ただただ駆け抜けた。中原の大地を、荒野を、街を、戦場を、ただただ駆け抜け続けた。
その果てにある勝利だけを目指して。己はそれを掴むためだけに生み出された存在、主に与えられた命令を忠実に実行し、勝利の布石を揃えて、ただ当然に勝利をする。
埋め込まれた思考回路はその最善を導きだし、機械の身体は人知の及ばぬ膂力を生み出し、文字通りの一騎当千を生み出した。
もはや中原に我に敵う者はなし――たとえ、我らが国を除いた六つの国が合従軍を率いてきたとしても、それすらも蹂躙して見せよう。
総ては主に与える勝利の為に。そして、我が主と共に真なる勝利の余韻に浸るために。その瞬間を心待ちにしながら、ただ無心に駆け抜け続けた。
「余は―――お前の強さが恐ろしい。貴様はいずれ、余を裏切り逆賊となって国に禍を齎すのではないか」
故に―――その言葉は全くの慮外であった。長平の戦で40万の命を地へと埋め尽くし、もはや中原に我が国へと戦意を翻すものなど駆逐されたであろうと勝利の凱旋を伴って、我が王の御前へと姿を見せた折、我が王が我に浮かべた表情を忘れたことは一度もない。
恐ろしいと、お前が恐ろしいと我が王は口にしたのだ。我は理解することが出来なかった。何故王はそうまでして我に対して命の危険に晒された者が浮かべるかのごとき表情を向けて来るのか。何故、勝利を掴んできた我がそのような態度を示されなければならないのか。
わからぬ、わからぬ。我には王の気持ちが全く理解できぬ。演算もままならない我が躯体は最適解を打ち出す事も出来ずに―――二度と戦場へと出向くことはなかった。
「お前のような過ぎたる力は、必ずやこの中原に禍を齎す。余は貴様を処断しなければならぬ」
理解不能―――翻意など翻すはずもなく
理解不能―――禍を齎すなどと、そのような感情があればとうに実行している。
理解不能―――我の行動は間違っていたのか。
理解不能―――王よ、貴方は何故、我を信じてくださらなかったのだ。
我はただ、貴方に勝利を献上したかっただけであるというのに。
機能が停止する。我という躯体の活動が限界を迎える。戦場で無双の限りを尽くしたはずの我が処刑場にて何の抵抗も果たすことなく命の灯を消していく。
何と狂った喜劇だろうか、六国からすれば、これほど素晴らしい喜劇は他に存在しないのではないか。しかし、もはや我に語る口も無し、総ての機能が停止し、我という存在の灯が消えるその間際に、我は願った。
「もしも次があるというのならば―――どうか、次は―――我の勝利を」
我の勝利を求めてくれる者に出会いたい。我が信じた王のように我の強さを恐ろしがるのではなく、ただ純粋に強さだけを求めてくれる相手がいい。
もしも、そのような願いがかなえられる時が来たのならば―――
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
意識が駆動する、永遠とも知れぬ、刹那とも知れぬ微睡の中から再び浮上してくる感覚は、まるで夜明けの到来を予期させるかのようであった。
「誓いを此処に。
我は常世総の善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
我が視界が明瞭に変化を迎える。無明の闇より這い出た意識はどこか暗い倉庫のような場所に我の身体と意識を繋ぎとめるようにして浮かび上がらせた。
足元に浮かび上がっている召喚陣、それを認識した瞬間に、我の脳裏に、知らぬはずの情報が次々と入力されていく。
「汝。三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
サーヴァント、聖杯戦争、マスター、令呪、宝具……あらゆる情報が我の中に装填され、情報が更新されていく。それはすなわち、我が使い魔として再び戦場を駆け抜ける必要性に迫られたことを意味していた。
「―――兄様、成功です。サーヴァント・セイバー、無事召喚に成功しました」
「ああ、そのようだな。安心したよ、少しばかり出遅れたようだが、我らエーデルフェルトもこれで聖杯戦争に名乗りを上げることができる」
「貴殿らが、我を召喚した主であるか?」
「意識と認識はしっかりしているかな、セイバー。俺はロイ・エーデルフェルト。そして彼女は俺の妹のリーナ・エーデルフェルト。実際に令呪のパスで繋がるのは俺だが、君には俺たち二人をマスター、あるいは君流にいうのならば主か。そのように考えてもらって構わない」
