――秋津市西側・繁華街・地下バー――
「酷いモノね、たった一日でほとんどの連中がいなくなっちゃうなんて。出し抜かれたとはいえ、この結果で貴方は本当に満足しているの?」
「ふん、正直ハラワタが煮えくり返る気分だ。連中が生きてようが死んでいようが、俺様にとってはどうでもいいことだが……、俺様の手駒を好きに潰してくれたことは何があろうとも許さん」
繁華街の中に存在する地下のバー、勢至姆組傘下ではない反社会的勢力、あるいは騒動の中でこの街へと流れ付いてきた者たちが居つくその場所は昨日までの喧騒が嘘のように閑散としていた。
優に百人を超えるほどの人間たちがひしめいていた空間に残っているのはわずかに20人程度、その中の半分ですらも、何らかの外傷を受けており、五体満足でいる人間はほとんどいない。VIP専用の高級ソファにふんぞり返っているライダー、エルナン・コルテスに対して恨みがましい視線を向けてくる者たちまでいる始末だ。
端的に言えば、コルテスたちは敗北した。決死の陽動を仕掛けておきながら、アーチャー陣営はキャスターを撃ちもらし、挙句の果てには円華を連れ戻すのがやっとの始末。
昨日まで、騒ぎあっていた仲間が無惨な死体として転がった様を見てしまった者もいるのだろう。敗軍の将が責任を取らされるのは世の常、もはや命を失った者が戻ってこないのであれば、せめてそれを命じた者の命を以て詫びてくれと願う者がいたとしても不思議なことではないだろう。
もっとも、ソファにふんぞり返る征服者がそんな殊勝な考え方をするわけもないのだが……
「はっ、お前ら、そんな怖い顔をするんじゃねぇよ。命があっただけマシだと思え」
ドンとコルテスの目の前のテーブルが蹴られる。顔に青筋を浮かべた青年は今にも襲い掛からんとばかりの殺気だった表情でコルテスを見下ろす。
「ふざけんなよ、あんたの下した命令で、俺達は死ぬ思いをしたんだ。仲間だって何人も死んだ」
「そうだな、戦争じゃよくあることだ」
「アンタが夢を見せてくれるって言ったから俺達は従ったんだ。あんたが夢を見せてくれないのなら、もう、お前になんて従っている理由はないんだよ! テメェ、それを分かって―――」
「おおそうか。じゃあ、お前が指揮を取れ。従ってやるから」
「は――――?」
拳銃を突きつけられた青年はいきり立った声を喉元で止める。コルテスは笑みを浮かべているが、目は全く笑っていない。
「もっとも、その指揮でしくじったときは、俺様がお前を殺すけどな。それくらいの覚悟はあるんだよな? それとも、まさかおまえ、何の代償も無しに手に入るモノがあると本気で思ってんのか?」
拳銃を突きつけられ、いつでも脳天を撃ちぬかれる状況、そもそも、例え反抗したところで、ただの人間がコルテスに勝つことができるはずもない。
声を荒げた男は急激にトーンダウンして、その場の空気は、やはりコルテスには逆らえないと言うものに変わっていく。
「そうだ、お前らもくだらないことは考えるな。どうせ、命1つベッドして掴めるはずもないもんを掴もうとしているんだ。だったら、今は生き残れたことを喜べよ。俺様たちはまだ負けたわけじゃない。俺様がいる限りは、な」
もしも、コルテスがそうした空気が分かった上で、あえて集団の中で逆上する者が出てくるように仕向けていたのだとすれば、策士と言わざるを得ないだろう。
この場にいる者たちの多くはコルテスに不満を持っている。命を粗末に扱われ、戦友とも呼べるものたちの多くを失った。暴動が起きてもおかしくない空気だが、敗残者として軽く見られていたコルテスは自分自身の手で威厳を取り戻して見せた。こうなってしまうと、もはや彼らに逆らえる空気が醸成されることはない。
「でも、実際にどうするつもり?あたしたちが勢至姆組の名前を騙っていたことだって一夜経って、バレているはずよ。鼻の利く連中の事だから、手を出したのがあたしたちだってこともバレていると考えた方がイイ。どうするの? このまま唯一神理教と勢至姆組、どっちも敵に回すつもり?」
「連中が本気で嗅ぎつけているのなら、もう早々に手を出されているだろ。俺様も感知していないが……、奴らは奴らで何かあったんじゃないか? とにかく、昨日みたいな無茶はもう出来ないと考えるべきだな。お前らは足を使って情報を探れ。
昨日一日でこの街がどのように変わったのかをな」
