血の宿命
――秋津市中央部・電波塔周辺・駅前ホテル――
魔術の名門と呼ばれる家にはしばしば、普通の常識に照らし合わせれば考えられないような風習が存在することがある。
時に蟲を使った人体実験めいた魔力の増幅を果たす家もあれば、人形の命を吹き込むためにホムンクルスを家族の一員として迎え入れ、子を為そうとする家もある。
世界を見渡せば、当然のようにそうした、理解できない風習を持ち得ている名門とは数多く存在するものである。
そして―――我々、エーデルフェルトにおいてもそうした風習は存在している。
私たち、エーデルフェルトの家系は必ず女性が当主になるという形で受け継がれてきた家である。エーデルフェルトの魔術師としての属性は「天秤」、これはエーデルフェルトの歴代当主たちの多くが姉妹であるという特性から、両天秤になぞらえたものであった。
そして、その姉妹のどちらかが生んだ新たな姉妹に魔術刻印が与えられ、エーデルフェルトの家は連綿と受け継がれてきた。
しかし、もっともな話ではあるが、長い歴史の中では必ずしも姉妹が生まれることが無かった時も当然にある。後継となる子供が一人しか生まれなかった時や姉妹ではなく兄妹、姉弟として生まれて来た時などである。
これは人間が家を継いでいく以上仕方のないことである。どれほどエーデルフェルトが伝統を大事にしようとも、いいや、伝統を大事にするからこそ、目を逸らすことができない状況であることに違いはない。
そうした状況ではどうなるのか。当然に後継となる子供が女性1人しか生まれなかったのだとすれば、その女性が後継者として次のエーデルフェルトを育てていくこととなる。要するには「繋ぎ」である。
天秤としての属性をフルに扱う事が出来ない以上、それは生まれた瞬間から決まってしまうエーデルフェルトに生まれたのならば致し方ない生き方であると言えるだろう。
だが、諦めがつく在り方であるともいえる。天秤の家に在りながら、その運命を享受することもできなかった己、そう諦めれば自分の運命を受け入れることも出来よう。
問題は天秤としての生まれを享受しながら、姉妹として生まれることが出来なかった場合、すなわち、片割れが男であった時の事である。
もう一度、言おう。魔術の名門と呼ばれる家にはしばしば、普通の常識に照らし合わせれば考えられないような風習が存在することがある。
エーデルフェルトに兄妹、あるいは姉弟として生まれてきた者は、当然のことながら、女性側が次代の当主を引き継ぐ。此処までの話を聞けば当たり前に聞こえてくる話であろう。
そして、もう一人の男側は、その一生を掛けて後継者となる自分の妹あるいは姉の為に尽くす従者としての役割を求められる。当主が魔力を求めるのであれば魔力を与える役割となり、抗争が起これば、当主の命令に従い、戦う存在となり、平時においては使用人のように当主の為に身を粉にする。良く言えば執事のような扱いを受けるが、悪く言えば、待遇の良い奴隷にも等しい存在である。
当人が何を考えようとも、男として生まれた時点で覆しようがない。何故なら、それこそがエーデルフェルトという家であるからだ。
魔術の名門として連綿と受け継いできた魔術刻印が記憶してきた数多の才能を己の家へと取り込み、喰らって成長を果たしてきた名家の在り方なのだから。
よって、そのような家に生まれた時点で、私、リーナ・エーデルフェルトと兄であるロイ・エーデルフェルトの人生は生まれたその瞬間に生き方までもを決定づけられた。
15年前の聖杯戦争に当主として参加した姉妹の妹側の子供たちとして生まれた私たち兄妹は、私が当主となることが自動的に決定し、兄はその命を終えるまで私の傍に使える者として、あるいはエーデルフェルトの魔術師の社会の中での発言力を高めるための道具として利用されることを運命づけられていた。
客観的に見れば、そんな生き方を強いられること自体を不幸であると考えることもあるだろう。ただ、内部で生まれた人間はそうは考えない。ああ、そういうものなんだなと漠然と理解をするから、別に私と兄も自分たちの境遇について悪い感情を抱いていくことはなかった。
私たちの人生には生まれた時から見えない鎖が嵌められている。
私は当主にならなければならない、当代のエーデルフェルトの代表となる役割を
兄様は当主になることは決してできない。最後まで日陰を生きる役割を。
互いに与えられ、その役割の中で生きていくことを生まれたその瞬間に与えられた。けれど、エーデルフェルトの人間たちはそれを決して疑いはしない。何があろうとも考えは変わらない。だって、これはエーデルフェルトのルールだから。
