――秋津市北側・唯一神理教総本山――
時間は、ランサーが宝具を放つよりも少し前に遡る。
一歩ずつ、一歩ずつ、ほんの少しの歩みかもしれないが、桜子と蓮司の攻撃は確実に梓沙に対して効力を発揮し始めている。梓沙自身に手傷を負わせているわけではないが、先ほどまでのように余裕綽々という状況ではなくなってきている。
(計算外といえば計算外だった。この二人しつこい。もっと早くに降伏して来ると思っていたのに…… ただ、こっちだって久坂様に直接この場の守護を、帝をお守りすることを命じられている。そう簡単には負けを認めるわけにはいかない…!)
梓沙は桜子の攻撃を護符によって受け止めながら、周囲に視線を向ける。ランサーはこの際、無視をしておく。問題は既に帝の下へと辿り着き、無数の志士たちを相手にしながらも、何度も何度も帝に攻撃を続けているアーチャーだ。
あのサーヴァントを排除しない限り、キャスター……、帝の身の安全を確保することはできない。
帝が久坂が存在している限り、決して消滅することはないと言うことは梓沙も理解してはいるが、それはそれ、これはこれだ。幾度となく倒されても問題が無いと言う発想を浮かべるのは魔術師の発想だろう。
帝はサーヴァントではなく、この国の主、神に近しい存在であるのだから、それをないがしろにするような戦い方を認めてはならない。
(サーヴァント……、ああ、そうだった。確かに帝は敬うべき思考の存在ではある。けれど、それでここを守れないのであれば久坂様からの命令に反してしまう。久坂様は必勝を期して、私にこの場を任せてくれた。ならば、その期待に応えるためにも、私は私の出しえる総てを使いきらなければ)
無意識に、梓沙は帝よりも久坂を優先する思考を自分の中で働かせた。それは端的にキャスター陣営と言う組織の中で最も優先される存在が誰であるのかを端的に示していると言っても過言ではなかったが、梓沙は自分が抱いた感覚が何を意味しているのかにまでは気付けていない。
ただ、一つ浮かんだことはあった。この状況を逆転させるための方策が。それを実行するために梓沙は桜子へと改めて踏込み、薙刀の刃を振う。
「くっ――――」
相手の動きが一瞬にして防御から攻撃に変わったことで、思わず不可視の刃を自分の防御のために使う。絶え間なく攻撃を続けるくらいでなければ、護符の防御を破ることはできないと分かっているのに、受け止めてしまったことを後悔する。
だが、その後悔もほんの僅かで終わり、すぐさま、背後からの蓮司君の援護を受ける形で、再び攻勢へと移る。
(体が熱い、さっきのように全身の魔術回路が大きく励起している。この感覚を維持しているのなら行ける……!)
再び深いトランス状態のようなモノに近づいていく。七星の血、魔術回路が強く自分の中で影響していけばいくほどに、自分の精神が深いトランス状態へと陥っていき、全身の反応速度と魔術の使用感覚が研ぎ澄まされていくのが分かる。
先ほどまで、押されてばかりだった彼女とこうして刃を結び合わせることが出来ているのも、一瞬一瞬を経過するごとに高められていく力があればこそだ。
(でも、戦えているのは何も感覚頼りだからってだけじゃない。マルテルさんと毎日のように鍛錬してきた時間も昨日の蓮司君との喧嘩で一皮むけてきたことも、此処に至るまでに掴んできた様々なモノがあるからなんだ。悪事に手を染めるばかりで自分が動かなかった奴なんかに絶対に負けない!)
