるために聖杯戦争に勝つって。勝って、その上でお前を殺してやるんだって。それはわけもわからないお前たちの力を借りればいいわけじゃない!
お前たちの力を借りた先には、私と慎夜君が望んでいる未来は存在しない!」
「強情だな、梓沙よ、平和的に解決したかったが、こうなっては仕方がない。帝の下へと連れていけ」
円華を拘束する梓沙の力が強まる。同じ女性なのに、どこからこんな力が出てくるのか、羽交い絞めにされている円華はまったく抵抗することが出来ない。
「くっ……離して……!」
「ふふっ、円華さん必死に抵抗して可愛いですね。大丈夫ですよ、何も心配することはありません。帝の御言葉を聞けば、不安な気持ちも全部無くなります。
そして、はっきりと気付くんです。帝の御言葉に耳を傾けなかった自分がいかに愚かしかったのかを。円華さんが今抱いている苦しみも不安も全部帝は救ってくれます」
梓沙の顔と声で、梓沙ではない誰かが円華の耳元で語りかけてくる。甘い誘惑、されどそれは毒の花のごとく。耳を傾ければ堕落していくほかない。
「あんたたちに従えば、慎夜君が助かるって言うの!? そんなはずない! お前たちは、ただ私を洗脳して、ライダーを倒したいだけじゃない」
「そうかもしれません。でも、そんなことはどうでもいいじゃないですか。神たる帝に仕えることができるんです。円華さんが懸想している相手への気持ちよりももっと大切なモノが分かるんです。
むしろ、どうして拒否しているのか分かりません。貴女はライダーのことを憎んでいるのに、どうしてお救い戴ける帝よりも、自分を傷つけた男を信じるのですか?」
「………あいつは確かにクズだし、人の気持ちなんて歯牙にもかけない最低の男よ。でも、あいつは自分の行動を偽らない。私に勝たせてやると言った約束を全力で果たそうとしている。それが自分のためだったとしても、私の願いに応えたことだけは間違いない。
あんたたちみたいに、自分たちの都合のいいように人の気持ちを捻じ曲げるような奴と一緒にしないで! お前たちに屈するくらいなら、あいつと一緒に聖杯戦争を戦う方が遥かにマシよ!!」
「――――良く言った。さすがは俺様の女だ。盛り上げ方をわかっているじゃないか」
瞬間、聞こえてきた声と共に、円華を後ろから拘束していた梓沙の身体が吹き飛ばされ、円華は境内に倒れる。しかし、すぐに円華を抱き寄せる形で梓沙ではない手が掬い上げた。
「ら、ライダー、どうして……?」
「なんだ、思ったよりも元気そうじゃないか。それとも、あれか、俺様の顔を見て、気分が良くなったか? いいぜ、こっちもお預け喰らっていたからな、戻ったらすぐにでも抱いてやるぞ」
「そんなわけないでしょ! なんで、あんたがここにいるのかって聞いてるの!」
「見りゃわかんだろ。お前を迎えに来たついでに俺様たちを徹底的にハメてくれた相手の面を拝むためだよ。よぉ、テメェがキャスターか」
「くく、ああ、そうであるともいえるな」
ライダーとキャスターは視線を交わし、互いに相手を見つめ、苦笑する。それは決して友好的な態度ではない。むしろ、戦いの前の静かな宣戦布告の意味合いに近い。
「回りくどい言い方をしやがって。この借りは数万倍にして返すぜ」
「できるかね、手駒を失ったキミに?」
「今は無理だな、だが、覚えておけ。俺様は受けた恩も仇も決して忘れん。俺様の女に手を出したことの報いは必ず与えてやる」
「くく、ならば精進するとイイ。こちらも貴様のような異国の侵略者を放逐しておくことはもはやせぬ」
この聖杯戦争の中で最も邪魔な相手であった遠坂を優先したが、久坂にとって、他国を侵略し、文明すらも破壊したコンキスタドールであるコルテスは最も許し難い存在であると言える。だが、ここでコルテスは戦うことを選択しない。
自分たちの目論んでいた策が潰れた時点でキャスター陣営は未知の陣営に等しい。起死回生の一手を狙って暴れることが許されたとしても、円華を守りながらの戦いで数の上で絶対的不利なコルテスが何処まで戦えるのかすらも怪しい。
よって、今はまだ戦うべき時ではないと判断する。即時撤退、この数日間の総てを無駄にしてでも、円華と共に生き残ることを選ぶべきだと判断したのだ。
「退くぞ」
「いいの……?」
「いいも悪いもあるか。俺様が来なかったら、お前、ここで死んでいたかもしれないんだ。態勢を立て直すぞ」
