※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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7日目、いよいよキャスター陣営との決戦です!


第七夜『Avenge Night』
逆襲――開幕


「お願いします。どうか、この国を滅ぼしてください。貴方がそれを叶えてくれるのなら、私は何だってします。この身を捧げます。貴方の好きにしてくれて構わない。

 ですから、どうか、どうか……この愚かな国のすべてを壊してください!!」

 

 踏みしめた未開の地で出会った女は縋りつくように、己の生きてきた世界の滅びを願っていた。どうしようもなく袋小路に立たされていた自分の人生を打開するための手段がそれしかないと思っていたがために。

 

 進駐した我ら太陽の国の軍隊によって、未開の地の蛮族たちは敗走した。無論、総てが逃げ切れたわけではない。恐怖に支配され、こちらに投降する者もいた。

 

 奴らは我々に献上品を提示した。未開の蛮族どもの文化品など手にしたところで価値など分からない。貨幣の価値も唯一神の祝福も届かない愚か者どもの世界に我々を満足させる献上品など存在するのかと誰もが鼻で笑った。

 

 しかし、蛮族と言えども同じ人間だ。本能的に何を好むのかを知っている。

 

 蛮族どもは女を献上してきた。古今東西、戦争で略奪されるのは金と領土、そして女と相場が決まっている。

 金も領土も出せない者たちにとって渡せるものが女であったと言うだけの話し。いかに未開の蛮族であっても人間であることに変わりはないと指揮官たちは大笑いをした。

 

 指揮官の1人であった俺様の下にも、奴隷風情の女が宛がわれた。別に大した期待はしていない。娼館で買いあさった女の方がまだ手練れだろうと、慣れぬ戦地で欲求のはけ口として使う事が出来ればそれで十分であるとしか思っていなかった。

 

 所詮は、しがない貴族の生まれ、遠征団の上役の1人という立場は宛がわれたが、それで遠征団の総てを好きにできるわけではない。権力闘争の舞台に立つには実績が足りず、実績を上げようにも資金が足りない。

 

 だからといって野望を諦める理由にはならないと、一発逆転を狙って、遠征団へと入り込んだが……目立った戦果をあげることもできずに、所詮は一指揮官として終わりを迎えるのが山だと薄々勘付いていた。

 

 だから、憂さを晴らしてやろうと思ったのは事実だ。しかし、宛がわれた女は俺様に言った。この身を捧げる。どうか、この国を滅ぼしてはくれないかと。

 

 女の名は―――マリンチェ、エルナン・コルテスにとって生涯忘れることのなかった女であり、エルナン・コルテスを英霊にまで押し上げた女である。

 

 奴隷になった女などと言うのは新たな主人に必死に媚び諂うだけだ。男の顔色を窺って、自分の身体を必死に売り込んで、自分の生きる方法を模索する。

 

 それを浅ましいと思ったことはない。他の奴らはどうであれ、所詮男と女の関係など、種を戴く女の側が傅くべきなのだから、その延長上に過ぎない。

 

 だから、マリンチェの言葉も奴隷として自分の立場をより良くしてもらうためだろうとしか思っていなかった。抱いた感触は悪くなかった。奴隷にしては体の損傷もなく、男の喜ばせ方を知っている。この未開の地を踏破するまでは傍に置いてやってもイイかと思ったものだ。

 

「コルテス様、私は何をすれば宜しいですか? 何をすれば、貴方は動いていただけますか?」

 

 しかし、マリンチェはそれで終わらない。奴隷としての本分を終えた先には必ず次を要求する。何度も何度も。

置かれた立場は決して悪くない、主人たる俺様は女としてマリンチェを気に入っているというのに、奴隷にあるまじき眼をした女はそれだけで終わらない。

 

「貴様らに俺様たちが求めるものなどない。そも、我らの言葉も理解できない蛮族に何を求める?」

 

 奴隷が主に要求してくるなど以ての外だ。気に入った身体でなければ、殺すか部下にくれてやっている所だった。最低限のコミュニケーションが出来るようにと仕込んだ言葉で自分の立場を教え込んでやったつもりだったのだ。

 

「コルテス様―――どうでしょうか、私の言葉は。細かな所はおかしいかもしれませんが……」

 

