――秋津市中央・電波塔周辺――
「随分と酷い有り様だ。セイバーとの戦いは一筋縄ではいかなかったように見える」
「はッ、今更すべてが終わってから顔を出してくるやつが偉そうな口を利いているんじゃねぇよ。実はテメェ、近くから眺めていたんじゃねぇか?」
「まさか、まさか。こちらはこちらで面倒事の処理に追われていたとも。そう、追い込まれた相手を討つ時にこそ全力を尽くさなければならなかったのはお互い様と言うことだ」
電波塔周辺の広場は凄惨な事態へと陥っていた。無数の破壊痕と砕けたオブジェ、この場だけ大地震でも起きたのではないかと思うほどの変化が刻まれた場所で、セイバー陣営を退けた神丘奉とその様子を見届けていたことを秘匿している久坂は合流を果たした。
久坂の背には梓沙と円華の姿もあったが、奉は気に留めることはなかった。
奉自身、いまだに目の前の状況が現実味を帯びていないのだ。バーサーカーに勝るとも劣らない化け物のような存在であったセイバー、そのセイバーを撤退へと追い込んだバーサーカーの成長。キャスター陣営の協力があったものの、薄氷の上を渡るような戦いに勝利を掴んだことにいまだに実感がわかないのは仕方のないことだろう。
「セイバーを討てなかったのは事実だ。笑いたきゃ笑えよ」
「笑わんとも。セイバーの実力は圧倒的だ。彼らを相手にこの場で戦線を押しとどめ、あまつさえ、セイバーに傷を負わせたうえで撤退に追い込んだのだ。十分であろうよ。これで、鉄壁とも言っても差支えの無かったセイバー陣営にようやく穴が見えてきた」
その穴はキャスター陣営では決して穿つことが出来なかった穴だ。戦いの最中に更なる進化を果たしたバーサーカーと、ロイの隙を見事に貫いて見せた七星櫻一郎という奉が持ち得る二つの戦力があればこそ、この結末を迎えるに至った。
「明日、我々は電波塔にて我々の計画を発動させる。それが成功すれば、セイバー以外の陣営は悉くが無力化される」
「つまり、お前たちを生かしておく必要性が無くなるわけだ」
「………明日を以て、聖杯戦争は終わりを迎えるだろう。互いに悔いの無い一日にしたいところだが……どうするのかね? セイバーはこのまま放逐するのかね?」
久坂が奉にわざとらしく問いを投げる。あそこまで攻めておいて、まさかこのまま終わりにするつもりじゃないだろうと浮かべた問いに、奉は懐からタバコを取り出し、ライターで火をつける。先ほどまで疲れを帯びていた脳が鮮明になっていく気分だった。
「コッチにはこっちの考えがある。言われずとも、セイバーの相手は任せておけ。奴らを喰らえば、バーサーカーはもはや無敵だ。セイバーを喰らって、その後は……お前たちだ」
「肝に銘じておくとしよう」
キャスター陣営にとっても明日という日が決戦であることは言うまでもない。
バーサーカー陣営と手を結んだことによって邪魔ものであったアサシン陣営を排除し、ついに自分たちだけでは決して手の届かなかったセイバー陣営までもを撤退に追い込んだ。
一方で、その過程でバーサーカーは圧倒的な力を手に入れてしまった。キャスター陣営が目論み通りに奉を洗脳することが出来れば、バーサーカー陣営を撃破することは容易いだろうが、もしも、万が一にも洗脳が不発に終わった時には……、今や、秋津市の聖杯戦争における最大の力を持つ一角を自分たちの手で打倒せねばならなくなる。
