―秋津市東側・住宅街・七星流剣術道場――
人間の一生を最終的に定義するのは本人と後世に生きる者たちである。後世に生きる者たちはその人間が起こした事実や功績を以て、その人間を評価する。
例え、どれほど清廉潔白な人物であったとしても、功績の上で、人類史に残る失敗を喫していれば、その評価は決して高くなることはない。歴史とは勝者の歴史であるのだから。
敗北者の歴史は刻まれるとしても、敗北した理由を求められてしまう。何故負けたのか、何がいけなかったのか。そのように問われ、彼らがその時代に何と向き合って、何を為そうとしていたのかは勝者の歴史によって潰されていく。
当事者が抱いた自分の一生への評価と後世の人間の評価が必ずしも一致すると言うことは有り得ない。その時代を生きた人間ですらも全てを同一にすることはできないだろう。
故に……、後世の人間たちからすればカール・マルテルと言う人間がどれ程恵まれ、どれ程圧倒的な勝者として描かれていたとしても、やはりその心の中には明確に違いが存在していることは当たり前の事なのだ。
時に歴史書の中に刻まれた史実と全く違う人物像で召喚される英霊がいる様に、性別すらも異なった形で召喚される英霊がいる様に、歴史家たちが考えていた在り方とまったく異なる心持ちでいた英霊が姿を見せたとしても、それは何らおかしなことではないのである。
黄金色の光が生じた瞬間に、見慣れた道場は一瞬にして、ランサーの宝具によって生じた心象風景の世界へと転じる。開幕の言葉を言い放つよりも先に桜子は動き、ランサーへと先手必勝とばかりに一閃を叩きこむ。
無論、奇襲と言えども、単純に放った攻撃が当たるはずもなく、ランサーは桜子の刀よりもはるかに大きなランスを使って受け止め、可視化された巨大な暴力装置ともいえるそれを奮って、桜子は自分の連撃の機会を放棄して後ろへと下がる。
これまでにいくつもの戦いを経験してきて、桜子自身も理解している。判断1つ誤れば、そこで戦闘は強制的に終わりを迎えてしまう。
(ましてやマルテルさんからすれば、こんな戦いさっさと終わらせてやるって思っているもんね。あたしもあたしで必死に食らいつかなくちゃ、本当にすぐに終わらせられちゃうよ……)
次に攻撃を仕掛けてきたのはランサー、身の丈の倍はあるであろう巨大なランスを奮って、桜子を圧殺せんと振るわれる攻撃は、明らかにマスターに向かって振われる攻撃の類ではない。
最も、それで桜子が泣き言を言うつもりはない。自分よりも遥かに格上であるカール・マルテルを相手取ると言うのに、力の差で圧倒されることに怒りを覚える程度であれば戦わなければよかったのだ。
そう言われて然るべき状況の中で戦っているのだから。
(正直、戦い始めた時の理由は全く別だってわかっているけど、これが本当にマルテルさんとの最後のぶつかり合いなんだとしたら、そんな簡単に終わらせたくない。もっと学びたいことはたくさんあったんだから)
「桜子、貴女、楽しんでいますね」
「ん……実はちょっぴり」
「まったく、貴女は私の願いを否定するだなんだと口にしておきながら……、本当は単純に最後の調整をしたかっただけなのではないですか」
「そう言えればよかったんだけど、本当にごめん。さっきの本気、あたしはマルテルさんの願いを認められてない」
「身の上話でも利かせれば納得できますか?」
「すると思う?」
「しないでしょうね。それで納得するなら、貴女はまず、それを聞くでしょうから」
言葉を交わしながらも、桜子たちは用意された闘技場のごとき場所の中を動き回りながら、相手の出方を伺い続ける。互いの攻撃の手の内は分かっている。そして、こんな土壇場で突然能力が目覚めるなんて奇跡が起こるはずもない。
桜子もランサーも互いに相手の技を封じながらも次なる攻撃を誘発するように戦っている。ランサーとしては早々に戦いを終わらせたいわけではあるが、桜子は戦いを長引かせることを求めている。その思惑の違い、勝敗を度外視したうえでの立ち回りによってこう着状態のようなものが生まれ始めているのだ。
(改めて彼女の成長ぶりを理解させられる。いかに勝つことを目論むわけではなく、戦いを長く続かせることだけを考えているとはいえ、それを英霊相手に実施するなどと……)
桜子は得意の手数で時にランサーの技を封じ、時にランサーの機先を制して、ランサーに好きにさせない。ランサーが桜子を殺すつもりで戦闘を繰り広げているのならば、全く違った戦いの結末になっていたのかもしれないが、あくまでもランサーは桜子に戦闘を諦めらせることで終わらせようとしている。
(あたしがマルテルさんに付け入ることが出来るならそこしかない。卑怯なようかもしれないけれど、そうしなくちゃいけないくらいの差があるんだから、徹底的に利用させてもらう!)
