――秋津市西側・繁華街・地下クラブ――
「ん……あぁ、どうかしら? たまにはこういうのもいいでしょう?」
「ああ、新鮮で面白いな。まぁ、正直に言えば、手際の悪さは感じるが」
「仕方ないでしょ、不慣れなんだから……んっ、熱が伝わってきて、へぁ……ん……」
「いいさ。恥らいながら奉仕をするお前の姿を見ているのもこれはこれで悪くない」
地下クラブの一室、エルナン・コルテスの寝室として使われている部屋の中で、ベッドに寝そべってまぐわう一組の男女がいる。
男は部屋の主であるエルナン・コルテス、ヘッドに仰向けになって寝転がる彼は、彼を知る物からすれば珍しいほどに、ただ寝転んでいるだけで何もする様子が無い。しかし、彼は決してその自分の姿に苛立っている様子はない。むしろ、面白がっているようにも見える。
その理由は、彼の上にまたがり、覆いかぶさるようにしてコルテスの胸のあたりに頬を添わせている九重円華であった。いつもであれば、常にコルテスが強引に行為に及ぶところを、今日は円華の方から誘ってきた。
コルテスからすれば、願ってもないことである。征服者として女を喰うことは彼にとって当たり前の事であるが、円華は特別な存在だ。自分が認めた女が自分から誘いに来て断るなど、どうしてできようか。
―――今日は、私にリードさせてほしいの。
部屋に入って、すぐに背中からコルテスに抱きついた円華は、背中越しにそう囁いた。背中越しに触れる二つの双丘の感触と共に口にされた言葉を彼女が何処まで本当に実践するのか、笑みが止まらないのはそういうこと。
理由如何など、どうでもいい。人の感情など簡単に動く物なのだから。九重円華がエルナン・コルテスに自分から奉仕をしようとしていると言うことが何よりも大事なのだ。
そして、今、コルテスの身体に覆いかぶさるようにして、何ら纏うモノもなく、裸体を晒した円華は、左手で自分の身体を支えるようにコルテスの胸へと伸ばし、右手はコルテスの陰茎に触れ、おっかなびっくりな様子で上下にさすっている。
膣内に入れられた時の動きを真似して手を動かしている様子だが、やはり慣れていないのか、ぎこちなさが目立つ。最も、コルテスからすれば、「あの」円華が自分から手淫に耽っている姿を見るだけでも相応に面白い見世物ではあるのだが。
「円華。退屈な動きだけで俺を喜ばせられると思っているのか?」
「そんなこと、言われても……」
「もっと全身を使え。手だけがお前の身体じゃないだろ。奉仕をすると言ったのはお前なんだ。恥らっていないで、もっと動き回れよ」
「じ、じゃあ……ん……れろ、ちゅ……」
コルテスに言われた言葉で考えたのか、それとも目の前の行為に集中し始めて本能的に察したのか、円華はコルテスの胸、乳首の部分へと顔を沿わせると、舌を出し下から上へと巻き上げるようにして舐める。
一度ゆっくりと舐め、それから犬が水を舐めるようにちろちろと小刻みに舐め上げていく。
「ほう……」
「こう、ひうことで、いぃのぉ……?」
「いいじゃないか。続けろ」
「んっ、ちょっと、どうしてさっきよりも大きく」
「驚くなよ。身が入って来れば、興奮もする。間違っていないことの指標になるだろ」
「こんな大きいの、いつも、私の中に入って……、あっ、ぬめっとして、滑りが良くなってきてる。気持ちいいの?」
「続けろ」
「あぅ、はむっ、れろ、ちゅっ、んんっ、乳首もちょっとずつ硬くなって……、それにあそこもどんどん熱が伝わってきて、身体が熱くなって、きてる……」
円華の頬が紅潮を始め、いつもの凜とした表情の彼女は別人のようにとろんとした表情を浮かべている。
これまでも何度か身体を重ねたことはあったが、円華は睨みつけるような態度あるいは痛みを隠せない様子だったが、今回は明らかに円華自身も感じ始めてきていることが分かった。