(そうした意味でも彼らとセイバーが互いに潰しあってくれるのが最良だ。今日の戦い、セイバー側にも少なからずの慢心はあっただろう。しかし、明日は別だ。バーサーカーが仕掛けるとなれば背水の陣として戦わざるを得ないだろう)
その中でどちらか、あるいはどちらも脱落してくれれば言うまでもない。電波塔の事に気づいているライダーはマスターを失い致命傷を負った。アーチャーのマスターも脱落。
残るはランサーではあるが、彼女たちが単独で自分の喉元に迫ることはないと久坂は踏んでいる。故にあとはセイバーとバーサーカーへの対処だけだ。
(理想像はセイバーを倒しきった後に、弱体化したバーサーカーに自害を命じるのがもっとも手早い。要はタイミングの問題だな)
(セイバーさえ倒しちまえば、もうこいつらに用はない。いや、むしろ、バーサーカーが成熟しちまえば……そうだな、バーサーカーが単独でセイバーを倒せるほどになれば、こいつらを先に潰しちまった方が早いかもしれない)
奉はキャスター陣営のカラクリを知りはしないが、結局全部潰してしまえば終わりだろうと考える。キャスターの居場所も掴んでいる。群体と化したバーサーカーであれば、総てを破壊することができる。
「くく、あっははははははは」
「ふっ、ははははははは」
図らずとも、久坂と奉は同時に互いの笑い声が木霊するのを理解した。隣に並び立ちながらも、相手を出し抜くことばかりを考えている。奇妙な同盟関係は間もなく終わりを迎えることだろう。
信頼があったわけでもなく、互いの利害を何処まで満たすことが出来たのかすらも不明。およそ、同盟と言う状況を生み出すために関与すべき事項を何一つとして理解しないままに、彼らはここまで突き進んできた。その歪な関係が間もなく終わりを迎えるのだ。
「行くぞ、櫻一郎………おい、櫻一郎聴こえているか?」
「………ええ、聞こえていますよ、若」
奉の言葉に、少しの沈黙を得てから櫻一郎は反応した。その様子は心ここに非ずと言ってもいいような反応の悪さが見えた。
(ロイ・エーデルフェルト、セイバーのマスターにしてこの聖杯戦争における最優の魔術師。奴の前に、俺の七星の刃はまったく通用しなかった)
櫻一郎は決して自分が絶対的な強さを持っているなどとは思っていない。所詮は途中で七星の家を飛び出した身だ。奉の下で実際にコロシに手を染めていたとしても、母である七星桜に及ぶほどの剣士になっていることはないだろうと思っていた。
ただ、母ほどではないにしても相応の戦士になれているであろうと言う自負はあったのだ。自分が協力すれば奉を聖杯戦争の勝利者まで勝ち進めさせることができる。そのように自信を持つまでには。
だが、ロイとの戦いでその自信は粉々にまで打ち砕かれた。己の剣術と七星の魔術を使っても尚、ロイはその上を進んでいった。もしも、バーサーカー陣営とセイバー陣営が単独で激突していれば、果たして櫻一郎は今もこうして悔恨の想いを抱いていることすらできていたのか怪しいのだから。
(ロイ・エーデルフェルトは、俺よりも桜子の方が七星としては上であると口にした。あの半人前の桜子が? ありえない。アイツは魔術師になるようなものではない……!)
