――秋津市北側・唯一神理教総本山――
一宮梓沙の人生はこの秋津市に来るまで順風満帆そのものであった。一宮家は古くより神祇省に代々優秀な術士を排出する家系の生まれであり、彼女も他の先達たちと同じように幼いころから一宮の術士として頭角を現してきた。
神祇省の力関係は京都大陰陽連の術士であるか否かで、大きく今後の流れが変わっていく。主流派である京都大陰陽連の出身であると言うだけで、地位は高まり、名声も得られていく。神祇省のトップに君臨する術士たちの多くはその出身であることからも、それは関係者たちの中では公然たる事実であった。
一宮家はその京都大陰陽連に所属しているわけではなく、在野の術士でしかない。優秀な術士を多く輩出しているが、要職に当てられることはないとされてきた家系なのだ。
一宮梓沙もその立場は変わらない。しかし、変わらないなりに彼女としては努力を重ねていった。陰陽寮を首席で卒業し、最短の流れで神祇省へと入り込んだ彼女にとって、これより先の未来は華々しいモノであるはずだった。
京都大陰陽連の差し金によって現場経験を積ませると言う名目のもとに神祇省の後方部門に送られたことも納得してこなした。先へと進むために。
世の現状を理解するためにと諜報強襲部門へと送られたことも納得した。自分であれば失敗することはないだろうと高を括っていた面もあるが、逆に言えば自分の能力を示すことができる場であると考えて。
そう、順風満帆であるはずだった。決して何かをしくじったと言うわけではない。
にもかかわらず、梓沙の脳裏に神祇省での日々のことなど欠片も気に留めることはなかった。むしろ、今ここで武器を振う自分の糧になった通過点の一つ程度の認識でしかない。
総ては帝の為に、志士たちと共に神国を再生するためにこの身を費やすと決めたのだから。
「七星流剣術―――」
「遅いですね、口を動かしている暇があるなら、一瞬でも早く刃を放った方がいいですよ。でなければ、不可視だろうが何だろうが、私の下に刃を通すことはできませんから」
激突するのは七星の刃と神祇省の薙刀、女性同士の戦いと言うにはその二人の激突はこの場の外に戦っている者たちと比べても見劣りしないほどに、最初から全力で、相手を潰すための刃を放ち続けていく。
桜子の刃は不可視ではあるが、あくまでも彼女が振う刀をベースとしている。それを理解しているのか、梓沙は薙刀と言う長物の性質を利用して桜子へと刃を届かせない。
「先ほどから刃も複数使っているようだけど、それも届かなければ何の意味もない。結局それは、ただ手数を増やしているだけに過ぎない。七星櫻一郎のように射程が伸びるというのであれば恐ろしさも生まれるけれど、所詮は貴女の距離へと至らなければ意味がない」
加えて、梓沙の戦闘スタイルとして特筆すべきなのは、梓沙の周辺に展開された複数の護符である。それらがまるで自分の意志を持っているかのように動き回り、桜子の刃の軌道に合わせる形で紋様を組み、桜子の刃を阻む盾としての機能を果たす。
無論、それも日本式の陰陽術で生み出されている以上、桜子の刃で斬ることはできるのだが、五芒星に組み上げられたそれぞれの護符が相互に絡みあうことによって、絶たれた魔力をすぐさま供給して復活する。
言わば、魔力の供給源が五つ存在していると考えればいいか。そして、その護符が梓沙の動きに合わせて絶え間なく動き回っていることにより、非常に狙いをつけ辛くなっている。
「貴女の為に組み上げた術式ではありませんが、厄介でしょう? 護符による防衛は陰陽術の基本ですが、組み合わせればこれくらいの事は出来ます。七星の魔術は脅威でしょうが、それで全く太刀打ちできないのでは、立つ瀬がありませんから」
そう口にしながら振るわれる薙刀の一撃、一撃は桜子が防御をしているにも関わらず後ろに弾かれかかるほどには重い。
もしも、一撃でも身体に受けてしまったら致命傷になりかねない。不可視の刃で受け止めているとはいえ、両手にしびれが残っているのが何よりの証拠だ。
(あたしとほとんど背丈も体つきも変わらないのに、どこに薙刀をこれだけ強く振う力があるってのよ……! 実は筋肉ゴリラか何かなんじゃないの……?)
