※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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お待たせしました、9日目開幕です!



第九夜『the Night before Last』
絶対善――15年前の真実


 絶対善―――その歪な存在は、人類にとっての夢そのものだった。

 

 人間という種は、その人物の立ち位置や考え方によって善にも悪にもなりえる存在だ。誰かの頑張りは決して総ての人間にとっての救いにはならない。誰かの笑顔が浮かんだその横では、誰かの悲劇が待っている。

 

 全人類総ての幸福をあらゆる為政者が求め続けながらも、結局のところは夢物語に終わりかけているのは、人類の意思を統一できるような存在もいなければ、人類すべてにとっての善という存在そのものがありえないと誰もが心の中では理解してしまっているからなのかもしれない。

 

 故にこそ――遥かな昔、二元論を主体とした拝火教の神話の中でそれは生まれた。

 

 絶対悪アンリマユと争う絶対的な善たる存在、あらゆる戦いを勝ち残り、最後には善の強さを証明する存在、人々にとっての真なる希望となる存在。

 

 彼らはそれを―――アフラ・マズダと名付けた。彼の存在こそが人々にとっての希望になりえるであろうと信じて。

 

 これまでに五度にわたって続いてきた聖杯戦争の最中、それは四番目の聖杯戦争の中で行われた。聖杯戦争に参戦したとある魔術師は、自分が絶対に勝てる存在を呼び起こそうと考えた。何の気もない、根源に至るための聖杯戦争だ、御三家を勝たせるために自分たちは参加するわけではないと考えるのは当たり前の事だろう。

 

 そうして彼は絶対的なる存在を召喚した。それこそがアフラ・マズダ。絶対的な善たる存在は、神話に名高き、最後には必ず勝利すると言う法則を体現する存在であろうと期待され、この世界に呼び起された。

 

 魔術師は己の幸運をこの時ほど喜んだことはないだろう。これで自分は聖杯戦争に絶対に勝利することができる。何せ、二元論の世界にて善とは最後には絶対に勝利する存在であると決まっているのだから。

 

 結論から言おう―――魔術師は敗北した。アフラ・マズダは聖杯戦争における勝利を己から放棄し、聖杯の中に溶け込んだ。

 

 マスターの命令を守らなかったわけではない、重大な欠陥があったわけでもない。ただ、「最後に勝つ」という伝承の解釈そのものが間違っていた。

 

 アフラ・マズダは考えた。己は絶対なる善を以て、最終的に善の勝利を齎す存在であると言う。アフラ・マズダと言う存在が人々の願いによって生まれたのならば、そこに彼自身の意志は介在していない。ただそうある存在として願われ、生まれた。

 

 だからこそ、アフラ・マズダは求めなければならなかったのだ。絶対なる善とは何であるのか、己はどんな結末を目指さなければならないのか。そのゴール地点、人類がいまだ見出すことができないその極点を見出さなければ、進むべき方向も分からない。

 

 間違えるわけにはいかない。己は絶対善なのだ、なのに、驚くべきほどにからっぽだ。空の器を満たさなければならない。

 

 故にこそ、アフラ・マズダは第四次聖杯戦争を放棄した。聖杯の中へと溶け込み、聖杯戦争をただただ見守った。そのうちに、己を召喚した魔術師は欲をかき、他のサーヴァントを奪おうとして、敗北し、死を迎えた。

 

 アフラ・マズダは理解した。途中で敗北を喫したとすれば、やはりそれは絶対なる善ではなかったのだろう。安堵したといってもいい。自分と言う存在を否定する結果になりかねなかった相手と道を歩まずに済んだことに。

 

 しかし、結局の所、アフラ・マズダはこの聖杯戦争で求める結末を見出すことは出来なかった。争いあった末にマスターたちはほぼ全滅、生き残ったマスターは僅かにいたが、総てのサーヴァントが消失してしまった以上、聖杯戦争そのものを継続することが不可能になってしまった。

 