繋がれてきた血の宿命は、個人の意思などよりも簡単に優先される。お前の生きてきたたかだが数十年の人生と、エーデルフェルトが紡いできた歴史のどちらを優先するのかと求められれば答えを聞くまでもないことだろう。
これまでの姉妹でなかった者たちも同じようにしてきた。だから、私達も同じようにする。そこに私たちの意思は介在しない。
ただ一つだけ、そんな私たち兄妹の在り方に誤算が生じたとすれば、それは兄であるロイ・エーデルフェルトの魔術に対する才能があまりにも桁違いであったということだけであった。
ロイ・エーデルフェルト、私の兄様。誰よりも私を理解してくれていて、誰よりも私を苦しめてきた人。
リーナ・エーデルフェルトの人生は常に兄様と比べられ続けるばかりの人生だった。
私たちが生まれてからの数年間、私達の人生は常に変わることなく順風満帆であった。私達はこうであると言う在り方を押しつけられたという自覚もなく、私は家のしきたりにより当主となり、兄はそれを支え続ける立場にある。
漠然と私たちの間ではそれが共有されていて、当たり前であると思っているのだから、兄と妹の間に諍いが起こる余地はない。そうした関係が変化を始めたのは今から、15年前、私達の母と叔母が参加した醍醐寺聖杯戦争の終わりからであった。
『聖杯戦争に参加した七星という魔術師に我々エーデルフェルトがなすすべもなく敗北を迎えた。こんなことが起こりえてよいはずがない』
『誇り有る魔術師同士の戦いで敗北したと言うのならば理解も出来よう。だが、土着の魔術師に何もできずに敗北。エーデルフェルトの名に泥を塗るばかりではないか』
『姉は重傷、妹は死亡。目も当てられぬな。時計塔からすれば笑いものだ。魔術師狩りの七星、隠匿された存在がなぜ、今更聖杯戦争などに顔を出した!』
『しかし、その七星も聖杯を掴むことは出来なかったと聞く。我々が七星よりも勝っていると証明するには必ず次の聖杯戦争に勝利しなければならない』
『リーナか、その次の当主か。サーヴァントだけではない、魔術師もまた強くなければならない』
『あぁ、ならばこそと思わずにはいられない。何故、兄と妹、魔術師としての才能が逆ではなかったのか……』
母は聖杯戦争で命を落とした。七星の魔術師との戦いで敗北し、叔母を守った結果らしい。詳しいことは分からない。詳しいことを聞こうにもエーデルフェルトのお歴々たちはこの事実をエーデルフェルトの恥として、口を開けば罵詈雑言が聞かされる。自分を生んでくれた相手に向けられるそのような言葉を聞きたいとすらも思わない。
順風満帆であったはずの日々はそこから大きく変わっていく。次の聖杯戦争に必ず勝つために、次代のエーデルフェルトに繋げるために当主となる私には、更なる魔術の研鑽が求められた。
勿論、エーデルフェルトの当主になる者としてさまざまな教育を施され、そうなることを当たり前であると思っていた私に拒否をする余地はない。
嫌であるとも思っていないし、母の無念を晴らすための一助になることができるのならば、それは誇らしいことだった。
実際に、出来ないことができるようになっていけばいくほどに、自分がエーデルフェルトの歴代の魔術師の中でも優秀な部類に入ることを、お歴々たちは肯定してくれていた。
奮起してもらわなければならないという裏事情が何処まで存在していたのかは別としても、子供心にそうして背中を押されることは決して悪いことではなかった。
『見てくれ、リーナ。リーナから教わった魔術だが、こういう使い方もあるんじゃないかな? どう思う?』
けれど、私が出来たことを、私が教わったことを、私よりも早く、私よりも上手に、出来てしまう人がいる。その人が私にとって誰よりも近い兄であると言うことが救われない。
兄は当主になることができない。一生表舞台に立つことはない。だけど、私自身でさえも認めざるを得ないほどに、魔術の才能は私よりも遥かに上であった。
エーデルフェルトが兄の魔術の才能を正当に認めて、私と当主争いをしているのならばよかった。あまつさえ、兄が当主になることを約束されている私に対して悪感情を抱いているのならばよかった。そのどちらかであれば、私は兄と違う向き合い方が出来たはずだった。
『大丈夫、リーナは必ず素晴らしい当主になることができる。俺のように才能だけに胡坐をかいているわけじゃない。努力だってしている、他の誰が認めなくても、俺はそれを知っている。だから、心配しなくてもいい』