昨日の蓮司が手数で勝負しているのだとすれば、梓沙はもっとシンプルに武器1つで相手を破壊する戦い方だ。シンプルであり応用性はないが、陰陽術による防御と単純であるがゆえの破壊力が何よりの強みと言った所。
(蓮司君との戦いでは、手数を増やすことで勝つことが出来た。でも、手数を増やしただけじゃあの防御は突破できないし、薙刀をずっと受け続けていたら、あたしが先に消耗してしまう。考えろ……、ここからどうすれば、勝つことができるのかを)
周辺の戦闘状況に気を配る。ランサーは既に壬生浪士隊を相手に立ち回っていて、あの沖田を相手にしているだけに、こちらへと気を配っている暇はほとんどない。
そして、アーチャーについてはもっと苛烈だ。アーチャーの四方総てを囲むように志士たちが押し寄せて、アーチャーと兵士たちを討ち取らんと攻撃を続けている。
兵士たちは多勢に無勢の状況であると言うのに、一切臆することなく、帝へと向かうために果敢に攻撃を続けている。傷つきながらも徐々に本殿へと足を進めているのがその証拠だ。
(サーヴァント二人に助力を頼めるような状況じゃない。彼女はあたしが倒すしかない)
勿論、キャスター自体を倒せば終わりであることは桜子も理解はしている。総ての元凶はキャスターであり、アーチャーの話を聞く限りでは梓沙自身もキャスターに操られている可能性が非常に高いとのことだった。
だが、それとは別に桜子は梓沙に一発入れてやらなければ気が済まない。挑発されたこともそうだし、蓮司があんな状態になった原因であるのは間違いないのだから。
故意であろうと操られていた結果であろうと、桜子なりのケジメの取らせ方はしないとならない。
「早々に降参してくれてもいいんですよ。帝と久坂様は同じ日本国民として貴方たちを許すでしょうから」
「冗談、そんな選択肢は絶対にない。それに―――あんたに程度に負けてるようじゃ、あたしは兄さんやロイに追いつくこともできないッッ!!」
七星櫻一郎もロイ・エーデルフェルトも間違いなく一宮梓沙よりも強い。彼女の戦い方は厄介であるし、七星の戦い方を知ったうえで潰しにかかってきている。何とも戦いづらいことは確かであるけれども、戦いづらいだけだ。
あの護符の守護術式さえ突破することが出来れば、刃を届かせることができる。薙刀のリーチなんて些細なこと、懐に飛び込む一刀を放つことが出来れば、即座に二刀、三刀を以て風穴を開く。
攻撃を受け、次の一撃を放ち、桜子自身の思考も戦闘そのものへと没入していく。深く、深く、戦いの中に自分の意識を集中していけばいくほどに、自分の中に流れている七星の血が、魔術回路が強く強く励起していくのを感じ取る。
(これまでも何回かあった、戦いの中で自分の中の限界を越えようとするたびに、あたしの身体の中に流れている血が、魔術回路が強く力を発してきた)
櫻一郎が口にしていた七星の血の宿命、七星の血をその身に宿している限り、いずれ必ず桜子もその血における戦闘衝動に身を引き裂かれるだろうという言葉、その実感は未だに桜子の中で沸いていないが、確かにこの感覚が研ぎ澄まされて逝けばいくほどに、自分の中の戦闘方法が研ぎ澄まされていく感覚は存在しているのだ。
まるで一種のトランス状態へと入り込んでいるような感覚だが、此処が戦場である以上、余計なことは切り捨てて状況に集中できる様は決して悪いモノであるとは言えない。
「七星流剣術――弐の型『枝垂桜』!」
下段から上段へと浮き上がってくる薙刀の軌道に向けて振り落しを実行、薙刀の軌道が逸れると同時に、顕現した二刀を使って、更に薙刀を追い詰めていく。
「七星流剣術――参ノ型『乱れ桜』!!」
