――秋津市西側・繁華街・裏路地――
気が付けば、裏路地の中を歩いていた。必死に此処まで走ってくる最中に無様に転げ回り、挫いた足を引きずりながら、それでも必死に足を進めていく。
今の神丘奉の姿を見れば、十中八九、誰もが国家転覆と言う身の程知らずの野望を打ち砕かれて必死に逃げる敗北者の姿を想起することだろう。
こんなはずではなかった、こんなことになるとは思ってもいなかった。今日という日が終わりを迎える時に、自分はこの街の王者になっているか、あるいは劇的な有利を手にして、王手を掛けるところにまで進んでいるはずだった。
実際に叶うはずだった。バーサーカーはセイバーとランサーを圧倒し、誰も手の届かない恐怖の存在に躍り出ていたと言うのに。
「あのクソアマが……、あいつが、あいつがいなければ、こんなことには……」
九重円華、勢至姆組が連れ戻すことの依頼を受けた女、自分ではなく典嗣が手を出したことによって、自分たちとの因縁が生まれた女。奉からすればどうでもいい相手だった。芸能の世界の権力争いなんて知ったことではない。駆け落ちなんぞ勝手にすればいい。
あの女は自分で騒乱を振りまいた。なのに、今では被害者面で多くの人間から温かい言葉を送られているのだろう。普通に考えれば二度と公衆の面前に出られないほどのことをしたにもかかわらず、奉たちを追い落とすことによって逆転の目までも残している。
心底腹が立つ、何故、自分がこんな目に会わなければならない。お前に手を出したのは自分ではなくオヤジだろうに。何故、何故、何故……
「いいや、違うな。いつもと変わらない。結局は俺が貧乏くじを引く羽目になるんだ」
夜風の冷たさに身を晒され、惨めに裏路地を歩いている自分の姿を思い出し、奉は怒りの感情が一気に失せていくのを感じられた。それは冷静になったわけではない、むしろ、虚しくなったのだ。
思い返せばいつもそうだ、順風満帆に進んでいるように見えて、まったく自分の思い通りに進まない。誰かを傷つけて、誰かに騙されて、押しつけられて、血反吐を吐きながら歩みを進めても、まったく誰も共感してくれるようなことはない。
いつだって、必死なのだ。必死に頑張って、必死に我慢して、それでもその必死さに見合うだけの成果をいくつ手に入れることが出来ただろうか。それを認めてくれる人間がどれ程、奉の周りにいただろうか。
親には不要と捨てられ、実の兄弟は嘲り、拾ってくれた恩人を自らの手で殺し、世界中には大悪党として今も罵られている。
笑えてくるくらいに無様な人生だ、陽の光の下を嗤って歩く人々がいる横で、こんな最低の人生があるなどと信じられない。
「オヤジ……」
ポツリと呟く言葉は何を想ってか、自分で命を奪った相手の名を口にした瞬間だった。
「――――――」
パンッ、と乾いた銃声が響いた。その音を認識すると同時に奉は自分の身体が跳ねて、鈍痛が身体に浮かんだことを理解した。胸のあたりが湿っていく。ぬめったその感触はやがてスーツをこげ茶交じりの赤色へと変えて行く。
言わずともわかる。それは自分の身体の中から流れる血液だ。銃声のした方向へと身体を向ければ、そこには恐怖に顔をひきつらせながらも、銃を構えている組員の姿があった。
「テメェ……自分が何をしたのか、わかってんのか……?」
「ふざけるんじゃねぇぞ、何をしたのか分かっているのかって聞きたいのはこっちの方だ!!」
奉の剣幕に、しかし、組員は一歩も退こうとしなかった。
「あんたのおかげでもう俺達はおしまいだ!! さっきの放送をあんただって見ただろうが、あることないこと全部俺達のせいのように言われた。これだけの騒ぎを起こしちまったんだ。言い訳なんてできっこない。全部全部、あんたがわけのわからないことをし始めたからじゃねぇか……!」
「違う、俺は……お前らと一緒にこの街を支配して―――」
