※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

52 / 101
聖杯戦争を企てた者、それは一体何であるのか……


二元論/善と悪の境界線

――秋津市西側・繁華街――

「随分と話しこんでしまったわ。まったく、アルブレヒトなどという名門とも言えない魔術師風情と、何をしているのだか」

 

「大体、ボクに話を振っていたのは君だったと思うんだけどな。ボクもいい勉強になったよ。改めて名門魔術師の家なんかに生まれなくて清々したと思っている」

 

「あら、こちらも同じ気分ね。自らの生まれに縛られずに放蕩を決め込むそれを自由などと考える、持たざる者の生き方など、私には一生選ぶことは出来そうにないし、考えることもできないわ」

 

 時刻は夕暮れ時となっていた。午後に顔を合わせて、カフェテリアへと移動をしたセレスとリーナはかれこれ数時間話し込んでおり、警戒を続けながら会話に興じていたセレスは、すっかり疲れてしまったのか、ため息交じりに皮肉を口にするリーナへと揶揄の言葉を向ける。

 

「よく言うよ。だったら、話しなんて聞かなくてもよかったじゃないか」

 

「兄様との合流まで、時間を潰す必要があったの。この街も多くは回り尽くしてしまいましたし、人通りが少なくなったとはいえ、人ごみの中でうろつきまわるのは好みません。

 そこにタイミングよく、同じ魔術師がいたとなれば、声をかけるのは当たり前の事でしょう」

 

「ううむ、聖杯戦争の相手方という前提が無ければ頷くことはできるんだけどなぁ」

 

「ですが、ミス・セレスティーナも興味深そうに聞いていました」

「そりゃあね。エーデルフェルトと言えば魔術の名門だ。しかも、必ず女性が当主になると言う珍しいしきたりまである一族だ。そんな家柄の人物がどのような生き方をしてきたのを聞くってのはそれはそれで興味深い」

 

「悪趣味ね、人の人生を聞くのが好きだなんて」

「探偵なんだよ、そこは職業病とか言え、せめて!」

 

 悪友のように応酬を続けるリーナとセレスだが、リーナ自身もまさか、ここまで長い時間セレスと会話を続けているとは思ってもいなかった。

良くも悪くも時間つぶし、適当にアサシンのマスターの情報でも仕入れて、席を離れるだろうと考えていたが、セレスはリーナと会話の糸口を次々と広げていき、さまざまな情報を交換した。

 

 他愛のない世間話から、エーデルフェルトの家で起きたこと、くだらないセレスの仕事の愚痴、果ては……、リーナ自身のことについてまで。

 

「ま、だけど、やっぱり名門魔術師の家の話しなんて聞くべきじゃなかったかもな。聞きたくもない話まで聞かされる」

 

「同情なんてしたら許さないわよ」

 

「しないよ、してたまるか。同情なんてしたら君はこの場で聖杯戦争を仕掛けて来るに決まっている」

 

「あら、よくわかっているじゃない。そうよ、私は同情が欲しかったわけじゃない。ただ、私は私の闘う理由を語っただけ。引け目は合っても後悔はない。兄様は必ずこの聖杯戦争に勝利する。私はそれを信じているし、そのために全力を尽くす。自慢の兄ですもの」

 

 セレスは思う。きっと、自分は幸せだったのだろうと。

 

 与えられたものが少なく、未来の選択肢が少なかったとしても、自分には選ぶ自由が存在していた。ロイやリーナにはその自由すらもなかった。

 彼女たちはエーデルフェルトに生まれたその瞬間に運命を決定づけられた。それが正しいかどうかは別として本人たちの意思も願いも関係なく、総てが決まっていく世界なのだ。

 

 そんな世界に巻き込まれず、自分だけの責任で生きていられるこの身はきっと、幸せなんだろうと思う。

 

「………ボクは聖杯戦争のマスターだ。キミたちの境遇を聞いたところで、勝ってほしいなんてことは口が裂けても言うつもりはない。それは今日まで頑張ってきた自分と相棒を否定することになってしまうからね。ただ……、光へと手を伸ばそうとしているキミたち兄妹の未来が明るいモノであることだけは願わせてくれ」

