※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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励起する七星の血が桜子のステージを次の段階へと進めていく。


決闘の夜――急

――秋津市東側・住宅街・遠坂邸――

 

 住宅街の一角に聳え立つ遠坂邸、秋津市を裏から管理する魔術師一家の拠点ともいえるその場所は、住宅街の中にあって、敷地は他の家の数倍はくだらないであろう広さを備えている。

 

遠坂煉は魔術師としての己を肯定しながら、俗物的な他人、あるいは世界を否定することはなかった。言わば、目に見えて権威を見せることができるものを彼は好んだ。

 

 人間、価値が分からなかったとしても自分の尺度の中で自分が実現することができないもの、あるいは技術を持ち合わせているものを尊敬するきらいがある。

 

 住居などその最たるものだろう。住居の形式、庭の造形、完成された目の前の光景にどんな歴史的価値、専門的価値があるかわからなかったとしても、大きく、そして広ければ、きっとこの屋敷は素晴らしい、価値のあるものなのだと漠然と考える。

 

 その漠然と考えた思考の先にあるのは、自分よりも上の人間であると言う無意識の発想だ。こんな凄いものを持っている人間なのだから、自分よりも上のはずだと思わせる。

 

 俗物的な発想かもしれないが、人間を操る上でこれほど楽に権威を乗せる方法はない。そうした手法を遠坂煉は好み、この遠坂邸にもその意匠が施されている。

 

 そうした発想から広々とした中庭が生み出されたわけではあるが、今、そのコンセプトを全く無視する形で、この中庭は二人の魔術師の戦闘領域へと変貌した。

 

 その様子をそれぞれのサーヴァントは手を出すことなく見守っている。蓮司と桜子を引き合わせればこのような展開になることは、言うまでもなくアーチャーにもランサーにも見えていた。

 

 アーチャーは蓮司が桜子に抱くコンプレックスを見抜いていたし、ランサーは事前に桜子から衝突しても手を出さないでほしいと言われている。

 

「………そうか。分かった、引き続き監視を続けてくれ」

 

「どこかに斥候に向かわせているのですか?」

 

「兵士の数の多さはキャスター陣営と変わらないからな。気付かれない程度に街全体に網は張っている。電波塔周辺でセイバーとキャスター、バーサーカーが戦闘を始めた」

 

「そうですか……」

「知っていたようだな」

 

「ええ、元々はそちらの戦闘に参加するつもりでいました。しかし、それを蹴ってでも桜子は遠坂蓮司を優先しました」

「ふむ、それを聞かされるとこちらも手を出しづらいな。一応は、マスターになるかもしれない相手の命の危険が掛かった戦いではあるのだがな」

 

 言葉に出しつつも、アーチャーはランサーに対して敵対的な行動を取る様子を見せない。あくまでも様子見、本当の意味で蓮司の命が危険にさらされるようであれば介入するが……、

 

「まぁ、吐きだすことが重要なこともある。彼の心に踏み入ることができるのは煉殿か、あるいは七星桜子くらいのモノだろうからな」

 

 もっとも丸く収まるのかどうかといわれると、アーチャーも判断が難しい。蓮司の抑えつけていた感情を爆発させた以上、安易にどちらかが戦闘を停止させることはないだろう。

 白黒つける。桜子と蓮司、どちらが勝っているのか、残酷ではあるが、それをはっきりさせなければ、互いに収まりがつかないだろう。

 

(で、あればそれがどちらなのかという所ではあるが、さすがに蓮司君に分があると言いたいところだな。彼は彼自身が卑下するほど無能でも愚かでもない。理想が高すぎるがために己の実力が見えていないが……)

 

 遠坂蓮司は決して突出した何かがあると言うわけではない。しかし、総じて明らかに劣っている点が無いと言うことも事実なのだ。

 

 言わば、どんな局面であろうともある程度の対応をすることができる。魔術を打ち消すことができる桜子を相手に、それは決して器用貧乏という意味で使われることではない。むしろ、どんな状況にも対応できる、どれほどかき回されたとしても戦うことができる、と言う風に解釈していくべきだろう。

 

「桜子……」

 

 対してランサーは桜子の戦いを観察しながら、徐々に桜子が蓮司によって展開される戦況に動きが馴れ始めてきていることに気付いた。

 押され続けていることは間違いないが、最初の防戦一方から少しずつではあるが、蓮司の魔術を魔術で編み出された刀で斬ることができるようになっている。

 

 攻勢に打って出るにはまだまだ足りない部分が多すぎるが、だからといってまったく打つ手なしというわけではない。

 

