※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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1日遅れてしまってすいませんでしたー


水面下の細波

――秋津市東・住宅街・七星流剣術道場――

「お前がいなくなってもう十五年か………随分と昔の事のように思えるし、思い返してみれば、ほんの少し前のようにも思える。いや、俺も年を食うもんだ。お前がいなくなった時に赤ん坊だった桜子が今じゃ、立派に成長したんだからな」

 

 夕暮れ時にはまだ早い時間帯、学園は終わりを迎え、まもなく桜子が学園から出始めるであろう時間帯に、父である七星真一郎は、居間の仏壇に置かれた妻である七星桜の遺影に向けて語りかけていた。

 

 妻の姿は15年前の姿から変わらず、自分だけが年月を経て老いていると言う事実を思い返すと、真一郎は苦笑を浮かべながらもどこか寂しい気持ちを抱いてしまう。

 

「今じゃもう平気だが、お前がいなくなったときには目の前が真っ暗になっちまったように思えた。いや、情けなかったのかもしれないな。自分の嫁が、ガキ共を守るために戦っているってのに、魔術の素人である俺は随分と何もできないことに打ちひしがれたもんだ」

 

 なまじ妻の七星桜が圧倒的な強さを持っていたというところもあったのだろう。当時の真一郎からすれば、雲の上の出来事が自分の隣で、自分の家族を巻き込んで生じているという感覚だった。

 

 幼い櫻一郎と生まれたばかりの桜子を抱えながらも戦っていた姿もそれを助長させたのだろう。終わりを迎え、桜が命を落としたと聞かされた時には、真一郎は彼女の後を追いかねないほどに憔悴した。

 

 もしも、櫻一郎と桜子がいなかったとすれば、真一郎は今日まで生きてくることは出来なかっただろうと本気で思う。

 

「だが、生きていてよかったと思う。櫻一郎は自分で自分の生き方を見つけた。良いか悪いかは別として、あいつは七星の運命を受け入れることを決めた。責めないでやってほしい。桜子も……見ているか、あいつも立派になった。まだまだひよっこみたいな感じだが、15年前のお前を思い出すようだよ」

 

 まさか、二度もこんな気分にさせられるとは思っていなかったけれどなと思わずため息を零してしまう。妻が聖杯戦争に巻き込まれ、今度は娘が、家族を二度も巻き込まれるなどとたまったものではないが、残念なことに自分ではその運命に抗うことはできない。

 

「ああ、そりゃ、当然、親としては許せないが、あいつはきっと辞めないよ。お前の話しを聞けば、余計に聖杯戦争を続けることを選ぶだろう。

 アイツには何も知らず、ただ七星の剣術だけを学んで、普通の人生を生きていてほしかったんだが、ままならねぇな。お前が叶えたかったことを叶えられなかったのは俺の責任だ。桜子の事は責めないでやってくれ」

 

 答えが返ってこないことなど分かっている。これはあくまでも真一郎側のケジメであり、同時に言い訳でもある。伝えるべきではないことを桜子に伝える。その罪の意識を妻である桜に許しを乞うている。それは弱さかもしれないガ、同時に勇気でもあるのだ。

 

 桜子が求める真実を開示することを決めたのは、真一郎だ。きっと桜は桜子が真実を知ることを望みはしないだろう。

 

 真一郎とて、このまま何も起こらなければ真実を伝えるつもりはなかった。しかし、聖杯戦争に巻き込まれ、自分の進むべき道に悩む桜子の姿を見続け、何故に翻弄され続けている桜子の姿を見ていると、本当にそれでいいのかという疑問が湧いてきたのも事実だ。

 

 もしも、何も知らずに、桜子の中の七星が産声が上がってしまえば、自分も桜子自身もきっとそんな終わり方を認めることはできないだろうと思うからこそ……

 

「大丈夫だ、桜子ならきっと……、お前のようにやれるかはわからないけれど、きっと、七星の宿命に負けるようなことは――――」

 