「承諾した。我が真名は白起、秦国昭襄王に仕え、その武を振った者」
「ええ。そしてその絶対的な強さを怖れた王によって、言われの無き罪によって貴方はその命を落とした」
「………」
「けれど、意外だったわ。古代中華全土を恐怖に染まらせた一騎当千の武将の正体がオーパーツにも等しい機械の巨躯だなんてね。当時の人間たちからすれば貴方はさぞかし恐ろしい存在に見えたことでしょうね」
我が主の妹君は我が躯体を観察し、そのように告げる。
我は過去の存在であり、彼らははるか未来の時代の人間、ゆえに我が迎えた結末を知り、結果を見据えた上での物言いを口にすることができる。
その言葉から感じられるのは、我という存在の異質さ、機械の巨躯はやはり人間たちとは相いれないという事実であり、翻せばいずれ、この身そのものが彼らとの間に亀裂を走らせるかもしれないという演算を導き出すことができる。
さもありなん、人間が姿を見せると思った矢先に、このような存在が姿を見せるなどと、使い魔としての役割を求める彼ら魔術師にとっても、制御の利かない存在とは忌避して当然の代物か。
「―――けれど、だからこそ頼もしい。想定外ではあるけれど、想定以上の期待はできるんじゃない、兄様?」
「――――」
「すまない、セイバー。今のはリーナの口ぶりが悪かった。機嫌を悪くしたのなら謝らせてくれ。俺達はキミの身体について蔑視を浮かべることはない、むしろ喜ばしいと思っている。何故なら俺達は究極的に勝利を欲している。
戦争である以上、勝たなければ意味がない。だから、俺達兄妹は、
「ちょっと兄様。マスターである兄様がそんな簡単に謝罪を口にしてはダメよ、令呪があるとはいえ、主従関係というモノをはっきりさせておかないと―――」
「だからこそだよ。マスターとサーヴァントと言ってもそれは形式上の話しだ。俺達は勝つために一つにならなければいけないし、傲慢になるつもりはない」
主は何ら臆面もなく信じがたいことを口にした。対等などと主従関係であるはずの自分たちの関係をどのように解釈すればそうなるのか。
「何せ、俺は才能だけの男だ。戦う力はあったとしても、リーナがいなければ此処に立つことすらできなかった。セイバーがいなければ聖杯を掴むことはできない。俺一人で出来る事なんてたかが知れている。だから俺は対等でありたいと思っているんだ」
「もう……、どうして、そう変な所だけ誠実であろうとするんだか……」
不可思議な人物であると思った。主あるいは王としての器を持っていながら、我が知る王とはその存在をまったく異にする。我を怖れることはなく、されど我への畏敬を浮かべているのは事実であった。
彼らがどのような人物であるのかを我は知らない。令呪を通しての繋がりを感じてもなお、我は人の機微を理解できるほどの機能は備わっていない。所詮、戦うことしかできない兵器だ。
されど……、我は主の口にした言葉に応じ、取るべき態度を決めていた。
膝を屈し、主に跪く。かつて我を信じきれなかったかの王に行ってきたことと同じように。
「セイバー、さっきも言ったが、俺はキミに―――」
「承知しております。しかし、我は元より主に仕えるモノ。このような接し方しか知りませぬゆえ、お許しいただきたい。何より、貴方がたお二人は仕えるに相応しき御方であると我は判断しました。故にこの在り方が一番良い。己の無遠慮受け入れていただけますか?」
「あまりそういうのは好きじゃないんだが……」
「そこは受け入れるべきよ兄様。セイバーは兄様の対等であろうとする意思を受け取ったうえで、臣下の礼を優先すると言ったのだから、それはセイバーなりの配慮でしょう。それが最も私たちの関係をうまく運ばせることができる、そう考えたのではなくて?」
「妹君の仰る通りであればこそ」
「……わかった。キミに強さ以上を求めないと言ったのはこちらだ。さっきも言ったように俺はそう大した奴じゃない、臣下として迷惑をかけることも多くあると思うが、共に勝利のために全力を尽くそう、セイバー」
「御意」
無論、妹君が発した言葉通りの意味だけではない。この身は既に一度、主に裏切られ、その果ての絶望を思い知らされた身である。主が己に何を求めているのかによって、我は主との関係性を考えなければならない立場にある。
我は勝利を欲することしかできない。権謀術数の類を追い求めることなど出来ぬし、人の心の機微が読み取れるほどの機能を与えられているわけでもない。ただ中原を駆け抜け、踏破するためだけの機能を与えられたに他ならないのだから。