 誰も彼もが争っている。聖杯の中でそれを見つめるアフラ・マズダをして、明確に間違っている存在はいなかった。人間の尺度ではなく超常存在の尺度で見れば、人間の向上心も劣等感も等しく、個人単位で見れば善だ。ただ悪を以て悪を為す存在など決して多くはない。個人の善を追い続けるのであれば、それは人間としてありふれた存在であると言っていい。

 

 しかし、絶対的な善ではない。アフラ・マズダが追い求める領域にそれはない。であればこそ、悩まずにはいらない。求めずにはいられない。

 絶対なる善とは何か、己が何を目的に走り進めればいいのか。その答えを見出さなければならない。

 

 その問答を続け、相応の時間が経過し、五回目の聖杯戦争が行われる時が来た。

 誰もが知らないのだ、聖杯にこびりついた善なる存在の影などは、此度も再び魔術師たちの夢を懸けた威信を懸けた戦いが始まるのだと期待して、秋津の街に集った。

 

 アフラ・マズダは望んだ。此度こそは絶対なる何かが生まれてくれるであろうことを。己に答えを見出してくれる存在が生じるであろうことを。

 

 望み、願って、それは姿を現した。圧倒的な力と胆力を以て勝ち上がってきた存在、己の悪を払い、善を追い求める相手―――七星桜という圧倒的なる善の存在をようやく見出したのだ。

 

・・・

 

「貴方は……誰?」

『私はアフラ・マズダ。絶対なる善を求めし者、かつての聖杯戦争にて呼び出され、今、再誕を果たそうとする者。祝福しよう、七星桜。君は遠坂を破り、ついに聖杯へと手を懸けた』

 

 激戦の果てに、聖杯へと至ろうとしていた七星桜とそのサーヴァントであるセイバー:シャルルマーニュは自分たちの目と耳を疑う他なかった。

 

 自分たちが願いを叶えるために至った深淵、約束の場所にて待ち構えていたのは、これまで姿を見せることもなく、約束された祝福の場所へと土足で踏み込んできた第三者のような存在であったのだから。

 

「下がれ、桜」

「シャルル……」

 

「この声の主はどういうわけか、聖杯の中に宿っている。俺達サーヴァントの魂と魔力を動力源として勝者の願いを叶えようとしている聖杯、その中からあふれ出ようとしているのは間違いない」

 

『然りだとも。やはり君は優秀だな、セイバー。自分が想定もしていなかった状況でありながらも、現実的に状況を見据えようとしている。すなわち、ここから先に何が起こるのかも十二分に予測が出来ていると言うことだ』

 

「別に、逞しい想像なんてしていないとも。ただ、俺は桜のサーヴァントとして全力でマスターを守っているだけだ。お前のような得体のしれない声の主を歓迎するって方がおかしいだろう」

 

『確かに。それはその通りだ』

 

 自分が得体のしれない存在であると口にされたにもかかわらず、アフラ・マズダを名乗った声の主はまったく憤っている様子はなかった。目の前の真なる英雄であり、同時に統治者としての類まれなる才覚を持ち得る、最も善に近しい存在の1人の言葉にただ耳を傾けているという様子であった。

 

『私は何もしない。君たちが聖杯を獲得することを邪魔もしない。七星桜、君はとても素晴らしかった。自分の子の為に、七星と言う一族の未来の為に、己が嫌悪する血に塗れた道を突き進むことを良しとした。七星と言う明確な悪たる存在をその身の中に抱えながらも、己の信じる善を貫かんとした。君はその願いを果たすに足りる存在だ』

 

「…………、私はそんなに喜ばれるような存在じゃない。結局、七星の力で魔術師たちを殺めただけ。七星の所業で都合よく願いを叶えようとしているだけでしかない……」

 

 七星桜は決して自分を高尚な存在であるなどと考えたことはない。むしろ、この聖杯戦争を通して、自分はやはり七星でしかないと言うことを痛ましくなるほどに痛感していた。

 

