※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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ソクリもそろそろ久坂へのヘイトが溜ってきましたね。


決闘の夜――結

――秋津市中央部・電波塔周辺――

「風向きが変わって来たな。バーサーカー、げに恐ろしきは人の感情によって変わりえるその在り方か」

 

 電波塔周辺のビルの屋上より戦いを眺める影が三つあった。久坂と梓沙、そして久坂の思惑通りにライダーを騙しきり、キャスター陣営と合流を果たした九重円華の三人である。

 

 眼下の光景は決して詳細に見えるわけではない。点がぽつぽつと動き回っているだけであるが、それでも情勢の変化はよく理解できた。ここまで無双の力を誇っていた大きな存在により大きな存在が激突している。

 

 円華や梓沙の視点ではそれが何であるのかはわからないが、サーヴァントである久坂には分かる。いよいよもって、バーサーカーが次なる段階へと昇りあげたのであろうと。

 

「久坂様……、今更な質問になってしまうかもしれませんが、バーサーカーは何故、ここまであの姿を見せなかったのですか?」

 

「バーサーカーは恐怖を喰らうのだ」

「恐怖……?」

 

「何かこの街に恐ろしい存在がいるかもしれない、それは複数いるのかもしれない。ビルそのものを破壊するほどの大きさかもしれない。直接見た者、間接的に伝聞を聞かされたもの、噂話程度にしか知らない者、ただ、何か恐ろしいことが起こっているらしいと知る者、誰もがバーサーカーにとっての原動力だ。この世界にバーサーカーを恐ろしいと感じている者がいる限り、あれは無遠慮に力を高め続けていく」

 

「先程まではその恐怖が力に追いついていなかったと言うことですか」

 

「そう考えるのが妥当だろう。そして、セイバーは遅きに失した。あれは直接的な戦闘で屠れるような代物ではない。魔力以上に人々に与えた恐怖が力を与えているのならばその源泉を取り払わなければ、な」

 

 人々がバーサーカーに恐怖を覚える限り、バーサーカーと言う存在を消滅させることは叶わない。むしろ、激化する戦いに恐怖する人間たちの恐怖によって更なる強化が施されていくのだ。

 

「彼らも口にしていたが、この国に蔓延したバーサーカーの恐怖を取り除くことができる者など皆無だ。もしも、それを振り払う事が出来るとすれば……、それは神たる帝の言葉だけであろう」

 

「電波塔より帝の言葉をこの国のあらゆる人間に伝えることが出来れば、人々は帝の威光を前に恐怖すらも忘れてしまうことでしょう。無論、バーサーカーのマスターに直接降伏させればよいのかもしれませんが……」

 

「それは彼も考えているだろう。我々が自分たちの陣営を出し抜くつもりで動いている程度のことを彼は考えるよ、他人を信用していないだろうからね。しかし、我々とて同じだ。先ほどのライダーを見ただろう。確実に殺しきるには我々が直接処断した方がはるかに早い。それを証明してくれた円華嬢には感謝してもしきれないとも」

 

「………申し訳ありません。ですが、帝や久坂様の為に全力を尽くすつもりです」

 

 円華に対して嫌味ともいえる言葉を久坂はあえて口にしたが、円華は一切表情を変えずに忠誠の言葉を口にする。さながら人形のようですらある。

 

 実際の所は人形扱いもいいところだ。帝によって心を操られた者たちは総て久坂の思う通りに動く。円華も梓沙も虚ろな表情ながらその様子は変わらない。

 

「遅くなってしまったけれど、もう一度こうして言葉を交わすことが出来て嬉しいわ、円華さん。あの時は騙すような形になってしまってごめんなさい」

 

「そんな梓沙さんが謝ることじゃないでしょう。結果として私は帝の素晴らしさに触れることが出来た。日本国民であると言うのに、それを知っていなかった私が愚かだったのよ。おかげであの穢れた異国人を出し抜くことも出来たんだから、今となっては感謝したいのはこちらの方よ」

 

「そう言ってもらえると嬉しいわ、円華さん。これからは帝の威光を示す者として、久坂様や志士の方々の同志として頑張りましょう」

 

「ええ……!」

 

 帝の御心と言う絶対的な尺度に縛られた者たちに迷いはない。いずれ決裂するであろうその時を意識しながら、久坂達は眼下で行われる闘いの結末がどのように転ぶのかを見届ける。

 

 電波塔直下、既に戦闘が経過してからそれなり以上の時間が経過している中で、状況の変化は最大の物へと至ろうとしていた。

 

「異国の妖術使いよ、今こそ貴様に天誅を!!」

 