久坂目掛けてコルテスは自身の懐から拳銃を取り出すとすかさず発砲する。久坂は当然のように刀を抜いて弾くが、弾いた瞬間にはコルテスと円華の姿は目の前から消え、総本山より離脱する姿が見られた。
「久坂様、追われますか」
「いや、構わん。今宵はアーチャー陣営を無力化できただけで十分だ。何にしても今のライダーに我らに対抗できるだけの術は持ち合わせていない。気に掛けるほどでもないだろう」
無論、油断や慢心の類ではない。そのような感情は生前の時代に置いて捨ててきた。どれだけの謀略を図ろうとも、己がその掌の上に乗せられてしまったとなればおしまいなのだから、決して久坂は相手の策にハマるつもりはない。
かつてのような後悔はもはや要らぬ。此度の現界、必ずや勝利を果たし、改めて帝の国を建国する。異国の勢力などはもはや国土に必要ない。すべからく、そのすべては己が変えて見せようと強く強く決意を抱く。
そう、久坂の願いは一つに留まらない。受肉するための身体が必要だ。日本国民すべてに帝の言葉を聞かせなければならない。異国人たちを排斥しなければならない。そして、帝の国を造らなければ。
足りない、足りない、万能の願望機であれども、一つだけでは決して久坂の願いを叶えるには足りない。
「ふむ。時に、梓沙よ。
足りないからこそ、彼は聖杯戦争に勝などということを至上目的には考えない。それはあくまでも、自分たちが踏破する課題の一つに過ぎないのだと考えている。
「はい。二週間前から突貫で進めている作業ですが、幸い、過去に使用されていた設備を整え直すことによって機能の回復を図ることができることがわかっております。既に機能のほとんどを回復させることは出来ています。あとは最終調整を行うだけになると、神祇省側から報告は受けています」
「手際が良いな」
「神祇省を通して、選りすぐりの技師を連れてきました。国家安寧が叶うかどうかの瀬戸際、この国の英知を結集するのは当たり前の事です」
「そうだな、まもなくだ、まもなく、電波塔の機能が回復すれば、秋津の街全域に帝の勅を流すことができる。そうなれば、秋津の街に住む国民たち全てが帝の民へと変わる」
「同時にそれは、この聖杯戦争の終わりを意味します」
久坂は総本山より先に見える、夜の闇の中で煌々と輝く光を視界へと入れる。秋津市のシンボル、観光資源として多くの人間に親しまれている電波塔のライトアップである。
「時代を経て、多くの変化をこの国は与えられたが、こと「伝える」という技術の進歩は実に絶大だ。我らの時代には帝の御言葉を聞くことができる者は限られ、多くの者は勅許を得て、そこに記された言葉を聞かなければその御心を得ることが出来なかった。
しかし、この時代、技術と道具さえ揃っていれば、遠く離れた蝦夷の地や琉球であろうとも、電波を通すことによって帝の玉音を伝えることができると言う。実に素晴らしきかな、異国の者たちの技術がつかわれていると言うのが癪だが、これを使わぬ手はない」
久坂はこの地にサーヴァントの1人として召喚されたその時から、自分たちが聖杯戦争の勝利者になるために、ゆくゆくはこの日本国を取り戻すために何をするべきなのかを思案した。
彼にとっても、帝にとっても最終的な目的は聖杯の獲得などではない。それはあくまでも無数にある覇道の一過程に過ぎないのだから、聖杯戦争に勝つという視点で物事を見ること自体が間違っている。
故に……、梓沙より電波塔の存在を告げられた時に久坂は天啓を得た。無数の情報を隠匿し、他の陣営を蜘蛛の巣の罠にかけるというのであれば、その目的すらも偽装させてしまえばいい。
キャスター陣営という存在が聖杯戦争に勝つもりでいるのかどうか、何故、動きだそうとしないのか。散発的な戦闘をするのはどこかの陣営を狙っての事なのか。
どんな憶測でもいい、他の陣営があくまでも「聖杯戦争に勝つ」という視点でしか物事を考えられないようであれば、久坂の大計を見抜くことは決してできない。
「アーチャー陣営のマスターは実に優秀な男だった。前提が間違っていたとはいえ、短い時間の間にこの秋津の街の情勢を纏め上げ、無数の思惑を全て己の都合通りに調整させて、我らの陣営を討つに足りるだけの状況を生み出した。
しかし、それまでだ。遠坂煉はあくまでも聖杯戦争でしか物事を見ていなかった。この街で起きるあらゆる事態を全て聖杯戦争の中でしか考えられなかったからこそ、私が何を狙っていたのかに気づけなかったのだ」
