※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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策とは、成功すれば勝利が決まるものではない。それを実現すれば総てが己の思うままとなる。それをして、策を為すと言う


決闘の夜――破

――秋津市中央・電波塔周辺――

「進め、進め!! 相手は異国の女ひとり、何があろうとも討ち果たせ。我らが神国にケガレを持ち込む愚か者をこの手で打ち払うのだ!!」

 

「好き勝手なことを言ってくれるわね。別に好きでこの国へと来たわけじゃないわ!」

 

 華麗にダンスを踊るかのように、アスファルトの地面を滑りながらリーナは次々と自分へと向かってくる志士たちへと攻撃を続けていく。

 

足元に展開した魔術は、自分の足と地面の間に発生する摩擦を制御する魔術、人体が移動するうえでの速度に大きく影響する摩擦そのものに干渉する魔術を展開することで、通常の数倍の速度での移動を可能としている。

 

当然、自分の身体を動かすよりも相手を屠るために魔術を使う方が早いが、生憎とリーナはロイほど複数の魔術を同時に展開することはできない。

 

 二つ、あるいは無理をして三つの魔術を展開出来れば御の字である彼女にとって、多数の相手と戦うのであれば、自分自身に作用する魔術を展開しながら、敵を此処に屠っていくしかない。

 

(私はあくまでも囮、致命の一撃はセイバーと兄様が必ず起こしてくれる。正規のマスターでもない私に時間を掛けてしまっていることが、キャスター陣営にとっては痛手になることは目に見えているのだから、この状況を継続していくことに意味がある)

 

 勿論、リーナにとっては兄の引き立て役になってしまう立場であることに全く不満が無いわけではない。聖杯戦争は魔術師にとっての晴れ舞台、エーデルフェルトにとっては汚名を雪ぐための絶好の機会なのだ。一族の1人として、聖杯戦争にかける思いは強い。

 

 しかし、あくまでも今のリーナは当主ではない。当主としての兄をサポートし、勝利させるために同行を許された補助者の立場でしかないのだから、自分の意志などというモノは最初から優先されることはない。

 

 群がってくる者たちを華麗に避けながら、次々と一撃、一撃を正確に致命の部分に叩き付けていく姿は魔術師というよりもむしろ、暗殺者か何かの方が表現としては適しているのかもしれない。壬生浪士隊や幕末の人斬りとして名を馳せた者たちに比べれば、有象無象の志士たちは、それほどの脅威であるとは思えない。

 

 あくまでも、あの時代に活躍した剣士たちであると言うだけであれば、神秘の力によって戦う魔術師に分があるのは当たり前の事と言えよう。

 

「兄様……」

 

 ただ、総てが想定通りに進んでいるのかと言えばそういうわけではないことも分かっている。まず、ロイだ。事前に桜子から耳にしていたバーサーカー陣営に属しているもう一人の七星が参戦することは分かっていたし、それをロイが受け持つことも予定通りだが、純粋に強い。

 

(悔しいけれど、おそらく私では勝負にならない。魔術を展開しても即座に七星の刃で切られて、隙を見出されて負けるだけ。兄様だからこそ、優位を勝ち取りながら戦えている)

 

 櫻一郎と戦っているロイに余裕の表情はない。顔色を崩しているわけではないものの、いつもの泰然自若といった態度ではなく、櫻一郎を倒すために手を尽くしているのがリーナには見て取れる。

これが第一の予定外。マスターではない七星を相手に思った以上に拮抗してしまっていること。

 

 そして、もう一つは―――

 

「ぬッッ!!」

「GRUOOOOOOOOOOOOOOO!!」

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 獣が吼える。複数の獣たちが一斉に吠えながら、一体の戦士、機械の巨躯を相手に恐れを知らないとばかりに飛び込んでいる。

 

