――秋津市東側・住宅街・秋津学園――
「ねぇ、あの話聞いた?」
「それよりもさ、昨日だよ、昨日。ほら、北の山にある宗教の、滅茶苦茶にぶっ壊れたみたいだよ!」
「雷が落ちたみたいに跡形もなく吹き飛んだんだって。爆弾でも隠されていたんじゃないかって!」
「むしろ、あの宗教滅茶苦茶怪しかったじゃん、なんかヤクザと釣るんでいるんじゃないかって噂もあったんでしょ? テロでもやろうと思っていたんじゃないの!」
「怖いよ~、ただでさえ、動画の事でいつ、何が起こるのかわからないのに~」
学園では様々な話題がクラスメイト達の口々から散見していた。最も注目を帯びているのは、昨日のあたしたちが起こした唯一神理教での戦い、あれだけの規模の爆発と崩壊を引き起こしていたら、誰にだって何かが起こったんじゃないかって疑問が湧くのは当たり前の事だった。
思い返してみれば、今日の朝もひっきりなしに放送をしていた。噂の秋津市の中で、今度は謎の爆発事件が引き起こされたなどと報道されれば、さぞかしみんなが話題にするだろう。もしかしたら、全く関係のないデマが出回っているのかもしれない。
(でも、あたしが聖杯戦争のことを正直に口にしたところで、みんなに信じてもらえるわけもないんだよね。また、桜子が頭悪いことを口にしているよ~みたいな感じで割り切られちゃうみたいな?)
正義の味方、ヒーローって言うのは時として、誰からの称賛も受け取ることができないモノなのだ。正体を隠して、無辜の民たちを守るために戦う姿にあたし自身憧れを覚えているのは間違いなくて、だから、自分からその称賛を欲しいと向かっていくようなことはしない。
(ただ、それはそれとして、褒めてもらいたいって思いもあるんだよなぁ~修行が足りないなぁ~ほんと正義の味方への道は遠いもんだ……)
テレビの世界の中のヒーローたちの素晴らしさを改めて痛感する。頑張ったなら、頑張ったなりの対価を欲しいと思ってしまうし、武勇伝を語り継ぎたいと思ってしまうのは別におかしなことではないと思う。他のクラスメイト達が自分の凄い所を自慢しているのと何ら変わりはない。
あたしにとって違うのは、それが荒唐無稽すぎて信じてもらえないと言うことだけ。付け加えるなら、下手に口にしてしまえば、みんなを混乱させてしまうかもしれないって事。前提知識がないのに、聖杯戦争だのなんだのと口にしたところで理解してもらえるわけもない。
(そういう意味では、バーサーカー陣営は上手いやり方をしていたんだろうな。聖杯戦争のことを知らなくても、ショッキングな動画を何個も何個も出していけば、みんなは勝手に怖がっていく。表現していること自体は真っ赤な嘘だけど、その中に含まれていることは総てが真実。だからこそ、何が何だかわからない恐怖が浮かんでくる)
もしも、あの動画が、本当は誰も犠牲になっていない総てが嘘の動画だったら、こんなに全国的に広まるようなことはなかっただろう。連続猟奇事件という嘘のラベルの中に聖杯戦争の犠牲者と言う真実が覆い隠されているからこそ、嫌なリアリティを感じさせてきてしまうのだ。
「はぁ、言葉だけじゃ伝わらないモノってあるよね……」
「どうしたのさ、桜子。妙に真剣な顔をして」
「マジ、そういうの能天気桜子さんにまったく似合わないんじゃないの?」
「やっぱ、遠坂君との恋の悩みか?ほれほれ、話してみなよ、あたしらにさ~」
「もう、そういうんじゃないって言ってるでしょ! あたしと蓮司君はそういう関係じゃありません!」
またまたなどとしつこく食い下がってくるクラスメイト達は完全無視、下手に反応しているとまた話を長引かせられるし、あたしはそういう話に強くないんだから、あんまり降らないでほしいってのに!