さらに実体のない刀の三つ目は真一文字の剣閃、それが動き続ける護符のうちの二つを切り裂くと同時に、実体がないために、桜子が握る必要が無い刀であることを利用し、一歩を踏み出す。確かにリーチの中に飛び込んでこなければ、桜子の刃を届かせることはできない。
しかし、実体がない武器を使っている以上、桜子が動けないと言う理由にはならない。手を離してしまう以上、魔力の構築自体は一瞬で崩壊する。けれど、構わない。
「七星流剣術――伍ノ型『桜吹雪』!!」
二つの護符が破壊されたことで、他の三つの護符が機能して、再び結界術を攻勢するよりも早く、飛びこんだ勢いのままの刺突で優位を勝ち取る。
ここまでの時間は僅かに数秒、並の剣士や戦闘者であったとしてもこの数秒間の交錯を見切ることが出来なければ、一刀のもとに沈む状況の中で―――
「桜子さん、背中―――ッ!」
「―――――!」
遅れて届いた声に反応して、咄嗟に刃の軌道を逸らして身体を横倒しに逸らせる。それでも、完全に避けることは出来ずに、背中へと生じた痛みに表情が強張る。
軌道が逸れた身体はそのままの態勢を維持することが出来ずに、倒れ込み、すぐさま、桜子は背後へと視線を向ける。すると、梓沙の手には先ほどまで、桜子が受けていた薙刀よりも小ぶりな槍が握られており、その先端の矢じりには血が付着している。
「戦闘中に相手を騙すのは卑怯なことじゃないでしょう。騙される方が悪いってね」
「その薙刀、中にもう一本入り込んでいて―――」
先ほどまで桜子が受けていた薙刀の穂先は地面に転がり、柄に張り付けられた護符が作用すると、自ら宙を浮く形で梓沙の手元へと戻る。同時に護符が再び五つ展開されると、先ほどまでの桜子の攻撃が無に帰したように梓沙は元の戦闘スタイルを取り戻した。
「くそっ、してやられた」
「経験の差、というところかな。貴女の連撃、見事だった。でも、見事だっただけ。相手の反応なんて何一つ考えていない。ただ、自分の出来ることを実現させただけでしょう? 残念だけど、それじゃあ届かない」
「届かないなら、届かせるだけだ!」
梓沙が桜子へと教授するような言葉を口にする横で、梓沙へと明確な敵意が飛び込んでくる。その正体を理解するよりも早く、梓沙は懐から護符を投げ放つと、その護符が爆発四散し、飛び込んできた攻撃を受け止める防波堤の役割を果たす。
「いつ手を出して来るのかと思っていたけれど、律儀に七星桜子の戦いを見届けてでもいたの? 蓮司君」
「――――ッ」
「別に二人掛かりでも構わないと言ったんだけれどね。それともあれかな? 自分が参加すると逆に彼女の足手まといになってしまうなんて考えてる? 健気だね」
「お前はァァァッ!!」
此処までずっと我慢をしてきた蓮司からすれば、いつ怒りの声を上げても不思議ではない状態ではあった。だが、桜子を信じて状況を見守ると言う自分自身の判断さえも挑発の材料とされてしまっては、最早黙っていることはできない。
魔術回路が起動し、魔術が構成され、一気に魔術弾が複数梓沙に向けって殺到していく。当然、梓沙はそんな攻撃は見え透いていると分かっているが、蓮司は昨日の桜子との戦闘同様にそれを目くらましとばかりに、梓沙の下へと飛び込むと、自分も巻き込まれてしまうのではと思えるほどの至近距離で次々と魔術を展開していく。
梓沙と言う敵を倒すことが出来れば、それで問題ないとばかりの放たれる攻撃はある種の自爆のようですらある。しかし、蓮司の必死さを嘲笑うように護符による防御を貫くことはできない。