濁った思いが櫻一郎の中に浮かび上がってくる。本来、桜子を遠ざけていたのは、彼女が魔術を学ぶことなく、当たり前の人としての人生を生きてもらいたいと思っていたからだ。櫻一郎は桜子を魔術師として見ていないし、七星であるとも考えていない。
だからこそ、逆に意識せざるを得ない。ロイがそこまで言うほどの才覚が桜子にあるのか、本当に己よりも勝っているのか……、虚栄に満ちた心はその外郭を剥がされたことによって濁った一面を曝け出してしまう。
意識してしまった以上は、もはやロイを倒すだけでは止まらない。桜子と言う明確な比較対象を今度こそ倒して見せなければ、己の強さを証明することはできないだろう。
(桜子、お前は聖杯を掴むと言ったな。ならば、いずれ俺の前に姿を見せるだろう。俺はそこで、俺が七星として最強であることを証明する。奉さんの為に、そしてもはや七星であることしかない俺の為にも……)
その思考そのものが、何よりも七星の血に汚染されていることを櫻一郎は気付かない。その戦闘衝動そのものが自分の意志であると心から信じている。
いずれ来たるべき時への衝突を控えて、因縁の炎は徐々に昂っていく。
・・・
「容体は安定しました。しかし、意識が戻るかどうかは妹君の生命力次第です」
「………そうか、ありがとう、セイバー。感謝する」
エーデルフェルトの拠点、キャスター&バーサーカー陣営からそう離れていないその場所へと戻ってきたのは、何かの目論みがあったわけではなく、それ以外に場所を見つけ出すほど思考が働いていなかったがためである。
リーナは言うまでもなく重傷であった。異国人を斬るための刃であるキャスター陣営の刃をその身に受けたのだ。
本来であれば、一撃で死んでいてもおかしくない筈の致命傷を受けていたが、さすがと言うべきかなんというべきか、その斬り口から発せられる異国人に対する呪いじみた力を流体制御の魔術を己の身に掛けることで、最小限度の範囲に留めた。
ロイとセイバーが行ったのは治癒魔術と流体制御の魔術を使うことで、切断されたリーナの血管を復元し、神経や筋肉、骨と言った各種のパーツを復元することだけである。
もしも、リーナが自分自身で何もしていなかったとすれば、いくら身体のパーツを修復していたとしても、生命力そのものを蝕まれて、命を落としていたことだろう。
もっとも、そこまでのことをしても五分五分、現在、死んだように眠っているリーナが本当に目覚めるのかどうかは、運命と彼女の生命力にかかっていると言う他ない。セイバーが告げた言葉は厳しくも現実的だ。
「主よ、失礼を承知の上で、一つだけ問わせていただいてもよろしいですか?」
「……何だい?」
「何故、撤退をお選びになったのか?」
「…………」
「あなたであれば、妹君が身を挺して庇った隙に生まれた空白を埋めることが可能であったはずだ。そして、我も宝具を発動すれば形勢を大きく傾かせることが出来た。バーサーカー、あれは間違いなく、時間を掛ければかけるほどに強くなる存在だ。放置しておくことそのものが脅威を生み出しかねない」
「…………、確かにそうだ。俺とセイバー、君の力を使えば、あそこから逆転することも、奴らを殲滅することもできたかもしれない」
セイバーの宝具は多数の相手を屠ることに特化した戦力だ。キャスター陣営が想定よりも御しやすい相手であったために逆に最初から使用しなかったことが裏目に出たのは戦術として大きな失敗であったことを今更ながらに自覚する。
ただ……、セイバーが口にした言葉の意味はそういうことではない。冷徹な戦闘兵器として、セイバーが導き出した結論は、リーナを無視してでも、バーサーカーを仕留めるべきであったと言う意見だ。
バーサーカーは戦いの中で強くなる。最初の激突の時は間違いなくセイバーの方が強かった。それがセイバーと戦闘を繰り広げていく中で気付けば、セイバーに伍するほどの存在へと変貌を遂げた。それでも、セイバーは戦う事が出来る範囲での強化であった。
