※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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血染めの夜――破

――秋津市西側・繁華街入り口――

 自分たちの成果は目に見える形で目の前の戦いに反映されている。

 

以前の戦いでランサーとはアサシンを含めて、一度激突をしていたわけだが、あの時には、バーサーカーが完全に強化をされていなかったために、押される形で逃げを前提とした戦闘を繰り広げざるを得なかった。

 

 ランサーが挑発じみた言い方をしたように、以前は自分の中でも覚悟が決まっていなかったと言うのも正直なところではある。

 

 だが、今は違う。アサシンを喰らい、セイバーと戦い、セイバーの宝具によって形成された空間で恐怖に打ち勝ち、今や秋津市全体を呑み込む恐怖にまで膨れ上がったバーサーカーは単独でランサーに対して優位を勝ち取るまでに成長を果たした。

 

 先ほどの黄金の光に晒されても、攻撃の手を緩めなかったのが何よりの証拠だ。既に、ランサーの一撃必殺の攻撃を受けたとしても、バーサーカーはそれに耐えて攻撃をするだけの耐久力を手にしている。

 

「攻撃も、防御も、速さも何もかもをお前は手にした。俺と出会った時に比べれば、お前は遥かに強く絶対的な存在へと変わった。見返りを寄越せなんて今更言うつもりはねぇよ。ただ、虚飾の上に造られた強さであったとしても、強い奴が強い。それを証明してやろうじゃねぇか。なぁ、相棒」

 

 余人から言わせてもらえば、バーサーカーの強さが偽物の強さである。しかし、そんなことは奉とて分かっている。

 

人為的に生み出した恐怖に始まり、他陣営の引き起こした行動すらも自分たちの行動であるように見せかけて、他の恐怖を取りこんで、あらゆる虚飾に塗れさせて、ようやく掴んだ強さ、他のサーヴァントが召喚された時から持ち得ている力をバーサーカーは自分で脚色しなければ、こうして土俵に上がることすらできない。

 

 しかし、それを奉は決して卑下しない。むしろ、ここまで上り詰めてきたことに誇りすらも感じる。

 

(誰だってそうだ、生まれついての絶対的な強者なんてものは一握りしかいない。誰もが自分を偽って、虚飾の強さに身を委ねている。借り物の権威に自分の身を寄せて、それを強さに変えることが出来た奴だけが本物の世界に飛び込むことを許される……!)

 

 神丘奉が生来から持ち得たものなど何もない。魔力もなく、愛もなく、金もなく、才能もない。何もかもが無く、残っていたのはただ世界への憎悪と、役立たずの自分への嫌悪感。

それを癒してくれたのは勢至姆組での日々だ。必死に足搔いて、見返すことができるであろういつかを夢見て、必死に食らいついて、ようやく手に入れた物こそが借り物の権威であり、その借り物の権威があるからこそ、許される暴力だけだった。

 

 だが、そんな借り物の力でさえもうまく使いこなすことが出来ずに身を滅ぼす者など往々にして珍しくはない。偽物の強さで本物に並ぶことがいかに難しいのか、此処までの綱渡りをしてもなお、バーサーカー陣営は幾度となく叩き潰されてきた。

 

 心の底から完全な勝利を手にしたと思った日など一度もない。常に泥にまみれて、何かを疑い、血反吐を吐いて、なんとか今日という日まで生き延びてきた。絶対的な強さを手に入れる過程の中で、多くのモノを喪ってきたことは間違いない。

 

 だが、今やそれはようやく報われようとしている。セイバーとの連戦で自分たちは完全に押し込まれる側のような認識を覚えさせられていたが、それはあくまでも、セイバーという圧倒的強者との戦いであればこその認識である。

 

 ランサーと激突をするバーサーカーを見ていればわかる。優勢なのはバーサーカーだ。一撃必殺の威力こそ劣るものの、それに耐えきれるだけの力を今のバーサーカーが有しているのであれば、何ら問題なく戦うことができる。

 

(時間を掛ければ有利なのは、俺達だ。恐怖は消えない。今日という日に刻まれた記憶は秋津の街に拭えない恐怖の傷跡を刻み込んだ。お前はもう強くなっていくだけだ、お前のやりたいことをやれ、バーサーカー! 誰もそれを止めたりするもんか!)