 一度は捨て去るつもりでいた七星の力を使って願いを叶えようとしていることも、どれほど家族のことを想っていると口にしても、やっていることは魔術師の命を奪うだけであることも、そして、こうして刃を握り会話をしている最中にも、ふとすれば、誰かの命を奪いたくて仕方がないほどに、七星の血が強く呻いていることも。

 

 自己嫌悪の類で言えば最悪と言うほどに桜の心は晴れない。例え、この聖杯戦争に勝利し、子供たちが幸福を獲得できたとしても、自分は願いの為に誰かを殺めたと言う事実を一生背負い続けなくてはならないのだろう。

 

『………キミは己が善であると認めた行為を完遂しながらも、それを祝福としないのか』

 

「むしろ、善だなんて言えるわけがない。これは悪だよ、自分の願いの為に誰かを害する。私の代で七星を終わらせるためという理由で私は七星の力を解放してしまった。だから、逆に途中で止まることなんてできないだけ。止めてしまったら、もう歯止めが利かなくなる」

 

 桜の精神は聖杯を目の前にして大きく摩耗していた。早く願いを叶えたい、楽になりたい、そんな思いが言葉尻からもうかがえた。本当は殺したくなどなかった。けれど、願いを叶えるためには殺すしかなかった。矛盾しているように見えて矛盾していない。

 

 殺すための理由を探していたに過ぎない。願に近づけば近づくほどに自分が七星であることを強く実感してしまう。

 

 悲しいことだ、桜子や櫻一郎の未来を変えたとしても、桜自信が命を奪った相手は報われない。ただ悲しみが残るだけだ。地獄の先に花が咲くことはない。

 

『なるほど、私も未だに真理に至ることは出来ていない、のか。君と言う絶対的な善を目の当たりにしても、それは相対的でしかない。となれば……、やはり母数を増やすしかないのか。頃合かもしれないな』

 

「アフラ・マズダ、といったな。拝火教の善神よ、お前は何をするつもりだ」

 

 アフラ・マズダがポツリとつぶやいた言葉にシャルルマーニュはとてもおぞましい何かを感じた。放置しては置けないような何かを。対してアフラ・マズダは何の気なく言い放つ。

 

『私は聖杯の中に存在している。君たちが願いを叶えることによって、私もまた聖杯より解き放たれる。これまでは聖杯に縛りつけられていたが、これからは自由だ。真なる善を探すために、聖杯戦争規模の戦いを世界中で起こしてみるのも悪くはない』

「――――――」

 

 耳を疑うような言葉だった。この声の主が本当に実在していて、もしも、本当にそんなことが起こるとすれば、目を覆いたくなるような出来事が世界規模で起こるのは間違いない。

 

「意味が理解できない。そんなことをお前がして、何になる」

『何もならない。ただ、私は君たち人間を観察するだけだ。真なる善を見出すために』

 

「真なる善ってどういうこと……? 拝火教の伝承では、アフラ・マズダという存在こそがその善たる在り方を体現する存在ではなかったの?」

 

『違うよ、私はただそうあるようにと願われただけの存在だ。人々は願いを込めて私を生み出したが、そうあるべくしてのカタチを生み出しただけであり、私の中身までもを見出すことはしなかった。

理由は言うまでもない。人間にだってわからなかったのさ。真なる善という言葉の意味が。人間には人間の数だけ善がある。そして善と悪だけではなく、善と善もまた対立する。故にこそ、誰もが共有する善を見出すことができない』

 

 アフラ・マズダと言う存在に託した祈りを原形としてこの世界に召喚された英霊は、まずもってその基準を求めた。基準を見出さなければ動き出すことはできないと考えて。

 

 聖杯戦争という人々の欲望と純なる願いが交差する場所は二元論の世界を根底とするアフラ・マズダにとって最も適した場所であり、七星桜と言う逸材を見出すことにも成功した。

 

 けれど、七星桜は己を善ではないと告げ、あまつさえ、その本質は悪であると告げた。

 

 理解できない、矛盾している。しかし、納得がまったくないわけではない。アフラ・マズダと言う存在は人間では不可能な絶対なる善を体現する。それを人間が叶えることができるかどうかと問われれば、確かにそれは難しいかもしれないのだから。