ただ、この御方たちはそれで良いと言ってくれた。我の持ち得る力――勝利を掴むための力が欲しいのだと。彼らにとっては何げなく言った言葉に過ぎないだろう。
召喚したサーヴァントに対して己の活躍を期待しているとかけた励ましの言葉に過ぎないのだろうが……、我にとっては少しばかり心向きが違う。
『余は―――お前の強さが恐ろしい。貴様はいずれ、余を裏切り逆賊となって国に禍を齎すのではないか』
ああ、そうだ。誰よりも強さに縋っておきながら、強さを理由に裏切られたのだ。我にとってのただ一人の主、機能を完全に果たし終えるまでその成果を上げ続けることを誓った相手は、己の備えた機能を持ち得るが故に我を怖れた。
たった一言、己の強さが欲しかったから、己を呼び出した。その言葉に感銘を受けている己がいる。人の心が分かるとすれば、この感情に言葉を付け足すこともできるのかもしれないが、生憎と我にはよくわからない。
分かることは唯一つ、我は今、単純に、至極明快に、この二人の主に勝利を献上することを己の命題として刻み込んだ。ただそれだけである。
「時に主、何故勝利を欲する?」
「魔術師が万能の願望期である聖杯を掴みとることで根源へと至ることを求めている。聖杯戦争の知識を与えられている貴方ならば、それくらいは言われずともわかるのではなくて?」
妹君は不思議そうな表情で我に告げた。無論、聖杯戦争とその周辺にまつわる記録は全て我の中に入力された。必要最低限の情報を手にしたことで、人間の演算を遥かに超える己の演算機構は魔術師の目指す根源というものにおもむろな仮定を見出すことはできた。
とはいえである。我もまた戦乱渦巻く中原の一時代を駆け抜けた。多くの将に見え、多くの忠臣、逆賊を見据え、果てには豹変する王の姿をまざまざと見せつけられた。
瞳を見ればわかるのだ。彼らの心の根底には根源を掴むという真っ当なる未来を待ち望んでいるのではなく、勝たなければならないという昏く淀んだ感情があることを。
それは破滅に塗れた感情ではないのだろうが……
「………エーデルフェルトは過去の聖杯戦争に参加し、一度も勝利を手にしたことがない。聖杯戦争に勝利する。それは俺達エーデルフェルトの人間にとっては悲願だ。15年前の轍を踏むわけにはいかない」
「根源に至ることは重要よ。けれど、同時に―――エーデルフェルトは勝たなければならない。負け続けることなど魔術の名門たるエーデルフェルトには許されないの」
主と妹君は覚悟を翳した表情で言葉を紡ぐ。使命感或いは責任感、己が命脈に刻まれた宿命こそが彼らに勝利を欲する原動力となったのか。
「我々エーデルフェルトは代々女性が当主を務めます。されど、兄様は男性の身でありながら当主の座を一族の皆に認めさせました。すべてはひとえに兄様の才覚があればこそ。エーデルフェルトに勝利を齎すには兄様の力がなければならないと誰もが認めたからにほかなりません」
「そういうことだよ、セイバー。俺達は勝つことが求められている。参加して武勲を上げればそれで終わりじゃない。既に六度目だ。いい加減に成果を上げろと一族のお歴々から睨まれているのさ」
「では、本来は妹君が当主になるはずであった、と」
これまで流麗に続いていた言葉の応酬が止まる。視線を伏せ、しかしすぐに主は言葉を紡ぐ。
「………聡いな、セイバー。その通りだよ。もしも、聖杯戦争なんてものがなければ、俺は当主になるなんてことはなかったろうな」
「けれど、余計な詮索はこれっきりにしなさいセイバー。
私は自分でその事実を認めて、兄様の力になると決めたの。私達の悲願は変わることなくエーデルフェルトの勝利。ええ、私が本来であれば手にする権利を手放してでも掴んだ栄光ですもの、兄様には何があろうと勝ってもらわないと」
「……御意。余計な詮索をしたこと、謝罪いたします」
「分かればいいのよ」
妹君は微笑を浮かべた。我に対しての敵対的な意思は感じられない。
おそらく、我が主たちは何かしらを我に対して隠している。我の演算がそのように告げているが、それを問いたところで我にとって益があるわけではない。元より我は屠るモノ。戦場にて矛を振い、鮮血と骸の山を以て主の勝利に貢献するモノだ。
であればこそ、余計な詮索など必要ない。主たちの信頼はただサーヴァントとして本懐を以て叶える。それを為し遂げることができる主たちであると我は肯定する。
「さて、本題の話しをしようか。セイバー、君から戦いの方針に対しての提案はあるか?