 

 ふと奉は思う。もしかしたら、自分はバーサーカーと言う存在に夢を託しているのかと。誰にも本質を知られる事無く人々のイメージだけで成り上がっていく獣に、誰にも理解されずに進んでいく自分の姿を投影しているのではないかと……。

 

 そうかもしれない。神丘奉にとっての本質は無で、多くの外装を経てようやく立ち向かえているのだから。それをより明確に形にしているバーサーカーに夢を託したくなるのは決しておかしな話ではない。

 

 凶悪無比なその姿に期待を寄せている、出会ったその時から何かしらの惹かれるモノがあった。その意味を出会った時には理解できなかったが、今ならば分かる。

 

 自分は―――バーサーカーと言う存在をもはやただの兵器として見ているのではない。自分の叶える願いを乗せて賭けているのだと。

 

「GRUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

 

 そのマスターの願いを背負って、次々と身体ごとランサーへとぶつかっていくバーサーカーは全く勢いが衰える素振りもない。ランスへと噛みつき、身体を回転させての突撃、繁華街のビルを縦横無尽に駆け回ることによる攪乱、どれもこれもが規格外の膂力と速度で実行され、攻撃を受ければ絶大な耐久力で受け止める。

 

「これほどまでにッ、強くなったのか、バーサーカー!!」

 

 手に負えない、そんなネガティブな発想が自分の中に湧き上がり、ランサーは意識の底にそのような不躾な発想を投げ捨てる。行動自体は蛮百の獣と変わらない。自身の体躯と持ち得る牙と爪、それらを使って、人間を切り裂き捕食する。それに特化した戦い方を実行しているのは言うまでもない。

 

 しかし、そのスケールが違いすぎる、一撃でもまともに鎧の下を通せば間違いなく致命傷、ならばこちらは手数で圧倒しようにも、分厚い装甲のような皮膚が連撃を通すために怯ませるだけの時間を与えてはくれない。

 

 決して隙がないわけではないと言うのに、そのチャンスをものにすることができない。

 

(このような表現をしたくはないガ、セイバーと戦っている時のようだ。あちらはこれに加えて、行動予測までしてくる合理性を持ち合わせていたがためにさらに厄介だったが、あれと大差ない……)

 

 振るうランスを叩きつけられても、バーサーカーは避けようとはしない。既に何度か激突をしたことで、ランサーの攻撃では自分を傷つけることはできないとでも判断したのか、

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 雄たけびを上げるとともに突撃を敢行。攻撃を放った後のランサーはそうなることを予期していたのか、魔力を放出させながら振っていたランスを再び、己の身へと翻すと、横合いからバーサーカーを串刺しにせんと、突き刺しを放つ。

 

しかし、バーサーカーはランスが突き刺さりながらも止まることなく噛みついた牙がランサーの鎧を突き抜け、彼女の胸元の肉を抉る。

 

「ぐっ、ぎぃぃぃ」

 

 身体が後ろに押し倒され、マウントポジションを取られる態勢に入ってしまったことを理解し、すぐに立ちあがろうとするが、力を籠めようとした関節にバーサーカーの牙が衝きたてられ、足にはバーサーカーの爪が突き刺さる。

 

「き、さまぁ……」

「GUUUUUUUUUUUU」

 

 牙を鳴らすバーサーカーは己が捕食者であると宣言している様に次々とその牙を、ランサーに向けて突きたてていく。

 

 簡単に殺すつもりはない、むしろ、死の直前に恐怖を覚えて行けとばかりに、少しずつ、肉を抉り、裂傷を生み出していく挙動は、餌に餓えた獣の挙動そのものであった。

 

 サーヴァントとして、英霊としての在り方として如何様なのかと思えてきてしまうかもしれないが、ジェヴォ―ダンの獣は何ら、生前と変わらない。

 

 人は己を勝手に怖れ、己は人の意思など関係なしに、牙を突き立てた。何度も何度も、獣は相手の意思など関係なく、ただの自分の行動を完遂しただけだ。今も変わらない。

 

 他のサーヴァントにどんな事情があるのかも知らない。マスターたちの因縁も知らない。

 

 己のマスターが自分に何を願っているのかすらも獣は理解しているのか怪しい。だが、向かってくる総ては敵だ。人間は捕食対象だ、それが分かっていれば十分だ。やるべきことは生前と何ら変わりがない。

