※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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お待たせしました、5日目開幕です!


第五夜『Beast Night』
キミのツイオク


 ―――海に行きたい

 

 そんな風なことをお願いしたのが、両親に対する初めての我儘だったように覚えている。

 

 セレスティーナ・アルブレヒトの人生は、決してド派手な冒険があったわけでもなく、物語の主人公になれるような奇想天外な出生のヒミツがあったわけでもない。

 

 ましてや、自分自身で新たな何かを切り拓くための才能があったのかと言われると、自分で言うのもなんだけど、まぁ、そんなものは大してなかった。たまたま、魔術師の家に生まれたおかげで、人とは違う世界を知ってしまった程度の話し。

 

 歴史が長く名門の魔術師一家、例えば、遠坂やマキリ、アインツベルンにエーデルフェルトであれば、幼いころから徹底的に後継者としての魔術の道へと進むための教育を施されるのだろうけれど、自分は別段、そういうことでもなかった。

 

 アルブレヒトの家は没落魔術師の家だ。ボクが生まれた時から、もう後、何代も魔術師としての時間を経ていくことはできないと分かっていて、挙句の果てに生まれてきた娘も、歴代の中で言えば、そこまで大成する器でもなかったと言うのだから、変化が生まれるわけでもない。

 

 急激な終わりが見えているわけではないけれども、緩やかな終わりを迎えていくのは分かりきっていて、ボクの両親もその流れに抗うほどの想いがあったわけではない様子だった。

 

 とはいえ、娘はそんな両親の想いなど関係なく努力をした。魔術師の家系に生まれて、魔術師とはどういう存在であるのかを知らされた娘は、そりゃあ都合のいい理想ってものを最初は追い始めたものである。子供の頃は誰だって未来への開かれた未来を信じている。他の誰かに出来なかったとしても自分だったら、できるんじゃないか、そんな思いを胸に努力をして、アルブレヒトの後継者になるために奮闘を続けてきた。

 

 最も、努力の総てが実を結ぶわけではない。娘がいかに努力をしたとしても進歩をする時間がそれに比例する訳でもなく、努力を続ければ続けるほどに、アルブレヒトという家の限界を知ることになる。

 

 それでも、娘は諦めなかった。両親に喜んでもらいたかったし、素晴らしい魔術師になるんだっていうありふれた夢があった。努力して、頑張って、いつか報われる日があると信じて、行動して、結果として娘は自分の限界というモノを知る羽目になる。

 

 年齢を重ねればさらなる成長を果たすことができるだろう。しかし、それはとても緩やかな成長であり、ここから大きく勢いづいていく、俗に言う人並み以上の成果というものを果たすことはできないだろうと言う現れであった。

 

 それで、娘は自己嫌悪とか両親の期待に応えられない現実に打ちのめされて、そりゃ荒れた。勝手に自己目標を積み上げて、勝手に期待に応えようとした馬鹿な娘の反抗期に付き合わされた両親は、さぞかし、大変だったことだろう。

 

 大人になった今となっては笑い話かもしれないが、互いにぎくしゃくする一面もあったことは覚えている。

 

 そんな時の事だった、両親が叶えたいことはないかとボクに聞いた時があった。娘の苛立ちのガス抜きを少しでもすることが出来ればと考えての両親の配慮だったのだろう。

 反抗期だったからか、明確にその意図を受け取ることが出来たわけではないけれど、魔術が上手くなりたいとかそういう願いを叶えたいと言う話ではないことだけは何となくわかった。

 

 だから、海に行きたいと言ってみた。アルブレヒトの家は大陸の中でも内陸部分にあって、ボクの生家は山に近くはあっても、海が近くにはなかったから、気紛れ気分で海を観たいと口にした。

 

 周囲を自然に囲まれた世界の中で、自覚もなく、もしかしたら閉塞感を覚えていたのかもしれない。とにかく広い場所に出たい。自分の悩みなんて吹き飛ばすことができる場所が欲しかったんだと思う。