「変わったって言っても、街の景色は何にも……」
「馬鹿野郎、明らかに昨日と今日で街の空気が変わっている。俺様たちが戦ったこと以外にも間違いなく何らかの変化が起こっている。それを探れ」
「貴方はどうするつもり?」
「円華から興味深い話を聞かされた。間桐の爺も大層驚いていやがった。キャスターの野郎、とんだ狸だな。俺様たち全員を騙していやがった」
そうだろうと、コルテスが横に侍らせている円華へと肩に手を回しながら声を上げた。戻ってきてからはずっとこの調子だ。余程、円華が戻ってきたことが嬉しいらしい。
その様子は、この場を恐怖で支配している征服者自身も無自覚な一面なのだが、指摘をすれば、何をされるか分かったものではない。地下クラブのマスターは微笑ましげにそれを見つめていることしかできなかった。
「キャスターは帝と久坂の二人で一人。アーチャーとランサーは帝を倒すことは出来たけれど、久坂を倒すことは出来なかった。梓沙さんが口にしていたように、既に帝は復活していると考えた方が、いいと思う」
「珍しいなんてもんじゃねぇな。二人で一つのサーヴァントなどと。いや、そもそも、あれだけの手勢を召喚できる時点で奴らはまともじゃねぇか……」
コルテスは円華が持ち帰ってきたその情報こそが、キャスターの喉元に刃を突きつける最大の武器であることを理解している。いかに強大な力を持っていたとしても、このカラクリを暴くことが出来なければキャスターを撃破することはできない。
(久坂、奴が円華にべらべらと喋ってくれたおかげで、こっちはそのアドバンテージを最大限に利用させてもらうぜ。奴らは二人で一人という特性を最大限に利用してくるはずだ。俺様たちが、その情報を基に撃破を狙うことを考慮に入れた上で……)
だが、元より、コルテス自身も単独でキャスターを斃せるとは考えていない。昨日までのキャスターに抱いていた危険度と現在の危険度は全く違う。
似通った性根を持っているコルテスだからこそ分かる。あれは放っておけば際限なく策を弄し、気付いた時には何もかもが手遅れになっている輩だ。円華を救いだすことが出来たのはまさしく運だ。コルテスが異変にほんの少しでも気づくのが遅れていれば、円華はあの場で命を落としていたかもしれない。
「コルテス、勿体ぶっていないでよ。次はどうするつもりなの?」
「俺様たちだけで、キャスターを潰すのが無理な以上、手駒は必要だ。できることなら、接触したくはなかったが、アーチャーの面でも見に行くか」
「………それ、大丈夫なの? 貴方にとって一番相性の悪い相手でしょ」
円華のいうことは最もだ。しかし、現状アーチャーが最も話を通すのが早い。同時に他の連中となれば、ある程度の理屈が必要だ。キャスターの正体を交渉材料にすれば、アーチャーのマスターは間違いなく食いつく。
何せ、連中にとっても昨日の騒ぎは失敗だったのだ。何らかのしっぺ返しを食らっている可能性は高い。下手をすれば……、とんだ棚ぼたが落ちてくるかもしれない。
「来るか、円華」
「うん、行くわよ」
「………」
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。やけに素直じゃないか、本気で俺様に惚れたか?」
「馬鹿言わないで、聖杯戦争に勝つためにしているの。スムーズに進むならそれに越したことはないってだけよ」
冷たく言い放つ円華の態度はコルテスに対しては、初めて会った時から変わらない。彼は憎まれて当然のことをこれまでにして来ているのだから、当たり前だ。
ただ、何か違和感程度のモノがある。それが何なのかは言語化することはできないが……、
「忘れないでコルテス。私は聖杯戦争に勝つために戦っている。そして、最後にはアナタを殺すの。それまではやるべきことをやるだけよ」
いや、やはり変わらないか。円華の告げるその言葉だけは、変えようがなく、そしてその言葉が変わる時こそが、コルテスにとっての勝利の瞬間であるのだから。
――秋津市東側・住宅街・七星家――
朝、登校するために起きなければいけない時間を迎えたことをアラームで理解して、疲労が抜けきらない身体を動かして、なんとか布団から出る。
正直、眠れたとは……とても言える状態じゃなかった。マルテルさんとの修行すらもほっぽらかして、何もかもを忘れて眠りに着こうと思ったのに、瞼を閉じると、どうしても……遠坂邸で起こった一連の出来事が頭に思い浮かんでしまう。