乳首だけではなく、コルテスの身体に左手を這わせながら、時折、顔を近づけて唇で吸い上げるようにして、触れる。
先ほどまでぎこちなく動いていた右手は、左手と顔の動きに合わせるような形でゆっくりとストロークを重ね、緩慢ではあるものの、コルテスの肉棒に刺激を与え続けていく。
そして、行為を続けていくと、円華にも分かってくることがある。上半身と下半身で同時に刺激が来ることもあれば、時間差で来ることもある。
それが円華の判断1つで決まり、コルテスの身体に刺激の結果が反映されるのは、いつもは気持ち1つで弄ばれている円華からコルテスへのささやかな反抗のように思えて心地よさが伴っていた。
「ふふ、気持ちよさそう」
「おまえにやられりゃ、誰だってそう思う」
「ん、嬉しい。なら、もっと気持ちよくさせてあげる」
上体を起こすと、先ほどまで胸元にあった身体をコルテスの首下にまで動かす。柔らかな二つの感触がスライドするように動くと同時に円華の顔がコルテスの首筋へと近づくとつつくように舌が伸びる。
舌から生まれるくすぐったい感触と共に、二人の熱が直接的に感じられるほどの距離で、意識が熱に浮かされるようだった。
時折、愛撫の邪魔にならないようにと掻き上げられる混じりけのない艶やかな黒髪から漂ってくる香しい匂いも、円華という女をものしているという優越感をひとしお感じさせるものであった。
体を密着させたことで、コルテスの肉棒を扱いていた右手に余裕がなくなって来たのか、全体を上下に動かす動きから、亀頭の周辺をこねくりまわすようにさすり、快楽によって排出されるカウパー液をこの後の為に鈴口全体に塗りあわせていく。
「ピクピクしてる……」
「耳元で囁くにしちゃ大胆じゃねぇか」
「だって……」
「なぁ、円華。焦らし上手も嫌いじゃないがそろそろいいんじゃねぇのか。何せ、お前も―――」
「ひゃっ……んひぃ」
「随分と濡れているんだからよ。顔が欲しがってるぜ」
「ん……」
皆まで言わせるなというコルテスの態度に、円華は一度、右手を自由にすると、這うようにして、身体をコルテスの顔から離していく。
そのまま、コルテスの股の部分で止まると、膝立ちになり、髪を掻き上げると、改めて血管が浮き出るほどに勃起を重ねたコルテスの陰茎を見下ろす。
「自分で入れてみろ」
「ん………」
自分の股下にコルテスの陰茎が当たる箇所にまで身体を動かすと、鼠蹊部から挟み込むようにして腰を下ろす。
下ろす最中で自分の濡れそぼった陰唇と陰茎が触れるのを感じ、たまらず声が出てしまう。ぬめっとした感触のままに亀頭部分が自分の身体の中に驚くほどスムーズに入ったことが分かるが、しかし、それ以上先へと進んでいかない。
「腰を前後に動かせ」
「あ………はぅ……」
コルテスに言われるままにゆっくりと腰をグラインドさせるように前に動かすと、逸れるようにして、すっぽりと肉棒が円華の膣内へと侵入し、一気に腰が落ちる。
「ひぅ……んはっ、入、っちゃたぁ、私の中で熱いのが、動いてる……」
入って来た際に生じた快感に声を上げ、そのまま腰落しになりそうなところでコルテスが円華の腰に手を添えて、肌と肌がぶつかり合うのを防ぐ。
「動か、ないの……?」
「俺様が動いたら、こうしている意味がないだろ。少し待て、俺様の形にお前の身体が馴染んだら、身体を動かせ。好きなようにやってみろ」
好きなようにやって見ろと言われても、円華は騎乗位での腰の振り方など分からない。ただ、上下に動かすだけではだめなのだろうと思い、コルテスが腰を離すと同時に、身体が昇りあげるように身体を前に腰を後ろに突きだすようにして身体を動かす。