 

『あくまでも七組、14のサンプルケースだけでは明確に答えを見出すことが出来なかった。であれば、今度は世界規模でそれを行ってみればいい。世界中を見渡せばそこには確かに答えがあるはずだ。私が私として機能するための絶対なる指針を見出すことが出来れば……、私はこの世界のあまねく邪悪を駆逐できるはずなのだから』

 

「それはお前自身が誰かにとっての邪悪になるとしても、か……?」

 

『絶対なる善を前に立ち塞がるモノとはすべからく悪でしかない。シャルルマーニュ王よ、耄碌したか? 元より私はそのように望まれて生み出されたモノだ』

 

 聖杯より解き放たれれば、アフラ・マズダは善という言葉を楔として、あらゆる世界に戦乱を齎すかもしれない。直感として桜とセイバーはそれを自覚した。証拠も保証も何もないが、この聖杯の中に潜んでいたと言う得体のしれない存在はその程度のことを実行としても何らおかしくない圧を放っている。

 

『さて、前口上が長くなったが、七星桜よ、聖杯を掴みたまえ。例え、どんな形であれ、君は聖杯を掴むに値する働きをしたことに変わりはない。君の願いを叶え、七星と言う存在をこの世界から解き放ちたまえ』

 

 そして同時に己はこの世界に解き放たれる。聖杯の中で更なる力を蓄え、もはや単一サーヴァントとしての枠組みを超えた存在として己の目的を果たすために行動しようと願ったのだ。聖杯より解き放たれてさえしまえば、もはや自分を止める存在は何もなくなってしまうのだから。

 

「櫻一郎、桜、ごめんね……」

 

 呟く言葉の意味をアフラ・マズダは理解できなかった。彼は絶対的な何かという尺度を追い求めるあまりに、人間と言う存在の脆弱性を見誤っていた。

 

 この時に呟いた言葉の意味に気付くことが出来ていれば、15年前の聖杯戦争は全く違う結末に及んでいたことだろう。

 

 炎が燃えていた。何もかもを呑み込んでしまいそうなほどに燃え栄える炎の中で、5度目の聖杯戦争の結末が決まろうとしていた。

 

「シャルル、私―――」

「皆まで言うな。お前がそう望んだのなら、それはきっと間違いではないのだろう。付き合うとも、俺も気持ちは同じだ」

 

 聖杯戦争の終末、そこに至り迎えた悲劇的な結末をサーヴァントは受け入れた。此処までに踏み越えてきたあらゆる道程の総てを無意味にしてしまうとしても、それを仕方のないことであると受け入れた。

 

 例え、その選択がどれ程不条理であったとしても、人には選ばなければならない時があることを、若き青年の姿をしながらも、同時に世界有数の為政者であった男はよく理解していた。後悔はあっても彼はやり直しを求めることはない。此処まで進み、足掻きもがいてきた一歩ずつに意味があり、その痛みは決して忘れてはならないモノであると自覚しているからだ。

 

 無傷での願望成就は有り得ない。アフラ・マズダが語るような絶対的な善などと言うものが存在しないことは解りきっているからこそ、流し続けてきた血は自分の選択の代償として背負い続けていかなければならない。

 

 七星桜がこの土壇場で選んだ選択もまた意味のあることだった。

 

「私は聖杯に願う。アフラ・マズダと言う存在が、聖杯より解き放たれることが無いように。ううん、それじゃあ違う。アフラ・マズダと言う存在が私たちの世界に干渉することができないようにしてほしい。それが、この聖杯戦争の勝者になった私の願いよ、聞き届けて、聖杯!!」

 

『―――――、君は何を口にしている。それはキミの願いではないだろう。君は七星の血を根絶させるために戦っていたはずだ。何故、その願いを口にしない?』

 

「その通りよ、私は桜子や櫻一郎のために、七星の血の宿命を終わらせたかった。でも、七星の血を消し去ったとしても、アフラ・マズダ、お前が解放されてしまえば、世界はより混沌を極める。

