――秋津市東側・住宅街・秋津学園――
「それで、ここの問題はテストに――――」
授業の時間、いつもどおりの空気の中で行われてはいるけれども、どこかどんよりとした空気を感じてしまうのはあたしだけだろうか。
連日の事件によって、秋津市は明らかに活気を失ってきてしまっている。誰もが口々にいつになったら、こんな状況が解決するんだろうと。いつもだったら、姦しいクラスメイト達も言葉の端々にその気持ちが宿っていることが分かる様子なのだから……、相当状況は悪いと言う所だろう。
蓮司君は今日も学校に来ていない。やっぱり、学校に連絡は行っていない様子で、お父さんが亡くなったことについても、誰も知らない様子だった。セレスさんはあたしが警察に通報したことで、事件として処理をされるらしい。
最初は未成年のあたしがセレスさんを見つけたことで訝しむ様子だったけれど、ノルンちゃんが自ら相手をしてからは、スムーズに事が進んだらしい。ノルンちゃん曰く「別口から話を通しただけ」とのことだった。
蓮司君のお父さんも同じように事件として処理されるのか、あるいは自殺として処理されるのか、細かいことは分からないけれど、蓮司君が何かをしようとしない限り、あの家の時間はずっと止まったままなのではないだろうか。
ふと、窓から外の風景を見る。いつもと変わらない風景だ。だけど、一週間前まで、あたしが当たり前のように享受していた平和はもう今は何処にも存在しない。
これまではテレビの中、あるいは噂話の領域の中にしか存在しなかった身近な人の死はあたしの傍でもいくつも起こってきているのだから。
(ノルンちゃん……、大丈夫かな……)
思い出すのは今日の朝の出来事、学園へと向かう前にノルンちゃんは改めて、あたしにこれからの聖杯戦争への向きあい方を伝えてきた。
・・・
「私達、アインツベルンは七星桜子に全面的に協力をします。どうか、ミス・セレスティーナの仇を。そして、聖杯戦争の勝利者となってください」
「えっと、アインツベルンって言うのは、ノルンちゃんが所属している魔術師の一族の事だよね? そりゃ、あたしもセレスさんの遺志を継いで闘うっていうのは勿論、やるつもりでいるけれど、いいの? あたしは自分の為に、七星の家を救うために聖杯を使うつもりでいるよ?」
ノルンちゃんは深々と頭を下げて、ランサー陣営のマスターであるあたしに協力をすることを改めて口にした。
それはこれまでアサシン陣営として戦ってきた彼女が、陣営の最後の1人として、敗れ去った陣営として、その後の身の振り方を告げているに等しいことだった。
あたしに力を貸す。そう言ってくれるのは正直に言って嬉しい。ノルンちゃんの知識は素人であるあたしにとって大きな武器になることは間違いない。
でも、同時にあたしは自分の聖杯を掴む理由を明確に決めている。セレスさんのようにアインツベルンからの依頼を受けて、そのために聖杯を掴むということはできない。
「ミス・サクラコ。我々、アインツベルンの目的は確かに、あわよくば聖杯を掴むことではありました。しかし、それは昨日の時点で、変わりました。我々は完全に此度の聖杯戦争を見送りとします」
「それは、どうして……?」
「………、ミス・サクラコは気を悪くするかもしれませんが、此度の聖杯戦争で顕現する聖杯が、我々アインツベルンが悲願とする聖杯であるかどうかの確証が掴めません。私達は昨日、聖杯戦争を引き起こした黒幕に出会いました」
「アフラ・マズダ、だっけ……」
「はい。彼は言いました。自分という存在のありようを確認するために聖杯戦争を引き起こした、と。願いは叶えると口にしましたが、その保証はどこにもありません。であれば、我々アインツベルンは、彼が用意した聖杯が性は至りえるのかどうかを検証することこそが肝要であろうと判断しました」
要するに、あたしが聖杯を掴んで本当に願いを叶えることができるのかどうかを検証したいということ。もしも、それであたしの願いが叶うのだとすれば、アインツベルンにとって、アフラ・マズダの生み出した聖杯は正しく、望んでいた聖杯であると証明される。
