※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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1回分更新お休みしてしまってすいませんでした!


決戦前夜――破

――秋津市東側・住宅街・七星流剣術道場――

 見据える相手の実力を感じ、改めてランサー自身もこの聖杯戦争の最中で相応の時間が経過していたことを理解する。

 

 初めて出会ったころの彼女は、およそ戦士としてもマスターとしても並び立てると言えるほどの存在ではなかった。実力を持ち合わせないながらも自分の中の想いに流される形で無茶を繰り返そうとする姿は、何も知らない若者であったからこその無謀さであったからなのか。

 

 無謀を口にしてはそれを実現するために身体を動かす。自分の心の動きが分からずに、ただ自分が正しいと思いこんでいる行動を実現させることによって自分の有用性を示す。そこに他者への配慮が明確にあったとは言い難い。

 

 分かりやすく言ってしまえば、七星桜子は周りが見えていなかった。自分の中にある理想と現実の間に折り合いをつけることが出来ずに、与えられた大きな力に振り回されるような形で無茶に無茶を重ねていた。

 

 聖杯戦争の最中で、あれだけの連戦を行うなどと、普通の魔術師の感覚で言えば理解もできないと言った所であろうか。

 

(そんな桜子が、己にとっての運命を捻じ曲げたともいえる七星の血をここまで肯定するとは。あくまでも他人である私からすれば、無秩序な力を与えるモノであったとしても、彼女からすればまったく別個の見え方もするか……)

 

 もっとも、桜子の無茶は実力と理想が見合っていないからこその無茶であった。そこに実力を追いつかせてくれた七星の血に彼女が感謝を覚えるのはある種で当たり前の事なのかもしれない。

 

(彼女は幸運であったと言うのは簡単でしょうね。しかし、自分の運命を心から幸運であったと思うことのできる人間がどれ程いると言うのか。七星桜子の本当の強さとは、自分の運命を嘆くことなく受け入れて、打破していくことができる強さなのかもしれない)

 

 先ほどランサーは頑固さでは自分と桜子は似た者同士であると口にしたが、こちらの方では真逆の関係であるのだなと思わず激突をしている最中であるにもかかわらず、笑みがこぼれてしまう。

 

(私は運命を打破するだけの力が元々備わっていた。勿論、そこに至るまでの修練はあったが、時間を経ることによって正当に得た強さがあった。けれど、強さがあったがために私は打破出来ない運命を呪った。当たり前だ、どれほど必死に修練を重ねても突破できない壁があるなどと、そのような不条理を簡単に認めることがどうしてできようか……)

 

 女性では王になることが出来ず、最善を選んだはずの未来は、結局の所、最善を求めるがために望む未来を選択することが出来なかった。そのような終わり方を認めることができるほど、ランサーは物わかりが良くはなかったのだ。

 

 そう、物わかりが良くはなかった。だから、自分が命を終えて次の世代に託した後の事すらも考えてしまう。もっと、自分が上手くやっていれば、もっと自分が働いていれば、もっと自分が、自分が、自分が……と。英霊として己の国の結末を知ってしまえば、知ってしまうほどにそう思う気持ちは強くなっていく。

 

 対して桜子はどうだろうか。彼女は先ほど自分でも口にしたように、七星の血によって巻き起こった血の因縁を決して悪いものではなかったと告げている。良いことも悪いこともあったが、それらの要因を受け止めている。

 

 自分がもっと頑張っていればと思う心も当然にあるだろうが、それでも変えられなかった者に対して過度の後悔を抱くことはない。もとより何かを変える力を持ち合わせていなかった桜子からすれば、自分の今できる最善以上のことをできるとは考えられないと言う節があるからなのかもしれない。

 

(力を持ち過ぎてしまうと言うのも考え物ですね……)

 