結果的に、私の子供たちを苦しめることになる。それは、私の願いを叶えることが出来なくなったとしても、許すわけにはいかないわ……!」

 

『その結果として、君の子供たちが苦しむことになったとしてもか? それは君がここに来るまでに味わってきた苦しみの対価として意味を持ち得るのかな? 良く考えてみるべきだ、七星桜。真なる善とは個人の価値尺度で測れる話ではない』

 

「そうかもしれないわね。でも、お生憎様。私はね、ただの人間なの。神様でも何でもない。少しだけ特別な力を与えられて、それと上手く付き合っていくことが出来ただけの人間なの。だから、目の前の最も大事なこと一つを選択するよ」

 

 その選択に後悔が無いわけではない。むしろ、桜子や櫻一郎にとっては茨の道を進ませるに等しいことを自分が選ぼうとしている自覚はある。

 

 親としてみればその選択は酷く不義理が過ぎるだろう。子供たちの未来の為に闘っておきながら、最後の最後で全く違うことに願いを使うのだから。

 

 櫻一郎は明日を迎えても、自分の呪いが消えていなかったことをどう思うだろうか。何も知らない桜子は、これから七星の過酷な運命と戦っていかなければならないのか……、引き摺る想いは無数にあるけれども、何が最善なのかなんてただの人間に分かるわけもない。

 

 桜とシャルルマーニュに分かることは、この聖杯の中に潜んでいる存在を外へと解き放つことは紛れもなく、大いなる災厄を生み出すことになりかねないと言うことだけである。だからこそ、それだけが何があっても……、防がなければならない。

 

 世界か家族か……、安易に選べる選択ではなかった。けれども、七星桜は業火の最中で一つの選択を選び通した。その結果がどうなったのかは言うまでもないだろう。

 

 少なくとも……今に至る15年間の間に、大いなる災厄が生み出されることはなかった。聖杯は七星桜の願いを聞き届け、確かにアフラ・マズダの完全なる復活を阻止したのである。彼女の命を犠牲としながらも、この世界を歪める未来へと進ませることは阻まれたのであった。

 

・・・

 

『七星桜はその身を犠牲にして、自分の願いを捨て去ってまでも、私が聖杯より解放されることを阻んだ。おかげで、私は今や何もできていない。

精々が聖杯戦争に干渉して、私が世界規模で行おうとしていた戦いを、聖杯戦争の形で再現することだけだったのだよ。最も、此度は聖杯が完成したとしても、私が解放されることはない。聖杯は七星桜の願いを聞き届けて、聖杯戦争による私の解放を認めはしないだろうからね』

 

 実に口惜しいと、アフラ・マズダは15年前の真実を辿りながら、今現在の己の状況を桜子とロイに聞かせた。

特段何かの目的があったわけではない。ただ、15年前の聖杯戦争に端を発し此処まで勝ち残ってきた桜子とロイには知る権利があるだろうと考えたのだ。

 

 アフラ・マズダはその思考こそ、人間を超越した神の視点によって紡がれているが、決して人間に対して無関心、あるいは無慈悲な神であるわけではない。純粋に真なる善とは何であるかを求めているだけに過ぎないのだ。

 

『最も、七星桜の願いの総てが聞き届けられたわけではない。私はこうして、再び聖杯戦争の体を取ることによって真なる善を求めるための活動を開始することが出来た。小規模であり、私自身は何も干渉することができないが、彼女の願いも全てが成就したわけではなかったと言うことだ』

 

 何も聖杯に欠点があったわけではなかった。単純な話しとして開放を求めていたアフラ・マズダが溜めこんでいた魔力量はあまりにも多かったのだ。

聖杯は一度はアフラ・マズダの封じ込めに成功したが、溜めこんでいた魔力は15年の歳月を経ながら再びアフラ・マズダが活動するのに足りるだけの力を与えたのだ。

 