しかし、もしも……、もしも、バーサーカーの変容がセイバーの想定すらも超えていくモノとなってしまったとすれば、何度打ち倒しても決して消滅することなく再び現れるあの獣は、この聖杯戦争そのものを根底から壊してしまいかねない。
例え、どんな形であったとしても、セイバーは主の為に闘う。主がセイバーを裏切らない限り、セイバーは最後まで主に尽くす。召喚されたその瞬間から、ロイとセイバーの関係は変わらない。
その関係を続けるためにも、セイバーが初めて主へと向けた問いは、非常に大きな意味を持っていた。
リーナに寄り添うロイは、いつもの泰然自若としている彼とは違い、憔悴している様子だった。堂々とした言葉を吐くこともなく、ポツリと最低限、セイバーの問いにだけ答えるように。
「俺にとって、聖杯戦争よりも何よりも大切なのはリーナだ。リーナがいなくなってしまえば、俺が戦う意味は無くなる」
だから、リーナを失うわけにはいかなかった。戦術があったわけでもなく、この先を考えていたわけでもなく、底の見えない魔術師ですらなく、妹を想う兄としてのエゴを優先した結果として、ロイは彼ららしらぬ悪手を選んでしまった。
それ以上を語らなかったのも、語る言葉を見出すことが出来なかったからなのかもしれない。セイバーの口にした問いは機械の巨人である彼らしい、どこまでも合理的で冷徹な言葉だった。ロイにとって絶対に選ぶことができない人間らしさをすべて捨て去った上での言葉だった。
互いに互いを信頼し、勝利の上では絶対に選択を違えることはないだろうと無意識に思いあっていた主従にとって、土壇場で起こったこの認識の違いは、どちらかが妥協することで埋めることができるほど簡単なことではない。
「すまない、セイバー。少し……リーナと二人だけにさせてくれないか」
「それは命令として?」
「できることなら戦友の頼みとして聞き入れてくれると嬉しい」
「………御意」
セイバーとて、今の腑抜けてしまっているロイに何を口にしたところで状況が好転しないであろうことは分かっている。ならば、しばしの時間を置くしかない。
時間によって、問題が解決しないとすれば、いよいよ、セイバーにとっては二度目の主に裏切られる形になりかねない。
「リーナ……、結局、俺はあの頃から何も変わっていない。キミの為にと言っておきながら、キミの助けになることが出来ていない」
深い悔恨をロイは覚える。何が正しいのかはわかっていても、その正しさを選んでしまったとすれば、ロイ・エーデルフェルトは根本的に聖杯戦争を戦う理由が無くなる。
エーデルフェルトの名誉回復も、七星との決着も、何もかもが、リーナの命と引き換えにすれば、ロイの中では軽すぎる。
「お前を裏切ったエーデルフェルトのことなどどうでもいい。エーデルフェルトが勝手に逆恨みをしている七星との決着だって二の次だ。俺は……、俺はただキミに幸せを掴んでほしいと思っているだけなのに……ああ」
どうして斬られたのが自分ではなくリーナだったのか。その役目は本来自分のモノであったはずなのに。あまりにも身勝手な思惑と運命がいつだって、自分たち兄妹を翻弄していく。
ロイはリーナの手を握る。わずかに残る熱だけが明日に繋がる希望であると信じて。
キャスターとバーサーカーがセイバー陣営に残した爪痕は深い。これまで最強勢力であった彼らを追い落としたことは凄まじかったが、本当の意味で深刻なダメージを負わせたのは、リーナを戦闘不能に追い込んだことであったのかもしれない。
――秋津市東側・住宅街・遠坂邸――
気付けば、外の風景はすっかり闇に紛れてしまっていて、夕日が差しかかっていた光景から変化していたのに、それにすら気づかないほどに自分たちが集中していたことに驚いていた。
夜空には星が輝いている。何もかもが見えるわけじゃないけれど、空に浮かんでいる幾つかの星と、ほんの少し欠けた月を倒れたままに見上げていると、どうしてか開放感があった。
自分の中に居座り続けていたわだかまりやモヤモヤとした感覚、憑き物が落ちたと言うのは正しくこういうことを言うんじゃないかと思う。
ずっとこうして星を眺めていたい、なんて馬鹿らしいことを想ってしまう。塞ぎこんでいた時間は短くない。やらなければいけないことはたくさんあるのに、力が抜けてしまった身体は、驚くほどに立ち上がる力を四肢に与えてくれない。