黒い疾風が体当たりを仕掛けることによって、同時に攻撃を仕掛けた志士にまで被害が及んでいるが、双方の陣営、共にそれを気にしている様子はない。敵対相手を倒せればそれでよいとばかりであった。

 

「何度群がって来ようとも関係ない、貴様らの行動は総て我が戦術予測によって見えている!」

 

 腕に噛みついてきた獣に対して、機械の腕が痛みなど知らぬとばかりに地面へと振り下ろされる。

再びアスファルトに亀裂を迸らせるほどの衝撃が生まれ、獣が吼えるが、今度はバーサーカーも決して牙を離そうとはしない。

埒が明かぬとばかりに再び振り上げられた腕をもう一方の腕に握った戟を使い、バーサーカーを串刺しにすると志士たちへと放り投げる。

 

しかし、それは複数のバーサーカーの内の一体、噛みつかれた腕の表面が削られている。機械の巨躯の装甲に獣の牙が衝きたてられた。

 その意味するところは、目で見えている情報以上に深い意味を持つ。この無数の獣たちがセイバーに傷をつけるに値する敵手であることを意味し始めているのだから。

 

「GOOOOOOOOOOOOONNNNNNNNNNN」

 

 吼える、月夜に吼える。獣にどこまでの知識があるのかはわからない。しかし、彼らは敏感だ。己が食える存在であるかどうかに敏感だ。数を揃え、恐怖の質量を増し、今や志士たちが潜在的に抱くセイバーに対しての恐れすらも喰らいながら、この瞬間にも成長を続けている。

 

 かつてであれば、戦いの舞台に乗ることもできなかったであろう存在。セイバーという圧倒的な力を前に、痩せさらばえた野犬程度がどうして抗う事が出来ようか。

 

「そうだ、バーサーカー。お前の力を見せてやれ。恐怖がある限り、お前の力は絶対だ。過去にどれほど強かったとしても、この街ではお前の方が強い。お前の強さは……、俺達がこの街で刻んできた強さだ。負けるはずがない!!」

 

 奉は叫ぶ。己のパートナーに届かせるように。同時に己に言い聞かせるように叫び声を上げる。絶望的な戦いのように見えていたが、まったく勝ち目がないわけではない。

 奮起しろ、目の前にいるのは、成功した魔術師共だ。神丘奉が手にしたくてもついぞ手にすることが出来なかった栄光をほしいままにする者たちだ。

 

 昨日に喰らったアサシンのマスターなどとは違う、正真正銘、聖杯戦争を自分たちの箔にしようとしている魔術師たち、奉にとって住む世界が違い、そして互いに決して理解できない場所にいる存在だ。

 

(ああ、そうだ。だからいいんじゃないか。本物になれない偽物であろうとも、本物を喰らう事が出来るとこの戦いで証明してやればいいんだからな)

 

 執念と嫉妬心から浮かび上がる感情は、撤退すると言う言葉を決して導くことはない。このまま、ここでセイバー陣営を食いつぶす。そうすれば、きっと、自分たちはもっともっと強くなることができると、奉は確信を覚える。

 

 己の大切であった人を殺し、聖杯戦争の相手を殺し、そのたびに一つ一つ強くなっている実感がある。ならば、この恐るべき相手を喰らった先に待っている光景は、自分が想像もしていないような境地なのかもしれない。

 

 そう思うだけで、心が揺さぶられるのだ。キャスター陣営の思惑など関係ない。この戦いはバーサーカー陣営にとっても大きな意味がある。

 状況は拮抗を始めている。しかし、だからといって、総てが出しきられたわけではない。

 

「さて、ではそろそろ、僕たちも動くとしますか」

「待ちくたびれちょるわ、ようやっと、奴ん、首斬れんのぉ」

「久坂の命令に従うのは癪だがな」

 

 キャスター陣営がこの場に置き土産として残した四大人斬りたちの投入の時が迫る。他の志士たちとは違う、ロイやリーナに迫ることができる達人たちの投入は間違いなく状況を一変させるだろう。