俺達はキミの主であるとはいえ、戦闘に置いてはキミの方が遥かに経験値が高い。そんなキミはどのように闘う? この聖杯戦争に現れる無数の猛者たちを相手に、どんな勝利のカタチを欲する」
「無論、どんな方法であろうとも、総て屠るのみ。ですが、最も好むのはやはり、真正面より相手を叩き潰す事でしょう」
「奇遇だな、俺も同じだよ。なら、決まりだ。当初の予定通り、俺達は誰であろうとも真正面からその挑戦を受けて立とう。どんな思惑が裏で動いていようとも、それでもなお聖杯を掴むことは、魔術師の誇りだ。誰に恥じることもなくその栄光を掴みに行こう」
「はぁ……、セイバーが何と答えようとも兄様はその結論に行き着いたのではなくて?」
「まさか。リーナはこの方針に反対かい?」
「それこそまさかね。私達兄妹こそがこの聖杯戦争の覇者であると、誰にも否定させない。それが私たちの誓い――血よりもなお濃い絆でしょう?」
故にここに我々の陣営の方針は決まった。正々堂々、誰であろうとも真正面から捻じ伏せる。それこそが王道の戦い、悲願の聖杯獲得を掲げるエーデルフェルトの矜持なのだと彼は眩しい様な決意を口にする。
それはまだ戦という泥沼の世界を知らぬ貴族であるからか、それともそうしなければならぬほどの決意を背負っているからか、あるいはそのどちらでもあるのか。
どうであろうと構わない。己の鉾が全てを屠れば主に危険が迫ることはない。勝利を求められた。我の存在理由を改めて与えられた。であればこそ、かつてを忘れ、今を刻むだけだ。
向かいくるは六人の英霊たち、構わん、誰であろうと来るがいい。奇しくも数まで同じだとはなお昂るモノ。
かつては出来なかった七雄制覇――この地にて、今度こそは最後まで踏破して見せよう。
【CLASS】セイバー
【真名】白起
【性別】男性
【身長・体重】230cm/270kg
【属性】秩序・中庸
【ステータス】
筋力A
耐久A
敏捷C
魔力C
幸運E
宝具B+
【クラス別スキル】
対魔力:B
魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
騎乗:B-
騎乗の才能。大抵の乗り物、動物なら人並み以上に乗りこなせるが、魔獣・聖獣ランクの獣は乗りこなせない
【固有スキル】
軍略:B
一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具や対城宝具の行使や、逆に相手の対軍宝具、対城宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。かつて中原を駆け抜けたその軍略は数多の勝利を彼に与えた。
戦術躯体:C
仙道技術を結集して建造された異形の肉体。戦風吹き荒れる中原の統一を為すため、仙人たちによって設計され、並み居る敵対者を駆逐すべく戦闘特化の躯体となった。この後に、その技術は覇王の武を持つにいたる後継機へと受け継がれた。
戦闘続行:B
決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。戦術躯体という機械の身体有ればこそのスキルである。