※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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断罪の時

――秋津市東側・住宅街・遠坂家――

「改めまして、我々神祇省との会談の場を設けていただき感謝します、遠坂家当主、蓮司殿。本来であれば、我々は貴方に頭をこすり付けてでも謝罪を願わねばならぬところであるというのに、寛大な処置に感謝いたしますわ」

 

「構わないよ。出会い方が出会い方だっただけに、僕も貴方たちには感謝をしなくちゃいけない。どんな形であれ、バーサーカーを倒すことが出来て、秋津市はようやく落ち着きを取り戻すことが出来た」

 

 迎えた朝、遠坂家には朝早くから来訪者がいた。神祇省本体である香椎唯那とその一団である。ライダー陣営との共謀を果たしたことによって、全国的に秋津市で起こった数々の事件は神丘奉と唯一神理教の一部信者の暴走という形で幕を引いた。

 

 多くの歪曲された情報から、その真実を疑う者は必ず現れるだろうが、それはあくまでも憶測の域を出ない。真実を真実足らしめるだけの確証がないのであれば、真相は闇の中へと葬られる。円華と言う広告塔を使ったことも幸いした。

 

 彼女に対してのスタンスは日本全国の中でも真っ二つに分かれている。同情を誘う声もあれば、駆け落ちをして自分の痴態を曝け出したことへの怒りの声を上げる者もいる。

 

 円華自身も自分が清廉潔白な立場でいられるなどとは考えていない。あくまでも勢至姆組を追い落とすことが出来ればいいと考えた上であれば、意見はどうであれ、多くの人々は円華の告発を事実として受け止めている。

 

 ただ、一つだけ神祇省としても筋を通さなければならない相手がいる。聖杯戦争の真実を知り、国家権力である神祇省に対して告発するだけの権力を持ち合わせている相手、遠坂を説き伏せなければならない。

 

「それに……父さんの事も、色んなところに働きかけをしてくださったんでしょう? あんな形で父さんの死を公表したにも関わらず、驚くほどに回りは静かだ」

 

「うちらにとっても、騒ぎ立てられるのはあまりうれしいことではないんですわ。どこから襤褸が出るのかわかりませんから。このまま、静かに事件を記録と記憶へと変えて行く。それがうちらの仕事ですから」

 

 ライダー陣営の依頼によって、遠坂と早々に接触をすることが出来たのは唯那たちにとってもありがたい話であった。初めて出会う状態で、一宮梓沙が行った行為を忘れてほしいと告げれば、蓮司は間違いなく反発しただろう。こうして会話をすることが出来ているのは、ひとえに神祇省側に対して蓮司が恩義を感じるからに他ならない。

 

「父さんのことは僕の方で何とかします。いつかはしなければいけなかったことが早まっただけですし……、聖杯戦争にはもう脱落してしまいましたからね。やることも無いに等しいですし。貴方たちの提案は受け入れます。僕も聖杯戦争のことを表沙汰にするつもりはありません」

 

「そう言っていただけると、うちらとしてはありがたい限りです。ただ……、後始末だけはつけさせていただかせてもらってもいいですか?」

 

「後始末……?」

 

 唯那が目配せをすると、後ろに控えていた者が部屋から出て、足音が二つに変わる。先ほどまでは部屋にいなかった者を連れて部屋に入ってくる音、先ほどの唯那の言葉からも蓮司はそこへと足を運ばせたものが誰であるのか直感的に理解できてしまった。

 

「失礼……します」

「貴女は……」

 

「はい、一宮梓沙です。うちらの恥知らずなお願いを聞いてもらう以上、うちらもそれ相応の筋は通させていただきます。神祇省として裁く前に、貴方には彼女を裁くだけの理由がある。その権利を与えることを以て、対価としていただければ幸いです」

 

 梓沙はキャスター陣営に操られていた時とは打って変わって憔悴し、自分がこれからどうなるのかに恐れをなすように目を左右に動かして、明らかに怯えている。

 

 それもそうだろう。何せ、ここは遠坂家、梓沙にとって操られているとはいえ、自分の手で直接命を奪った当主の住処であった場所なのだ。梓沙がどれだけ謝罪をしたところで最早、煉が帰ってくることはない。蓮司を騙し、蓮司の目の前で父の命を奪った相手としての自分しか、ここでは意味を持たないのだから。