すると、どうだろうか……、少し時間が経過して身体に馴染んだコルテスのモノが、グラインドによって膣壁を沿うようにして動き、膣前壁の性感帯を刺激し、加速度的に快感が増幅していく。
「はっ……これ、自分で、動かして、きもひ、いいの、わかるから……わかっちゃうから!」
「俺様に突かれるのとはまた違った楽しみ方があるだろう? お前なりのやり方で快楽を探せるんだからな。ま、俺様からすれば面白くないと言えば面白くはないが……」
やはり自分から体を動かして、女性を快楽で支配する体位に比べると、コルテスからすれば些かつまらなさを感じることはある。
ただ、自分の頭上で額から汗を流しながら、円華が快楽に悶える姿を晒しているのは実に心地よい。既に快楽が身体中に伝播して、本人も気づいていないのだろうが、腰の動きは徐々に過激になっている。
快楽をもっともっと欲している様に、淫らに、情けなく、凛々しさなど微塵も感じさせないよう彼女の表情は、自分のものに彼女が支配されていることを感じさせてくれるのだから、文句はない。
結局の所、円華が乱れている所が見れればそれだけで十分に楽しめているのかもしれないが、やはり一番は円華が自分から動いていると言う所だろう。
これまでのように受動的にやらされているのではなく、コルテスを喜ばせるために行動をしていると言う点だ。
コルテスとて男である。気にかけている女が自分の為に動いてくれる様子を見せていることに嫌だと思う気持ちがあるわけがない。
「ダメ、これ、昇って……ひぁ、わたしのなかぁ、トントンって突っついてきて、ダメェ、そこ、そこ弱いから……」
「おいおい、自分で弱い所に当たるように動いているんだろうがって聞いちゃいねぇか。さて、そろそろ盛り上がって来ただろうし、円華、俺様も動くぞ」
「え、だって、さっき、動かな、ひぃやぁぁぁぁ!」
ズンとこれまでずっと円華の腰の動きに身を任せていたコルテスが自分から腰を動かす。突然動いた腰は円華の快楽の感覚とは全く別の流れで突然、彼女の敏感な部分を突き当てて、想定外の快楽に脳に電流が奔るように円華の全身を快楽がより支配していく。
「ちょ、ダメェ。き、きょうはぁ、私にまかせるって、いったのに、あひぃ、そ、そこ、ダメ。こ、擦れて……」
「お前が好き勝手に動いているから、大体の感じるところは掴んだぜ。お前に任せていても面白いのは面白いが、俺様は征服したがりなのさ。ほら、突き上げるぞ!」
先ほどまで、円華のペースで動いていたコルテスの肉棒が、円華の膣内を無遠慮に蹂躙して、膣の先にある子宮口に向かって突き上げていく。
女性自身が快楽を得るための行為ではなく。無遠慮に快楽を得るために身体を蹂躙していく行為。その蹂躙の過程で得られる快楽にすっかり身体が出来上がってしまった円華は抵抗することもできずに身体をよがらせていく。
「あっ、あっ、んぐぅ、だ、ダメダメ……もう、イく、イっちゃう………!」
必死に耐えようとしている円華であったが、先ほどまで自分で好きに快楽を貪っていただけに、最早身体の方が止まる術を持たない。突き上げていく快楽は積み重なっていき、彼女の身体がビクビクと震えながら限界であることを示していく。
「よぉし、いいぞ、円華。お前がイクのに合わせて、俺様も出してやる、喜べ!!」
「ひぐ、な、中でビクビクしてるのわかる。だ、ダメ、い、今出されたら―――」
「もう遅ぇよ!!」
ドビュッ、ドピュッと遠慮も何もなく円華の中へと吐きだされたコルテスの精液が円華の膣内を蹂躙し、子宮口へと放たれていく。
「んくぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
出された瞬間、円華は弓なりに身体をしならせ、絶頂に身を震わせながら、覆いかぶさるようにして、コルテスの身体へともたれかかっていく。