 ランサーは心の中でぼやく。もしも、なんの力もない市井に存在するだけの少女であったのならば、こんな荒唐無稽な願いを抱くことはなかった。なまじ、力を持ち、大きな期待を背負ってきてしまったからこそ、どうしようもなく未来を背負う気概を持たなければならなかった。

 

 あなたはもうその肩の荷を下ろしてもいいんだよと言われたようにも思えた。所詮はカール・マルテルの現身に過ぎない自分自身に決定権があるわけでもないと言うのに、気付けば桜子の言葉に共感を覚え始めている自分がいることは彼女にとっても驚きだった。

 

(ええ、分かっている。こんなものはないものねだりであることくらいは。多くを持ち過ぎてしまったがために、さらに多くのものを求めるようになってしまった。まったく手が届かないような状況であれば諦めることもできたと言うのに、なまじ手が届きそうな立場に立ってしまえば、手を届かせないわけにはいかなかった)

 

 生来からして強欲だったのだろうと思う。為政者など誰もがそういうものだ。勝利を放棄してでも自分の願いを叶えようとしたアーチャーのように、自分もまた理屈ではない想いに駆られている。

 

 だから、この9日間を共に過ごしてきた桜子の気持ちを理解できないわけではない。

 そう、理解できないわけではないが……やはり、それで諦めきれるほどカール・マルテルの想いも浅いわけではない。

 

「桜子、貴女の言うことも確かに一つの事実だろう。フランク王国の治世を生きた者たちは多くが私を非難したわけではない。トゥール・ポワティエの勝利も無数の戦いも為政もその多くで民たちは喜びの声を上げていた。その信頼があったからこそ、次の世代が国を受け継ぎ、新たな国家を生み出す礎となったことでしょう」

 

 カール・マルテルは自身が歴史の勝者になれたわけではない。彼女は無数の戦場で勝利を治めはしたものの、覇者としての栄冠を手にしたわけではない。マルテルの勝利を礎としてその後を継ぐ者たちが栄冠を手にした。

 

 彼女は何も栄光に固執しているわけではない。ただ、もっとやれただろうと言う自分自身に対しての克己心が基なのだ。それが努力すれば手が届くのに、手が届かない状況があったからこそ、聖杯に縋らなければならなかった。その後悔を覚えたのが後の歴史を知ればこそであったからこそ、聖杯に縋るしかなかった。

 

「ただ、それでも私は―――やはり試さないわけにはいかない。多くの者が評価し、私を信じて後を託された者たちを信じてくれていたのであれば、それこそ、より良い未来を築くために一層の努力をするべきであった。誰に願われたわけでもない。それが正解であるわけでもない、間違っていたわけでもない。

 それでも―――私は挑戦したい!我が子らが、我が民たちが、史実以上の繁栄を手にする時代を謳歌できる可能性に!」

 

 素晴らしかったからこそ、求めずにはいられないのだとカール・マルテルは道理も何もかもをかなぐり捨てて、自分の心に宿る純粋な欲望のままに言葉を口走った。

同時にランスが激突し、桜子は衝撃のまま後ろへと足を滑らせる。咄嗟に受け身を取り、すぐさま、回避をしながら、呼吸ついでに溜息を零す。

 

「本当に……、マスターがマスターならサーヴァントもサーヴァントだよ。あたしのことなんて、何にも言えないくらい、マルテルさんだって強情じゃないのさ!」

 

「ふふっ、そうかもしれません。先ほども言ったように、我々は似た者同士なのでしょうね」

 

 吐きだした思いはランサー自身でも驚くほどに腑に落ちた。自分の願いが決して正しいわけではないことは自覚していた。桜子に対して正面切って願いを口にすることが出来なかった。口にすれば、否定されるかもしれないほどの願い。

 

 だが、口にした今ならば理解できる。それを否定されても、あの時代を生きた多くの人々の願いを踏み越えてでも、より先を目指したいと思っている。カール・マルテルの生きてきた時代も、同じく時代を駆け抜けてきた人々を否定するわけでもない。