 

 そこから先はまさしく一方的な蹂躙劇だ。四肢を獣によって完全に抑えられ、突きたてられた牙は次々とランサーの鎧を破壊していく。対魔力と耐久力の高さ故に致命傷だけは未だに受けてはいないが、それも時間の問題であることは誰の目にも明らかだ。

 

「くく、ははは、世話が無いなぁ、ランサー。俺達を倒すつもりじゃなかったのか、その鎧も、巨大な槍も見かけ倒しかぁ? いや、別にいいぜ、勝てなくても仕方がないさ。バーサーカーは人間がどれだけ必死になってもついぞ討ち取ることが出来なかったんだ。自分を卑下することはないだろ、ただの人間ならそこらへんが限界だったとしても誰も責めやしないだろ」

 

「人では打倒できなかった? それは違います。バーサーカーが強くなったのはあくまでも恐怖がステータスに影響をしているから。本来のバーサーカーならば、ランサーの相手にもなりえません」

 

「本来、ねぇ。別に今のバーサーカーだって本来のバーサーカーだろ。ただ、誰も本当のコイツなんてものを知らないだけだ。もしかしたら、この聖杯戦争に参加しているサーヴァントの中でぶっちぎりに強かったのかもしれない。けどな、きっかけを与えてくれたことには感謝しているんだぜ?」

 

「なにを……」

 

「アサシンとそのマスターを倒した時からだ、バーサーカーが劇的な強さを得ることができるようになったのは。お前たちが無謀に俺達に挑んでくれたからこそ、バーサーカーはサーヴァントを倒しえるほどの恐怖と言う勲章を手に入れることが出来た。

 感謝しているんだぜ、アサシンのマスターは俺達を強くするための人柱になってくれたんだからな」

 

「―――――ッッ」

「……っ、セレスさんはお前の為に闘った訳じゃない!」

 

 ノルンは怒りに言葉を紡がず奉を睨み上げ、桜子は明確な怒りを発露して声を上げる。

 

 セレスティーナ・アルブレヒトという人間を知っていればこそ、奉の口にした言葉は看過することができない。結果的にそうであったとしても、彼女が何を考え、何のために戦っていたのかを知っているものとしてその言葉は看過できない。

 

「熱くなるのは結構だがな、それで前が見えなくなってしまうのでは意味がないだろう」

 

 怒り、奉へと向けられたその感情は戦闘の中では全く無駄な感情である。互いに相手の鼻先を折り、自分の領域へと叩きこむための戦いを繰り広げ続けている桜子と櫻一郎の戦場にて、ほんの少しの判断ミスが勝敗を左右することは十分にあり得る。

 

 桜子の意識が奉へと向いた瞬間に、櫻一郎は恐るべき速度で彼女との距離を詰める。斬撃延長能力によって、あらゆるリーチへと攻撃を放つことができる櫻一郎だが、最も得意な距離がどこであるのかと聞かれれば、それは当然に実体のある刃が届く距離である。

 

「七星流剣術――伍ノ型『桜吹雪』!!」

 

 桜子も得意の一刀としてよく使用する、刺突型の一閃が桜子の認識外から突如として飛び込んでくる。

 

向けられた殺意じみた敵意に反応して、咄嗟に首筋を後ろへと思いっきり倒すが、切っ先はわずかに桜子の首筋の肉を切り裂き、弾けた皮膚の先から血が噴き出す。

 

 されど、それでも軽傷だ。ほんの少しでも反応が遅れれば首を刃は貫通していただろう。

 

 しかし、身体のバランスを崩したのは間違いなく、すぐさま櫻一郎は桜子のバランスを崩すために足払いを敢行、首筋を守ることに意識を善集中させた桜子は、あっさりと足下が地面から離れ、仰向けに倒れる姿勢となり、身体が浮き、空を見上げる自分の状況を認識した。

 

 その認識とまったく同じタイミングで、櫻一郎の刃が桜子の腹部目掛けて振り下ろされる。実体をもつ刃である以上、七星の魔術を使った所で無力化は出来ない。

 

 奇襲をまともに受けてしまったとはいえ、攻撃の組み立て方としては、これ以上ないほどに徹底された攻勢、それを抜け出すことができるとすれば、

 

「がぁぁぁ!!」

「ぬっ―――」

 