 

「うわぁぁ~~」

 

 初めて、自分の目で見る海はとても広大だった。そのまま水平線の彼方は最果てにまで届いてしまうんじゃないかと思うほど広大で、なんて言うか感動した。

 

 この広大な世界を前にしては、自分の悩みなんて馬鹿らしいことこの上ないのではないかと思えるほどの、世界が生んだ自然の力を目の当たりにして、思わずボクは笑いだしてしまった。

ああ、ボクの見ていた世界は何て狭かったのか。こんなにも世界は広くて、魔術と全く関係がない世界が広がっていて、その世界の一員であるのに、どうして自分はそれを知ろうとしなかったのか。

 

 自分の中になんとなく浮かんでいた靄のようなものが晴れたような気がした。きっと、その靄は自分自身を成長させてくれる大きな糧になってくれるかもしれなかったもの、魔術師としての大成を果たすためであれば、必要だったはずのもの。

 

 それを、その時にセレスティーナ・アルブレヒトは捨てた。自分はこの世界の中で等身大の自分でしかいられないのだと、察してしまったから、狂気に染まりあげられて、魔術の世界の中で大成を果たすことはなくなった。

 

「セレス、私達はお前に好きなように生きてほしいんだ。魔術師としてアルブレヒト家を継ぐのも悪くはない。いずれは消えていく家かもしれないガ、それがお前の代でということはないだろう。優れた魔術師の血を連れてきて時代に備えるのも悪くはない」

 

「けれど、貴女が望む生き方をしてもイイの。消えていく家のために貴女を縛りつけることだけが全てじゃない。もしも、そうなったとしても、アルブレヒトの家は仕方がなかったと諦めることができるの」

 

 だから―――セレスは、セレス自身で自分の生き方を決めていいんだと言われたことは、その時の自分にはピンとこなかった。だけど、記憶として忘れたことはない。わからないはわからないなりに記憶に残ったと言うことなのだろう。

 

 そこからはありふれた人生だ、娘は娘なりにそれからも努力して、結局なりたいことが見つかったわけでもなく、魔術師としての力を使うこともできる探偵業を営むことを始めた。売り上げは別に良いわけでもなく、評判が滅茶苦茶いいわけでもない。

 

 ただ、セレスティーナにとって、その日々が苦しいモノであったことはない。自分で選んで、自分で決めたことなのだから、愚痴は吐いても後悔をすることはない。

 

 そういう存在こそが大人だ、泣き叫んでいやだいやだと喚きたてる時代は、いつかの昔に置いてきた。そりゃ、そういう日だってときたまあるかもしれないけれど、現実というありふれていて、だけど、非情な世界の中で泣きごとばかりを口にしていられるわけでもないことを今のボクは知っている。

 

 それに大人って言うのは、子供を導くものだ、自分がこの歳で大人だって言えるほどの実績や威厳、経験を持っているのかはわからないけれど、自分よりも年下の桜子や蓮司のような子たちが頑張っている。だったら、少なくとも自分はその頑張りに対して、報いてあげることが出来なければいけないだろうと思うのだ。

 

 自分の好きなように生きるってことはそういうことだ。行動と責任は紙一重、思い通りになるなんてことはほとんどない。自分らしく生きるってことは、自分の望むがままの事が出来ないかもしれない悲嘆を抱えながら生きていくってことだ。

 

 だから、辛くても嫌でも、後悔だけはしない。それが……セレスティーナ・アルブレヒトの生き方だと思うんだ。この秋津の街で何があろうとも、それだけは絶対に崩れることはないと信じているから。

 

・・・

 

「夢、か……」

 

 慌ただしく、騒がしい夜が明け、新たな朝が来た。長期間にわたって借りているホテルの一室は何も変わることなく、同居人である自分のサーヴァントと、ホムンクルスの少女が二人。いつもと変わらない朝がやってきた。

 