「女であろうと構わぬ、斬れ。こやつらは帝にケガレを持ち込まんとしている」

 

「大陸のカラクリは、獣が抑え込んでおる。我らはその間に大願成就を果たすのだ!!」

 

 轟音ともいうべき喧騒が周囲を支配している。その叫ぶ声自体が攻撃なのではないかと思いたくなるほどに、小さな音はより大きな轟音によって掻き消され、耳障りな音と剣士たちの襲撃、そして力を取り戻し始めた七星櫻一郎の刃、それら全てが一斉にロイへと襲い掛かってくるのだ。

 

(音は聴覚に魔術を駆けることでシャットダウンできるが、この状況で五感の一つを喪失することは、危険が伴う。せめて、キャスター側の動きをもう少し抑えることが出来れば……)

 

「ようやく、数で押し切っていることの意味が出てきた様子だな」

「――――ッ!」

 

 上半身を逸らし、ブリッジする態勢へと咄嗟に動けば、先ほどまで自分がいた場所目掛けて三つの剣閃が同時に光った。すぐさま、自身の身体にかかった重力を減らし、バック転で死中より脱するが、当然、次の攻撃はすぐに迫ってくる。

 

「いいですねぇ、やはり貴方は強い。サーヴァントの皆さんと戦っている時にも、貴方は特に目立っていた。あの頃から思っていたんです、貴方を切れば僕はきっともっともっと気持ち良くなることができるだろうって」

 

「そうか。しかし、残念だが、その願いは叶えられない。過ぎ去った夢に奪われるほど、この命は安いモノじゃないんだ」

 

 刃を放つ相手の傍らは、最初に桜子たちと戦闘を繰り広げた際に姿を見せた河上彦斎である。しかし、セイバーや複数のサーヴァントたちに攻撃されて消滅をしたにもかかわらず、そんな様子は一切見せない。むしろ、今までに一度も戦ったことが無いかのような姿をしているのは……、

 

「やはり、お前たち、キャスターの配下は魔力がある限り、何度でも甦ることができる様子だな」

 

「ええ、その通りです。サーヴァントには及びませんが、なかなかに使い勝手の良いものでしょう?」

 

「まったくだ。お前たちが馬鹿の一つ覚えのようにこうして特攻紛いのことをしているのも良く理解できた。そして、お前たちの戦いに誇りも何もないと言うこともな」

 

 自分自身に再び複数の身体強化と環境変化の魔術を付与させることによって、攻撃を回避する。先ほどまでの志士たちの攻撃とは動きのキレが違う。ほんの少しでも油断をすれば、ロイの首より上は胴体と切り離されてしまうことだろう。

 

 加えて、時折飛んでくる櫻一郎の斬撃こそが最大の警戒すべきものだ。放っておけば、間違いなく自分の魔術を斬られ、動けなくなったところを志士たちによって斬られる。

 

 脚を一歩、身体をほんの少し逸らすだけでも判断を誤れば生死が決まる状況、数の上で押し切らなければロイを倒すことはできないと決断した櫻一郎の無念たるや凄まじいものではあるが、それでも倒せなければ何の意味もない。

 

 頑張ったところで命を奪えなかったなどと、七星の面汚しもいい所であろうと思うからこそ、何としてもロイの命を奪うための所業へと出る。

 

 再び咆哮が聴こえる。バーサーカーの叫びがセイバーの優勢を全て打ち消すためにとばかりに放たれ、その牙がセイバーの装甲を次々と食い破っていく。

 

 戦術予測自体は機能している。セイバーがバーサーカーの猛攻を掻い潜りながら、バーサーカーにも攻撃を加えているが、バーサーカーは怯まない。

 

 どれ程セイバーの攻撃を受けたとしても自分が崩れることは絶対にない、敗北することはありえないと主張するかのように、バーサーカーの攻勢は止まらない。

 

「人でも獣でもない。おそよ命のある存在の戦い方ではない。バーサーカー、貴様は何だ。貴様は何を以て己を定義する!!」

 

「GAOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 当然、セイバーの問いに応えることなどない。獣は最初から人間の問いに答えるような存在ではない。怒りも嘆きも命乞いもそれら全てを一切考慮することなく人類の敵であるからこそ、獣は恐怖の象徴なのだ。

 

 何を考えているのかもわからず、ただ滅びを齎す存在、それこそがバーサーカーの在り方だ。戟が振われるも、その巨体の影を崩しはしても、総体を滅ぼすまでには至らない。一撃一撃で総体を崩し続けているのはセイバーだ。傍目に見れば、如何にバーサーカー^がセイバーに傷をつけたとしても、セイバーの攻撃がバーサーカーを削る方が早い。