 言葉が終わるよりも早く、玄関のチャイムが鳴ったことに真一郎は気付いた。桜子が帰ってきたと思うには、チャイムを鳴らすなどということは普通の彼女であればしない。

 

 ということは客人だろうか、このような昼間の時間帯に訪れる者など、それこそセールスくらいしかいないが、こんなしがない道場経営の古い日本家屋に足を運ぶものなどいるのだろうか。

 

 チャイムがもう一度鳴らされる。真一郎は居留守を決め込むかどうか悩んで、何度も何度もチャイムを鳴らされても困ると考え直して、玄関に出ることに決めた。

 

「まったく、これで、本当にセールスか何かだったら、承知しねぇぞ」

 

 居間から足を運び、玄関へと足を踏み込んだ時に、三回目のチャイムが鳴った。

 

「おい、少しは待つってこともできねぇのか。何度も何度も鳴らされると――――」

 

 扉を開き、そのチャイムを鳴らし続けてきた相手の顔を見る。その顔を見た瞬間に真一郎は思わず言葉を失ってしまった。

 

 まだ、桜子は帰ってこない。しかし、この5日目の物語は、彼女の意志など関係なく大きなうねりとなって動きだそうとしていた。

 

――秋津市東側・住宅街・遠坂邸――

「すまないが、今は会うべき時ではないと思っている。出直してもらうべきだろう。特に君に顔を合わせると言うことになれば、蓮司君は余計に顔を出すことを拒絶するだろう」

「それは……、あたしが余計なことを言ってしまうかもしれないからですか?」

 

「いいや、逆だ。キミに今の自分を見せたい、などとは絶対に考えることはないだろうと言うことだ。聖杯戦争の相手として、同年代の友人として、そして何よりも遠坂の後継者として、今の自分を見せると言うことは蓮司君にとって、自分の醜い所を見せることになると捉えているのだ。理解してやってほしい」

 

 放課後、結局、あたしはいてもたってもいられなくなり、気が付けば学校を飛び出して、蓮司君の家へと辿り着いていた。

 目的は言うまでもなく蓮司君に会うこと、あんな状態で打ちひしがれていた蓮司君を放っておくことなど出来ず、自分に何が出来るのかなんて正直、わからないけれど、少しでも蓮司君の心を楽にすることができるのならばと足を運んだ。

 

 けれど、そんなあたしの思惑は、入口の所で、姿を見せたアーチャーによって阻まれた。いや、阻まれたと言うよりも拒絶されたと言った方が正しいだろうか。

 

 アーチャーははっきりと、あたしに今、会うべきではないと告げた。その言葉の意味は理解できる。今日、学園に来なかった時点で蓮司君の心に刻まれた傷はそう簡単に拭い去れるものではないことだと分かっていた。

 

「あの、蓮司君はどうしていますか? それだけでも教えてはもらえないでしょうか」

「……煉殿の魔術工房に引きこもっているよ。さすがに煉殿の亡骸の処理は私が行った。あのまま放置しておくのはさすがに蓮司君の心にも良くないであろうからな」

 

「……ありがとうございます」

「気にするな、本来であれば、責任を取って、私も煉殿の後を追うべきか、あるいはキャスターを相手に弔いの戦を仕掛けるべきなのだろうが……、これから先にどう動くべきなのかを決めかねている」

 

「アーチャー、今の貴方にはマスターが存在しない。単独行動のスキルが存在するアーチャークラスとはいえ、このままでは、あなた自身も……」

 

「今日を入れて、あと3日が限度であろうな。戦闘行為に殉じれば、消滅は余計に早くなるだろう。最も手っ取り早いのは私が蓮司君と契約することだが、おそらく、彼がマスターになることはないだろう」

 

「…………」

 

 アーチャーの言いたいことは何となくわかった。きっと、蓮司君は自分がお父さんを殺してしまったと、そんな風に考えているはずだ。誰よりも魔術師として尊敬していたお父さんの命を自分が奪ったと考えている蓮司君がお父さんの後をついで、聖杯戦争のマスターに復帰する。

