――秋津市繁華街エリア・勢至姆組事務所――
「随分と羽振りがいいみてぇじゃねぇか、奉。捨てられた犬のような面が随分と立派になっちまったもんだ」
「よしてくれよ、オヤジ。俺は毎日が必死だよ、若い連中の相手をしつつ、シマのヤツらに舐めた態度を取らせねぇように目を光らせる。若頭ともなったんだ、少しはそれらしい態度をするようにしている。それだけさ」
秋津市の暗部、繁華街の裏の顔、この街を遠坂、唯一神理教と共に三分する勢力である勢至姆組の事務所には二人の男が対面で座り、会話をしていた。
厳かな空気を纏っているわけではないが、周囲は彼ら二人の一挙一動を見逃さぬように注意を凝らしている。何せ、彼ら二人がこの事務所の中でもほんの一言、口にするだけでこの場の全員の行動が決定されると言っても過言ではないのだ。
一人は、
もう一人は、
もっとも笑みを浮かべているものの、瞳自体は全く笑っていない。目の前の若頭を値踏みするように組の長は言葉を放ち、若頭はその言葉を巧みに受け流していく。
何も彼らが敵対をしているわけではない。典嗣は奉を期待の若造として信頼しているし、奉はゴミ屑でしかない自分を拾ってくれた典嗣に対して心からの敬愛を持っている。
勢至姆組に危機が訪れるような状況になれば、彼ら二人は息を合わせ、敵対者に対して容赦なく持てる限りの手を尽くすだろう。
であれば、何がこの空気を生み出しているのか。
「近頃、動画サイトで随分とうちの街は人気になっているって話しだ。おかげで、外の連中がわんさか溢れ出してきている」
「イイことじゃねぇか。シノギが弾むのは俺にとってもオヤジにとってもいいことだ」
「逆上せあがった阿呆共が増えることが街のためか? このシマん中でも随分と好き勝手している連中がのさばっている。俺ァ、おめぇにそういう奴らが出ないように目を光らせるように言っていたはずなんだがな。このままだと本気で舐められるぞ?」
「心配するなよ、オヤジ。網は張ってる。下手に動けば、あのカルトや表の連中に嗅ぎまわされる。奴らは奴らで勝手に潰しあってくれればオレらにとって悪いコトはねぇ。むしろ、外の連中が入ってくることはこの街の状況を変えるきっかけになるかもしれねぇ」
「そりゃあ、オメェの勝手な言い分だろう」
典嗣は奉の言葉に対して、どこか懐疑的であった。勢至姆組という組織を一代でこの繁華街の利権を独占させるまでに至らせたのは典嗣の剛腕があればこそだ。
汚いこともやって来たし、それ以上に泥を啜ることもしてきた。昔気質な在り方であり、もはや今の時代には通用しないと典嗣自身も分かっている、しかし、そんなやり方で今日の発展を手にしてきた繁華街こそが典嗣にとっての財産ともいえるモノであった。
しかし、今やこの秋津市全体の状況はどうであろうか。
動画サイトでは日夜秋津市の凄惨な状況が映し出され、それにかこつけるように唯一神理教は次々と信者を増やすための活動を起こし、市中の不法滞在外国人が表沙汰にならない形で次々と狙われているという。
挙句の果てには、その混乱した状況の中で一山上げようとしている愚かな若造たちまでもが跋扈している始末。
決して堅気の人間たちには感知されることはなくとも、この秋津市の中心繁華街の治安を守り続けてきた男からすれば、この異様な空気が何かの始まりではないかと危惧する気持ちは当たり前であり、この場においては落ち着き払っている奉の方が異常であった。
(まぁ、言えるはずもないか。引き金を引いているのがあんたの可愛いガキ共だなんてな)
奉はその裏側の総てを知っている。秋津市を取り巻く状況に大きな影響を与えた一翼を担っているのは間違いなく奉だ。最初に秋津市でサーヴァントを手に入れて、最も早く行動を始めた。
しかし、その行動はあまりにも突拍子がなく、魔術師として大成しているのであればあるほど、理解が出来ないだろう。この聖杯戦争の決戦場となる秋津市に人を呼び込みかねない殺戮現場の映像を垂れ流しにしているなどと。
(バーサーカーは恐怖を喰らう。恐怖を覚える人間が増えれば増えるほど、その力を増していく。まだ足りない、こんなものじゃ満足させない。遠坂とカルト、奴らがどんな化け物を抱えてくるのかもわからねぇンだ。勝つためにはより大きな恐怖が必要となる)