 昨日の梓沙との戦闘にて、追い詰められた際に発揮した逃げの一手、不可視の魔力刃を至近距離から櫻一郎の刀を握る腕に向かって放つ。

 

 櫻一郎の表情に苦悶の色が浮かび、桜子はその瞬間に全身のバネをフルに使って、櫻一郎へと頭突きをかますと、後ろ向きに跳躍して、戦闘領域のリセットを図る。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 しかし、消耗は激しい、ここまでに闘ってきた中で五分の戦いをしているように見せてはいるが、実際の所はギリギリ五分を保っていると言うのが正直なところだ。

 

 もしも、七星の魔術が存在せずに、櫻一郎の魔術を堰き止めることが出来なかったとすれば、ここまで長々と戦闘を続けることは出来なかっただろう。

 

(マルテルさんも戦況がいいわけじゃない。あたしが、あたしが突破口を開かないと……、兄さんに良いようにされているだけじゃダメだ。なんとかして、兄さんを上回らないと)

 

「桜子、お前は本気で勝てると思っているのか……?」

「勝てると思わなくちゃ、ここに立って、いないでしょ」

 

「気合で勝てるモノじゃない。刃を結んで改めて確信した。桜子、お前では俺には及ばない。お前の成長速度では俺を捉えるには至らない。苦し紛れにこうして刃を結ぶことはできるかもしれないが……」

 

 瞬間、再び櫻一郎が桜子の懐へと飛び込む。先ほどと変わらぬ速度、攻撃が来ると分かっていながらも、桜子の反応は決して最適解を選べるわけではない。

 

一閃を受け切り、次の攻撃に備えようと言う時には、更なる攻撃が飛び込んでくる。それを受け止めれば、その次が、それを止めれば次が……次々と降り注いでくる攻撃は、桜子に創意工夫を行わせるだけの余裕を与えない。

 

「七星の魔術の使い方如何だけで考えれば、既にお前は十分に張り合いが出来る領域にまで飛び込んできているだろう。より研鑽を積めば、間違いなく、俺よりも魔術の扱い方は上手くなるはずだ。だが、剣技の上では話は別だ」

 

 櫻一郎の剣技は止まらない。桜子が次に何をしてくるのかをすべて予測しているかのように、桜子が攻撃を放つ態勢へと至らせない。

 

「お前が扱う剣技もまた七星流剣術……、他の流派であれば俺の意識の隙を拭う事が出来たかもしれないが、七星流剣術は俺もまた極めている。同じ土俵で戦っている限り、お前は決して俺を剣技で抜かすことはできない!」

 

「そんな、ことッ……」

「この状況が全てを証明している!!」

 

 桜子は魔術を使って、状況を変えようとするが、それさえも見切っているのか櫻一郎の剣技はさらに精度を増すばかり。

 

恐るべきはここまで桜子を追いこんでおきながら、櫻一郎はほとんど魔術を使っていないのだ。先ほどまでのように七星の魔術同士をぶつける戦いではなく、自分の手に握る刀一つに総てを委ねて、桜子を追いこむ。

 

 彼自身が口にしたように、魔術の土俵ではなく七星流剣術を競う土俵へと上げられれば、その差は雲泥のものとして刻み込まれる。

 

 何度も何度も来たる攻撃を一瞬の隙を見出すために何度も防御し続けるが、桜子の負担は決して軽いものではない。

櫻一郎は魔術を展開せずに実体剣による攻撃を放っているため、魔術そのものが打ち消されることはないが、櫻一郎の膂力と殺意を乗せた一刀は受ければ受けるだけ、衝撃が桜子の身体に蓄積されていく。

 

 一撃、一撃が重い。腕がしびれてくる。鈍重な攻撃はジリジリと桜子の心を蝕み、身体に負担を強いていく。

 

(どれだけ大見得を切ったところで、あたしじゃ兄さんには勝てないってことなの……? 積み重ねた時間の差が、優劣を分けてしまうのなら、あたしには及ぶ手だてがない)

 

 ランサーも何度も口にしてきたことだが、積み重ねてきた時間は単純な意味で強い。才能ある者だけが勝ちを手にすることができる世界であれば、誰も努力などはしない。

 