あたしはキャスター陣営と言う奴らの戦い方が抑々気に入らない。こいつらは自分たちが前線に出て何かをするわけでもなく、ずっとこの総本山の中で閉じこもり、他の陣営を騙す事ばかりに手を尽くしてきた。
あたしは頭がよくないから、こいつらが何をしたかったのか、今でも正直よく分かっていない。でも、卑怯だとは思う。
それが聖杯戦争を勝ち抜く上では必要な行動であったとしても、これだけの数を揃えて、騙し討ちしかできないなんて情けないと思わないのかと思ってしまうから……絶対に負けたくない。今度こそは絶対に決着をつけるんだ。
速く、速く、正確に、鋭く、もっと、もっと、もっと――――己の中に流れる血に従う形で集中力は一気に研ぎ澄まされていく。
相手の振う薙刀の軌道が手の動きを見るだけで何となくわかってくる。相手があたしたちを殺すつもりではなく降参させるつもりで戦っていただけに技を見る機会だけは無数にあった。腕の振るい方でどこに攻撃が飛んでくるのかは何となくわかる。
(だったらッ――――)
事前に攻撃が通るであろう場所に置きの一刀、これで薙刀の動きを封じる。あたしの刀が不可視の魔力塊である以上、あたしが刀を振るっている必要はない。指向性を与えてあげるだけで技としては成立する。
そして踏み込んでの二刀、これを振うことで護符の防御を今度こそは無力化する。護符の防御は基本的な術式として完成されているから、さっき、技を破った時から大きな変化が起こってはいない。ならば、斬れる。
「七星流剣術――肆ノ型『葉桜』!」
「―――――ッ」
薙刀の動きを堰き止められ、露出した右手の甲に魔力刃が突き刺さる。
いまだ、到達していないあたしよりも先に触れたその刃の正体は投擲、小刀程度に生成された魔力刃を駆け抜けると同時に動きを止めるであろう相手へと放った技、七星流剣術の中でも単体として相手を倒すには些か威力の不足を懸念してしまう技だけれども、この局面で振う、七星桜子の見せていない一刀としては十二分に意味がある。
(一刀を突き刺したことで薙刀の中に収納された仕込刃を放つための起点となる腕を潰した。行けるッッ!!)
刃が届き、護符の二つが破壊される。先ほど、あたしが彼女を猛追した形勢と何ら変わることなく生じた二度目、だけど、手の内を見せた相手に対して、今度は奥の手までもを潰した。胸元から飛び込んでくるかもしれない護符の勢いなど知ったことかと一刀を振えばいい。
何せ、護符が魔力を通じて発生するのならば、斬ってしまえばいいのだから。物理的な邪魔をする武装が出てこないのであれば、この距離絶対に外さない。
―――護符を破れば、相手の首へと届く刃を放つことができる。それにて終了、魔術師が命、七星として奪ってくれよう。
全身の魔術回路が沸騰するように力を高め、あたしの行動に同調していく。何か、変な声が聞こえてきたような気がするけれども、関係ない。蓮司君のお父さんの仇は、ここで取るッ。マスター同士の戦いは私たちの勝利だ。
「―――令呪を以て希います。帝よ、どうか、その威光を以て、我が身に迫りし、災厄を打ち払い下さい」
「―――然り。平伏せよ」
「――――――、ガッッッッ!!????」
瞬間、何が起こったのかすらも分からなかった。
だけど、あたしの視界は、突然彼女を見据えているモノから、暗転して、足下の石畳に顔を叩きつけられている。パニックになった頭もすぐに理解が及んだ。まるで頭の上から大きな手に叩き付けられたかのように、あたしは今、地面に頭をこすり付けているような状態にあるんだと。
(なんで? どうして?転んだ……? 違う、これはサーヴァントの力、キャスターの声で、強制的に動きを止められた……)
「一宮梓沙、ここまでするのか! 桜子さんに負けそうだからって、こんなことで勝って嬉しいのかよ!」
呻くように聞こえる蓮司君の声に背後に視界を映すことはできないけれども、蓮司君がどんな状態に陥っているのかは何となく理解が出来た。