 

 梓沙は喉をひきつらせながら、蓮司と視線を合わせると、すぐに膝を折って、床に頭を打ち付ける。

 

「本当に申し訳ありませんでした。いいえ、こんな言葉で許されるはずがない等と、自分でもわかっています。ですが……本当に、ごめんなさい。自分でも、どうしてあんなことができてしまったのか、わからないんです……!」

 

 上ずった声はすぐに涙混じりの声であることを理解させてくれた。総本山の戦いで、散々、自分と桜子を罵るようにして戦っていた人物と同一人物であるとは到底思えない。

 

 今の彼女こそが本来の一宮梓沙であるのだとすれば……、キャスター陣営の洗脳とは実に恐ろしいものだったのだろう。1人の人間の人生を狂わせることで、より多くの人間の人生を狂わせていくことになった。

 

 もしも、梓沙が洗脳されることが無ければ、煉はあのような終わり方をしなかったかもしれない。自分の目の前であんな惨い死に方をすることはなかったかもしれない。

 

「………ッ」

 

 自然と蓮司は自分が拳を握っていることに気付いた。彼女の謝罪を口にする姿に罵声をぶつけてやりたい気持ちが心の中に湧き上がってくる。

 

 抑えつけている怒りは蓮司にとって正当なモノだ、梓沙が目の前に姿を見せた時点で心は波打っており、同時に梓沙をどれだけ罵倒しても今の蓮司は許される。

 

 相手を貶めると言う行為が許されるだけの土壌を今の蓮司は獲得している。神祇省の面々も梓沙が精神的に叩きのめされる程度で終わってくれるのならば安いものであると考えているだろう。

 

 むしろ、ここで蓮司が梓沙に対して復讐をしたとしても、唯那たちは一切、それを止めることはないだろう。所詮はトカゲのしっぽ切り、ここで梓沙が生き残って、余計な火種を生み出すくらいであれば、いっそのこと、蓮司によって断罪されるのも決して悪い展開ではないと考えているのだ。

 

 神祇省と言う母体を生かすための生存機構、8日目から唯那たちが行っていることは一貫している。蓮司はその総てを知っているわけではないが、強く握った拳を離すことなく、首を天井へと向けて、大きく息を吐いた。

 

「………顔を上げて、ください」

「ですが……」

 

「大丈夫です、貴女が操られていて、キャスターの思惑によって父さんが命を落としたことは理解できました。僕や桜子さんに対して口にした言葉も決して、貴女の本心ではなかった。そう思うつもりでいます。だから、顔を上げてください……」

 

 自分の目の前で、自分とさほど年齢が変わらない相手が土下座をしている姿は蓮司にとっても見ていて気持ちがいい話ではない。そうした嫌悪感を抱く程度には自分の心が平生を取り戻しつつあることは蓮司にとっても収穫だった。

 

 落ち着くべきだ。もしも、アーチャーが自分の隣にいてくれたとすれば、一時の感情に身を任せるべきではないと言ってくれたはずだろう。怒りは判断を鈍らせる。もはや自分は遠坂の当主だ。父はいつも言っていた。当主であれば優雅たれと。

 

 自分がその領域にまで踏み込むことが出来ないのは蓮司も十分に分かっているが、それでも、梓沙に対して、ただ怒りを向けるだけではどうにもできないことも事実だ。

 

 何を憎むべきなのか、自分が何に立ち向かっていくべきなのか、蓮司は瞳を落して、一度、それを強く考え込んでから、瞳を開き、梓沙と自然を合わせた。

 

「僕はアナタを処罰するつもりはありません。貴方もまた被害者であることは十分に分かっています。父さんは聖杯戦争の中で、相手陣営の策略に嵌って命を落とした。それを防ぐことが出来なかったことは僕やアーチャーにも責任があります。総ての責任を貴方に押しつけて、断罪をすると言うのは間違っていると思うから。だから、僕はアナタを処罰するつもりはありません」

 

「………ほ、本当、ですか……?」

 