「我々は遠坂、マキリと手を結んで聖杯権限の儀式をずっと続けてきました。それは御三家と呼ばれる我々三組の魔術師たちが協力しなければ聖杯を顕現することが出来なかったからです。
しかし、もしも、その枠組みを超えて聖杯を顕現することができる存在がいるのであれば……、我々、アインツベルンの聖杯へのアプローチは次の段階へと進むことができる。アインツベルンはそのように考えています」
「…………」
「申し訳ありません。ミス・サクラコにとって決していい気分になる話ではないと分かっています。しかし、はっきりとさせておくべきことだと思っています。私たちアインツベルンが何故、他の陣営に協力するのか。その上で、私はミス・セレスティーナが懇意にしていた貴方に聖杯を掴んでいただきたいと思います」
「それはノルンちゃんの意志?」
「はい。ミス・サクラコを選んだことにアインツベルンの意志は一切関与していません」
「ん……、分かった。ノルンちゃんのことを信じるよ。あたしも四の五の言っていられる場合じゃないしね」
アインツベルン側に利用されている状況だったとしても協力を得られることに嫌はない。もしかしたら、ノルンちゃんが他のマスターを選んでいた可能性だってある。
それこそ、他の御三家を選んでいた可能性だってあるわけで、セレスさんがいたからこそ、こうして協力してもらえる。それをしっかりとあたしは理解しておかなくちゃいけないんだと思う。
「なら、今日から早速、バーサーカー陣営を倒すための対策を考えないとね!」
「それなのですが、サクラコ。私はキャスター陣営の打倒を優先するべきであると考えます。おそらく、ミス・セレスティーナも同じように口にしていたと思います」
「キャスター陣営、か……」
「はい。できれば、情報の共有を行っておきたいと考えています。本来であれば、昨日の夜にやっておくべきことでしたが……」
勿論、セレスさんの事があって、本来の目的であったキャスター陣営に対しての情報共有はほとんどできていないのが現状だった。だからこそ、登校がてらにノルンちゃんとその情報共有をしながら、足を進めていった。
・・・
(ノルンちゃんは、学園が終わるまで時間を潰しているって言っていたけれど、あたしは次にどう動くべきだろう。聖杯戦争に勝つと決めた以上、ここからは受け身でいられない。自分自身で行動しないと……)
しかし、そう考えてみると、驚くほどに次にどうすればいいのかが分からない。これまで他の陣営に良いように使われていたことが露呈すると言うか、あたしが行動をするうえで指針になることを示してくれていた人が必ずいてくれた。
あたしは自分なりにそれを選んでいるように思っていたけれど、やっぱり、誰かの考えに寄り添っていたんだなって実感する。
自分で決めて、自分で行動する。セレスさんはそれをちゃんとやっていた。あたしや蓮司君のことを考えながら、自分のやるべきことを見据えて、その目的を果たした。
いなくなって、考えれば考えるほどにセレスさんは凄い人だったんだなということを実感させられてしまう。
「……結局、今日もほとんど集中することが出来なかったな」
ぼうっと窓の景色を見ていたら、先生にも注意されるし……いや、別に成績が優秀とかって訳でもないから怒られるのには慣れているんだけど……なんていうか、このままじゃ良くないよなーとも思いつつ。
「桜子さぁ、今日は何か用事あんの? たまには、カフェでも行かない?」
「あー、ごめん。あたし、ちょっと用事が!」
「……もしかして、まだ事件の事探ってんの? やめなよ、テレビであんだけニュースになっているのに、それでも解決しないんだよ。あんたが行った所でさ、何もできないって!」
「うんうん、それどころか、事件に巻き込まれちゃうかもしれないしさ」
「遠坂君もさ、全然連絡ないっていうしさ。なんていうかさ……、桜子もどっか遠い所に言っちゃうんじゃないかって、わけわかんないこと言ってるのは自分でもわかるけどさ」
茶化すわけでもなく、あたしのことを馬鹿にしているわけでもなく、みんなはあたしのことを本気で心配してくれている。みんなの心配は間違っていない。むしろ、みんなが思っている以上にあたしは事件の、問題の中心にいるのだから。