さっきの言葉一つで、あたしたちは完全に無力化された。まるで全身を押さえつけられているかのように、動きが止まり、もう一度立ち上がろうとしても、四肢に力が入らない。
さっきまで全身で感じていた血の沸騰も、魔力回路の励起も一気に鳴りを潜めてしまったことがわかる。
「ふふ、そりゃあしますよ。私は此処で侵入者を排除することを久坂様から命じられています。何よりも、帝の御前です、無様な姿を晒すわけにはいかないでしょう?」
「その……帝の、力を借りておいて、どの口が、言えてんのよ……!」
「私は帝の民として、帝に祈り、そして帝はその声に応えてくれた。それだけです。信心深き私の祈りが帝に届いた。ああ、素晴らしいことです。私はその声に応えなければなりません」
先ほど、魔力刃で貫いた手の甲に護符を張りつけ、治癒の陰陽術を発動させてから、悠々と彼女はあたしの下へと足を進めていく。
「げに恐ろしきは七星の血、数日前までただの小娘に過ぎなかった者を、これほどまでの戦巧者へと変えてしまうのですから」
「ごっ―――」
彼女の足が無遠慮にあたしの頭に圧し掛かる。その圧力に頭蓋骨が割れるんじゃないかと思えるほどの痛みが迸る。
「七星桜子、貴女は自分で気付いているのですか? さきほどの貴女は、まさしく鬼神のごとき力を発揮していた。私達、神祇省の文献に刻まれた七星の鬼たち同様に、恐るべき学習速度と発想を以て、迫ろうとしていた。
それは貴方自身の身体に流れる七星の血が為せる技、七星櫻一郎同様にその血が貴女に魔術師狩りを求めようとしていた」
「そんな、こと……」
「自覚がないのが恐ろしいですね。帝によってこの国の民たちは総てが教化されるわけですが、貴女の場合は念入りにやっておかなければなりませんね。万が一にも異国人ではなく、我らにその刃が振りかかることだけは避けなければなりませんから」
さっきの自分の中に没入していくような感覚、あれが七星の血に染められているって言う感覚だった……? だとしたら、あたしは知らず知らずのうちに父さんや兄さんが危惧しているような殺人衝動が身体の中に浮かび上がっていたって言うことなの……?
「何にしても、貴女が気にする必要のないことでしょう。帝の威光の前では七星の薄汚い血など何の意味もないのですから。いずれ、久坂様が全てを終わらせる。それまでに大人しく―――」
などと、口にしている彼女の眉間に刀傷が奔る。例え、身体が動かなくても、魔力を手繰り寄せることくらいはできる。あたしの魔術が遠隔操作に長けているのなら、この状態だからって、諦めて堪るか。
「――――気が変わりました」
「ガッ――――」
頭を踏みつけていた足が離れるとすぐに無造作に髪の毛を引っ張り上げられ、平伏していた身体が掬い上げられる。髪の痛みに目を細めて前を見れば、氷のように冷徹な表情で、あたしを見ている彼女の表情が見て取れた。
「貴女は何をしでかすかわからない。だから、先に無力化しておきましょう」
懐から取り出した護符があたしの身体に触れる。すると金縛りにでもあったかのようにあたしの四肢が伸びあがる形でその場に硬直し、まるで見えない十字架に張りつけにされているような姿で身動きが取れなくなってしまった。
「とりあえず、四肢を全て貫きましょう。ショックで気を失うか、それともただ身動きが取れなくなるかはわかりませんが……そこまでにした時に、果たしてまだ反抗的な態度を取っていることができるか、見ものですから」
半歩、後ろに下がり、薙刀を構える。反面、あたしはキャスターの声が強制力を働かせているのか、未だに動けずに、反抗することもできない。
(せめて……、キャスターの強制力さえなければ、自傷覚悟でこの護符を切り裂いてやるってのに……)
「せいぜい、悲鳴の一つもはっきりと上げてくださいね」
振るわれる薙刀の穂先があたしの身体を狙い撃ちにするようにして放たれ、目を閉じて痛みをこらえようとした矢先――――
「何故……、あなた、何をしたんですか」