梓沙自身はここまで前線に出てくることはほとんどなかったが、神祇省の中で潜入を任される程度には、戦える人材だ。蓮司自身が決して弱いと言うよりも、やはり魔術師としての在り方を貫いてきた蓮司と、状況次第によって戦闘すらも厭わないと言う神祇省のエージェントとして生きてきた梓沙では、戦いと言うものに対しての受け止め方自体も違ってくる。
「捨て身覚悟で飛び込んでくる覚悟。それほどまでに私が憎いですか」
「憎くないなんて言えるわけがないだろ! 父さんの仇に対して」
「そうですね、そうでしょう。だからこそ、帝の救いが必要なのです。そのような不安定な気持ちを持ったまま、神国再生などどうしてできましょうか。蓮司さん、あなたのケガレは帝の力で払われるべきです」
梓沙が懐から取り出した護符が光を放ち、蓮司の目が眩む。一瞬のホワイトアウト、感覚がマヒし、回復するまでの刹那、蓮司の身体の角度が歪む。
「しまっ――――」
足が地面から離れ、重力に従ったまま背中から落下する感覚、難しい理屈じゃない。目を潰されて足払いをされた。古典的な方法であるとはいえ、魔術師だろうとなんだろうと人間である以上、その古典的な方法は通用する。
戦意、あるいは敵意を肌で感じる。ここまで大降りに振るわれてきた銀の刃が自分の身体目掛けて落下すると言う予測が半ば間違いではないことを自覚しつつ、蓮司は自分の浅慮の代償が飛びこんでくることを覚悟するが――――
「アンタの相手はあたしだろうが!!」
聞こえてきた声に、視界が開けた時に不可視の刃が薙刀の一閃をギリギリで受け止める。倒れる蓮司の目の前には、背中から決して少なくない血を流す桜子の姿がある。
表情はいつもの彼女のそれとはまったく違う、怒りと闘争心に塗れた表情、しかし、イメージすらも崩すようなその表情が逆に混乱と失敗に自罰的な気持ちになりかけていた蓮司の心を繋ぎとめた。
「あら、数日前までただの学生をしていたにしては痛みに強いですね。それも七星の血が為せる業ですか? やはりその力、ここで潰してしまうには惜しいです。頑張って殺さないようにしないと」
「舐めてんじゃないわよ、こっちは勝つために来てんのよ、いつまでも倒れていられるわけがないでしょ!」
「格好いいですね、まるで蓮司君を守る騎士のよう。性別が逆だったら、すっごく絵になったと思いますよ。ねぇ、蓮司君、そのままでいいんですか?」
明らかな挑発、桜子と蓮司の二人では相乗効果を生み出すほどの力を発揮することができないと読んでいるがために繰り出された言葉、一人一人を相手にするよりも、即興のコンビネーションなどという出来もしないことに賭けてくれた方が制圧しやすいからこそ口より出てきた言葉に、蓮司は拒絶は出来ない。怒りを抱いているのは本当の事なのだから。
「後悔、するなよ……」
「ふふっ、させてみればいいじゃないですか」
自分が負けるなどとは微塵も考えていない。キャスター洗脳下にあって、迷いも恐怖心も断ち切られた今の梓沙を黙らせるとすれば、やはり倒すしかない。
交渉も説得も無意味である以上はそれしかないのだが、実際にはそれが一番難しいことも二人は十分に分かっている。
戦況はこう着、だが、それは他の戦場においても同じことが言える。
桜子たちと隣り合わせでありながら、未熟さなど一切感じさせずに実力と実力が正確に真っ向からぶつかり合うのはランサーと沖田、清河を中心とした者たちの激突。
既に三度もの戦いを経験しており、互いの切り札についてまでもランサーと沖田は知り尽くしている。故に、知らなかったと言う不確定的な状況が生まれることはない。
複数人が一斉に襲い掛かる状況だけは、これまでの二人の戦闘からすれば、追加された要素であると考えることもできるが、
「はぁぁッ!!」