きっと、みんなと一緒にカフェに行って、あー、怖いなー。早く解決しないかなーって無関係な人間として、どこにいるかもしれないヒーローを待ち望んでいる方がきっと楽で、きっと楽しいと思うよ。
でも、それはできないよ。あたしには、戦う力がある。何かをすることができるかもしれない力がある。あたしの一歩が誰かの背を押すかもしれない。問題を解決できるかもしれないって、今は知っているから。
「ありがとう! でも、大丈夫。危険なことをやっているわけじゃないよ。絶対にこの埋め合わせはするから! その時にはさ、あたしがみんなになんでもおごっちゃうから!」
「マジで!?」
「マジマジ! もう、めっちゃ太っ腹だから!」
ニヤリと笑って、みんなにサムズアップ! 根本的な解決なんて何もなっていないのは自分だってわかっているけれど、それでみんながその先を待ち望んでくれるのならそれに越したことはない。
だって、あたしは聖杯戦争で命を使い潰すつもりじゃないんだから。その先の明日があって、その先の未来を求めるからこそ、あたしは戦っていくんだから。
「………桜子。ほんとうに無茶しないでよね」
「………うん!」
コクリと頷いて、鞄を取って教室の外へと出る。このまま、此処に留まっていたいと言う気持ちは当然にあるし、袖を引かれてしまったら止まってしまうかもしれないと思うからこそ、思い切って足を蹴って進んでいく。
校門で、見慣れた銀髪の少女を見て、彼女の横で立ち止まり、後ろ髪を引かれる想いをしながらも、ノルンちゃんと一緒に脚を進めていく。
「なにかありましたか?」
「どうして……?」
「いつもよりも、足の進みが遅いように思えたので」
「あはは、学校でずっと勉強してるとさ、結構疲れるんだよねー」
適当な言い訳をすると、ノルンちゃんはそれ以上は気にならなかったのか、あたしの言葉に続く何かを言うことはなかった。
「早速、聖杯戦争の事についてですが、よろしいですか?」
「うん、大丈夫!」
「一日考えましたが、キャスターを打倒するうえではやはりミス・サクラコとランサーだけでは厳しいかと思われます。よって、私は―――セイバー陣営との対キャスター陣営同盟を結ぶべきかと思いますが、どうでしょうか?」
ノルンちゃんは適切に必要最低限の言葉を巡らしながら、あたしに提案を口にしてくる。その提案はあたしが朝のうちに考えたプランの一つであり、叶えることができるのかどうかも分からずに、自分の中で保留にした意見そのものだった。
「あたしもその意見には賛成……なんだけど、ロイたちがどこにいるのかは分からないんだよね」
「正確な場所までは解りませんが、彼らが何処を拠点にしているのかであれば知っています」
「ほんとに!? どうして……?」
「昨日、ミス・セレスティーナが、リーナ・エーデルフェルトと会話をしている時に伺いました。セイバー陣営は自分たちに絶対的な自信があるだけに、情報を隠すと言うことはしません。詳細までは明かさずとも、自分たちが電波塔と駅周辺のエリアに滞在していることを教えてくれました」
「そっか、駅周辺の観光地エリア、うん、あそこらへんなら、滞在するための場所もあるし、あながちウソって訳じゃないんだろうな」
ただ、問題はその場所を突き止めたところで彼らがあたしに協力してくれるのかどうかという所だった。ロイにしてもリーナにしても、あの二人は七星を敵視している。戦うべき相手として、あたしのことを見ているとしても、協力する相手として見てくれるのかどうかはわからない。
最悪の場合は七星なんかと協力する気は一切ないなんて言われてしまう可能性だって存在する訳だから。
(キャスターを倒したい気持ちはロイたちだって同じだろうけれど、あたしにはあの二人と交渉をするだけの材料がない。協力をしてほしいの言葉で協力をしてくれるような二人じゃないことが分かっているだけに、ちょっと厳しいな)