だけど、エーデルフェルトは兄に何の期待も寄せてはいなかった。
そして、兄はエーデルフェルトの中で誰よりも私の味方で、理解者だった。
向けられる感情の方向を定めることもできずに、ただ血の宿命に従って、私は常に努力と研鑽を積んでいく。その隣で誰にも期待されていない兄が、私を凌ぐ速さで魔術師として大成を果たしていくことを横目で自覚しながら。
努力をすれば、努力をしただけ、達成感を得ることができる。でも、得られた次の瞬間には、より困難な障害が生まれる。それを繰り返して繰り返して、続けていくばかりで、いつしか胸の中には、拭い去れない気持ちが浮かんでくるのを自覚していた。
結局、何をしても、私は兄に勝つことはできない。ただ、私は女だから兄よりも優先されるだけなのだと。
本来であれば、私は優越感を持つはずの立場であるのに、その最初から与えられていたもののおかげで常に比較される立場にあることを自覚させられるのは優越感などではなく、正しく私にとっての枷でしかなかった。
自覚をすればこうも思う。どうして、私などよりも遥かに優秀でいる兄を誰も評価してくれないのだろうか。いっそのこと、兄が当主になってくれればこんなにも苦しむ思いを抱えなくても済んだかもしれない。兄様だって、不当な評価や態度をエーデルフェルトの中で向けられることはなかったはずなのにと。
血の宿命は何処まで行っても、私達を縛り続ける。矛先すらも向けることができない世界の中で、エーデルフェルトという世界と自分自身が抱えている認識の矛盾と齟齬は時間を経れば経るほどに膨れ上がっていく。
聖杯戦争に勝利するために魔術師として絶大な力を持たなければならないと常に声を上げるエーデルフェルト、その横でその資格があるにもかかわらず、見向きもされない兄。
1年前に叔母が亡くなった。最後まで七星に対する呪詛を吐きだしながら、私にエーデルフェルトの当主として、必ずや次の聖杯戦争への勝利を託して、先代のエーデルフェルト当主たちはいなくなった。
同時にそれは、私がエーデルフェルトの家を継ぐ時が来たと言うことであり、兄様と私の立場がこれまでの兄妹という在り方からはっきりと隔絶される時が来たことを意味していた。
当主と使用人、同じ時間、同じ場所、同じ瞬間に生まれた私たちは、そのように境界線を強いられた。二度と戻ることができないエーデルフェルトにいる限り、決して覆ることのない強い楔。矛盾など全てなかったことにされてしまうほどの絶対的な楔。
『リーナ、俺は誇らしいよ。リーナが当主になれたこと、誰よりもリーナの頑張りを知っているからこそ、祝福できる。おめでとう、リーナ。』
違う、違うんです、兄様。私は、私は本当は――――貴方こそが当主になるべきであると思っていて。エーデルフェルトを強き存在へと変えることができるのは、何者にも代えがたいほどの力を持っている貴方でなければいけないと言うのに。
誰もが本当は分かっているのに、誰もが本当にやるべきことを知っているはずなのに、その事実から目を背けた結果として生まれた関係。
けれど、そんな矛盾した状況は1年の歳月を経て、終わりを迎える。予定よりも大幅に早まった次なる聖杯戦争―――エーデルフェルトの威信を掛けた再起の戦い。
大いなる存在によって予言された戦いを前にエーデルフェルトはその誇りを捨てることを選んだ。あれだけ私達を縛り続けてきた血の宿命はあまりにもあっさりとその強固さを失ってしまったのだ。
けれども、仕方がない。この15年間、常にエーデルフェルトは勝利だけを求め続けてきた。私を含めてエーデルフェルトの人間たちは誰もが喪われた誇りを取り戻すことに躍起になっていたのだから。
そうして、その想いの下に兄様は当主となった。その日から、私達兄妹の立場はその総てが逆転したのだ。
・・・
夢を見ていた。遠いようでとても近しい頃合の出来事、生まれた時からずっと自分に付きまとっていて、けれど、ずっと自分に寄り添ってくれているそれを夢で見るのは、どうにも新鮮だった。
(わざわざ、夢で見なくたって、忘れたことなんて一度もないのに……)
エーデルフェルトの事も、兄様とのことも全て忘れた時なんて一度もない。その総てを背負って、今、私は聖杯戦争の舞台に立っている。
すべてはエーデルフェルトを勝利に導くため。そして兄様が真にエーデルフェルトの当主に相応しい存在であったことを証明するために。
私はそれでいい。兄様の叶えたい願いが叶うかどうかよりもエーデルフェルトの人間として、それが実現すれば、それ以上望むことはないと思っているから。