あたしに痛みが届くことはなかった。何が起こったのかと瞼をもう一度開けば、彼女とあたしの間を塞ぐように立ち塞がる姿が一つ、その人影の肩が貫かれ、開いた穴から、止めどなく血が流れているのに、痛みに呻くわけでもなく、「彼」は両手を広げたままに動かない。
「何をしたって? そんなの知らないよ。動かなくちゃいけないって思ったら、身体が動いた。全身凄まじい痛みだから、今更肩を貫かれたくらいで、どうと思っていないって、ただ、それだけだよ……!」
「蓮司、くん……」
あたしの目の前に立ち塞がる蓮司君は一目見るだけで全身が震えて、今にも倒れてしまいそうだった。でも、両の足はまったく崩れる様子が無く、そこを退く様子も全く見えない。
「帝の命令は絶対、七星の血を以てすらも動けないのです。それを、何故、ただの魔術師の貴方ができるの? そんな奇跡紛いの出来事が――――」
「知るかよ、そんなこと!」
彼女の耳障りな声を打ち消すように蓮司君が叫んだ。いつもの口調とは違う鬼気迫る声は、聞くだけで必死な心持が伝わってくる思いだった。
「帝の命令とか、絶対に守らなくちゃいけないとか、そんなの知ったことじゃないんだよ! 今、動かなかったら絶対後悔する、また僕にとっての大切な人が奪われてしまうかもしれない。そんなの絶対に許せない、全身壊れたって、あんな思いをするのに比べたらマシだ。そう思ったら、身体が動いたんだよ、文句あるかよ!!」
蓮司君の声から伝わってくるのは怒りよりもむしろ悲壮さ、もうあんな思いをしたくないって思いが、あらゆる圧よりもなお、本人の中で強かった。
だから、奇跡のような出来事をここに実現して見せたのか。
「一宮梓沙、お前なんかに二度も大切な人を奪われてたまるか!」
「―――――ッ!」
考えろ、蓮司君は長く持たない。あたしが何かしなければ、どっちにしても共倒れだ。でも、身体が動かないのは事実だ、蓮司君が身体を動かせたこと自体が、誰も予想できなかったことなんだから、当たり前だとしても、奇跡便りじゃ届かないかもしれない。
せめて、せめて、キャスターの強制力さえ突破することが出来れば―――
「聖槍――――否、聖槍装甲解除、偽槍解放―――!」
その思考の間隙を拭うようにして、あたしたちの真後ろから黄金の輝きが浮かび上がる。後ろを振り向く自由はあたしにはない。でも、分かる。これがランサーの宝具の輝きであることが。
(そうだ、ランサーの宝具なら……、これまでは一度も使ったことが無かった。あたしの魔力が使いこなせる域にあるのかが怪しかったから。でも、彼女と同じように使えば……)
あたしの全身は使えない。だけど、口だけは動かせる。魔力の流れも操れる。できるはずだ、
「――――令呪装填!!」
右手の刻印が疼く。焼けるような感覚の後に刻み込まれた刻印の一つが色を無くし、莫大な魔力がランサーへと注がれていくことが、パスを通じて感じ取れた。
「ランサー、宝具を使って!! 建物ごと、キャスターを吹き飛ばせ」
「承知―――!」
そして、その槍は真なる姿を発現する。ランサー自身の身の丈の倍以上はある巨大なランス、その中に隠されていたのは黄金色の槍であった。
大きさは通常の槍と考えられるものと大して変わりはない。黄金によって形成された、さながら十字架のようにも見えるフォルムの槍を、ランサーは握り、構えに入る。
「是なるは我がカロリング王朝の槍、かの聖槍が如きあり方を以て、我が王朝の正統たるを証明するものであればこそ。我がカール・マルテルの逸話と共に宝具へと昇華を果たした」
これまで限定的に解除されて、その穂先から輝く光を以て敵を破壊してきたかの槍はついにその姿を晒し、ランサーの宝具としての真価を発揮する時を得た。
されど、それはランサーにとっては決して良いモノであるとは言えない。これは本来、彼女にとって隠しておくべき槍であることに変わりはないのだから。
「されど、彼の槍は聖槍を模した偽槍。我が王朝、正統なりと誇り、外敵を屠るための破壊の矛こそが、真理。なればこそ、我が眼前に広がる敵を屠るために真名を捧げよう。