 

 むしろ、彼らを肯定しているからこそ、マルテルはより繁栄した未来を望んでいる。否定したいわけではない。共に夢が見たいのだと……傲慢でありながら、誰よりも時代を生きた人々の幸福と繁栄を願った女騎士は、激突の最中で自分の願いの行き着く先を見出した。

 

(私が王になるだけでは足りない。万能の願望機が願いを叶えると言うのであれば、私達は私たちの時代を認めた上で、その先へと向かわなければ……)

 

 真に聖杯があらゆる願いを叶えるのであれば、ランサー自身だけではなくフランク王国、カロリング王朝に関わる者たち全てに救済が与えられなければならない。荒唐無稽な願いだ、やはりこれも本当に実現するのかもわからない。

 

 しかし、挑んでみるだけの価値はある。自分の願いが後悔から生まれた未練ではなく、あの時代を生きた者としてより良き未来を望むのであれば、やはり自分は傲慢に手を伸ばしていきたい。

 

 何事も諦めることなく無茶を通して、道理を貫いてきた己の主と同じように。

 

「なんだか顔つき変わった?」

 

「……そうかもしれません。ねぇ、桜子、私はやはり自分の願いを諦めることなど出来ません。ほんの僅かでも人々の幸福を高めることができるのであれば、それを求めない理由はない。私は、私の時代を、国を、民たちを愛しているのですから」

 

 再び激突する不可視の刃とランスは、しかし、桜子が弾かれ、受け身をギリギリで取るモノの、鍔ぜり合うことすらも不可能な有り様だった。端的に言ってしまえば、ランサーの一撃が先程までと比較してもあまりにも強くなりすぎてしまっていて、受け止めることが出来なかったのだ。

 

「………っ」

「告げる言葉はこれにて終わりです。さぁ、桜子。私は改めて私の答えを示しました。貴方はどうしますか?」

 

「……決まってる、これが最後かもしれないのなら、途中でやめるなんて考えられない!」

 

 先ほどの激突で桜子も理解をした。間違いなくランサーはこの一瞬に、これまでよりも強くなった。覚悟が決まったと言うべきだろうか。彼女の中でそうあるべきなのかと問いかけていた部分に確かな芯が生まれたことによって、迷いが晴れた様子だった。

 

(正直、それを嬉しいと言うべきなのか……)

 

 おかげで、この瞬間に、七星桜子がこの戦いでランサーに勝ることができる理由の一切は失われた。迷いを晴らすことが出来ずに、腕を鈍らせていた相手であれば一瞬の隙を見出すことが出来たかもしれないが、本来のカール・マルテルを相手に桜子が及ぶことができるなど本来であれば絶対にありえないのだから。

 

 それでも、いや、だからこそ―――諦めるわけにはいかない。自分からの中座だけは有り得ない。最後まで、膝をつくまでは戦わなければ、彼女との最後の戦いを中途半端な形で終わらせたくない!

 

「それでこそ、我がマスター。であれば、最後の教授と行きましょう」

 

 そこからの戦いは、決して派手な展開があったわけでも、予想外の展開が起きたわけでもない。追いすがる桜子にそれを受け、時に躱すランサー、七星の血の励起を以てしても埋めることのできない差を感じながらも、桜子は決して諦めることなく、自分の技を放っていく。

 

 初めてこの空間の中でランサーに技にも満たない剣閃を放った時にほんの一瞬で自分の身体が転がされたことを覚えている。何度も何度も向かって、それでも一合ですらも鍔迫り合いを続けることなんてできずに終わっていた。

 

 今の自分はどうだろうかと桜子は思う。相変わらず実力差は歴然としていて、いなすように攻めの手を外されてばかりではあるけれども、何とか……何とか、攻撃を繋ぐことだけは出来ている。

 