 

 その展開は少々ばかり都合が良すぎると言わずにはいられないだろう。むしろ、蓮司君があっさりと自分をマスターとして認めて、聖杯戦争の継続を考えることができるのならば、きっと蓮司君は学園を休むこともなかっただろう。

 

「そして、同時に、私が早々に消えて、アーチャー陣営として終わりを迎えると言う選択も現状ではなかなか取りづらい。曲がりなりにも、彼は遠坂という名門魔術師の後継者だ。今の状態の彼をそのまま残した状態で、誰も傍にいないと言う状況は作れないだろう。

 遠坂を目の仇にしている者は少なからずいるだろうからね」

 

「でも、結局、このまま何もできないのなら、アーチャーさんが消えてしまったとしても変わりはありません。蓮司君がどこかで踏ん切りをつけないと……」

 

「そうだ、それが戦場に立つ戦士、あるいは兵士としての必要な資質だ。いつ、どこで戦友が死ぬかもわからない戦場の中では、ある程度の割り切りが必要になる。心の感情を武器にして戦う兵士もいるにはいるが、それも長くは持つまい。

 結局のところはそういうことだ。蓮司君が自分で自分の方向性を見出さなければ、何も解決することはないだろう」

 

 それを今の彼に求めてしまうこと自体が酷なのかもしれないが……とアーチャーは付け加えた上であるが……、

 

「アーチャー、本来であれば敵同士である私がこのようなことを聞くのも筋違いなのかもしれませんが、貴方はそれでよいのですか? 貴方にも叶えたい願いがある。いかに英霊、

サーヴァントと言えども、叶えたい願いがあればこそ、召喚に応じたはずです。

 遠坂煉というパートナーを失ったとしても、貴方自体が致命的な損傷を受けたわけではない。であれば、貴方はマスターを見出すことでまだ聖杯戦争を戦い抜くこともできるはずです」

 

「確かに。聖杯戦争のルールだけで考えるのならば、それは正しい判断だ、ランサー。

しかし、だ。いかに私がこの聖杯戦争だけのために呼び出された存在であったとしても、そう割り切るには、私はこの遠坂家というものに深入りしすぎてしまったのかもしれないな。

 己よりも若く未来ある若人を戦力として見捨てた上で、他の主を見つけると言うこと、言葉や理念としては理解できたとしても、今の私にはそれを選ぶことはできない」

 

「ですが、貴方のその思考は目的を達成するうえで、最も陥ってはならない思考ではありませんか、アーチャー」

 

「ああ、そうだ。その通りだとも。情や己の中の迷いに身を委ねることは戦場に置いて、何よりも兵士の死を許す概念に他ならない。

 だが、ランサーよ。私は未だに貴殿が我らが争った西欧のどんな将であったのかは知らぬ。叶えたい願いがあり、そのために戦っていることも理解できる。だが、私には恐らく、お前ほどの願いはない。生前に叶えるべき願いの多くは叶えてきた。そして、その願いの多くは私ではなく、私が背負ってきた国家と民たちの為であった」

 

 アーチャー、ムスタファ・ケマルがかつて、オスマン帝国時代、そしてトルコ共和国の時代を経て独裁者に至るまで、常に戦い続けてきたのは何も己の中に支配欲があったからではない。

 多少のそうした感性があったとしても、彼の行動原理の大半はあくまでも、守るべき民の為であり、同時に宗教によって大きくその成長を阻害されていた国家を救うためであった。

 

 そうした目に見える誰か、目に見えずともそこに存在していると理解できる誰かがいればこそ、ムスタファ・ケマルは戦いつづけることが出来た。そこには一切の偽りは存在しない。

 

 だからこそ、アーチャーは考えてしまうのだ。聖杯戦争に勝利し、祖国に凱旋すると言う願いは紛れもなく自分の願いではあれども、果たしてそれは遠坂蓮司を見捨ててまでも果たすべき願いなのだろうかと。