(桜子に足りないのは経験であり、戦う気持ち自体が負けているわけではない筈。であれば、この戦いの中で見出すものがあれば……)

 

 時間とは残酷なモノだ、積み重ねてきた時間は決して当人を裏切らない。誰であろうとも積み重ねてきた時間によって得られるものはあり、経験の不足はそのまま実力の不足へと至る。

 

それを解消できる裏技があるとすれば、圧倒的な才覚、あるいは爆発的な魔力の解放だが……、ランサーはそのどちらも今の桜子に出来るとは思わない。

 

(変化があるとすれば、桜子が勝機を見出すことができる自分の利点に気付いているのかどうか、ということでしょうか……)

 

 そう、遠坂蓮司の利点を完全に潰して上回る方法はある。七星桜子の今持ち得る手札で実現できる方法はある。後はそれに桜子が気づくことができるかどうかに総てはかかっている。

 

 故にこの戦いで、分かることだろう。本当に七星桜子が聖杯を獲得することができるほどの魔術師になりえるのか。あるいは、所詮は子供の夢物語でしかないのかが……

 

「くっ、蓮司君、怒ってる癖して、すごく正確だ。もう少し、外してくれたっていいのに……」

 

 弾丸のごとき、無数の魔術が次々と迫ってくる。一つを掻い潜れば次の魔術が迫ってくる。一体どうすれば、そんなにも無数の魔術をノンストップで使えるのかと問いただしたくなるほどに、蓮司君の攻撃は止まる気配がない。

 

(体力切れとか狙える状況でもないよね。そもそも、あたし、魔術の素人すぎて、蓮司君のペースが速いのか、それとも、魔術師としては普通なのかもわかんないし……)

 

 相手の動きが変わることを狙うのは多分、厳しいだろうことはここまでに蓮司と真っ向からぶつかって分かってきた。

 

 自分に自信が無いにしても、蓮司君の実力は本物、あたしみたいにいきなり力が目覚めたとかじゃなくて、今日まで蓮司君なりの努力をしてきたからこそ、自分の限界が見えているし、あたしとの実力で何処まで力を発揮すれば戦えるのかが分かる。

 

 飛来する新たな魔術攻撃の内、自分が狙う事が出来るであろう、魔術を切り裂くことに集中する。自分の身を守ると言うよりも、自分の中でイメージを膨らませることができるように。自分はここまでの攻撃は斬れるんだと言う自信を自分に与えるために。

 

 うん、凄いと思う。あたしだってこんな感じで自分の能力を完全に使いこなせていないのに、蓮司君はその問題をちゃんとクリアしている。

 

 血の滲むような努力があったのかもしれない。同学年の皆との時間を犠牲にしても蓮司君が頑張ってきたことは容易に想像できる。その成長に追いつくなんてことは簡単にできるモノじゃない。

 

 魔術を知らずに17年間生きてきたあたしと、魔術師になるために費やされてきた蓮司君の17年間、途方もない経験値の差があるし、時間は誰にとっても平等で覆しようがない。

 

(でも、覆さなければ勝てない。どんな言葉を向けられても、あたしは蓮司君に勝って、あたしがこの先も戦えることを証明しなくちゃいけない……!)

 

 圧倒的な強さだったというお母さん、誰もが口にするお母さんの姿、お母さんと同じ場所に立つためには、かつてマルテルさんが言ったように、覆しようがない時間と言う概念を覆して、あたしが急成長を果たすしかない。

 

(方向性は見えてきた。あとはあたしがそれをできると信じること。魔術で編まれたこの刀が確かに存在していると信じるように、あたしが戦えると信じることが出来れば)

 

「イラついてくるな」

 

 魔術攻撃の最中、ポツリと蓮司君の声が漏れた。集中して彼の方を見ていたから、何とか気付けたけれど、蓮司君が何と言っているのかまでは解らなかった。

 

「ここまでずっと防御に回ることしかできていないのに、君の顔は全然死んでいない。むしろ、ここから巻き返すための何かを探っているような様子だ。自分の実力だってわかっているはずだろ。なのに、君は諦めてくれないんだな」

 

「諦めるくらいなら、最初からここに来ていないよ」

「だから、そういうところが、何よりも僕はイラつくんだよ!」

 

 再び来る攻撃、中庭が鳴動し、大地に亀裂が走り、陥没することで、あたしの足場を奪う攻撃と共に、空中からは魔術の連撃が一気に降りそそいでくる。

回避しようにも、足場が不安定になったことで十全な回避は絶対に見込めない。

 