聖杯戦争とは、あくまでも手段の一つに過ぎない。聖杯を獲得したところで受肉と日本国民すべての帝への恭順、および異国人の排除、これらすべてが叶う保証がないのであれば、己の手で叶えることができるものは全て己で叶える他ない。
「電波塔を制圧し、秋津の総てに帝の声を聞かせることが出来れば、今宵、我々に対して刃を向けてきた陣営の総ては無力化される」
「ええ。ですが、セイバーとアサシンのマスターは異国人です。あれらだけは排除しなければ我らの勝利は確実なものとなりません」
「無論、分かっている。そのために清河を遣いとして出したのだ。我らに足りぬのは正面から他の陣営を突き崩すための突破力。随分と肥え太っただろうバーサーカー、その力を今度は我らのために還元してもらおう」
キャスター陣営の弱点はどこまでいっても、非力な戦闘力に起因する。幕末の志士たち全てが弱いというワケではないが、サーヴァントよりも格の低い状態で召喚される彼らは地力で他の6陣営に勝ることはできない。
数の上で勝負したとしても、サーヴァント一体の圧倒的な力に屠られたのでは全く意味がない。であればこそのバーサーカーだ。
2週間、常にこの街の情勢を観察してきた久坂は、この獣の行動をつぶさに観察し続けてきた。獣が犠牲者が出れば出るほどにその魔力を高めていることを知っている。
異国人ですらないケモノ、同盟相手として相応しいかと言われれば疑問は確かに浮かぶだろう。しかしながら、電波塔の改修が終わり、帝あるいは宝具を使用した久坂が電波塔にて、声を発すれば、その時点ですべての勝負は決する。
いわば、番犬のようなものだ、劇的に魔力を高めているバーサーカーを使用して、聖杯戦争の戦いに王手をかける。これこそが久坂の見出した聖杯戦争の勝利の流れである。
「電波塔の改修、目算では、どの程度で完了すると告げられている?」
「……3日、時間をいただければ完了すると」
「遅いな、2日と半日で仕上げろ。念には念を入れる。最後の相手としてバーサーカーを相手にすることも考える必要があるのならば、お前たちの組織の人間たちの力も集めて臨まねばならぬ。神祇省到達の日には電波塔は完全に使用が可能でなければならない」
――秋津市西側・勢至姆組事務所――
「3日、これにて、我らは聖杯戦争におけるランサー、アーチャー、ライダーの無力化に成功いたす。ゆえに、この3日の間に貴殿らの陣営とともにセイバーとアサシンを屠ることが我らにとっての同盟目的となりますれば」
「くく、面白い、面白ぇことを言ってくれるじゃねぇか。そりゃあ、つまりはあれだろ、3日が経過すれば、日本人のマスターは全員、お前らの主に従うから、それまでに外国人のマスターどもを全員協力して倒しましょうって話だ。んなもんを、俺に話をするってことは、この場で喰い殺されても文句はないってことだよな?」
組の長がぼろ布のように変り果て、恐怖によって支配された空間の中で、キャスター陣営の交渉役である清河八郎は完全に組を掌握したバーサーカー陣営のマスター、神丘奉を前にして、自分たちが此度の聖杯戦争で何を狙っているのかを明らかにした。
電波塔の完全制圧と改修をもって、ほかの陣営のマスターたちを無力化する。そしてマスターたちを殺害、サーヴァントを自決させることによって強制的に勝負を終わらせる。
キャスター陣営の腹の内を初めて、外部のマスターへと明かした。久坂と梓沙より全権を与えられた清河は、あえてその隠しておくべき手札を開示し、奉に対して己の誠意を提示したのだ。もっとも、その提示した誠意が良い方向に働くとは限らない。
むしろ、清河自身ですらもわかるだろう。洗脳され、殺されると分かっている未来を提示したうえで、どうして相手がそれを受け入れる流れを作ってくれるのかと。
「理解していただけぬようでしたかな。これは我々なりの誠意であるのです」
「誠意ねぇ……」
「帝の声は絶対です。ですが、逆に言えば聞かなければいい。全知全能の力をもって、日本国民すべてを支配下に置くことができるのであればすでに我々は実行しております。ほかの事情を知らぬマスターたちは我々が何をしたのかも気づかずに終わりを迎えるでしょう。しかし、あなた方は違う。帝が電波塔へと至った時に、耳をふさぐ、あるいは聞かない行動をとっていればいい。それを知ることができるのは同盟の大きなメリットであると思いますが」