「蓮司君……」
私が遠坂邸を離れるまで、蓮司君の嗚咽が止まることはなかった。蓮司君のお父さんの部屋から、邸宅の玄関まではかなり距離も離れているはずなのに、邸宅を離れるまでずっと蓮司君の鳴き声が聞こえてくるような気持ちだった。
「桜子……」
「ああ、おはよう、マルテルさん。うん、ごめん、さすがに何もかも忘れてっていうのは、無理そう……」
あたしが選んだリクルートスーツに身を包んだマルテルさんと居間へと向かう際に出くわして、顔を見られただけで分かってしまったんだろう、あたしが全然振りきれていないことを。
「無理もありません。勝利を確信し、気を緩めた矢先にあれです。遠坂蓮司は、遠坂煉のことを曲がりなりにも慕っていました。彼に責任があるとは私も思いませんが、あのような光景を見せられては、当事者でなかったとしても、心傷が残るのは当たり前の事です」
本当に辛いのは蓮司君だ。お父さんにキャスター撃破の知らせを伝えようとした結果、引き起こされたのはお父さんの命が失われる瞬間を間近で見てしまったこと。
蓮司君が悪いわけじゃない。だけど、蓮司君はきっと、それを自分のせいだと思ってしまっているはずだ。なんて声を掛ければよかったんだろう。どうすればよかったんだろう。
わからない、何度考えても、何回頭の中でやり直しても答えを見いだせない。そもそも、どうしてこんなことになったのかもわからない。キャスターは斃したはずなのに。
むしろ、あの巫女服の女性が何かを仕掛けたと言うこと? でも、どうして? わからない。ただ蓮司君のお父さんに一緒に戦うことをお願いされただけのあたしには何もわからない。
「あたし、何もわからない……」
「桜子?」
「昨日の夜に何が起こったのか全然わからなかった。ううん、昨日の事だけじゃない、あたしは聖杯戦争の事も、自分の家の事も、自分のコトだってわかってない。いつだって、動き回っているようで、誰かに振り回されているばかりで、自分でこうしたいって言う気持ちが無いからなのかな、あたしは……どうすればいいのか、わからなくなってる」
蓮司君のお父さんに言われたから戦っていたとか、セレスさんに協力をお願いされたから戦っているとか、いつもいつもそんなことばかり。
ヒーローになりたいとか、この街を救いたいとか、そういう漠然とした思いばかりが先行していて、自分で明確な目標を積み上げることが出来ていないから、自分で処理しきれない状況に陥ってしまったら、どうすればいいのかもわからなくなっている。
力を手に入れることが出来れば、それで解決すると思っていたことはまったく解決しなかった。むしろ、与えられた力を周りに利用されるばかりで、自分自身ですらも制御できていない。
「これからもずっと、こんなことが続いていくんだよね。蓮司君だけじゃない。他のマスターたちだっていつかは……」
「ええ、それだけは仕方がないことです。これは戦争、誰かが勝利をするということは誰かが敗北すると言うこと。そして、その敗北は決して……、優しい終わり方をすることばかりではない。むしろ、残酷な結末の方が多いはずです」
マルテルさんは気落ちしている様子もなく、当たり前のことを当たり前に告げているだけといった様子だった。
わかってる、マルテルさんやアーチャーにとってはこれが当たり前の世界、聖杯戦争という人の生き死にが関わる世界の中にもうあたしはドップリ浸かっている。
昨日までは、その意味をよく理解していなかった。どこか画面の中にあるヒーローたちの物語のように、正しいことをしている人間は最後には報われる世界なんだって漠然と思っていた。現実は違う、誰だって等しく命を落とすし、大切なモノを喪う可能性がある。
そんな戦いの中で、あたしは―――
「おい、いつまで廊下で喋っているつもりだ。遅刻するぞ、早く、食べろ」
「………うん」
居間から顔を出したお父さんに言われて、学校に向かう前の日課である朝食をとる。あまり味が分からなかった。それ以上に自分の中で占めている問題が多すぎる。
『では、次のニュースです。連日、全国を騒がせている秋津市ですが、昨日、本拠地を構える唯一神理教の信徒たちに暴漢が襲い掛かり、教祖である唯一氏も巻き込まれ、死亡しました』