「ずっと妬ましかったんだ。僕が必死になっても掴めないモノを、君は平気な顔で掴んでいく。全く無頓着で、その姿が僕の為になっているかのような態度を浮かべていて……」

 

 迎撃するしかない、数秒で判断を下し、刃を振り上げる。魔術弾と激突、だけど、総てを斬ることはできない。認識できたものだけが斬れただけだ。

 

「どうして来たんだ。僕は君と顔を合わせたくなんてなかった! 顔を合わせてしまったら、きっと、君を嫌いになってしまいそうだったから。君のことを妬ましく思う僕の気持ちを抑えておくことができないと思ったから。

 なのに、なのに、君は……!!」

 

 荒げる声に反比例するように、魔術弾の精度はより高まっていく。あたしの刀が魔術を斬るためであるのなら、あたしに刀を振らせなければいい。

 足場を崩す、手数で圧倒する。言葉で動揺させる。蓮司君は自分の持ち得ているモノの総てを利用してでも、あたしを封殺しようとしてくる。

 

 きっと必死だ、必死になって、それでもあたしを倒そうとしている。

 

(正直、蓮司君の気持ちはあたしにはわからない。刀を振るう事が出来ているだけのあたしに比べれば、蓮司君の方がよほど戦えるし、魔術をうまく扱えている。だからこそ、きっと、あたしが何を言っても蓮司君には届かない)

 

 あたしは蓮司君の悩みを共有することができない。あたしは蓮司君の心を癒すことができるわけじゃない。どこまでも七星桜子はそういうのに向いていないと自覚しているから。

 

 あたしはあたしのやりたいようにやって、それで蓮司君に気付いてもらうしかないんだ。

 

「君が魔術師に目覚めなければよかった! 本当に巻き込まれただけの一般人で、何かの間違いで迷い込んでしまったマスターなら、何も考えなくてよかった。

君を守らなければと思うだけで良かった。だけど、君は、そうはさせてくれない。君の存在は日を追うごとに僕の中で強くなっていく。いつか、いつか追い抜かされてしまうんじゃないかって……!」

 

 真実の総てが人を救ってくれるわけじゃない。知らなければよかったことなんて無数にある。七星の真実だって知らなければこんな思いをしなくても済んだかもしれない。

 

「そんなことを想うくらいだったら知りたくなんてなかった!!」

 

「それでも、蓮司君は十分凄いじゃないか。今だって戦えている」

 

「当たり前だろ、バカにするなよ、魔術に目覚めて数日の君なんかに遠坂の後継者として負けるわけがないだろ。僕は……、僕は父さんの後継者として、遠坂の魔術師として恥にならない戦いをしなくちゃいけないんだから!!」

 

「うん、そうだね。蓮司君の言っていることは間違っていないよ。馬鹿にしているわけでも何でもない。蓮司君は凄いと思っているし、自分と同い年の、同じ街で同じ学園に通っている人が、こんなことができるんだって、あたしは蓮司君のことを尊敬してる!」

 

 数日前に魔術に目覚めたあたしと違って、蓮司君はずっと魔術を学ぶことに時間を使ってきた。楽しい時もあれば苦しい時だってあったに違いない。お父さんとの関係だって、あたしにはわからないけれど、蓮司君なりにその関係を受け入れていた以上、互いに認め合う事が出来ていたんだと思う。

 

 そんな日々をずっと続けてきたからこそ、あたしのように半端に魔術に目覚めて、好き勝手なことを言っている気持ちは、認めたくないけど、わからないわけでもない。

 

 ただ、それは蓮司君の事情、あたしにはあたしの事情がある。

 

「でも、だからこそ、負けたくないよ! 生まれも育ちも違うけれど、あたしたちはどっちも同じ魔術師になった。きっかけがどうしようもなく、望んでいなかったことだったとしても、あたしは七星である以上、この運命から逃れられない」

 

 もしも、聖杯戦争に勝って、七星の血の宿命を乗り越えたとしても、魔術師で無くなるかなんてわからない。殺人衝動を失っても、この身体に流れる七星の魔力とは一生付き合っていかなければいけないのかもしれない。

 

「魔術師として生きていくのなら、あたしは誰よりも身近な人に負けたくない。教えてもらうのもいいし、助けてもらうのもいい。だけど、できることなら、一緒に頑張りたいでしょ、互いに成長していきたいでしょ! どっちかがどっちかに遠慮するなんてしたくないよ!」

 

 だからこそ、負けたくない。切磋琢磨して、互いに励ましあって、成長できればいい。

 

 負けたくないって気持ちは決して悪い意味だけじゃない。相手を陥れることだけを意味する訳じゃない。互いに互いを高め合うって事だってできるはずだから。

 