 

 誰かの為に闘い続けてきた為政者は、その誰かを失ってしまった今に、己の願いを叶えるべきなのかを見いだせずにいる。

 

 何よりも、ここでの守るべきものが誰かと言えば遠坂蓮司なのだ。ならば、やはりランサーの言葉はアーチャーにとっての自己矛盾にしかなりえない。誰かの為に闘う者が、その誰かを見捨ててまでも己の願いの為に闘うなどということは、生前の在り方にどうしても左右されてしまう。

 

 時間を経て、蓮司の姿を見て、結局、いまだにアーチャーが何もせずにいると言うのはそういう意味合いに支配されている所が強いと言うことなのだ。

 

「今のキミたちに出来ることは何もない。むしろ、我々のことを考えている場合ではないだろう。君たちの聖杯戦争はまだまだ続いていくのだからな。むしろ、これで一つの陣営が減ってくれたと思っておきたまえ」

 

「そんなの、簡単に思えるはずもないよ……」

「ふっ、何と言った所で蓮司君と会わせるわけにはいかない。彼に必要なことは時間でなければ解決できないのだろうからな」

 

 分かってる、結局のところはあたしがもしかしたらに期待してしまったからに他ならないのだ。もしかしたら、蓮司君と会って、蓮司君は何とか前を向こうとして、あたしはそれを励まして……、そんな都合の良い未来予想図をあたしが勝手に考えてしまっていただけなんだってことくらいは分かっているから。

 

「今日は、帰ります」

「ああ、そうしたまえ」

 

 遠坂邸から離れる。そう、長い時間を此処で使っていたつもりはなかったけれど、気付けば下校時間から1時間以上が経過していた。

 

 お父さんに話を聞いてから、セレスさんと会う約束がある以上、ゆっくりと還っているわけにもいかない。

 

「蓮司君……」

 

 最後にもう一度だけ、遠坂邸を見上げて、あたしは家への道を急ぎ足で進んでいった。

 

・・・

 

「些か運命そのものは過酷ではあるが、蓮司君自身は良き友を持った。後は、本人が立ち直ることができるかどうかではあるが……、いい加減隠れて様子を覗うのは終わりにしたらどうだね。ランサーとマスターは既にこの場を離れたぞ」

 

 遠坂邸より少し離れた交差点の脇、遠坂邸からは死角になる場所に向けて、アーチャーは声を上げた。そこにはアーチャー側から見れば、誰も存在しないように見えるはずなのだが……、声を掛けられた場所から2人分の人影が姿を見せる。

 

「なんだよ、随分とボロボロじゃねぇか、アーチャー。悪いが話は全部聞かせてもらったぜ」

 

 姿を見せたのは黒髪の軽薄そうな男と同じく黒く嫋やかな髪を決して見劣りさせない美貌を備えた女性の二人組であった。言うまでもないことだが、アーチャー陣営の状況を探るために動いていたライダー陣営の二人である。

 

「構わん、こちらとしても、聞かれて困るような状況は既に通り越してしまっている。貴様にとっては実に良い状況になったな、エルナン・コルテスよ」

 

「てめぇ、俺様の真名を……」

 

「何だ、隠しているつもりであったのかね。確か2日目の戦いの際にも己は神であると名乗っていたはずだが? 確かに己を神であると定義する英霊は数多くいよう。神権によって、統治を行っていた国家の領主などその最たるものだ。しかし、どうにも君には国家の主であると言う品が無い」

 

「同感ね」

「おい、円華、テメェ、どっちの味方だ」

 

「ライダーよ、貴様の在り方はどちらかといえば征服者の在り方だ。あらゆる征服先の資源を使って、効率よく相手を撃滅するやり方、それは未開の地を切り拓く開拓者、あるいは征服者のやり方に実に酷似している。