「んなもん、誰がいつあんたに頼んだんだよ!! 誰が頼んだ? オヤジか、組の誰かか? 頼んでもいないことを勝手に始めてんじゃねぇよ!! あんたがやりたかっただけだろうが!!」
全身が痛む。胸を撃たれて体が冷たくなっていくのが分かる。けれど、それ以上に自分を撃った組員の怒りの声が突き刺さる。彼は奉を最初から狙っていたわけではないだろう。
恐怖に支配され、今日という日に蛮行を繰り広げてしまった人間の1人だ。奉が一人でいるところを見つけた彼は考えるよりも先に身体が動いていた。
許せなかったのだ、自分たちの大切なモノを悉く奪っていった悪魔のような男を。
「返せよ、オヤジを返してくれよ!!なんで殺した!!あんただってオヤジに恩があったはずだろう!! 悪魔だよ、あんたは……!! 俺達を不幸にする悪魔だ、あんたなんか生まれてこなければよかったんだ!!」
「は、ハハ……」
「何がおかしいんだよ!」
「いや、悪魔か……ああ、その通りだ。その通りかもしれない。本物とか偽者とか、人間ですらなかったのかもな」
奉は自嘲の声を上げて笑う。誰も自分を理解しない。自分の身に起こった悲劇など関係なく、彼らにとっての悪魔は、絶対悪は他ならぬ奉なのだ。奉が何故聖杯戦争を始めたのかも、典嗣をどうして殺すことになったのかも、聖杯戦争の先に何を想っていたのかも、彼らは何一つとして知らない。
「笑ってんじゃねぇよ!! 返せよ、返してくれよ……、どうして俺らがこんな目に会わなくちゃいけないんだよ!! 鼻つまみ者だからって、オヤジの下で分別弁えてやっていたじゃねぇかよ!!」
必死の叫び、それが理解できないことではないのが奉にとって何よりも辛い。ほんの少し、ボタンの掛け違えがあったとすれば、今、銃を握っている彼の役割を奉が担っていたかもしれない。自分でもわからないのだ。どうして、こんなことになってしまったのか。
勢至姆組のために戦っていたはずだった、オヤジへの恩を返すつもりでいた。自分の人生を取り戻すつもりでいた。何一つ、彼らに対してやましいことなど思ったこともない。
なのに、なのに、どうして……こんなことになってしまったのか。奉自身も分からない。
「好きにしろよ……、どうせ、もう全部終わりだ」
「どの口がッ―――――!!」
再び銃弾が奉へと襲い掛かろうとした次の瞬間、響いたのは発砲音ではなく、拳銃が宙を飛び、地面へと落ちる音だった。
「命までも取るつもりはない。さっさとここから離れろ。奉さんの居場所を他の連中に伝えることも許さない」
「ひ、ひぃ……」
先ほどまで、悲嘆と怒りにくれて銃口を向けていた組員が命惜しさにこの場から離れていく。その姿を見て、全身の力が抜けきるように奉は壁にもたれかかりながら、尻餅をつくような形で路地裏の地面に触れた。
「余計なことを……」
「今更……遅いかもしれませんが、それでも、あなたを放っておくことはできない。恩を返しきれていない」
そう口にして、奉以上に傷だらけの櫻一郎は奉の下へと近づいていく。どちらも酷い格好だ。聖杯戦争の敗北者としてこれほど似つかわしい者はいないと思える。
「今すぐ……この街を離れましょう。身分を偽って、他の街に潜伏すれば……」
「櫻一郎……お前は、自分の居場所に帰れ」
「―――――」
櫻一郎は奉の言葉に顔が硬直してしまった。何を言っているのかわからなかったわけではない、むしろ分かってしまうからこそ、どうしてそんなことを口にするのかと思ってしまった。
「お前と俺は……変わらないと思っていた。家を捨てて、戻る場所が無く、堅気の世界に戻ることはできないはみ出し者……、そんな奴だと思ったから傍に置いていた。
だが、もう終わりでいいだろう。お前は妹を殺さなかった。俺とは違う。大事なもんを全部ぶっ壊さなきゃ先に進めない俺なんかと一緒にいるべきじゃない」
「奉さん、俺は――――」
「さっさと行け!!」
最後の力を振り絞るようにして、奉が声を張り上げる。裏路地に響いた声は、これ以上、櫻一郎を自分の下に置かせておくべきではないと思ったからこその声であったか。