 

・・・

 

 地上での戦いが、徐々に徐々にキャスター&バーサーカー陣営にとって望むべく展開へと変わり始めた頃、同じく電波塔周辺のビル屋上にて繰り広げられる戦いは小規模でありながら、この聖杯戦争の趨勢に大きく影響を与える戦いとなっていた。

 

「邪魔だァ、兵士如きが神たるこの俺様に敵うとでも思っているのか!!」

 

 アステカの神たる『ケツァルコアトル』、その力を擬似的に再現したコルテス自身の概念宝具は久坂の護衛として、この場に連れ立った数人の志士たちを同時に相手にしながらも、全く寄せ付ける様子が見えない。

 

 擬似的に己の身体能力を大幅に高めるコルテスの宝具の使い勝手は悪くない。アーチャーのように多くの敵に対して有利に働かせる力があるわけでもなく、ランサーのように見た目の派手さがあるわけでもない。ましてや、キャスターやバーサーカーのように逆転の一手になりえる力を持っているわけでもないが、それらを補って余りある汎用性こそが、コルテスの宝具の真価である。

 

「結局の所、テメェらの陣営は数頼みだ。人類の戦争の延長を超えることが出来ていないのさ、よくも考えて見ろよ、この聖杯戦争、どいつもこいつも英霊として呼び出された生前であれば、持ち得なかったような力を持ち合わせている」

 

 コルテスにとっては神と呼称されたのは野蛮なアステカ文明の民たちがコルテスの存在を勘違いしてしまったがためである。生前のコルテスはただの人間でしかなかったし、神のごとき力を纏うことなど出来ない。

 

 アーチャーが過去の存在に対して強くなると言う事も同じ理屈だ。神秘が深かったセイバーやランサーであれば、何処までが史実に即したことなのかは不明だが、総てが全て生前から持ち得たと言うわけではないだろう。

 

「どいつもこいつも膨れ上がった伝聞が力を与えてくれていることに間違いはない。だってのに、テメェらは面白くないことを小賢しく使っているだけじゃねぇか!」

 

「否定はせぬよ、しかし、派手なことが強みか? 現実から剥離していればいるほどに強いか。正面から見据えれば間違いなくその通りであろうが、地味な力も使いようだ。

 我らは我らのやり方で勝利を手にする。帝が願った神国再生、ケガレた異国人無き世界を生み出す。貴様のような侵略者こそが最も不要だ」

 

「ふん、くだらねぇ。アステカの野蛮人共を思い出して仕方がねぇ」

 

 コルテスの脳裏に宿るのは、生前の記憶だ。太陽の昇る国スペインより出立し、未開の地へと足を踏み入れた時に、かの野蛮人たちは、自分のことを神であると誤認した。

 

 気分は悪くなかった。航海で一山当てるつもりは本気であったし、生粋の自己中心主義であるコルテスにとって、己を神であると言う風に捉える土人たちの姿は都合のいい存在としてしか捉えようがなかったのだから。

 

 ただ―――同時にこうも思った。彼らはどこまでも愚かなのだと。この野蛮な文明の中で、閉じこもり、外に目を向けることもできなかった者たち、自分たち白色人種が繰り広げてきた血に塗れた発展の歴史とは全く逆な未開の文明。

 

 進歩を悪であるとたとえ、いずれ神に己の運命を明け渡そうとする者たちと、異国の民をケガレ等と口にして、嫌悪する者たち、大して変わらない。どちらも愚かだ。

 

「お前らの思想に比べれば、まだ唯一神を信奉するサラディンたちのが理解できるよ。俺様は俺様のやりたいようにやるだけだからな、異国人だろうが何だろうが差別はしねぇよ。俺様から見れば、お前らのやっていることも相当に穢れてるだろ」

 