「七星の魔術師だからとか、遠坂の魔術師だからとか、そういう括りであたしたちのこれからを狭めたくない。だって、聖杯戦争が終わったとしても、あたしたちの時間は続いていくんだから!」

 

「………ッ、だったら、此処は負けておけよ。言いたいことは言い尽くしただろ!」

 

「ごめん、それはできない。あたしはあたしの願いを叶えたい。譲りたくはないって思っているから、今日は、あたしが勝たせてもらうよ!」

 

 昨日に努力の差で勝てなくても、明日に経験の差で勝てなかったとしても、今日、この時は勝たせてもらう。不意打ち気味な所も含めて、あたしだって勝つために来ているんだってことを理解してもらいたい。

 

 それに、やっぱり、あたしたちはぶつかっておくべきだったと思う。こうして、心に傷は出来て、痛みを抱えることになって、ようやく分かった。

 

 あたしが蓮司君にとって、どういう存在だったのか、何が蓮司君を苦しめることになったのか、ようやく分かったから。

 

 何も知らずに、あのまま、互いの心を隠して、相手の心を分かったつもりでいたら、もっと後で辛い思いをしていたんだと思うから。

 

 互いの振う技の応酬は、そのまま互いの心の呻きそのものだ。次の明日に向かえるために吐きださなければいけないモノを必死に吐き出しているに等しい。

 

 でも、吐きだすだけで終われない。私は遠坂蓮司を立ち直らせるためにここに来ているけれど、それで負けていいわけじゃない。聖杯戦争としてここに立っているのなら、狙うのは当然に勝利でなければいけない。

 

 あたしの思考と連動している様に、新たな光が目の前に押し寄せる。魔術の流れは分かってきた。蓮司君の癖なのか、それとも学び方なのか、蓮司君の攻撃弾道は最後にあたしの下に収束するように飛び込んでくる。

 ここまではそれが功を奏した。ようするにあたしのリーチの所に飛び込んでくる所で斬ることができれば、大きな被害を出すことなく戦闘を継続することができる。

 

 だけど、ずっとその状態を維持しているのでは、ダメだ。それは結局、自分の胸元に攻撃が届くまで、引き寄せるってことになってしまって、防御を第一にした位置取りをしなければいけない状態になっているから。

 

 それを解消するためには―――、いや、そもそもちょっと待ってほしい。この考え方って。

 

「その顔、気付いたのかな。こっちの思惑に」

 

 瞬間、新たに宝石が煌めくと同時に、魔術弾が降りそそいでくる。しかし、それがこれまでの攻撃と明らかに違うことを、瞬間的に理解し、刀を構える。

 収束する弾道じゃない。蓮司君が自分の癖を理解していた。いや、違う。今の口ぶりから考えられるのは……、むしろ、あたしがそのように思い込むことを誘っていた……?

 

「父さんからは良く言われたよ。自分の無意識に行っている魔術の使い方を学べってね。魔術師の魔術は決して誰かと同じものになることはない。必ず差異が生まれるし、その人間の生き方が反映されるから」

 

「最初から分かっていて――――」

 

「七星さんは真っ直ぐだから、僕がそういう騙しをしているなんて気づかないと思っていたよ。それがキミの魅力だし、弱点にもなるって事。そして、その弱点は取り返しがつく物ばかりじゃないってことだ」

 

 此処まで常に収束する攻撃に対して対抗策を見出していた自分の虚をつく形で蓮司君の攻撃が飛来する。

 

 不味いと思った瞬間には、既に攻撃が完成されていた。収束することなく三方向から迫る攻撃、それらを回避する隙間は確かに存在するけれども、回避した位置まで計算して魔術弾は発射されていて、蓮司君の抜け目の無さが分かった。

 

 結局の所、七星桜子の持つ手札は魔力を斬るということしかない。一方向に迫る攻撃で付け入る隙があると思いこませること。

 その思考の間隙に放り込まれた、これまでとは全く違う攻撃は、一瞬の判断を擁する状況で余計な思考の切り替えを必要とさせて、時間を奪わせるにはあまりにも効果的だった。

 

(蓮司君の手元が光ってる。この攻撃を避けたとしても追撃がくる。足元を崩されるかもしれない。何が来るのかわからない――――、どうする!?)

 

 ここまでに蓮司君が振ってきた数々の攻撃がここに来て自分の頭の中に思い浮んでは消えていく。何が来るのかわからない。もしかしたら、今までの攻撃にもブラフが存在したんじゃないかって言う考えをあたしにさせることこそが目的だったのだとすれば………

 

(起こってるのとかも全部ブラフだったんじゃないのってくらい用意周到! ダメだ、当たり前にできることじゃ、突破できない!!)