例え、兄様の付属品でしかない身であったとしても、私は私のやるべきことを、果たして見せる。それが兄様の望んでいないことであったとしても、兄様は奔放で優しすぎるから、誰かが軌道修正していかないと。
「ああ、リーナ、随分遅かったじゃないか。さすがに昨日は疲れたかい? ずっと戦いっぱなしだったからね」
「兄様もセイバーもお元気そうで何よりです」
部屋の扉が開き、兄様が部屋に入ってくる。霊体化した状態でセイバーも傍に控えていることが分かった。時計を見れば、いつもよりも1時間程度起床の時間が遅かった。
本当に疲れているのかもしれない。規則正しい生活は自分の身体に染みついているはずなのに、それを守ることができないと言うのはさすがにちょっといただけない。
「たまには俺が食事を作ってみたんだけど、どうかな?」
「珍しいですね、最近はずっと外か併設されている朝食会場で食べていたのに」
「そりゃ、郷に入れば郷に従えって日本語だってあるくらいだ。現地には現地の素晴らしいものがある。それを今までは楽しんでいただけだよ。リーナだって嫌じゃなかっただろ?」
「まぁ、そうですが……」
兄様は自分のやりたいことを優先する。勿論、私の言葉次第でその方向を変えることはありえるけれども、特にこちらの指示が無ければ、やりたいようにやる。
兄様にとってはエーデルフェルトの栄光を掴むことは自分の願いを叶えることの二の次なのだろう。自分の願いを叶えるためには、エーデルフェルトを勝たせなければならないからそうすると言うだけ。
兄様は聖杯戦争を愉しみ、七星桜子を倒し、必ず聖杯を掴んでいく。そう私やエーデルフェルトのお歴々たちに信じさせるだけの実力を兼ね備えている。
兄様は魔術の才能しか自分は持ち合わせていないと口にするけれど、それは逆に言えば、魔術という領域においては兄様は誰にも負けないと言う自負でもある。
私のように全方位において秀でているわけではないだろう。魔術特化、されど、その一点に置いては誰にも負けない。だからこそ、聖杯戦争に勝ち抜くために兄様は当主になったのだから。
勝ってもらわなければ困る。そうでなければ、私が当主の座を明け渡したことの意味がなくなってしまうのだから。
着替えを済ませ、ワンルーム仕上がりになっているホテルのリビングに来ると、そこには素朴な和風料理が作られていた。
「日本に滞在している時間も長いからね、少し勉強して作ってみた」
「もしかして昨日、1人で行動していたのはこれを買ってくるためですか!?」
「ああ、リーナを驚かせようと思ってね」
呆れた。聖杯戦争のマスターとして襲われるかもしれないのに、妹一人を驚かせるために単独行動をするその考えは本当に、困らせられる。
これで不味かったら文句の一つも言ってやろうと口にしてみる。口に入れると甘しょっぱい味が口の中に膨らんでいく。母国の料理とは趣が違うだけに、私達からすれば味を選ぶかもしれないけれど、食べられないわけではない……
「どうだい?」
「作ったの初めてにしては良いと思います」
「素直じゃないな」
兄様は落ち着き払っている。なかなか話題を出しづらいけれど、決して呑気にしていられる状況じゃない。昨日のキャスター陣営との戦い、アサシン陣営と別れてからの数日間、私達は散発的に幾度となく彼らの襲撃を受けた。倒しても倒しても、仕掛けてくる攻撃は決して斃せないわけではなかったけれども、私達の精神を徐々に摩耗させていくばかりだった。
なんとか襲撃を終えた時には……、戦闘開始から数時間が経過した状況だったと言うのだから笑えない。
「リーナ、キャスター陣営の事だけど、おそらく今日も奴らは俺達に襲撃を仕掛けてくるだろう」
「……でしょうね」
「だから、今日、奴らと決着をつける。いい加減、相手をし続けることにも飽き飽きとしてきたからね、終わりにしよう」
「兄様……」
「奴らは何度でも甦ってくる。しかし、限りが全くないわけではないだろう。昨日は俺達もそこまでの覚悟を以て臨んでいなかった。だけど、倒すとなれば話は別だ。最悪、セイバーの宝具を使ってでも、倒す。奴らの襲撃は日に日に苛烈さを増している。いつまでも放っておくわけにはいかない」
兄様にしては珍しい言い方だった。いつもであれば、例え、キャスター陣営がどんな手を使って来たとしても、正面から叩き潰すと言うのが兄様のやり方であって、時間に迫られて倒さなければならないと言う発想を浮かべるような様子ではない。
(もしかしたら、私のため……?)