 

 しかし、崩れないのだ。何度切り刻み、何度叩き付けたとしても、まるで暗黒の霧の中を切り裂くがごとし。すぐに総体は復活し、セイバーへと喰らいつく。

 

「我に此処までの傷をつけるか。数多の戦を駆け抜け、尚も常勝を貫いてきた我に、ここまでの傷を与えるのが古今東西の英霊ではなく、名も知らぬ狂った獣であるなどと……!」

 

 大地を踏みしめ、更なる膂力を発揮して、バーサーカーへと一撃を叩きこむ。総身の半分が吹き飛んだ。しかし、それだけだ。

 

 すぐさま復活を果たしたバーサーカーは咆哮と同時に激突、セイバーは崩れ落ちそうになる身体を支えるために戟をアスファルトに突き刺す。此処までどれ程の敵が現れたとしても、決して崩れることが無かったセイバーが初めて膝を屈しかけた事実は、多くの者たちにとって士気を向上させる効果を与えた。

 

「行けるぞ、バーサーカー!! そうだ、今のお前は誰にも負けない。総てを喰らって、俺達は俺達の本物を取り戻すんだ。お前もそんな黒い靄なんてものじゃない。本当の獣の姿を手に入れることができる!! 俺達はそこまで来ているはずだ!!」

 

「GROOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 無秩序な突撃、巨大な牙による原始的な噛みつき、セイバーからすれば技量も何もあったわけではないが、質量と威力だけを考えれば全く笑えない。しかし、バーサーカーの相手をすることができるのはセイバーを置いて他にはいないのだ。

 

 この均衡が崩れた時には、バーサーカーによって戦場が一気に荒らされ、その荒らされた場所からマスター二人が一気に窮地に立たされることは目に見えている。

 

 動きたいとしても動けない、その状況が酷くセイバーにとっては窮屈だった。四方を囲まれているだけであれば活路を見出すことができるが、その一方に不抜の門があるとなれば戦いようも大きく制限されていく。

 

(兄様もセイバーも突破するだけの余力がない。決して無謀な戦いに挑んだつもりはない。だけど、バーサーカーがまさかここまで圧倒的な進化を遂げるなんてことは想定していなかった。あんな英霊が存在しているなんて……)

 

「ここじゃぁぁ!!」

「くっ、私に触れるなァ!!」

 

 背中越しに襲い掛かってきた以蔵の刃を避けると同時に足元から一気に魔力が渦巻き、リーナの周囲に迫る志士たちを呑み込んでいく。

 

 動きを止めると同時に、渦を巻きあげ、志士たちの身体が宙に浮かび上がり、大気中に発生した魔術が志士たちの身体を刻んでいく。

 

 ロイが相手をしている者たちほどの相手と戦っていないだけにリーナはいまだ余裕があるが、それでも予断は許さない状況である。どのように動くのか、それ次第でここからの展開は大きく変わって来るだろうとは分かっている。

 

(退くべきか、それとも兄様を助けて、バーサーカーのマスターを倒すべきか。どちらにしても、これではキャスター追撃までは出来ない。どちらを―――兄様!?)

 

 それは兄妹故の直感であったのだろうか。明確な光景を見たわけではない。何かを理解したわけでもないが、リーナはその瞬間に自然と身体が動いた。

 

 向かう先はロイのいる戦場、無数の敵手が一斉に攻撃を仕掛ける中で、七星櫻一郎の刀が動いた。他の志士ごとロイを切り裂かんとする行動は、志士たちが飛び込んできた影響によって、ロイの視線からは死角となり、ロイは気付いていない。

 

 一撃は防ぐかもしれない、ロイとて魔術は展開しているだろう。しかし、その後の志士の攻撃は防ぎようがない。相手の七星とて、ロイがそう何度も攻撃の機会を許してくれるなどとは考えていないだろう。

 

 致命の一撃を放ってくる。リーナの直感がそう囁き、混戦の最中で彼女の身体はロイの戦場へと向く。

 

(兄様っ……!!)