 

 魔術師遠坂蓮司の戦い方は、基本的には理詰めだ。学んできた自分の手札を有効に活用して、持ち得る手札でどのように追いこめば相手を倒すことができるのか、そこに終始することによって、ハマれば相手は手も足も出なくなる。

 

 今の桜子はまさしくそれだ。誘い込まれるべきゴールへと誘い込まれて、どうしようもなくなってしまった状況に近い。ここまでに遠坂蓮司が想定していない何かを出さなければ、突破することは不可能であると思った。

 

 血が……、魔術回路が、強く強く励起する。お前は終わっていない、七星はこの程度では負けないと強く強く内側から叫ばれているようだった。

 

(七星は魔術師狩りに特化した力、あたしはまだ七星の力の使い方が分かっていない。だけど、分かる。これが兄さんが言っていた七星の血、魔術師を狩るために与えられた力を高めるための――――)

 

 その血の衝動に付き合うことは簡単だった。ただ身を寄せればいい、目の前の魔術師を狩るために魔力を乗せて、あとは心の赴くままに戦えば、きっと、桜子はこの難局を打開できるだろうと予感があった。

 

(でも、それはダメ。あたしは蓮司君を殺したいわけじゃない。あたしは、蓮司君に勝ちたいんだ。だったら―――この血の衝動に負けちゃダメだ。あたしは七星の宿命を終わらせるんだからッ!!)

 

 血の赴くままに戦うんじゃない、あたし自身がその力を制御しなくちゃいけない。そのためには、力を出しつつ、理性を忘れないようにして――――

 

「七星流剣術――――」

 

 光が爆発する。無数の魔力弾があたしに向かって炸裂する。一方向から来たわけではない攻撃はあっさりとあたしの戦略を上回って、勝負の決着を急がせるように叩き付けられた。

 

「いくら、七星さんが凄まじかったとしても、これなら……」

 

 蓮司の口から零れる言葉はまさしくそうなってほしいという願望だった。勝負がついたと言う確信を覚えてはいる。だが、同時に桜子ならば、もしかしたら……という思いも抱いてしまっている。

 

 光が明滅しきったその先……、そこに今だ両の足で立ち、肩で息を吐きながらも闘志の炎を燃やしている彼女の姿を見つけ、ああやはり、と思ってしまった。

 

「どうして……」

「なんとか、できた……!」

 

「どうして、君が倒れていないんだ!!」

 

 当たり散らす気持ちのままに放たれた次なる攻撃はやはり、先ほどの焼き直しのように複数方向から放たれる。

 

 加えて、限界など知ったことかとばかりに、魔術を行使し、再び桜子の魔術を阻害するために足下すらも動かし、今度こそはと魔術が一斉に発動するが、桜子はそれに臆する様子なく―――

 

「七星剣術―――、一ノ型併せ三ノ型『乱れ山桜』!!」

 

 瞬間、引き起こされた光景を前にして、蓮司は思わず言葉を奪われた。七星桜子と言う人物には何ら変化はない。彼女はあくまでも不可視の刀を振るって魔術を打ち消したに過ぎない。

 足場の安定性を奪われ、魔術が掠りながらもギリギリ致命傷を避ける程度の動きしかできていなかったはずだ。

 

 なのに、彼女は一刀の煌めきだけで三方向から来る魔術総てに適応し、恐らくすべてを魔術の刃で斬り伏せて見せた。

 

 しかし、ありえないのだ。彼女の刀を振るうリーチや所作から考えて同時に来る攻撃を全て一呼吸のままに斬り伏せることはできない。それを計算したうえで放った攻撃なのだから。武器が変わった様子もない。

 

 では、何故――――?

 

「ずっと、どうすればいいのかって思ってた。あたしには兄さんほど、七星流剣術を使いこなせるわけじゃないし、かといって、蓮司君やロイのように魔術の扱いが上手いわけじゃない。色んな状況にどっちつかずで対応しきれない。じゃあ、どうすればいいんだろうって考えて、悩んで、答えが出なくて」

 

 七星の魔術を七星流剣術にどのようにマッチングさせるのか、それこそが大きな問題だった。

 その問いに答えを出すことが出来なければ、七星櫻一郎にもロイ・エーデルフェルトにももう一度戦った所で勝ちの目はないと、誰よりも桜子が分かっていたから。

 