こんな時に蓮司君だったら……と無意識に考えてしまうのはよくないことなんだろう。蓮司君は蓮司君で大変で……、でも、本当に蓮司君は自分で立ち直ることができるんだろうか。アーチャーだっていつまでも存在していられるわけではないって言うのは聞いている。もしも、このまま、誰も蓮司君の事に気づかないでいたら……、
「ミス・サクラコ?」
「ああ、うん、ごめん。とりあえず行ってみようか。行ってみないと何も始まらないもんね!」
動けるところから動いていく。結局、今までと同じで誰かの提案に乗っかる形になってしまっているのは否定できないけれど、動かなくちゃ始まらない。
ただ、ノルンちゃんに声を掛けられて片隅に置いたけれど、蓮司君の事が気がかりで仕方が無かった。蓮司君の所に行った所で、あたしにできることなんてきっとない。蓮司君を励ます方法なんてどうすればいいのかもわからない。むしろ、あたしが口にしたことで、蓮司君の心をさらに傷つけることになりかねないとさえも思ってしまう。
あたしは決して口が上手いわけじゃない。器が大きいわけでもないし、むしろ、蓮司君の方があたしの無茶に付き合ってくれたくらいで、あたしは蓮司君を巻き込むことは出来ても、傍に寄り添ってあげるなんてことは出来ないんじゃないかと思う。
(セレスさんのように、大人な態度が出来ればいいけれど、それだってなぁ……)
でも、力になりたいと思っていることだけは本当の事なんだ。どうすれば、あたしは蓮司君の力になることができるんだろう……
煩悶とした気持ちを抱きながら、あたしはノルンちゃんと一緒に駅前へと足を進めていく。既に夕方の時間は近くなってきている。きっと、今日も聖杯戦争が何処かで行われるのだろう。
時間はない。どれだけ願った所で時間が止まってくれることだけは絶対にないのだから。
――秋津市中央部・電波塔周辺・駅前通り――
駅前通りは活気に溢れていた。つい数日前の土曜日に比べれば、人数は減っているように見えるけれども、それでも十分に活気がある。
まるでテレビで秋津市の事が報道されているのが嘘であるかのように思えてしまうほどに、ここは変わりがないように思えた。
「こうして改めて来てみると実感しますが、繁華街よりも人が多いですね」
「そうだね、こっちはあたしが子供の頃に綺麗になったから。昔はあの電波塔が本当にラジオ放送とかのために使われていたみたいなんだけど、そのころから放送を止めて観光のための施設に変わったんだよ」
「ああ、なるほど、実用面から集客面へと移ったことによって、実利よりも見栄えを優先し、結果として再開発が進んだと言うことですか」
「うーん、あんまり難しいことは言えないけれど、マルテルさんが言っているような感じかな」
お父さんに聞いた話だと、昔はこの電波塔を運用するための職員さんたちの通勤の為に駅も整備されていたのだと言う。
ただ、今となってはまさしく観光名所としての電波塔を見るためのお客さんを連れてくるための移動手段へと変わり、周りも仕事に適した場所から観光するための場所へと変わった。
「おかげで繁華街は少しずつお店も減ってきているんだよね。昔ながらのお店は残っているけれど、新しめのお店はどんどんこっちに寄ってきている感じかな」
「街を歩いている年齢層も比較的こちらの方が若そうに見えますね」
騒ぎあっている人たちはあまり周りのことを気にしている素振りも見えない。良くも悪くも若者の街と言った所なのかもしれない。
「とても個人的な興味なのですが、電波塔はもう電波を流すことはできないのですか?」
「うーん、どうなんだろう。でも、あたしが知っている限りは一度も使われたことはないように思うんだよねぇ。でも、使えるとしたって今更、使う必要あるのかなー?」
昔ならばまだしも、今はテレビだけじゃなくネットで情報が行き通っている時代、ネットを繋げるための電波はそれこそ別に繋がっている。電波塔から発せられる電波は無用の長物、そういう風に思われたからこそ観光シンボルへと変わったのだろうから。
「………必要性が無くなったとしても、いつまでも残っていることができるもの。誰もが目に留まらなかったとしても、それはとても良いことなのでしょうね」