櫻一郎は首肯する。奉という人物は出会った時からずっと櫻一郎を手放すことはなかった。戦力であると分かる前から、彼をずっと手元に置き続けてきた。
失望されただろうか、無能と思われただろうか。きっと違う。奉は決して櫻一郎に罵声を浴びせるようなことはしていない。怒りも何もかもを置き去りにして、ただ、自分と櫻一郎の交わる道はもうなくなったことを告げたのだ。
長年連れ添った間柄だ。10年間……言葉にするよりも長く、心に残った思い出は決して少なくはない。奉がこれから辿る末路の想像が着いてしまうからこそ、簡単にこの場を去ることなど櫻一郎にはできないが……、
「櫻一郎……世話になった。達者でな」
「…………、ありがとうございました……」
絞り出すように口から言葉を吐きだした。それ以上は無理だった。こみあげてくるものが強すぎて吐きだす事も出来ずに足を進ませていく。
こんな終わり方をしたくはなかった。神丘奉と言う人間に報われて欲しかった。しかし、結果はこの通り、何かを満たされることもなく無様に路地裏で終わりを迎えるほかにない。
櫻一郎が光の向こうに脚を進めたとしても、決して今日という日を、これまでの10年間を忘れることはできない。忘れるにはあまりにも多くの思い出を残し過ぎてしまった。
静かに去っていく後姿を見送りながら、奉は改めて息を零す。路地裏に一人惨めに取り残された姿は、今日の朝方に勢至姆組の組員たちを牛耳っていた男であるとは思えない。
堕ちる時は一気に堕ちるものだということはわかっていたつもりだったが……、さすがに此処まで来ると少し笑えて来てしまうなと思ってしまう。
「もういい……疲れた」
全身から力が抜けていくのが分かる。ここまで奉を突き動かしてきたものが自分の中から抜け落ちていくと言う感覚は思ったよりも楽なモノだった。
張りつめていた様々なモノが抜け落ちていき、虚飾を張る必要が無くなったことで、等身大の自分に戻ることが出来たように思えた。いや、戻ることが出来たなどという表現自体がおかしいのかもしれない。
結局の所、神丘奉と言う人物は最初から最後まで決して変わることが出来たわけではないのだから。脱力した身体からは、これまで溜めこんでいた言葉が訥々と溢れ返っていく。
「最初からわかっていたさ、俺の人生は……偽者なんかじゃない。生まれた時からずっと……俺の人生はこれっきりでしかなかったなんて……認めたくなかった、こんなクソッタレな人生しか用意されていないだなんて、認めたくなかった。
なのに、結局、俺は……自分で自分の先をドブに捨てちまった……!!」
一度溢れだした言葉と涙は止まらない。誰かに見つかることなどもはや忘れたように嗚咽は裏路地に響いていく。
引き返すタイミングは幾らでもあった。聖杯戦争に誘われる前のように分別を弁えて裏の世界で相応の生き方をしていれば、きっと、こんな惨めな姿を晒すこともなかった。
自分にとっての恩人を殺すこともなかった、仲間たちを地獄の道に引きずりこむこともなかった。偽者などであるものか、すべて奉が自分で選んで、自分で決めてきたことだ。
賭けに負けたのではなく、最初から踏み外してはいけない場所に踏み込んでしまったのだ。甘い言葉に騙されて、周りの声に耳を傾けなかったのは何処の誰だ、自分ではないか。
先ほど自分に銃弾を浴びせた組員の言葉が全てだ。誰も奉に頼んでなどいない。奉が勝手に初めて、勝手に終わった戦いに多くの人間を巻き込んでしまった。それだけでしかないのだ。
「オヤジ……すまねぇ……あんたが作って来たモノ、全部……全部、ぶっ壊しちまった」
今更だ、今更ではあるけれども、殺したくはなかった。こんな結末にしたくはなかった。自分を拾ってくれた恩人に、組に、自分の人生に総て花道を飾ろうとしても結局は何もできない。