 

「ロイ・エーデルフェルト、貴様は凄まじい。俺ではお前に勝つことができるほどの器はないのかもしれない。しかし、奉さんの為にお前にはここで退場してもらう必要がある」

 

 一閃が迸る。ロイの魔術を切り裂き、ロイの胸元から血が迸る。致命傷ではない、あくまでも切り裂かれた程度の状況ではある。

 

 同時に、ロイが自分自身に掛けていた魔術が一気に引き剥がされる。七星の刃は魔術を斬る刃、ロイに絶命の斬撃を与えることが目的ではなく、異国人を斬ることに特化した志士たちの刃が成立することこそが櫻一郎の目論みだ。

 

「しまっ……ッ」

 

 ロイの表情に明確な焦りが生まれる。高速で思考が脳内を駆け巡るが、この一瞬に状況を打開する手段は見受けられない。

 数にモノを言わせた逃げ場を奪ったうえでの闇討ち。およそ、決闘とは言えない卑怯な手段かもしれないが、勝ってしまえばそれ以上の成果など必要ない。

 

 櫻一郎は勝利を確信し、志士たちは己の衝動に身を任せ、ロイは自分の目の前に浮かんだ「死」という言葉を認識した。この場の誰もが向かう結末を避ける方法はないと理解し、

 

「兄様ッ!!」

 

 ただ1人だけ、その結末を迎えることを良しとしない者の叫びが木霊すると共に、志士たちの刃は憎き異国人の身へと届いた。

 

「リーナ………!!」

「に、いさま……」

 

 唯一つ向かうべき未来と異なっているのは、相手が違ったと言うこと。

 

 目の前の光景、魔術によって身体を吹き飛ばされ、尻餅をつく形になったロイと彼の目の前で、袈裟切りに刃を放たれたリーナの身体から鮮血が迸る姿だった。

 

「僕が求めているのは、貴方じゃない」

 

 崩れかかるリーナはそれでも魔術を発動し、ロイはすぐさま目の前の光景から現実へと意識を戻し、リーナの魔術に呼応する形で魔術を連動させる。

 

 志士たちの動きが一瞬にして止まり、同時に志士たちの足元から魔力で編み上げられた槍が浮かび上がり、股先から、志士たちの脳天を貫く形で槍が隆起した。

 

「セイバァァァァァァァァァ!!」

 

 ロイは声の出る限り叫び声を上げる。その声は戦っている最中の機兵に届く。

 

「――令呪を以て命じる。リーナを連れてこの場を撤退しろ。何があろうとも、リーナを連れて生き延びろ!!」

 

「…………御意!!」

 

 セイバーは僅かに時間を掛けてから、ロイの言葉に頷いた。機械であり戦術予測を行うことができる躯体である彼にとって、この場から撤退をすると言うことは、正しいように見えて正しくない。

 

 撤退のタイミングの問題である。バーサーカーを振り払い、リーナを抱えて撤退をするにしても、それはそのまま、ロイの命を危険に晒すことになりかねない。

 

 だが、どんな予測を立てたところでセイバーにとって主の命令は絶対である。納得いかない命令であったとしても令呪を以て告げられている時点で彼に拒みようはない。

 

「はッッッ!!」

 

 バーサーカーへと全力の一撃を叩きつける。その一撃が大きく振りかぶったことによって、脇腹に当たる部分の装甲が噛み千切られるが、バーサーカーはセイバーから距離を取らされる形で吹き飛ばされ、セイバーは追撃をすることなく、一跳躍を以て、ロイとリーナの下へと辿り着く。

 

 セイバーの到来に櫻一郎はすぐさま手を出すことを止め、他の志士たちはセイバーの着地だけで半数が吹き飛ばされた。

 

「主よ、妹君を」

「ああ、転移をかける」

 

「そんなことはさせませんよ。貴方たちはここで僕たちに――――」

「邪魔だ、妹君の命が掛かっている!」

 

 飛び込んできた四人の剣士に脇目を振ることもなく戟が振われ、四人の剣士が吹き飛ぶ。まさしく暴嵐。バーサーカーとあれほどの激突をしたにもかかわらず、少なくない損傷を与えられたにもかかわらず、いまだに隙をつくことさえ許さない。

 

「ちっ、死にぞこないが……」

 

 ほどなくして、転移のための魔方陣が発動する。

 

 転移が始まれば後は一瞬、キャスター陣営とバーサーカー陣営という巨大な包囲網、そして、戦闘の最中に発生したバーサーカーの進化、キャスター陣営の特攻紛いの戦い方、そのどれもがセイバー陣営にとって致命の一撃になりかねない状況ではあったが、なんとか撤退に成功することが出来た。

 

 しかし、それは逆に言えば、これまでこの聖杯戦争の中で圧倒的強大さを誇ってきたセイバー陣営が遂に敗北するかもしれない窮地へと立たされたことを意味している。

 

 そこまでセイバー陣営を追いこむことが出来た。その事実こそがキャスターとバーサーカー陣営にとっては、勝利に限りなく近い戦果であったともいえるだろう。

 