「そういえばさ、ネットニュースで流れていた九重円華の見た?」
「え、なになに? なんか情報更新あったの? 最近、全然顔出さないけど……」
「いや、それがさ。いなくなっていたまどちんを昨日吹き飛んだ山の中で見たって人がいるみたいなんだよね。それがさ、なんかいきなり広まって、朝から騒がれていてさ!」
「それって、ほんとに本人だったの? 他人の空似じゃない?」
「まどちんレベルの顔、見間違えることある!? 絶対さ、本人だったんだよ、ずっと失踪していたのはさ、あの山にいたからなんだって!」
「それって、九重円華が唯一神理教の信者だったって事? なんか嫌なことが出来ちゃって、入信したとかってことなんかね?」
「わかんない! でも、なんか繋がって来るところない? ずっとこの街、ヤバいことが起こっていて、まどちんもいなくなって、それがあの山にいて、山が吹き飛んで」
「陰謀論ってレベルじゃないぞ~、本人が言ったのならまだしも、騒がれている情報を括りつけているだけじゃないか」
「マジで、それが真実だったら、色々と繋がってくるかもしれないけどさ~、この街異常だもんね、いや、あたしらも異常な中で何をやっているんだって話しだけどさ、なんかほんと螺子が外れているっていうかさ……」
「桜子はどう思う?」
「え、あたし……!?」
「そうだよ、だって、桜子、ずっとあの動画事件とかおっかけていたじゃん。だから、桜子からしたらどんな風に感じるのかなってさ」
「ああ、あたしはずっと追っかけることしかしてなかったからな~、ネットとかも得意じゃないし……」
本当はこの場の誰よりも事情に詳しいんだけど、あたしがそれを口にしたところで何でお前がそんなことを知っているんだって話になってしまうし。
でも、おかしな話だった。真実は全く違うと言うのに、世間ではそれを面白おかしくこねくり回して、なんとか自分の分かるような話に仕立て上げようとしている。
きっと、此度の聖杯戦争によって引き起こされた事件も真実が明らかになることはなく、都合のいい隠すための事実を受け入れて終わってしまうんだろうなと、他人事のように思ってしまう。
(誰も真実を求めているわけじゃない。自分にとって分かりやすい答えが提示されればそれでいいと思っている。誰だって怖いんだ、自分にとって訳も分からない未知の存在がいなくなることを望んでいるだけ……)
むしろ、聖杯戦争のことなどを知ってしまったら、何も知らない人たちからすれば迷惑でしかないのかもしれない。自分たちの知らない世界の裏側で実は魔術師たちの殺し合いが行われていて、自分たちは知らずの内にそれに巻き込まれている……なんて。
言われたところで困ってしまうのは間違いないことだ。だから、みんなが何も知らないままに全てを終わらせてしまうしかない。聞こえの良い何かを提示するのはあたしの役割じゃない。
あたしはあたしにできることをやるだけだ。
(今日の夜になれば、あたしたち以外の陣営も動き出す。そこでなんとか尻尾を掴めれば――――)
バーサーカー陣営を捕捉して、戦闘に持ち込むことさえできれば、後は斃すだけだ。その倒す具体的な方法が見いだせていないのは痛い所ではあるけれども、意識をこちらに向かせない限りは、どうにもならないこともよく理解しているからこそ、まずはそこへ踏み込まなければいけない。
まもなく今日の最後の授業が始まる予鈴が鳴る。それが終われば放課後、チラリと蓮司君の方を見れば、次の授業の準備をしているのか、教科書と睨めっこをしている。
互いにまだ完全に昨日の傷が言えていると言うわけではないけれども、それを隠し通すことができる程度には回復している。戦闘を継続することは問題ないはずだ。
(大丈夫、あたしたちだって強くなっている。一つ、一つ、乗り越えていくたびに強くなっているんだから。今度だって絶対に大丈夫なはずだよ……)
この日常も、聖杯戦争の非日常も必ず守りぬいて見せる、そう改めて心で強く誓った。
「GAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO」