「何かあったかね?」

「……両親の夢、子供の頃の夢を見ていた。こんなことを中々ないんだけどな、虫の知らせかもね」

 

 自分で口にしておいて、そんなこと言うべきでもなかったのかなと思ってしまう。いや、ほんと、こういうこと言っていると、正夢になりかねない。下手なことを言うのは、厳禁だろうと寝起き早々の寝言だと思っておく。

 

「そういえば、聞いたことはなかったのですが、ミス・セレスティーナのご両親は聖杯戦争のことを知っておられるのですか?」

 

「ん? そりゃ、知っているよ。アルブレヒトの家を代表して出るんだ。そりゃ、知らせておかないと不味いだろう」

 

「そうだったのですか。いえ、私が気にするようなことではないのかもしれませんが、ミス・セレスティーナが全く他の家族の話題を出すことが無いので、不思議に思った程度の事なのですが……」

 

 まぁ、確かに言われてみると、話しをしたこともなかった。別に話をする機会があったわけでもないし、出会った当初はあくまでも依頼をしてきたアインツベルンと自分のサーヴァントであるという視点でしか二人のことを見ていなかったから、致し方ないと言えば致し方ない所もあるのだが、別に隠すようなことでもない。

 

「ああ、うちの親は放任主義だからね。手紙で報告だけはしておいたよ。聖杯戦争に参加する。もしかしたら、今生の別れになるかもしれないってくらいはね。そしたら、通信で声と顔くらいは見せろって、すぐさま使い魔を使って叱られたけど……!」

 

「ふむ、そのようなそぶりを見せている所は見受けなかったように思うが」

 

「アサシンを召喚するよりも前、ノルンに依頼をされて、すぐのことかな。だから、二人と一緒に生活をするよりも前だよ。報告は心を決めてすぐにしておいた。それこそ、何を言われるのかもわからなかったからね」

 

「二人は何と?」

 

「好きにしろって。ボクが決めたことなら、それでいい。生きて帰ってきたら、ちゃんと顔を出せってさ。おかしいだろ、魔術師として、根源に辿り着く機会を得て、アルブレヒトの家が再興するかもしれないって言うのに、勝てとは言わないんだ。こりゃ、いよいよボクも勝てないと見込まれているなと、本気で思った次第だよ」

 

「そう言いながらも、悪感情が芽生えているようには見えないが?」

 

「………そりゃね。無茶をしている自覚はある。むしろ、普通の魔術師の家だったら、恥を晒すからやめろとか言うんじゃないかな。良くも悪くも放任主義だからね。子供のころから好きなようにやって見なさいと言われてきたんだ」

 

 両親には感謝している。聖杯戦争に参加することを選んだのはボクだ。ノルンはセレスティーナ・アルブレヒトに依頼を持ち込んできた。だから、ボクはボクとして参加の決断をした。だからといって、それが全て許されるのかと言えば、それは全く別の話しとなる。

 

 アルブレヒトの家としてアインツベルンからの依頼を受けるなどと畏れ多いという判断がされてしまえば、そこで話は終わりだ。魔術師にとってそれほどまでに家というものは重いのだから。

 

 ましてや、いずれはアルブレヒトの家を受け継ぐボクの判断はそれだけで命運を左右する。それでもその決断を尊重してくれた両親には感謝しかない。

 

 放任主義であり、いずれは滅びる家だからこその諦めから来る感情と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが、それでも聖杯戦争に向かう無茶な娘の行動を容認するなんて簡単にできることじゃない。

 

 人によって捉え方なんて簡単に変わってくることは分かった上で、ボクはそんなアルブレヒト家のことを嫌いになれない。

 

「だからこそ、できることなら、そんな両親への感謝を形にして届けてあげたいと思っている。君とならそれができると思っていると、期待を投げかけてもイイかな、アサシン」

 

「従者としてはできないと応えるわけにはいくまい。少々、対応に困る相手もいるが、できぬというつもりはないとも。儂としても、あれほどの一騎当千たち、1人たりとて逃がしたくはないわ」