それが明確に、ランサーにとって不利になるわけではない。元よりカール・マルテルは軍の将、無数の人間同士が争いあう戦場という世界の中で戦いあって来たのだから。
一人の一騎当千を相手にするよりも無数の猛者を相手にする方が彼女にとっては御しやすいということさえもありえる。
「さすがは沖田君と真正面から対等に戦えるだけの相手だな。我々の仲間たちが束になって掛かっても、何とかおしこめているかどうかとは。いやはや、英霊と言うものは恐ろしい。このような化け物たちが6体もいるのだ。帝や久坂殿に相手をさせるのは酷だろう」
「だから、お前たちは策謀で全てを終わらせるつもりでいる、そういうことでいいか」
「分かるだろう、ランサー。貴女が戦場に出向いたことがあると言うのならば。戦などというものは結局の所、勝った方が正しいのだ。勝たなければ何も得られない。どれだけ品行方正な戦を志したところで敗北すれば、その所業は塗り替えられる。さも悪辣非道を働いた存在であるかのようにだ」
次々と波状攻撃を仕掛けるように飛び込んでくる志士たちを、身の丈以上もあるランスを自由自在に振り回すことで、文字通り叩き潰していく。
しかし、それらの相手をしていれば、音速のごとき勢いで動き回る沖田への対処が遅れる。鎧による防御すらも貫通する攻撃は避けて受け手を繰り返しながらも、確実にランサーの耐久力を削っていく。
「ならば勝つしかないだろう!! かつての我々は攘夷を為すことが出来なかったがために、後の歴史で悪のように刻まれた。まったくもって遺憾と言う他ない!! 本来は我らこそが正しいのだ。この神国に異国人など一切不要!神君家康公の時代より受け継がれてきた徳川の習わしだ!」
清河の言葉は止まらない。もはや今日という日が決戦であるからなのか、彼は己の弁舌を戦闘中であろうが止めるつもりは全くない素振りだった。
「歪んだ歴史は正す、我らが真なる攘夷を以て!」
「歪んだ歴史、か……」
清河の言葉など、ランサーからすれば唾棄すべき言葉であったことに違いはない。どれほど正しさを得ていようとも、戦に敗北すればその正しさは否定される。当たり前の話しだ。何故なら、勝った方にとっての正義は負けた側にとっては許す事の出来ない道理であったのだから。
清河八郎も、沖田総司も、久坂玄瑞も、孝明帝も結果だけを見れば歴史の敗北者であることに変わりはない。彼らが勝ち取れなかった未来を掴んだ者が次の時代を創り、今にまで至っているのだから。
ただ、ランサーはこうも思う。では勝ったものの歴史が正しかったかどうか、それを判断するのは一体誰なのだろうか、と。
己が歩んできた歴史を決して正しかったものであるとは考えていないランサーにとっては、清河たちの願いは唾棄すべきものであると思う反面、理解できないわけではない夢物語でもあった。
もしも、自分が王として君臨していれば、あのような結末を迎えることはなかったのではないだろうか、少なくともカロリング王朝は数百年以上の時間を続けることが出来たのではないか。
泡沫の夢である、本当にそうなるのかもわからないような夢に身を託しているに過ぎない。だが、実現させてみなければ成功なのか失敗なのかはわからないという意味で言えば、未確定であるともいえる。
「貴方たちの語る歪みは確かに儚いものだ、本来の歴史とは異なる存在として顕現したがために歪んだ価値観を持つモノ、もしかしたら、私もいずれは同じような末路を辿るのかもしれない」
「ほう……、なるほど、ランサー。そなたも同じ穴のムジナか。それはさぞ、悔しかろう。そなたの歴史など知らぬが、我らと違い英霊の座に召し上げられてまでも敵わなかった願いがあるなどと、浅慮なこの身には到底耐えられまい」