「―――――え?」
そう、改めて誓ったその時だった。学園の中では聞き慣れない音、いや、聞くはずのない音があたしの耳に飛び込んできた。最初は聞き間違い、あるいは幻聴の類ではないだろうかと思った。
だって、それはこの日常の世界の中にはあまりにも似つかわしくない音だったから。あたしたち学生が勉強をするために足を運ぶ学び舎に獣の咆哮が轟くことなどありえないと思ったから。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
次の瞬間、あたしたちの教室があるフロアよりも下の教室から聞こえてきた無数の悲鳴に、あたしは自分たちの置かれている状況が勘違いでも何でもないことを理解させられた。
「な、何だこいつ、や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
「こいつ、まさか、あの動画の――――――!!」
上の階にまで響いてくる絶叫めいた声は、予鈴が鳴り、本来であれば授業が始まっていておかしくない筈の時間なのに、まるでチャイムが鳴る前の時間のままに止まってしまったかのように学園の時間は動かなかった。
いや、実際には現在進行形で学園の状況は変化している。でも、それはあたしたちが本来考えていた時間の動き方じゃない。一刻を争う恐怖の時間が始まってしまったことを意味していた。
「桜子さん!」
蓮司君の声に釣られるようにして、あたしは立ち上がる。教室の中は既にパニックになってしまっている。
何が起こったのかわからない、いや、ある程度の想像をすることはできるけれども、それが差し迫った恐怖であるからこそ、理解したくないと思わせているのか。どちらにしても、ここであたしが何かを言った所でみんなを止めることはできない。
「ちょっと桜子、どこに行くの!?」
「あ、危ないよ! 何が起こっているのかもわからないのに!」
「ごめん、みんな。でも、大丈夫だから!」
「だから、何が大丈夫なのよ……!?」
突然立ち上がって教室から出て行こうとするあたしにみんなが声を掛けてくれるけれど、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
自分たちの足元の状況を一刻も早く確認しないと。そして、本当にバーサーカーが襲来しているのだとしたら、それに対処できるのはあたしたちだけだ。
(本当は此処でみんなを守りたい。あたしたちがここを離れてしまったらって不安はあるけど、近くで聞こえている悲鳴を無視することもできない……!)
自分の身体が一つしかないことが恨めしい。だけど、今は―――ッ
「ランサー!」
「ええ、このまま戦闘に移行します!」
階段にて猛スピードで駆け上がって来ようとしている黒色の獣を相手に、ランサーがランスを振い、獣が階段の踊り場へと叩き落される。
そのままランサーは跳躍し、踊り場へと。追い詰めるようにして獣へと槍を振えば、壁を切り裂きながら、再び獣は元いた下のフロアへと降りていくしかない。
「まさか、こんな昼間に学園に襲撃を仕掛けてくるなんて……」
「目的はあたしたち?」
「わからない。僕たちを狙うにしてはまだるっこしい気がするし、学園を襲うなんてことをしたら、いろんな面で不利になることが多すぎる。むしろ、これは、僕たちを狙ってじゃないのかもしれない」
蓮司君と言葉を交わしあっている最中に、あたしの携帯が着信音を鳴らす。電話に出れば、声の相手はノルンちゃんだった。
『サクラコ、聞こえますか』
「聞こえる。でも、あんまり長く話してはいられないかも。今、ちょっと大変なことが―――」
『秋津市の至る所にバーサーカーが出現、街を破壊して暴れまわっています!』
「え……?」
ノルンちゃんの言っていることが一瞬、理解できなかった。だって、バーサーカーはあたしたちの目の前にいて、いや、ちょっと待って。確かに、以前に出会った時のバーサーカーとは背丈も変わっているように思えるけれど……、