 少なくとも、これで大きく情勢は変わる。7日目を迎える前の最後の夜に、この変化は彼らにとって間違いなく追い風となることだろう。

 

――秋津市東側・住宅街・遠坂邸――

 ああ、やっぱりと冷めぬ闘志の裏側で何となくこうなるであろうことは分かっていたと思ってしまう自分がいることを否定できなかった。

 

決死の覚悟、不退転の決意、そして絶対に勝つと言う意志の下に放たれたはずの攻撃は、七星桜子と言う天才の新たな覚醒の呼び水として消化された。

 

 その姿はある種の見慣れたモノであり、そうなるかもしれないと言う予感があったからこそ驚かない。驚きを覚えない代わりに身体が先に動いていた。

 

 戦わなければ押し切られるぞと、本能めいた感覚に囁かれ、新たに魔術弾を次々と放つが、七星さんは僕の攻撃に対して、これまでのように動かずに迎撃するのではなく、距離を詰めながら、自分に迫ってくる攻撃だけを感知して斬り伏せていく。

 

 方向、数、時間差、どれであろうとも、今の彼女は僕の攻撃に対して十全に対応して来る。着弾するタイミングさえ分かっていれば斬ることができるという自信が今の彼女にはあるのだから。

 

 故に遠からず、彼女の刃は自分の懐に飛び込んでくるだろう。時間稼ぎのための魔術を展開したところで七星さんを倒すことはできない。倒すことができるとすれば、無謀であったとしても、彼女に勝つ思いを前面に押し出してぶつかるしかない。

 

(分かっていた――――この戦いが、この感情が七星さんに対して僕が勝手に抱いている八つ当たりのような気持ちなんだってことくらい。だから、ずっと隠し続けてきた。こんなものを向ければ、嫌われるし、今までどおりでいられないって分かってた)

 

 目くらましの魔術弾を放ちながら、後ろに下がるのではなく、あえて七星さんの下へと突っ込む。無謀な突撃? 何とでも言え。お利口に魔術の基本を叩きこんだところで彼女は僕を糧にして成長して来る。

 

 自分自身の四肢に魔力を籠める。殴り合いなんて慣れっこじゃない。遠坂の魔術師らしからぬ優雅さにほど遠い戦い方だ。

 

(だけど、今まで通りでいることだけがすべて正しいわけじゃない。七星さんに対して向けたこの薄暗い感情が、ぶつけてしまった今が、決して悪い方向にばかり進んでいるわけじゃないことくらい、僕にだってわかってる!!)

 

「蓮司君……!」

「驚いたか? 名門魔術師の後継者が君のような素人魔術師のように、がむしゃらに前に出る姿に……!」

 

「驚いたけれど……、嫌じゃないよ。だって、蓮司君は蓮司君が思っている以上に熱い心を持っているって思うから」

「………まったく言ってくれるな」

 

 一気に距離を詰めて、七星さんと中距離レンジの戦いへと戦闘は移行する。

 

 これまでのように彼女の刀が届く距離に近づかせないための戦いは、自分の習得してきた魔術の使い方を丁寧になぞり、理詰めで追いこんでいく形だった。

 

 反面、飛びこんだ先にあるのは、一瞬、一瞬ごとに新たな判断が要される。一瞬の判断ミスがあれば、七星さんは容赦なく僕を倒しにかかるだろう。

 

 自分の持ち得るあらゆる魔術を駆使して、七星さんを妨害し、僕に有利な一瞬を生み出すために戦う。彼女もそこは同じ、拮抗しながら戦っていく僕たちにとって僅かな一瞬を制した方が勝つと言うことは、互いに口にせずとも理解だけはしていた。

 

(ずっと怖かった。これまでずっと父さんを目標に生きてきて、父さんのような魔術師になることを目指して生きてきたのに、父さんを失ってしまって、これから自分が何を目指して進んでいけばいいのかわからなくなってしまうんじゃないかって……)

 

 七星さんの言うことが正しいことくらい言われなくても分かってる。父さんが命を落としたことは総て僕が悪いわけではないだろう。父さんの仇を討つために立ち上がるべきだし、父さんの遺志を継いで遠坂の後継者として奮起するべきだろう。

 

 頭ではそんなことは分かっている。だけど、動けない理由だってあった。

 

(それでも怖かったんだ。立ち上がったその時に僕の目の前に広がっている光景に何も感じることが無かったとすれば。遠坂蓮司は遠坂煉に認めてほしいだけだった。それ以外に何も持っていなかったのだとすれば、進む先すらわからなくなってしまうんじゃないかって)

 

