※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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兄妹の行方

――秋津市中央・駅前ホテル――

 エーデルフェルトの勝利のため、常に兄を虐げ続けてきたエーデルフェルトの為に闘い続けることが兄にとって、どれほど意味のないことであったのかは誰よりも傍にいた自分が分かっている。結局、兄は当主になったところで自由になれたわけではない。

 

 むしろ、当主と言う枷は、兄を縛り続けるばかりで、兄が求めた幸福に手を伸ばす事なんてきっと出来ていないだろうと言うことはずっと分かっていた。

 

 それでも、兄は戦う。嫌な顔一つせずに戦う。それがリーナの為ならばと、私以上に私のことを大事にして、私の為に闘ってくれている。

 

 嬉しいと思わない筈がない。憎からしいと思ったことも当然にある、自分の目の前に立つどれほど必死に努力しても突破できない相手として、いなくなればと思ったこともある。

 

 けれど、やっぱり、この人は私の兄で、血を分けた兄妹で、私の一番の味方だったから。この人がいてくれれば、どんな困難にも立ち向かっていけると思って、実際に、私は当主をはく奪されたと言う状況から、兄さんの救いの手によって今もこうして一定の身分を与えられて活動することが出来ている。

 

 でも、兄様には何も与えられていない。当主の座は最終的には私に明け渡され、聖杯戦争に勝とうが負けようが、エーデルフェルトに兄様を迎える準備はない。どうあろうとも、兄様が追放される未来を覆すことはできない。

 

 唯一つ、聖杯戦争の勝利者として兄様がエーデルフェルトに戻り、当主を継続することを望めば、さしものエーデルフェルトのお歴々たちも反論を口にすることはできないだろう。

 

 私は、やはり兄様こそが当主に相応しいと思う。ううん、そう思うのではない。私はこのまま兄様に当主になってもらいたいと思っているんだ。

 

 だって、兄様は強い、私などよりも遥かに魔術の才覚を持ち合わせ、人格も決して歪んでいるわけではない。エーデルフェルトのことを何一つ良いように思っていないと口にしてもそれでも、この聖杯戦争でエーデルフェルトの名を冠して戦うことを認めるだけの分別もある。

 

 だから、兄様は相応しいと……、いや、そう思うことすらも私が自分の願いを正当化しているだけだ。もっともっと、当たり前の事として、私はただ……兄様が認められて欲しいと思っているだけなんだ。

 

 ずっと正当に評価されることが無かった兄様は、この聖杯戦争の中で、生まれの理由を問われることもなく、ただ兄様の実力だけで評価されている。

 

 聖杯戦争の最終局面に至って、誰もがセイバーとロイ・エーデルフェルトの二人が圧倒的な力を持つ陣営であることを認めずにはいられない。ようやく世界が兄様と言う存在を見出すことが出来た。

 

 でも、聖杯戦争が終われば、兄様は総てを失ってしまう。聖杯戦争の勝利者であったとしても、エーデルフェルトの当主であることは失われ、その先が保証されているわけでもない。それは酷く理不尽だ。

 

 ……ようやく、正当に評価されるようになったのに、それがほんの少しの時間だけで終わってしまうなんて間違っている。私ではエーデルフェルトを変えることができるかなんてわからない。兄様と違って私は結局血の運命から解放されているわけではないから。

 

 でも、その言葉をどれだけ尽くしても兄様には伝わらない。兄様の決意は固い。この人は何処まで行っても、最初に私のことを考えている。自分の気持ちも感情も立場も全ては私の次に優先するべきものであると考えて、決して譲ろうとはしないから。

 

 魔術によって広がった擬似的な固有結界の最中で、兄様は無数の魔術を展開し、私に否応なしの戦闘を強制する。放たれる魔術は言うまでもなく本物、避けることができなければ当たり前のように致命傷になりかねないモノを、不安感や焦燥感を抱えながらの集中で一つずつ対処していく。

 

 私たちは互いに流体制御の魔術の使い手、練度の違いはあったとしても、兄様に出来ることは私にもできる。次々と迫ってくる攻撃を全て「静」の状態へと沈めこみながら、時には放たれた攻撃の流れを逆に変えることによって、兄様への刺客と変えるが、当たり前のように兄様は攻撃と防御を同時に実行し、私からの攻撃などいともたやすく受け流して見せる。

 

「くっ……」

 