(桜子を相手に殺すつもりもなく戦いを終える。ええ、我がマスターがそうやすやすと終えることができる相手ではないことなど分かっていますとも。しかし、それができぬようであれば、あの機兵を制することなど出来ないでしょう!)
思惑自体は両者ともに全く違うが、このままの状態を維持したままに戦いを続けると言う点においては合致しているがために戦闘は続いていく。
「桜子、私も貴女に対して告げた言葉は決して同情やなにかから口にした言葉ではない。私も貴方と同じように、貴女は選択を改めるべきだと思う」
「……あたしに人生の総てをやり直せって事?」
「むしろ、そんな次元の話ではないことからも始めるべきだ。七星と言う存在そのものがなかった世界を想像することとて万能の願望機を使えば願う事が出来る。その上で、貴女の家族がいる世界を願う事が出来れば、いなくなった母親でさえも―――」
「あたしは、お母さんのことを誇りに思っている! お母さんの選択があったからこそ、この世界は何も変わらずに今も続いている。七星の血を否定すること自体がお母さんの決断を否定することになるならあたしはそれを選ばない! それ以上の言葉はマルテルさんだったとしても許さない!!」
魔力によって編み上げられた無数の刀身が一斉に、ランサーへと押し寄せる。これまでに桜子が放ってきた攻撃のいずれよりもさらに多く、攻撃精度が高まった攻撃を、ランサーはランスで受け止める他ない。それですらも、総てを受け止められたかと言えば否、いくつかはランサーの身体へと触れて、刀傷が次々と生み出されていく。
七星の血が為せる技か、土壇場の覚醒が無かったとしても、昨日の暴走を経験して今もなお桜子は成長を続けている。感情の爆発が無意識において桜子の潜在能力の解放を手助けした形になった様子であった。
「七星の血は多くの悲しいことを引き起こしてきたんだと思う。昨日のあたしだって一歩間違えれば、兄さんの命を奪っていたかもしれない。でも、七星の血の総てが悪であったわけじゃない。それで救われてきたことだってきっとあったはずだよ!」
「何故、そう言い切れるのですか。貴女は七星の血によって記憶を継承しているわけでもない。過去の事実そのものを理解できているわけではないでしょう」
「そんなものなくたって、分かるに決まってんでしょ! だって、あたし自身がそうなんだから!」
ランスと桜子の握る不可視の刀がぶつかり合う。魔力によって編まれているわけではない無骨な巨大ランスは消滅することなく。鍔ぜり合う。無論、その巨大さからどちらが有利なのは言うまでもないが、励起する七星の血が、桜子を単純に力負けなどと言う面白味のない結果には導かない。
まだ戦えるだろうと、軌道を逸らしつつ、他の複数の刃がランスへと叩き付けられ、拮抗状態を続けることを支援していく。
「七星の血はあたしにとって、自分の人生を台無しにしてしまうかもしれない爆弾のような存在、だから、お父さんも話さなかったし、兄さんだってあたしに知られるのを嫌がって出て行った。でも、じゃあ、七星の血が全部あたしにとって不幸だったのかって言ったらそうじゃない。七星の血があったから聖杯戦争に参加して、この街を守るために戦えた。
蓮司君や多くの人と戦って、ほんの少しでも力になることが出来た。何よりも、あたし自身が自分に何が出来るのかを考えるきっかけになった!」
七星桜子にとって聖杯戦争は巻き込まれて、ただ、状況に呑まれるがままに続いている戦いだった。桜子が自分で選び、自分で掴もうとしたことはこの数日間でしかなく、それまでの桜子は自分自身で何かを踏み出すようなことはなかった。