 自分は遠坂煉に認めてほしいだけで、その他に求めているモノが何もなかったとしたら、もう一度立ち上がったところで、目標も目的も何もかもを見失ってしまう。

 

 魔術師とは己に命題を与え、その生涯を掛けて命題の解明に挑む者。その根源である命題を持っていない魔術師など生きる抜け殻のようにすぎないから。

 

 父さんの言葉に従ってずっとずっと歩んできた僕は、父の存在以外に何も残っていないかもしれないという現実を直視することがとても怖かった。

 

 慣れない近距離での戦いに身体が悲鳴を上げる。飛びこみざまに宝石の魔力を解放し、即席の早打ちをするように放つ魔力弾を前に、七星さんは額に汗を浮かべながらもギリギリで対応していく。

 

 まったく、なんて反応速度だ。これで数日前までただの学生だっていうんだから笑えない。このまま成長をしていけば、どこまで凄い魔術師になるのか、単純な興味が湧いてくるほどだ。

 

 弾く一刀を突き返し、己に向かってくる一刀を掻い潜って、七星さんへと肉薄すると彼女の胸倉をつかみ上げ、上段を回し、投げ飛ばす。

 

 彼女は咄嗟に受け身を取るが、降りそそいでくる魔術弾まで完全に受け止められるはずもなく、荒く咳を払うものの、僕への視線は途切れない。

 

 一度してやったりと思ったけれど、こっちだって肩で息を吐きながら彼女を注視する。

 

 ところどころ裂傷で破れ、ブレザーの下に着こんでいるブラウスが見える制服姿も、ここまでの戦いが両者にとって、決して生易しいものではなかったことを改めて理解する。

 

「やるじゃん、蓮司君……」

 

「父さんから教えられてきたことは魔術だけじゃない。アーチャーからも戦い方を教えて来てもらった。これまでがあるんだから、そう簡単には投げ出せない。頑張って来たんだから、そう簡単になんて投げ出せないよ」

 

「そう、だよね……、あたしたちとは違う。蓮司君はずっと頑張って来たんだから。時間の差は埋められない。でも、あたしはあたしの身体に流れる総てで勝つ。負けたくないから!」

 

「それは僕も同じだ。君には負けない。負けたくない! 他の何かは譲れても魔術師としての僕は、譲りたくなんてない!」

 

 立ち上がった先に何もないんじゃないかと言う思いは……驚くほどに自分の杞憂だった。

 

 こうして七星さんと戦っている理由は、怒りから生じた爆発的なエネルギーによるものだけど、戦っている最中に研ぎ澄まされていく自分の心が分かる。

 

 今までは、ただ漠然と七星さんに対しての妬みのような感情が自分の中に湧き上がっていた。急成長していく彼女の存在が自分の中で膨れ上がって、いつかは自分の手の届かない存在になってしまうんじゃないかって、勝手なイメージ像で彼女のことを決めつけていた。

 

 そこにあったのは自分自身の臆病さ、無数の言い訳を口にして、現実を見据えようとしなかったから湧き上がった感情だ。

 

 こうして、自分自身の外装総てを脱ぎ去って、生のままの想いをぶつけ合って、ようやく分かった。

 

 僕は彼女を嫌っているわけじゃなくて、得体が知れないから怖いと思っているわけでもなく、ただ単純に負けたくないって思っていただけだった。

 

 生まれた時から魔術師になることを定められ、父さんと一緒に多くを学び、厳しく、時に見守ってもらっていた。その思い出が根底にあるから、それをとても大切なもので、価値の無いモノなんて言いたくないからこそ、誰よりも身近な魔術師となった彼女には負けたくないって思いがあった。

 

(負けたくないけど、それをぶつけられなかった。ねじくれた想いは、気付けば妬みに変わっていた。七星さんの言う通りだ。負けたくないって思いは決して悪い方向にだけ向くわけじゃない。今もこうして、戦っている中で今までだったら、絶対にしないことを貪欲に求め続けている)

 

 もう二度と、父さんに認めてもらうことはできない。どれだけ過去の思い出に浸っても、遠坂煉と言う幻影を追い続けても、もう父さんが僕に語りかけてくれることはないのだから。それはとても寂しく、辛いことだけど、それですべてが無意味になるわけじゃない。

 

 不格好なまでに互いに泥臭く、相手の隙を窺うために近距離で戦いあい、時に自分の有利を勝ち取るために、魔術師らしからぬ戦い方に興じる。

 

 遠くに存在していた憧れはもういなくなってしまったけれど、目の前には近くに存在する負けたくない相手がいる。

 