「だが、共感は出来ても、お前たちの願いを叶えてやる道理はない」
「それは何故に?」
「決まっている。聖杯戦争に勝利するのは私だ。お前たちと変わらん。私もまた叶えることが出来なかった願いと未練の為に闘っているのだから!!」
ランサーが吼え、飛び込んできた沖田の刃を力任せに弾いて叩く。鎧に刻まれてきた傷の数々が学習するための糧として、ランサーの目を慣れさせていく。
ランサー自身のスキルによって多対一の時の彼女は通常以上の防御力を誇るだけに起きたとしても口惜しい所だろう。
一対一で戦うよりも多人数で戦っている時の方が、カール・マルテルを討つにおいては、面倒な事態になっているのだから。
もっとも、そのような面倒な事態であることを自覚したところで、沖田が剣を置くようなこともない。三度にわたる戦いで首を切ることが出来なかった相手を今更諦めるなどと言うことはできないのだから。
「私にはこの世界に再び召喚された理由も、貴女がどうして闘うのかも別に何もかもがどうでもいいことです。ただ、私は目の前の相手を斬る。もしかしたら、これが私にとっての最後の戦になるかもしれないこの時に、後悔をするつもりはありませんから」
「そうですね、この場は誰にとっても決戦の場所。言葉をぶつけ合った所で、私達が共に手を取り合うことはない。結局は斃すほかないのですから」
「単純な話ではあるがな、いや、最もだとも。不快に思ったのならば、謝罪をしよう。ランサー、どうにもこちらも大願成就を間近に控えて昂っている所があるらしい」
「いいえ、構いませんよ。戦に置いて勝敗が見えてきたところで気持ちが盛り上がっていくことを否定はしない。ただ、早計が過ぎるでしょう。この私は一回の戦士ではあれども、この軍の将であるわけではない。そう、私はあくまでも―――」
ほんの一瞬だけ、ランサーは視線を桜子と蓮司が戦っている方へと向ける。状況は不利な方向に進んでいる。一宮梓沙は総合的に見れば桜子が決して劣っている相手であるとは言えないが、経験値と迷いの無さを以て、桜子の目の前に君臨している。
(私が少しでも手を出せば、桜子は勝利を手にすることが出来るでしょう。数日前の山門の戦いの時のように。しかし、これより先に聖杯戦争を勝ち抜くとすれば、桜子の成長は必要不可欠)
昨日の戦いで蓮司に勝って見せることで桜子は戦士としての道を一歩進んだ。これより先に待ち構えているであろうバーサーカーやセイバーとの戦いを見越すのであれば、桜子には今以上に強くなってもらわなければならない。
(桜子の成長速度は、私から見ても異常と言うほどに速い。それが七星の血の為せる技なのかは分かりませんが、この聖杯戦争を勝ち抜く上では必要なことだ。桜子の成長が果たされれば、その時にこそこの戦いは意味あるものへと変わる)
戦力差は圧倒的、彼らがなりふり構わなくなるまでは、自分の目的を果たすために動く。
何よりも、この場における大将は彼女ではない。
「私はあくまでも、この場を任されたに過ぎない。この場における大将は彼の方なのですから」
ランサーの言葉に応じるかのように、もう一つの戦場にて雄叫びが上がる。勝鬨を上げろとばかりに吼えられるその勢いは、無数の銃声と共にこの戦場の音の領域を支配していく。
アーチャー率いるトルコ軍兵士たちの軍団は、縦横無尽に襲い掛かってくるキャスターの志士たちを相手に、陣形を組み、銃撃を放つ者と、攻撃へと応じる者が完全に分業された形で展開している。
言わば、本命は銃士隊、彼らが接近する前に志士たちへと銃撃を放ち、万が一にも突破した者たちは前衛の守備が命を掛けて迎撃へと入り込む。