兄様とセイバーは圧倒的な力を持っているけれども、私はそうではない。他のマスターたちに負けるつもりは一切ないけれども、二人から比較すればやはり私は一歩劣る。
消耗した状況の中で、戦力が弱まっていくのだとすれば、私という存在が穴になりかねない。兄様の想定の中ではそうした解釈も当然にあり得るのだろう。
「わかりました。今日でキャスター陣営との決着を」
「ああ、キャスター以外の陣営がどのように動くのかはわからないが、我々は単独でキャスター陣営を討ち果たす。それでこそ、エーデルフェルトの実力を他の陣営に見せつけることができる。そうだろう、リーナ」
「………はい、その通りです、兄様」
私たちはただ勝つだけでは許されない。エーデルフェルトとして圧倒的な勝利を収める必要がある。エーデルフェルトのお歴々たちは兄様にそれを求めた。
これまでの歴史を覆すのだから、お前はそれくらいの事は出来るだろうと。
あの人たちは勝つことが出来ればエーデルフェルトの名誉を取り戻すことができ、もしも、できなかったとすれば、兄様という異質な当主をやはり歴史に逆ら狩った身体と排斥することができる。
あの人たちは絶対的な才能を持っている兄様をずっと邪魔だと思っていたし、兄様が叶えようとしている願いが叶うことを本心では望んでいないんじゃないかと思うから。
(結局、私は兄様に負担を掛けてばかり……)
などと気落ちした思いでいると兄様に悟られるばかりだと思い直す。どうにも、私の事になると途端に察知が良くなるのだから、兄様に対しては下手に心を隠しておかない方がイイ。
「方針は分かりました。とはいえ、どうせ、昼はいつもどおりに行動するのでしょう?」
「ああ」
「セイバーにあまり心労を掛けないでくださいね。彼だって己のマスターが遊びほうけているのを見ていたら呆れてしまいますよ」
『問題ありません、妹君。我は戦士であり兵器、戦うべき場所を与えられれば、それに従うのみ。主が戦う意志を見せる限り、我は他に何も望みはしません』
「だそうだ」
「そんなに誇らしい顔で言わないでください! まったく……ただでさえ、緊張感が無いと言うのに」
おもむろにテレビのリモコンに手を回す。初めは、このような娯楽はと思っていたのだけれど、兄様がいつもいつものように見ていることもあって、今では自然とテレビのリモコンに手が伸びるようになってしまった。
名門魔術師の当主に連なる者としての行動として、指摘をするべきなのかもしれないけれど、それで兄様が聞くはずもなく、結局は放置しているのが現状だった。
言っておくけれども、私が見たいと思っているわけでは決してないから。
『それでは、次のニュースをお伝えします。連日、謎の事件が相次いでいる秋津市ですが、昨日も不幸な事件が続きました。今回事件があった場所は、繁華街近くの公園です』
テレビに移されたのはニュース番組だった。連日、この街を騒がせていると言う謎の殺人事件、映し出される映像と現地の様子からは魔力の気配が感じられて、この事件が間違いなくサーヴァントの仕業であることは私達にも分かっている。
しかし、これまでにも何度か街を歩いたけれど、まったくこちらを襲ってくる気配はない。いっそのこと、襲ってきてくれた方が色々と楽なのだけれどと思わずにはいられない。
「昨日も事件が起こったと言うことはやはり、実行者はキャスター陣営ではないな。そのようなことを連中がしている暇はなかったはずだ」
「はい……」
『被害に遭われたのは、秋津市に仕事で訪れていたセレスティーナ・アルブレヒトさん。警察は今回の事件を一連の通り魔事件、動画投稿のために行われた殺人行為と同一犯であると見做し……』
「え――――?」
思わず、口に着けようとした紅茶のカップを床に落してしまい、カップが割れる音と、床に紅茶が溢れ、床の色を変えたのにも私は注意が向かなかった。
それほどまでに目の前で明かされた情報は衝撃的なモノだった。
「セレスティーナ……」
「サーヴァントの仕業であることはこれで確信的だな。そして、おそらくアサシンは」
「……敗北したということですね」
仔細は違うのかもしれないけれど、マスターを失った以上、サーヴァントも大きな痛手を折ったことは間違いないだろう。