 であれば、貴様を大航海時代におけるコンキスタドールの1人であると推察する理由は十分に立つだろう。そして、そんな征服者たちの中で、己を神であると断じた存在は私が知る限り、エルナン・コルテスという英霊を置いて他にはいない」

 

 彼らは時に人類史を新たなステップへと押し上げた開拓者であると呼ばれ、時に未開の地という平穏を受けて過ごしていた者たちを、文化という刃で引き裂いた征服者であると表現される。

 

 統治に特化しているわけでもなく、彼らは良くも悪くも切り拓くと言うことに特化している。その特性と人間像から真名を予測したアーチャーの慧眼は間違いではない。

 

「勝手に口にしていろ。俺様がそのコルテスという英霊だろうが何だろうが、もうテメェには関係ないだろ。マスターを喪っちまったテメェにはな」

 

 コルテスの表情が残忍に細まる。ライダー陣営側から見れば、この聖杯戦争の中で最も厄介な目の上のたんこぶは言うまでもなく、アーチャー陣営である。コルテスと言う英霊そのものを否定するとばかりに発動する宝具は、どのように戦った所で、必ずコルテスの敗北に終わる程度に、彼らの関係性を定着させてしまっている。

 

 しかし、今やその力関係は大きく変化をしたと言う他ないだろう。

 

「マスターのいない今のテメェなら、俺様でも殺すことが出来ちまうかもしれねぇな」

「その過信は大きな痛手となって帰ってくるかもしれないぞ」

 

「はッ、なら、何だ。あのクソガキを今すぐにマスターにでも据えるか? 無理だな、あのクソガキは戦場を生きた人間じゃねぇ。本来のマスターなら話は別だが、親が死んだ程度でふさぎ込むようなガキじゃ、一生かけても俺様には及ばねぇよ。潰す手段なんて何十通りも思い浮ぶぜ?」

 

 コルテスの逸話を知るアーチャーからすれば、その言葉は決して脅しであると割り切ることはできないだろう。アステカ帝国を完全な形で滅亡へと追い込んだ男の残忍性、そして手段を選ばずに勝利を手にしようとする在り方を知っていれば、決して笑うことなど出来ないのだから。

 

 アーチャーとライダーの間に緊張感が奔る。どちらかがわずかにでも動きを始めればその時点で戦闘が発生するのではないかと思うほどに、この場には戦う理由が十分に存在していた。

 

 ライダーはアーチャーを排除したい、アーチャーからしてもこの残忍な英霊を放逐しておくことは決して歓迎できる状態ではないという思いがある。

 

 どちらかがその思考の下に動き出せば、即座に戦闘が発生する状況であると言えたが・・…、その緊張した空気を先に脱したのは意外なことにもライダーの方だった。

 

「ま、やらねぇけどな。いずれ自然消滅するのを待つばかりの野郎を相手に、消耗するなんてのはバカがやることだ。アーチャー、お前は俺様の知らないところで、勝手に野垂れ死んで聖杯戦争から脱落しろ。そして座の彼方から、俺様が聖杯を獲得するところを見届けるがいい」

 

 用は済んだとばかりにライダーはアーチャーに背を向ける。無論、隙だらけな様子に見せても、アーチャーが戦闘を仕掛けて来れば迎撃する気概は持っている。ただ、そうなったときには徹底的に時間稼ぎをして、アーチャーの魔力が底をつくまで戦闘を継続する腹積もりでいる。

 

 何をどうしようとも戦端が開けばコルテスは絶対に負けるつもりはないと言う確信があった。アーチャーの真名がわからなかったとしても、先ほどのランサー陣営との会話だけでも弱点は露わになっている。

 

 だから、負けない。負けないのならば無理に闘う必要はない。聖杯戦争はまだまだ続くのだ。最終的な勝利者になるためであれば、無駄な戦闘は控えておくべきだと言う方針は決して変わらない。

 

「待て、ライダー。貴様は聞きたい話しを聞き終えたのかもしれないが、こちらはまだ総てを聞き終えていない。キャスターは消滅していない。その理由が貴様には分かるか? いや、貴様ではなく、貴様のマスターには知りえているかといったところか」