秋津市でどれだけバーサーカーを活動させたところで、秋津市の人間にしか届かない。しかし、TooTubeというツールを使うことによって、全国にその恐怖を撒き散らしていく。外の連中は総て撒き餌だ。ドンドン来ればいい。それが恐怖を生み出す二次クラスターとなってくれれば、バーサーカーはよりその力を高めていくことができる。
(それに……カルトの奴らも俺達同様に妙な動きをしている。間違いなく、秋津の夜に恐怖を撒き散らしているのはバーサーカーだけじゃねぇ。最も、それを探し当てるつもりなんて毛頭ないがな)
「オヤジ、月並みなことしか言えないが、信じてくれ。オヤジに拾ってもらった恩を俺は一度も忘れたことがねぇ。今ある状況は必ず治まる。そうすりゃ、総てが元通り、いや、もっと良い方向に進むかもしれねぇ」
「………奉、俺ァ、お前のことを信じてる。お前はこの組に入ってから、愚直に組の為に動いてくれた。他の幹部連中がどこの馬の骨ともわからねぇお前に噛みついた時に、口を挟んだのはおめぇに期待してのことだ。その期待を裏切るようなことはするんじゃねぇゾ?」
「ああ。俺はいつだって組のことを第一に思っている。仁義は通すさ、二度も三度も言うのもなんだが、オヤジに拾ってもらった恩は俺の中じゃ「本物」だ」
本物という言葉は決して奉の中で軽い言葉ではない。常々、自分の周囲にあるものを偽物であると断じてきた彼にとって、典嗣との関係は彼が培ってきた数少ない本物と言えるもの。信頼を裏切る形になっているとしても、彼との絆を裏切るつもりは奉には毛頭ない。
「ところでオヤジ、例の九重円華の件だが……」
「いい、あっちは俺の責任だ。お前が気にすることじゃねぇ。懇意にしている連中からの申し出だ。危ない橋だろうが何だろうが渡るしかねぇと思ったんだが、厄介ごとに首を挟んじまったかもしれん。あの娘の裏に俺らの知らない何かがいるのか、時勢がそうしているのか、何にしてもさっさと見つけねぇと面倒なことになるな」
「表の連中は?」
「市長にゃあ、俺が直々に口利きを頼んだ、ネズミ連中には知らぬ存ぜぬを通すってよ。だが、秋津の外に話が出回りゃ別だ。脚本崩れが大勢押し寄せる」
「こんな情勢だ、何が起こってもおかしくねぇよ」
「馬鹿野郎、昨日の騒動丸く収めるためにいくら使ったと思ってんだ。そうそう使える手じゃねぇよ。信頼ってのは築くのは大変だが、崩すのは一瞬だ。俺らのしていることは信頼の切り売りだ」
「売った分は回収しないとならないが、手立てがなければただの無謀ね。オヤジも頭が回ることだ」
その折に事務所の扉がノックされる音が聞こえ、典嗣と奉は視線を音のする方向へと向ける。
「失礼、若頭。見回りの時間です」
「おお、悪いな、櫻一郎。オヤジ、街の様子を見て来るぜ。オヤジの言う通り、締めるところはしめねぇと街の連中にもうちの若いのにも示しがつかねぇ。特にゴロツキどもはいい加減、白黒つけてやらねぇとな」
「……下手ァ打つんじゃねぇぞ」
「おう」
これまでに何度も何度も交わしてきた言葉の応酬を行って、奉は彼の専属用心棒である七星櫻一郎と共に事務所から出ていく。周りの空気がわずかに弛緩するのが感じられた。
部屋の中にいる者たちにとっても二人の会話が何処に行き着くのかは気になる所ではあったのだろう。
反面、典嗣自身の気勢は変わることはなかった。むしろ、直に顔合わせをしてみて、その表情は強張るばかりだった。
典嗣は伊達に裏社会の中で長年生きてきたわけではない。今回の一連の騒動、間違いなく奉と彼の息のかかった若い連中が噛んでいるのは間違いなかった。ただ、その目的も実行方法も分からなかった。典嗣が考えられる限りの情報を洗い出しても、行き着く先が見つからない。故に彼らの起こしている行動がどこに行き着くのかもわからない。
(普段のお前の言葉なら、俺はお前に任せてみるとも思ったさ、奉。だが、今のテメェは、言うなりゃ痩せさらばえた狼だ。群れの中に溶け込めねぇ、彷徨うばかりの狼。どうしちまった……分別付けて生きていくって決めたんじゃねぇのかよ……)
組のためを思う、その言葉がどこまで真実であるのか、腹積もりでしか考えることができない。その難しさを痛感しながら己の常識を超えて野望の為に邁進する男を止めることができないことに、典嗣はイイようのないイラつきを覚えるばかりだった。