このままでいるのも悪くないかなと思った矢先に、自分の視界に差しのべられた手が映った。
「立てる、蓮司君?」
「ありがとう。だけど、もう少しだけこうしていてもいいかな? 後先考えずに暴れまわったから、ちょっと力が入らなくて。僕はそういうタイプじゃない筈だったんだけどな」
「でも、蓮司君は強かったし、格好良かったよ」
「僕を負かした相手が言うセリフじゃなければ、素直に受け取れるのになぁ」
悔しさはある。遠坂の当主として、一角の魔術師を目指す者として、七星さんとの決闘は本気で挑んだ。自分の持てる全力を振ったと思っているし、自分が出せる総てを超えて七星さんは勝った。
悔しいと思うし、なんていうか、格好悪い所を見せてしまったなとも思っている。塞ぎこんでいたのは事実だし、気持ちの上で七星さんからすれば勝手に当り散らされているにも等しかっただろう。自分の限界を超えて戦えたのは事実だけど、自分らしかったわけじゃない。負けたのにはそういう意味もあっただろうから、全部含めて格好悪いと思ったのだ。
だから、女々しくて仕方がないけど、七星さんに格好良かったと言われたのだけはちょっとだけ自分にとって救いだった。
「………さっき、七星さんが聖杯を掴みたいって言っていた理由、本気なんだろう?」
「うん、あたしなんかがって笑っちゃうかもしれないけれど。それでも諦めたくないんだ。あたしが聖杯戦争に選ばれたことに何らかの思惑があったとしても、あたしはあたしの家族もあたしの幸せも諦めたくないから」
「笑わないさ。本当の聖杯戦争がどういうモノなのかなんて知らないけれど、この街で起きている聖杯戦争は、ただの魔術師同士の戦いじゃない。人と人が憎しみ合って、聖杯戦争とは関係ない事情で戦いの輪を広げてる。そんな奴らが聖杯を掴むくらいなら、七星さんが聖杯を手にした方が絶対に良い」
間違ってもキャスターやバーサーカーの手に聖杯を渡してはいけない。あいつらにどんな事情があるとしても、そのやり方を認める気にはなれないから。
「大丈夫、キミなら絶対に聖杯を勝ち取れる。誰が否定しても僕は君を認める。キミならもっと強くなって、君のお兄さんもロイ・エーデルフェルトにもきっと勝てる。
願いを叶えてさ、何のしがらみもないただの魔術師になりなよ。僕たちの魔術師としての時間はこれからも続いていくんだから」
「………そうだね、ありがとう、蓮司君」
不思議なことに、七星さんならそんな荒唐無稽なことでも本当に叶えることができるんじゃないかって思えてしまう。
魔術を得てからの時間の不足を燃やし尽くすように駆け抜けている彼女の在り方に不安は覚えるけれど、聖杯戦争の先を見据えてくれているのなら、きっと大丈夫だと思うんだ。
自暴自棄になったり、不安になったとしても、その先を見据えることができる相手がいるのなら………
「えっと、それでさ。とりあえず、落ち着いたところで、蓮司君、戦っている最中に、その、あたしのこと………好きとか言って、たよね……?」
「――――――、もしかして、聞こえてた?」
「蓮司君の行動とか言葉に集中してたから。た、戦っている時は気に留めていなかったけど、その思い出してみると……言ってたよなぁって」
「うん、言った」
確かに闘っている時に言っただけに、今更恥ずかしさを覚えはするけれど、目の前で七星さんがしどろもどろになっているのに、むしろ冷静になってきてしまった。いや、ほんとにどうして自分で言っておいて、自分で動揺しているんだよ。
「あの、その……、あ、あたし、ほんとそういうの無頓着で、経験もないから……えっと、こういう時のいい言葉、とっさに思いつかなくて……」
自分の真っ赤な顔の前で手をブンブンと振り回す七星さんは、先ほどまでの得体のしれない怪物のような魔術師と本当に同一存在なのかと思わず考えてしまう。
というか、本当にそこまで動揺をするのなら、どうして自分で言ったのさ。こっちは色々と吹っ切れた後だから、問題はないんだけど。