偽物だと言い続けてきたこと自体が逃避なのだ。何一つとして好転しない自分の人生を本物であるなどと認めたくなかったからこそ……、そうせざるを得なかった。
「夢を見たかった……けど、結局はこれだ。やっぱり、上手くいかない。最後はこうして、結局1人で野垂れ死んでいくだけだ」
櫻一郎は自分とは違った。畜生の道に堕ちる前に、踏み止まって見せた。尽くしてくれた奴だからこそ、道連れにはしたくなかった。せめて、最後の最後に、たった一人くらいは、自分に巻き込まれて人生が変わってしまった相手を救いたかった。
エゴでしかないことなど分かっている。もしかしたら、進んだ先で命を落とすことになるかもしれない。だが、自分と一緒にいればそれこそどん詰まりだ。決して救われることはないだろう。
だから、これでいい。もはや誰もいなくなってしまったこの路地裏で、惨めに果てるのが自分らしい。何をしてもうまく行かずに誰にも本当の自分を理解してもらう事が出来なかった己は一人ぼっちで果てていくのが関の山なのだろう。
もう、身体の感覚も無くなってきた。血を流し過ぎたのだろうか、それとももう自分自身が眠りたがっているのか。このまま意識を失うかと思った時に、クゥーンと鳴き声のようなものが聴こえた。
その鳴き声の方向に意識を向ければ、そこには、奉と同じようにボロボロの姿で足を進めてくる一匹の獣がいた。黒い靄など何もなく、一目見るだけで狼かなにかであることが分かるその獣は、どこにでもいるようなありふれた肉食動物の姿でしかなかった。
「なんだ、お前……本当は、そんなもんだったのかよ……随分、見栄張っていやがったんじゃねぇか……」
その獣が自分の相棒であることなど、すぐに分かった。身体中に裂傷が残り、身体を引き摺るようにして、ここまで来たであろう獣の身体は末端から黄金色のエーテルが溢れており、既に瀕死の状態であることは奉にも分かった。
これにて、真実、バーサーカー陣営は敗北した。もはや獣の恐怖が秋津市を襲うことはないだろう。
「来い……」
奉の声に、バーサーカーは最後の力を振り絞って、奉の下へと歩み寄っていく。駆けることはもうできないが、ゆっくりと歩き、そうしてようやく辿り着いた相棒を奉は抱き寄せた。
「お前と俺は同じだ。虚飾や見栄を張り続けて、そうしていつからか誰にも本当の自分を分かってもらえなかった。分かってもらうには、あまりにも……本当の俺達はちっぽけすぎる」
ジェヴォ―ダンの獣と呼ばれた恐怖の存在がただのオオカミであったなどと恰好がつかないだろう。この街を恐怖に陥れた勢至姆組の反逆者がこんな中途半端な奴では面白味がかけるだろう。
勝手に好きに話を作ってくれればいい。もう自分たちには関係ないのだから。
「いいさ、一緒に逝こう。最後は1人で惨めにと思っていたが、お前が一緒なら悪くない。いいや、最後はお前がいい」
誰からも理解される事無く、虚飾の王として神丘奉は消えていく。たった一人の理解者すらも光の道へと追放した。
結局、最後に残ったのは……一度も言葉を交わすことなく、道を踏み外した結果として出会ったたった一頭の獣だった。
けれど、どんな人間と一緒にいるよりも、今は心が安らかだった。ようやく休むことができる、楽になることができる。
「俺の人生はクソったれだったが、お前と出会えたことだけは良かった。何もかも、踏み外していったけれど、それだけは……間違いだったなんて、いいたくはねぇ」
もしも、他のサーヴァントであったのならば、全く違った結末があったかもしれない。もしかしたら、引き返すことが出来たかもしれない。あるいは、もっと早く夢を見ることすら叶わないままに敗北していたかもしれない。
けれど……奉はこれで良かったと思う。聖杯戦争を此処まで戦ってくることが出来たのは、ひとえに、バーサーカーのお陰であったことを知っている。
他の誰もが理解できなかったとしても、自分だけはバーサーカーがどれだけ立派な存在であったのかを知っている。