古典的な陣形による教本通りの戦い方であると言えよう。しかし、教本に刻まれるほどの戦い方が、単純に考えて弱いわけがないのである。
彼らは練兵された兵士たち、地獄のごとき第一次世界大戦を生きぬき、新たなる国家を創り上げた男の誇る精強なる軍隊なのだから。
「単純な話しとしてである。君たちが外国列強との争いに勝つことが出来なかったのか、あるいは維新に置いて、幕府軍が維新軍に勝つことが出来なかったのか。今、ここで詳らかになっている状況も原因としてはそれらと何一つとして変わらない。
射程だ―――いかに君たちの刀剣が魔の技術であろうとも、改良に改良を重ねた銃を前にすればその刃は届かない」
次々と放たれる銃弾は志士たちが兵士たちの身体に刀を振れる距離に近づくまでに致命傷を与えていく。共にサーヴァント以下の存在である志士も兵士も戦力と言うもので考えればさして変化はない。
ならば、あとは生前にどのような武技を積んだのか、どのような武器を使っていたのか、どのような戦術で戦っていたのか、そうした点が問題となるのはある種の当たり前であった。
幕末日本における戦力を分析する上でゲベール銃とミニエー銃の実例が使われる。これは当時の日本、幕府軍が持ち得ていたゲベール銃に比べて西洋諸国より提供されたミニエー銃がその構造上、遥かに長い射程距離を誇ったことから、両軍が戦闘になった際にまったく相手にならなかったという例である。
それがあくまでも幕末の時代の話し、さらに時代を経た第一次大戦次代の武装で身を固めている兵士が放つ銃弾の射程は単純に志士たちの想像を超えている。数にモノを言わせたところで、その技を届かせることが出来なければ何の意味もない。
「ちっ、さっきから次々と豆鉄砲を打ってきやがって」
「だが数も数だ。これだけの邪魔をされたら―――」
「君たちとて容易に動き回ることは出来んだろう。それこそがこちらの狙いだ」
志士たちを蹴散らした兵士たちが次々とアーチャーと対峙している斎藤達浪士隊の足を止めるために銃撃を放っていく。一般の志士たちに比べれば、彼らの格は遥かに高いが、やはりサーヴァントに至ることはできない身、超常の力を十全に発揮できるとは言い難く、加えてアーチャー自身の宝具の支配下にある以上、アーチャーよりも過去の存在であると言うだけで、威力が高まっていく。
銃弾の雨嵐によって動きを封殺されていると言う事実は彼らの動きを大きく制限しており、アーチャーはその状況を利用し、戦闘中にもかかわらず、その足は本殿へと徐々に近づきつつあった。
無論、その狙いは壬生浪士隊の殲滅などではない。銃撃音がひときわ高まる。集団で動く志士たちの動きを封殺するために放たれた銃弾の嵐を目くらましにアーチャーは本殿へと近づき、自らも銃をその手に握り、そこから単純な銃弾ではなく、魔力を籠めた弾丸が放たれる。
「改めて、こうして顔を合わせるのは二度目だな、キャスター……いいや、孝明帝よ」
「―――不敬」
本殿の扉がアーチャーの弾丸によって吹き飛び、キャスターの前面を覆う簾が姿を見せる。放った言葉にそれだけで並のサーヴァントであれば全身を硬直させるほどの圧が込められていたが、アーチャーは動じることなく銃弾を放つ。
ただ座っているだけのキャスターにそれを避ける術はなく、数日前と同様にキャスター自身の身体に直撃、本殿の中に血が吹き飛び、キャスターの身体が崩れ落ちていく。
「不敬、不敬なるぞ異国人。貴様たちは常にケガレを持ち込む。この総本山にまでも、我が御殿にも毒を持ちこむ。貴様らはやはり存在していてはならぬ」