 梓沙は蓮司の口から処罰をしないと言う言葉が出てくるとは思っていなかったのだろう。自分で考えていない言葉が出てきたことに驚き、食い入るように声を上げた。

 

「処罰はしません。でも、僕はアナタを許すつもりはありません」

「…………」

 

「貴女が狙ったことではないのは分かっています。だけど、貴女が僕の父さんの命を奪う引き金を引いたことも事実です。遠坂の当主として、聖杯戦争で起こった結末を引き摺るつもりはありません。でも……遠坂蓮司としての怒りを、捨てるつもりはありません。

 きっと、僕は一生、貴女を許しません。できることなら、もう二度と顔を観たくないと思う気持ちすらもあります」

 

 遠坂の当主として聖杯戦争で生まれた罪を憎み、人を憎まないことは必要であるのかもしれない。一歩間違えれば遠坂煉自身が、他の陣営に対して同様の所業を行っていた可能性と手当然に存在するのだから。

 

 ただ、遠坂蓮司としては、最愛の父を奪われたことに変わりはない。梓沙が操られていたからとそんな簡単に割り切れる話ではないのだ。許せないと言う気持ちと許すべきだと言う気持ち、その狭間で迷った蓮司の答えが許しはしないが、手を出すこともしないというその判断であった。

 

 自分の判断が正しいのかどうかなど蓮司にはわからない。もしかしたらこの判断を間違いだったと後悔する日が遠くない未来に来るかもしれない。

 

 でも、ただ怒りと嘆きに塗れているだけの遠坂蓮司は数日前にいなくなった。並び立って歩んでいきたいと思っている相手が今は明確にいる。

 

 彼女に恥じない自分でいたいと思うから……、きっとこれが正しかったんだと自分に言い聞かせる。

 

「………僕は貴方の命を奪いません。罪を償えとも言いません。だけど、ひとつだけお願いしたいことがある。失うことが無かった命を粗末にだけはしないでください。

 貴女が僕の父を殺したことを悔やんでいるのならば、その手で多くの人の力になってあげて欲しい。神祇省と言うのはそういう組織でしょう」

 

「けれど、私は、もう……」

「処罰を受けて自由に動けないのかもしれない。それでも、できることをやってください。自分を許せなかったとしても、誰かに手を差し伸べてください。きっと、それこそが償いだと思うんです」

 

 きっと、蓮司が許したとしても、梓沙は自分を許すことはないだろう。一生、自分の行ってきたことを後悔する。他人の許しなどではなく、自罰的な気持ちに押し潰されるのならば遠からずのうちに自分の命を投げ捨ててしまうかもしれない。

 

 それを忘れるには動き続けるしかない。立ち止まって俯いていれば、一歩も前に進むことはできないと蓮司自身が誰よりもよく知っている。

 

「そうして、何年、何十年か先かもしれないけれど、貴女が自分を許すことができるようになった時に、僕のことを覚えていたら……もう一度、顔を合わせましょう。

 そんな日が来るのならば……、その時にはもう一度話をしましょう」

 

 もしも、そんな日が来るのならば、その時こそ、遠坂蓮司が一宮梓沙を許すことができる日になるかもしれないのだから。

 

 永遠に来ないかもしれないし、もしかしたら意外と早く来るかもしれない。それは蓮司にも梓沙にも分からない。動いてみなければ、誰にも分からない。

 

「………はい。ありがとう、ございます」

 

 梓沙はもう一度深々と頭を下げた。そして、この部屋の中にいるのはいたたまれなかったのか、神祇省の外の人員よりも早く部屋を退室した。その姿は本当に罪を認めた罪人のようであり、彼女もまた被害者であることを考えれば、心が痛まないわけではないように蓮司には思えた。

 

「よろしかったんですか?」

 

「………良いかどうかなんてことは僕にも分かりません。ただ……、甘いんでしょうね。怯える彼女の姿を見ていたら、それ以上は何も言えなかった。数日前だったら、全く違う結論を出していたかもしれません。でも、今は……、復讐をすればそれで終わり、なんてことにしたくなかったんです」

 

 梓沙にとっては、ここで命を落としていた方が楽な結末だったかもしれない。これより先に背負っていく十字架は決して楽に忘れることができる代物ではない。それこそ、梓沙が一生を掛けて背負っていかなければならないものだ。