絶頂の快楽があまりにも強すぎたのか、気絶してしまったのではないかと疑うようにしなだれかかった勢いで、円華の中に入りこんでいたコルテスの肉棒が外に飛び出し、残った白濁の液体がベッドを汚した。
「くく、いやはや、やはり女を抱くってのはこの世における最高の快楽の一つだなァ。いや、この場合は俺様だけじゃなく、お前にとっても幸福だったか? あれだけ嫌々言っていた奴がこれだけ乱れるんだから、お前には才能があるよ、円華。俺様を喜ばせる才能がな」
「………」
コルテスは行為が終わった後に好き勝手なことを呟くが、円華はそれに反応する素振りが無い。むしろ、本当に気絶をしてしまっているのではないかと思うほどに反応が無いことに、さしものコルテスも円華の様子を不審に思った。
肌は冷たいわけではなく、むしろ行為によって得た熱に侵されて、火照っているのが触れた肌越しによくわかる。
ざらつきなど一切ない玉のような肌に滴る汗が自分たちの行為の何よりの証明だ。
「おい、円華。どうした? まさか、イキ狂って気落ちしちまった訳じゃないだろ?」
気落ちしているのならば、再び目覚めさせてやろうじゃないかとコルテスが自分の胸に覆いかぶさっている円華の顔を掴むと、無造作に自分の顔へと近づけていく。
「目覚めるのは口づけと相場は決まっているしな」
まだまだ、自分は続きをすることができるという意志を見せるためにだらんとしていた円華の顔を動かし、自分へと近づけようとすると、円華の唇へと触れる前に自分の唇へと触れるものがあった。
「ん……」
「ダメ……、女にとってのキスは、そんなに安いモノじゃないの……」
触れたのは円華の指、さきほどまで物乞いするようにコルテスの身体をまさぐっていた指が、お預けをするように彼の唇へと添えられた。鼻孔をくすぐる牝の匂いと、とろんとした表情と紅潮した顔色は、正気を取り戻しても尚、彼女の牝としての顔を曝け出していて、わざと焦らそうとしている様にすら見えてくる。
「なんだよ、気付いているじゃないか」
「一段落したからね。ちょっと………乱れすぎて、恥ずかしくて……」
「可愛いことを言うじゃねぇか。そうはいっても今更だろう。さっきまで、あれだけ乱れに乱れていたんだ。今更キスの一つや二つ―――」
「それを言ったら、今までだって、無理矢理にやっていたじゃない。今だって気を失っている隙にやろうとしていたんでしょ」
「違いない。だが、雰囲気ってものがあるだろ。さっきのはよかった、いい女を抱いている時ってのは生きていることを強く実感する。泣いている女を征服するのも悪くないが、俺様の魅力に堕ちた女が甲斐甲斐しくするのは、よりひとしおだ」
「結局、自分の事ばっかり」
「当たり前だ、それが俺様だ。自分の願いを追い求めて、その結果として俺様は英雄になったのだからな」
誰よりも我欲を貫き、多くの嘆きの上に己の幸福を手にした。それこそがエルナン・コルテスの生き方だ。秋津の街で何が起ころうとも最後に勝利を手にしているのであれば、過程などどうでもいい。最後に勝ったものが勝者であると言う認識は彼の中では一切変わらない。
「で、だ。俺様としてもまだまだ楽しみたいし、お前だって収まりがつかないだろう」
「生理現象として身体が興奮気味なのは認めるわ」
「お前、男みたいに冷めてるな」
「ふふっ、だって、私は貴方の事が嫌いだもの。自分で満足したら、そりゃぁ、貴方に従う気なんてなくなっちゃうわ」
「はッ、そうかよ。甘い態度のお前も良いとは思っていたが、その減らず口が叩けるお前も悪くない。そういうことにしておいてやるよ」