「いいよ、大丈夫。答えてくれなくて。あれは自分の中でのケジメだから」
「蓮司、くん……?」
「僕は、ずっと君に憧れのような思いを抱いていた。君は無自覚だと思うけれど、魔術師である僕に変わらず接してくれた君に、突然巻き込まれた聖杯戦争に立ち向かおうとする君に。だけど、憧れは君を知れば知るほどに妬みの感情へと変わっていた。
あれは昨日の自分との決別、ありのままの君をちゃんと見つめ直したいと思ったから出た言葉なんだ」
単純に憧れているとか、妬んでいるとかそんな気持ちでいる方がきっと楽なんだと思う。自分の中の勝手なイメージ像を生み出して、七星さんに投影していればそれだけで済んでしまうのだから。
本当の意味で現実を直視すれば、否応なく自分と七星さんの間にある差を思い知らされることになる。
だけど、それがどうした。七星さんが僕を追い抜くと言うのなら、僕が追い付くことができないなんて理屈は何処にもない。
憧れでも何でもなく、彼女と対等の関係でいたいと思うのなら、勝手に前に進み続けてしまう彼女に、遠坂蓮司は追いすがっていくしかない。
魔術師として類まれなる才能があるわけでもなく、運命に愛されたわけでもない凡人にできることは必死に努力と経験を重ねることだけだ。それはこれまでと何一つ変わらない。
ただ、自分の心の中で見据えておくべき目標が少しだけ変わっていくと言うだけのこと。
「だから……その答えは胸の中にしまっておいてほしい。いつか、本当の意味で僕がキミの隣に立てると自信を持って言える時が来たら、改めて僕の気持ちを伝えるから」
その答えが良い方向だったら、想いは間違いじゃなかったと保証させるし、悪い方向だったら、惚れ直させて見せる。困難な道ではあるけれども、望むところだ。
それくらいの覚悟が無ければ、自分の中の濁った感情と向き合っていくことはできない。いずれ、もしかしたら、互いの心持ちは変わってしまうかもしれない。今、心に抱いている想いだって一過性かもしれない。
それならそれでもいい。この気持ちに並ぶほどの何かを見つけることができるかもしれないと言うのは、きっと素敵なことだと思うから。
「蓮司君がそういうのなら………あっ、じゃあ、勝者として蓮司君に一つ命令しちゃおうかなぁ」
「いや、そんなルールを作った覚えは全くないんだけど」
「いいじゃん、蓮司君ばっかり好き放題やっているなんて納得いかないし」
「ちなみに、何をさせたいの?」
「あたしのこと、桜子って呼んでよ。いつまでも七星じゃなくてさ。今更恥ずかしがるような関係ないでしょ?」
「……本気?」
「本気も本気。ていうか、あたしはずっと蓮司君って呼んでるのに、そっちが七星呼び名の不公平じゃん。だから、蓮司君は今日から桜子か桜子ちゃん呼びで!」
「せめて、さ、桜子さんにしない……?」
「うーん、まぁそれでもいいっか」
不承不承ながらも受け入れる。七星さんが何かを意識して口にしたのか、特に何も考えずに言ったのかはわからないけれど、好き勝手なことをしたのも、ここまで暴れることをしたのも僕だ。少しくらいは……桜子さんの言うことも聞かないとか。
「それで、蓮司君。聖杯戦争の事だけど……」
ああ、そっか。すっかりいい気持ちになっていて、忘れてしまっていたけれど、元々、僕たちが争う原因になったのは、桜子さんがキャスターやバーサーカーとの戦いに向けて、僕たちの陣営に協力を提案してきたからだった。
言いたいことも目的も理解できる。あの二つの陣営はこの街にとって、いつまでも存在をさせていてはいけない存在であることは間違いない。
ただ、反面、僕はまだ父さんから令呪を受け継いだわけではない。父さんの遺体から、まず令呪を引き剥がし、それを自分の身体に付着させる行為を成功させなければいけないと考えると、不安も浮かび上がってくる。
何よりも、アーチャーが僕がマスターとして共に戦うことに対してどのように考えているのかもわからない。僕の一存だけで決めることはできないだろう。
「桜子、さん。ごめん、僕だけじゃ決めることはできない。少なくとも、父さんのサーヴァントだったアーチャーの意思は尊重したい。その上でもしも、アーチャーがそれを受け入れてくれるのなら……」