 その言葉に反応したのか、志士たちが激昂して、コルテスへと斬りかかる。無論、安い挑発に乗ってきた相手など、コルテスからすれば恐ろしくもなんともない。

 

 威嚇のために銃撃を放ち、志士たちが回避をしたところで懐に飛び込み、決して洗練されているわけではないが、宝具による恩恵を受けた拳が志士の顎を突き飛ばす。

 

もう一人がすかさず横から来るのを、銃撃を一発、肩に当たった銃弾に志士が怯むと、志士へと近づき、みぞおちに蹴りを一つ、志士は呻き、思わず膝をついてしまう。

 

 宝具で恩恵を受けているとはいえ、コルテスの判断力は決して他のサーヴァントたちに見劣りするものではない。一騎当千の無双たるセイバーやランサーからすれば格が落ちるかもしれないが、単純な身体強化を受けていれば彼にとってもこの程度のことはわけもないことである。

 

 今更の話しではあるが、彼はコンキスタドール、未開の地へと踏み込み、一つの文明を滅ぼすまでのことを為し遂げた人物であるのだから。

 

「配置を間違えたな。お前はもっと、俺様を警戒するべきだった」

「誰であっても、君とセイバーを比べれば、セイバーを警戒するとも。私の判断は間違っていたわけではない」

 

「そうか、別にことさら否定はしねぇさ。ならば、お前よりも俺様の方が上手だったと言うだけの事だ。消える間際にそれを実感していけばいい」

 

 銃弾が久坂目掛けて放たれる。しかし、それが届くよりも早く、梓沙の握る薙刀が銃弾を弾き落とす。

 

「ほう……」

「ただ侍らせているだけだと思っていたか? そこまで酔狂でいるつもりはない。梓沙も梓沙で中々に役立つよ。下手な魔術師よりは戦ってくれるだけにありがたい」

 

「山で見た時にもそそられると思ったが、悪くないな。テメェを消滅させた後に俺様が拾って奴隷にしてやるよ」

「彼女の処遇に興味はないが、同志が異国人の奴隷にされることは看過できないな」

 

 どの口が言うのかとコルテスは思わず吹き出しそうになってしまう。明らかに洗脳をして、自分の手駒のように扱っている相手に対して配慮を口にするなど、白々しいにも程がある。

 

 いや、タイプは違えども、他者に対して良心の呵責など一切なく、貶めることができる者としてコルテスには分かる。

 

久坂玄瑞という男は究極的に他人に対して興味と言うモノがないのだろう。好き嫌いと言う次元で言えば、彼は全くそういったカテゴリーで人間を判断しないのではないだろうか。

あくまでも相手は自分にとって使えるかどうか、他人の感情は自分が利用できるかどうか、自分が動くのではなく他人を動かすためには何処で何を言葉にすればいいのか、行動すればいいのか。それを徹底的に磨き上げ、他者が自分でも気づかない間に思惑に乗せている。

 

自分以外の存在を自分の尺度でしか図ることができない。他人を理解しているように見えて全く理解していない。自分に同調する者でなければ無理矢理にでも同調させてそれこそが、この世界の真理なのであると求める姿、ああ、まさしく狂人だ。

 

恐ろしいほどに頭がキレるがために彼はここまで突き進んできたが、その内面の根底にあるのは清々しいまでの人格破綻者と言う他ない。

 

 ケガレだなんだと口にしているが、コルテスがこれまでに見てきた自分の同類たちと大して変わりはない。変わりがあるとすれば、久坂が真の意味での傑物であるということくらいだろう。故に所詮は覇権争いだ。この戦いはこの国を守る戦いでも何でもなく、ただの征服者同士の争いでしかないと思う以上、出し抜いた側が勝つだけのこと。

 

 そして、コルテスは自分が既にチェックメイトの位置にまで立っていることを知っている。

 

「余裕な面をしているが、ここから追い詰めていけば先に崩れるのはそっちだろ。テメェの首を抱えたまま、あの山にいるキャスターのところにいけば俺様の勝ちは確定だ」

 