「やはりすぐにでも復活するか、復活の速度が速くなっているな、以前も此処まで早く再生してくれていれば、討ち漏らすこともなかったと言うのに。まったく、自分の判断の浅慮を自分で自覚することになるとはな」
崩れ去ったはずの身体が瞬間的に再生する。まったくもってふざけた話ではあるのだが、アーチャーは決して驚きはしない。これくらいのことは想定内。
「無駄だ、朕は誠に神国の再生の為に再びこの地に顕現した。かつてのように肉の身体に囚われていることもなければ、貴様が持ち込むケガレでは決して朕を倒すことは叶わず。平伏し、己のケガレを――――」
「御託を聞きに来たわけではないぞ」
再び銃弾がキャスターを襲う。やはりそれを避けることもなく、まるで全く同じ状況を繰り返しているかのように錯覚するばかりであった。
「貴様ァァァァァ、帝に手を出すかァァァァァァ」
しかし、さすがに二度目の攻撃を放てば、相手も黙ってはいない。銃弾の雨を掻い潜り飛び込んできた土方の刃が襲い掛かり、手に握る武器を剣へと置き換え、迎撃すると同時に銃士隊を召喚、土方に対して銃撃を連射していく。
「ぐおおおおお、こんなもので、俺を止められると思うなァァァァ!!」
「志士たちよ、奮起せよ。久坂は必ず勝利を掴む。朕のため、日本国のため、その身を大いなる矛として盾として奮起し続けるがいい。さすれば、ケガレ―――総てを打ち払わん」
「それが本気でこの国の為になると思っているのか」
「無論、神国とは朕の民たちのためのものであることに一切の疑いはなく。朕が収める国であればこそ、この国は再び神の国へと―――」
「何ら現実を見通すことなく己の理想に酔った言葉を神が口にするかッ!!」
吐きだす言葉と同時に斬りかかった相手を気迫1つで吹き飛ばし、アーチャーは再び本殿のキャスターへと視線を向ける。
「孝明帝よ、貴方はこの国を縛る古き神だ。この国は既にその古き支配より脱却し、新たな道を進み始めている。それは何も古き存在への畏敬を忘れたわけではない。生命として、人間として当たり前の進歩を為しただけなのだ」
確かに日本が国を閉ざしたことによって、得られた平和はあっただろう。しかしそれは最終的には間違いであったのだと歴史が証明している。どれほどキャスター陣営が声を上げたとしても、彼らは正しかったにもかかわらず敗北したわけではない。
誤っているがために必然的に敗北を喫したのだ。
「帝よ、この国を治め導いてきた旧き神よ、改めて私は名乗ろう。我が名はムスタファ・ケマル。旧き神を打倒し、人の時代を創った者。であれば私は私の使命を果たす。
この呼び出されし現世にて、再びの神殺し遂行させてもらうぞ」
「―――不遜」
取るべき方法は変わらない。このまま取り巻きを倒しつつも、キャスターを殺し続ける。
すべては電波塔の戦いが勝利に終わると信じているがために、決して残りの魔力が多いとは言えない状況ではあるが、アーチャーも何もできずに消え去るつもりは毛頭ない。
そして、その電波塔周辺の戦いは……
「―――――その程度か、獣よ」
死屍累々、まさしく戦場にて軍団が通り過ぎた後であるかのように、中原を模した固有結界の中に、獣たちの死体が転がっている。昨日にあれほどの戦いをしてみせた獣たちが、無惨な死体として転がっている。
その中心に立つのは獣の血で鎧を真っ赤に穢した機兵の姿。その視線が向かう先は、いまだその身を黒色の靄に包んだ獣の姿であった。
だが、靄に包まれながらも獣の四肢は酷く脆い印象を抱かせた。震えているような姿、飛びこんでいくことが出来ずにいる姿。
この時――英霊の座に呼び出された獣は、生前も含めた己の生の中で初めて、明確な「恐怖」を抱かされていたのだ。