自分に何が出来るのかもわからない、何かが出来るほどの力が無い。テレビの中のヒーローに憧れても、憧れを形にすることが出来ず、等身大の自分を認めることが出来なかった桜子にとって、七星の血によって、聖杯戦争の参加者を相手に立ち回るだけの力を与え、自分自身の無力を痛感したうえで、上回るための原動力を与えてくれた。
「七星の血があたしに力を与えてくれなかったら、あたしは確かに何も知らないままに幸福だったかもしれない。だけど、それは何もないだけだった。あたしが知りたかった真実が与えられるわけでもなく、何もかもから目を逸らしただけの結果に過ぎなかった。
仕組まれた戦いだったとしても、この七星の血があたしに自分の人生に向き合うためのきっかけを与えてくれたんだ! だから、これをなかったことになんて絶対にさせないッ!」
ランサーに対しての想いだけを振り返ったわけではない。今日に至るまでの総てを振り返った時に、やはり七星桜子は総てを無かったことにすると言う選択肢を取ることを認められないと強く気持ちを抱いたのにはこの理由が大きかった。
一側面で見れば、悪にしか見えない要素であったとしても、それを絶対悪と捉えるのか相対的な悪と捉えるのかは個人的な価値判断であると言える。
七星桜子は七星の血を決して絶対悪であるとは認めなかった。この戦いの中で培った自分にとって意味のある出会いであると認め、七星の血によって引き起こされた自分の家族を巻き込んだ悲劇から目を逸らすことなく認めた。
「あたしにとって必要なことだったから。だから、ちゃんと認めて、その上であたしのこれからの未来の為に別れを告げる。それがあたしと七星の血との向き合い方。
あたしは過去を否定はしない。確かな事実として向き合って、その上でより良い未来を模索していく! それがあたしの決断、文句ある!?」
七星桜子は自分の身に降りかかった宿命を悪と認めることはなかった。それ故に自分の行いを絶対的な善であるとも認めない。ただ、これは自分が迷い、願い、そして見出したどちらに振りきれるかもわからない結果に過ぎないのだと断じた。
人は決して生まれを自らで決めることはできない。七星の家に生まれ、己の意思ではない形で母を奪われ、兄を失い、そして命懸けの戦いに巻き込まれた。それら全てが桜子にとっては望んだものではなく、彼女に何ら責任の及ばない話であったはずだ。
それでも彼女はそれを単なる悲劇、悪たる行為であるとは断じない。そこにすらも自分が成長する、変わるきっかけがあったと語る。善と悪の二元論では語りきれない人間の在り方の不可思議なそれでいて無数に分岐する可能性をこそ肯定した。
アフラ・マズダはこの桜子の言葉を耳にしているだろうか。耳にしているとすればきっと口惜しく呟いたことだろう。さすがは七星桜の娘―――ままならない相手であることは母も娘も変わらないと。
他の人間が同じような状況で聖杯戦争に放り込まれれば、何かを憎んでいてもおかしくなかったと言うのに、彼女は決してそうした反応をしない。それは彼女なりの強さであったのか、あるいは悲劇に塗れた人生であっても、その根底には彼女を支える人々の優しさを痛感することができる環境が整っていたからなのか。
「だから、あたしはマルテルさんだって同じことだと思ってる! 確かにマルテルさんの悔しい思いはあたしなんかじゃ想像もできないくらいに深いのかもしれない。でも、マルテルさんの意思を受け継いだ人たちの何もかもを否定するのはやっぱり違うと思うんだ! だって、その人たちがマルテルさんを嫌っていたわけじゃないでしょ。きっと、敬っていたはずだよ、こんなにも国のことを考えている人を嫌いになんてなれるわけがないんだから!」