『既に多くの施設で被害が出ているように見えます。おそらく、バーサーカー陣営の目的は―――』
・・・
「いいぞ、苦しめ、慄け、恐怖しろ。薄皮一枚隔たれていたこの街の日常は、今日、崩壊を迎えるんだからな。平穏をたた享受していたお前らにはさぞかし、怖くて仕方がないだろう」
次々と組員たちから報告が上がってくるのを聞きながら、神丘奉は勢至姆組組長室で忍び笑いを止めることが出来なかった。分体化しているバーサーカーをそれぞれの部隊に分けた上で、公的施設や人間が集まりやすい商業施設などに向けて放つ。
既に繁華街も騒がしくなっており、バーサーカーを連れた組員が暴れていることは間違いない。これが秋津市全体で無数に引き起こされているのだ。
いかにサーヴァントを引き連れた各マスターが必死になって動いたところで全てを簡単に鎮圧することはできない。
「別に鎮圧されたところで構わないけどな。俺達が欲しているのはこの街に住んでいる人間の日常がぶっ壊されるところだ。変わることが無いと思っていた場所が突如として安全圏ではなくなった瞬間に、人間は恐怖を覚える」
怨恨でも、各陣営を誘い出すつもりも一切ない。バーサーカー陣営が行うことは最初から一貫している。この街に恐怖を蔓延し、バーサーカーを徹底的に強くする。
あらゆる策を講じて相手を弱体化、あるいは策に嵌めるコルテスや久坂のような戦い方を、奉はしない。それを覆すだけの圧倒的な力を発揮できる存在がいるのだから、取るべき戦術は、ただただ圧倒的なまでの強化だ。
姑息な戦術を使った所で、バーサーカーを倒すことなど出来ないと、連中を恐怖させるまでに至ることが出来れば、己の勝利なのであると信じて疑わない。
その己の行動1つで、何もかもを切り拓けると考えるのは手にした圧倒的力の万能感に酔いしれているからなのか。
俯瞰的に見れば、奉の行動1つで何もかもを変えられるほど、世界とは単純ではないが……、徹底的に偽装を重ねて繰り返されてきた恐怖の蔓延は、その短絡的思考による勝利への道筋を舗装するだけの下地が既に完成してしまっている。
各陣営は自分自身に出来ることを実行しながら、この騒動を止めるために奉とバーサーカーを探すだろう。しかし、時間を掛ければかけるほどに、バーサーカーの力は高まっていく。これまでの比ではない。ひっそりと近づいてくる恐怖ではなく、直接自分たちに押し寄せる恐怖の感情は、収集する質が全く違うのだから。
「結局の所、お前らは聖杯戦争をやっているだけなんだよ。サーヴァントを使えば、絶対に勝てると思っている。けどな、違うとも。久坂の野郎はそれが誰よりも上手かった。あいつは間違いなく、この聖杯戦争の中で誰よりも上手だった」
奉は思う。久坂は聖杯戦争という枠組みを超えた領域の中で他の陣営に勝っていた。あらゆる策謀を聖杯戦争の外側から展開し、聖杯戦争の外に考えが及んでいない者たちを次々と絡めてきた。
当然、奉自身もその意図に絡め取られた側の人間ではあるのだが、失敗は失敗として、それを糧にすればいい。要するに、ただ敵勢力を倒すと言うことだけを考えて動いているのでは、聖杯戦争には勝てないと言うことだ。
「方針は何一つ間違っていない。結果として俺達はバーサーカーを最も有効に活用するための方法を選んでいた。だから、後は出力の問題だけだ。セイバーを上回り、奴が抗えないほどの力を発揮すれば、奴らの恐怖すらも飲みこむことができる。ああ、今から楽しみだぜ。俺なんかでは足元にも及ばないお前の面が絶望に染め上げられるのがな」
偽物が本物を凌駕することができないなどと誰が決めた。確かに勝る可能性は限りなく低いだろうが、全く存在しないわけではない。
己が証明してやらなければならないだろう。例え、生まれた瞬間から偽物の人生を歩まされたものであったとしても、本物を凌駕することはできるのだと。
そうでなければ、この世界にはあまりにも救いが無さ過ぎる。無慈悲な世界の中で生きている意味を見出すことが出来なくなる。