 

「それは人生相談も受けるしがない零細探偵として?」

「まさか、そんな大仰なモノじゃない。隣人の幸福を願う一人の人間としてだよ」

 

 いずれ、セイバー陣営と戦うこともあるだろう。その時に互いに引きずるものがあっても困るし、聞いた事情を引き合いに出して有利にしたいと思っているわけでもない。

 

 だから、聞いた話への感情を整理するためにも、奇妙な縁で出会った相手へのエールを送らせてもらい、相手は少し照れくさそうに顔を赤らめる。

 

「おかしな人……」

「お人好しなんだよ、もう自分でも諦めたさ」

 

 やれやれと両手を広げるセレスとリーナの耳に足音が聞こえる。その足音の主は、優雅に、そして周囲のことなど一切気にかけることもなく目的の相手を見つけて、手を上げる。

 

「やぁ、リーナ、待たせたね」

「待たせすぎです。すっかり、日が暮れてしまったではないですか!」

 

「すまない、すまない。街の中を散策していたら思ったよりも熱中してしまってね。良い人たちにもたくさん会う事が出来た。聖杯戦争のために来た身ではあるが、この街の人々に安息が訪れてほしいと思う程度にはね」

 

 ロイ・エーデルフェルト、セイバーのマスター、あっけらかんと、警戒すらもせずにこの場へと姿を見せるのは、やはり自分の力に絶対的な自信があるからか……、リーナと一言二言交わしあってから、その視線はボクへと移る。

 

「さて、それで、セレスティーナ・アルブレヒト。君はここに―――」

「兄様、帰りましょう。こんな小物の相手をしていても仕方がないでしょう。放っておいて問題ありません。そうでしょう?」

 

「…………なるほど、分かった。リーナがそういうのならば、俺から言うことはない。セイバーもそれでいいかな?」

『主がそのような判断をしたのであれば』

 

 霊体化したセイバーの言葉に、ロイはニコリと柔和な笑みを浮かべ、リーナはセレスの横からロイの横へと進んで足を止める。

 

「思った以上に相手にされていないんだな」

 

「違うよセレスティーナ、俺は別に相手を舐めてかかるなんてことはない。これが聖杯戦争である以上、総ての陣営は自分で倒すべきだという思いはある。ただ、聖杯戦争に勝という思いの強さはリーナの方が上だ。

 そのリーナが戦うべきじゃないと言ったんだ。だったら、ひとまず今日は戦わないよ。ありがとう、リーナの相手は大変だったろう」

 

「ちょっと、兄様、どういうことですか!」

 

「リーナも彼女たちのことを気にいったから、さっきのようなことを言ったんだろう。でなければ、既にセイバーに戦闘命令を出しているはずだ」

 

「そんなことありえません、どうして私があんな貧乏探偵のことを! 前言撤回です、ここで決着をつけましょう!!」

 

「はは、リーナは本当に可愛いなぁ」

 

 などと、じゃれあっている兄妹の様子を見ていると、いつもの関係性とはまた違った側面が見えてくる。いつもであれば天然な兄としっかり者の妹という構図ではあるが、前のめりな妹を窘める兄の姿、これもまたこの二人の本来の姿であるのだろう。

 

 何も見えているモノだけが真実というワケではない。本来、客観的に見えて来るモノなんて言うのは物事の本質の一つでしかないようにセレスは思う。

先入観で彩られた物語が実証を重ねていくごとにまったく違う姿を見せるかのように、彼らの関係も同じなのかもしれない。

 

 エーデルフェルトとしての二人と、ただ兄妹でしかない二人の関係。それは全く違うのかもしれない。

 

「さて、アサシンの相手をしている場合じゃなくなったな。今度の客人は流石に見逃すと言う訳にもいかないだろう」

「――――!」

 

 足音が複数聴こえた。それは自分たちの姿をまったく隠すつもりがないかのように姿を見せ、あっという間にボクたちだけではなく、ロイやリーナまでもを取り囲むようにして姿を現した。

 

「なんていうか、前も同じようなことがあったよね。桜子と出会った時の夜だったか」

 