懐からタバコを取出し、人生最後の一服を口にする。吐きだした紫煙と共に喉にこみ上げてくる煙の味を噛みしめて……
「ああ、苦ェなぁ……こんなに苦かったんだなぁ……」
しばらくして、黄金のエーテルを吐きだしきって、秋津市の聖杯戦争における四体目のサーヴァントが消失した。その傍らには既にこと切れ、物言わぬ骸と化した神丘奉の姿があった。
あらゆるものに踏みにじられ、足掻きに足掻いて、その総てをひっくり返された男、誰にも本心を理解されずに、虚飾の中で悪と断じられた男。
にもかかわらず、死を向けたその顔は、どこか満たされた様子だった。それはまるで、ようやく、あらゆる苦しみから解放されたかのようで……。
もう、誰も彼を苦しめることはできない。誰も彼を苛むことはできない。最後の最後に、ようやく自分を理解し、認め合える相手と出会えたことこそが、彼にとっての唯一の救いであるように……。
こうして、あらゆる虚飾と恐怖に塗れながら、誰にもその本質を理解されなかった者たちは、この路地裏で誰に見つけられることもなく、その戦いに幕を閉じた。
この数時間後に奉の死体が発見され、秋津市を巻き込んだ大いなる約賽は終わりを迎えるのだが………それはまた別の話しとなるであろう。
――秋津市西側・繁華街・地下クラブ――
『バーサーカーの消滅を確認しました。マスターも同時に息を引き取ったようですな。おめでとうございます、コルテス殿、円華嬢、今日の勝利は間違いなく貴方がたのおかげですな』
「当然だな、俺様の考えたシナリオ運びと円華の演技力があればこそだ。他の連中が同じことを真似しようとしたってそうそう上手くは運ばなかっただろうさ」
戦いは私たちのいないところで終わりを迎えたらしい。今日という日に私達が行ったのは徹底した情報戦術、恐怖と言う人間の感情を糧とするバーサーカーを倒すには、その恐怖を何らかの手段で排除しなければならない。
神祇省の協力もあったし、私にとっても失うものも多々あったけれど、全国的に恐怖を払いのけるために、勢至姆組と唯一神理教にこの街で起こっている出来事の総てをなすりつけて、人々の理解を促すと言う手法は成功した様子だった。
「………本当にこれで良かったのかな」
「なら、お前は自分が聖杯戦争をしなければならなくなった理由を許せるのか?」
「あんたに出会ったことを含めて許せないわ」
「その減らず口が言えているのなら、充分だな」
多くの人の人生を、私の配信で狂わせてしまったと思う。唯一神理教の何も知らなかった信徒も勢至姆組で、バーサーカー陣営の行動を良しと思っていなかった人がいたとしても、それら全てを巻き込む形で事実は歪曲されたまま真実として受け入れられてしまうのだろう。
けれど、先に手を出してきたのはあっちだ。私の行動が浅慮だったことは認めるけれども、そうしなければ私たちは夢を叶えることが出来なかった。正当な手段で道理を説かれるのならば、まだ納得も出来たかもしれないけれど、結局私たちは、政治の道具として、勢至姆組に命を狙われた。
これもすべては因果が巡りに廻った結果、一人一人の行動がこの結果を齎したのだとすれば……、そこに感情を乗せても仕方がないのかもしれないけれど……、ようやく、続いてきた始まりの因縁に清算をつけることが出来たように思えて、私はホッと胸を撫で下ろす。
「でも、これで終わりにするつもりはないんでしょう。まだ聖杯戦争は終わっていないんだから」
「ああ、むしろ、ここからが本番だ。俺様たちもそろそろ終わりを見据えて動かなければならない。爺、遠坂のガキに伝えろ。約束は果たしてもらうってな」
『承知しました。それにしても……終わりを見据えて、ですか。確かに、その通りかもしれませぬな』
・・・
「あたし……、七星の血に頼って、とんでもないことをしてしまった。あともう少しで、兄さんを……」