今はまだその仕込みを行っている最中、しかし、ほどなくして誰もが理解するだろう。動き出すのがあまりにも遅かったのだと言うことを。
・・・
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
裂ぱくの気合いの声を上げるとともに、ランサーの身の丈以上の大きさがあるランスがバーサーカーへと突きたてられ、突き刺さったバーサーカーは絶叫を上げながら消滅を果たす。
あまりにも呆気ない終わりであると思わせられるが、ランサーはその手ごたえの無さに違和感を覚える。
「セイバーが苦戦をしてでも倒せなかった相手が、こんなにも簡単に倒されるはずがない」
「おそらく、分身ではないかと思われます」
学園の外から飛び込んできたノルンがランサーと合流を果たし、声を上げた。
「ミス・セレスティーナとアサシンがバーサーカーにトドメを刺そうとした時にも同様の現象が引き起こされました。まるで最初から群れで存在していたかのようにあの獣たちは、分裂し、それぞれがバーサーカー本体と同程度の力を発揮していました。強弱はわかりませんが、原理としては同じことが起こっているのではないかと思われます」
ノルンにとっても忌まわしい記憶だった。もしも、あの時にバーサーカーが分裂を引き起こさなかったとすれば、アサシンとバーサーカーの戦いの結果は逆転していたかもしれないのだ。
(ミス・セレスティーナ、貴女が命を懸けて残してくれた可能性を決して無駄にするようなことはしません。私がホムンクルスで人間の感情なんて分かった風にしているだけですが……、それでも、貴女に報いたいと言う気持ちだけは確かです)
「マルテルさん、ノルンちゃん、バーサーカーは!?」
「倒しましたが、恐らく本体ではありません」
「じゃあ、やっぱり、各地で襲撃が行われているって言うのは本当なんだ……」
おそらく、この学園だけではなく、秋津市の無数の場所で同じように襲撃が行われている可能性が高い。
(ここには、あたしたちがいたからこそ、すぐに対応することが出来た。だけど、他の場所に都合よくあたしたちのようなマスターとサーヴァントがいるなんて限らない。対処する人間がいなければ被害が広まっていくばかり……)
桜子は思わず吐き気を催しそうだった。キャスター陣営もこの街の中で聖杯戦争に関係ない人間を次々と自分たちの目的のために利用してきた。
けれど、バーサーカー陣営の行動はキャスター陣営と比較にならないほどに悪辣だ。1階フロアには蹲って痛みに涙を流している生徒がいる。幸い、命に別状はないのかもしれないが、学校で突然、正体不明の存在に襲われたと言う記憶はそう簡単に晴らすことはできないだろう。
「これが……、聖杯戦争に勝つために、恐怖を集めるために行っていることなの……?」
拳を強く握りしめる。怒りが自分の胸の中にこみ上げてくるのが分かる。バーサーカーの特性は自分で対峙したこともあるし、ノルンちゃんからも聞かされていてよく理解をしている。秋津の街が恐怖に染めあげられれば、それだけバーサーカーが強くなることも分かっている。
でも、そうじゃないでしょ。これが自分の陣営にとって正しいやり方なのかもしれないけれど、こんな無差別的な戦い方が許されていいはずがない。こんなのは聖杯戦争を利用した、ただの破壊行為じゃない!
自分一人の願いを叶えるために無数の人々の日常を徹底的に壊してしまうような行為の果てに願いを叶えることを、たぶん、あたしは許容できない。
聖杯戦争が各陣営にそれぞれ叶えたい願いがあって、そのために戦っていることは十分に理解しているけれど、だからって、関係ない人を巻き込んで、際限なく被害を出していいなんて理由には絶対にならない。
叶えたい願いがある者同士が戦うのだから、叶えられない人が出るのは仕方ない。だからこそ、必死に勝つための方法を探るんだってわかっているけど……あたしは、それでもバーサーカー陣営にだけは勝ってほしくない。
こんなことをする奴の叶えたい願いなんて絶対に認めさせちゃいけない!