コルテスとしても、此処までの会話ですっかり先ほどまでの興奮が収まってしまったのか、それ以上を求める様子はなかった。良くも悪くもやはりムードというモノ、あるいは気分が重要なのだ。
フンとコルテスは身体を横に倒し、円華に背を向ける。怒りを見せているわけではない様子だったが、決して機嫌が良いと言う様子でもなかった。
しかし、そんな萎えさせる態度を取っていたにもかかわらず、円華は再びベッドに横になり、コルテスの背中に手を沿わせる。
「ねぇ、そんなに私の唇を奪いたいの?」
「はッ、そんなことは最初の夜にやっただろうが。お前から俺様に献上しろ」
「いいわよ、キャスターを倒すことが出来たのなら」
「へぇ……」
耳元で囁くように告げられた言葉にコルテスは笑みを零す。まったく、とんだ悪女だと思わずにはいられない。
先ほどまで梯子を外すような言葉を口にしておきながら、今更になって条件付きで、目の前に餌を垂れ提げるなどとよくもやってくれるものだ。
主導権を握ろうとでもしているのか、そうだとすれば可愛いものだ、甘いおねだりなどよりもなお一層、男を喜ばせる手段というモノを理解している。
「後で、そんなことを言った覚えはないなんて口にしたところで無駄だぞ」
「本当にできるのならね」
背中越しに聞こえてくる安い挑発すらも今は心地よい。どうせ倒さなければならなかった相手を倒したことでの報酬が増えると言うのならば、何の憂いもないだろう。
「準備ができ次第、爺と連中の情報網を使って、久坂の野郎の居場所を特定する。奴を潰し、その上でキャスターを討つぞ」
「………ええ」
決戦を前にして、気合は十分というところだ。充分に楽しんだのだから、次は働くときだろう。それが終わればより楽しむための時間が来る。
ああ、素晴らしい、とても充実している。この充実を確固たるものにするためにも、因縁の相手との清算を果たしに行くとしよう。
「くく、キャスター、そして久坂。待っていろ、俺様の楽しみのためにも、お前たちには消えてもらうぞ」
そうして高笑いを上げるコルテスは気付かない。その背で、円華が静かに、物音ひとつ立てることなく、しかしはっきりと三日月形の笑みを零していたことに。
――秋津市西・繁華街・勢至姆組事務所――
「では約束通り、我らが陣営の志士、150名、バーサーカー陣営の麾下として合流させる。今宵のセイバー陣営との決戦、存分に使い潰してもらって構わない」
「………おいおい、数を揃えるとは言ったが、随分な大盤振る舞いじゃないか。使い潰すのは俺達としては願ってもいないことだが、本当にいいのか? お前ら、今日の戦いが終わったら兵隊がいなくなっちまいはしないか?」
「問題はないよ。数の優位を最大限に生かすことができるのが我らの利点だ。我らはみなすべて帝の宝具によって顕現せし存在、帝と魔力の源さえ存在していれば、何度でもその姿をこの地に甦らせることができるのだから」
勢至姆組の事務所、その裏手に存在する庭に無数の志士たちが集っていた。久坂によって連れてこられた志士たちの数は、彼が口にしたように150名、優に勢至姆組の構成員の数を超えるほどの戦力が一挙に集結したことに対して、奉は思わず目を丸くしてしまいそうだった。
これまでもキャスター陣営の行動はこの街の中全体で確認することが出来ていたが、この数はさすがに言葉を奪われるばかりであった。
もっとも、久坂からすれば、これですらも本来の戦力総てであるとは言えない。幕末の京に集った志士たちの総てともなれば、相応の数がいる。これはあくまでも久坂にとって最低限の守りを除いた現在動員することができる最大数であると言う判断であった。
「はは、いやはや絶景絶景。我らが時代に生きた者たちがこれほどまでに集っているとは、圧巻であるな、久坂殿。これほどの数が揃っていれば、我らは攘夷を為し遂げることが出来ただろうに」
