「覚えておきなさい、蓮司。お前は遠坂の魔術師だ。いずれ、私の後継となり、この街を管理する者となる。それを常に忘れることなく、日々を過ごしなさい、いいね?」
幼いころから、忘れることなどないというほどにその言葉を聞かされてきた。
日本の中都市クラスの規模がある秋津市、誰もが当たり前の日常を謳歌しているこの街の裏側には、信じられないかもしれないが魔術師という存在が潜んでいる。魔術とは秘匿されるべきものであり、同時に古来より人類の歴史に根差した概念である。
遠坂の家系は、秋津の街で魔術師同士の諍いが引き起こされるのを防ぎ、裏側からこの街を管理している一族であった。当主である
「これは遠坂の家に生まれてきた者の宿命だ。お前は息子であると同時に、私の後継者だ。連綿と受け継がれてきた遠坂の魔術刻印を受け継いでいかなければならない。いずれ我らが根源へと辿り着くために。辛いこともあるだろうが、どうか受け入れてほしい」
生まれた時から言われてきたのだから、特段それを嫌と思うことはなかった。それが自分の人生にとっての当たり前であると思っていたし、魔術を覚える過程には苦労もあれば嫌なこともあった。だけど、出来ないことが一つ一つ出来るようになっていく過程は楽しかった。何よりも遠坂の魔術師としての父を僕は素直に尊敬していた。
常に優雅にそして一片の淀みもなく魔術を行使するその姿、秋津の管理者として表の世界にも裏の世界にも顔が利き、決して表舞台に出ることはないけれど、多くの人々から慕われ、頼りにされている父は僕にとって紛れもなく尊敬すべき相手だった。
この人に一歩でも近づくために、胸を張って後継者であると言い張れるように精進しよう。その気持ちは時を経て成長しても変わることはない。周りの同年代の子たちが、日々の楽しみに時間を費やしている時にも、まずは遠坂の魔術師であることが優先される。
決して付き合いが悪いと言われたことはない。社交的であることは管理者として必要なことであるとは言われている。ただ、それはあくまでも最低限の話しであることに変わりはない。深い付き合いをしている相手に付き合いが悪いというほど人は他人に関心を向けない。
「蓮司君!」
「七星さん?」
「クラスの皆で、新しくできたお店に行こうって話になったんだけど、蓮司君も一緒にどう? 男の子も何人か参加するから、あたしたちの女子トークに付き合わなくても大丈夫!」
「よく言うよ。桜子は私らと一緒に女子トークなんてしてないっしょ」
「そーそー、いっちょまえのこというなら、恋バナの一つでもしてくれなくちゃ」
「あーもうーうるさいなー、あたしには恋よりも大事なことがあるんだよー、毎日毎日、街の中を駆け回っているんだから。今日はその成果をみんなに披露するって言ったでしょ!」
満面の笑みと自信ありげに胸を張る相手は、七星桜子さん。僕のクラスメイトで、最低限しかクラスの人たちに関わりを持とうとしない僕にも積極的に話しかけてくれる女子だ。たなびく青色のポニーテールは彼女の溌剌さの象徴のようで、話しかけられるとこちらも思わず気分が高鳴ってしまう。
「……ごめん、七星さん。誘ってもらえるのはありがたいけど、今日も家庭の事情でね」
「えー、蓮司君の家、相変わらず門限厳しい感じ?」
「まぁ、そんなところ。いつも誘ってくれるのに、ごめん。予定に空きが出来る時があったら、自分から誘うからさ」
「本当に!? 約束だよ!」
「う、うん……」
七星さんは感極まった様に僕の手を握ると、言葉尻と同じくらいに握る力を強める。勿論、女子の握る力だから痛いってことはないんだけど、気恥ずかしい。クラスメイトが何やら小声でひそひそと口にしているのが余計に気恥ずかしさを助長させる。
「ほらー、桜子、イチャイチャしていないで行くよー」
「あんた、天然恋バナすぎて、店に行く前からもうお腹いっぱいだわ」
「あー、ちょっと待ってよ、みんな! じゃあ、あたしも行くね、蓮司君、また明日!」
と、手を離して、鞄を手に取ると七星さんは置いていかれないようにと急ぎ足で教室を出ていく。
いつも通りの喧騒はいつも通りの結果で終わった。遠坂の魔術師である以上、こうしたことが起こってしまうのは仕方ないことだ。子供のころから何度も何度も経験をしている。