 ボクたちの周囲を取り囲むようにして姿を現したのは、キャスターの手勢たち。

あの始まりの日の夜のように、全方位から僕たちを取り囲んでいるのは言うまでもなく、ボクたちが異国人であるからだ。

幕末日本に存在した外国勢力よりこの国を守るために立ちあがった者たち―――日本で言う所の攘夷志士だったか。それが彼らの正体であることは既に見破っている。

 

「異国人を見つけた。帝の願いを叶えるために我らは攘夷を完遂せん!!」

 

「我らが神国を再び我らの下へ。もはや異国人など必要無し」

 

「ケガレよ消えよ! この国に貴様たちの居場所は存在しない!!」

 

 口々にボクたちへの怒りを口にする姿までもがあの時の焼き直しのようですらある。

桜子は朝の電話でキャスター陣営に対して決戦を仕掛けたといっていた。歯切れの悪い言い方ではあるが、それ自体は間違いではないだろう。

 

 あの子はそう簡単に嘘をつく子じゃない。だが、今、目の前に立ち獰猛な殺意を向けてくる奴らには追い込まれているとかそういった様子は全く見えてこない。

 

「気を付けろ、ロイ、リーナ。こいつらは―――」

「問題ない。既に一度、交戦している」

 

 瞬間、それは起こった。ロイとリーナの向く正面、ボクから見れば、彼らの向かおうとしていた方向の先にいた志士たちが一瞬にして肉塊へと変わり果てていく。

 

 圧倒的な暴威の気配、ひとたびその武器を振えば、一刀を以て、無数の人間を屠ると言う戦闘兵器が再びボクたちの前でその起動を果たした。

 

「セイバー、殲滅しろ」

「――――命令受諾」

 

 思わず息を呑んでしまう。自分が何か悪い夢でも見ているんじゃないかと思えるほどに、目の前の光景が一瞬にして凄絶な物へと変わっていく。

 

 アサシンが彼らを屠った時には鮮やかな手並みであるという感想を抱いたけれど、これはその光景とは全く違う。ただ暴力、暴威、まるで嵐が周囲を呑み込んでいるかのように、五体満足で残っている存在など一切存在しない。

 

 それはそうだ、災害が目の前で起こっていると言うのに、当たり前のように立っていられる存在などいない。ましてや、キャスター陣営の雑兵程度の扱いでこの場に来ている者たちであれば言わずもがなであろう。

 

 例え、異国人を討伐するための刃を持っていたとしても、振るうための時間すらも与えられることが無い。目の前で引き起こされている現象はまさしくそれだ。

 

「なんというか、ボクらの出番全くなくないか?」

「目の前で見せられるのは二度目になるが、単純な武力の発現だけで言えば、やはりセイバーは別格であるな。あれは数を揃えたから勝てるなどという次元の存在ではない。

 音に聞く大秦帝国の最高峰の将軍であった者はやはり格が違うか」

 

 アサシンが推測したセイバーの正体、かつて古代中国で中原を縦横無尽に暴れまわったその存在の真名を聞かされれば、目の前で起こっている暴乱の嵐にも納得がいく。

 

 先ほどのリーナやロイとの会話ではないけれど、いずれ、聖杯戦争を勝ち抜いていくことになれば、目の前のアレをなんとかしなければならない、ということが現実としてのしかかってくる。本当にそれが出来るのか……という疑問は当然に湧いて出てくるのだから。

 

「ふっ、そう心配した顔をするな。儂はこれでも昂っておるぞ。あれと、拳を交える時が来る時を、な!!」

 

 セイバーの暴乱から逃れて、狙える相手を狙わんとしたキャスター陣営の手勢が何体か、こちらにも押し寄せてくる。アサシンはそれらをセイバーとは対照的に最小限の動きで潰していき、1人を潰せば、また1人をと、無駄のない動きで撃破していく。

 

 その様はまさしく洗練された技の極地、圧倒的な己の膂力を発揮して無理矢理に周囲を巻き込んで吹きとばしていくセイバーとは対照的な、鍛え上げてきた肉体と修練の時間が生み出した技を磨く人間の極地と言えばいいのだろうか。