奉の隣に立ち、一斉に並んだ志士たちの姿を見る、清河八郎はその光景を圧巻である特にした。
生前、彼は多くの志士たちを集めて京へと昇った。後の新選組となる壬生浪士隊やそれに連なる浪人たちを引き連れ、攘夷を果たすための軍勢として利用するつもりでいた。
しかし、彼が目論む攘夷と浪人たちが掲げた幕府或いは帝への報国の想いはついぞ重なることはなかった。
結果として、清河は反乱分子扱いとなって、暗殺される形となったが、もしも、あの時にこれだけの軍勢を味方にすることが出来ていれば、己の運命も変わったかもしれない。清河にそう思わせるほどに目の前の軍勢はまさしく圧巻という他なかった。
「そうだ、その通りだよ、清河。我らはこれより攘夷を果たすのだ。異国人たちを排斥し、帝の名の下に我らが民を統一し、そして真なる攘夷と国家再生を果たす! これはそのための前哨戦であると考えたまえ!!」
雄たけびが聴こえる。奉たちを無視するようにキャスター陣営が盛り上がっていく。彼らにとっては、奉たちの存在はあくまでも同盟の存在であり、彼らにとってはおまけでしかないことを示唆している。
(ふん、最も数が自分たちの武器であると考えているのなら、はなはだ思い違いもいいところではあるけれどな。お前たちが持っているその優位性は既にバーサーカーが奪い取っているんだからよ)
久坂達の優位性があくまでも数に依存するものであるのならば、既にバーサーカーはその不利を解消している。もしも、此処に集った者たちが一斉に襲い掛かって来たとしても、バーサーカーはすぐさまそれに順応し、対応することができるだろう。
恐怖の度合いが増せば増すほどにその強度を増していくバーサーカーの存在は、一定のラインを越えた状況である今となっては、奉にとって有利に働くばかりであった。
「では、後のことは任せるよ、奉殿。150名の中には指折りの剣士である4人も揃えている。彼らとバーサーカーの力を以て、見事セイバーを討ち果たしてくれたまえ」
「ふん、最初からテメェらは全部使い潰すつもりだ。全滅させてやるつもりで動かすからな」
「結構だ、しかし、最悪の場合は撤退してくれて構わない。セイバーの力を削ぐことが出来れば、それでも十分ではある。大願成就を間近にして同盟相手に脱落されてはこちらとしても目覚めが悪いのでね」
「随分と弱気じゃないか。つーか、てめぇ、何を他人事のように口走ってる。テメェも参加するんじゃねぇのか?」
「ああ、言い忘れていたね。私は少々野暮用があってね。こちらの戦力を置いていく代わりに指揮は清河に任せるつもりだよ」
「おい、テメェ。そんな話聞いていないぞ。何を企んでいやがる!」
一蓮托生などと口にしておきながら、決戦に自分が赴くつもりがないと口走る久坂に対して、奉が詰め寄る。本能的なモノであるのか、キナ臭い何かを感じ取ったからなのかもしれない。
しかし、奉の威圧、そして姿を消しているものの、すぐにでもとびかかってきそうなバーサーカーの気配を感じつつも、久坂は涼しげな表情を変えることが無い。
「こちらとしてもできることならば、明日まで放置しておきたかったのだが、そうもいかないようでね。慢心をしていると足元を掬われかねない。数が多いことが優位性だと口にしたばかりの所で言い訳がましいかもしれないが、多くの勢力に狙われているのでね。対処を誤ると、窮地に陥りかねないのさ」
久坂が誰のことを言っているのか、奉には皆目見当がつかない。おそらくセイバー陣営以外のどこかの陣営のことを口にしているのだろうか、あるいは単純に嘘をついて、この場をやり過ごそうとしているだけなのか。どっちとも取れるし、どちらとも取れない、微妙なところであった。