 マリンチェの本気を理解させられたのは、それから数カ月が経過してからだった。

 

遠征軍である我々は未開の土地に拠点を築き、生活圏を創り上げた。無論、俺様たちに付いている奴隷たちも同じ場所にいる。マリンチェは俺様の部下や同僚たちに積極的にコミュニケーションを求めた。無論、身体を売ったこともあっただろう。

 

 それを重ねていくことによって、我らが母国語を宿営地の誰であっても会話が可能になるほどに習得して見せた。

驚くべきことだ。奴隷と侮っていた女が、言葉も通じない「人以下」の存在が、自分たちと会話ができる領域にまで登ってきたこと。

 

 俺様はマリンチェの意地と執念を見誤っていた。この女はそれほどまでにこの国を、己の世界を滅ぼしたいのだと。その感情を痛感する羽目になった。

 

「蛮族どもの思考が俺様たちにはわからん。奴らが何を言っているのかもわからんからな。マリンチェ、お前は俺様たちの通訳となれ。国を滅ぼしたいのならば、お前が奴らの思考も言葉も俺様たちに伝えろ。さすれば、俺様たちは疾く、殲滅して見せよう」

 

「ええ……、ありがとうございます。コルテス様」

 

 マリンチェは俺様の「国を売れ」という意味の言葉に即断した。悩むまでもないことだ。出会った瞬間からこの女は海の果てからやってきた俺様たちに縋るしかなかったのだから。

 

「何故―――滅ぼしたい?」

 

「この国は、この世界は人を人と思わない。代替の効く存在だとしか思っていない。生贄にくべるのも、こうして差し出すことも変わらない。貴方たちのように保護してくれるわけじゃない。だから、こんな世界は壊れてしまった方がイイ」

 

 俺様から見れば、俺様たちの行為も蛮族たちの行動も大して変わりはない。やりたいようにやっているだけだ。しかし、マリンチェの瞳には我々は自分たちを救いに来た神の軍勢のように映ったのかもしれない。

 

 都合がよかったといえばそれまでだ。マリンチェと言う通訳を手に入れた我々は破竹の勢いで進軍を開始した。奇襲を受けたチョルーラも、いち早く状況を察したマリンチェがいなければ、我々は全滅していたかもしれない。

 

 マリンチェが遠征軍の中で功績を上げれば上げるほどに主人である俺様の名声も高まっていく。気付けば俺様の発言力は遠征軍の中でもひときわ際立ったものへと変わっており、遂には蛮族どもを討伐するための最高指揮官としての立場を手にした。

 

 蛮族どもを滅ぼすことは決して難しいことではなかった。奴らは俺様たちほど文化が洗練されていたわけでもなく、どういうことか、俺様を奴らの神の再来であるなどと勝手に解釈した。騙しているのではないかとも思ったが、マリンチェは連中が本気でそれを信じていると語った。

 

「もしかすると、コルテス様は本当に神の再来であるのかもしれません。私のような虐げられる者を救うためにこの地に遣わされた尊き方なのかもしれない」

 

「やめておけ、俺様は人だ。人であるからこそ、征服することが楽しいんだ。神なんてものになってみろ、何の障害もない人生など、征服のし甲斐もない。連中はお前の言う通りに愚かなんだ。自分たちの古臭いしきたりに目が眩んで、現実が何も見えていない」

 

 蛮族どもと比較すれば、マリンチェの方が遥かに優秀だ。彼女は実に強かだ。自分の武器を知っている。自分の強みを知っている。我々が何を望み、何を与えれば、己の望みを叶えることができるかを熟知している。

 

 故に―――蛮族どもの国、アステカ帝国の崩壊は必然であったのだろう。誰もが苦しみもがくティノティラチトンの姿を睥睨し、マリンチェはどんな時よりも清々しい表情を浮かべていた。

 

 やり遂げた――――そんな顔をしていた。その横顔に、己の奴隷でしかないと思っていた女の姿に……見惚れるような思いを抱いたのは事実だ。

 

 生涯の中で多くの女を抱いてきた。所詮は男に傅く者で、どんな女であろうとも嗜好品程度の認識でしかなかった。

 