 

「昨日から随分としつこいですね。彼女たちを狙って来たのか、それとも私達を狙って来たのか」

 

「あるいは両方かもしれないぞ? こいつらにとってはとかく異国人を滅ぼすことが最大の目的であるらしいからな。俺達もこの国からすれば異国人、セレスティーナだって異国人だ」

 

「そうでは、ありますが!!」

 

 どこから湧いて出てくるのか、セイバーの攻撃によって次々とナマス切りにされていく志士たちは、その欠落を補充するように無数に湧き出てくる。当然にセイバーだけでは、総てを屠ることができない以上、リーナとロイも戦列に加わる。

 

 彼らの持ち得る流体魔術は志士たちの動きを封じ、一方的に攻撃を成立させていく。いかに異国人殺しの刃を持ち得たとしても、彼らはその刀を持ち得てただ斬り殺すだけの存在、魔術を扱うエーデルフェルト兄妹にとって、その存在は格好の的になりえる。

 

(やっぱり、マスター自身も戦えるっていうのは大きなアドバンテージだよな。桜子も蓮司もそうだけど、自分の身を自分で守れる。ボクにとってはそれすらできないのが……現実なんだけどさ)

 

「兄様、キリがありませんね」

「なら、キリがいいところまで潰していくのがいいだろう。逃げたところで追われるのも面倒だからな。そういうわけだ、セレスティーナ、アサシン、キミたちは退きたまえ」

 

「なっ、本気……!?」

 

 ロイの放った言葉に思わず正気を疑った。まるで雪崩のように次々と押し寄せてくるキャスター陣営の配下を前にして、ロイは戦力の追加ではなく、この場からボクたちが撤退することを告げる。

 

「ああ、言い方が悪かったかな。ならば、もっとストレートに言おうか? キミたちがいると、こちらも全力が出せない。いずれ、戦うであろう陣営に手の内は見せたくないのでね」

 

「それに足手まといにちょこまかと動き回られているのは面倒ですから。セレスティーナ、それは貴方が一番理解していることでしょう」

 

「………、まったく言ってくれるよ」

 

 事実ではある。この場においては、アサシン以外の全員が足手まといであることは本当の事で、エーデルフェルト兄妹とセイバーが十全の力を発揮することこそがこの場における正解であることは誰の目に見ても明らかだ。

 

 アサシンへと目配せをする。身体の反動のままに2人の志士をなぎ倒したアサシンがボクの身体を掴み上げると、ノルンも同時に移動を開始。セイバーが振った一刀によって、開かれた包囲の穴を抜けて一気にこの場からの離脱を図る。

 

「行ったか」

 

 その様子を見届けて、ロイは微笑を浮かべた。勿論、彼にとってはこの場でキャスター陣営の敵たちとアサシンを同時に相手取ることも決して難しくはない。困難ではあるだろう、しかしできないことはない。その程度の考えで、それは実行できてしまう程度のことなのだから。

 

 ただ、彼はそれを実行しないことを選んだ。リーナに一時であれども笑みを与えてくれた相手に対して、死地に追いやるようなことはしたくないと考えたからである。

 

「さて、昨日からそうだが、いつまでも追い回されると言うのも中々に面倒なことなんだ。セイバーとの連携の演習程度の付き合いで時間を潰させてくれるのならば大歓迎だが、本気で俺達を潰したいと考えているのならば、頭を使えよ。烏合の衆がどれほど数を揃えたところで、俺たちには及ばない」

 

 キャスター陣営の前に立ち塞がっているのは超級の戦力3体、それぞれがこの聖杯戦争の中でもトップクラスの実力を持つ者たちである。

 

 しかし、キャスター陣営は決して退くことはない。そもそも、撤退をしろという命令は与えられていない。

 

 彼らに与えられた命令は唯一つ―――セイバー陣営を釘付けにしろという命令であり、その命令を遵守したうえで、セイバー陣営を倒すことが出来ればそれが最良であると言うものであった。

 

 故にロイもリーナも気づいていない。彼らが目的でもセレスと双方が目的でもない。キャスター陣営の目的は何処までも、ただ、時間を稼ぐと言う彼らにとって、最も適した行動を与えられただけに過ぎないことを。