 凡人であろうとも積み上げていけば強くなれるし、才能ある者が時間を積めばより強大へと変わっていく。時間とは人類に与えられた平等な権利だ。たった一つだけ生まれたての才能を凌駕するために与えられた様子なのだから、その優劣が戦闘に直接影響するのは当たり前の事である。

 

「ああ、ようやく理解した! 七星として強いのはお前だろう! 七星の魔術師として剣技と魔術を混ぜ合わせて、母のように魔術師の視点として強くなれるのは間違いなくお前だ。だが、剣技一つだけで言えば、この瞬間では俺の方が上だ!!」

 

 自分の中の現実とかつて語られた言葉の符号がようやく櫻一郎の中で成り立つ。ロイ・エーデルフェルトの言った言葉もあながち間違いではなかった。

 

 桜子は己よりも才能に溢れている。七星の魔術師としていずれは自分を超えるだろう。しかし、今は負けない。幼いころから七星の魔術師としての研鑽を積み、身体に宿る殺人衝動と常に寄り添って今日まで歩んできた櫻一郎の時間が、桜子の成長を追いつかせない。

 

 振るわれた一刀は横一文字と縦一文字の二刀、十字を切る軌道で振るわれた剣閃に桜子は耐えきれず、大きく体を吹き飛ばされ、地面に身体をすりつけ、制服の腕やスカートの生地が裂け、裂傷に苛まれる。

 

「ひっ……ぐっ……」

 

 意識も朦朧としていた。何度も何度も剣戟を続けたことによる疲労感から意識は朦朧、全身はズタズタで痛みで意識を手放したいくらいだ。

 何よりも、示された圧倒的な実力差は単純に桜子の内に宿っている闘志を粉々に打ち砕いた。

 

(見いだせない、あたしの力じゃ……、兄さんを凌駕することができない……)

 

 素人で実力差なんて分からない時であれば、笑って戦う事が出来たかもしれない。けど、半端に自分の実力も特性も理解できてしまっている今となっては、相手との実力差をはっきりと理解できてしまって……、兄さんに何をすれば勝てるのだろうかと自分の心の中で自分を信じきることが出来なくなりはじめてしまった。

 

 同じ七星であるだけに小細工は通用しない。魔術も剣技も全てにおいて、七星と言う在り方を受け入れてきた兄さんに、あたしでは勝つことができない。

 

 強がりを口にする元気すらも奪われて……、あたしは自分がどうすればいいのかもわからなくなって、立ち上がることもできず、尻餅をついてしまう。

 

「それでいい、もう立ち上がるな桜子。お前が意識を失っている間に全ては終わっている」

 

 正直に言えば……怖い。敗北して全てが終わってしまうのが怖い。サーヴァント同士の対決もマルテルさんは劣勢に立たされ、あたしも兄さんに及ぶ手だてが見つかっていない。

 

 糸が切れる様にあたしが敗北すれば、サーヴァント同士の戦いもどうなるかわからない。ノルンちゃんだってそうだ……立ち上がらないと、そう思いはしても……実際に身体を立ち上げることができるどうかは全くの別問題だ。

 

「サクラコ――――!」

「ごめん、ノルンちゃん!」

 

「悔やむ必要はない、勝てないのは当たり前の事なのだから」

 

 そして刃があたしの意識を刈り取るために振り下ろされようとした瞬間―――

 

「心外だな、七星桜子、お前はここで心折れるのか? 俺と聖杯戦争の最後を飾る戦いを果たすと誓った言葉はその場しのぎの言葉でしかなかったのか?」

「――――――」

 

 あたしの目の前で兄さんに向かって星々が瞬くように光が降りそそぐ。兄さんはそれを感知して、すぐさま刃を振おうとするけれど、その身体にまるで錘でも乗せられているかのように動きが緩慢になり、結果として光の半分が兄さんを直撃した。

 

「貴様、ロイ・エーデルフェルト!!」

 

「そう驚いてくれるな。これはお前たちが引いた引き金だ。俺とセイバーが来るのを待ち望んでいたんだろう?」

 

「………ロイ」

 

 絶体絶命の状況を救うように姿を現したのは、あたしにとっても縁深いマスターであるロイ・エーデルフェルト、そして隣の戦場では、バーサーカーの完全優位を覆すためにセイバーが飛び込み、マルテルさんへと食らいついているバーサーカーを戟の一撃によって引き離す。

 

「いいぜ、いいぜ、ようやく来てくれたなセイバー。そうでなくちゃ面白くない。お前らを潰すため、ここまでの大掛かりなことをしたんだ。来てくれなきゃ始まらないぜ」

 

「ああ、随分と派手に暴れまわっているようだな。何のためになんてことを今更聞くつもりはない。人道には反するが合理的で最善の策をお前たちは実行した。だが、個人的には外道に譲れる願いではないとだけ言っておこう」

 

(ロイ……怒ってる?)