 まじまじと自分と兄様の実力を改めて見せられているに等しかった。兄様の目的が分からない。だって、私達の実力差なんて言われなくても分かっていること、隣に立って、私はこの世界の誰よりもロイ・エーデルフェルトの実力を知っている。圧倒的な力も才覚もその総てを知っている最中で、今更それを見せられても、何を想えばいいのかわからない。

 

「兄様、こんなことに何の意味があると言うんですか! 私と兄様の実力差を今更見せてどうなるというんですか!」

「俺には絶対に勝てない、性別だけで当主になった者、そんな風に思われるだけでいいのか?」

 

「事実じゃないですか! 聖杯戦争を見ていればわかります。今が正当な評価です!」

「違う、俺が当主になったのはあくまでも聖杯戦争に勝ちたいという思惑からだけで生まれたものだ。正当性などと言った甘い言葉で頷けるようなモノじゃない」

 

「じゃあ、何ですか! こんなことをして改めて実力を思い知らされて、それでどうしろって? もっと努力しろとでもいうつもりですか? 追いつけないかもしれない絶望感を兄様は知らないから、そんなことを吐きだすことができるんです!」

 

「……かもしれないな。俺には才能しかないから、リーナの気持ちを本当の意味で理解は出来ていないのかもしれない。当主になることだって最初から諦めていたから、努力したなんて口が裂けても言えないのも事実だ」

 

 だったら、どうしてこんなことをするのかと思わず声を荒げてしまうのをこらえる。そんなことをしたところで何の意味もないし、それ以上に苛立ちが勝った。このままで終わらせていいのかと思う心が諦め以上に自分の中に熱として浮かび上がってくる。

 

 思い返してみれば、兄様に対してここまで敵意を向けるのはいつぶりだったか。勝てないと心の中で思い浮かべてからはずっと、そうした思いを抱くことすらもしないようにしていたように思える。

 

そう、必死に努力をする傍らで、心の奥底ではどうせ、兄に及ぶことはできないのだからと、どこか諦めの気持ちを抱いていたことは決して嘘ではない。

 

「兄様はいつもそうです! 分かったような態度を見せて、私だけが何もわかっていないかのようで、あの時だって……、私は兄様が報われればそれでいいと思っていたのに。勝手に私が思っていた以上の道を見つけてきて、救いの手を差し伸べて……!」

 

「大きなお世話だったか?」

「そうは言っていません! でも……、私は兄様が当主になっても良いと思っていたんです!」

 

「俺が当主になれば、お前の努力が報われない」

「私が当主になれば、兄様が正当に評価されない!」

 

 だから、私達は同じ方向を向いても最後の最後ですれ違ってしまう。互いに互いの人生を正当に評価してもらいたいと思ってしまっているから、どちらかが涙を流すことを本人は認めることが出来ても相手が認められない。

 

 そんな相手のことを大事に思っていると口にしながらの魔術による攻防は、滑稽或いは茶番もいいところだ。どうしてこんなことをしているのかと思わずにはいられないけれども、火がついてしまった自分の心を簡単に消し止めることはもうできない。

 

 兄様が放ってくる攻撃の軌道を読む。攻撃を攻勢している要素は決して多くはない。私と兄様が扱える魔術は基本的に変わらないのだから、後は出力と発想力の問題に過ぎない。

 

(出力では絶対に敵わない。瞬間でも持続性でも明らかに兄様の方が私よりも上、加えて発想という点でもエーデルフェルトの型に嵌った私よりも兄様の方が突拍子もないことをするかもしれないけれど……)

 

 瞬間、私が攻勢の為に生み出した周囲の魔力を制御し、攻撃へと転じようとした力が一気にぐらつく。「動」の力を与えようとする私に対して、兄様も「動」の力を与え、この周囲に流れ込んでいる魔力の主導権争いを始めたのだ。

 

「信じられない……、私が先に手を付けたんですよ!」

「ワンパターンに闘っているだけではお互いに千日手だろう。リーナ、自分の限界を決めるのはいつだって自分だ。この聖杯戦争を戦って俺はそれを実感した。エーデルフェルトの中にいたのでは理解できなかった多くの気付きを得ることが出来た」

 

「だから、捨てていくんですか!」

 

「逆だ、俺はようやく自分が諦めなくてもイイことを知ったんだ。自分の血の運命に逆らってでも、戦おうとしている者たちがこの世界には無数にいる。産まれたその時が祝福されていなかったとしても、笑って受け入れている奴もいる。受け入れられなかった者もいる。受け取り方次第だ」