「………一つだけ聞かせて。あたしを最後のマスターに選んだのはあたしが七星桜の娘だったから?」

 

『然りだよ、七星桜子。己の願いに手を届かせながらも、家族よりも世界を選んだ七星桜の選択は正しかったのか否か。善であったのか悪であったのか、それを知るには君と言う人間を表舞台に上がらせるのが最も手っ取り早かったからね』

 

 七星桜が15年前に己の願いよりもアフラ・マズダを封じることを優先したこと、それは結果的に正しかったのかどうか。結果から逆算すると言うこと自体の是非は問わないとしても、アフラ・マズダなりの意趣返しであったのかもしれない。

 

『君は実に素晴らしいマスターの1人としてこの聖杯戦争を彩ってくれた。七星桜を彷彿とさせる才覚、そして七星の血と言う忌むべき力を知りながらもそれを打倒するために立ち上がる姿、ああ、実に彼女を良く彷彿とさせる』

 

「随分と人間みたいなところがあるんだね、あたしに対してっていうよりもお母さんに対しての逆恨みじゃない」

 

『まさか。君が勝ち残ってくれることを期待している面もあるのだよ。君がこの聖杯戦争に勝利するのであれば、それは七星桜の正しさが証明されたことの裏付けだ。私を封じ、そして15年の歳月を経て、君が願いを成就させる。それは彼女にとっての勝利、そして絶対なる善とは何かに答えを見出すための意味のある結果となる』

 

 この聖杯戦争は第五次聖杯戦争とは明確に違う。あの時のアフラ・マズダはただ聖杯の中で観察をしているだけだった。しかし、此度は明確にアフラ・マズダが聖杯戦争の運営に大きく関わった。

 

 神丘奉とバーサーカーに始まり、最後の桜子に至るまで、この聖杯戦争の陣営はそのほとんどがアフラ・マズダが求める善悪という概念を個々人に求める戦いであった。

 

 もしも、そこに例外を上げるとすれば、イレギュラーな手段でマスターになった円華くらいであろう。

 

「………お前の求める結果なんて知らない。あたしは、ただ、あたしの願いの為に闘っているだけだから。だけど……、一つだけ、間違っていないってわかったことがあるよ」

『それは何だね?』

 

「お母さんは間違っていなかった、そしてあたしたちを裏切ったわけでもなかった!! お前のような奴をこの世界に解放しないために、お母さんは自分に出来る最善のことをしたんだ。だから、今もあたしの身体の中に流れる七星の血が残っていたとしても、あたしはお母さんを誇らしく思うよ。やっと……、ずっと胸に抱えていた靄が晴れたように思うから」

 

 圧倒的な強さで聖杯戦争を勝ち抜いた母が、どうして七星の血を残したのか。誰も知らない業火の果てで何を選択したのか。桜子は知るのが怖かった。

もしかしたら、自分が知らない母の見たくもなかった一面を見ることになるのではないか、あるいは憎しみの連鎖が続いていく悲劇的な何かが待っているのではないかと思う事もあった。

 

 けれど、真実は違った。母の選択、結末は決して喜ばしいことではないけれども、悲観する必要もなかった。誇らしいと思い、残された自分は胸を張ればいいのだとわかったから。

 

「アフラ・マズダ、お前の求めている善とかそんなことは知ったことじゃない。あたしは、ただ、自分の為に、お母さんがやり残したことを果たすだけだ。お母さんにしてやられたことで、何も手を出せないそこから、今度こそ、あたしたちが願いを叶えるところを見ていろ!」

 

『結構―――実に楽しみだ。盛り上がってきたと思わないかね、ロイ』

 

「桜子が勝つかどうかは置いておくにしても、お前がどうして、俺達エーデルフェルトに目を向けたのかはよくわかったよ。悪たる環境の中でも善を求める姿こそが絶対なる善の証明になる。そういうことだろう?」

 

『然りだよ。君や神丘奉、セレスティーナもすべては悪なる環境、立場から始まった。それらを混ぜ合わせることで、私は、真なる善を見出せると信じている。君は素晴らしいからね、ロイ』