 

「ありがと、そう言ってくれるのは助かるよ」

 

 内心に浮かんでくる、本当に大丈夫なのだろうかという疑問を、アサシンの言葉が掻き消してくれる。アサシンとノルンがいてくれるおかげで、ボクはまだここで戦っていくことができる。

 

 いや、二人だけじゃない。桜子や蓮司のような、協力してくれる相手がいるからだ。いずれは雌雄を決することになるとしても、この聖杯戦争の中で背中を任せる相手がいてくれること、そんな相手を受け入れることができる程度には相手を尊重することができる自分の感性がありがたいと思うばかりだった。

 

「ボクにとってもさ、この聖杯戦争は色んな意味で転機だ。自分という存在を見つめ直すいい機会にもなったし、うまく行けばアルブレヒトの家の名声をもっと高めることができるかもしれない。何より、普通に探偵業をしていただけでは出会えなかったキミたちのような相手に出会えた」

「ミス・セレスティーナ……」

 

 ノルンは意外そうな顔をしていた。彼女がここまで同行し、一緒に戦ってくれているのには、アインツベルンの目的はあれども、それだけではないんじゃないかと最近は思っている。彼女は彼女なりにボクを巻き込んだことに対するけじめをつけようとしているんじゃないかと思うんだ。

 

 アインツベルンによって造られたホムンクルスにそこまでの感情の機微が表現できるのか? 少なくともボクは出来ると思っている。なら、話しはそこで終わりだ。

 少なくない時間を過ごしているボクなら分かる。ノルンに少しずつではあっても変化が生まれていることを。

 

「さて……、それでアサシン。キミには昨日、街の状況を確認してもらった訳だけど、何か分かったことはあるかい?」

 

 寝起きの頭が会話によって冴えてきたことを確認すると、改めて昨日の状況をアサシンへと確認する。街中は昨日の夜を中心として大きく騒がしくなった。

 

 繁華街の至る所で勢至姆組を名乗る集団が唯一神理教の信徒へと襲い掛かり、それをキャスター陣営の剣士たちが迎撃、一進一退の攻防を繰り広げながら、この繁華街は心休まらない時間を過ごしていた。

 

 本来であれば、そうした混乱の中でこそ、動くべきであるのだろうが、下手に動くことによって、どの勢力から狙われるのかもしれない状況である。あえて、ボクとノルンは動かずに、アサシンへ状況の確認と、どの勢力同士の激突であるのかを把握させることだけに努めた。

 

(昨日の夜は桜子とも連絡を取ることが出来なかった。あの何にでも顔を突っ込みたがる娘が、あれだけの騒ぎが起こっている夜に何もしなかったなんてことは、普通に考えて、ありえない。桜子自身にも後で連絡を取り合ってみるべきだろうけれど……)

 

「ふむ、まず、状況を確認しながら動いた結果、分かったことは二つある。まず一つは、此度の繁華街や、秋津の外の場所で行われた戦いは、キャスターとライダーによる戦闘であったということだ」

 

「ライダー……? バーサーカーじゃなくて?」

 

「勢至姆組と唯一神理教が争っていたのであれば、そうした構図にはなろう。しかし、昨日、この繁華街で彼らと戦闘をしていたのはライダーであり、バーサーカーの姿は確認できなかった。あくまでも推察の域を出ないが、理由を考えれば自ずと答えは見えて来よう」

 

「ライダーがバーサーカー陣営が戦っているように見せたかった、ということですか?」

 

「勢至姆組と唯一神理教の激突と見せかけて、実際には全く別の勢力がぶつかっていた。内情がどうであろうと、ボクたちのように、全く関係ない人間からすれば、そう理解することが都合がいいと思う何かがあったということか」

 

 大方、聖杯戦争絡みというよりは表の権力関係ではないだろうか。唯一神理教を相手に抗争を繰り広げるだけの戦力を持った相手が、その行動理由を他勢力になすりつけることなど、聖杯戦争の筋書きには合わない。政治的抗争を目論んでの攪乱工作と踏むべきだろう。

 

(もっとも、それはライダーだけで可能なのかは怪しい。ボクたちが観測していない箇所で何かが起こったか?)