「だから、もういろいろ悩んでも仕方がないってわかった。手数が足りないのなら手を増やせばいい! あたしの魔術は魔力によって生み出された刀、形のないモノを魔力によって形としている。だったら―――それが一本だろうと何本だろうと関係ない!」

 

「まさか、自分のイメージだけで刀を斬る動作をする魔術をねん出したって言うことか……? そんなことが」

 

「できたから、あたしは蓮司君の攻撃を受け流すことが出来た。あたしなりに生み出した七星の魔術は、魔術刀の遠隔操作! これなら、蓮司君の手数にも対応できる!!」

 

 まだ自分の周囲に、自分が出来る行動をイメージに起こすことによって、その動きを魔術で錬成した刀に連動させているだけに過ぎない。今の桜子の技術では桜子に出来ないことを、魔術の刀にさせることはできない。

 

 あくまでも擬似的に同時に動いているような現象が引き起こされているだけに過ぎない。しかし、それはあくまでも今、現在の桜子の話し。

 

 もしも、彼女が修練を積んでいけば……、行き着く先は視線で観測した魔術を予備動作一切なしに斬るという所業にまで至るかもしれない。

 

「蓮司君、まだまだだよ。あたしは一つ成長した。まだ、決着はついていない」

 

「本当に苛立たせられるよ。この戦いの中で、またキミはステージを一つ登ったわけだ。誰もがそんな簡単に自分の殻を破ることができるわけじゃないって言うのに。

 くそ、負けられるかよ!」

 

 桜子に対して最大の強みともいえる部分が覆された状況、桜子の体力次第の所もあるが、蓮司にとっては大きく不利になって来たと言われても過言ではなくなった。巻き返すことができるのかどうか、蓮司にとってもそれは分からない。

 

 分からないが……、だからといって、負けを認めるなんて絶対に嫌だから、蓮司は自分自身の魔力を全身に込める。戦いはさらに苛烈さを増すだろう。勝負の結末はそう遠くないうちに決まることだろう。

 

 けれど、そこに後悔を覚えないために両者ともに身体を動かす。どんな結末を迎えたとしても、負の心を残さないために。

 

――秋津市中央部・電波塔周辺――

 喧騒は終わらない。戦いは終わらない。質と数、双方ともに圧倒的な力を持ち得る者たちの戦いは、千日手のように決着が及ぶことなく続いていく。

 

「野郎、文字通りの疲れ知らずかよ……」

 

 思わず奉が何度目になるかもわからない呆れの声を漏らした。目の前で必死に食らいついているバーサーカーを嘲笑うかのようにセイバーは未だに息1つ切らすことなく闘い続けている。

 

 損傷はあるだろう、バーサーカーの戦闘ステータス自体は既に恐怖の蔓延によって、セイバーに限りなく近づいている。

 いかにセイバーが無数の敵手を相手に戦い続けているとしても、損傷を全くしない状況を生み出すことは不可能に近いのだから、通用自体はしている。

 

 しかし、止まらない。何をしても止まらない。同じ効率のまま、同じ機能を行使続けているがために、バーサーカー自体が削られているに等しい状況だ。

 ただ、バーサーカーもこれ以上、セイバーの進撃を許せば奉に刃が届くことは分かっている。ギリギリの状況で何とかセイバーを押しとどめていると言う状況なのだ。

 

 バーサーカーの圧倒的強さを信じている奉からすれば、吐き気を催したくなる状況ですらある。

 

(くそ、バーサーカーがダメだったとしても、櫻一郎がっていう二段構えの作戦だったはずなのに、どうしてこうなる。なんでやつらはどこもかしこもが俺達を圧倒している)

 

 勝ちの目は見えてきていたはずなのだ。数で押せば負けないと言う自覚はあったはずなのだ。なのに、それを寄せ付けない圧倒的な強さがあった。

 

 バーサーカーにしても、志士にしても、七星櫻一郎にしても、そのどれもが相対する相手に主導権を握られている状況。突破するための目算を見出すことができないのは端的に言って負け戦と言う印象を奉に抱かせる。

 

 もはや逆転を目すと言うのであれば、マスター殺ししかないのだが……

 

「どうした。ご自慢の七星の剣術はもうおしまいか?」

「貴様……、どこまで……」

 

「どこまで、か。答えるのならばお前たち七星に勝つまでだ。俺は別に七星そのものに恨みを抱いているわけではないが、エーデルフェルトのお歴々たちには七星に勝つと言ってしまったからな。負けられないという思いは背負っているよ。運命から背を向けてきたお前よりは遥かに背負っているという自覚は持っている」

 