我が宝具―――『
瞬間、光が総本山の総てを覆った。それは紛うことなき黄金の光、総てを滅するのではないかと思うほどの破壊兵器としての力を遺憾なく発揮した槍がその正統たる使用方法に作用して、総てを破壊していく。
フランク王国を治めたカロリング王朝、後にカール大帝による諸国統一が為されるまで、西ヨーロッパには無数の諸国が乱立していた。
国家を統一するには強さと同時に正統性が必要となる。他国家を侵略し、自国に統一するためには呑まれてしかるべきというだけの何かしらの理由が必要となるだろう
。
それこそが聖槍、かの聖ロンギヌスが振ったとされる槍、それを所有するフランク王国、カロリング王朝こそが正統たる国家であるのだと外部に知らしめるためにその槍は存在した。最も、それが本当にかの聖ロンギヌスの槍であったのかの実証などされてはいない。
権威の象徴として存在し続けた槍、普段では巨大なランスの中に収納され、戦場では、その巨大なランスより穂先だけを出し、敵を殲滅してきた槍の正体は言うまでもなく、破壊兵器に過ぎない。
魔力を錬成し、溜めこみ、収束させて放つというある種、シンプルでありながらも絶大な破壊力を有する力。いまだ世界にはエーテルの残滓が満ち、魔力と言う概念が完全に忘れ去られていなかった時代であるがために許された力を、奇跡の一端として振ったがために生まれた錯覚を権威の象徴としたに過ぎない。
故にこそ、カール・マルテルが握るその槍は聖槍であり、同時に偽槍。見目麗しき黄金色の光を発する破壊兵器としての機能がここに、魔力の重点を得ることによって完全な形で顕現する。
放たれた光は、呆気ないほどにキャスター陣営の志士たちを呑み込み蒸発させていく。かつて、山門で放たれた時の光よりもなお苛烈に、総てを焼き尽くさんとばかりに放たれた光は、本殿の中にいるキャスターにまでも及び、既にアーチャーの攻撃で幾度となく死を迎えているキャスターの身体を再び蒸発させていく。
ただ、蒸発させたところでキャスターが復活することはこの場の誰もが分かっている。重要なことはこの瞬間に、キャスターが蒸発したことによって、桜子にかけられた呪縛の勢いが大きく弱まったことである。
「これならッ!」
眩い光が周囲を焼き尽くすと同時に、あたしの身体にまとわりついていた重い何かの質量が大きく離れていくことが分かった。間違いなく、キャスターの圧であろうと理解し、一切の迷いなく自分の身体に魔力刃を放つ。護符が切り裂かれると同時に、服を切り裂き、自分の身体にも斬撃傷を生み出す羽目になったけれども、関係ない。
(このくらいの痛み、気付け薬になるのならなんてことはない!!)
護符を破壊した瞬間に自分の身体の主導権を奪い返したことを理解し、構えも何もすることなく、前へと足を動かす。
キャスターが復活すれば、再び、あたしに圧を掛けてくるのは間違いない。だから、その前に決着をつける!
「なんて強引な。だからって!」
「だから、もう好きにさせるつもりはないって言っただろ!!」
蓮司君が自分の掌に握りしめていた宝石を至近距離で投げ放つ。黄金の光、次いであたしに気を向けていた彼女は、目の前で放たれたその光に気付きはすれども、対応するのを完全に忘れ、目の前で宝石の中に溜めこまれていた魔力が爆発した。
「ごほっ、げほっ、まさか、自爆――――」
「七星流剣術――――玖ノ型『八重桜』!!」
以前、兄さんとの戦いの中で、兄さんが見せた多重斬撃による面破壊の剣術、完全に隙を見せた彼女に対して、あたしはこの先なんて一切考えることなく、今の自分自身に放つことのできる最大数の突きの一刀を多重に展開して一気に放つ。
護符による防御を同時に貫く、無数の一撃をもはや握った薙刀で防ぐことも新たに護符を展開して防御をしている暇も、帝の言葉を口にすることもできない。
ならば結果は言うまでもない、刃の直撃を避けることは出来ずに、最大限の防壁を七星の刃は貫き、幾度となくあたしたちを阻んできたその巫女袴を切り裂き、鮮血の傷跡が次々と刻み込まれていく。