「総本山にこちらが戦力を残していないとでも?」

「そんときはセイバーにでも手を貸させるさ。連中だってお前らが目障りなんだ。潰せると知れば、その時くらいは手を貸すだろ」

 

 久坂を討てば、キャスター陣営の動きは一時的であったとしても間違いなく止まる。キャスター陣営の心臓が帝であるとすれば、久坂は脳だ。久坂がいる限り、彼らは止まらないが、彼を討ってしまえば、大きく弱体化することは間違いない。

 

 護衛たちが倒れ、梓沙はあくまでも抵抗をする程度の事しかできない。このまま流れを断ち切ることなく終わらせようとコルテスが一気に距離を詰め、

 

「いいや、追い詰められているのはそちらだとも」

 

「―――――令呪を以て命じる。ライダー、その場から動くな」

 

「―――――は?」

 

 突然の事だった、まったく予想もしていなかった出来事が突如としてライダーを襲った。自分の身体が動かない。まるで主導権を他人に握られたかのように、自分の身体が脳からの命令を全く受け付けていないのだ。

 

 視線を前方の久坂に向ける。彼の笑みは酷薄で、明らかにコルテスを見下した表情を浮かべていた。

 

「久坂ァァァァァァァァァァァァ!!」

 

「私の居場所を見つけることができて満足したか? セイバーを囮に使って私を殺すことができると夢を見たか? 私を倒せば、帝を屠るのは楽であると思っていたか?

 覚えておくがいい、征服者よ。策とは、成功すれば勝利が決まるものではない。それを実現すれば総てが己の思うままとなる。それをして、策を為すと言うのだ」

 

 叫ぶ以外に何もすることができない。令呪という絶対命令権を発動されたことによって、コルテスの身体は脳からの信号を受けても全く指先1つ動かすことが出来ず、案山子のように立ち尽くしているしかない。

 

「―――久坂様、エルナン・コルテスはもはや動くことはできません。ですが、私ではいつまで持たせていることができるか分かりません。

一刻も早く――この男を、ケガレに満ちた征服者を帝の威光の下に斬り捨ててください」

 

「言われるまでもないさ、九重円華。よくやってくれた、君もまた帝の下に集った同志であると信じる心に偽りはないとも」

 

「テメェ、いつからだ。いつから、円華を―――――洗脳した!!?」

 

「言わねばわからぬかね? 最初からだよ。確かに彼女は半端に自我が残っている様子だった。よほど、自分の中で聖杯戦争に勝ちたいという思いがあったのだろうな。しかし、無駄だ。我らが国の民である限り、帝の威光に逆らうことはできない。三日も我らの下にいたのだ。理解を得るには十分な時間であろう」

 

 先ほど、コルテスによって痛手を与えられた志士たちが立ち上がる。表情に怒りの色を浮かべた兵士たちは無防備に立ち尽くすだけのコルテスへと刃を向ける。

 

「貴様の敗因は、貴様自身を特別な存在であると過信し続けてきたことだ。貴様は神などではない。ただの―――ケガレた征服者に過ぎぬ」

 

「貴様ァァァァァァァァァァ!!」

 

 志士たちが刃を振り上げ、一切の躊躇なく振り下ろす。それは両側面から、コルテスの身体を切り裂き、異国人を討つことに特化した刃はコルテスにとって、致命傷に近いダメージを与えることとなる。

 

「がぁっ、ごぼぉ、ぐぅ、ごぇ………」

 

「一降りで消滅すると思っていたが、なるほど、宝具の効力が完全に無くなったわけではなかったか。構わん、次は首を斬れ。首を飛ばして生きているような人間はいるまい。神か何かでもなければな?」

 

 ピクピクと、コルテスの身体がけいれんを引き起こしている。血を一気に流したことで意識を失いかけている。本当に失ってしまえば、魔力によって編みこまれた体は瞬く間にこの世界から消失をすることだろう。

 

(ふざけるな、俺様が……死ぬ? こんな所で……こんなクソどもに殺される……?)