僅かな時間によって生み出された変化、たった数日間の成長、まだまだ足りない、ランサーとの激突の中でほんの少しの上積みを手に入れることが出来てもやはり、今の桜子では及ばない。

 

 本物の戦場を経験し、幾多の試練を乗り越えて、勝利を手にしてきたカール・マルテルと言う英霊を相手に、桜子が及ぶことなど出来るはずもないのだ。ましてや、魔術を知ってたった数日なのに。

 

 しかし、桜子はそれを悲観しない。たった数日でも確かな成長を遂げることが出来た。荒唐無稽なほどの強さを持った相手にほんの少しでも迫ることが出来た。

 

 聖杯戦争が終わった後も七星桜子の人生は続いていく。七星の血が無くなったとしても魔術師としての七星桜子が終わるわけではない。濃厚であった時間の中での成長を超える成長だって果たせるかもしれない。そんな希望を彼女は持ち前の前向きさで見出すことが出来たのだ。

 

(まったく、それにしても……たった数日で何処まで成長していくのか。本当に末恐ろしい。自分の部下であったとすれば、これほど成長を楽しみに出来る相手もいないのですがね……)

 

 そして、ランサーも桜子のこれより先の成長を見ることが出来ないのを少し残念に思った。たった数日でここまでの成長を果たした彼女は、カール・マルテルと言う英霊から見ても凄まじいほどの才覚の持ち主だ。

 

 もしも、この先に魔術師として剣士として修練を積んでいけば、今とは比べ物にならないほどの成長を果たすのだろうと思えるほどにはランサーからしても、桜子は成長が楽しみな相手だった。

 

(できることなら、これより先も彼女と共に……などと考えるのはそれこそ、私の独善ですね。彼女と私の夢も未来も分かたれている。共に同じ道を進むことはできない)

 

 見据える先も望む未来も何もかもが違っていることをこれほどまでに痛感させられた。もしかしたら、最後の別れの時に相手の行く末を祝福できないかもしれない。

 

 そんな風に思いながらも、激突する二人の表情には笑みが浮かんでいた。正反対で、どこか似通っていて、深い所で繋がった、決して互いを嫌いになることなんてできない奇妙な関係だった。

 

 もっと他の未来があったかもしれないし、もしかしたら分かり合う事が出来たかもしれない。この秋津市に呼ばれた七つの陣営の中で決してサーヴァントとマスターとして絶対的な信頼関係を結べた訳ではないかもしれない。

 

 ただ、駆け抜けた日々にだけは後悔はなかった。これでよかったのだと互いが納得できるだけの時間を共有していることだけは間違いなかった。

 

 互いに自然と身体が動いた。自然と次が最後の激突になるのではないかと思い、身体を動かした。真正面からの激突、結果は大きく表現するほど驚きに満ちたものではない。むしろ、陳腐な変わり映えの無い結末が待っているだけだった。差が埋まるほどの要素を持ち合わせていない者同士の戦いなのだから当たり前だ。

 

 そこに実際のところ意味などないのかもしれない。これはただ、両者の心の整理をつけるための戦いであったのだから……。

 

「………なんていうかさ、ありがとね、マルテルさん。あたしのバカみたいな提案に付き合ってくれてさ」

 

「別に、感謝される謂れはありませんね。最後の戦いで、私たちそれぞれが迷いを抱いたままに勝てるほど、ロイ・エーデルフェルトとセイバーは甘い相手ではないでしょう。その不確定要素を弾きだすために必要な時間であった。私はそのように解釈をしています」

 

 激突が終わりを迎え、本来の七星流剣術道場へと戻った二人は、先ほどまでの激突が嘘であったかのように互いの健闘を称えながら言葉を交わしあっていた。

 

 桜子は道場の床に大の字に倒れて、肩で息を吐きながら、感謝を口にし、道場の壁に背を預けるようにして天井を仰ぎみているランサーは例に及ぶようなことはしていないと口にした。