「七星櫻一郎はそこまで柔ではないだろうさ。命を奪うことも可能だったはずだ。それでも、君を生かして、自分も生きる道を選んだ。聖杯戦争の陣営も何も関係なく、最後に奴は兄であることを選んだんだ。桜子、君はまずはそれを誇るべきだ」
「………どうしてそんなことを」
「兄だから、だよ。俺も彼のことを見誤っていたのかもしれない」
戦いは終わりを迎えた。バーサーカー陣営はマスターもサーヴァントもいずこかに消え、兄さんもロイにあたしを預けて、どこかへ身体をふらつかせながら進んでいった。
それを阻むだけの体力はあたしには残っていない。ロイはバーサーカー陣営を追うことよりも、あたしの面倒を見ることを優先してくれた。
先ほどまでは消耗して、思考もまったく回らなかったけれど、時間が経過して、今はようやく会話をすることができるまでには回復した。
「バーサーカー陣営を追わなくてよかったの?」
「決着はついていた。バーサーカーがどうなったのかはわからないが、時間を経るごとに弱体化していたバーサーカーは取り逃してしまったとしても、もはや脅威にはなりえない。彼らは自分の切り札を完膚なきまでに叩き潰された。生きていたとしても、もはや実質的には脱落だ」
ロイは既にバーサーカー陣営には興味がないとばかりの反応を浮かべていた。あたしは兄さんと戦っていて、実感はなかったけれど、あのロイがそこまで言うのならば、間違いないのだろうか……。
「ミス・サクラコ。ミスター・ロイ」
「ノルンちゃん……」
「ありがとうございます。それが主目的でなかったとしても、ミス・セレスティーナの仇を討っていただけたこと、心より感謝いたします」
ペコリとノルンちゃんは頭を下げてくれた。実感がないだけにちょっとこそばゆい。対してロイは、ふぅと息を零してから、
「リーナもセレスティーナ・アルブレヒトのことは気に病んでいた。俺としても、妹の心に寄り添ってくれた彼女への手向けを出すことが出来たのなら、本望だよ」
「本当に、ありがとうございます……」
ノルンちゃんは両の瞳に涙を滲ませていた。ノルンちゃんだって今日の戦いに込める気持ちは強かったはずだ。自分の力だけでは為し遂げられないことが多く、歯がゆい思いをしていたはずだ。だからこそ……今こうして、無念を晴らすことが出来たことに感無量の想いを抱いているのは確かな結果のはずだから。
『お見事ですな、流石は最優の陣営であるセイバーと七星の継嗣であるランサーの陣営、この聖杯戦争の最終局面まで残るのも納得が出来ると言うモノでしょう』
「誰……?」
桜子とロイ、そしてノルンの視線の先に浮かんでいるのは羽虫程度の蟲であった。それが使い魔であることはロイとノルンにはすぐに分かった。
『交戦の意志はありません。私はライダー陣営の遣いのモノです。此処に姿を現したのは、遠坂蓮司殿と交わした約束の履行を求めての事です』
「蓮司君との約束って……?」
『先ほどの、バーサーカーに決定的な打撃を与えた告発放送、蓮司殿には遠坂家の内情を明らかにしてもらうと言う形での協力を持ちかけました。見返りは無論、セイバーとランサー陣営への援護射撃を行うことですが……』
「聖杯戦争で敵対をしている俺達をただ、援護するだけのつもりはない。何かしらの要求を俺達に呑ませたいということか」
『エーデルフェルトの当主殿は話が早くて助かりますな。単刀直入に、サーヴァント・ライダーから、貴方がたへの要求を伝えます
聖杯戦争も残ったサーヴァントは三騎、セイバー、ランサー、そして我々。故にこの援護を以て一つの要求をしたい。その要求は―――セイバーとランサー、その決着がつくまで、我らの陣営には手を出さないこと』
「それって、あたしとロイにライダーよりも先に決着を付けろって事?」
『左様。そして、その約束を履行していただけるのであれば、我々の陣営は貴方がたの決戦に、一切の介入をしないことを約束しましょう』
「理由は……聞くまでもないな。俺達と桜子、消耗したどちらかを倒すことで聖杯戦争の勝利者になるためか」