「ふん、ああそうかよ。なら、テメェは余所で勝手に野垂れ死ね。安心して、セイバーが討ち取られるところを待っていろ」
「頼もしい限りだ、貴殿に同盟の提案をした、私の眼も衰えてはいないと言うことだな」
勝手に言っていろと奉は久坂の褒めているのか皮肉を言っているのかもわからない言葉に対して吐き捨てた。久坂自体の問題さえ置いておけば、キャスター陣営そのものは戦力として申し分ないことは間違いない。
バーサーカー自身が数の上で有利が取れているとはいえ、数が多いに越したことはない。
(しかも、その数の勘定をまったく気にしなくていい相手だってのなら、そりゃ使わないわけにはいかないよな)
キャスター陣営だけでセイバーを倒してくれると言うのであればそれでもいいのだ。既にアサシンとの戦いでバーサーカーの実証実験は終了している。
恐怖を喰らい、真なる獣へと変性を果たしたバーサーカーの戦力を温存したままにセイバーを倒せればそれでが最上。そうでないのならば、バーサーカーを主軸に敷いた上でキャスター陣営を特攻兵器紛いの使い方をして、セイバーを追いこむ。
「それと、これは念頭に置いてもらいたいが、セイバー陣営のマスターは他のマスターとは役者が違う。マスター同士の戦闘に発展する可能性があることは頭に入れておいた方がいいだろう」
「それについては問題ねぇよ。こっちも櫻一郎をぶつけるだけだ。魔術師相手なら、あいつほど適任な奴はいない」
何せ、魔術師殺しの七星なのだ。魔術師を相手にぶつける存在としてこれ以上ないほどの存在であると言えよう。
「では、私は吉報を待つとしよう。こちらとしても、君に良い報告が出来るように善処しよう」
「勝手にやっておけ」
セイバーを倒せば、いよいよ次はキャスター陣営を何処で切り捨てるのかを考える時が近づいてくる。その意味でも、キャスター陣営の戦い方をつぶさに観察しておくのは決して悪いことではない。既に一組が脱落した聖杯戦争、ここからは加速度的に状況が変わっていくことは間違いない。
それぞれの思惑を以て、秋津市における聖杯戦争6日目の夜がいよいよ幕を開けようとしている。散発的に繰り返されてきた戦いは、いよいよ収束を始め、総ての陣営を巻き込んだ決戦の時が近づいてきている。
――秋津市東側・住宅街・遠坂邸――
深呼吸を一つ、自分の後ろめたい思いを封印するとともに魔力を身体に流し込んで、マルテルさんと共に、門壁を乗り越える。
一瞬にして行われた行為を前にして、声を上げる者は誰もいない。それはそうだ、一介の女子学生が門を超えるなんて行為をするはずがないと誰だってわかる。
ただ、歓迎が何もないなんてことは有り得ない。
「ここに来ても意味がないと、昨日告げたはずだぞ、七星桜子。何をしに来たのかね」
「アーチャー」
当然と言うべきか、もしかしたら、来ると分かっていたのか、遠坂邸の入口へと辿り着くよりも先に、周囲をアーチャーとアーチャーの部下たちに取り囲まれる。
それでも、すぐさま攻撃を与えられなかったのは単純にここまで常にあたしたちがアーチャー陣営に対して好意的な態度を取り続けてきたからだろう。
蓮司君とあたしがここまでに築いてきた時間がまずは最初の関門を突破させてくれる。踏み込むための助走がクリアになった以上、次は真っ直ぐに飛びあがらなければならない。
「蓮司君に会いに来ました。理由は……貴方なら言わなくても分かるでしょう」
「蓮司君に再起を促すつもりかね」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
あたしの要領を得ない言葉にアーチャーは訝しむ表情を浮かべる。どう判断をすればいいのか決めかねている。そんな様子だった。勿論、こっちだってここまで来て自分の目的を隠し通すことができるとは思っていない。