私達とセレスティーナが離れてからも聖杯戦争は続いていた。私達がキャスター陣営との戦闘を継続し、長引く戦いに集中せざるを得なかったその裏側で、アサシン陣営はおそらく、七星桜子と始めて戦ったあの日に姿を見せなかったバーサーカー陣営に倒されたと考えるのが最も筋が通るだろうか。
「いよいよ、聖杯戦争も本格的になってきたということか。やれやれ、最初の脱落者になることが無くてよかったな。二度も最初の脱落者となっては、エーデルフェルトの名声の回復は絶望的であったと言う他ない」
「兄様、縁起でもないことを言わないでください」
「分かっている。だが、気を引き締めておいて悪くはない。リーナ、エーデルフェルトを勝たせることは俺達の存在意義そのものかもしれない。だが、俺は血の宿命よりもなお濃い、俺達兄妹の絆をこそ優先したい。無茶だけはしないでほしい」
兄様は有無を言わさぬ圧をもって、私にそう言い放つ。いつもは私に窘められてばかりだと言うのに、こういう時には兄としての威厳を見せてくれるのは正直、よろしくないと思う。その情に流されてしまいそうになるのは、昔から何も変わらない。
「私は、エーデルフェルトとして勝つために全力を尽くします。私が兄様に必要とされる限り、最善の行動をするつもりです」
「昔から変わらず、素直じゃないね、リーナは」
「兄様と一緒にいれば、誰だってこうなります」
そう、今更素直になんてなることはできない。心の中に押し隠してきた矛盾は今だって晴れないまま。本当に何が正しかったのかなんて、今になっても分からないのだから。
果たして私は正しいのか、正しいことをしているのか。それはきっと……、この聖杯戦争の結末だけが教えてくれるのだろうと漠然と天に祈るように思っていた。
――秋津市東側・住宅街・七星家――
『しかし、今回の公園での事件は遺体の損傷も連日の事件に比べると少なく、何らかの別の目的があったのではないかと―――――』
「セレスさん……」
ニュースを聞いて、あたしはポツリとそう口にするしかなかった。助けられなかった、助けることが出来たかも知れなかった。
でも、どれだけ悩んでも、どれだけ自分を責めたところでセレスさんが帰ってくるわけではない。あたしにできることはセレスさんの遺志をついで、この秋津市を巻き込んで続いていく事件を解決することだけだ。
(そのためには、キャスターとバーサーカー、どちらも倒さなくちゃいけない。あの二つの陣営はどっちも、この街に危険を及ぼす。放っておくことはできない……)
この街で悲劇を起こさせないために、あたしが聖杯戦争に勝って願いを叶えるためには、倒すしかない。誰かの指示で動くんじゃなく、あたし自身が、二つの陣営を倒すために能動的に動かなくちゃいけない。
でも、同時に、あたしとマルテルさんだけじゃ勝てないことも分かってる。キャスターはあたしが知らない何かを持っていることで、一昨日の戦いを潜り抜けた。バーサーカーはノルンちゃんの話しを聞くだけでも、あたしたちだけじゃ手が足りない。
他の陣営の力を借りなければ、倒すことはできないってことも分かってるから。
「蓮司君……」
本当はアーチャー陣営と協力してことに臨むことが出来れば、それが最善であることは分かっている。分かっているからこそ、もどかしい。自分の心を無理やりに理解させようとしているような感じになってしまっている現状がどうしても。
「あるいは……」
あるいは、もう一つ、協力をお願いできるかもしれない陣営をあたしは知っている。
あたしと戦い、あたしに勝利することを誰よりも望んでいる陣営。
セイバーを率いるエーデルフェルト兄妹であれば、もしかしたら……。
(本当に協力することなんてできるの、あの兄妹と……)
確証なんて何もない。できるかどうかすらもわからない。ただ、行動しない限りは何も変えることはできない。それもまた真実であることを今のあたしは知っているから。
気付けば、学園に向かわなければいけない時間になっていた。やらなければいけないことはやまほどある。時間は悲しくなってくるくらいに少なく、さまざまなしがらみは決意したあたしの足を鈍らせていく。