ポツリとあたしの横でノルンちゃんが言葉を零した。あたしに向けて口にしているわけではなく、むしろ、どこか自分に語りかけているかのような声で口にした言葉だった。
だから、あたしはそれにあえて答えることもなく、騒ぎ遭っている人々の中で、どうすれば目的の人物たちを見つけることができるのかと模索をしていたのだが。
「桜子、どうやら、我々はほとほと縁があるようです」
「もしかして………」
駅前通りを歩いていく人々の最中で、マルテルさんが声を上げた。そこであたしたちが立ち止まると同じように人々の歩いていく流れの中に淀み、立ち止まった姿が反対方向からも確認することが出来た。
いうならば、相手も同じようにこちらに気付いたから立ち止まったということで……、
「やぁ、桜子。奇遇だね、昨日の今日でまた顔を合わせるなんて」
「ロイ、リーナ………」
「言うまでもありませんが、セイバーも控えています。対応には注意を払ってください、マスター」
本当に言われるまでもないことだけれど、この駅前通りの中心部分でいきなり戦闘なんてことになってしまったら、もう自分たちの立場を隠しようがない。
言葉を交わすにしても、慎重に言葉を選んでいかないと。
「兄様、これは良い機会です。馬鹿な娘が自分から顔を出してくれたのです。なら、ここで我々と七星の積年の関係を清算するべきでしょう」
言っている傍から、リーナさんは顔を合わせただけで戦う気満々でいる。いや、リーナに対してはそういう反応をされるのは何となく察しはついていた。
だから、どっちかっていうと、問題なのは、良い意味でも悪い意味でも自分なりの考えを通すであろうロイの方であった。
「待てよ、リーナ。こんな往来でいきなり戦闘を仕掛けるつもりかい? それに、桜子がどうしてここに来たのかも理由も聞いていない。偶然、居合わせたって感じでもないだろう。ここにいるのが分かっていた。そういう風に見えるけど、どうかな桜子?」
「そうだね、二人に話したいことがあったから、ここまで来たよ」
人々はあたしたちがただならぬ気配を出して向き合っていることを分かっている様子だったけれども、それで何か話しかけてくると言う様子もなく、あたしたちの横を素通りしていくだけだった。
ロイはそれ以上何かを聞くわけではなく、あたしが何かを切りだすのを待っている。リーナさんは横で相変わらず睨みつけていたけれど、あたしの傍にノルンちゃんがいることに気付くと、睨みつける視線が横に動いた。
「あたしも言葉が上手いわけじゃないから単刀直入に行くよ。あたしたちはキャスター陣営を倒そうと思っている。だけど、アイツらは単純に数も多いし、よくわからない力も持っている。だから―――」
「協力をしてほしい。あるいはキャスターに対する同盟といったところかな。残念だが、答えはノーだ」
「で、でも、これはそっちにとっても―――」
「それなら心配をする必要はない。キャスターは今宵、我々が対処する。こちらも何度も何度も襲撃を受けているのはいい加減、面倒なことこの上ないのでね。そろそろ奴らとの因縁も生産するべきだろうと言う所だよ」
二の句を継ぐ間もなく、ロイは同盟の拒絶と自分たちが単独でキャスター陣営を倒すことを宣言する。同盟を組むことができるのかどうかという所は、正直かなり怪しい面があったし、拒絶されることは想定の内ではあったけれど、想像以上に割って入る余地がないと言う所だった。
「昨日、助けられた身としてこのようなことを言うのもなんですが、キャスター陣営は数の上で圧倒的です。サクラコの話しを聞く限り、キャスターを単独で倒したとしても、消滅もしていないと言う前例があります。単独で戦うのは些か早計ではありませんか」
「もっともな意見だが、逆に言えば、殺し尽くせばいいと言うことでもある。これが聖杯戦争である以上、まったく倒すことができないと言う存在はありえない。向かってくる相手を倒して倒して倒し続けていけば、いずれは斃す機会に恵まれるかもしれない」
「殲滅戦を仕掛けるつもりですか……? しかし、それは理論上の話しで」