 

 制御の力を強制的に奪われる。やはり兄様に出力の勝負を仕掛けたら敵うことはない。

 

「リーナ、俺達は互いにエーデルフェルトと言う世界の中で互いの主張を認め合う事が出来ない。用意された椅子は一つしかないのに、互いが互いにその椅子に座ることを願っている。だけど、俺には俺なりの幸福の捜し方があることを知った。椅子を奪い合う必要はないと知った」

 

 そんなの知ったことじゃない、兄様がエーデルフェルトにいることが幸せかどうかなんて言われるまでもなく分かっている。

 

 ああ、だけど……、言われて気付いてしまう。誰よりもエーデルフェルトに兄様を縛りつけようとしているのも私なのだと。兄様がいることを望んでいないエーデルフェルトの中でただ1人、私だけが兄様を望んでいる。兄様の羽ばたく自由を私だけが阻害しようとしている。

 

 悪意が無かったとしても、お歴々たちと同じように、私もまた兄様の生き方に触れる障害の一つなのだとしたら。

 

「勝手な、ことばかりいって……!」

 

 本当に勝手なことばかり、いつもは好き放題にして、こちらを困らせてばかりだって言うのに、大事な所だけは外さない。必要なことに気付いてくれているなんてこちらの気持ちのやり場が見つからないじゃないか。

 

「私は兄様に幸せになってほしいと思っていた。ずっとそうです、どれだけ才能の差を思い知らされて苦しんでも、それで不幸になってほしいなんて思ったことはありません。だから、エーデルフェルトにいないことこそが、兄様の幸福に繋がるのだとすれば……ッ」

 

「リーナ、心配することはない。お前は出来る、リーナ・エーデルフェルトがいなければ、俺はこの聖杯戦争に立ってはいなかった。前にも言ったようにエーデルフェルトを真に愛しているわけではない俺では、当主としての役目を果たせない。型に嵌っているとしても、エーデルフェルトの誇りを背負っているお前でなければ、より良い未来を生み出すことはできない」

 

 兄様は絶対に聖杯戦争に勝つ、負けるはずがない。最強はロイ・エーデルフェルト、私は誰よりもそれを信じている。

 

(聖杯戦争の勝者になった後のエーデルフェルトの当主であることに怖れを覚えていないかと言えば嘘だ。私が掴んだわけではない栄光を背負いこんでいくと言う重責、決して楽な訳ではないけれど―――)

 

 緩もうとしていた気持ちを改めて締め直す。奪われかけていた制御の力だが、無理矢理に私から奪おうとしたからか、冷静に観察をすれば綻びが幾つか見える。

同じ流体制御を扱っている魔術師でなければ気付かない程度の綻び、力任せに状況を動かしてしまえば問題ない程度の綻び。

 

 それが兄様によって意図的に用意されたものであるのかわからない。だけど、突破するにはそこしかないと分かった以上、こちらとしても其処を衝くしかない。

 

 制御を奪われ、こちらへと牙を剥こうとする周囲の魔力たち、そこにこちらの「動」の魔術を改めて注ぎ込む。兄様が「静」の魔術を使用すれば、あっさりと無力化されてしまう程度の力だが、綻びが生まれている箇所へとその力を流し込むことによって、兄様によって此方へ向けられようとした力が飽和し、一気に暴発する。

 

「なっ……」

 

 兄様が驚きで無防備になったところへ、自分自身に流体制御の魔術を掛けることで、一瞬にして、兄様の下へと辿り着いた私は、手刀を兄様の首下に突きつける。

 

 本気の魔術の戦いであれば、手元から致命傷の魔術を放つことによって勝負が決するであろうと思える状況、緊張感が私たちの間に生まれる。この先の判断1つで全てが変わっていくであろうと言う状況だったが、先にその緊張を解いたのは意外なことに兄様の方であった。

 

「突発的なことだったが、一本取られたな。リーナなら何かをやって来るとは思っていたが、さすがにこれはちょっと考えていなかったぞ」

 

「……このまま私が本気で兄様に刃を通したらどうするつもりだったんですか?」

「そんなことはないと思っていたなどと言うと卑怯者の言い方が、本当に勢い余ってそうなっても、その後にリーナがいるのならば納得はできるだろう」

 