「むしろ、お前たちが目的を果たす前に俺たちがてめぇらをぶち殺すってこともできるんだが?」
「そこに意味はありますかな? 己が直接手を下すことなく、サーヴァントを消失させられる方が都合がよいのでは?」
常に殺気が張り詰めている。一瞬でも気を抜けば、喰い殺されるであろう状況ながら、清河はペラペラと言葉が口から飛び出してくる。
相手の感情など全く無視した物言いは久坂とは違った意味で、常人とはその在り方を異にする。
「詳しい内容についてはこちらをご覧ください。我らが参謀、久坂殿より直々に書きしめられた大計が記されたものであれば」
清河は印が記された書を奉へと差し出す。名代としてさも当たり目の行動のようではあるが、いうまでもなくその書状はキャスターの宝具である。
読めばその時点で、奉自身を完全な形で縛り付ける術式が完成するだけに、これを手渡し、中身を確認させることができるかどうかによって、この先の進め方に大きな変化が出てくる。
奉はそれを受けとり、書状を開く動作を、することもなく、書状を破り捨てた。
「…………」
「別にこんなもんを見る必要もねぇよ。お前たちとの同盟受け入れてやる。どうせ、お前ら含めて全員潰さなけりゃ聖杯は手に入らないんだ。楽して倒せる手段が手に入るってのなら、俺はそれで十分だ。お前たちの好きなように話を持ってこい。その代わり、暴れるときはお前らも暴れろ」
「協力をしろということでよろしいかな?」
「ああ―――その方が、俺達にとっても都合がイイ」
バーサーカーが暴れるにしても、キャスター陣営が暴れるにしてもこの街に恐怖が蔓延することに変わりはない。キャスター陣営が何を目論んでいようとも、戦いが激化すればするほどに、バーサーカーは強化されていく。
もはや奉に守らなければならない倫理も世間体も存在しない。解き放たれた獣の軍勢は、秋津を席巻し、更なる恐怖を撒き散らす事だろう。
「では、私は連絡役としてこちらに常駐させていただくことでよろしいか?」
「勝手にしろ、寝首を掻こうとするのは無駄だぞ?」
「ええ、ええ、左様でしょう。先ほどから絶え間なく殺気をこの身に受けていて、辛い所なのです。手綱を引いていただきたいところなのですがね」
「生憎と、放し飼いの方がイキがイイんだよ。手綱を逃げ切る必要もない、ここは獣の巣窟だ。畜生ばかりが集う世界、獣の集団がわざわざ、他の獣を囲い込む必要もないだろ」
「道理、ですな……」
清河はそれ以上の言葉を使わなかった。同盟相手としては危険極まりない。最後まで同盟を維持することができるかもしれず、下手をすれば同盟の最中に手を出しかねない。
それでも、キャスター陣営が聖杯戦争に勝利するためには、バーサーカーの圧倒的な力は必要なのだ。
(彼らは電波塔を我らが制圧し、他のマスターを無力化することが出来た瞬間に襲い掛かって来るだろう。細工もするだろう。しかし―――彼らは、久坂殿の正体を知らない。帝が電波塔に入らなければ条件が成立しえない。この罠に彼らが気づけない限り、我らを破ることは不可能だ)
獣は獰猛に清河を睨みつけ、今か今かと襲い掛からんとしている。もしも、同盟の話しが無かったとすれば、もはや清河は骨すらも残っていないだろう。
獣は相手の言葉には惑わされない。バーサーカーにとっては人類みなすべてが敵に等しく、であればこそ、この獣は国籍など一切関係なく全て喰らい尽くして殺す。
(連中は俺達を遣い潰して、最後に俺自身を操って殺す気だろう。んなことはわかってる。クソッタレな人生で利用されたことなど幾度となくある。今更気にするかよ。だが、この同盟を以てバーサーカーは誰の手にも届かない高みへ上る。小細工など必要ない。お前ら全員、バーサーカーの供物に成れ)
4日目の激戦の裏側で、闇の同盟は人知れず成立を迎えた。これを以て、秋津の聖杯戦争は新たな局面を迎えていく。
これまで状況を動かしてきた者たちは退場し、新たな流れが生み出されていく。言うまでもなく、その台風の目となるはキャスター、バーサーカー同盟
彼らは他の総ての陣営と対立する。そして他の陣営に残された猶予はあと3日程度でしかない。
――秋津市北側・住宅街・遠坂邸――