「そん、なっ……、久坂様……、申し訳――――――」
あたしの放った刺突の連続に弾かれるように身体を吹き飛ばし、総本山の壁に背骨を破壊されるんじゃないかという勢いで叩き付けられた彼女は、再び立ち上がることはなくそのまま気を失った。
さすがに八重桜まで叩きこんで起き上がられたら、あたしも打つ手がないってところにまで来ていたから何とかなったけど、でも、こうなったのも全部、蓮司君の―――
「蓮司君!」
慌てて、重傷を負っているはずの蓮司君へと声を掛ければ、蓮司君は今にも倒れそうにふらついていて、駆け寄ると、そのまま緊張の糸が切れたように倒れ込んできた。
あたしもあたしでいろいろとボロボロだけど、蓮司君程じゃない。本当に蓮司君が頑張ってくれていなかったら、どうなっていたかもわからなかった。
「見てたよ、さすが、桜子さん。ちゃんと勝てるって信じてたよ」
「何言ってるのさ、蓮司君のおかげだよ……! 一泡吹かせることが出来たじゃない」
「はは、それならいいんだけど……」
あのキャスターの拘束を自力で解いて、傷つくことも厭わずに何度も身体を張って戦ってくれた姿で、役に立たなかったみたいな反応されても困る。むしろ、あたしなんかよりもずっとずっと頑張ってくれていたんだから。
「さすがですね、桜子、蓮司。よくぞ、マスターを無力化してくれました」
背後から迫る殺気に応じるように聞こえてきた声が、あたしたちに降りかかって来ようとする敵意を阻む。再び巨大なランスを握るランサーがあたしたちを守るように陣取り、迫る敵から守ってくれていた。
「これより先は、持久戦でしょう。私の下から離れないように。貴方たちへと降りかかる総ては排除して見せます」
「うん、任せるよ。蓮司君も今のうちに治癒を」
「ああ、わかってるよ!」
ランサーの宝具の影響で総本山はあたしたちが飛び込んできた時とは全く違う様相を見せていた。
ほとんどの建造物は吹き飛び、キャスターが存在していた本殿は屋根も何かもが吹き飛び、建物としての形を成していない。あれほどの巨大な光に呑み込まれたのだから考えるまでもなく当たり前の事だろう。
最も――――
「蛮族ども、かの眩き光すらも我らを害する力とする他なき者どもよ。やはり貴様たちはこの国にとってのケガレでしかない」
焼け野原となった本殿の跡地、そこに再びキャスターが甦る。貴族風の出で立ちに目を血走らせて、怒りに震える声を上げながらも、キャスターはまったく動く素振りを見せない。あたしたちに対しての圧は先ほど同様に強まるけれども、対象をあたしたちに限定していないからか、あの平伏しなければならないほどの力は感じられない。
ただ、それでこの場の戦いが全て決したのかと言えば、まったく違う。キャスターを守らんとばかりに光に呑み込まれたはずの志士たちが次々と再び姿を見せる。
「ふん、此処まで来ると笑いたくなるな。まさしく不死身の軍勢だ」
「然り、朕が率いる神の軍勢に他ならず」
「馬鹿を言うな、孝明帝。神の軍勢などと綺麗な言葉で修飾しようとするな。貴様たちは歪んだ亡者の軍団だ。神を語り、人心を嘲笑う決して許されてはならぬ者たちだ」
キャスターに対して、なおも声を上げるアーチャーの姿は……正直、酷い有り様だった。
全身には無数の刀傷が浮かび、出血していない箇所は何処にもないと思えるほどに傷ついている。両の足で立っているものの、常に威風堂々としていた彼の面影は微塵にも感じられない。
「口が過ぎるな。まだ倒れぬか、ケガレ人よ」
「倒れぬな。魔力もほとんど残っていないが、まだ戦えるぞ。旧き神を前にして、屈するなどと、ケマルの影法師として赦されざるだろう。まだまだ、付き合ってもらうぞ」
アーチャーの兵士たちも無数にいたはずなのに、どんどんその数を減らしている。キャスターのように数を補う事が出来ないこと自体が、アーチャーの魔力がほとんど残っていないことを端的に証明しているようで……思わず、見ていられないと言う気持ちになってくる。