「桜子さん!」
「蓮司君!」
「学園の方は任せて! 桜子さんはバーサーカー陣営の対処を、このまま放っておくわけにはいかない、そうだろう!」
「だけど、もしも、またバーサーカーがここに姿を見せたら……」
あたしやマルテルさんがいなくなってしまったら、此処を守ることができる人はいなくなってしまう。蓮司君がまったく戦う事が出来ないわけじゃないけど、バーサーカーを相手に完璧に守りきることができると考えるのは少しばかり厳しいんじゃないかと思うのは確かだから。
「桜子さんやランサーがここにいてくれれば学園の皆を守ることができる。だけど、それはここを守っているだけだよ。バーサーカー陣営を倒さなければ、いつまでも僕たちは怯える時間を過ごしていかなければいけない。君にはそれを変える力がある。
僕たちに救える人間なんて一握りだ。だから、君は行くべきだ、バーサーカー陣営との決着をつけるためにも」
あたしたちに救える人間なんて一握り、確かにそうだ。テレビの中のヒーローのように、都合よく誰も彼もを救う事が出来るのならば、悩まなくても済むのかもしれない。
全員助けるんだ! って息巻いて、全力でこの街を駆ければいいかもしれないけれど、バーサーカーが何処を襲っているのかもわからないあたしにはそれができない。
根本を断つ、それしかない。自分が何をすればいいのか、心の中で整理がついた以上、後はもうやるべきことをやるだけだった。
「……うん、ありがとう!」
「ミスター・レンジ。これを」
「これ、電話番号……?」
「私の持っているものの番号です。サクラコがもしも、戦闘中では連絡を取ることもできないかもしれません。緊急の事態の時にはこちらにも連絡をお願いできれば」
「……わかった。何かあった時にはすぐに連絡するよ」
お願いしますとペコリ、頭を下げて、桜子とランサー、そしてノルンは学園を出ていく。もはや、ここまでの事件を引き起こされてしまっては授業だ何だと言っている場合ではないのは確かである。学園を抜け出すのには引け目を感じるが……
「確か、街中至る所で同じようなことが起こっているんだよね!?」
「はい、少なくとも人が集まりやすい場所では」
「じゃあ、まずは駅前の方かな。日中に人が集まりやすいとすれば、まずはそっちから―――」
「いえ、ミス・サクラコ。我々はこの住宅街側で展開されている敵を駆逐しつつ、バーサーカー陣営の根城があるであろう繁華街へと向かうべきであると考えます」
「そ、そうなの……?」
ノルンちゃんの言葉は意外でもあった。この住宅街と学園のある東側は確かに住居こそ多いものの、人通りが多いとは言えない。多数の人間を一気に恐怖に陥れるのだとすれば、西側や中央の駅前通りを襲う方が遥かに適していることを間違いないはずだったが……
「大丈夫であると思います。特に駅前通り、中央は。これだけの騒ぎです。彼らも動き出している頃でしょうから。複数の現場を一気に抑えなければならないのであれば、同じ場所に向かっても仕方がありません」
「そっか……そういうことか」
桜子もノルンが何を言いたかったのかを理解し、ノルンの方針を第一として行動することを決めた。確かにノルンの見立ては決して間違っていないと思う。中央には自分たちよりも遥かに、乱戦に適した者たちがいるのだから……
――秋津市中央・駅前通り――
「ひ、ひぃぃ、嘘だろ、こんなの聞いてないぜ。こんな、こんな化け物がいるなんてよぉ……!」
中央駅前通りに悲鳴が木霊し、多くの場所が喧騒に包まれた。この数日間、常に戦場の一角とされていた場所であっても、いまだ昼の世界は安全圏として守られているはずだった。しかし、その平穏は容易く崩される。
秋津市全体に襲い掛かるように勢至姆組とバーサーカーは姿を見せ、当然のようにこの駅前通りにも姿を現した。
観光地として動画騒ぎが起こっていても人通りが多い場所である。ここでバーサーカーが暴れまわれば単純な話しとして、無数の恐怖を集めることができる。
人を殺そうが、殺すまいが、どちらにしてもその影響を避けることはできない。よって、この駅前通りへと向かった勢至姆組の組員たちは、血気盛んな者たちが多かった。
好きに暴れることができる、やりたい放題に自分の欲望をぶちまけることができる。そうした思いを以て、この場へとやって来た者たちは下衆な笑みを零して踏み込んだわけだが、彼らが実際に体験したのは、その身を凍らせ、何一つとして己の自由など許されない蹂躙劇に他ならなかった。