「出来ないことを口にしているつもりはない。奴らは間違いなく今日も襲撃を仕掛けてくる。昨日は振り払うつもりで戦っていたが、今回は奴らの本丸にまで攻め込むつもりだ。キャスターが何度でも甦るのならば、何度でも倒す。魔力が切れるかあるいはマスターが力尽きればそれで終わりだ」
「だったら、それこそ、あたしたちも協力した方が―――」
「七星桜子、口を慎みなさい。どれだけ正当性をそちらが持っていたとしても、その同盟は有り得ない。我々エーデルフェルトが、お前たち七星と手を結ぶなどということは絶対にあり得ません。そんなことをしたら、七星に命を奪われた母様が浮かばれません!」
「それって……」
思わず息が詰まった。再びあたしに向いてきたリーナさんの視線にあるのは間違いなく憎悪の表情。そして、口にされた言葉を聞けば、その憎悪の源泉が何処にあるのかはわかってしまう。
「前回のエーデルフェルトの代表は俺達兄妹の母と叔母だった。母は聖杯戦争の最中で叔母を庇って命を落としたそうだ。魔術師同士の戦いの中でのことだ。直接的に命を奪わったわけでもない桜子のことを恨むのは筋違いであると言えばそこまでだが、そんな理屈だけで納得が出来るわけではないことは理解してもらえるだろう。
俺達の間の同盟は有り得ない。最後まで七星とエーデルフェルトは敵対し合うだけだ」
「…………」
この人たちも同じだ、蓮司君と同じように、聖杯戦争で大切な人を失って……、いや、そもそも、それを言えばあたしだって同じだ。ただ、物心がついていたのかいなかったのかだけ。兄さんだって同じようにお母さんの死に想うことがあったからこそ、家を出ることを決めたんだから。
「ただ、あくまでもそれは俺達とは関係のない先代同士の出来事だ。リーナも感情が高ぶって口に出してしまったが、俺達は何も仇だから、七星に勝ちたいと思っているわけじゃない。総てはエーデルフェルトの名誉を取り戻すためだ。命と隣り合わせの世界にいる。俺達も互いに先代の死は乗り越えている。変に気に揉む必要はない」
「それは、そう言ってもらえるとありがたいけれど……」
釈然としない想いはある。言われて抱え込むなというのも無理があるだろうと思ってしまう。
「やれやれ、こうなるからあまり口に出したくはなかったんだけどな。リーナの気持ちもわからないわけではない」
「私は当たり前のことを口にしただけです。兄様こそ、七星桜子に対して特別視をしているだけでしょう!」
「そう言われては立つ瀬がないが……、まぁそうだな、他のエーデルフェルトの人間に比べれば、俺は七星に対する憎しみというものが薄いのかもしれない。勿論、それで手を抜くつもりはないが……。
ところで、桜子、キャスター陣営のこと以外でも気になることがあるんじゃないのか?」
「え……?」
「理由はないが、どうにもいろいろ抱え込んでいるように見えたのでね」
見透かされているのだろうか、いや、さすがに蓮司君のことまで分かっているとは思いたくはないけれど。ただ……少しだけ、ほんの少しだけ、縋りたい気持ちはあった。
あたしたちと同じ境遇でありながら、違う形で今、この聖杯戦争に臨んでいる二人ならば、もしかしたらと。
「ねぇ、ロイ。大切な人を失ってしまった人が立ち直るにはどうすればいいんだろう。時間が解決してくれるなんてことは分かっている。だけど、その時間を待っていられるかもわからない。その時に本人は、周りの人たちはどうすればいいんだろう」
そんなことは聖杯戦争の対戦相手に聞くべきことではないのだろう。あたしだって他の対戦相手なら聞かなかったと思う。だけど、もしかしたら、ロイならば、この疑問に答えてくれるんじゃないだろうかと、そんな風に思ってしまったから。
口から飛び出した問いに、
「桜子の言う通り、時間が解決してくれるしかないだろう。結局の所、別離とは本人が心の中でどのように決着をつけるのかに関わってくる話だ。誰かがその心を変えることはできない。ただ、それでも、周りが手を出すと言うのならば……お節介と言われようとも、背を押すか、引き上げるかのどちらかしかないんじゃないのかな」