ただ、どうしてなのか、ここ最近は、それに胸をギュッと締め付けられるような感覚を覚えてしまうんだ。間違っていない、父の教えは絶対に間違っているはずがないのに、まるで自分が失敗しているような感覚に襲われてしまう、その意味が分からない。
もやもやした気分のままに学校を出て、足早に自分の邸宅まで向かっていく。帰り道は先ほどの会話が脳裏にこびりついて離れず、早く屋敷に戻って、魔術師としての自分に思考を切り替えたかった。
父さんに魔術の手ほどきを受けているその時だけは、他の事なんてすべて忘れることが出来ているから。それに、今日は特別な日なんだということは聞かされていた。
内容までは聞かされていなかったけれど、父さんが特別な日だから、すぐに戻ってくるようにと言った以上、遠坂の家にとって重要なことのはずだ。
「………凄い」
屋敷に近づいただけで分かった。何かいつもとは決定的に異なる何かがこの邸宅の中にあるのだと。ただ、それは敵対的な感覚ではなく、むしろこの屋敷の魔力と調和しようという意志が感じ取れた。あくまでも、僕の直感ではあるけれど……。
「父様、ただいま戻りました……」
反応がない。工房で作業に集中しているのだろうか。1年の中で何度か見られる光景だけに、僕は特に気にも留めることなく屋敷の中へと足を進めて、父さんの魔術工房へと足を進める。
「いや、しかし、私は幸運だな。貴方ほどの大英雄を召喚することが出来たとは。もしも、ここが貴方の祖国であったのならば、圧倒的な勝利を見込むことが出来たであろう」
魔術工房の前にまで足を進めると、父さんの声が聞こえた。誰かと話しをしているのかと思って、扉を開けずにその前で待った。大きな魔力はやはり工房の中から感じられる。
「世事はイイよ、マスター。世に確実な勝利など決してありはしないのだ。どれ程圧倒的な軍、あるいは国であろうとも足元をすくわれれば崩れ落ちるものだ。こうして召喚された以上、私は私なりの全力を尽くすが、君たち親子の協力は不可欠だ。それが澱みなく機能すれば―――私は再び、かの奇跡のような戦をこの街でお見せするとしよう」
「―――蓮司、入りたまえ」
「は、はい。父様。ただいま、戻りました」
扉越しに名前を呼ばれて、慌てて扉を開く。すると、工房の中には見知らぬ人物が父さんと対面に座っていた。
「彼が息子殿かね?」
「ええ、自慢の息子ですよ」
「確かに、立派な面構えをしている。先ほどの私の言葉は訂正するべきだったかな」
「ご謙遜を。まだ未熟です。どうか、偉大なる貴方の手でより多くを学ばせていただきたい」
わざわざ工房の中に配置された来客用の椅子――この屋敷の中でも最高級のもの――に座っているのは日本人ではなかった。
ステレオタイプなトルコ人のトレードマークともいえるフィズを被り、鷹のような眼光をした男性は父さんと対等な立場であるように会話をしていた。いや、父さんの反応を見れば、むしろ、遠坂よりも上であるように会話をしているようにも見える。
「蓮司、彼が私のサーヴァント、アーチャーだ」
「サーヴァントって、もしかして聖杯戦争の……!」
「そうだ。触媒を用意するのに時間をかけたが、そのおかげもあって、我々は想定通りの英霊を召喚することに成功した。触媒を用意している時点で彼の逸話は聞かせただろう。順当に闘えば、我らが勝つ」
聖杯戦争、確かに父さんの口から聞かされていた。遠坂がこの土地の中にいる魔術師間桐と異国の魔術師アインツベルンとの三者で顕現させた万能の願望機を巡る魔術師同士の争い。地脈が励起していること、そして既にサーヴァントが召喚され始めていることから、父さんが珍しく動揺し、触媒の用意を急がせていたことは記憶している。
ただ、召喚されればこの通り、当初の焦り等どこにいったのか、超然とした態度を取る父さんの様子は遠坂の当主に相応しい。そして、アーチャーは父さんの目算通りであれば、ほとんどの英霊に優位を取ることができる。
確かに父さんの言う通りだ。父さんとアーチャー、この二人が共に戦うのであれば勝利は約束されたに相応しいだろう。古今東西、さまざまな魔術師が姿を見せるだろうが、それでも万に一つも遠坂が負けるなんてことはありえない。
「そこでだ、蓮司。これより聖杯戦争が終わるまでの間、お前はアーチャーのマスターとして行動しろ」
「え……?」
その瞬間、思考に靄がかかった。父さんの言葉を自分の中で正しく処理することが出来ていない。