 

 意識が朦朧とし始める。自分の身体が徐々に令呪によってではなく、血を流し過ぎたことによって倒れ掛かっていることを自覚する。

コルテス自身は決して身体能力が極端に高いサーヴァントであると言うわけではない。魔力の回復にも限度がある。もしも、クビでないにしても、後一撃でも喰らえば、消滅は免れないだろう。

 

「ふざ、けるなッ!!」

 

 だからであろうか、まるで火事場の馬鹿力が発動したかのように、再び刀を振り上げ、放った志士たちの刀が空を切る。ギリギリのところで、コルテスが後退したのだ。

 

「令呪の縛りを破った、というのか」

「がはっ、あっぐぅ……」

 

 久坂は純粋に驚きを覚えた。サーヴァントが令呪の命令に基本的には服従するものの、どうしても従えない命令の場合には、令呪1画程度では従わせることができないと言うことは知っている。

コルテスの死に対しての忌避感が一時的に令呪の束縛力を越えたのだろう。それによって、攻撃を避けることが出来た。

 

 しかし、そこまでである。異国人を斬るための刃をその身に受けておきながら、五体満足で戦えるはずもない。コルテスは形勢を逆転させるために志士たちを蹴散らす事も出来ずに、ふらふらとビルの屋上を横にからだをふらつかせていくことしかできない。

 

 まるで追い詰められた者が必死に逃げ場を探すかのような姿は久坂にしても志士にしても滑稽以外の何物でもなかった。

 

「俺様は………俺様はァ!!」

 

『コルテス様………、どうか、あなたに……』

「マリン、チェ………」

 

 死を予感させる状況の中で、コルテスの脳裏にかつて、愛を囁きあった女の姿が映し出される。まるで走馬灯のように浮かび上がった女の姿を虚空に映しだし、その姿に手を伸ばすかのようにして、コルテスの身体がビルの屋上から、真下の地上に向かって墜落していく。

 

「久坂様……」

「逃げた、というよりも本当に落下しただけかもしれないな。何をしている。追え、他の志士たちと共に徹底的に追い詰めろ。手負いであるとはいえ、相手は瀕死だ。必ず斬り殺せ。あれは帝の敵だ」

 

「はっ……!」

 

 志士たちの姿が一瞬にしてこの場から消える。霊体となり、落下したコルテスの姿を追ったのだろう。

 

「どのみち、あの深手のまま、この高さから落下すれば、衝撃で消滅してもおかしくはないが」

 

「いえ、あの男は執念深いです。落下したように見せかけて逃げているかもしれません。確実に殺しきるべきです。でなければ、この地からケガレを払いきることができません」

 

 ポツリと円華は茫洋な表情のままに久坂に告げる。その言葉には己のサーヴァントであるコルテスに対しての労りと言ったものが全く感じられない。冷たい、どこまでも割り切った敵対者に対する言葉であった。

 

「先ほどといい、見事な殺気だ。我らが憎悪するべき異国人であるとはいえ、己のサーヴァントを相手にそこまでの態度を見せることができるのならば、帝もお喜びになるだろう」

 

「ありがとうございます、久坂様の言う通り、あの男はケガレそのもののような男でした。私だけでは排除したくてもできない相手でしたから、久坂様のお力になり、同時に奴を排除することが出来たこと、心より感謝させていただきます」

 

「そう謙遜することはない。奴は君のことを信用していた。息を殺し、奴の油断を誘うまでに取り入った君の手柄だ」

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 妖艶に円華は微笑を浮かべる。先ほど、地下クラブのベッドでコルテスに微笑んだ時のように、自分が持ち得る女の武器を最大限に活用した彼女は、コルテスを躍らせて、見事、この蜘蛛の巣へと近づけた。