「その言い方、本当に卑怯なんですけれど」

「はは、それは仕方がないな。だけど……どんな形であれ、リーナが俺に一本取ったことに変わりはない。俺と言う存在はお前にとって決して絶対的な存在じゃないんだ」

 

「こんなの茶番じゃないですか……」

 

 兄は私にそれを理解させたいがために、この戦いを突然始めたのだろう。私でもエーデルフェルトの当主になることができると。でも、こんなまぐれ当たりでそれを証明できたのかなどと言われても納得できるものじゃない。

 

「ああ、茶番だ。俺もリーナも互いに相手の命を奪いあう状況じゃなかった。だけど、込めた熱が嘘だったわけではないだろ?」

「それは……」

 

「諦めることが無ければ、お前はもっともっと成長することができる。俺がいなくなった後のエーデルフェルトを真実、纏め上げるのは俺を目標に努力する以上の困難が待っている。何せ、いくら魔術の才能があろうとも、黙らせることができないような者たちがいくらでも待っているからな」

 

 ロイは思う。リーナは否定するかもしれないが、結局、自分に出来るのは聖杯戦争のような戦いを勝ち抜くことだけだ。

 

 魔術師としての振る舞い方とて知らぬし、叶えたい願いが明確にあるわけでもない。エーデルフェルトという家を継いだところで描けるビジョンがないような男が認められて当主になっても、メッキがはがれるのはすぐの事だ。

 

 エーデルフェルトのお歴々たちの操り人形になることもできないような厄介者が当主になれば、いずれ崩壊は目に見えている。アフラ・マズダはそうした展開を待ち望んでいるのかもしれないが、そんなものはこちらから願い下げだ。

 

「エーデルフェルトが失った誇りと栄光、それは必ず俺が掴みとってくる。だから、その後はお前だ、リーナ。決して楽な道じゃない、困難な道だ。それでも今の熱を忘れなければ、きっとエーデルフェルトはより繁栄を極めることができる。何せ、俺の自慢の妹が当主になるんだ。そうでなければ困ってしまう」

 

 ロイは目の前に立つリーナの髪を撫でながら、諭すように告げた。

 

 幼い頃に泣きじゃくる妹をあやしていた時のように、兄への引け目と不安に縛られている妹に、お前ならば大丈夫だと言い聞かせるように。

 

「今の俺へと放った一撃は、お前がエーデルフェルトの当主との証だ。才能以外の総てでお前は俺に勝っている。そして魔術でも俺に及ぶことができるのなら、何を卑下する必要がある。いずれ、お前は必ず俺よりも遥かに素晴らしい魔術師になることができるよ。それは誰よりも傍で見てきた俺が保証する」

 

「私は……当主になれば、兄様が……認められると。兄様に幸せになってほしいと」

 

「それならリーナの勘違いだ。俺は今、充分に幸せなんだよ。聖杯戦争と言う魔術師の栄光たる戦いに参加し、誰よりも大切な妹と心から信頼できる従者に支えられて、栄光まであと一歩まで上り詰めた。これを幸福と言わずになんというんだ。十分すぎる夢を見た」

 

 本当であれば、エーデルフェルトの家でリーナの使用人のような立場で一生を終えることですらもロイは受け入れていた。それがさまざまな悪意と思惑が巡り合った結果として、このような状況に至ったのだ。何を今更願うことがあるだろうか。

 

「ありがとう、リーナ。君がいてくれたから、今日に至るまで腐ることなく、俺は自分の人生を繋ぎとめることが出来た。当主と言う器でもないのに、その立場になれたのだってリーナが口添えしてくれたからだ。だから、どうか認めてほしいんだ。俺が俺らしく生きるためにエーデルフェルトから旅立つことを」

 

 そして、その選択がリーナにとってもより良き方向に進むだろうと思っているからこそ。どんな形であれ、ロイと言う存在はこれより先のエーデルフェルトにとって爆弾になりかねない。最悪、リーナを快く思わない勢力に神輿として担がれてしまうとなれば、リーナにとって邪魔以外の何物でもなくなる。

 

 求められたからこそ戦った。求められなくなったから去る。それで十分だとロイは思うのだ。

 

「……なら、最後にとびっきりに格好いい兄様の姿を見せてください。私が満足できるほどに、文句も付けられないくらいに格好いい兄様の姿を」

「ああ……任せろ」

 

 気付けば、リーナも涙を流している。櫻一郎に妹を泣かせるような奴は三流もいいところだと口にしたばかりだと言うのに、まったくままならないなと思わず心の中で愚痴を零す。