 

 筋書きを予測することは決して難しいことではない。だけど、どうにもその襲撃と戦闘を考えていく中で、単純なキャスターとライダー、バーサーカーだけの構図で考えるには片手落ちのような気がしてならない。何かが抜けている、あるいは意図的に隠されているのか、奇妙な符号の抜けが気になる所だったが……

 

「それで、結果はどうなったのですか? 正直、その戦闘状況でライダーが勝るようには考えられませんが」

「キャスター陣営側が撤退をした」

 

「妙だな……、あのキャスター陣営がそこまでの敵対行動を働いたライダーを見逃した? それは戦力的に厳しくなったからとかではないの?」

「連中は数だけは揃っている。継続戦闘は十分に可能であっただろう。であれば、キャスター陣営側に何かが起こったと捉えるのが正しいだろう」

 

 キャスター側に何かが起こった。先ほどのライダー陣営のことを考えている時に生じた奇妙な感覚と照らし合わせると一つの仮説が浮かび上がる。

 

 ライダー自身は陽動だったのではないか。他の陣営がキャスターを撃破するために行動をしていた傍らでキャスター側の戦力を分断させるために動いていたのだとすれば……納得が出来る話ではないだろうか。

 

 桜子ならば何かを知っているだろうか、混沌とした状況であるからこそ、今は正しい情報が欲しい。何処が何を目論んで動いていたのか、すべてが誰かの思い通りに進んだというワケではないことは当然に分かっているけれども、何があったのかだけは正確に把握しておきたかった。

 

「それと分かったことはもう一つある。昨夜、そのライダーとキャスターの諍いの裏の事だ。勢至姆組の内部で沙汰が起こった。組の長はバーサーカーに食い殺されたとみるべきだろう」

「はぁ!? いや、ちょっと待ってくれ。さすがに理解が追い付かない。いや、だって、何で……?」

 

「落ち着け、重要なのはここからだ。勢至姆組の拠点自体は既に掴んでおった。バーあーかーを彼奴らが抱えていることが分かった時点で襲撃をかける可能性も考慮していたからな。その状況で昨日の騒動である。ならばと、拠点に向かった時だ。勢至姆組内部の中で、サーヴァントとも、通常の魔力とも全く異なる何かの存在を儂は感知した」

「え……?」

 

 此処まで混乱していた思考が急激に冷や水を浴びせられたようにクリアになった。此処まで聞かされたことの総てが、あれほどの情報量のあった総てがまるで前段であったかのようにアサシンが勢至姆組で目撃した何かこそがこの話の焦点になると思えるかのように。

 

「サーヴァントの気配ではない、されども、現代における魔術の類でもない。そもそも、あの組にまともな魔術師は存在せぬだろう。となると、主よ。儂らが考えている仮説は決して間違っていたわけではないのかもしれぬぞ」

 

「勢至姆組、いや、バーサーカー陣営は……聖杯戦争の黒幕と、何らかの形で繋がっている」

 

 喜ぶのはまだ早い。アサシンの言葉はあくまでも状況証拠に過ぎない。それを補てんするだけの何かを掴まなければ決定的な証拠と呼ぶことはできないだろう。

 だが、探偵としての直感は、バーサーカー陣営に限りない黒の予感を覚えさせる。

 

(ただ、どこかこの感覚にもしこりが残る。意図的に配置された違和感、とでもいえばいいんだろうか。誰もが自分の思いで配置したわけではない何かが……)

 

 いや、やめよう。これ以上はここで考えたところで答えを見出すことができない。アサシンが持ち帰ってきてくれた情報はとても貴重だ。ボクが状況証拠を積み重ねていくのと同じように、アサシンはその直感を以て事態に当たってくれていた。