衝撃は身体を硬直させ、自分が何も出来なかったことを痛感したのは全てが終わってしまった後だった。目の前の光景を信じることができない。目の前で何が起こったのかを正確に脳が把握することが出来ていない。
分かることと言えば、目の前で自分の心臓を刺して命を落とした蓮司君のお父さんと、その死を受け止めきれず、膝から崩れ落ちて涙を流す蓮司君の姿だけだった。
「あああああああ、父さん、父さん!! なんで、どうして……なんで、こんなことになるんだよ!!」
「蓮司、くん……」
「僕が、僕が、あの書状を渡さなければ………うああ、うわああああああああ!!」
泣いて、叫んで、それでも蓮司君は止まらない。後悔の涙を何度流したとしても、それで蓮司君のお父さんが帰ってくるわけではない。
聖杯戦争の中で犠牲になるにしても、敵陣営に敗北する形だったならあきらめもついたかもしれない。だけど、どんなカラクリがあったにしても、お父さんが蓮司君の渡した書状を鍵として、命を落としたことは、素人のあたしから見ても間違いなかった。
蓮司君からすれば、自分がお父さんを殺してしまったと考えてもおかしくないほどの状況だったのだ。こんな残酷なことがあっていいのだろうか。だって、蓮司君はあんなにもお父さんのことを尊敬していて、やっと少しでもお父さんに認めてもらえたかもしれなくて、分かり合えたかもしれないのに。
それなのに、それなのに……こんな結末があっていいの。どうしたら、こんな残酷なことができるの。
ねぇ、誰か教えてよ。どうして、蓮司君だけこんなつらい想いをしなくちゃいけないの。どうして、あんなに頑張ってる人が報われない仕打ちを受けなくちゃいけないの。
「れ―――」
「今は止めておきたまえ。誰の言葉にも恐らく耳を貸さないだろう」
「アーチャー……」
アーチャーの表情は苦虫を噛み潰したようなものだった。分かっていながらも令呪の縛りによって動けなかったことを心から悔やんでいる様子だった。いいや、悔しくない筈がない。だって、自分のマスターを見殺しにしてしまったに等しいのだから。
「ランサーよ、七星桜子を連れて戻れ。今、ここでキミたちに出来ることはない」
「……わかりました。アーチャー、本来であれば敵同士である貴方にこのようなことを言うのもどうかと思いますが、貴方が間違っていたわけではない。これは見抜くことが出来なかった私の責任でもある」
「そうだな、我々は共に見抜けなかったわけだ。まだ、キャスターは完全に消滅したわけではないのだと」
ランサーにもアーチャーにも、そして私にも分からないけれど、まだキャスター陣営との戦いは終わっていない。
奇妙な、だけどおぞましい何かに見られているような感覚だった。いつでもお前たちを討つことができる、そんな言葉を背中から囁かれている様に、得られた成果なんてものは最初からなかったんじゃないかと思わせるほどの最悪な結末を以て……、私達の聖杯戦争4日目は終わりを迎えたのであった。
第四夜『Deceive Night』終了―――聖杯戦争終結まで、あと6日
―――次回予告―――
『やぁ、初めましてと挨拶をさせてもらおうか、セレスティーナ。私が、キミが探し求めていた聖杯戦争の黒幕だよ』
「では、我々は同盟として、まずは―――アサシンとそのマスターを討つ。それで良いかな、奉殿」
「僕は……マスターにはならない、遠坂の後継者を名乗ることなんてできない。父さんを殺した僕にそんな権利はないんだ!」
「よぉ、アーチャー。随分とシケたツラをしているじゃねぇか。マスターがいなくなった今のお前なら、俺様でも倒せたりするんじゃねぇのか?」
「俺が勝ちたいと思っているのは、全力を振った七星だ。桜子、俺は真に七星としての実力を発揮したお前と戦い、そして勝ちたい。それが偽りない俺の本音だよ」
「今宵は獣の夜、泣き叫べ、命乞いをしろ、もはやお前たちに活路はない。伝承に相応しき獣と変わったバーサーカーが、お前たちの死神だ」
「お前はただの子供だ。泣き叫んで、それでも変わらない現実に押し潰されて、耐え切れずに当たり散らす子どもと一緒だ。そんな奴に、負けるほど、ボクのサーヴァントを舐めるなよ!!」
「―――これはボクが選んだ生き方だ。後悔なんてあるはずがない。アインツベルンからの依頼は果たした。ここから先はボクたちだけのための聖杯戦争だ!」
―――第五夜「Beast night」