 

 何もかも、総てを幸福にすることだって聖杯に願う事が出来れば叶えられるだろう。最初から自分たちが幸福であった世界を望めば、生み出すことができるだろう。

 

 けれど、負ってきた傷も記憶もそのすべてが自分たち二人を生み出した。ほんの少しでも自分たちの生まれや境遇が異なっていれば、きっと全く違う生き方をしていたであろうことは間違いない。

 

(だから、これでいい)

 

 ロイ・エーデルフェルトは今この時に、生きてきた中で出会ったすべての悪を許した。それらの存在総てを肯定したとしても、否定したくなかった善がある。出会いがある。そうしたものを持ち合わせていることが、どれほど幸福であるのかを彼は知っているのだから。

 

(俺はそれを自覚することが出来た。アフラ・マズダの思惑は全く違うところにあったのだろうが、別にどうでもいい。ただ、知ることが出来たことに感謝はしてやるさ。その対価として、お前が望んだ生まれの悪を撥ね退けるほどの、俺なりの善の勝利というものをお前に教えてやる)

 

 ロイは心の中でアフラ・マズダにそう宣誓する。神に近しい存在である奴はロイがこのように思い至ることすらも想定して、この状況を生み出したのかもしれないが、そんなことは関係ない。聖杯をエーデルフェルトに持ち帰ることができるのならば、それ以上を求めるつもりは最初からロイにはないのだから。

 

 固有結界が解除され、先程までと何ら変わりのないホテルの一室へと戻ってくる。ロイもリーナもそれなりの消耗をしたかもしれないが、今宵の夜の決戦には何ら影響はない。あくまでも互いの消耗を目論んだわけではなく、互いの心に整理をつけるための激突であったのだから、それで問題はない。

 

 互いにその事実を言うことはなかったとしても傍らに立っているセイバーにもその想いは伝わっている。

 

「主よ、決戦に臨む前に、伝えておかなければならないことがある」

「伝えなければならないこと……?」

 

「これまで常に秘しつづけてきた、我が第二の宝具についてです。本来であれば使用する用途など一切ないと思っておりますが、ランサーとの戦いは紛れもなく死闘となりましょう。勝利をするために、第二宝具を開陳しなければならぬ状況が生まれるやもしれぬと考えたまでです」

 

 そこでロイはこれまで決してセイバーが口にしてこなかった第二宝具の存在を思い出す。第一宝具ですらもあれほどの絶大的な力を持った宝具だったのだ。もしも相手がバーサーカー以外であったのならば、より圧倒する形で戦局を優位に運ばせていただろう。

 

 セイバーはその第一宝具を決して隠そうとする素振りを見せることはなかった。むしろ、使いどころを見極めようとしていたのはロイの方だ。よって、そんなセイバーがこれまで見せてこようとしなかったものであるというだけでも、セイバーが何かしらの決意を向けていることは間違いなかった。

 

「ただ、第二宝具には一つ発動するための条件があります。それは――――」

 

 そこからセイバーは、彼自身が持ち得るもう一つの切り札である第二宝具についての情報をロイへと語った。その内容はロイにとっても衝撃的な内容であり、その発動条件を聞かされたロイは目を見開き、首を横に振った。

 

「セイバー、それを聞かされて、俺がどのような反応をするのかは演算できなかったか?」

「いいえ、演算は可能でした。ですが、故にこそ話すべきであると考えたまで。土壇場でそれを口にすれば、決して主は許さぬだろうと、我は考えたがためです」

 

「ああ、お前は正しいよ、セイバー。そしてそこまで理解できているのであれば、わかるだろう。第二宝具の使用は絶対に認めない。例え、それを使うことが桜子との決戦を優位に運ばせることになるとしても、それだけは認めるわけにはいかない……!」

 

「――――御意」

 

 ロイがそのように反応すること自体もセイバーは分かっていたのか、自ら提案をしておきながらそれ以上の何かを口走ることはなかった。

 

 ロイも苦々しい表情を浮かべる。自分の感傷を優先するべきなのか、それとも勝利を優先するべきなのか。選ぶべき選択肢は決まっている。そして、そのような余分なモノを使わずとも、自分たちは桜子とランサーに勝利することができると心の底から信じている。

 

(大丈夫だ、俺達がこれまでに培ってきたものをすべて使えば、間違いなく俺達は勝利することができる。迷いを生み出すような余計なモノを使う必要はない)