 しかし、この霊基になったとしても、一人だけ忘れられない女がいる。

 

 征服者エルナン・コルテスという存在は、マリンチェと言う女との出会いが無ければ決して成立しなかったのだから。

 

 帝国が崩壊しても、その地に俺様たちは少なくない時間を駐留した。蛮族どもを滅ぼしても時間は続く。俺様たちはこの地に新たな世界を生み出さなければならない。

 

 マリンチェは良く働いた。まるで遠征軍に最初から付いてきた同胞のように彼女は働き、そして……気付けば、俺様の子を成していた。

 

「コルテス様、私は貴方の子を産みたいと思います。ですが、貴方の隣に立つつもりはありません。コルテス様はより高き場所へと向かうお方。私のような存在は貴方様にとって足かせににしかなりません」

 

 マリンチェは俺様の部下を終生のパートナーとした。部下は総てを理解し、それを受け入れた。マリンチェは優秀である、しかし、奴隷だ。

 

そんな者を妻として迎え入れることが、本国へと戻った後の自分にとって必ずマイナスに働くことを知っていた。マリンチェもそれを分かっていた。だから、己から身を引いた。

 

 俺様はそれにさして気を引かれることはなかった。結局の所、どこまでも俺様は自分の事しか考えていないのだろう。マリンチェは惜しい女ではあったが、自分の部下と添い遂げる以上、自分の手元に置いておくことはできる。

 

 心配することはない、マリンチェが俺様に心酔している以上、何かが起こることは絶対にない。当たり前のように考えていたことは、しかし、突如として崩壊を迎える。

 

「マリンチェ……!」

「……コルテス様、申し訳、ありません。このようなことに……」

 

 マリンチェが病に倒れた。そう聞いた時に、自分でも驚くほどに身体が勝手に動いた。遠征軍内部での問題を解決するために数日、拠点を離れていた時に起こった出来事は、事の顛末を知り、駆け付けた時には、俺様の知るマリンチェには程遠いやせ細り、今にも生命の灯が消えかかろうとしている女となっていた。

 

 アステカの蛮族どもを見ていればわかる。マリンチェはもう助からないだろう。病を治療するための手段を遠征団が持っているわけでもなく、時間が経ち過ぎてしまっている。

 

 何故、もっと早くなどという言葉を掛けることすら許されないのかもしれない。気付けなかったのは俺様も同罪だ。己の手にした所有物は決して零れ落ちることはない。

 

 そのように考えていたツケを支払う時が来た。

 

 病の床に寄り添い、変わり果ててしまった女と視線を合わせれば自然とマリンチェの頬を涙が伝う。

 

「コルテス、様……、ありがとうございます」

 

「何故、感謝を口にする。俺様は決して、お前に報いたわけではないだろう。お前の愛を知っておきながら、俺様はあえて、お前を無視したと言うのに」

 

「わかっております。けれど、それは私が望んだこと、です。私は、コルテス様を、私の復讐に利用しました。薄汚れた女です。あなたの、隣に立つべきじゃない」

 

「何を言うかと思えば。利用したのは俺様も同じだ。お前を使い勝手の良い駒として散々使い倒した。何を今更、1人で罪悪感など抱いている。俺様たちは互いに互いを利用し、目的を遂げた。それだけだろうに……」

 

「ありがとう、そう言ってくれる貴方だからこそ、私は、救われたのです」

 

 互いに告げなくても本当の所は分かっている。俺様とマリンチェの間には、あまりにも隔てるものが多すぎた。自分たちで支配をしておきながら、マリンチェを売国奴呼ばわりする者までもがいる。自らの才で成り上がったこいつにとって、それは理解できない言葉ではなかっただろう。

 

「コルテス様……、私のことなど忘れて、ください。貴方に出会って、私は救われました。私は、もう十分です。いつか、きっと……貴方の隣に立つに相応しき方が現れるはず、です」

 

「忘れることなどない。何があろうとも、お前の事だけは忘れない」

 

「それは………ええ、とても、幸福、です。その言葉で、私は―――」

 

 救われたのだと、言葉にならない声でマリンチェは告げる。あの日に出会った時から、俺様たちは互いにこんな道程を辿ることになるなんて考えてもいなかった。

 