 

 背負って、苦しんで、誰かを救って……ようやく、彼女は自分を許すことができるんじゃないだろうかと蓮司はそう判断した。それを今更翻すつもりはない。

 

「僕は決断しました。この先に神祇省に対して、悪い情報を世間に開示するつもりはありません。父さんの事だけではなく、このように自分の心に整理をつけるための機会を与えてくれてありがとうございます」

 

 蓮司は唯那に深々と頭を下げる。唯那はそんな蓮司にクスリと笑みを浮かべて、

 

「君、きっと化けるで、これから」

 

 蓮司の先行きを祝福するように告げて、神祇省の一団は遠坂の家を出払っていく。これにて、やるべき仕事はやり尽くした。後は早々に京都大陰陽連に戻るべきところなのだが……

 

『せっかくやから、最後まで見ていくとするもええんちゃう?』

「それは姫サマが、結末を知りたいだけなんとちゃいます?」

 

『当たり前やん、聖杯戦争を間近で見ることなんて、これから先に一生の中であるかないかもわからんのやで!』

「まったく……また叱られてしまうやないですか」

 

『そん時は、うちも弁明したるって』

「姫サマが口を挟むと、逆効果ですかい、黙っといてくれますか?」

 

 自分たちの使命など忘れたかのように軽快な言葉を口にしながら、神祇省に連なる者たちは秋津の雑踏の中へと消えていく。

 

 彼女たちは聖杯戦争が終わるまで街を離れることはない。しかし、逆に、もはや聖杯戦争に大きく関わってくることはない。彼女たちはあくまでも部外者。聖杯戦争に関わりを持つ者たちではないのだから。

 

――秋津市東側・住宅街――

 衝撃的な出来事から半日が経過した。待ち合わせ場所の公園を訪れた円華は公園に入った時からずっとそわそわとしており、所作なさげにベンチに座りながら周囲を見渡している。

 平日だからなのか、あるいはこんな情勢だからなのか、人の数はとても少ない。数日前であれば、この公園で遊んでいたであろう子供たちや談笑をする母親たちの姿もなく、半ば一人ぼっちのような出で立ちでいる円華は自分の置かれた状況の不安定さも手伝ってか、心細さを感じるばかりだった。

 

「慎夜君……」

 

 自分にとっての闘う理由だった相手、駆け落ちの結果として引き離されてしまった二人、もう一度、自分たちの未来を取り戻すために戦うことを決めて、ここまで必死に一週間以上の時間を駆け抜けてきた。

 

 きっと、一週間前の自分が話を聞いたら、作り話か何かなのではないかと思うような出来事を潜り抜けて、ようやく願いに手を届かせようとした時のことだったから、驚きはひとしおだった。

 

「でも、もしかしたら……神様がくれたご褒美なのかもしれない」

 

 何も願いを叶えてくれるのが聖杯だけとは限らない。本当にこの世界に神様のようなものが実在しているのだとすれば、重傷で生死の境を彷徨っていた慎夜の目を覚まさせることは、ここまで必死に闘ってきた円華への報酬として与えられた者なのかもしれない。

 

 都合よく考えすぎているだろうか……、でも、本当なら、そのくらいの報酬が与えられてもいいと思えるほどには、円華も様々なモノをここまでに捨ててきた。

 

 きっと、一週間前の自分に戻ることはできない。変わってしまった自分を受け入れるしかない。何もかもを忘れて……なんて都合のいいことはできないのだから。

 

「円華……」

「……! 慎夜、君」

 

 そうして、声を掛けられた先へと視線を向ければ、確かにそこにはいた。円華にとって愛するたった一人の異性、幼馴染として自分をずっと支えてくれていた相手、少し頼りない所もあるけれど、誰よりも自分を大切にしてくれている人。

 

 間桐慎夜という相手の顔を見た瞬間に、円華はこらえていた涙が自然と浮かび上がってきてしまった。

 

「円華、どうしたの、突然……」

「ううん……、まさか、本当に、慎夜、君ともう一度会えるなんてって思ったら、ごめんね……」

 