 

 最後までいつもの自分たちでの勝利を目指す。それを改めて誓ったのだった。

 

――秋津市東側・住宅街・七星流剣術道場――

 そしていよいよ夜が来ようとしていた。セイバー、ランサー、ライダー、残った三陣営の決着をつけるための夜がいよいよ訪れようとしている。

 

 その始まりを告げるセイバーとランサーの戦いは日にちが変わるその時を以て始まる。まだその時間を迎えるまでにはそれなりの時間があり、本当であれば英気を養っておくべきなのだろうが、桜子はどうにも眠ったりして身体を休めていることが出来なかった。

 

 端的に言えば、興奮して眠れる状態になかった。あと数時間で聖杯戦争の決着がつく。自分たちがこれまでに行ってきた総てに結末がついてしまう。

 

(改めて考えてみると、短い時間だったんだよね。まだ一週間ちょっとしか経っていない。あたしがマルテルさんと出会って、セレスさんたちと協力するようになって、蓮司君がマスターだって知って……そして、ロイたちと出会った日からまだ一週間しか経っていない)

 

 なのに、それは遠い出来事であるように桜子には思えて仕方が無かった。いや、事実、本当に様々なことが起こった。1週間以上前の自分に七星の血の宿命や因縁のことを口にしたとしても、絶対に信じてもらうことはできないだろうと思えてしまうほどに、激烈な経験を幾つもしてきた。

 

(毎日毎日が必死で一日を生きぬくごとに、成長している実感を持ち得ることが出来た。だから、あたしは今も戦う事が出来ている。この聖杯戦争が終わったとしても……ちゃんと自分自身で進んでいける)

 

 ふと、聖杯戦争が終わってしまったら、どうなるのだろうと考えた。勿論、やるからには勝つつもりでいる。でも、もしも、負けてしまった時には……自分はこれから先もこの七星の血と言う強大な因縁と付き合っていかなければならない。

 

「…………、そんなことを今に気にしてもしょうがないってのにさ」

 

 自分が七星と言う運命を背負っていることを変えることはできない。唯一変えることができるとすれば、聖杯を掴んで七星の血を無かったことにするだけだ。それを為し遂げることが出来れば、桜子も櫻一郎も、他にいるかもしれない七星の人間たちも解放されるだろう。

 

『貴女にはやり直しをする権利がある』

「………マルテルさん」

 

 ふと、昼間のランサーとの会話を桜子は思い出した。あの時にランサーが口にした言葉に対して、自分はどのように答えることが正しかったのだろうかと思う。

 

 ランサーの願いは決して理解できない話ではない。ただ、やはり桜子は共感することは出来なかった。それを認めてしまえば、他の総てを否定してしまうことになる。

 

 桜子はこの世界が好きだ。みんなが懸命に生きて毎日を笑いあっている世界が好きだ。桜子の運命は他者にとって引き摺られていいものではない。自分の運命を変えるために、誰かの運命を変える。それは結局の所、自覚的か無自覚かは置いて、自分がこれまでに味わってきたことを他の人間に強制するだけなんだと桜子は思う。

 

(誰かの願いで誰かの運命を捻じ曲げてしまう。それはアフラ・マズダがあたしにしたことと全く同じことだ。やっぱり……あたしにはそれを認めることができない)

 

 だからといって、何もかもを忘れて知らないふりが出来るほど、桜子は物わかりが良い子供ではなかった。気になることはどうしようもなく気になるし、それが正しいことなのかどうかと言う事が気になってしまう。

 

 もっとも、ランサーが言うようにそれは本来気にするべきことではないのだ。自分とランサーはあくまでもこの聖杯戦争の中で出会い、聖杯と言う万能の願望機に願いを掛けるために戦ってきた。それぞれの思う願いの位置が異なっていたとしても、戦わない理由が出来るわけでもない。

 

 だから、簡単なことは無視することだ。互いの願いにこれ以上踏み込むことなく、後半日程度の時間を乗り切る。それだけで良いはずだった。

 

 でも……、どれほど、成長したところで七星桜子はそれを見逃すことができるほど鈍感じゃない。相手の慮れるほど大人ではない。自分の疑問に自分の想いをぶつけて見なければ始まらない。

 

(ずっと互いに避けていたんだと思う。本当に互いに気付いていて、でも、触れてしまったら、きっと悪い方向に進んでしまうと思っていたから、あえて触れないようにしていた。もしかしたら、時間が解決してくれるかもしれないなんて無意識に思って)