「……それをお前に教えて、俺様に何の得がある?」

 

「キャスターを倒していない以上、我々の同盟は未だに有効であると私は考えている。であれば、情報の共有は必須だろう。それとも、貴様は既にあのキャスターを倒す算段をつけているのか? 貴様も私も、キャスターに一杯喰わされた側であろうに」

「くくっ、随分と痛い所をついてくるじゃねぇか」

 

 コルテスは改めてアーチャーへと向き直る。実際の所、此処に足を運んだのはキャスター陣営を倒すための情報収集が目的だった。

 アーチャー陣営が既に機能しないという情報自体は、コルテスにとってこれ以上ない有益な情報ではあるが、それ以上を望めるのならば手に入れておいて悪くはない。

 

 どちらにしても、キャスターの情報など、自分だけで持っていても宝の持ち腐れだ。一杯喰わされた者を助けてやる道理もなく、もしも、アーチャーが最後っ屁とばかりに、キャスターを倒してくれるのならばそれに越したことはない。

 

「アーチャー知ってるか、キャスターは二人いる」

「二人、だと……?」

 

「ああ、そうだ。奴らが帝帝言っている奴ともうひとり、久坂というキャスターの家臣を気取っている奴の二人、こいつら二人がキャスターというサーヴァントとして召喚されている、らしいぜ、円華の話しによれば」

「そうか……我々はキャスターを倒したと考えていたが、片方だけを倒したという解釈であれば、その後に起こった出来事も頷くことができる」

 

 遠坂煉を死へと至らしめたあの書状は明らかにキャスターの魔力が通っていた。アーチャーは、キャスターを倒しきれない何かしらの理由があったのだろうかと考えていたが、実際には片割れだけを倒していたからであると考えれば理由も立つ。

 

「しかし、不可解ではあるな。それは奴らにとって絶対の切り札、隠しておきたかった情報だろう。何故、それを貴様たちに開示する」

「まだ何か裏があるんだろう。そうだな、例えば、どっちも一緒に倒さなくちゃならないとか倒す順番があるとかじゃねぇか? んで、ここまで聞いたんだ。お前の側からも何か教えろよ」

 

「………キャスターや、キャスターの関係者が放つ書状には気を付けろ。おそらく、あれには日本人限定の洗脳効果が与えられている。いや、そもそもがキャスターを日本人が相手をするということ自体が鬼門なのかもしれないな。あれは、日本人にとっての正真正銘の帝であるのだから」

 

「………そうか。話しはこれで終わりか。なら、俺様たちは帰るぜ。有益な情報は大してなかったが、まぁ、消えるその瞬間までせいぜい、好きに生きるべきだと思うぜ。

 お前らのように他人のために生きていると抜かす英霊どもはとかく、物足りない様子でいるからな」

 

「大きな世話だな、己の欲望のためだけに邁進する貴様たちも大概であろう。その欲望の果ての果てまで突き進んだらどうするつもりだ? 自己から発せられる願いなどいずれは果てが来るだろうに」

 

「………そうさな、そうなったときには、その果てすらも潰してしまえばいいじゃないか? 世界に遠慮する必要なんて、ハナから俺様にはありえねぇのさ」

 

 コルテスの物言いにアーチャーは呆れたような表情を浮かべた。

その傲岸不遜、まさしく世界は自分を中心に動いているのだとでも言いたげな様子は、どこまでも征服者としての在り方からブレることはない。

 

 いや、むしろ、それほどまでの自己肯定力がなければ他国を征服し、文明を破壊するなどという行為は出来ないのかもしれない。

 

(誰かの為にと国を変えた己と欲望の為に国を侵略した奴、相手からすれば、どちらも変わらぬのかもしれないがな……)

 

 他者から見ればその偉業によって全く異なる存在であるように見られたとしても、実際の所は、大きく変わることなどないのかもしれない。

 

・・・

 