「驚くのも無理はないが、当然、理由はある。聖杯戦争である以上、サーヴァントを倒すよりもマスターを殺すことに重点を置く陣営は必ず存在するだろう。基本的にマスターはサーヴァントと共に行動するべきではない。最善は己の工房の中に潜んでおくことだ。
しかし、サーヴァントだけでの行動は他の陣営に疑念を抱かせる。そこで、蓮司、君だ。此度の遠坂の魔術師は君であると偽り、聖杯戦争を進行させる。アーチャーの単独行動のスキルと組み合わせればこれが間違いなく最善の戦術だ」
思わず呆気にとられた。聖杯戦争が始まると聞かされてはいたけど、それはどこか遠い話であるように思っていた。父さんの晴れ舞台を自分自身も見届ける。そんな風に考えていただけに意外すぎる返答だった。
いや、むしろ、そんな場違いなことに僕が関わっていいのかという気持ちさえある。
「勿論、お前にも利はある。聖杯戦争という古今無双の魔術師と英霊との戦いを間近で肌で感じることは遠坂の後継者としてのお前の力を一層高めてくれるはずだ。既に私の魔術刻印の何割かは移植してあるだろう。無理のない範囲で戦ってくれればいい。
幸い、アーチャーは守戦に長けている。その守護の中で自分の全力を発揮してくれればいい。他の陣営に私がマスターであることを気取らせないことが肝要だ」
「僕が聖杯戦争に……、けれど、如何にアーチャーが優秀であったとしても、下手をすれば―――」
命を落とす可能性もある。いや、魔術師という存在であることを選んだ以上、決して平凡な人生の生き方が出来ないであろうことは分かっていた。
いつかはこう言う日が来るかもしれないことを。
だから、これはどこまでいっても僕の覚悟の問題。今日まで父さんの庇護の下で魔術を学んできた身が突然、実践の場に放り出される、告げられただけでもマシなのかもしれない。
「そうだ、下手をすればお前は命を落とすかもしれない。だが、これは遠坂の悲願を叶えるうえで必要なことだ。蓮司、お前と私、そしてアーチャー。この三人がそれぞれの最善を発揮することが出来れば聖杯は必ず我らの下に行き着く。
私の代で根源へと至るための道筋を手にすることができるのだ」
「意味は解ります。理屈も分かります。父様は間違っていません。魔術師であればそう判断します」
僕の言葉に父さんは喜びの色を浮かべてくれた。未来を想起すれば嫌でも不安になってしまう今はそれだけでも心の支えになった。
「幸い、本格的に聖杯戦争が始まるまでにはまだ時間がある。蓮司、お前はアーチャーとの連携を高めていくといい。魔術の素養があったとしてもお前が戦いの中で素人であることに変わりはなく、これらはアーチャーが教える領分だろう」
「蓮司君が求めるのであれば応えよう。どうするね?」
「はい、是非ともやらせてください! 遠坂の魔術師として相応しい戦いをするためにも!」
「………わかった。マスター、蓮司君の教導をする傍ら、戦略を練りたい。この街一体の地形を把握することができる地図等はあるかね?」
「ええ、当然に持ち合わせていますとも。蓮司、持ってきなさい」
「はい。父様」
「ああ、そうだ。蓮司、ところで、学校はどうだった? 何か変わったところはなかったかな?」
僕に顔を向けた父さんは、世間話をするように問いを投げてきた。親と子の会話、どんな家庭でも当たり前にある会話。
「はい、特には。クラスメイトに遊びに誘われましたが、遠坂の魔術師である以上、現を抜かすわけにはいきません」
「ふむ……、そうか、お前には不便を掛けるが、それも全ては自分のためだと思ってくれ。そういえば、七星の令嬢は確か同じクラスだったか?」
「え、ええ。七星さんにはよく気にかけてもらっています」
「そうか。しかし、付き合う相手は考えるべきだぞ、蓮司。お前は遠坂の当主になる男なのだから」
「………はい」
魔術師の家系に理解を得ることができない者は必要ない、そう言われているようだった。そう、僕は遠坂の人間だ、それ以上に優先されるモノはない。昔からそうだった、そこに疑問を挟む余地などない。この窮屈に思える感情も当主となるには乗り越えなければならない感情、自分をコントロールするうえで必要なことのはずだ。
それができているからこそ、父さんはいつだって超然としていて、当主に相応しい在り方をしているんだから。
・・・