 

 聞こえないふりをしていたことも、忘れている様に装っていたことも結局はそこに行き着くのだろうと桜子は思った。

 

「今日が最後の言葉を交わしあう時かもしれない。そこでまで目を逸らしていたら、きっとどんな結末になっても、後悔すると思う」

 

 それが今日という日に行うこととして正しいのかどうか、それを度外視すれば七星桜子はやはりそれを無視できない。

 

 今日に至るまで聖杯戦争で様々なことがあった。総ての選択が正しかったなんて言うつもりはない。間違ってしまったこと、もっと上手くできたことたくさんあったと思う。

 

 でも、その一つ一つが悩んで、考えて、それで出した結論だ。100点満点でなかったとしても、後悔があっても、やはり桜子は自分の選択をやり直したいとは思わない。

 

 だから、この最後の夜に、今までやってきたことをあえて否定してしまったら、きっと立ち行かなくなる。そう分かってしまったからこそ、立ち止まっているわけにはいかなかった。

 

・・・

 

「桜子、まだ出発の時間には早いはずですが? それに道場に来てほしいとはどういうことですか」

 

 突然、念話で道場に来てほしいと告げられたランサーは何事かわからないと言う態度のままに姿を見せる。その表情には迷いは何処にも見られない。自分のやるべきことを果たし、手を懸けた願いを掴みとることだけを考えている。その様子は明日を迎える戦士として当たり前の態度だ。むしろ、ここでおかしいのは自分自身であることくらい桜子も十分に理解している。

 

「マルテルさん、あたしさ、やっぱり考えたんだ。マルテルさんは気にする必要はないと言っていたけど、やっぱり、あたしはマルテルさんの願いを正しいものであるとは思えないんだ」

 

「桜子……」

 

「わかっている。だから、どうだってことだよ。じゃあ、願いを変えろって言われて変えることができるわけじゃない。あたしが考えているよりもマルテルさんはずっと思い悩むことがたくさんあって、その結果、そういう考えに行き着いたんだってことも分かるよ。でも、それと納得は別。あたしはマルテルさんの生きてきた時間も一緒に過ごしてきた人たちの事も大事にしてほしいと思うんだ」

 

「それを言うためだけに呼び付けたのですか?」

 

 ランサーの言葉尻に怒気がわずかながらにこもる。自分の願いを否定される言葉、言われるかもしれないと言う自覚自体はランサーも持ち得ていたが、これほど真正面から言われるとは考えていなかった。加えて、桜子が何を考えているのかも正直分からない。

 

 否定したところで意味がない。まったくもってその通りだ。むしろ、どうして放っておくことができないのか。お節介も此処までくれば邪魔もいいところだ。

 

「違うよ、こんなことを言っても何も変わらないなんて分かっているって最初に言ったでしょ。だからさ……、そんな諦めきれない馬鹿を諦めさせるには、結局、これしかないでしょ」

 

 瞬間、目の前の光景に花にも変化がないが、桜子の手に魔力によって編みこまれた刀が握られたのが分かった。

 

「勝ったら、願いを諦めろと? 勝てるつもりですか?」

「そんなつもりはないよ。ただ、悩んでたって自分自身に決着できない。だから、あたしたちの最後の稽古をしよう。言いたいこと全部吐きだして、蟠りを捨てなきゃ、ロイとセイバーには勝てないよ」

 

「正直、身体を痛めつけるだけで、勝率を下げることにしかならないと思うのですが」

「うん、分かってる」

 

 分かっているが、それでも下がるつもりはない。こうなった桜子が言い分を聞くわけもないことはランサーも良く分かっている。

 

「長く付き合うつもりはありませんよ」

「でも、簡単には終わらせないよ」

 

 ここで何度も訓練の相手をしてもらった。きっと、これも最後、そして最後がこんな形と言うのも締まらないけれども、桜子はちゃんと吐きだした上で先に進みたいのだ。

 

 最後の最後に聖杯を掴むその時に、わだかまりをもって別れるなんて絶対に嫌だから、

 

 これが聖杯戦争9日目の戦い、記録にすら残らない七星桜子とカール・マルテルの理解と決別のための戦いなのだと。

 




次回からはいよいよ決戦前夜突入! おそらく、あと10回くらいの更新で完結まで行けるかと思います。最後までお付き合いいただければ嬉しいです!

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