「蓮司君、大丈夫かな。いや、大丈夫じゃないか……」

 

 自分で口にしていて、何度同じことを口にしたのかと思ってしまう。半ば、アーチャーに追い払われたような形になってしまったけれど、やっぱり時間が解決してくれる以外には解決方法はないだろうか。

 

「桜子、遠坂蓮司のことを心配する貴女の気持ちはわかります。しかし、彼の事ばかりを考えていて、足元をすくわれるのでは本末転倒です」

「うん、わかっている。わかっているよ……」

 

 マルテルさんにも、ロイにも、アーチャーにも色んな人に諭されて、でも、やっぱり心のもやもやが晴れることはない。自分のコトも、蓮司君の事も何一つとして、前進しないことに苛立ちを覚えているのかもしれない。

 

「いけないいけない。まずは一つずつだよね。お父さんから話しを聞いて、セレスさんと情報を共有して……、一個ずつ、行動をしていけば、必ず何かが変わるはずだもん」

 

 空元気で自分の心を隠すようにして、あたしは拳をグッと握る。昨日の夜からずっと続いているこの悪い空気をなんとか払しょくできるようにと願って。

 

 気付けば、自分の家の前にまで辿り着いていたことに気づき、慣れた動きで玄関まで足を進めていく。

 

「ただいま、お父さん帰ったよ~~、あれ……?」

 

 そこで気付く。あたしとお父さん、どちらでもない、誰かの靴が玄関に置かれていることに。誰かお客さんでも来ているのだろうか。ご近所さんが来たとしても、なかなか家の中に上がるまでのことをするなんてなかなかないと言うのに……

 

「もしかして、朝にお父さん、人が来ることを言うのを忘れていたとか?」

 

 まったくもうとばかりに、靴箱に靴をしまって、居間へと足を進める。

 

「お父さん、お客さん居るの――――って、嘘」

 

 思わず言葉に詰まった。開かれた居間からは中の様子が窺い知れた。そこには、お父さんの外にもうひとり、人間がいた。

 そう、この家に存在していて、何らおかしくなく、だけど、ここに存在することが息を呑むほどおかしな相手が。

 

「戻って来たか、桜子。邪魔をしている。もっとも、自分の家と言ってしまえばそれまでなのかもしれないが」

「櫻一郎、兄さん。どうして……」

 

「何、気紛れさ。お前の顔を数年ぶりに見て、ただこの家を尋ねてみたいと思っただけのコト。そうして父と話しをすれば、お前に七星を語ると来た。ならば、今日に俺がここに来たことも何かの運命ということなのだろう」

 

「それって、兄さんがこの家を出た箏にも七星が関係しているってことだよね」

「最後まで聞けば分かる。我々、七星という一族がいかに血塗られた宿命を与えられているのかをな」

 

 息を呑む。櫻一郎兄さん、ずっと姿を消していて、つい2日前に互いに刃を交えた相手が、あたしの家にいる。本来であれば、何もおかしなことではない筈なのに、思わず息を呑んでしまうのは、何が起こるかわからないと言う異常な空気感が今、この家の中に存在するからなのだろうか。

 

 怖い……そう思う気持ちは確かにある。聞いてしまえば、もう本当に引き返すことが出来なくなってしまうんじゃないかって思う空気だから。

 

 でも、前に進むって決めたから。ずっと知りたかった自分のコトをようやく知る機会が来たんだから。

 

 一歩足を進めて、居間の中に。お父さんの傍に座って、一度深呼吸をする。

 

「教えて、お父さん、兄さん。あたしのこと、そして七星のこと。どうしてお母さんが聖杯戦争に参戦したのか、全部全部教えて!」

 

「ああ、分かってる。この期に及んで隠し事はしないさ」

 

 時間が過ぎていく。まもなく夜がやって来る――そう、いよいよ獣の夜が始まるのだ。

 




次回より、5日目夜バトルパートです!

Twitterやってます。UCの更新情報などを載せています
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