知った風な口を利いていると言われることは分かったうえで桜子は叫ぶ。たった一週間程度の関係、けれど、何度も何度も死線を潜り抜けてきた中で、カール・マルテルと言う存在がどんな相手であるのかはよく分かっている。
いつだって自分に出来ることに全力で、余計な口を挟むことなく、自分の持てる力で結果を引き出す。将軍としてもきっと一国を動かす立場になったとしても、決して失敗することはなかっただろうと思える相手だった。
ランサーは自分の治世の方法が、そして世の中のシステムそのものが上手く機能していなかったがために、自分には未練が残っていると口にしていたけれども、多くの人々はカール・マルテルの治世に満足を覚えていたはずだ。歴史書に記載された後世の人間たちの反応を見ていれば、そんなのは当たり前に理解できる。
「だから、マルテルさん「だけ」が頑張る必要なんてなかったんだよ。マルテルさんだけが頑張らなくちゃ救われないんだとしたら、それはそれで間違っている!」
「そうかもしれない。時折、自分の願いに対して怖くなる時があります。もしも、聖杯と言う願望機に願いを捧げて、新たに変わった世界で、それでも自分の満足いく世界へと変わっていなかったとしたら、私はどのように自分を納得させればいいのか。蓋を開けて見なければどんな世界になるのかわからないのだとしたら、それが必ずしもすべてにおいて私の求めている理想郷とは限らないかもしれないのだと……」
カール・マルテルは決して盲目的な人物ではない。自分の選択が万能の願望機に願った所で叶わないかもしれない可能性を考慮に入れている。
何故なら、カール・マルテルが望んでいることはあくまでも人間として自分の手で国を変える事であり、神になることではないのだから。
もしも、失敗をすればもはや逃げ場はない。その恐ろしさを全く知らないなどと言えるわけもない。
「マルテルさんは頑張ってきた。自分を認めてあげてもいいんだと思う」
「桜子の言う言葉にも一理はあることを認めましょう。そして、私の不安があることも当然に認めます。しかし、それでも――――それで諦められるほど、この願いは私にとっても安いものでは決してない!!」
「―――――!」
叩き付けられるランスの重みに、初めて桜子は自分が芯でとらえられてしまったのだと言うことを自覚した。重い、とても重い。そのランスの重みはそのままカール・マルテルの願いの重みだ。決して軽いものであるはずがない。
「マルテルさんも強情なんだから……」
「マスターに似たのかもしれませんね。案外、私が貴方の下に召喚されたのは似た者同士だったからなのかもしれませんよ」
「そうかな? そうだったら嬉しいな。尊敬している人にそう言ってもらえるだけでもうれしいよ」
「ええ、きっとそうでしょう」
激突の最中で、徐々に怒りや反発心のようなものが互いに薄れ、ただ目の前の相手のことを見据えるようになってきていることを両者はまだ自覚していなかった。きっと、気付けばすぐにでもわかってしまうこと。けれど、それを分からずにぶつかっているからこそ意味がある。
心が変わるかどうかなど分からない。けれど、吐きださなければ互いに気が済まない。だからぶつかる。いまだ激突に終わりは見えない。
けれど、流した汗は決して無駄にはならない。多くを知り、なおも変化を示し続けるパートナーを相手に最後の夜に向けての激突はまだ終わりそうにはない。
――秋津市西側・繁華街・地下クラブ――
『聖杯が降り立つのは唯一神理教が総本山としていたかの北の山で間違いないでしょう。かつて、15年前の聖杯戦争でもそこが七星と遠坂の最後の決戦場となっておりました』
「ふん、似非宗教の連中であるとばかり思っていたが、目利きだけは上手かったということか」