――秋津市繁華街・喫茶店――
「先ほどは助かったよ。サクラコ、キミの機転がなければ、ボクもノルンも面倒事に巻き込まれるところだった」
「協力感謝いたします」
「ううん、あたしの方こそごめんなさい。突然の事でどうしようかと思って、そしたら勝手に身体が動いちゃって……!」
思わず身体が動いてしまったというのは本当の事で、目の前に座っている金髪の女性、セレスさんと銀髪のノルンちゃんを唯一神理教のボディガードなのかわからない人たちから助けた。
その後、あたしたちはしばらく繁華街の中を動き回ってから、現場と離れた喫茶店で一息ついていた。勿論、この後の展望の事なんて何も考えていないだけに不安はあるけれど、あそこでセレスさんたちを見て見ぬふりをしていることの方が、あたしの中ではありえないことだったのだから仕方ない。
「気をまわしていなかったのはこちらの方さ。数日前にこの街に来てからずっと街の中を歩き回っているけれど、日が経つごとに彼らの姿は街中の至る所で目にしている。正直、神の教えを信じている信徒たちという触れ込みを信じるにしても、少し多すぎるくらいだ」
「最近、この街、物騒ですから……。神様のことを信じたくなる人がいるのも仕方がないのかも……」
「どうかな。彼らが信じているのは彼ら自身だ。神様の存在はあくまでも偶像的で、その根底にあるのは酷い選民思想さ。もしもの話し、ボクやノルンがその教えを授かりたいと言っても彼らは決して門戸を開かない。他国の人間であるというその一点で拒絶する。宗教を売り物にしている組織であるとしか思えない」
「そういうものですか…?」
「知らないなら知らない方がいい。無知を恥じるよりも知らないことが多い方が世の中ってのは好きに生きていられるものさ。むしろ、君くらいの年齢なら、がむしゃらに動くべき時さ。何かに縋るなんてのは、どうしようもなくなってしまった時でいい」
「セレスさんのようにですか」
「失敬な。ボクはそこまで落ちぶれちゃいない」
コーヒーカップに口をつけて啜り、視線でたしなめるセレスさんと隣でオレンジジュースをストローで啄むノルンちゃんは、なんというか正反対の様子に見える。姉妹ってわけじゃないよね。顔つきも髪の色も違うし……この二人はどういう関係なんだろう。
「そういえば、セレスさんとノルンちゃんはあそこで何をしていたんですか? 因縁をつけられたのは言いがかりなんでしょうけれど、なんというか、その……」
さすがに金髪と銀髪の女性が二人で歩いていたら目立つと思う。それにこういうことには疎いあたしが言うのもなんだけど、二人とも可愛らしい感じがするし、あれじゃあ、誰かに声を掛けられてもおかしくないんじゃないかなって。
「セレスさんは、探偵です。この街の調査をしています」
「おい、ノルン」
「えっ!? セレスさん、探偵なんですか、すごい! やっぱりテレビで見るみたいに、お前が犯人だぁぁ!ってやるんですか!?」
「ちょ、サクラコ、目を輝かせて言われても困る。ボクだって、そんな時が来ればいいと思っているけど、そんなのこの世の中じゃなかなかないから……!」
「ないんですか……」
ちょっと残念、やっぱりテレビの中の出来事はテレビの中の出来事でしかないということなのか。ヒーローも探偵も変わらず世知辛いっていうことらしい。
「ミス・サクラコ。こうして会ったのも何かの縁です。今、我々は動画サイトで有名になっている猟奇事件についての調査を行っています。現地人として、何かしらの噂話や情報などを見聞きしてはいないでしょうか?」
「うーん、実を言うとあたしも色々と調べたりしているんですけど、今の所、何も進展がなくて……」
「キミも?」
「あたしの場合は出歯亀っていうかなんというか、自分の街の空気が悪くなるのとか嫌だし、困っている人がいたら助けたいって思うし、そういうすっごくふわっとした理由ですけど!」
自分で言っていると何だか照れちゃう。クラスメイトやお父さんなら、こんなことを言ったら即座に笑い飛ばすんだろうけど、セレスさんもノルンちゃんも笑い飛ばさずに話しを聞いてくれたから余計になのかな?