 

「反吐が出る。俺はお前の為に闘うんじゃない、リーナの為にこの聖杯戦争を勝つんだ」

 

『それでもいい。私は誰が勝つことになっても、その勝者は祝福しよう。私は君たちの誰かに勝ってほしいわけではない。ただ、真なる善とは何であるのか……、それを知りたいだけなのだから』

 

 最後にそう告げて、アフラ・マズダはその気配をロイと桜子の前から消失させた。本当にこの場所へと来た目的は桜子に、母である桜の真実を告げるためだけだったのだろう。

 

「はた迷惑だな、言いたいことだけを言って帰っていった。いや、むしろ……盛り上げるつもりだったのかもな、奴は」

 

「お母さんは、アフラ・マズダを封じるために聖杯を使った。お母さんは最後まであたしたちのことを見捨てたわけじゃなかった。改めて誓うよ。あたしは絶対に聖杯を獲得するって。お母さんのやったことは間違いじゃなかったんだってことを証明するために」

 

 先ほどまで、自分の血の暴走によって、心ここにあらずという様相であった桜子の精神はすっかりと復活を果たした様子だった。勿論、すべてがすべてなかったことになるわけではないだろうが、桜子にとっても、改めてこの聖杯戦争に向き合っていく理由が生まれたのであれば、次の対戦相手となるロイにとっても、悪いことではない。

 

「話は此処までだな。では、桜子、明後日、再び会おう。そしてその時が俺達の雌雄を決する日だ。明日一日、互いに悔いの残らない日としようじゃないか」

 

「………あたしは、絶対に負けないよ」

 

「それこそ、望むところだ、七星桜子、我が好敵手。君との決着を果たせることができるその時を、心待ちにしていたのはむしろ、俺の方なんだから」

 

 桜子へと背を向けながら、ロイは答える。しかし、その背中越しであったとしても、そこにはロイの並々ならぬ決意が見て取れるように思えたのだ。

 

 ロイが去っていくことによって、聖杯戦争8日目の夜が終わる。長かった血塗られた夜は終わり、いよいよ最後の決戦の夜に向けての1日が始まろうとしていた。

 

――秋津市西側・繁華街・地下クラブ――

「セイバーとランサーは約束を守るだろう。そうなりゃ、どっちが勝つにしても、あいつらは手負いだ。どちらも半端な強さでないだけに、どちらかが圧勝するなんてことにはならない。そうなれば……俺様にも勝ちの目は見えてくる」

 

「でも、貴方、キャスターに手負いにさせられてまともに闘うことなんてもうできないって言ってたじゃない。いくら手負いだからって、不利なことは否めないんじゃないの? それとも、また神祇省に助けてでももらうつもり?」

 

「馬鹿を言え。連中が今回、俺様たちに味方をしたのはあくまでも利害が一致したからだ。そうでなけりゃあ、連中は俺様たちに干渉すらしないだろう。この街の中にいたって、決して俺様たちに絡まないように動くだろうさ」

 

「じゃあ、余計に難しいんじゃない?」

 

「そういうな。俺様だって無策でいるつもりはない。明日になれば頃合だろうよ。俺様も最後の賭けに出るとするさ……」

 

 地下クラブにて、コルテスはこの地下クラブのオーナーとまもなく迎えるであろう最後の戦いに向けて、想いを馳せていた。明後日の深夜、セイバーとランサーの戦いが終わりを迎えればなし崩し的にライダー陣営も最後の決戦へと飛び込むことになるだろう。

 

 いかに最後の2陣営にまで残ったとしても、その相手に勝つことが出来なければ、ライダー陣営のこれまでの努力の総てが水泡に帰すであろうことは明らかだ。

 

 コルテスが常々言っている様に勝たなければ意味がないのだ。総ては勝つために、あらゆるものを揃えてきた。コルテス自身の策謀も、円華の力も全ては最終的な勝利を手にするためだ。

 