(七星さんは成長して、きっともっと凄い魔術師になる。自分の殻に閉じこもっていれば、楽かもしれない。だけど、僕は負けたくない。彼女が成長するのなら、僕も同じようにもっと強くなりたい、魔術師として前に進みたい。それはきっと、目標を見失ってしまった僕にとって必要なことなんだ。前を向く理由になると思うんだ)

 

「七星さん、一つだけいいかな?」

「―――ッ、何? 負けてって言われたって絶対に嫌だよ」

 

「……どうしてさ、聖杯戦争に勝ちたいと思ったの? 僕が塞ぎこんでいる間に何があったのか、教えてよ」

 

 僕の問いに、彼女は目を丸くして、それからすぐに微笑を浮かべた。

 

「七星の家は、代々魔術師狩りの一族、魔術師を狩るために魔術回路と受け継いできた血そのものが、誰かを害するように設定されているんだって。もしかしたら、あたしもいつかは誰かを傷つけなくちゃいけないような衝動が自分の中に生まれてしまうかもしれない」

 

「………!」

 

「お母さんは、十五年前の聖杯戦争でそんな七星の宿命を終わらせることを聖杯に願おうとした。あと一歩まで行って、それを叶えることは出来なくて、兄さんはあたしが七星のことを何も知らないようにって家を出た。

 知ってしまえばあたしが魔術師としての力を手に入れるのは当たり前のこと。あたしが魔術師として覚醒してしまったことで、みんながあたしのためにしてくれたことを砕いてしまった」

 

 言葉には後悔の色が漂っている。けれど、言葉を口にしながら動き続ける七星さんの表情には陰りが無い。これまで同様に、僕へと視線を向けて、僕の仕掛ける攻撃の合間を拭う一瞬を狙っている。

 

「だから―――あたしはお母さんが叶えようとした願いを叶える。七星の宿命を終わらせて、あたしは自分も家族も救って見せる。そのためには聖杯戦争に勝たなくちゃいけないから!」

 

「―――まったく、それはそんなあっさりと言うべきことじゃないだろ」

 

「そうかも。でも、構わないよ。だって、数日後には全部終わったことになるんだから!」

 

 ああ、まったく本当にどこまでも、重い過去や宿命を背負っているのに、彼女はあっけらかんと声を上げる。

 

 いつだってそうだ、彼女は底抜けに明るくて、同年代のみんなとはちょっとズレていて、誰に対しても変わらずに接していて、自分の想いに真っ直ぐで。

 

 ふと、思い出す。魔術師を志す上で、同年代の友人たちと遊びほうけている時間はないと交流を少なくした結果、僕の周囲からは次第に人が減っていく。

 

 屈託のない笑みはいつの頃からか愛想笑いに変わり、結果の分かりきった誘いは他人行儀なものへと変わっていく。

 

 それを悲しいと思うことはなかったけれど、みんなの気持ちが分からないわけではなかったけれど、同じように接してほしいって言う身も蓋もない欲求だけはあった。

 

『ねぇ、蓮司君。今日の放課後とか暇? 実はさぁ、あたし、すっごくいいお店見つけちゃってさぁ』

 

 初めはみんなと同じように屈託なく、親身に。いずれは他人行儀な愛想笑いに変わると思っていた。

 

『蓮司君、今日こそは一緒に遊ぼうよ~。えぇ、今日もダメなの? じゃあ、次こそは絶対だよ!』

 

 でも、七星さんは変わらなかった。良くも悪くも他人の事なんて考えないから、自分の想いを通すことしか考えずに何度も何度も僕に声を掛けてきて、一回誘いに乗ったら、馬鹿みたいに喜んでくれて……、なんだか自分の事のようにこっちも嬉しくなってしまった。

 

 そんな彼女だからこそ、憧れていた。遠坂蓮司には持ち得ないものを持っている彼女が、自分とは違う道を歩んでいけるのだと思える彼女が眩しかった。

 

 妬みも怒りも苦しみも覚えるけれど、彼女の本質が変わっているわけじゃない。この気持ちだって、彼女と自分は違うって言う思いがあればこそ抱く物なんだ。

 

 遠坂蓮司にとって、七星桜子は眩しくて、妬ましくて、憧れていて、負けたくなくて、一言じゃ表せないくらいに、意識しないわけにはいかない相手だったから。

 

「七星さん、ずっと君の事が好きだった」

「蓮司君………?」

 

 ポツリと零した言葉は七星さんに聞こえてしまっただろうか。どっちでもいい。どう転んだって、今日から先の僕たちは、昨日までの僕たちには戻れない。

 