「さようなら、コルテス様。私は、信じて、おります……いつ、いかなるときであっても、貴方の傍には、勝利の、女神があることを。きっと、あなたは、世界を―――」

 

 今度こそ、最後まで言い終えることなく、マリンチェの瞳は落ちた。瞳がもう一度開かれることはなく、アステカ文明に滅びを与えた災厄の女は、そんな評判とは程遠い細やかな降伏に満ちた表情で己の最後を飾った。

 

「どんな時でも、勝利の女神が、か。お前は最後まで認めなかったな。俺様にとっての勝利の女神とは、誰なのか。いや、わかっていったのかもな。強かさでは俺様よりもはるかに上だよ」

 

 きっと、マリンチェは幸福だったのだろう。己の目的を完全に果たし、奴隷の身に堕ちた己が愛を覚えた男の子供を身ごもった。他人の気持ちなど推し量るほど拘泥していない俺様であっても、それくらいは分かる。

 

 この先に誰がどのような評価を下しても、どんな伝聞を広めようとも、俺様だけは知っている。最高の結末でなかったとしても、降伏に身を包まれて逝った女であったことは覚えている。

 

「俺様は止まらん。お前の口にした勝利の女神が、俺様に相応しい女を見つけて見せようとも。そうさ、俺様はエルナン・コルテス。この世の総てを征服する者なのだから」

 

 いずれ、世界の総てを征服し、あらゆる願いを叶えることができるようになったとしても、俺様はお前を甦らせるようなことはしない。

 

今、この瞬間こそが、お前にとっての幸福であったことを知っているのだから。新たな時間がお前に与えられた幸福を奪い去ることが無いように。俺様は俺様の征服を続けて行こう。

 

 そうとも。俺様は願わない。例え、万能の願望機である聖杯を手に入れたとしても、マリンチェとの再会を望むつもりは一切ない。

 

 寄り添い続けることだけが幸福であるわけではない。俺様たちは互いに利用しあい、擦れ違い、それゆえに愛を求めた。

 

 これは所詮、過去の記憶。過去でしかない記憶だ。

 

 であればこそ、俺様は……円華を、マリンチェと重ねあわせているのか。ああ、重ねあわせているのだろう。細部に違いはあれども、まるで生前を想起させるかのように、出会いも目的も関係も、何もかもが似通っている。

 

 違いがあるとすれば、円華は俺様を憎んでいるというところではあるが……、故にこそマリンチェと同じになることは決してない。

 

 そう、あの頃とは何もかもが違う。生前に与えられていた多くのしがらみも己の弱さも今の俺様にはない。聖杯を掴み受肉し、今度こそ俺様が総てを手にする。

 

 そして、その横には円華がいるべきだ。あれほどの女を手放すなどと考えられない。

 

 執着であるのだろうとはわかっている……。そんなことだから、円華がキャスターに洗脳されていたことにも気づかない。心のどこかで、問題ないと高を括っていたことは認めよう。

 

 だが、俺様に驕りがあったとはいえ、よくも、円華に手を出してくれた。キャスター、いいや、久坂……島国の蛮族、貴様だけは何があろうとも、必ず……、必ず俺様の手で、無残な死をくれてやる。

 

――秋津市西側・繁華街・地下クラブ――

「うぐっ……、ここは……」

 

「あら、ようやく目覚めたのね。もう、このまま目を覚まさないんじゃないかと思っていたわよ」

 

「………バカを言え。俺様がそう簡単にくたばるものか」

 

「強がっちゃって。死にかけだったこと知らないと思っているの?」

 

 見慣れた天井、俺様と円華が拠点として使っている地下クラブの天井を自分が見上げていることを理解し、自然と浮遊感のようなものを覚える。

 

 いつものように目を覚ました感覚とは違う。剥離していた意識と身体がようやく接合し、現実に還ってきた。生前であれば、数日間ほど記憶が抜けこんでいたかのような疲労感を身体は覚えている。

 

「今日は―――」

 

「あなたが円華ちゃんと一緒に意気揚々とここを出て行ってから、ほぼ1日、今の時刻は正午過ぎといったところかしら。ま、想定よりは早く目覚めたってところでしょ。此処に運び込まれてきたときには、瀕死も瀕死。さっきも言ったようにこのまま消えちゃうんじゃないかと思ったんだから」