『キャスター陣営があれだけの大規模な行動を引き起こしながら、一度も魔力の枯渇にあえぐことが無かったのも単純な数と言う要素の他に聖杯の膝元を占拠していたからとも考えられるやもしれませぬ』
「はッ、だとすれば、それだけの好立地でも勝てなかった連中の不運を嗤うしかないな。俺様を敵に回したと言う最大の不幸だ。くくっ、そうか、あそこが最後の決戦の場所か。いいじゃねぇか。ようやく舞台が整ってきたぜ」
地下クラブ、この一週間以上の時間の間にすっかりエルナン・コルテスの根城へと変わったそこでは、普段と変わることなく地下クラブのマスターとコルテス、そして円華が今後の方針を話しあっていた。
この地下クラブにも数日前は多数の人間が詰め寄せていた。勢至姆組に逆らう者、一獲千金を狙う者、ただ暴れたいだけのモノ、コルテスの口車に乗せられた者、多くの者たちが集い、そのほとんどが聖杯戦争の中で命を落とす、あるいは重傷を負ってリタイアしていった。
コルテスはそんな者たち一人一人の状況を偲ぶことはない。付いて来れる者たちだけが栄光を掴むことができると告げたことに偽りはなく、コルテスは彼らを使い潰し、いよいよ聖杯に手を翳すところにまで来た。
「おい、マスター、テメェにも世話になった。まだ生き残っている連中はどれ程いる」
「まぁ、2割に満たないくらいかしらね。生きているだけって事ならもう少し多いと思うけれど」
「くっく、なら、連中に伝えておいてやれ。明日からはお前たちに苦労への報酬をくれてやるとな。まずはこの街を、そしてこの島国を、それだけでは飽き足りんな。世界だ、過去の覇者どもが誰も為しえなかった世界踏破を俺様が為し遂げてやろう!」
「あら、聖杯に願えばそれも一瞬ではないの?」
「くっく、そんなものは面白くないだろう。征服ってのは自分の手でやらなければ面白くない。何もかもお膳立てされて辿り着いた場所に魅力なんて微かにも湧きやしない」
「ふふ、素敵。あなたのそういうところ好きよ。分かったわ、勝利の祝杯をあげる時を待っていてあげる。貴方に賭けたんですもの。最後まで付き合わせてもらうわ」
エルナン・コルテスの報酬に目を晦ませたものも多くいるが、中にはこのマスターのようにコルテスの何かをしてくれるのではないかと言う怪しい魅力によって、味方に付いた者たちもいる。そのメガネが決して曇っていたわけではないことがいよいよ証明されようとしているのだ。身震いしないわけにはいかないだろう。
「…………」
ただ1人だけ、円華だけが居心地が悪かった。今更、コルテスの隣にいることに気分を悪くするような純真は持ち合わせていないと分かっているが、コルテスが慎夜の事について露骨に触れてこないことが逆に気持ちを落ち着かせてくれない。
コルテスは慎夜のことを露骨に意識している。しかし、それがまるで円華の勘違いであったかのようにまったく反応を浮かべてこない。こちらから話題を振れば、明らかに不当な要求をされるのが目に見えているだけに円華も自分がどのように行動すればいいのかを決めかねている様子だった。
(あの公園で慎夜君を前にした時のコルテスは明らかに慎夜君に私たちの関係を見せつけているような様子だった。慎夜君は、少なくとも今が争っているような状況じゃないと言うことだけは受け入れてくれたけれど……、このままコルテスが何もしてこないとも思えない)
それとも、円華がそのように心配をしているだけで、コルテスも聖杯戦争に勝利することを優先するつもりでいるのだろうか。そうであってほしいと円華も思う。
戦いの結末がどうなろうとも、聖杯戦争に勝つと言う目的だけは自分たちも変わらない。慎夜が目覚め、円華が求めていた流れが生み出されようとしている時であるからこそ、自分たちが定義した最低限の流れだけは遂行したいのだ。