 ロイと櫻一郎の戦いは誰も飛びこむことが出来ないほどの高レベルな戦いが繰り広げられた。無数の魔術を徹底的に行使していくロイに対して、櫻一郎の刀はそれらを徹底的に潰していった。

 ロイが全くの無傷と言うわけではない。魔術師としてのロープは所々が千切れ、切り裂かれた服の下からは血が滲み、額から血を流している箇所もある。

 

 しかし、そこまでだ、致命傷にまでは至っておらず、櫻一郎はさまざまな魔術をその身に付与され、戦闘を続ければ続けるほどに能力が弱体化させられると言う憂き目にあっている。

 

 いかに刀身が長かったとしても、使える力は一刀より伸びるものだけ。無数の魔術を展開し、どちらも消さなければ不利な状況で選ばせると言う戦法を続けていけば、時間が経過していくごとに弱体化していく。

 

「かつて、15年前に母は、七星桜は、お前たちエーデルフェルトに完勝した。いかに俺が母ほどの剣士でなかったとしても、ここまで一方的に嬲られるモノであるはずがない」

 

「さて、俺も先代の七星が本当の意味でどこまで強かったのかは知らない。あくまでも伝聞だからな。ただ、俺は成長した桜子は恐ろしいかもしれないとは思うが、お前を恐ろしいと思うことはないよ。実力がいかに高かったとしてもな」

 

 いつもの紳士然としたロイの態度とは全く異なる、冷徹な何処までも敵手に対して容赦のない言葉を吐く姿は、櫻一郎にとって見慣れた、相手を潰すためであれば一切の良心の呵責を捨てることができる存在そのものだった。

 

「何故、そう言い切れる」

 

「最初に言っただろう。妹を泣かせるお前に負けるつもりはないと。お前には徹底的に愛が足りない。お前は自分の人生に目を逸らしている。何から目を逸らしているのかまで問うつもりはないが、それが分かってしまう程度には露骨なんだよ」

 

「知った風な口を利いてくれるな」

 

「ああ、知った風な口を利くよ。俺もお前と大して変わらない。散々迷惑を掛けて、リーナを苦悩させてきた。だが、逃げることだけはしなかった。俺がここに立っているのはリーナの為だ。エーデルフェルトの栄光も七星との決着も全てはリーナの力になりたいと思ったからこそだ」

 

 ロイ・エーデルフェルトの存在はただ、そこにいるだけで、リーナ・エーデルフェルトを苦しめてしまう。ずっとずっとそんな思いをさせ続けてきたことをロイは知っている。

 

 だからこそ、せめて、此度の聖杯戦争くらいは彼女の力になりたいと思った。

 

 聖杯戦争で勝利し、エーデルフェルトに勝利を献上することになど、全く興味はないが、リーナが関わって来たとなれば、ロイにとって話は別だ。

 

「だから、お前はここで負けておけ。七星とエーデルフェルトの決着は俺と桜子がつける」

 

「桜子が、まさか、俺よりも七星として上になると本気で思っているのか?」

 

「それが理解できないから、お前は何もわかっていないと言うんだよ」

 

 瞬間、櫻一郎の刃が苦し紛れとばかりにロイに振るわれる。ロイはそれをバックステップで回避するが、櫻一郎にまだ立ち上がるだけの余力があったことには驚きを覚えた。

 

「分かって堪るか。俺達はお前たちのように、最初から魔術師として生きることを定められたわけではない。たとえ、涙を流されたところで桜子は何も知らずにいてほしいと願うことが愚かならば、俺は貴様の称賛などはいらん!」

 

「だが、それを願っておきながら、お前は結局、桜子を害するんだろう。俺はそれが気に喰わない。妹を守ると決めたのなら、最後までそれを貫けよ。その中途半端さこそが、お前が俺に勝てない最大の理由だよ」

 

 櫻一郎の身体には無数の魔術が嗾けられている。全身を倦怠感が襲い、握る刀は数十倍の重さ、身体の中の血液の循環すらも怪しい。息をするだけでも相当な苦労であると言うのに、振るわれた一刀自体は決して悪いものではない。

 

 勝負を急ぐべきだとロイは判断した。櫻一郎に負けることはないと思っているが、窮鼠猫を噛むとは良く言ったもの。追い詰められた相手が自滅覚悟で飛び込んで来れば、それを相手にするだけでも、余計な手傷を負わせられてしまえば元も子もない。

 

 その意識をロイが自分の中で固めた時であった。これまでよりもなお甲高い獣の方向が聴こえ、戦場の空気が一変しようとしていた。

 

「セイバーッ!!」

 