「大袈裟だな。僕はちゃんとここにいるよ。ずっと心配かけさせちゃったんだね」

「本当だよ。ずっとずっと、一日でも早く、慎夜君が無事でいてくれるのを、目を覚ましてくれるのを待っていたんだよ……」

 

「ありがとう。君にそこまで想ってもらっていただけでも、こうして目を覚ました甲斐があったよ」

 

 言葉尻から変わっている所は何処にも見えない。顔色自体は決して万全の様子ではないものの、間桐慎夜は円華の知っている彼の姿で自分の前に姿を見せてくれた。

 

 正直、不安だったのだ。あまりにも非日常が続きすぎてしまって、自分が顔を合わせる慎夜も何か変わってしまっているのではないかと。自分の気付かないところで、自分が最も大切にしていた日常すらも壊されてしまっているんじゃないかと、こうして顔を合わせてみるまでは、そこを信じきることが出来なかった。

 

 けれど、こうして顔を合わせてみて、自分の考えていることが杞憂であったことを理解する。慎夜は一週間前の時から変わっていない。彼の恋人としてそれを間違いないと円華は断言することができる。

 

 胸に暖かな想いと安ど感が宿り、ついで会いたかった相手に出会う事が出来たことで鼓動が高鳴っていることを自覚する。

 

 何を話そうか、何を知ってもらおうか、それとも……、もっと安らかな時間を経ても良いのではないか。ずっと張りつめていた世界の中にいたけれども、これより先は……少なくとも大切な人の笑顔を見ることができるのだから。

 

「………もう身体の方は大丈夫なの? 私のことを庇ってくれた時に銃で撃たれて……血を流して」

 

「お爺様が治療を続けてくれていたからね。お爺様としても生き返るかどうかは五分五分だったらしいけれど、僕としても君を残して死にたくはなかったんだ。ずっと二人で一緒にいることを夢見て、やっとその夢に届こうとした時になってあんなことになって、僕だって諦めることなんてできないよ」

 

 慎夜が生死の境を彷徨っていたことは事実だ。ほんの少しでも何かの要素が加わっていれば、そのまま命を落としていたかもしれない可能性だってあった。円華のために目を覚ました、そう言外に語る言葉は、円華がここまで頑張ってきたことに報いるには十分な言葉であっただけに、円華は目尻に浮かぶ涙を拭って笑みを浮かべた。

 

「ただ……魔力のパスが繋がって、サーヴァントを召喚したことまでは分かっているけれども、意識を失っていたから、僕はこの数日間のことをまったく覚えていないんだ。だから、円華の声を聴くまでずっと不安だった。もしかしたら、君が取り返しのつかないことになってしまっているんじゃないかと思って」

 

「………、そんなことないよ。私はこうして元気だよ? 私も慎夜君と一緒だよ。もしも、慎夜君が目覚めなかったらどうしようって思って、私には慎夜君を助けるための力なんてなかったから、聖杯戦争って言う願いを叶えるための戦いに身を投じるしかなくて、なんとか今日まで生き残ることが出来たけれど、運が良かったから……大丈夫だよ!」

 

 努めて慎夜君が眠っている間に何もなかったことを装う。勿論、聖杯戦争が起こる前の自分に戻ることができるなんて甘いことは考えていない。コルテスとここまでにやってきたことを忘れるなんてことはできないし、慎夜君に対して嘘を口にしていることも自覚している。

 

 だけど、目覚めてすぐの慎夜君に言えるほど、単純な話しじゃないことも確かだ。自分が意識をなくしている間に、私があいつに良いようにされていたなんてことを知ったら、きっと慎夜君は自罰的な気持ちになってしまう。私達はこうして再会できたことを純粋に喜べなくなってしまう。

 

 その考え自体が、私たち二人の仲を取り持つための都合のいい嘘であることは誰に言われなくても私が一番よく分かっているけれど、言うべき時は今じゃない。もっと後に、聖杯戦争というものが完全に終わりを迎えて、思い出として語ることができるようになった時でいいはずだから。

 

 嘘や黙っていることが必ずしも相手を裏切ることに繋がるわけじゃない。時には相手を想うからこそ口にしないことを選ぶべき時もある、はずだから……

 