 

「しかし、一つだけ解せぬこともある。何故、令呪で動きを封じるように命令をしたのだ? 君には彼を自害させると言う命令を下すこともできたはずだが?」

 

 コルテスが逃走を果たすきっかけを生んだのは円華がコルテスの動きを封じる形で令呪を使用したからに違いない。

もしも、あの瞬間に円華が静止ではなく自害することを命令していたとすれば、コルテスを完全に消滅させることは容易かっただろう。こちらが手を下すまでもなく、と言うことも考えられた。

 

「………、勿論、それも考えました。しかし、彼は私自身が悪感情を抱いていることを知っています。令呪を彼を殺すために使う可能性があると踏んでいたでしょう。だからこそ、あえて動きを止めると言う、彼が意識をしていないであろう箇所を狙いました。

 自害をさせようとすれば、彼は必死に抵抗をしてきたことでしょう。久坂様の前でどんな抵抗をするのかもわかりません。ですから、私は私なりに確実に奴を倒すためには迂遠であれども、動きを止めるべきだと考えました」

 

 九重円華は自分を殺したがっている。だから、令呪を使い自分を自害させようとする可能性が高い。そこに彼が対策を設けているにしても設けていなかったにしても予想しうる行動で生じる意識の陥穽はさほど大きくはないだろう。

 

 かつて唯一神理教に踏み込んだ時に聞かされた彼女の境遇を考えれば、ライダー陣営が決して一枚岩ではないことは明らかである。

 

「承知した、なるほど、確かにそれは一理ある理屈だろう。疑ってすまなかった。何にしても、彼はこのまま討伐される。もはや二度と君のような被害者が出ることはないだろう」

「感謝します、久坂様……」

 

 久坂は改めて確信する。やはり、マスターを直接自分たちの手駒に置くと言う方法が最も手っ取り早い。一番の悩みの種であるセイバー陣営に対してその手段を取ることができないことが悔やまれるが、他の陣営全てを洗脳したうえで、セイバー陣営へと向ければいい。結局の所、マスターが人間である限り、疲労を全く感じないと言うことは有り得ない。どこかで必ず綻びが生じるのならばそこを狙えばいいだけなのだから。

 

(セイバー陣営との戦いの裏で私を討つ。その発想自体は悪くない。他の陣営では想定もしていなかっただろう。しかし、結局、君は私の手の内でしかなかった。所詮は……ケガレに満ちた侵略者でしかなかったか)

 

 やはり、異国人たちは総て討伐しなければならない。この国の未来に暗雲を生み出しかねない者たちを排除し、帝の国を再生させると言う願いはコルテスを倒したことによって、より現実味を帯びてきた。久坂の胸の中に熱いものがこみあげてくる。

 

 明日を迎え、総てが完了すれば、今度こそは帝と共に勝利を分かち合うことができる。その時に味わう勝利の美酒は格別であろう。

 

「………バカな男」

 

 こみ上げる想いに酔う久坂の傍らで、ビルより眼下を見下ろしながら、円華はポツリとつぶやいた。

積年の思いを晴らすかのように、静かに、ただ決定的に変わってしまった何かを手放すように零した言葉と共に目じりには涙の色が浮かんでいた。

 

 ひとしれず、大きく状況が動いた秋津市中央部、そこから離れ戦うもう一つの戦場は未だ趨勢が見えず、拮抗した状況が続いていた。

 

秋津市東の住宅街の一角である遠坂邸、そこで行われる魔術師同士の戦いは、電波塔周辺の激戦からは大きく格を落す形での戦いではあったが、争いあう両者にとっては、自分の現在持ち得る力を振り絞った戦いが求められる状況へとなっている。

 

「くっ、近づこうとしても近づけない」

 