 

 その狙いの行き着く先がどこにあるのかを、ロイたちも、そしてセレスたちも気づいてはいない。

 

・・・

 

「セイバー陣営に塩をもらうことになったな」

「後で借りを返すことになるのがとてつもなく嫌だ……」

 

 繁華街の戦闘領域を抜けて、住宅街と繁華街のちょうど真ん中に位置する公園へと足を運び、セレスとアサシン、そしてノルンは一度、足を止めた。

 

 無論、自分たちの寝床である繁華街のホテルに戻ることは容易ではあったが、キャスター陣営がどれ程、この夜に展開しているのかもわからない。

 

 安易に自分たちの拠点に戻れば、その場を襲撃される可能性があると見越すと共に、桜子との合流を図る意味合いも込めて、この公園へと足を運んだのだった。

 

「もしかしたら、ボクらは戦力を見誤っていたのかもしれないな」

「キャスター陣営を相手にしても戦うことは出来ているように思いますが……」

 

「ああ、そうだよ。その認識こそが大きな齟齬だったんだ。アイツらを相手に戦えると感じていたし、それは間違いじゃない。だけど、アイツらを放置していることで、ボクたちは真綿のようにゆっくりと首を締め上げられ始めている」

 

 キャスター陣営を対策しなければならない、そして彼らは何処に潜んでいるのかもわからない。何が目的なのかすらも分からない。これはこの聖杯戦争の中でどれ程の脅威になるのかをボクはようやく認識することが出来たように思える。

 

「桜子と合流することが出来たら、本格的にキャスター陣営の対策を考えるべきだ。幸い、セイバーも奴らとは敵対状態にある。うまく行けば、キャスターを倒すために一時的に共闘することができるかもしれない」

 

「連中を排除したいのはセイバーや他の陣営も同じだろうからな。連中が何を目的にしているのかは依然として知れぬが、バーサーカー同様に聖杯戦争の裏で何かをしていることだけは間違いあるまい」

 

「ああ、バーサーカーの影に隠れていたように思うけど、キャスター陣営だって、アインツベルンや遠坂よりも早く召喚に成功した陣営だ。そこには間違いなく黒幕の思惑が隠れているはずだ。それを暴くことが出来れば―――――」

 

『そう難しく考える必要はないよ、セレスティーナ。私はただ、君たちの純粋な戦いを見届けたいと思っているだけなのだからね』

 

「――――――――ッ!!?」

 

 その声はまるで、最初からそこにいたかのように聞こえてきた。周囲を見渡したとしても、どこにも存在が見えてこない。だからといって霊体化をしているにしては、あまりにも気配が無さ過ぎる。

 

 さながらそれは……、まるで最初から何処にでも存在しているかのように、この世界のどこに存在していたとしても何らおかしくはないとでも言わんばかりに、ただただ、当たり前のように存在していた。

 

 そう、まるで幽鬼のように。存在しない筈の何かが突如として位相をずらして飛び込んできたかのように声を掛けてきたのだ。

 

「何だ、お前は……何者だ!?」

『やぁ、初めましてと挨拶をさせてもらおうか、セレスティーナ。私が、キミが探し求めていた聖杯戦争の黒幕だよ。驚いたかな、まさかこちらから接触して来るなんてさ』

 

「なっ……!?」

「まさか、な……」

 

 ノルンとアサシンもほとんど、ボクと同じ反応をする。目の前には黒い靄のようでありながら、僅かな光を放ち、その光が人の姿の輪郭を象っている存在がいた。

 

 それが何であるのかわからない。いや、そもそもに本当に実在している何かなのかすらも分からない。だが、確かにそれは存在している。

 

 そして感覚的なモノなのだろうか、この突如として発生した「それ」が聖杯戦争に何らかのかかわりがあることだけは間違いないと思った。

 

「お前が黒幕……、いきなり出てきて、それを信じろって言うのか?」

『信じられないかもしれないし、信じなくてもイイ。私はただ私である。私は15年前の聖杯戦争より顕現し、そして此度の聖杯戦争を発動させた。15年の歳月でしかなかったが、一つの奇跡を顕現させる程度であれば、造作もない』