 

 声や話し方こそ普段と変わらないモノの、言葉の圧や表情はいつものどこか人が良く、常に相手への敬意を忘れないロイと剥離しているように思えた。

 

 セイバー陣営がここに来るかもしれないことは予想できていたことだけれど、今の状況で来てくれたのは助かったと言う他ない。あのままだったら、間違いなくあたしもマルテルさんも敗北を喫していた。

 

「外道……、そうだな、外道としか言いようのないことを俺はしている。聖杯戦争に全く関係のない奴らまでを巻き込んで、自分の勝利のために利用している。碌な奴じゃないさ。けどな、先に俺を虐げたのは世界だ。お前に分かるか、生まれたその時から誰にも必要とされなかった人間の気持ちが。才能を持ち合わせていたお前たちに理解できるはずもない!」

 

「いいや、理解できるとも」

 

 けれど、はっきりと、一切悩む様子もなくロイはバーサーカーのマスターに対して即答して見せる。

 

「才能を持ち合わせていたのは事実だ。しかし、俺も同じだ。それ以外の何も持ち合わせてはいなかった。愛も情も、生まれたその瞬間から落伍者のように扱われて、今更になってこんな大舞台に立たされている。都合の良い使い勝手の良い駒のようなものだ」

 

「お前……」

 

「これまでに幾度となく俺の生きる環境への恨みを覚えたこともある。だが、それでも俺にはリーナがいた。リーナのお陰で俺はギリギリのところで、自分自身を保つことが出来ていた。バーサーカーのマスター、俺はお前を看過することはできない。だが、お前の世界に対する憎しみを理解できないわけではない。怒りも分かる、悲しみも分かる。だが、それでも、人として許してはならないことがある」

 

 同情も、憐憫もしよう。彼の人生が悲惨極まりなく、歪みきった末にこうせざるをえなかったことも認めよう。

 

 けれど、それで誰かを犠牲にしていい理由にはならない。誰かの足を引っ張るだけでは、何かを変えることなど出来ないのだとロイは知っている。支えてくれる血よりも濃い絆がロイに教えてくれたのだから。

 

「気に喰わねぇ。結局、テメェは俺とは違う。似たような境遇でも、お前には手遅れになる前に手を引いてくれる奴がいたんだろうさ。だがな、俺にはそんな相手はいない。何もかもに裏切られて、何をしたって裏目に出る。クソッタレな人生だ、誰かに頼れば、必ず報いを受けることになる。そんな人生なんだ、世界なんてどうでもいいだろ。むしろ、こんな世界じゃ誰も救われない」

 

「だから、狂った獣と共に無差別に総てを壊すのか」

「悪いかよ!!」

 

「………言葉でお前に何を口にしても、お前の心を変えることはできないだろう。境遇が似ていたとしても、俺とお前は他人だ。お前の痛みを真には理解できない。情で戦うつもりはない。白黒は聖杯戦争でつければいい。

 これで三回目だ――――いい加減にケリをつけよう」

 

「くく、上等ッ 、昨日までのバーサーカーと同じと思うな!!」

 

 セイバー陣営もバーサーカー陣営も一触即発の空気を発し、マスターの闘志に呼応するようにして、セイバーとバーサーカーが激突を開始する。

 

バーサーカーに一方的に攻撃をされたことで鎧の損傷も激しいランサーとタッチをする形で、セイバーがバーサーカーと激突するが、その激突は最初からフルスロットル。相手の出方を伺うようなことは互いにしない。

 

「やはり、更に強化されているか」

「GURUUUUUUUUUUUUUUUU!!」

 

 もはや窺う必要もないほどに互いの行動も実力も理解はしている。今日一日の行動を以て、昨日以上の脅威へと変貌してしまったであろうバーサーカーの行動すらも考慮したうえで、セイバーは余裕など一切見せることはできないと踏んで、周囲への配慮など一切考えることなく攻撃を振い、バーサーカーも待ち望んでいた相手の到来に喉を震わせる。