 

 別に何かが劇的に変わったわけではないのだ。桜子もランサーも胸に願った思いは何ら変わることなく、ほんの少し前から抱いている決意に微塵も変化は見られない。

 

 ただ、変化が全くなかったのかと言えばそれは嘘になるだろうと互いに分かっていた。自分たちの間に薄く、しかし確実に存在していた溝のような感覚、互いに見て見ぬふりをしながら今日にまで至ってしまった、口にすれば激突しなければならないと思えるほどに隔絶した意識の違いそのものが霧散したように思えたのだ。

 

 殴り合いをしたからわかり合えたなんてそれこそ、子供の喧嘩もいいところだ。ぶつかり合ってお互いに吐きだしたいことを吐きだせば、それで互いに仲直り。相手のことが分かったのだから、それでいいじゃないかと青臭く笑っていられるほど、桜子もランサーも互いに抱いている想いは簡単に譲れるものではなかった。

 

 けれど、そんな青臭い意味のないと思えるような激突こそが、この二人には必要だった。互いに互いの本心を見て見ぬふりをしていてでも、最後まで進むことができると思えるほどにそれぞれが確固たる決意を持っていたからこそ、溝は溝のままに膨れ上がっていく。

 

 変えることはできない想いはある。だけど、それを理解することだけはできる。例え、納得も同調も出来なかったとしても尊重することはできる。桜子もランサーも相手の想いを自分の心の中で然りと受け止めた。それほどの決意と覚悟でいるのならばと受け入れざるを得なかった。

 

 ほんの少しの変化である。だが……得てして運命に介入できるほどの変化とは得てしてそうした小さなものの積み重ねではないだろうか。

 

「………願いを変えるつもりはない。お互いにそこは認め合おう。あたしたちは聖杯戦争に勝って互いの願いを叶える。願いの良し悪しには口を出さない。だって、これだけ本気だって分かったら、それを否定なんてできないよ」

 

「そうですね、時間の多寡は関係ない。これまでに歩んできた道のりの中で生まれた願いであれば、それは然りとして受け止めるべきでしょう。私の願いが正しかったのかどうかは、変わった世界の果てで、貴方が受け止めてくれればいい」

 

「一緒に生きた皆の想いも背負おうとしているマルテルさんならきっとやれるよ……。それを信じて、あたしも聖杯に手を伸ばす」

 

「貴女のこれまでの戦いの総てが報われるために、私も全力を尽くす。マスター、私は貴方の願いを貫くための槍です。武器です。私と共に今日まで駆け抜けて来てくれたことに、私の期待に応えてくれたことに感謝を。あともう少しだけ、互いに支え合いましょう。

 今の私達ならば、必ず―――セイバーに打ち勝つことができるはずです!」

 

「マルテルさんが、そんな強気に予測を口にするなんて珍しいね」

「それほどまでの確信を覚えているのです。今の私たちには懸念するべきことなど何一つありませんから」

 

「私はロイに勝てるかな?」

「貴女が信じられないのであれば、私が信じましょう。英霊カール・マルテルにここまで喰らいついてきた戦士が何を弱気になっているのか。貴方ならば必ずロイ・エーデルフェルトを捉える事が出来ますよ」

 

 例え、最初は及ばなかったとしても、最後には帳尻を合わせてしまうのが七星桜子だ。誰も素人であった彼女が、この最終局面まで生き残るなどとは考えてもいなかった。ましてや、マスターとして己も前線でサーヴァントと共に戦い続けることができる存在へと変貌することなど誰が予想できただろうか。

 

 数々の常識を覆してきた桜子ならば、信じるに値する。パートナーとしてランサーは桜子に絶対の信頼を寄せた上で決戦に赴く気概でいる。

 

「………ありがとう、マルテルさん。貴方にそう言ってもらえるのなら、あたしは最後まであたしを信じるよ」

 