 

 まるで当たり前のように言葉を紡いでいく。言葉の裏に起伏はなく、ただ淡々と自分が知りえている事実を語っているだけ、そのように感じさせられる。

 

 言葉を紡げば紡ぐほどに、何の証拠もないと言うのに、目の前のそれが本当に聖杯戦争の黒幕であるように思えてくる。

 

 いや、そもそもにボクたちが聖杯戦争の黒幕を探していると言う事実を知っている人間がどれ程いる。僕はリーナ・エーデルフェルトに語ったくらいだ。あるいは桜子か。

 

 だが、あの二人がこんなまどろっこしいことをするはずもないと思う。

 

 だとすれば、本当に……、本当にこいつなのか? 人間の姿をしているのかどうかすらも分からない、この靄のような存在こそが……、聖杯戦争を生み出した黒幕なのか?

 

「何の為に、ですか。聖杯戦争は我々アインツベルンと遠坂、そしてマキリが求めた根源へと至る儀式です。貴方はそれに介入して何をしようというのですか! 私達御三家よりも早くサーヴァントが召喚されたのも、貴方の仕業ですか!?」

 

『ああ、そうだとも。私が望む聖杯戦争の展開にはどうしても少しばかり手を入れる必要があったからね。だからといって、特定の陣営を不利にさせるようなことをしたつもりはないよ。誰もが公平だ。私は何処までも公平にこの聖杯戦争を開催し、そして君たちを見届けている』

 

「だから、それは何のためだって聞いているんだ。お前が求める聖杯戦争が公平だって。笑わせるな、お前が何かの目的のために聖杯戦争を始めたのなら、そこには必ず裏がある。お前にとって利があって、お前が最後には得をする展開だ!

 それとも、ボクが問いを投げて答えることができない程度には、秘密にしなければ不利益になるようなことなのか!」

 

『ああ――――だから、ないよ、そんなものは』

 

 はっきりと、断定するように、白々しく嘘をつく様子でもなく、ただ当たり前のことを当たり前に告げるように、「それ」は宣言した。

 

『セレスティーナ、君は実に頭が良い。君は魔術師としてもマスターとしても自分が決して秀でているとは考えていないかもしれないが、そんな者を私はわざわざこの戦いに呼びつけたりはしない。君は優秀だ、実にありふれた人間らしい人間だ。

そんな君だから疑ってしまう。人間は善と悪の境界線を見定めることはできないのだから。起こった出来事に対して、結果で判断するしかない。正しかったのか、間違っていたのか、善行であったのか、悪行であったのか。それは誰もが分かるようで、誰もが分からないものなんだ』

 

「哲学を語りに来たわけじゃない!」

 

『では、何が知りたい? キミは私とこうして言葉を交わしあうことを切望していただろう? だから、私はこうして姿を見せた。君たちの戦いに介入するつもりはないが、君の切なる願いを叶えることはしてあげたいと思ったのだ』

 

「…………ッ!」

 

 わけがわからない。こいつは一体何なんだ。愉快犯のようでいて、だけど、そうであるにしては、言葉には真摯な意味合いが込められている。ボクたちのような人間が見ている視点で物事を見ていないのか。

 

 なんで、こいつは聖杯戦争を行おうと考えた。いや、そもそもに―――

 

「お前は、誰だ……?」

 

『それがキミの問いかね? では答えよう。

 

 私は――――ア(・)フ(・)ラ(・)・(・)マ(・)ズ(・)ダ(・)、

 

『この世全ての善悪』と呼ばれ、人の善と悪に境界線を敷く者と定義された、とある宗教における唯一神だよ』

 

「アフラ、マズダって……」

 

 思わず言葉を失う。その出てきた名前のあまりの突拍子の無さ、そして、その名前を知っていればこそ、なんとおぞましき、規格外の存在であるのかと。

 

「アフラ・マズダ―――、拝火教、ゾロアスター教における善の神、悪の神であるアンリ・マユと争いを続け、最終的に勝利をすると示された世界における最初の善悪二元論に立脚した神……、それがこの聖杯戦争を行った存在の正体なのですか……」