蓮司は工房から離れ、地図を取るために屋敷の1階へと足を進めていく。
その離れていく様子を見て、アーチャーは自分の目の前に置かれていた紅茶に口をつける。
「少し追い込み過ぎではないかね? あれでは窮屈が過ぎるだろう」
「理解してはいます。しかし、蓮司は遠坂の後継者。であればこそ、半端な成長など許されない。受け継いできた伝統の重みと管理者としての責務、いずれ圧し掛かってくるその重圧に耐えることは一朝一夕にはできない。
恨まれることは覚悟の上、それでも息子は乗り越えてくれると信じています」
「マスターのプライベートに口を挟むつもりはないよ。我々の主従関係はあくまでも聖杯戦争によるものだ。何にでも口を挟むのは生前でもう十分に堪能した。しかし、本当に良いのかね。合理的ではあれども、彼はまだまだ甘い。最悪の場合が訪れないとも言い切れないが?」
如何にアーチャーが守戦に長けているとしても、総てを必ず守りきれるとは言えない。アサシンのサーヴァントのようにマスター殺しに長けている者とぶつかった時に、一瞬の判断ミスがマスターを殺す結果となることも存在するのだから。
「それでもこれが最善だ。蓮司は私の後継者として育ててきた遠坂の未来だ。それが喪われるのは悲しい。しかし、私は何処まで行っても魔術師だ。根源に至るためならば、辞めるつもりはない」
「そうかね、難しい話だな」
「ああ。だが、悪い話ばかりではない。此度の聖杯戦争、上手くすれば、この秋津市が抱える問題を一気に解決するための糸口を掴むことができるかもしれない」
「彼が帰って来る前に口にしていた、この街のギャング共、そして夢想家どもの話しか」
アーチャーの言葉に煉は笑みを深くする。それから、おもむろに立ち上がり、窓の外を見る。秋津市、決して広大とは言えないこの街の中で渦巻く権力闘争に煉は長年悩まされてきた。
「前回の聖杯戦争は15年前に行われたばかりだ。本来であればこうも早く聖杯戦争が行われるはずがない。故に私はこれを天啓と捉えているよ。蓮司の代に託さなければならなかった悲願を私の代で果たせるのだ」
煉は脳裏に思い出す。15年前の聖杯戦争を。あの時、若かりし煉は父が苦悩の内に敗北を迎えたことを覚えている。己はそのような結末は向かえない。
「私の掴んだ情報では、彼らもサーヴァントを呼び出したそうだ。どのようになどと思考を巡らすのは無意味だ。奇跡を呼び起こすのが聖杯戦争ならば、その過程に不条理が浮かんだとしてもそれは受け入れなければならない。
大事なことは一つ、我々は三方、共に相手を潰すための大義を得てしまったということだ」
人間の社会は難しい。あからさまな悪であったとしても法に抵触しない限りは罰することができない。環境におけるパワーバランスがそこに組み込まれれば話は余計に複雑になる。常に頭を悩ましてきた目の上のたんこぶともいえる存在が、初めて自分の土俵の上に昇ってきてくれたことを煉は祝福のように受け入れた。
「薄汚い社会の悪を掃討し、同時に聖杯を掴む。それはこの土地の管理者である私の務めだ。研鑽を積んできた、最高の英霊を呼ぶこともできた。ならば、あとは勝つだけだ」
窓の外を眺めながら、紅茶に口をつけると、蓮司が戻って来たのか、足音が聞こえる。
これより先は門出、或いは集大成となる。間もなく始まるであろう聖杯戦争へと心を馳せながら、秋津の管理者たる遠坂は万全の態勢に入るための最後の準備を始めた。
遠坂蓮司、アーチャーとの連携確認を開始――聖杯戦争開幕まであと6日
【CLASS】アーチャー
【真名】???
【性別】男性
【身長・体重】174cm/70kg
【属性】秩序・善
【ステータス】
筋力D
耐久E
敏捷C
魔力E
幸運A-
宝具EX
【クラス別スキル】
対魔力:A+
多くの魔術に加え、信仰を源とする魔術に対しては神代の魔術すら無効化する。
単独行動:A
マスターが存在しなくても3日間程度の現界が可能。
【固有スキル】
改革のカリスマ:A+
およそ一つの国家を統治する者としては最高峰のカリスマを持つ。多くの改革を為し遂げることで、彼は近代史上最も成功した独裁者と呼ばれるにいたった。
????の守護者:B
多人数を動員した戦場における戦術的直感能力。自らの対軍宝具行使や、逆に相手の対軍宝具への対処に有利な補正がつく。守戦において高い戦術力ボーナスを獲得する。