「当たり前だ、君の刃が何処にあるのかわからない状態で、君を懐に入れるなんて自殺行為だ。近づく余地すら与えずに封殺する。君がいくら魔術の才能があったとしても、使えるのは魔術を刃の形に整えることだけなんだから」

 

 七星桜子と遠坂蓮司の戦いは、屋敷より飛び出した中庭の中で展開し、蓮司が優勢のまま、戦いは続いていた。魔術を斬る刃を使う桜子にとって、決して蓮司は相性が悪い相手ではない。

 

 もっとも、蓮司もそんなことは分かっているからこそ、桜子の得意な状況を作らせない。自身の魔術と蓮司が幼少のころから溜めこんできた魔力を内蔵した宝石を使いこなしながら、桜子を決して自分の懐に近づけさせない。

 

(七星さんの弱点は明らかだ。彼女の武器はあくまでも刀、魔術そのものではなく、魔術によって代用された刀を振るっている以上、刀が届かない位置にある限り、魔力を斬られることはない)

 

 彼女の兄である櫻一郎はその刀身を魔術によって引き延ばすことで弱点を克服し、己の強さへと変えた。しかし、彼女はまだそこまでの領域には至っていない。

 

 複数の魔術を同時に扱って攻撃を続ければ、彼女は近づくことが出来ず、ジリジリと削られていくだけだ。状況判断は素早く、自分が優位を取っていると言う事実が蓮司自身の桜子に対して抱いていた不確かなコンプレックスを自信へと塗り替えていく。

 

 大丈夫だ、戦えている、あれほど成長が恐ろしいと思っていた相手に対して自分は戦えているのだから。

 

 自分自身を鼓舞し、戦闘状態を維持することが出来ていること事態を以て戦意はより高みへと昇っていく。同時に、自分の心が慢心をすれば一瞬で抜かされるかもしれないことも肝に銘じて、桜子の一動作に集中する。

 

 七星桜子と言う魔術師は規格外だ。次の瞬間に何が起こるのかわからない。魔術師としての常識に照らし合わせても理解できない奇跡のような何かが起こるかもしれない。

 

 でも、だからこそ――――彼女に勝つ意味がある。

 

「やっぱり、蓮司君は流石だな」

 

 あれほどの弱気を見せておきながら、戦ってみれば自分にとってまだまだ険しい壁として立ちはだかる。同年代の魔術師として純粋に尊敬の念を抱くばかりだ。

 

 でも、だからこそ――――彼に勝つ意味がある。

 

 聖杯戦争に勝つために、七星櫻一郎を、ロイ・エーデルフェルトを倒すためには、目の前の自分よりもなお強い魔術師を越えていかなければ始まらない。

 

 勿論、蓮司に立ち直ってもらうための戦いではある。けれど、桜子は同時に自分が果たして目の前の彼を相手にどこまで戦えるのかを試したかった。常に戦いの中で少しずつ変わり始めてきた自分の魔術、常に窮地こそが彼女を成長させてくれた。

 

 ならば、この戦いでも……、遠坂蓮司を相手に自分はより高みに成長することができるかもしれない。

 

 ドクンと自分の中にある魔術回路が励起する。血が沸騰するように自分の中の魔力が高まっていくのを感じ、視界の中に広がる光景から多くの情報が流れてくる。

 

 蓮司君の魔術は蓮司君の努力によって培われた魔術だ。それだけに大きなミスをするなんてことは絶対に考えられない。蓮司君が手堅く攻めてくる手を連続して襲い掛かってくる魔術の連撃を、どこかで凌いで近づかなければいけない。

 

(あたしだけじゃ手が足りない。だけど、ここにはあたししかいない。どうする、七星桜子……、あたしには何が出来る……?)

 

 今のままでは蓮司君に勝つことはできない。もしも、勝つことができるとすればそれは、この土壇場で、あたしが兄さんのように自分自身の魔術の使い方をはっきりと発現させる以外に方法はない。

 




もう、久坂を止められる奴、おらへんやないか?

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