 

『アインツベルンのホムンクルスだけに良く学んでいる。だが、善の神たる私はスプンタ・マユと合一化したある種の一側面に過ぎない。拝火教は私を善の神に押し込めたわけだが、マズダにおける私は善悪の境界線を定める者。人間の善性と悪性を見極め、最終的な審判を下す者として定められた。私の存在理由の総てはそこに在る』

 

「貴様は聖杯戦争を通して、人間を善悪に分けようとしている。神と規定された存在にこのような言葉を投げるのもどうかと思うが、結局は神気取りで、人を弄びたいだけということか」

 

『―――違うよ、アサシン。先ほどから言っている様に、私は善と悪の境界線を敷く者だ。そのように人間たちに規定され、生み出された概念だ。人は世界そのものであり無形である私に概念という形を与えた。人間の善性と悪性とはアフラ・マズダが定め、そして裁定を為してくれるのだと、世界に救済を夢見た男はそう願った。

 さて―――では、ここで問おう。善性と悪性とは何か?』

 

「それを決めるのがお前の在り方じゃないのか!」

 

『然り、正論だよセレスティーナ。しかし、私は世界であり神である。人ではない。そして善性と悪性とは人が生み出した概念だ。世界にも、神にも、そのような属性は最初から存在しない。故に立脚するのは人側であるべきだろう。しかしだ、人間は善と悪、正と誤を起こった出来事でしか判断することが出来ない。普遍的な価値観を見出しながら、個々人の持ち得る価値観は決して絶対的な善と悪を見定めない』

 

 当たり前の話しだ、誰もが同じ思想、同じ価値観で生きていたとすれば人類は争いあうことはなかったし、ここまで発展することもなかった。そして、語りかけてくるような存在が生まれてくることもなかった。

 

『これまでの私はただ概念でしかなかった。だが、今の私には意志がある。僅かながらではあっても世界に干渉しえる力がある。人の運命に介入する力がある

 そして、ふと思い至ったのだよ。試してみればよいのではないかと』

 

『一人の人間に与えられる善性と悪性の発露、幸福と不幸の螺旋、絶対的な勝利を手にする傍ら、絶対的な敗北たる死や喪失を抱えた状況、特別なものはいらない。ありふれた人間の抱える世界との向き合い方の延長線上に、それを与え、サンプルケースを揃えれば、人の善性と悪性の境界線が、スプンタ・マユが見出す悪性に勝る善性とは何かを見出すことができるのではないか、とね』

 

 おぞましい言葉が放たれている。ここまで自分たちの自由意思で動いていたという数日間の自分の行動自体に罅を入れんばかりの言葉は、同じ人間が口に出来るものではない。

 

 これは絶対的な支配者、あるいは……人智を超越した存在でなければ理解することができない言葉である。

 

『聖杯戦争―――実に面白い試みだ、魔術師たちの争いだけで終わらせてしまうには勿体ない。だから、私はキミたちを集めた。ありふれた幸福に生きて来た者を、ありふれた不幸に塗れた者を、狂おしく幸福を求める者を。幸福を求めざるを得ない者を。あらゆる幸福と不幸、勝利と敗北、そして唯一絶対の勝利の冠、それを与えられた世界の中では、人の善性と悪性は剥き出しになる。

 普遍的な善性ではない、七通りの善性と悪性がむき出しになったその果てに起こる結末を見届ければ、私は、アフラ・マズダは、人を理解することができるだろう、と』

 

「狂っている……」

 

『狂っているとも、ただこうあるべきという答えだけを与えられたのだ。ならば、その答えに見合う方程式を見出さなければならない。故に私は、この聖杯戦争に介入しない。きっかけは与えても、運命を捻じ曲げるなどありえない。総てはキミたちの選択だ。神が手を出すことなどなくとも、人は己の選択で善と悪を発露する。

 だが、それでも最後に勝利する者こそが善性だ。私という存在はそういう願いに立脚している。であれば、この聖杯戦争はそう帰結するものだろう』

 