 

「1日、か……、なら、ギリギリで間に合ったってところか」

 

 久坂や連中は、今日、何かをしでかすつもりでいた。その全容までもを掴めているわけではないが、あの電波塔とかいうデカい塔を使って、一気に勝負を決めようとしていることだけは分かる。

 

 手遅れかもしれない。1日も時間を潰してしまったのはあまりにもデカい。加えて身体の損傷は相応だ。宝具を展開した状態で襲撃を受けたこともあって、自動的な回復が機能していたことだけが救いだった。

 

 もしも、宝具の展開までもを阻害されてしまっていたら、あのまま俺様は脱落していたことだろう。

 

(もっとも、ビルの上から落下した後のことを鮮明に記憶しているわけじゃないが……)

 

「それで、どうするの? まだ、やるの……?」

 

「当たり前だろうが。諦めるのなら、ここに残っている意味がない」

 

「じゃあ、聞くけれど、それだけの重傷を負っていて戦えるの?」

 

「………痛い所をついてくるな。戦(・)闘(・)は(・)無(・)理(・)だろうな。時間を置けば戦えるようにも回復するかもしれんが、元々が致命傷に近い状態だった。身体が回復しきるにはとにかく時間が必要だ」

 

 何せ、キャスター陣営からすれば俺様を殺しきるつもりであの刃は放たれていたはずだ。運よく落下したことで何とか命を繋いだわけだが、幸運で助かったと言う他ないのは認めなければならないのが現状だ。

 

 いや……、そもそもちょっと待て。落下してから先のことは碌に覚えていない。無我夢中であったし、身体は死にかけに近い状態だったのだ。

 

 そう考えると一つの疑問が湧いてくる。俺様はどうやって、この拠点まで戻ってきたんだ。連中が俺様を見つけて運んできた? 非現実的だろう。そもそも、用心深い久坂のことだ。

 

 俺様が落下した先に追手を差し向けていたことは間違いない。連中はただの人間だ。あのクソったれ剣士どもに見つかれば八つ裂きにされるのが関の山だろう。

 

 となれば、浮かび上がる疑問は明白だ。俺様はどうやって、此処まで戻ってくることが出来た? 久坂の追手どもを掻い潜って、自らの足で戻ってきたとなれば、いよいよ己を称賛するが、生憎とその記憶もない。

 

「おい……」

「あら、大事なことに気付いたって顔をしているわね」

 

「勿体ぶっているんじゃねぇよ。テメェ、最初から分かっていて、黙っていただろ。誰だ? 誰が俺様を此処に連れ込んだ?」

「それは―――」

 

「構わんよ、マスター。此処から先は、直接私が話しをしよう。何せ、エルナン・コルテスに用があるのは、私も同じなのだから」

 

 地下クラブへ入るための入り口から足音がする。その足音は一糸乱れぬ訓練された足の動かし方であり、足を進める者がこの時代の人間ではないことを一瞬にして悟らせた。

 

 そして聞こえてきた声を認識すれば、すぐにわかった。

 

「アーチャー、どうして、テメェがここにいる」

「随分な物言いだな。誰が瀕死のお前を、キャスター陣営から助けだし、此処まで運んできたと思っているのだ」

 

「………チッ、久坂の野郎の次に借りを作りたくない奴に助けられちまった訳か」

 

 フンと鼻を鳴らし、寝転がっていたソファから起き上がると、改めて、普段使っている様に自分の腕を大きく広げる形でソファへと座る。

 

 なんということもないが、寝転がったまま、こいつと話をするのは俺様のプライドとして許せない。

 

「気にするな、こちらはこちらでお前に交渉を持ちかけるために助け出したに等しいのだ。目的が無ければ、お前がキャスターに討ち取られるところをわざわざ助け出すようなことはしないとも」

 

 アーチャーは歓迎されるのを待つこともなく、俺様の目の前のソファに腰かける。対面で腰を落ち着かせてコイツと話すのは初めてだが、空気は決して殺気立ってはいない。

 

 俺様を相手に何かしらの交渉をするつもりでいると言うのは嘘ではないのだろう。

 