「全く以て合理的ですね。セイバーとランサーに対して、ライダーは直接的な戦闘力では劣る。しかし、消耗した状態であれば話は変わってくるかもしれない」
『いかがでしょうか。もしも、要求を呑んでいただけばない場合は―――』
「いや、その先は必要ない。エーデルフェルトはその申し出を受けよう。桜子に異論がないのであれば、だがな」
「ロイ……、本当にいいの?」
桜子からすれば、何も拒否をする理由はなかった。いずれ、セイバー陣営、ライダー陣営とは決着を付けなければならない。その相手をするうえで、どちらかの陣営だけに集中することができるのは決して悪いことではなかったが、ロイにとってもそれが同じであるとは限らない。
むしろ、桜子との最後の決戦にこだわり続けていたロイからすれば、ライダー陣営を先に倒したいと思うのは決してありえないことではないと思っていただけに不思議ではなかった。
「俺にとって最も危惧するべきことは、桜子、お前との決戦に何らかの障害が入り込んで、戦いが有耶無耶になることだ。ライダーの助力には感謝しているし、実際バーサーカーを倒す上で協力が無ければ不可能だったという恩もある。
掌の上で踊らされているとしても……桜子たちとの決戦の場を設けてくれると言うのならば、俺には拒否する理由は何一つない」
『では、双方ともに了承いただけると言うことでよろしいですかな?』
「……うん」
「ああ、構わない。ただし、最後に残ったからと言って、俺達にそのまま勝てるなどと短絡的に考えない方がいいとライダーに伝えてくれ」
七星とエーデルフェルトの因縁の清算をつけたその先に待っているのは、お前たちとの決戦だと告げる言葉に、間桐の大旦那も蟲を介した先で笑みを零す。
『まもなく、此度の聖杯戦争も終わりを迎える。我ら間桐の下に悲願たる聖杯が下るのか、あるいはエーデルフェルトが名誉を取り戻すか、七星が再び栄冠を手にするのか。実に……実に楽しみですぞ!』
最後にこれより先の展望に期待を馳せながら、間桐の大旦那の蟲はこの場から飛び去っていく。伝えるべきことは伝えた。後は聖杯戦争に参加した者たちそれぞれが紡いだ行動が勝者を決めることだろう。
今、わかっていることは、明日より先に始まる決戦の相手が今、この場で決定づけられたと言うことだけである。
「桜子」
「ロイ……」
七星桜子とロイ・エーデルフェルト、15年前の聖杯戦争より激突を因縁づけられた二人のマスターはいよいよ雌雄を決する時が来たことをお互いに悟る。
「1日待つ。時計の針が三度0を指したその時に……、俺達が初めて戦ったこの場所で雌雄を決しよう。少しばかり予定はズレこんだが、勝った方が聖杯を掴みに行く。分かりやすくていいだろう」
「………そうだね、次がきっと正真正銘、あたしたちの最後の戦い。いいんだね、今すぐやらなくても」
「前にも言っただろう、万全の七星に勝たなければ意味がない。それでも猶予はたった1日だ」
たった1日の回復期間、セイバー陣営とて決して万全な状態とは言えない。だからこそ、あと1日をどのように使うのかによって、総てが決することだろう。
ライダー陣営の動き自体はまだ不明確な所はあるが、もはや残る陣営は三つ、次の激突を制した者が勝者となるために全力を尽くすほかにない。
『素晴らしい、実に君たちは素晴らしい。己の善を信じ、そして運命に立ち向かう姿は、善の象徴たる私でさえも、羨む思いを覚えるほどだ』
「誰……!?」
「サクラコ、奴は――――」
「―――――アフラ・マズダ、何のつもりだ。俺達の戦いに余計な手を加えるつもりか?」
正体不明の中空から聞こえる声に桜子は驚き、ノルンは記憶がフラッシュバックし、ロイは苛立ちを覚える。決して歓迎されていないのは明らかであったが、この聖杯戦争の黒幕であるアフラ・マズダはそんなことを気にしている素振りは一切ない。
『君とは初めましてだったか、七星桜子。私はアフラ・マズダ。一言で言えば、この聖杯戦争を引き起こした張本人だよ』