 

 間違いなくセイバーはこの聖杯戦争の中で最強のサーヴァントだ。ロイも含めれば、他の陣営の追随を許さないだろう。けれど、それでも……不安感を拭う事が出来ない。

 

 今の徹底的に強化されたバーサーカーであれば、もしかしたら、セイバーすらも倒してしまうのではないか、そんな予感じみたものを覚えてしまうこともまた事実だった。

 

「それで、お前はどうする? 桜子」

「ロイ……」

 

「俺はセイバーに加勢してバーサーカーに対処する。もはやあれはセイバー単独で倒せると安心できる領域にはない。判断を誤ればこちらが討たれる。はっきり言うぞ、七星櫻一郎の相手をしている暇はない」

 

「それを聞いて、こちらが易々とお前を通すと思っているのか?」

 

 あたしに向けて語るロイの言葉は当然に兄さんにも聞こえている。セイバー陣営が加勢をしてきたところでやるべきことは変わらない。むしろ、今のロイの言葉そのものがバーサーカー陣営にとっては気持ちの面で追い風になる。

 

「何度も何度も煮え湯を飲まされてきたが、ようやくお前たちに一矢報いる時が来た。ならば、俺は奉さんの勝利の為にお前を全身全霊で阻む。桜子はこの通りだ。七星と戦うことを望むのならば、心行くまで相手をさせてもらうとも」

 

「前にも言ったが、俺の闘うべき相手はお前じゃない。ランサーのマスターである七星桜子だ。聖杯戦争のマスターとして、七星に勝利することが俺の目的だ。マスターではないお前は俺の相手足りえない」

 

 実力は明らかに兄さんの方が上だ。でも、ロイはその言葉尻から兄さんを相手として見ることはない。あくまでも聖杯戦争の相手としてあたしと戦うことを望んでいる。

 

(どうしてだろう、励まされているわけでもない、優しい言葉を掛けられているわけでもない。だけど……、不思議と心に湧き上がってくるものがある)

 

 心が折れかけていたのは事実、だけど……、助けに来てくれた相手に、まだ終わらないだろうと信じてくれている相手に、好敵手なんていうのは役者違いにも程があるかもしれないけれど……、まだ終われないと言う思いが募ってくる。

 

 尻餅ついてしまった身体を必死に押し上げる。ふらつく身体……、でも、立ち上がることは出来た。

 

「ロイ、ランサーやノルンちゃんのことをお願い。あたしは……、兄さんと決着をつけるから」

「桜子、まだわからないのか」

 

「分かっているよ! 今のあたしじゃ兄さんには勝てない。逆立ちしたって勝てっこない。だけど、勝てないからって諦められるのなら、最初からここに来ていない! 聖杯戦争で勝つ以上に、兄さんたちの行動を止めなくちゃいけないんだよ!」

 

 勝てないことと諦めることは違う。そうだ、セレスさんだってノルンちゃんを逃がす時に絶対に勝てる算段なんてなかったはずだ。それでも、戦った。どうして?

 

 譲れないものがあったからだ。諦めちゃいけないと思ったからだ。だったら、願いを託されたあたしが、中座するなんてできない。こんな悲劇は此処で終わらせなくちゃいけない。

 

「ロイ、一つだけお願いしてもいい?」

「何だ?」

 

「あたしが……もしも、あたしじゃなくなったらその時は、止めてほしい。どうなっているか、あたしにも分からないから……」

「桜子、お前は……」

 

 あたしの言葉に兄さんはあたしが何をしようとしているのかわかったのだろう。だけど、誰に止められたところでこれを止めるつもりはない。勝たなければいけないのなら、出来ることの総てを費やさなければ、勝てないのなら……

 

(あたしの中に眠っている七星の血よ、あたしに力を貸して。兄さんを凌駕して、この戦いに勝つための力を……!)

 

 心の中で強く願う。どうか与えてくれと願う。その想いに――――

 

 ――――委ねろ、我らの血に、その身を。さすれば、魔術師総て滅殺せしめん

 

 その声ははっきりと、これまでのどんな時よりも強く強くあたしの心に響いた。

 

神祇省、円華との約定完了まで―――あと三十分

 




次回は、七星の血の覚醒回か……!

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