(もっとも、拒否をすればそのまま殺しにかかるかもしれないな。俺様の状況が分かったうえで顔を出してきたのは間違いない。勝てる算段はある。そうでもなけりゃ、単身ここに乗りこんでくるはずもないか)

 

「御託を並べるのは時間の無駄だろう。要件を言え」

 

「キャスター陣営を倒すために改めて貴様と手を結びたい」

 

「―――随分な態度だな。2日前にその提案をしに向かったのは俺様が先だぞ。あの時は反故にしておいて、今更手を結ぶ。少し都合が良すぎやしねぇか?」

 

「こちらにはこちらの問題があった。その問題は昨日を以て解決したのでな。満を持してキャスター陣営を倒すために動きたいというところだ。調子がいいと野次られることは承知の上だ。だからこそ、借りを作った」

 

「ちっ、よくもまぁ、口が回るもんだ」

 

 おそらく、こいつは最初から俺様と手を結ぶことを想定していたはずだ。でなけりゃ、俺様が久坂に命を狙われた時に都合よく姿を見せることができるはずがない。

 

 ことは慎重に運ぶべきだ、キャスターは潰したいが、だからといって、俺様が不利益を被るのでは意味がない。

 

「俺様としても、キャスターとあの久坂って野郎には大きな借りが幾つもある。それを清算するためというのならば、文句はない。アーチャー、喜べ、テメェを利用してやる」

 

「そうか……思いの外、スムーズに話が進んでよかった。よほど、奴らに出し抜かれたのが腹に据えかねたか?」

 

「話がしたいのか、喧嘩を売りたいのかどちらかにしろよ」

 

「だが、そう間違ってもおるまい。してやられたのはこちらも同じだ。出し抜かれた者同士として、キャスターは我らで倒さなければならないだろう。早速ではあるが、キャスター陣営について知っている情報を改めて開示してほしい。手を組むことを決めた以上、情報の共有は必須だ」

 

 感情的には反対の態度を取りたいところだが、アーチャーの口にしている内容は至極真っ当だ。キャスター陣営が様々な策を巡らせている以上、俺様だけが情報を握っていたところで何の意味もない。

 

 情報とは武器だ。それを翳す事や売りつけることによって自分の有利な状況を生み出すことができる。伏せるべき時には伏せるべきだが、こと今に至っては開示をするべきだろう。

 

 アーチャーに語ったのは、大きく分けて三つ、キャスターと久坂の関係性、奴らがこの国の人間を洗脳する力を持っていること、そして電波塔を使って何かを企んでいることの三つだ。アーチャーは興味深くそれらの話を聞きうけた上で、しばし、無言のまま、考えを巡らせていた。

 

 しばらくしてから目を見開き、机に想いっきり手を叩きつけた。

 

「そうか……、電波塔を使っての広範囲洗脳。マスターを狙い打った必殺の策……、それが奴らの目論みか!!」

 

 得心が言ったのか、アーチャーは思い切り声を上げる。

 

「どういうこと? 電波塔を使えば聖杯戦争を終わらせられるって事?」

 

「簡単な話しだ。キャスター、孝明帝はサーヴァントになったことでその言葉に日本人を洗脳する力を持つようになった。しかし、あくまでも声を届けられなければ意味がない。よって……、電波塔を使い、「放送」をするのだ。秋津市全体、最悪の場合は日本そのものへと孝明帝の言葉を届かせることによって、奴らは日本人のマスター全員を己の配下へとするつもりなのだろう。いや、むしろ、それ以上を狙っているのかもしれない」

 

「なるほどな、だから、奴らが狙ったのはアサシンとセイバーだったわけか」

 

「あの2陣営はどちらもマスターが日本人ではない。故に自分たちで倒さなければならなかった。総ては今日という日に勝負をつけるつもりだからに他ならない。お前たちが掴んだ「テスト」というものが間違いなくキャスター陣営の必勝の瞬間。

 奴らが電波塔で放送を行うことができるかどうか、これが我々にとっての阻止限界点といっても過言ではなかろう」

 

 理に適っている。アーチャーの推測はこれまでの奴らの不審な動き、あからさまな時間稼ぎに意味を与えていく。今日という日が起こるまで徹底的な時間稼ぎを行ってきたのも全ては策を為せば勝てるから。あの陰険な久坂のやりそうなことだと舌を打つ。