 少なくとも、円華とコルテスは相性の上では抜群だ。彼ら二人が同じ方向を見ている限り、他の2陣営に武力で劣るとしても、決して簡単に勝負がつかないことは明らかだ。

 

(聖杯戦争も終わりが近づいてきている。私とコルテスは聖杯戦争に勝つために此処まで戦ってきた。多くの犠牲を出しながら、それでも願いを叶えるために此処まで来たんだもの。諦めることはできない。私は……あいつと一緒に聖杯を勝ち取って、必ず慎夜君との未来を勝ち取って見せるんだ)

 

 その果てに自分とコルテスがどういった結末を迎えるのかは円華にも分からない。いや、分からないわけではない。自分の中で決めきれないのだ。

 

 出会ったときは殺したいほどに憎んでいた。けれど、時間を経れば経るほどに、ただ憎しみ合うだけの関係ではなくなってきていることを自分でも実感している。

 

 言ってしまえば、情が湧いてきているのだ。今日まで円華が生き残ってこれたのは間違いなくコルテスがいたからこそであり、慎夜と円華の仲を引き裂いたのは実際の所、コルテスではなく勢至姆組だったのだ。

 

 その勢至姆組への制裁も終わった今、落ち着いた思考で考えていくと、どうにも自分でも、どのような結末を迎えるべきなのか、判断が難しい。

 

 コルテスは円華を害するつもりは間違いなく存在しない。彼が願いを叶えること自体が自分と慎夜が生きるうえで問題が無いのならば……、むしろ、それで手を打つべきではないか。そう思う気持ちが生まれてきていることも事実だったのだ。

 

(結局、私も流されているんだと思う。身体を重ねているから余計なのかな、ねぇ、慎夜君。あなただったら、どんな風に――――)

 

 感じるのだろうかと思った矢先の事だった。円華の携帯が突然着信音を鳴らした。円華は思わず手を止めてしまった。自分の携帯の番号を知っている人間はそう多くはない。

 

 如何に先程の放送を流したとしても、対外的な問題は神祇省が対応している以上、邪魔になるような何かが来るはずはないと思い、誰なのかと携帯の画面を見れば、そこで円華は更なる驚きを覚えて、急いで通話ボタンを押した。

 

「も、もしもし……」

『まど、か……、円華、なのかい!?』

 

「慎夜君……本当に慎夜君なの……!?」

 

 電話の相手は間桐慎夜、円華にとって誰よりも声を聴きたいと思っていた相手の声だった。

 

『ああ、円華、本当にごめん。お爺様から状況は聞かされたよ。君をずっと心配させてしまった。寂しい思いをさせてしまった。でも、もう大丈夫。僕はもう君から離れないから。だから、安心していいんだよ、円華』

 

「………慎夜君、本当に、よかった………」

 

『今日はまだ身体が本調子じゃないから、明日になったら逢おう。あと1日だけ我慢してほしいんだ』

「うん、大丈夫だよ、慎夜君。嬉しい、本当に。慎夜君の声をまた聞けるなんて……」

 

 円華の瞳には自然と涙が滲みだしていた。聖杯戦争に勝利することが無ければ目覚めないのではないかと思っていた相手が、自分の力で目覚め、自分に声を掛けて来てくれたこと。それは円華にとって何物にも代えがたい幸福を与えてくれた。

 

 今日まで生き延びることが出来たことを円華は心の底から喜ぶ。ようやく……ようやく、自分は自分の望んでいた世界へと戻ることができる。

 

「…………」

 

 そんな円華の様子をコルテスは静かに見ていた。その表情は能面のようであり、喜怒哀楽の激しい彼にはあまりにも似つかわしくないほどに冷淡な表情を浮かべていた。

 

 その円華の嬉しげな表情に対して、一度、静かに舌打ちをして、彼らは互いにそれ以上、慎夜についての話題をその夜に語ることはなかった。

 

 9日目が始まる。勝負を決するための最後の足掛かりとなる決戦前夜が始まる。

 




円華とコルテスにとっては正念場の1日になりそう!

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