改めて考えて、不確定要素が多い状況の中で、桜子さんがもう一度、僕に手を差し伸べる。
「じゃあ、まずは立ち上がろうか、蓮司君。そして、一緒にアーチャーに話をしにいこう。大丈夫、あっちはあっちで、きっと分かってくれていると思うから」
ここまで一切、互いのサーヴァントの横やりが入ってこなかった以上、ランサーもアーチャーも僕たちの戦いに対して感じいるモノがあったのは間違いない。
桜子さんの手を取り、立ち上がる。全力を出したことに対しての倦怠感は浮かび上がっているけれど、足を進ませることが出来ないほどじゃない。
「………、それには及ばないよ。蓮司君、そして七星桜子。君たちの戦いは見せてもらった」
二つの足音が聞こえる。その足音の正体がアーチャーとランサーであることはすぐに分かった。姿を見せた二人は戦っていた様子もなく、本当に僕たちの戦いを見守っていたのだろうと言うことはすぐに分かった。
「まずは感謝を述べておこう、七星桜子。蓮司君の心の中にあるわだかまりを解いてくれたことに。荒療治であることに間違いはなかったが、立場やあり方から私には取りえなかった手段であった」
「あはは、上手く行っただけともいいますけど……」
「ふむ。やはりもう何も心配することはないかもしれんな……」
「アーチャー……?」
アーチャーは空を見上げる。その言葉と反応には、これまで僕たちと共に戦ってきてくれた人物が浮かべているものとは少しばかり違うモノがあるように見えた。
「七星桜子、ランサー。君たちには悪いが、蓮司君を聖杯戦争に復帰させるつもりはない。我々の陣営は煉殿の死を以て実質的に敗北したも同然。脱落が確定した戦いに、わざわざ主の後継者を参戦させて、危険に晒すつもりはない」
「アーチャー……!?」
「幸い、蓮司君は煉殿から令呪を受け継いでいるわけでもない。私への命令権がない以上、今の私の主は遠坂煉だ。主がいない以上、私は私の判断で陣営としての方向性を見出す。これは私の中での決定事項だ。決して違えるつもりはない」
「それは、キャスターやバーサーカーを放置したまま、このまま消えるのを待つって事?」
桜子さんがアーチャーに対して訝しむ表情を浮かべる。彼女からすれば僕が首を縦に振りさえすれば、アーチャーは協力をしてくれるという目算があったのかもしれない。
僕にとってもアーチャーの判断は意外だった。英霊は誰であろうとも、自分の願いを叶えたいと思う存在、主がいなくなったとしても、代替の主を見出すことが出来ればサーヴァントは戦いを継続することができる。
けれど、アーチャーはそれを望まないと口にした。
「話を最後まで聞きたまえ。私は蓮司君をマスターとして担ぎ上げるつもりはない。だが、同時にこのまま聖杯戦争を降りるつもりはない。
煉殿が死に、陣営としての敗北が決まった。これまでは蓮司君の傍を離れることが出来なかったがために、あえて動くつもりはなかったが……」
「アーチャー……」
言葉にはされてこなかったけれど、アーチャーは父さんがいなくなってから、ずっと僕を守るために此処にいてくれていた。本来マスターがいなくなってしまったこの屋敷にアーチャーが留まっている理由なんてなかったはずなのにだ。
「蓮司君が自分自身で前を向くことができるようになった以上、もはやこの身を押しとどめる理由はない。これより先はアーチャーではなく、ムスタファ・ケマルとして、己の為すべきことを為すだけだ」
そのアーチャーが自分自身の目的のために動くと口にする。そこには並々ならぬ決意がくあるはずだ。
「アーチャー、それはつまり、マスター無しで聖杯戦争に参加する。そういう意味ですか?」
「私もそこまで愚かではないし、キミたちを侮っているわけではない。これまではあくまでも遠坂煉のサーヴァントとしての行動を第一優先としていた。だが、私に残された時間は少ない。ならば、最後は、私個人の目的を遂げさせてもらうということだ」
アーチャーは桜子さんの方へと向き直る。それから一歩足を踏み出し、桜子さんへと手を伸ばす。