 

 ただ、それだけで終わりのようには思えない。

 

「まだだ、まだ、何かあるだろう。あの用心深い久坂がこれで終わりにするはずがない。何せ、キャスターの言葉が日本人に通用することは容易に予想が出来る。なら、あえて、最も重大な局面でそれを実行するか?」

 

「実行しないだろうな。おそらく―――電波塔に向かうのは久坂のみだ」

 

 やはり、アーチャーも合点が言っていたか。アーチャーから話を聞いた時にこいつのマスターは決してキャスターの言葉を聞いたわけではない。

 

 あくまでも用意された書状に目を通したことによって、思考を捻じ曲げられた。何かがあるのだ。キャスター自身を介さずとも、日本人に命令を伝える方法が。その例外があるのだとすれば、久坂は間違いなく自分を使うだろう。

 

「奴らも二人、こちらも二人。であれば、必然的に取れる方法は限られてくるだろう」

「二方面作戦、か」

 

「私はおそらく総本山に陣取るであろうキャスターの打倒に動く。エルナン・コルテス、貴様は電波塔で久坂を討て。我ら二人がことを為せば、キャスター陣営は今度こそ敗退を迎えるはずだ」

 

 アーチャーの言うことは確かに正論だ。久坂の野郎がキャスター本体と一緒に行動することは間違いなく有り得ない。自分の弱点を晒け出すような阿呆ではない。

 

 奴らを仕留めるとすれば、別々の戦場に隔離したうえで、それぞれが妥当すると言うのは小手先の手段を省いた真っ当な攻略法であると言えよう。

 

 ただ……、そこには大きな問題点があることも当然に想定できる。

 

「その配役にするのは構わないけどよ、俺様とお前の連携は取れるのか? キャスターを一度は斃しても久坂がいる限り甦る。どうせ、逆も同じだろう。なら、俺様とお前はほぼ同時に奴らを倒さなければならない。下手なことをすりゃ、久坂の奴は間違いなくかんづ―――」

 

「その問題は考えなくてよい。お前はお前の最善で久坂を倒せばいい。あとは私がキャスター撃破のタイミングを合わせる」

 

「考えなくてくイイってな、相手は久坂だ。予定通りに進むことはありえないぞ」

 

「そういう話ではない。要するにお前が久坂を倒した時にキャスターが瀕死、あるいは消滅間際になっていればいいのだ。問題ない。

 私は総本山に突入次第、キ(・)ャ(・)ス(・)タ(・)ー(・)を(・)殺(・)し(・)続(・)け(・)る(・)。何十、何百甦ろうとそのたびに殺し続ける。久坂はキャスターが狙われることは織り込み済みだ。何があろうとも、奴が総本山に戻ってくることは有り得ない」

 

 アーチャーは俺様に挑みかかるように言い放った。鷹のような瞳は、さながら戦へと臨む直前の緊張感をこの場に生み出す。大言壮語もいいところだ。俺様もさすがに呆気にとられた。

 

「本気か? 死ぬぞ、お前」

「我が陣営は主を失い、もはや敗退したも同然だ。ならば、最後の道連れくらいは連れていくとも」

 

「マスターの敵討ちのつもりか?」

「否定はしない。それだけではないがな」

 

「どっちにしたってくだらねぇ。あのガキ担いで聖杯戦争を再開することだって、テメェならできただろうに」

 

「己のことを第一に考えているお前には理解できないよ。どこまでいっても、お前と私の思考は平行線だ。しかし、決して悪い話ではないだろう。お前にとって浅からぬ因縁のあるキャスターと、相性の上で最悪な私、その双方が今日を以てこの舞台から降りるかもしれぬのだ、報酬としては十分すぎよう」

 

「ちっ……、嫌な性格しているな、まだ手札を隠し持っていたか」

 

「相手の本拠地に乗りこむのだ。必ず首を縦に振らせる。その覚悟が無ければ、一国の代表など出来るはずもない。私はお前と、エルナン・コルテスの力を得ることが出来れば、必ず奴らを倒せると踏んでいる」

 