(でも、慎夜君が目を覚ましてくれたことは間違いなく私にとっては良い方向の話しだ。これで少なくとも、聖杯戦争の結末がどんな形になろうとも、慎夜君の命の心配をする必要は無くなったんだから……)

 

 私にとって、一番の不安は、魔術師でもない自分が聖杯戦争を戦って勝者にならなければ慎夜の命を救う事が出来ないかもしれないと言う一点だった。

 

それをクリアするために自分なりに出来る限りのことを実行してきたわけだけども……、慎夜君の無事が確かめられた以上、私にとっての聖杯戦争はどんな形で終わりを迎えたとしても、最初の目的は達成できたことになる。

 

 あとは、あいつとの……コルテスとどんな結末を迎えるのかだけで……、

 

「円華、キミがボクの無事を想って聖杯戦争に参加したのなら、君がこれ以上聖杯戦争に参加する必要はない。君は聖杯戦争を降りるべきだ」

「慎夜君……」

 

「聖杯戦争は魔術師たちの殺し合いだ。そんな戦いに、君はいつまでも参加しているのは相応しくない。何より、君を危険な目にこれ以上晒させているのを認めておくわけにはいかない」

「それは、そうだね……、私は魔術師でもないし、ね」

 

「……? どうかしたの、円華。君だって聖杯戦争に巻き込まれただけだ。この一週間、辛い思いをしてでも頑張ってきたことは分かっている。それとも、お爺様に何かを言われた? だったら、そんなことは気にしなくてもイイ。君が戦わなければいけない理由なんて何もないんだから」

 

 慎夜君は私が煮え切らない態度を浮かべていることを不思議に思ったのだろう。私に義務感や責任感で戦う必要なんてないと口にしてくれる。

 慎夜君の言うことは間違っていない。本来、私が戦う理由はもうない。慎夜君が目覚めてくれた以上、さっさと聖杯戦争を放棄して、この街を離れるくらいのことをしたっていいはずなのに、どうにもそれに即答することができない自分がいることに気付かされた。

 

 胸のつかえが取れないような、どうにも、煮え切らないようなそんな感覚……、それが意味するところは……

 

「よぉ、円華。勝手に1人で出歩くんじゃねぇよ。キャスターもバーサーカーもいなくなっても、まだ聖杯戦争は続いているんだからな」

「―――――!」

 

 背筋に冷たいものが奔った、その声が意味していることを理解して、今、ここで最も出会わせてはいけない二人、契約と言うパスで繋がっていながら、これまで一度も顔を合わせたことが無い二人が出くわしてしまったことを理解させられた。

 

「……コルテス」

 

「それとも何だ、まさか自分の目的は遂げられたから、さっさと聖杯戦争から降りるなんて言うつもりはないよな。少なくとも俺達は聖杯戦争に勝つって目的だけは共有していた。これまでだってそのために戦ってきたんだ。今更一方的にそれを捨てるなんてことはしないだろ?」

 

「エルナン・コルテス、お前が……」

「ああ、そうだぜ、俺様の本来のマスター兼魔力袋君。随分と遅い目覚めだったじゃねぇか。いっそのこと、最後まで眠っていてくれても良かったんだぜ? 俺様は最初から円華以外のマスターなんてものは必要とすらしていないしな」

 

 公園へと足を運んだコルテスは明らかに慎夜君を挑発するような言葉尻で語ってくる。この都合のいいタイミングで姿を見せたこと、もしかしたら最初から話を全部聞かれていたのかもしれない。勘のいいコイツなら昨日のうちに慎夜君が目を覚ましていたことも気づいていただろうから。

 

「………円華はもう聖杯戦争には関係ない。円華を解放しろ」

 

「嫌だね、むしろ、お前こそ何様のつもりだ。ここまで聖杯戦争を勝ち抜いてきたのは俺様と円華だ。ずっと魔力だけ横流していた奴が今更どのツラさげて出てきたつもりだ? 聖杯戦争は最後までやる。あと2、3日大人しくしていればどっちにしても終わりは迎えるぞ?」

 

「2,3日、とかそんなことは関係ないだろ。僕はもうこれ以上、円華を危険な目に合わせたくないだけだ。恋人を危険な目に合わせたくない、そう思うことが間違っているわけがないんだから……!」