「七星桜子―――ランサーのマスターよ。改めて、キャスター陣営討伐のための同盟を提案したい。提供できる戦力は私自身とトルコ国軍兵士のみとなるが、好きに利用してくれて構わない。
我らはキャスターを、かの旧き神の討滅を以て聖杯戦争に幕を引くつもりだ」
「アーチャー、それは自身の消滅と引き換えにキャスターを討つ、と……?」
「それほどの覚悟が無ければ、孝明帝を、そして久坂玄瑞を討つことは出来ぬ。あれらはもはやこの国を蝕む旧き神となった。君たちがこれから先に生きるこの国に、ケガレを厭い、自由を奪う神は不要だ」
まるで、かつて生前のように、一つの国を支配していた神に挑みかかるように、アーチャーは、今度こそキャスターを討伐することを桜子さんへと誓う。
「あたしは構いません。でも、本当にいいんですか? だって、キャスターを倒しても、アーチャー、貴方は願いを叶えることはできない。それでも、いいんですか?」
「憚る理由など何もない。むしろ、
差しのべられた手を桜子は掴み返す。アーチャーの決意の根底にあるものは明確に分からない。ただ、その決意が真実であることだけは分かったから。
「あたしたちは全力を尽くします。力を貸してください!」
いずれ決裂することを前提とした利害の一致ではなく、目的を同一とした決して崩れることのない同盟がランサーとアーチャーの間に刻まれる。
その先に待つ結末が、終わりに進む道筋であったとしても、アーチャーは構わない。己はこの時の為に秋津の街に呼び出されたのだと運命じみた確信を覚えている。
(役者は揃った。だが、まだ足りない。私とランサーだけではキャスターを倒すには至らない)
アーチャーとランサーだけでは、4日目の結末を乗り越えることはできない。あともう一手が必要なのだ。キャスターと久坂、その双方を倒すための何かが
(故に―――消えてくれるなよ、エルナン・コルテス。カギを握るのはお前だ)
聖杯戦争6日目が終わりを迎える。そして運命の7日目がいよいよ来る。
いまだキャスター陣営の目論みに辿り着いたモノはなく、誰もが久坂も思惑と獣の進化を留めることは出来ていない。
されど、総ての陣営にとってこの7日目が分水嶺、何かを為し遂げることが出来なければ、キャスター陣営の勝利は確定する。
故に迎える聖杯戦争7日目は、秋津における聖杯戦争最大の激戦日となる。
対戦カードは数えて―――5つ、夜が更けるその時に誰が笑っているのか。
それはまだ誰にも分からない。
第六夜『Duel Night』終了―――聖杯戦争終結まで、あと4日
残る陣営は―――あと6つ
―――次回予告―――
「大願成就の時来たれり!! 今宵を以て神国は再生する。帝と言う神の下、我らは異国の輩を討つ神兵となろう!!」
「そうか、時代を経ても我が子たちは大恩を忘れなかったか。感謝する煉殿。私は今こそ、我が子たちを誇りに思う。ああ、未練が霧のように晴れたとも」
「七星桜子、遠坂蓮司、帝と久坂様に仇為す者たち、帝の声を待つまでもありませんね、来なさい、私は遠坂煉の仇ですよ?」
「俺の命は生まれたその時から、リーナの為に使い、リーナの為に捧げるもの。エーデルフェルトの当主などどうでもいい。俺が戦うのはリーナの為だ。それこそが、俺達の血よりも濃い絆なのだから」
「決着をつけましょう、ランサー。壬生浪士隊、沖田総司。これが私たちの最後の戦いだ」
「聖槍―――真名解放! 桜子、貴女の魔力使わせてもらう!!」
「人を滅ぼす獣たちよ、人心を糧に高みへと昇りあげる獣たちよ。お前たちは恐怖と言う感情が好きなのだろう? ならば―――我が宝具、長平四十万の嘆き総てくれてやろう」
「孝明帝―――日本を支配せし現人神よ。神の時代は終わる、ムスタファ・ケマルが終わらせる。旧き神よ、時代に取り残されたものよ。貴様はもはやこの国は不要なのだ!!」
「知らないのなら教えてやるよ、久坂。勝利の女神はいつだって常に俺様に微笑んでいる。そう教えてくれた女がいた。だからこそ、俺様は―――英霊になったんだよ!!」
―――第七夜「Avenge night」