 ああ、良く分かった。こいつには願いなんてものはない、叶えたい願いがあるわけでもなく、ボクたちに何かをしたいわけでもない。ただ、自分自身が納得したいだけなんだ。

 

 善と悪が存在し、最後には善が勝利する。そういう存在だと決められてしまったから、その最後に勝利する善とは何かを知りたがっている。その境界線を求めている。

 

 言うなれば社会実験、神が企てた人の願いと人生を利用した壮大な蠱毒に他ならない。

 

『無論、願いは叶えるとも。アフラ・マズダの名に掛けてそこは誓うとも。聖杯が十全に機能しなければ、意味がない。最後に頂へと至ったモノが何を想うのか。敗北した者は悪なのか……、私は知りたい。善と悪の境界線を知りたいのだ』

 

 何故、こいつが生み出されたのかは知らない。そして、こいつは少なくともこの聖杯戦争の中では限りなく無害な存在なのだろう。

 おそらく、ボクたちが戦いを止める選択肢をとっても、それを否定しない。そんな選択肢が取れる状況になっているのかは別としても。

 

 こいつにとっては―――人間の自由意志は絶対に尊重するべきものなのだから。

 

『さぁ、どうだったかなセレスティーナ。君とアインツベルンがずっと求め続けてきた私の正体は知りえた。君には絶対的な正、あるいは善意に基づく結果が与えられた。

 ならば、次は帳尻合わせをしなければならない。善と悪は相克しあうのだから』

 

「―――――ッ」

 

 殺気、あるいは戦意がこの空間を支配する。そう、この公園にアフラ・マズダではない明確なボクたちにとっての敵意を持つ存在が姿を現した。

 

『さぁ、セレスティーナ、君の死神が来るぞ。彼は君とは対照的だ。あらゆる悪性が煮詰められた世界の中で生きてきた。それでも己の善性を捨てられずに嘆いたが、その善すらも彼を裏切った。私は知りたい。ならば彼が最後に手にする善とは何かを』

 

「何だ、テメェもいたのか、黒靄。久しぶりだな」

 

 足音は人間のそれではない。むしろ獣、獣の咆哮が如く、空へと向けられた咆哮がボクたちにその存在が何であるのかを一瞬にして理解させた。

 

「バーサーカー……!」

「よぉ、アサシンとそのマスター、おとといは世話になったな。そのお礼と言っちゃぁなんだが、ここで死んでくれや。俺が俺の願いを叶えるための踏み台になってくれ」

 

「主よ」

「ああ、あいつのことは気になるけれど、バーサーカーを放っては置けない。こいつは、この街にとって危険すぎる」

 

 気配だけで分かった。バーサーカーの魔力が以前よりもさらに高くなってきている。どんなカラクリが引き起こされているのかはわからないが……、このまま放置しておくことは間違いなく、聖杯戦争においても、この街にとっても危険すぎる。

 

 バーサーカーの周囲に誰もいない。桜子の兄も、取り巻きのヤクザたちも誰一人としておらず、ただサーヴァントとマスターだけがいる状態だ。

 

 おそらく、この機会を逃せばバーサーカーに再び肉薄するチャンスを得られるのかもわからない。

 

 バーサーカー陣営を追っている最大の理由は、アフラ・マズダに繋がる何かを手に入れる為だったが、それは期せずして叶えられた。ならば、あとは……完全にこの陣営を脱落させることだけを考えればいい。

 

『善なる者と悪なる者、今宵、勝利を手にするのは、生き残るのはどちらなのか。そして、戦いの果てにキミたちが何を得るのか、私に見せてくれ。誰よりも近しくありながら、決して同じには成りえなかった者たちよ。アフラ・マズダは見届けよう』

 

 聖杯戦争5日目夜の戦いは、定められた流れであったかのように戦端が開かれた。

 

 聖杯戦争最大の謎は明かされた。されど、謎が明かされることが解決の糸口になるわけではない。「それ」はただ見守り、ただ己の中で咀嚼するだけなのだから。

 




黒幕の正体は明かされた。次は七星についてだ!

Twitterやってます。UCの更新情報などを載せています
https://twitter.com/kooldeed
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。