 地団駄を踏みたくなる思いだ。こいつが俺様を助けた時点で、外堀は総て埋め合わされていたわけだ。目障りなキャスターだけではなく、いずれは斃さなければならなかったアーチャーすらも消えてくれるかもしれない状況、交渉のカードとして、俺様側からすればこれほど魅力的な提案はない。

 

 アーチャーとキャスターをそのまま戦わせてもどちらかが居残ってしまうかもしれない可能性を考えれば、俺様が入ることで双方共倒れを狙うのは、むしろ、俺様に一番のうまみがあるのは間違いない。

 

 悔しいが認めざるを得ない。いつから想定していたのかは知らないが、盤面は完璧だ。俺様が拒否をする理屈も、理由も、この交渉の場には存在しえない。

 

 だが、それを全て理解したうえで、一つだけ疑問が残る。根本的な話しだ。

 

「一つだけ聞かせろ」

「何だね?」

 

「何故、俺様を選んだ?」

「……………」

 

「お前らが懇意にしているランサー、あるいは戦力だけで言えばセイバーの方が遥かに有能だ。二方面の戦いを同時に展開できるのなら、それこそ奴らの方が遥かに連携が取れやすい。久坂だって二方面作戦が来ることはわかっているだろう。ならば―――」

 

「久坂玄瑞、秋津の街の7陣営を相手に総てを出し抜かんとする男。しかし、あの男には、唯一にして最大の弱点が存在する。それは――――」

 

 俺様の浮かべた疑問、そして俺様でなければならない理由、久坂と言う男の弱点、アーチャーは己の推論を口にした。あくまでもそれは実証が与えられたものではなく、目の前のサーヴァントの仮説にすぎない。

 

 仮説には過ぎないが……、俺様はそれを全て聞き終えた後に、細かに散らばっていた無数の要素が一本の線として接合する感覚を覚えた。

 

 それは戦に臨んだことがあるであろう者たちであれば誰もが知っている感覚、勝ちの目を出てきたことを確信させる感覚であった。

 

「くくく、あっはははははははははははは!! 何だ、何だそりゃ。最高だ、笑い話も此処まで来ると最高だ!」

 

 だから、俺様は高笑いを上げてしまった。アーチャーが積み上げた隙のない盤面に、そして、この秋津の街でさも、運命に導かれたように配置されていた総てに。

 

「私がお前を選んだ意味、充分に理解できただろう。改めて答えを聞こう、エルナン・コルテス。キャスター討伐のための同盟、この提案受け入れてもらえるか?」

 

「いいさ、いいとも! これは俺様にしかできないことだ。喜べ、アーチャー。お前の末路は俺様が盛大に飾ってやる。安心して、総てを出しきってくれるがいいさ」

 

 楽しみだ、今から楽しみで仕方がない。俺様に対して見下した言葉と視線を向けてきたあの久坂が、地に這いつくばり、命乞いをするその時を見るのが、今から楽しみで楽しみで仕方がない。報いは受けさせる。何があろうとも、絶対に、奴だけはこの手で葬ってやる。

 

「そうか、提案を受け入れてくれたこと、感謝しよう」

 

 アーチャーは手を差し出す、その仕草が握手の意味合いであることを理解し、上機嫌のままに俺様はその手を握り返す。

 

「こうして顔を合わせて会話をするのは、これが最後になるだろう。貴様をこの手で討ち取れなかったことは心残りだが、精々、最後まで足掻きつづけろ、征服者」

 

「抜かせ、自己犠牲で他人に願いを譲ったこと、座に還って後悔させてやるよ」

 

 そうして、最後まで互いに互いを理解することも、信頼し合うこともなく、ただ、共通の敵を倒すためだけの同盟はここに成立を迎えた。

 

 不安要素が全く存在しないわけではない。しかし、俺様の直感が勝ち戦であることを囁いている。ゆえに、問題があるとすれば、ただ一つだけだ。

 

(円華、お前はこんな所で終わる女じゃない。俺様を失望させるようなことだけはするなよ)

 

 俺様にとっても、他の陣営にとっても大きな節目となる日、キャスター陣営との決戦の日はこうして幕を開けたのだった。

 




久坂の弱点って一体何だ……?

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