「そうか。ならば、消え果てるまで戦うがいい。何も残らぬ徒労を続けろ」
再び迫る志士たちを相手に、アーチャーとランサーは共に終わらぬ消耗戦へと踏み込んでいく。この総本山の戦いがどう転んでも戦いが終わることはない。あたしたちの目的はここで、キャスター陣営を釘付けにして、常に倒し続けることなのだから。
(まったく、これだけ何度も復活されては本当に嫌気がさして来るな。さて、エルナン・コルテスよ、こちらはいい加減長くは持たんぞ……)
いよいよ、どちらが先にタイムリミットに近づくのかという話になってきた実感はある。このまま、何事も起こらなければ……自分たちが先に消えると言う焦燥感との戦いを己の内でしながらも、アーチャーとランサーの闘志は消えない。
この場での勝利が来るその時を信じていればこそである。
――秋津市中央・電波塔放送設備階層――
「やれやれ、ここまで全く姿を見せることはなかったから、どこで仕掛けてくるのかと思ってはいたが、まさか、我々よりも先に陣取っていたとは。貴様も懲りないな、エルナン・コルテス」
「ハッ、こっちはお前らがわざわざゆっくりと階段を昇ってくるのを待つのが退屈で退屈で仕方なかったぜ。ま、細工をした甲斐があったな」
「ああ、そういえば、ここまでくるカラクリ仕掛けが動かないなどと言っていたな。なるほど、貴様が先に上がって、細工をしていたと言うことか。やはり異国の征服者など碌なモノがいないな。そうした悪知恵だけは使いこなせると見える」
電波塔放送設備が修復された階層、円華を志士が担ぐ形でここまで行儀よく久坂達は昇りあげてきた。エレベーターにコルテスが何らかの細工を施したという報告を受けた以上、そうした時間のロスを与えられるのは、彼の術中にはまっているに等しいのだが、久坂は怒りを見せる様子はなかった。
「別に細工をしようがどうしようが構いはしないだろ。どうせ、お前はエレベーターなんて使わないんだからな」
「くく、ああ、そうだな。異国人共が作り上げたモノを使うなどと、おぞましくもある。お前のマスターは私に気を遣ってくれた様子だが、当てが外れたか?」
「いいや、俺様としても、思っていたことが一つ確信に変わった」
コルテスの口ぶりは久坂にとっても気になる所ではあったが、事ここに至ってしまえば、もはやどうでもいいことだ。コルテスが陣取っている場所はまさしく放送設備が用意されている場所であり、簡易的にこの街全体に放送を流すだけであれば、洗脳し、連れてきた者たちだけで行うことができる。
久坂が連れて来た者たちは円華を含めて二十以上、そのうちの半数以上が久坂の護衛として呼びこまれた折り紙つきの志士たちである。
対してコルテスは手負い、決して顔色が良いとは言えない。本来であれば、昨日の刀傷で消滅していたとしてもおかしくないはずが、まだ生き残っているしぶとさは久坂をしても驚嘆に値するほどであった。
「一応、穏便に済ませたいところなのだが、退いてもらえるかな?」
「嫌だね、俺様はお前を潰しに来たんだ。此処で待っていれば、最後の最後で願いが叶わないお前のアホ面を拝めるだろうと踏んでな」
「私からすれば、最早君等路傍の石か何か程度でしかないのだが?」
「石ころに躓くことだってあるだろうが」
「ああ、あるな。あるからこそ、万全の態勢でこちらも来ているのだよ」
チラリと久坂は円華へと視線を向ける。円華を連れてきた理由の一つは、もしも、ここでコルテスが姿を現し、自分たちの邪魔をしてくることになれば、最後の令呪を使い、自害させるためである。久坂からすれば、生きているコルテスが何もしてこない筈がないと確信を覚えていた。
エルナン・コルテスという存在を良く知らなかったとしても、彼の此処までの行動を見ていれば、それを推測することは十分に可能なのだから。
「令呪を使いたまえ。この邪魔な異国人を葬り、最後の仕上――――」