(どっちつかずの選択をしようとしているのは分かっている。慎夜君のことは言うまでもなく大切、でも、コルテスと一緒にこれまで頑張ってきたことも確かなんだから捨てられない。そんな覚悟で戦ってきたわけじゃない)
泥をかぶってでも、どれだけ手を汚そうとも勝つと決意して、協力してここまで戦ってきた。コルテスと自分の関係がどのような着地点を迎えるにしてもケジメは付けなければならない。
「それで、そろそろ教えてもらってもイイかしら。貴方、セイバーとランサーの戦いの勝者を相手にどのように勝つつもりでいるの?」
「………俺様と奴らの間にある隔絶した実力差の大きな問題は魔力だ。俺様も奴らもサーヴァント、言わば使い魔としての魔力の塊だ。使役しているマスターの力の差はあれども、魔力の出力を補う事が出来れば、単純な力の勝負を覆す一因を生み出すことはできる。
要するに――――聖杯の魔力をぶんどっちまえばいい……!」
「………! そんなことできるの!?」
「聖杯戦争は自分以外の六体のサーヴァントを生贄に捧げることによって万能の願望機である聖杯は機能する。だが、それはあくまでも結果としての話しだ、爺が言うには、聖杯ってのはそもそもが巨大な魔力の塊だ。そこにサーヴァントって言う巨大なエネルギーを注ぎこんでいくことによって万能へと至る儀式が完成する」
「ただ、魔力を手にするためだけなら……、別に総てのサーヴァントが消滅していなくても可能って事……? そもそも聖杯に触れてサーヴァントが無事である保証は本当にあるの? コルテス、貴方、無茶なことを考えていない?」
「はッ、今更だろうが。万に一つも勝てない状況から、勝てるかもしれない状況に持って行こうとしているんだ。命懸けの賭けをするに決まっているだろ。聖杯の根っこを掴んで、魔力を強制的にこの身に流し込む。それができなければ、俺様たちはどっちが勝ち残って来ようとも負ける。言わなくてもわかっているだろ、円華」
「……うん」
「そうだ、俺様たちは勝つためならなんだってやる。これまでだってそうだった。決してこの聖杯戦争の中で優位になれるほどの実力があったわけじゃない。それでも俺様たちは聖杯を掴む間際まで来ている。今更、命1つ惜しんだところで拾える勝利なんぞありはしないだろ」
思い返せば、楽に勝ちを拾ってこれたことなんてなかった。常に薄氷の上、成功するかどうかも分からないことを続けてきた。
聖杯戦争のセオリーなんて知ったことかとばかりに、常に裏をかき続けてようやくここまで来た。それこそ、勝つためならばどんなことでもやってきたと口にして間違いないことばかりだった。
だから、円華も不安を覚えながらもコルテスの提案を承諾する。もはやこの最終局面に魔術師ではないマスターである自分が出る幕はない。
「私達が勝てるかどうか、それはコルテス、あんたに託すしかない。やりましょう、最後まで私達らしく……!」
「くくっ、やっぱりお前はいい女だよ、円華。昂らせるってのを分かっている」
無茶であり無謀であることもコルテスとて十分わかっている。下手をすれば聖杯戦争で戦う事無く自滅をして終わってしまうかもしれない危険な賭けだ。それでもマスターであり、己が好いた女が託すと言ったのだ。昂らない理由が無いだろう。道理も何もかもを無視して、己の欲望の為に、信じた円華の為に勝つことをコルテスは躊躇しない。
崩れることのない強固な絆を核としたセイバー陣営や衝突を必要なことと受け止めて最後に臨もうとしているランサー陣営とは趣を異とするかもしれないが、彼ら二人もまたこの最後の夜に残るだけの絆を持ち合わせている。