「慎夜君……」

 

 はっきりとコルテスに物怖じすることなく慎夜君は自分の思うことを口にする。対してコルテスは、怜悧な視線から一転して、面白い見世物でも見るような視線で慎夜君に笑みを浮かべる。嫌な予感がした。

 

「恋人ねぇ、お前、自分が眠っている間に円華が何をしていたのか知っているのか?」

「何って、お前と聖杯戦争を戦っていたことだろ、それくらいは知っている。だから僕は―――」

 

「そうだ、俺様と共に聖杯戦争を戦っていた。そして、俺様と何度も身体を重ねあわせた」

「は――――?」

 

「やめて、コルテス!! そんな話は!」

 

「知るか、お前の意見は聞いていない! 分かるか、小僧。お前が間抜けに眠っている間に俺様は円華と何度も抱き合った。円華の初モノを貰ったのは俺様だ。今日に至るまでに円華の危機を救ってきたのは俺様だ。円華が勝利の為に共に戦ってきたのは俺様だ。

 何もかもがお前じゃない。お前はただ、舞台袖で眠っていただけだ。そんな様で今更、何を恋人面をしている」

 

 コルテスはまくしたてる様に慎夜君に言うべきではないことを言ってのける。当たり前のように、自分の功績を讃えるように告げた言葉に、慎夜君の表情は青ざめて、まるで錆びた機械のようにゆっくりと顔をこちらに動かして来る。

 

「嘘、だよね。円華……こいつが嘘をついているだけ、だよね……?」

「慎夜、君……」

 

 すぐにでも嘘だと言うべきところなのに、自分でも驚くほどにどうすればいいのかわからない。言い訳を重ねたところで、コルテスはそれを無駄にするように更なる追撃を重ねてくるだろうことはわかる。コルテスは慎夜君を明確に邪魔者であると考えて、私から遠ざけようとしている。

 

 聖杯戦争に勝つために……、それだけなのか。それだけでなかったとしたら……

 

「どうして……どうして、答えてくれないんだ、円華。僕たち恋人だろ、どれだけ離れていても気持ちはずっと繋がっているはずじゃないか。だから、君だってずっと、僕と一緒になれる日を待っていてくれたのに」

 

「女々しいことばかり口にしてるな、これだけのイイ女を隣に置いて、満足しているだけだから、お前はダメなんだ。俺様はそうはしなかった。欲しいものは自分の手で手に入れる。円華は俺様と共に聖杯戦争を最後までやる。お前は指を咥えて見ていろ」

 

「くっ……!」

「慎夜君!?」

 

 慎夜君は苛立ちを浮かべたままに、公園の入り口に向かって歩いていく。その姿に胸がずきりと痛む。

 

「円華、僕は君のことを信じているから……、大丈夫。僕は必ず、君を聖杯戦争から救い出して見せる」

 

 それだけ告げて慎夜君は私たちの前から歩き去っていく。その後ろ姿をコルテスは鼻で笑い、その態度に私の頭は沸騰して、コルテスの頬に思いっきり平手打ちをかました。

 

「………っ」

「何であんなことを言ったのよ!! もっと他の言い方は幾らでもあったでしょ!」

 

「遅かれ少なかれわかることだろ。聖杯戦争は佳境だ、今更あの小僧にかき回されるわけにはいかない」

「だったら、慎夜君を説得すればよかったじゃない! それだったら―――」

 

「それだったら、俺様に協力をした、か? わかっているのか、円華。お前は結局、俺様と奴のどちらも悪者にはしたくないと思っているのを」

 

「それは……」

「選べ円華、お前が決めろ。俺様と共に最後まで戦うか、奴の戯言に頷くか。答えは聞くまでもないだろうがな」

 

 コルテスの言葉は彼には珍しいほどに自分の選択ではなく、円華に選択を迫るものであった。その心の内がどのように転がっているのかはわからない。

 

 ただ、聖杯戦争の決戦を明日に控えたこの日が、決して短くはないであろうことを、円華はひしひしと感じ始めていたのだった。

 




9日目、まだまだ修羅場は続きそうだ。

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