 

 この難問は聖杯戦争に集中している人たちでは解き明かせない裏の話しであるように思う。巧妙に隠された物事の隙間に隠された僅かな光明、それを見つけ出すことができるかどうかだ。

 

「まずは、桜子にコンタクトを取ってみよう。彼女なら、昨日の事で、ボクたちが知りえない何かを知っているかもしれない」

 

 状況を整理したうえで動く。方針は変わらない。キャスター陣営の動向が気になる所ではあるけれど、ボクたちの最優先の目標はバーサーカー陣営の調査を通じて黒幕の足取りを見つけることだ。

 

 アサシンが何かしらの反応を感知したと言うことは、奴も何かしらの尻尾を出すことをしたと言うことに違いはない。その尻尾を掴みきることができるのかどうか……

 

「………ノルン?」

「あ、いえ、なんでもありません。少し、フラついただけです」

 

 ふと、ノルンが立ち上がろうとしたところで、フラつくような反応を見せた。ホムンクルスである彼女にしては珍しい様子だった。特段気にするべきではないことかもしれないが、どうしてか、その行動は目に焼きついた。

 

――秋津市西側・繁華街・勢至姆組事務所――

「初めまして……というべきか。お前らからしたら、俺の顔なんぞ、何度も何度も見てきたものなのかもしれないがな」

 

「いいや、こういうことは形式が大事であるものだろう。このような土産物までもらったとあれば、こちらも礼を尽くすのが常道というもの。改めて、キャスター陣営が参謀格、久坂玄瑞と申す。神丘奉殿、此度は我々との同盟を受け入れてくれたことにまずは感謝の意を述べよう」

 

「しゃらくせぇ挨拶はいらねぇよ。どうせ、俺もお前たちも最後には互いを出し抜くつもりでいるんだから、無駄に仲良くしたところで無駄な時間じゃねぇか」

 

「確かに、それは一理あるだろう」

「否定しないんだな」

 

「無駄な労力であると言われてしまったのでね」

「くく、いい性格してるよ、お前」

 

 秋津の騒乱の裏で、組長の死という組織の根幹が揺れかねない状況が引き起こされた勢至姆組、しかし、その翌日たる今日は、昨日の喧騒が打って変って、事務所内は何ら変わることのない日常が続いている様子だった。

 

 組長室の机には夥しい血痕が刻まれているが、元より主を失った部屋などどうとでもなる。死体は総てバーサーカーが喰ってしまった以上、混乱した秋津の中でその事件が明るみになることは当面先の話しであると奉も考えたのだ。

 

「我らの時代にもこうして酒を酌み交わし、互いの意思を確認する作業は存在した。存外、この時代においても、何もかも外国に染まってしまった訳ではないらしい」

 

 久坂は奉より振る舞われた日本酒へと口をつけ、満更でもない笑みを浮かべる。奉としても、同盟先相手としての最低限の礼儀を尽くしたに過ぎないわけではあるが、存外、久坂は振る舞われたものに対しては満足げな様子を浮かべていた。

 

「どの国で作られた酒であるかな?」

「鹿児島だったかな」

 

「薩摩か、それは残念だ、ここまでのうまみを引き出してくれていると言うのに、その一点だけが残念であるよ」

 

 くく、と久坂は笑って見せる。彼なりの冗談であったのだろうか、批判的な意味合いを滲ませながらも、彼自身は笑みを浮かべていた。

 

「さて……、あまり世間話などしていても、キミに嫌われるだけだろう。我々はあと3日の時間を必要としているが、逆に言えばこの3日のうちに勝負の決着をつけたい」

 

「セイバーとアサシンをまずは潰すって話しだろう。別に何でもいいんだぜ。どうせ、聖杯戦争に勝利するためには、どちらも潰しておかなければならないんだ。要は順番の問題なだけだ」

 