「ふふっ、素敵ね。あなたたち、なんだかんだ、結構いいパートナーだったんじゃない?」
「だったじゃねぇな、これからも、だ」
コルテスはおもむろに立ち上がり、円華に背を向ける。立ち上がってから、僅かに息を吸う様子は、何者に対しても物怖じしない彼には似つかわしくないほどに、何かを躊躇っている様子に見えた。
「円華、先に言っておくが、俺様は聖杯を掴めば、その力を以て受肉する。この身を以て世界征服を今度こそ果たす。そうなりゃ、俺様はもうお前を逃がさない。何があろうと、お前を俺様のモノにする」
「またその話……? 生憎だけど、私には慎夜君がいるし、私はアンタを―――」
「あの小僧とお前じゃ釣り合わない」
「………」
「自分が一番よく分かってるだろ、円華。あの小僧に情があるかもしれないが、小僧はお前の事なんて考えちゃいない。小僧にとってうれしいことはお前の隣に立っていることができることだ。そりゃ、嬉しいだろうよ、俺様がここまで褒める女が自分を好いてくれているんだ。手放したくなんてないだろ。だが、小僧はお前の気持ちを汲めるほどの度量はない」
「それでも、私が好きになったのは慎夜君なの」
「出会ったのが早かっただけだろ。むしろ、奴に引きずられればお前が不幸になる。あいつは、これまでの数日間のお前の努力を認めたか?」
「………突然、目を覚ましたんだから仕方ないでしょ」
「そうかもしれない。だが、俺様にはお前が自分に必死にそう言い聞かせているだけにも聞こえるぜ。俺様ならそんな気にはさせない。お前に好きなだけ求めるものをくれてやる。金も、国も、名誉も、愛も全部くれてやる。あの小僧とお前じゃ、いずれ必ず、お前を不幸にする」
「知った風な口を利かないでよ」
「利くとも。此処まで互いに命を懸けて、生き延びてきた。お前の器量の良さは俺様が誰よりも知っている。お前をこんな街で腐らせるなんて、度し難いに程がある」
まるで平行線だった。円華とコルテスの感情は似通っているようで明確に異なっている。しかし、その根底には互いに否定することのできない親愛の感情がある。
コルテスの言葉のほとんどを否定してきた円華だが、互いに命を懸けて来たからこそ理解できたという言葉だけは、腑に落ちたように思えた。
最初は解り合うことなんて絶対に出来ない非道な男であると思っていたけれど、今ではその勝ちたいという思いだけは痛いほどに分かる。此処までくれば、願いも何も関係なく自分たちの闘ってきた時間に見合うだけの結末が欲しいと思っているのは円華も同じだ。
「だから―――選べ、円華。聖杯戦争が終わりを迎えた時に、お前が選ぶべきなのは小僧なのか俺様なのか。どちらがお前の人生に意味を与えてくれるのかをな」
「……………」
ふと、思う。その選べと言う言葉に、どうして即座に否定や言葉を口にすることが出来なかったのだろうと。
心は決まっているはずなのに、決意は何ら変わりがないはずなのに……、エルナン・コルテスと言う男の言葉が、ただ自分を弄ぶ、あるいはあざけるための言葉であるわけではないと分かってしまっているからなのか。
それとも……今日と言うほんの少しの時間だけでもすれ違いを続けている相手と無意識に比較をしてしまっているのだろうか。どちらが今の自分の気持ちを理解して、寄り添ってくれているのかと。
変わらない筈だったものに、変化が生じようとしている。その変化は善きものなのか、悪しきものなのか。紡いできた絆こそが善と悪の境界線を曖昧にしていく。とかく人の感情や心とは移ろいやすいものであるのだから。
選択の時は遠からず来る。その時に何を選択するのか、それを間違いない等と言える者はいるのだろうか……