『警察は動画騒動も含め、現地の指定暴力団体である勢至姆組への捜査を続けておりますが、勢至姆組は調査に非協力的であり、警察としては事務所への強制的な立ち入り捜査も検討しており……』
『秋津市では、昨日の暴動の影響により、破損した家屋、店舗などが複数みられ、信徒と暴漢たちの中で激しい争いが起こり、多数の死者が――――』
聞こえてくる情報は聞いていて気分が良くなるモノなんてない。今までは日本の中でも知っている人は知っている程度の街だった秋津を、今では知らない人はいないんじゃないかと思うほどに、どこでも秋津市のことをニュースにしている。
『正直に言えば異常ですよね。これまでは個人的な動画投稿が行われているだけで、猟奇的な人間の仕業と考えていましたが、このようなことが起こっているとなると、一体、あの町で何が起こっているのか、解明には時間が掛かるかもしれません』
『ネットでは、街全体が悪霊か何かに呪われているんじゃないかともいわれていますね。この現代に非科学的だと揶揄されてはいますが……』
『いや、でも、そうだとしか考えられないですよ。そもそも、あの動画だって本当に人間が撮影したものなんですか、そもそも、あれ、何なんですか。合成映像にしても本当に死者は出ていますし!』
「好き勝手なことを言うな。俺達はその街の中で普通に生活をしているってのに」
「………うん」
「どうした? 元気ないじゃないか」
「ねぇ、お父さん。あたしのお母さんが前の聖杯戦争に参加していたって事知ってたの?」
「…………誰から聞いた」
「遠坂、蓮司くんのお父さんから」
「そうか」
お前には関係ないと突き放されると思ったけれど、お父さんが意外なことに、静かに目を伏せ、何かを考えている様子だった。それから、しばらくして、今にある仏壇のお母さんの遺影へと視線を向けた。
「いつまでも隠しておくことができるわけもないってことか。嫌な運命だな」
「お父さん?」
「桜子、とりあえず、学校には行け。帰ってきたら、お前に話してやる。七星の家が抱えている事情、お前にずっと話してこなかった15年前のことを」
「本当に!?」
「……いい加減、俺も観念した。いや、ずっと抱えていたモノをようやく吐きだせる時を待っていたのかもしれないな。桜には悪いが、こうなってしまった以上、お前には知っておくべきなんだろうな」
「わかった、やっぱりやめはなしだからね!」
「ああ、いいから、さっさと食って。さっさと行け」
逸る気持ちはどこまでいってもある。本当にできる事なら今すぐにでも、それを教えてほしくて仕方がないけれど、それで学校サボったら教えてもらえるはずもない。
だから、まずは学園に向かおう。手早く準備を済ませて、制服に身を包んで、あたしは霊体化したマルテルさんと一緒に家から一路、学園までの道を進んでいく。
「七星の秘密、あたしがこれまでずっと隠されてきたこと、一体、どんなことなんだろう……」
聞きたくもないことが待っているのかもしれない。でも、聞かなければいけない気もする。あたし自身フラフラと覚悟を決めきることができない理由の一つは間違いなく、あたし自身が自分のコトについて、何もわからないでいるからなのは間違いないから。
「あれ……着信?」
そんな折だった、携帯電話の着信が鳴り、画面を開いてみると、セレスさんからの連絡であることに気付く。
「はい、桜子です!」
『セレスです、ごめんね、いきなり電話をしてしまった。今は時間、大丈夫?』
「ええっと、学校に着くまでであれば!」
『学校、ああ、そうか。キミは学生だったよね、この2日間、休日だったから、忘れてしまっていた。うーん、今日の夜、時間あるかな? 昨日、キミの周りで起きた出来事について聞いておきたいんだけど』
「今日、ですか。そうですね……ちょっと、遅い時間帯でも大丈夫ですか? 今日は、どうしても、外せない用事が家であって……」
『わかった。それでいいよ。ただ、この場で一つだけ教えて。キャスター陣営と昨日、何らかの接触をしたかい?』
「………っ!」
言葉に詰まった。セレスさんとは昨日、互いに会うことはなかった。だけど、セレスさんはセレスさんなりに何かを掴んだんだと思う。何処まで言うべきなのだろうか、蓮司君のお父さんのことを伝える? ライダーのことを伝える? 迷った末にあたしは、