 その言葉は昨日までの僕への決別であり、今日から始める自分への宣戦布告だ。

 

「全力で戦って、体力も結構使ってしまった。だから、次で決める!」

「………うん!」

 

 互いに此処までフルスロットルで戦い続けて、体力を消耗していることは分かっている。意地と意地のぶつかり合いであることは分かっているし、ここから先はもう我慢比べになってしまうと分かっているが故に、決着をつけると言う言葉はあっさりと二人の間に共有された。

 

 手に複数の宝石を握る。その中に蓄えられた魔力を一気に開放し、七星さんを倒す。

 

 同時に七星さんも不可視の刀を握る手に力を籠める。

 

 僕が攻めて、彼女が迎撃する。僕の攻撃が通れば、僕が勝つし、彼女が防ぎきれば、彼女の勝ち。

 

 とてもシンプルな話しだから、それ以上の言葉はいらなかった。

 

 一歩、足を踏み出した瞬間に決戦は始まった。

 

 宝石から展開される魔力弾は当然のように全てが七星さんに迎撃されることを前提として放つ。宝石の中に貯蔵されている魔力だって僕が時間を掛けて貯蔵してきたものだけれど、出し惜しみをしていたら彼女には勝てない。

 

 理解し、自分も一歩踏み込み、七星さんへと飛び込む。七星さんの迎撃が行われるのと重なるようにして、直接自分の腕に握った宝石の魔力を解放して彼女を倒す。

ここまでに何度か交差をしたことで、七星さんが迎撃できる許容量は掴んだ。

 

 だったら、あとはそれを越えた攻撃を繰り出せばいい。自分から相手の懐に入るなんて、きっと、父さんなら絶対にやらなかったこと。もっと優雅に、華麗に、戦って見せたことだろう。

 

(ごめんなさい、父さん。今まではずっとあなたの背中に憧れ、追い続けていた。でも、これからは貴方の背中を追うことはしません。尊敬しているし、誰よりも凄い魔術師であることは変わりません。

だけど、これからは誰かの背中を追いかけるんじゃなく、隣に並べるようになりたいと思うから………)

 

 遠坂煉に比べれば、追いかけるには不安が残るかもしれない相手だけど、大丈夫、自分の足を前に動かすための原動力には気付くことが出来たから。

 

 遠坂蓮司はもう一度前を向いて進んでいくことができると、時間はかかったけど、気付くことが出来た。

 

「七星流剣術―――玖ノ型『八重桜』!!」

 

 激突の瞬間に、七星さんが叫んだのは、あの時、バーサーカー陣営との戦いで彼女の兄が放った一撃と同じ名。

 叫ばれた声を反映するがごとく、五月雨のような剣閃が空より降り注ぎ、これまでのように七星さんが刃を同時に振るうのではなく、剣閃の雨が、宝石によって生じた魔術弾を次々と撃墜していく。

 

「まだ、まだぁっ……!!」

 

 陽動を全て潰された。それでも止まらない、止まるわけにはいかない。ここで止まってしまったら、今までの臆病な自分と変わらない。

 

 前へッ、前へッ!!

 

「七星流剣術――――」

「これで倒れろォォォォォォォォ!!」

 

 自分の腕に握った宝石に魔力解放の力を籠める。一瞬にして光ったそれが至近距離にて、彼女の前で爆散を引き起こす。

 

 しかし、それは起爆による爆発が小規模に起こったに過ぎない。実際の所は、魔力によって編み上げられた刀であればこそ、至近距離であったとしても、逆に刀身を短くすることはできる。

 

 彼女の兄が刀身を伸ばす能力に特化していたとすれば、不可視故に通常の形ある刀剣では受け止めきれない距離であったとしても、僕の腕より生じる魔力の爆発を斬ることが出来たと言うことか。

 

「ああ、まったく―――」

 

 憎々しく、同時に清々しくなるほどに成長してくれて。本当にこれに追いつこうとするのなら、迷っている暇なんてないんじゃないだろうか。

 

 そんな、これから先の事に想いを馳せながら、自分の背中が地面に触れる感覚を覚えて、倒れてしまったんだと言うことを自覚する。

 

 そして不可視の刀を僕へと向け、気付けばギリギリの表情で荒い息を吐く彼女は口を開く。

 

「蓮司君……あたしの勝ちだね」

 

「…………ああ、そして僕の負けだ」

 

 届かなかったけど、及ばなかったわけじゃない。その結果は苦しいものだけど、自分の心が受け入れられないわけではなかったことに安堵を覚えたのだった。

 




次回で6日目終了です。蓮司と桜子はどうなるのか……

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