「エレベーター、最初から動かせないように細工なんてしてねぇよ」
久坂の処刑宣言に声をかぶせるようにして、コルテスは食い気味に声を放つ。一瞬先に、自分が死ぬかもしれない可能性がどんどん高まっていると言うのに、勝利を確信しているかのように彼は一切動じることはない。
「お前がエレベーターを使わないなんてことは最初から推測がついているんだよ。異国嫌いのテメェが俺達の大陸発祥の道具なんて使おうとすら思わないなんてな。だから、細工をしたのは全く別の事で、お前を目的としたものなんかじゃ断じてない」
アーチャーより事前に告げられていた久坂玄瑞と言う男が抱えている致命的な欠陥、それを理解していたからこそ、コルテスは巧妙に二重の罠を仕掛けた。
久坂がエレベーターに細工をしていると思わせることが一つ、そういう風に思考を誘導するための手立てに過ぎない。どちらにしても結果が同じであることをあえて、本命から目を逸らさせるための手立てにしたに過ぎなかった。
「俺様が欲しかったのは、お前を潰すための最後のピースが揃っているかどうかだ。危険を冒して細工をしておいてよかったぜ。何せ、素面かどうか判断つかんと来たもんだ」
「最後のピース、素面、貴様は何を今更――――」
「お前は大した役者だよ、円華。俺様ですらも此処に来るまで確信を持てなかった。敵も味方も騙しきったお前の演技、実に見事なモノだった」
久坂へと向けていたコルテスの視線はいつからか、久坂へと向けられてはいなかった。
その視線を向けられていた彼女は、口元に笑みを浮かべて、
「―――――――まったく、もしも、気付いていなかったら、どうしてやろうかと思っていたわ」
これまでの従順な態度などまるで嘘であったかのように、九重円華はその本性を此処に曝け出した。
「まぁ、でも、気付いてくれたから許してあげる。エレベーターで気付いているって分かったから、逆に変に力が入らずにここまで来ることが出来たわけだし」
「出来る男ってのは、女の晴れ舞台に恥をかかせないもんだ」
「ええ、まったく。随分気の利いた細工だったわ」
まるで日常会話のような言葉を交わすコルテスと円華に対して、久坂は何が起こっているのか理解が出来なかった。此処まですべてが自分の思い通りに進んでいたと言うのに、何故か、大したことはないはずの想定外が自分の首下に刃を突きつけたかのように思えたのだ。
「ありえぬ、何故、貴様が帝の言葉に逆らうことができる!?」
帝の言葉は絶対、そう確信を持っていればこそ久坂には信じられない。日本人である限り、九重円華に洗脳を解く術など持ち得るはずがないというのに。
「ええ、なら、種明かしと行きましょうか。九重円華の舞台裏、しかと聞かせてあげる」
そして円華は語りだす。まんまとこの場へと誘い込まれた相手へと向ける冥土の土産として。
秋津市聖杯戦争7日目の戦いは……いよいよ佳境へと縺れ込む。
宝具『黄金輝く王家の偽槍』
ランク:A
種別:対軍宝具
フランク王国を治めたカロリング王朝に伝わる聖ロンギヌスが振ったとされる逸話を持つ聖槍。王朝の権威の象徴であり、かの聖槍を持つことこそがフランク王国が諸国を統一するための礎の一つなった。
最も、それはあくまでも表向きの表現であり、この槍が真なる聖槍であるという確証は何一つなく、聖槍を模した偽槍であるという認識が正しい。
魔力を収束し、効率よく敵軍を殲滅するための武装、通常は巨大なランスの中に隠された聖槍として言い伝えられ、マルテルが駆け抜けた戦場ではその穂先より黄金色の魔力砲を放つことによって、戦の勝利を決定的とする勝利の象徴としての意味合いを持ち合わせていた。
単純なる対軍宝具としての性能はトップクラスではあるが、星が鋳造した聖剣のような神話級の宝具を相手にした場合の出力には劣る。
また、どれだけ魔力を充てんすることが出来たかによって威力が変わるため、此度の聖杯戦争では、十全の力を発揮するには令呪の装填が必要不可欠となる。
次回 種明かし回、盛り上がってきました!