「なっ、なんで、そんな奴が、今更出てくるのよ……!」
『なに、ほんの戯れさ。此処まで勝ち上がり、君たちは聖杯戦争の勝利者へと手を伸ばすところにまで来ている。だからこそ――――七星に囚われる君たちに告げなければならないと思ったのさ。15年前の聖杯戦争、その結末を、ね』
桜子とロイは共に目を見開く。それはすなわち、これまで誰にとっても明かされることが無かった15年前の聖杯戦争の最後の結末を意味していると言うこと。
アフラ・マズダの言葉になど耳を傾けている必要などないと分かりきっているが、それでも、聞かずにはいられないだけの魔力がその言葉には宿っている。
『さて――――では、どこから話そうか』
――秋津市東側・住宅街・間桐邸――
「ほほ、実に、実に面白くなってきましたな。まさか、コルテス殿が本当に最後の三組にまで残られるとは。円華嬢共々、これこそが本当の大番狂わせというところでしょうか」
蟲を介して伝えるべきことを伝えきった間桐の大旦那は実に面白い聖杯戦争の顛末に年甲斐もなく胸を躍らせていた。
本来、此度の聖杯戦争は間桐にとっては捨ての一戦に等しかった。慎夜に才能はなく、サーヴァントを召喚したところで勝利することはできないだろうと冷静に分析をしていたからだ。
だが、番狂わせとは時に運命的に引き起こされる。円華もコルテスも他のパートナーであったとしたら、ここまで勝ち残ることは出来なかっただろう。
「見えてきた、見えて来たぞ。我々、間桐が聖杯を掴むその時が、コルテス殿は受肉をすることさえできれば、聖杯そのものに興味はないはず。であれば、必要なリソースを手渡した後は―――」
「――――お爺様」
瞬間、間桐の屋敷は時間が止まったかのような静寂に包まれた。大旦那はその声に意識を奪われた。決して聞こえてはならない、聞くはずのない声を耳にしたからである。
「慎夜、目覚めたのか……?」
「お爺様、ご迷惑を掛けてしまいました。出来ればすぐに教えてもらいたいのですが、僕が意識を失ってから何日が経過しました。そして、円華は、円華は無事ですか……!?」
残る陣営は三つ―――聖杯戦争九日目、趨勢を決する決戦前夜が始まる。
第八夜『Bloody Night』終了―――聖杯戦争終結まで、あと2日
残る陣営は―――あと3つ
―――次回予告―――
『さぁ、七星桜。選択したまえ。二つの選択肢、世界か己かどちらを選ぶ』
「改めて誓うよ、母さんの意志は私が受け継ぐ。七星の因縁は私の手で終わらせる」
「兄様、どうか考え直してもらえませんか。聖杯戦争が終わっても、エーデルフェルトの為に、私に力を貸してもらえませんか……」
「この身に叶えたい願いなどというものはもはやありませぬ。主よ、貴方に出会った時に、既にこの身は願いを叶えていたのですから」
「円華、もうやめよう。君が聖杯戦争なんてものを戦う必要はない。そんな英霊の言うことをもう聞く必要はないんだ!」
「どうして……どうして、わかってくれないの、慎夜君。違うよ、私、そんなことが言いたいんじゃない!」
「マルテルさん、あたしはマルテルさんの夢に頷けない。何もかもをやり直すってことは、自分の人生そのものを否定するってことだよ!」
「ライダー、エルナン・コルテス。お前は僕のサーヴァントだろう。僕の邪魔をするな、円華を解放しろ!! もうこれ以上、お前の身勝手に円華を付き合わせるな!」
「選べ円華、お前が決めろ。俺様と共に最後まで戦うか、奴の戯言に頷くか。答えは聞くまでもないだろうがな」
―――第九夜『The night before Last』
ちょいと年度末で忙しいので、1週間程度お休みをいただくかもしれません。9日目連載開始は、次の金曜日か土曜日となる予定です。暫し、お待ちください!
Twitterやってます。UCの更新情報などを載せています
https://twitter.com/kooldeed