「アーチャー陣営にキャスターを倒すための協力を持ちかけられました。あたしは直接会っていないけれど、ライダーも協力していたみたいです。あたしたちはキャスターを倒したはずなんですけれど……、なんだかそれが不明瞭で」
『なるほど、そういうことか。わかった。後の詳しい話は会った時にしよう。桜子も今日一日気を付けてね』
「はい、セレスさんも!」
そこで通話は途切れた。セレスさんに出来る事なら詳しい話をしたいところだけど、さすがに学園をサボるわけにもいかない。サボったら、家にも連絡がいっちゃうし……
(もしかしたら、蓮司君も学校に来ているかもしれないし……)
自分自身でも結構残酷なことを思い浮かべている自覚はあるし、もしかしたら、自分が安心したいがためだけにそういう風に考えているんじゃないかって思いもある。
だけど、もしも、来てくれていれば、何か言葉を掛けられるかもしれないからと。希望的な展開を祈って、学園へと足を進めた。
…………結果として、当たり前のように蓮司君は学園に来ていなかった。
特に休むという連絡が学園側に来たわけでもないらしい。素行が良く、学業も優秀、家柄も悪くない蓮司君らしくない、その行動には先生も首をかしげていたし、クラスメイト達も何やらひそひそと噂話をしていた。
「ねぇねぇ、桜子。遠坂君どうしたんだろうね?」
「それ、なんで、あたしに聞くのさ?」
「いや、だってほら、遠坂君と桜子、いい雰囲気だし。っていうか、桜子が遠坂君と一緒にいるところを見かけたって子もいるわけで」
「そこらへん、週明けたら根掘り葉掘り聞いてやろうと思っていたわけよ~、実際のところ、どうなのよ?」
「………知らない。そういうこと、話す気分じゃないよ」
「もしかして、喧嘩でもした?」
「してない!」
「ちょ、そんなに怒らなくてもイイじゃん」
「………ごめん、ちょっと気が立ってたよ」
クラスメイト達は、蓮司君の家で起こった事情を何一つとして知らない。世間話程度の気分で聞いてきていることは分かるけれど、あたしからすれば、その言葉はどれも無神経にしか聞こえてこない。
本当のことを、あたしと蓮司君が聖杯戦争に参加していて、そのために一緒にいて、蓮司君のお父さんが犠牲になってしまったこと、全部全部口に出来てしまったら、どんなに楽なことなんだろう。
でも、あたしが勝手に蓮司君の家のことを口にするわけにはいかない。聖杯戦争の関係者ならまだしも、みんなには言えるはずもない。
「まぁ、でも、桜子の気が立つ理由も分からないわけでもないよ。毎日、毎日、まるであたしたちの街が危険な街みてーに報道されてるんだもんね」
「えぇ、でも、ヤバいのは本当の事じゃない? あたしさ、全然知らなかったんだけど、近所のおばさん、昨日襲われたらしいよ、あの宗教の信者だからって」
「マジで? え、近所で大丈夫だったの?」
「うんうん、だけど、全然信じられないわ。だって、おばさん、全然宗教信じているって感じじゃなかったのにさ。様子見にいったら、もう病院運ばれているって聞かされて、親と一緒に物騒だな~なんて言ってたら、昨日のあれでしょ。もう怖くなって、窓全部締めて、すぐ寝ちゃったよ!」
「でも、全然、事件が終わったって気配じゃないし、怖いな……、絶対夜とか外出れないじゃん……あの動画の怪物もいるかもしれないんでしょ」
「むしろ、あの動画の怪物が人間を操っているまであったりして」
「それか、もう本当は全部あの怪物がやっているんじゃないの? 本当は複数いるとかさ」
みんなの口にしていることは正しいことばかりじゃない。キャスターとバーサーカーの行動を混在してしまっているし、その影に聖杯戦争という恐るべき戦いがあることも分かっていない。
ただ、間違いないことがあるとすれば、みんなが今の街のことを恐ろしいと思っていることだけだ。連日、あんな報道をされて、実際に街の中で事件が起こって、怖くないと思えることの方が異常だ。だから、みんなの反応は普通だ。
「ああ、そうだ、街と言えば、九重円華がヤクザに拉致されたって噂流れてるよね? なんかヤバいやつらと一緒にいたとか」
「え、うちは、あの宗教に入ったって聞いたけど、なんか芸能界嫌になって駆け落ち同然で入ったとか」
「噂錯綜しすぎていて、もう何が何かわからないな、それは……」