「セレスさんはどうして調査を?」
「知人に雇われてね。日本全国で有名でしょ? だから、興味はあったんだよ。けれど、思った以上に打つ手がない。何せ、サクラコがいうように情報の痕跡一つ辿れないように細工がされている。これを実行している相手は相当のやり手だ」
白い手袋で覆われている手を開き、セレスさんは思うところがあるのか、自分の手を見つめる。その仕草は堂に入っていて、何かの合図か何かなのかもしれない。
「確かに、何も見つかりません。見つけることさえできればとっちめてやろうと思っているのに!」
「ミス・サクラコは闘うのですか?」
「あはは、実家が道場でね。ちょっとばかり齧っているだけなんだけど。とはいえ、悪には敢然と立ち向かわないと!」
グッと両手に力を籠めてノルンちゃんにやってやるって反応する。ノルンちゃんは目をパチクリとさせながら、おぉっと小さく声を上げた。
「サクラコは、ヒーローみたいだね。そういうのに、憧れてる?」
「なれればいいなって……」
「大事だと思うよ、そういう気持ち。ただ、今の街の治安が悪いのは本当の事だと思う。他国から来たボクでさえそう思う。昔からこの街に住んでいるキミからすれば今更かもしれないけれど、無茶はしない方がいい。取り返しのつかないことになってからじゃ、遅すぎる」
セレスさんはそう言いながら視線をわずかに下げる。これまでとほんの少しだけ違う反応になんとなくだけど、セレスさんが隠し事をしているように思えた。
探偵であるだけに何かしらの情報を掴んでいるのかもしれない。けれど、開示をするつもりはない、言葉にはしなくてもそういう風に見えた。
ただ、ちょっと悔しかった。自分がどれだけ決意をしても、動き回っても、頑張っても、結局は現実の壁は高くて、触れることが出来なくって。
わかってる、探偵のセレスさんだって難儀をしている問題を素人のあたしが解決しようとしてできるわけがないなんてことは。誰に言われなくても当たり前のことだよ?
でも、それでも悔しいんだよ。まるで自分がその舞台に、土俵に上がることも出来ていないように思えて、お前にはそんな資格なんてないんだって、誰も言っていない筈なのに、誰に話してもそう言われているように思うことが、ただ、単純に悔しいんだ……
「……ちょっとばかり情報交換でもしてみようか。ボクもできることなら、現地人の情報を少しでも聞いておきたい。サクラコの情報で何か分かることがあるかもしれないしね」
「いいんですか?」
「イイも何もあるものか。探偵っていうのは地味なんだよ。脚を使って調査をして、関係あるかどうかも分からない自称関係者たちに聞いて回って、細い細い糸を手繰り寄せて真実が何であるのかの推論を重ねていく。だから、情報を軽んじる奴は情報に泣くことになるんだ。もう少しだけ付き合える?」
「はい……!」
あたしはさっそく鞄の中にしまっていた自分なりの調査ファイルを開いて、嬉々としてセレスさんに話し始める。何一つ掴めなかったとしても、動き回っていたこと自体は嘘じゃない。
だから、今日も遅くなってしまいそうだと胸の内でお父さんに謝罪をしつつ、それを証明するとばかりに話を続ける。
場面転換の温度差が激しすぎて風邪をひきそう。次回は夜パート突入です!