「でも、それは本人が望んでもいないことだけど、大丈夫なのかな……? 嫌われたり、憎まれたりするんじゃ……」
「されるだろうね、当たり前のことだよ。誰かが手を出すなんてのは最初から荒療治だ。それを好まれるなんてことはまずもって有り得ない。それは他人が他人の都合で当人の心をないがしろにしているに等しいんだからね。いかに他人が正しかったとしても本人にその気持ちが届くのかどうかは全くの別問題だろう」
ロイの言っていることは間違いない。蓮司君の心を救う事が出来るのは蓮司君だけだ。あたしがどれだけお節介をしたところで自分が何かをしなければ救うなんてことは出来ず、他人の勝手な介入は本人の心を殺すことになりかねない。
「ただ……、それで恨まれたり憎まれたりしたとしても、本当にその相手を大切に思って起こした行動であったのだとすれば、その相手にもいつかは伝わる。そのように考えるのは些か都合がいい考え方かな?」
「――――それは」
「これはあくまでも俺の見立てに過ぎないけれど、もう本当は自分の中では答えは出ているんじゃないかな? ただ、色んなものを怖がっているだけなら、行動した方がいい。何かをして後悔するよりも、何もしないで後悔する方が、存外、ダメージは大きいモノだよ」
言葉にはしないけれども、キャスター陣営討伐は自分たちがする。お前にはほかにやるべきことがあるんじゃないか。そういう風に言われているようにも思えた。本当に確証なんて何もないけれど……。
「………ありがとう、ロイ」
「どういたしまして。なら、この流れの中で、俺も君に質問してもいいかな?」
「あたしに答えられることなら」
「―――――聖杯戦争に勝つ理由は見つけられたかい?」
クスリと笑いながら問われたその言葉に、あたしは一度目を伏せて、昨日起こった出来事を思い出す。七星の家のこと、お母さんの願い、兄さんが家を出た理由、そしてセレスさんから託されたこと。多くの出来事に呑み込まれて、今だって自分自身がはっきりと結論を出せているのかは怪しいけれど……、
「―――あたしは、七星の呪いを祓うために聖杯を掴む。そのために他の5つの願いが叶えられなかったとしても、それを果たす。きっと、それがあたしがこの聖杯戦争に参加することになった理由だと思うから」
きっと、誰よりもはっきりと宣言しなければならない相手へと自分の決意表明と今更ながらの宣戦布告を言い放つ。
自分の願いを叶えるために、エーデルフェルトの願いは叶わない。この聖杯戦争に参加した人ならば誰もが考え、やってきたことをはっきりと宣言した。
それに対してロイは笑みを浮かべる。けれど、それはいつもの柔和な余裕を持った笑みではない。むしろ、戦う戦士としての笑み、戦場で見せるその笑いを浮かべたまま。
「結構! それでこそ、我らが倒すべき七星のマスターだ。なら、誓ってくれ、桜子。
俺は必ず最後までこの聖杯戦争を勝ちぬく。そして、聖杯を掴むための最後の戦い、5つの陣営が散り、最後に起こる戦いを七星とエーデルフェルトの雌雄を決する戦いにすると」
「要するに最後まで勝ち残れって事? そんなの言われるまでもないわ!」
「ああ、それでいい。時間を取らせて悪かったな。キャスターは必ず倒す。桜子は自分のやるべきことを果たして来ればいい」
コクリと頷いて、あたしは来た道を引き返していく。本当の所は、キャスター陣営を倒すためにセイバー陣営と協力することこそが必要なことなんだと思う。
だけど、もう一つ決着を付けなければならないことは確かにある。このまま、流れで終わってしまうなんてことは、きっと誰も望んでいないと思うから。
「サクラコ、何処に向かうのですか?」
「遠坂邸、蓮司君と……アーチャー陣営と決着をつける!」
「決着って……!」
これから、あたしがすることは正しいことなのかどうかと言われれば、きっと間違っていることなんだと思う。蓮司君に何を言われるかもわからない。
だけど、あたしはバカだから、ぶつかることくらいでしか気持ちを伝えることができないから。例え、その結果として蓮司君に恨まれることになったとしても……。
背中は押された。覚悟は決まった。だったら、後はやり通すだけだ。