「聖杯戦争に蓮司君の力が必要だって思いもある。でも、そんなことよりも先に、あたしは蓮司君に立ち直ってほしい。辛いのは勿論分かっている。だけど、このままふさぎ込んでいていいわけがないから、あたしにできることがしたいの!」
「それは君の勝手な思い込みだ。彼の為になるとは到底思えない」
「わかってる。わかっていて、ここに来ている!」
アーチャーの諭す言葉にもあたしは怯むことなく言い放つ。昨日までだったら、ここで自分の想いを封じて戻ってしまっていただろうけれど、今日は退くつもりはない。
「……頑固であるのは分かっていたが、それはここで我々と戦うことになったとしても、ということかね。正直、そうなった時にそちらに利点があるとは思えないのだが」
「メリットとか、良い点があるとかそういうことじゃない。あたしは……、蓮司君の友達として、同じ魔術師として、蓮司君の力になりたいって思っているだけだから!」
「桜子、先に進みなさい。後は私が引き受けます」
「正気かね、ランサー。君はもう少し理知的な存在であると思っていたが」
「主の願いです。あなたの言い分と一緒ですよ。言っても聞かないのであれば叶えさせるしかないでしょう。私は私で、彼女の行動で変わることもあると思っていますから」
言葉一つ、そして互いに視線が交差した瞬間に、先に動いたのはランサーであった。巨大なランスの一降りをアーチャーの兵士たちが受け止め、包囲に穴が出来ると桜子は言葉一つ口にすることなく、その包囲を突破し、遠坂邸へと真っ直ぐに進んでいく。
「無茶なことをする。ランサー、分かっているだろう。無理矢理に二人を合わせたところで待っているのは良い結末ではないと」
「でしょうね。桜子のやろうとしていることは残酷なことです。しかし、それを分かって彼女は荒療治をしようとしている。アーチャー、貴方ができないことをやろうとしている」
「…………」
「ならば、一度くらいは信じてみてもいいのでは? 彼女の破天荒さで変わったことがあることも貴方であれば理解しているでしょう」
「失敗すれば、もはや我々は決裂だ」
「その時は。ええ、改めて決着をつけるとしましょう。私は――マルテルの騎士としてそれを誓います」
ランサーが口にした言葉の意味、それがわからないアーチャーではない。桜子を通すために本来であれば決して相手に明かすべきではない自身の真名に直接的に結び付く名を口にしたのだ。
言わずとも、それは決戦となれば自分が不利になることを相手に晒し出したと言うことに等しい。
サーヴァントはマスターの行動に対して、それほどの覚悟を示した。アーチャーは思う。桜子の行動は決して良い方向に転ぶことはないだろう。最悪の場合、蓮司にとって消えない傷をつけることになりかねない。桜子とて同じだ。
しかし、しかしである。そうした袋小路に立たされた時こそ、若者のエネルギーというモノこそが意味を成すことになるのかもしれない。
「信じる、か……。 このような状況の中で、いや、このような状況であればこそ、か……」
遠坂蓮司という少年を閉ざしている殻。それは遠坂煉という人物によって生み出されたある種の呪いであり、遠坂に連なる者でしか解くことができないものであろうとアーチャーは考えていた。
だが、ただ1人、彼女であれば、蓮司にとって特別な相手である桜子であれば、もしかしたら……、蓮司の中に潜んでいる神とも呼ぶべき存在に、蓮司の心を閉ざす壁に風穴を開くことができるのかもしれない。
(もしも、それができるのだとすれば、私は……)
アーチャーにとって望まぬ状況である。それは間違いないと言うのに、どこか自分の中では高揚感にも似た想いを抱き始めていることに気付いたのだった。