「うむ、その通りだ。結局のところは順番の問題に過ぎない。各個撃破、同時撃破、マスターを狙う、あらゆる方法が存在するが、行動を起こす以上、そこには意味が付されなければ片手落ちになることは言うまでもない」

 

 酒を片手に久坂は己の頭に浮かんでいる策を口にしていく。

 久坂にとってみれば、万事物事全てにおいては必要であるからこそ為し遂げると言うことが必要なのだ。小さな事象であっても見逃してしまえば、後の禍根になりかねない。

 

「であればこそ、これはあくまでも私からの提案だが、まずはアサシンから狙うべきではないかな。河上の命を懸けた偵察も相まって、セイバーの素性は良く見えているが、あれの撃破は容易ではない。我々両陣営の死力を尽くして倒せるかどうかの相手だ。アサシンと同時に相手をするのは危険が過ぎると言うもの」

 

「なら、そのセイバーを倒すための予行演習として、まずはアサシンを……って腹か。ああ、見えて来たぜ、要するにお前たち、セイバーを倒すことができないから、俺達の力を利用しようって訳だ」

 

「魂胆としてはそれで間違いはない。強大な敵を倒すに当たっての情動は搦め手かさらなる力の増幅のどちらかでしかないのだからな。私としては、我々陣営の志士たちとキミのバーサーカーが連動するのかどうかをまずはアサシンで確かめてみるのが肝要かと思うが」

「――――いいや、ダメだ」

 

 部屋の空気がキワドいものへと変わる。久坂をして妥当な判断を下したと思う提案に対して、奉は真っ向から否定の返事を口にしたのだ。

 

 もっとも、それで激昂するような醜態を久坂が晒すはずもなく、眉1つ動かすことなく久坂は何故と、逆に奉に問う。

 

「お前たちとの連携? そんなもんは試す必要もねぇよ。結局は数を揃えて叩き潰すだけの話しだ。なら、互いに互いを巻き込むつもりでやっていりゃ、最大効率を発揮できる。言っただろ、馴れ合うつもりはないと。そんな無駄なことに時間を割いている暇があるのなら、アサシンで試すべきことは他にある」

 

「それは?」

「バーサーカーの完成度を確かめる」

 

 奉の横に黒色の獣がいつのまにか顕現する。久坂も報告自体は聞いていたが、目の当たりにして改めて理解する。

それはまっとうな英霊の姿ではない。久坂も存外、真っ当な英霊と呼べる存在ではないが、それ以上にコレは歪だ。

吹けば飛んでしまいそうな霊基でありながら、どんな英霊よりもこの大地に根を張っているようにも見えるその在り方は確かに、何らかの指標が存在しなければ理解できない。

 

「コイツはサーヴァントに対抗することが出来るだけの存在なのか。果たして、どこまで強くなることができるのか。これから聖杯戦争を俺達が戦う中で、そこは重要だ。お前たちだって、同盟相手の戦力が何処までに行き着いているのかを理解できなければ、それこそ信頼云々の前の問題だ。

 だから―――露払いはしてくれていいが、アサシンは俺とバーサーカーにやらせろ。奴を、サーヴァントを喰らう事が出来た時に、この獣は真にこの秋津を恐怖で染め上げる獣へと進化する」

 

「なるほど、そういう話であれば我々も口を挟む道理はない。我らが同盟相手の実力の次第、拝見させてもらうとしよう」

 

 闇の同盟は自分たちの方針を決定する。多少の認識の違いはあれども、大局的な方針は何一つ変わらず、そのまま、今宵の聖杯戦争の主演が何であるのかは決定した。

 

 神丘奉とセレスティーナ・アルブレヒト、似通った境遇でありながらも根本的に異なる在り方で生きてきた二人の人物は、運命に導かれるように今宵の戦いの舞台へと昇りあげることになるのであった。

 




 魔術師の家に生まれて、魔術師として大成することは出来なかったセレスと奉、その在り方はまさしく正反対であり、衝突は避けられないが……

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