 声を上げた先、これまで、分裂し、数の力によって、セイバーへと食らいついていたバーサーカーが突如として、セイバーと同等、或いはそれ以上の大きさへと変貌していたのだ。

 

 まるで、セイバーと戦うためにその姿へと変わったと言わんばかりの変化に、ロイもリーナもその変化が、これまでのようなセイバーに任せておけばいい状況ではなくなったことを一瞬のうちに実感させた。

 

 何故なら―――二人は共に、バーサーカーを見た瞬間、人間であれば当たり前の感情が胸の中に渦巻いたからである。

 

 そう、人であれば、誰もが当たり前のように抱く感情―――恐怖と言うモノである。

 

「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

「戦術予測―――バーサーカー、膂力向上甚だしく。脅威度再構築……!」

 

 セイバーが自身の中で高速演算されていく戦術予測が、先ほどまでのバーサーカーとは全く異なることを理解し、一気に警戒度を上げる。

 

 同時にバーサーカーが正面からセイバーと激突、先ほどまでは、まったく気にも留めていなかった、バーサーカーの攻撃でセイバーの身体が一気に後ろへと弾かれ、地面を抉りながら、セイバーは倒れることだけは防ぐ。しかし、先ほどまでのような圧倒的な状況という空気はその激突だけで薄れた。

 

「そうか、そうか、そういうことか。ここで暴れまわっていたおかげで、この街の中でもデカい何かが暴れている様に誤認してくれたわけだ。喜べ、セイバー。テメェが好き勝手に暴れてくれていたおかげで、バーサーカーに与える影響は一気に良くなってきた。その恩返しはキッチリと返してやるよ!!」

 

 奉自身にとってもこの変化は想定外だった。バーサーカーに何とかセイバーをひきつけさせてその間にと考えていただけに、バーサーカーの変化は奉にとってまさしく転機ともいえる。

 

 いや、いつだってそうだ、バーサーカーはその局面、局面で最適な形へとその変化を遂げてきた。此度とて同じだ。セイバーに膂力で勝らないのだとすれば、膂力そのものを高めてしまえばいい、そうした発想へと至り、それを実践している。

 

 ああ、まったく、なんとも素晴らしいサーヴァントではないか。自分の目的を叶えるために此処まで忠実に闘ってくれる相手が、奉の人生の中でどれだけいてくれたか。

 

「そろそろ頃合じゃのぅ」

 

 そして、その状況の変化に対して動きを見せたのはバーサーカーだけではない。ここまであえて戦線に投入される事無く機を窺っていた、四人の人斬り達も一斉に戦線へと飛び込んだ。

 

 全員の動きはセイバー陣営を倒すと言う目論みの下に一致しているが、全員が全く同じ相手を狙う状況に至ったわけではない。

 

「ふふっ、あの時は首を斬れませんでしたが、今度こそは」

 

「攘夷完遂!」

 

「こいつらは――――ッ」

 

「兄様ッ!!」

 

「チェストォォォォォォ!!」

 

 人斬り達が狙うのは、セイバーではなくロイとリーナ、特に櫻一郎と戦っているロイ側に、櫻一郎にも劣らぬ実力者たちが一気に飛び込んでくる事態は、ロイにとっても自信のみを脅かすほどの想定外であった。

 

 櫻一郎であっても人斬り達であっても、単体で攻め込んできた分には、ロイも怖れることはない。しかし、それが同時に襲い掛かってくるとすれば十分な脅威だ。

 

「今だ、一斉に動け!!」

 

 なおも、脅威は続く。散発的ではあれども、ここまで常に攻撃を仕掛けてきていた志士たちがバーサーカーの反撃、四人の人斬りに呼応する形で一気に動き始めたのだ。

 

 ロイにとっても、リーナにとっても、その数は大した相手ではない。適切に一人一人を処理していけば、決して負けることはないが、ロイにとっては気に掛けなければならない相手が多く、リーナにとっても無秩序な特攻紛いの行動を繰り返して来る志士たちはまさしくノイズと呼ぶにふさわしい。

 

 ましてやセイバーに至ってもバーサーカーの相手に終始せざるを得ない。例え、周囲の敵を狩ることが出来たとしても、バーサーカーから目を離してしまえば、セイバーに伍するかもしれない能力を持ち合わせている相手が何をしでかすのかもわからない。

 

 マスターの命を危険に晒さないための最善としては助けに行くべきではないと言う結論に達してしまう。

 

 気付かぬ間に変わろうとしている状況、恐怖に支配された街は予定調和ですらも粉々に崩してしまいかねない状況へと変わり始めていた。

 




奉君、幸運が高いって言うか無駄に悪運が強すぎるって感じある。

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