「お前たちの陣営がこうした行動に出ることは少なからず予想は出来ていた。なりふり構わずに自分たちを強くすると言うのならば、大量に恐怖を集めるのが最も手っ取り早いからな。
だが、それにしたってこれはやりすぎだ。こんな早い時間から聖杯戦争のことを隠そうともせずに行動する。守らなければならない一線というものがお前たちにはわからないのか……」
呆れたような物言いを口にするのはロイ・エーデルフェルト、組員が従えていたバーサーカーはあっさりとセイバーによって屠られた。本体ではない分身体が一体や二体いたところで、セイバーの相手にはならない。
セイバーから勝利をもぎ取ろうとするのであれば、それこそ全身全霊を掛けてぶつからなければならないのだから。
「お、俺達は、ただ……命令されただけで……!」
「だろうな、別に責めているつもりはない。勝つために何だってすると言うことを否定できるわけでもない」
聖杯戦争とは本当に人を狂わせる。自分たちエーデルフェルトだけではなく、彼らもまた聖杯戦争によって歪んでしまったのだとすれば、怒りよりも憐れみを覚えるべきなのかもしれない。
何にしても、彼らを殺したところでロイが得られるものがあるわけではないのは事実だ。バーサーカーがいなくなってしまった以上、彼らが単独で暴れまわることもできないだろう。
「主よ、方針は―――?」
「このまま暴れるのを放置しておけば、奴らは恐怖を溜めこむばかりだ。見つけ次第、一匹一匹駆逐していく。俺達が探し回っている間に犠牲になる人間が増えるのもあまり歓迎はしたくないからね」
「我は戦争を為す者として、バーサーカー陣営が考える行動を否定はせぬ。ただ、敵が教化されることをみすみす放置することは愚行。故に主の方針に賛同しよう」
「これはある意味で俺達が蒔いた種でもある。2日間に渡って、奴らを倒すことが出来なかったのだから。今更な話になってしまうかもしれないが、己が蒔いた種の責任くらいは果たすとしよう」
「肯定―――バーサーカーは今宵、確実に消滅させる」
「ああ、もう放っておける状況でもない。ましてや、今日を逃してしまえば、俺達であったとしても、止められない領域にまで至ってしまうかもしれない」
義憤や使命感から動く気持ちはあれども、ロイの中で最も懸念となるのはその部分だ。戦いを重ねる度にバーサーカーは徐々に徐々にロイの予想を覆して強化され続けている。
今日という日にこれだけ大規模な行動を始めたのは、間違いなくセイバーを倒すためであろう。あれだけの中座を二度にわたって続ければ、次こそは絶対に勝つと言う策を用意して、飛び込んでくることは容易に想像が出来る。よって、今日、バーサーカー陣営を倒すことが出来なかったとすれば、それはセイバー陣営にとって致命傷になりかねないのだ。
「リーナ」
『お任せください兄様、私は私で対処をします。私のことは気にせずに、バーサーカーとの決着を』
「すまないな、本当なら病み上がりのリーナを1人にしたくはないんだが」
『私のことを言い始めた時の兄様は、兄様にとっての唯一の隙を生み出しかねない時です。私はエーデルフェルトの当主を支えるための従者です。従者を守って余計な手間を掛ける主などお笑い草でしょう? むしろ、こちらが手助けに行きますから』
「わかった、期待をしておこう」
この駅前通りは喧騒に包まれ、既に人々の避難が始まっている。バーサーカーが一度は消滅した以上、危険性は少ないかもしれないが、ロイとセイバーが離れた隙を狙って再び来襲する可能性も考えられる。
リーナにはそのための後詰の役割を任せる。身体自体も完全に回復しているわけではないため、無理をさせたくはないガ、バーサーカーの数に対抗することができる戦力として数えられるのはリーナだけだ。
リーナに負担を掛けさせないためにも、バーサーカーを早々に葬らなければならない。
(バーサーカーと決戦を行うとなれば、七星櫻一郎も出てくるか。ちょうどいい、桜子と雌雄を決する前にお前との決着を果たすとしよう)
これまでの数日間の因縁総てに決着をつけるために、ロイもまた動き出す。
奉の決死の行動から始まった状況は、秋津市総てを飲みこむ形で8日目の決戦へと縺れ込んでいくのであった。
神祇省、円華との約定完了まで―――あと四時間