休日が明けて、学園に来てみて実感する。あたしが思っている以上に聖杯戦争はあたしたちの日常を侵食し始めている。このままこの状況が続いていけば、本当にあたしの身の回りで何の関係もない人たちまで巻き込まれてしまう。
危機感が過る。でも、過る危機感に反して何をすればいいのかが分からない。次に指針にするべきことが何なのかもわからないままに午前中の時間が過ぎていくのだった。
――秋津市中央部・駅前周辺――
「昨夜は随分と騒がしかったが、終わってみるとまったくその気配すらも残さないんだな。厄介と言えば厄介だが……、セイバーがいる限り、その刃が届くことはないといったところか」
「兄様に限って問題はないと思っていますけれど、油断は禁物ですよ。彼らが何度か口にしていたこと、お忘れですか?」
「ああ、分かっているとも。彼らの刃は俺達外国人にとっては致命傷になりかねないだろう。だが、その刃も届かなければ意味がない。セイバーの奮迅と俺の魔術、それらが組み合わされば、何ら問題はないよ」
秋津市における最大のシンボルである電波塔、かつて数十年前までは実際に電波を発信する機能を与えられていた施設は、今やその役目を終えて、秋津市の観光シンボルとして機能としている。
当然、その周辺、駅前付近は観光資源を取り囲むように開発されており、日夜大勢の人間が駅前通りを歩いているのだが、今日、その足取りはいつもに比べれば少なくなっている。理由は言うまでもなく、秋津市自体の情勢の不安定さに由来するものである。
そんな悪い空気が蔓延し始めている電波塔周辺の駅前通り、ロイ・エーデルフェルトとリーナ・エーデルフェルトは昨日、物語の中心になることはない戦いが繰り広げられていた場所をもう一度訪れ、改めて周囲の確認を行っていた。
昨日の戦いは、繁華街、そして唯一神理教総本山が戦いの中心地として、多くの陣営には認識されているが、キャスター陣営が秘密裏にもう一つ動かしていた場所がある。
それがこの電波塔周辺、キャスター陣営の目論みを知っている者であれば、この場所が彼らにとってどれほど重要であるのかは察しが付くだろうが、あくまでもロイたちにとっては遭遇戦である。
たまたま自分たちの拠点の周辺に無数の魔力反応を感知したから戦った。そしてキャスター陣営にとっても、異国人を見つけた以上斬らなければならないという判断が下された、というだけの話しである。
結果は言うまでもなく、ロイやリーナが五体満足でいる時点で、キャスター陣営の敗北は明らかであり、それは同時に異国人のマスターを排斥する上で、必ず乗り越えなければならない障害であるセイバー陣営を、キャスター陣営だけで乗り越えることは玉砕覚悟の人海戦術を為さなければ不可能であることの証明でもあった。
「考えるべきことは、彼らは俺達を狙ってここに来たわけではなかったであろうことだ。おそらく、何かの目的があったのだろうが……」
そこまで口にするが、さすがにロイをしても、電波塔にまでは考えが及ばない。電波塔内部の改修は神祇省側が用意した人間たちによって行われている。魔力を介した者たちが行っているわけではない以上、それを感知すると言うことはなかなかに難しいことであろう。
「兄様?」
「戦いの風はいずれ、あちらから吹き上げてくるだろう。俺達は俺たちなりの戦いをすればいい。敵は迎え撃つし、そろそろ俺達も動くべき時が近づいてきているんだろう。
さて、俺達の倒すべき相手は、数日経ってどうしているかな?」
「兄様、また七星桜子のことを考えているんですか?」
「他意はないよ。俺は七星に勝つために用意されたマスターのようなものだ。その七星のマスターが不甲斐ない存在であったとしたら、エーデルフェルトのお歴々たちも色々と言いかねない。強い七星に勝たなければ意味がない。
でなければ、俺は俺の存在意義を証明できない。リーナもそれは分かっているだろう」
「兄様、私は別に―――」
「それ以上はダメだ、これは俺が決めて、俺がやることだ。リーナが何を言おうとも、それを翻すつもりはない」
リーナの表情が僅かに昏くなる。それは現在ではなく、違ういつかを思い起こしている様にすら見える。
「まぁ、顔を合わせてみれば、得られるものもあるだろうさ。あの時からは少しは変わったところもあるだろうし」
ロイは笑みを浮かべる。さて、自分の求める相手は何処まで変わったのか、それを少しばかりの楽しみとしていた。