「ええ、ですから、桜子。決定的なチャンスが起こったその時に、令呪を切ることを躊躇わないでください。最後の一画を使ってしまったとしても、私達は互いに最後まで聖杯戦争を戦い抜くパートナーです。使うことを躊躇って負けてしまうのでは本末転倒ですからね」

 

「……うん」

 

 桜子は自分の右手に刻まれた令呪へと視線を向ける。赤く刻まれたそれは残り1つ、キャスター陣営、バーサーカー陣営との決戦でそれぞれ一つずつ使った宝具を放つための後押しは、後一度だけ使うことができる。

 

 間違いなく、セイバー陣営との戦いは宝具無しで勝利することはできないだろう。ランサーの持ち得る最大火力、あの逃げ場のない黄金の光で呑み込まなければ、戦巧者であるセイバーを討ち取ることはまずもってできないだろうと桜子も理解できてしまっている。

 

(後は、あたし自身だけど……こればっかりは勝てると思っていくしかないね。今更劇的な変化を望むことはできない。七星の血だって、どこまであたしのために有効に働いてくれるのかもわからない。持てる武器の総てを使いきって、ロイにぶつかっていくしかない)

 

 最後は自分が持っている武器を最大限に活用して、聖杯戦争最強の魔術師にぶつかっていくしかない。ただ、勝てないかもしれない相手にぶつかっていくのなんてこれまでも何度もあった。今回はそれが最大難易度であると言うことだけ。やるべきことは変わらない。

 

(……そうだよ、ロイたちと決戦を繰り広げた後にはライダーたちだって待っているんだ。あと2回、何が何でも勝ちきらなくちゃ聖杯は掴めない。全部の想いを出しきって、それでようやく掴めるかどうかなんだから……)

 

 心の中で強く強く思いを固める。最後はやはり精神論だ。ランサーが背を押してくれる。自分たちの勝利を互いが願っている。今はそれを導として……七星桜子とランサーも決戦までの時間を静かに過ごすのであった。

 

――秋津市北側・元唯一神理教総本山奥部――

 時刻は既に夜の10時を過ぎ、秋津市の人々は久々に訪れた静寂の夜に安堵し、寝静まっているか。安全が保障された街の中心部にて久方ぶりの遊興に愉しむ者たちに二分されていた。誰も知らないのだ。これより数時間後にこの街の中で、一つの戦いが雌雄を決する時が来ることを。

 

 セイバーとランサー陣営の戦いは日付が変わる夜の12時を刻限としている。故にあと少しだけ時間に猶予があり、両陣営共に最後の準備へと入っている。

 

 故に―――聖杯戦争最終日に向けて最初に動き出したのは、第三の陣営、セイバーとランサーの勝者を迎えるために、聖杯が顕現するであろう北部の御山へと進撃を始めたライダー陣営であった。

 

「正直、俺様としても意外と言えば意外だった」

「?」

 

「俺様が最初に召喚された時、俺様は分の悪い戦いであると思った。何せ、聖杯戦争だってのに、マスターは魔術も使えない素人女で、俺様も決して武力に秀でた英霊じゃない。勝つ気ではいたが、勝てるかどうかはわからないというのが召喚されて早々の印象だったな」

 

「そうなの? 手際よく自分の戦力を集めていったじゃない」

 

「違う、逆だ。勝ち目が薄い戦いだと思ったからこそ、早々に自分の地盤を固める必要があった。結局、俺様の集めた兵力はキャスター陣営との戦いで消耗しきっちまった訳だが、急ごしらえの兵力としては仕事はしてくれたとも。勝ちの目が薄いと思ったのも間違いじゃないと痛感させられたな、あれは」

 

「それは確かに意外。そんな素振り今まで一度も見せなかったのに」

「ハッタリだろうが何だろうが、攻める奴ってのは自分を強く見せるものだ。征服者なんて連中は誰も彼もが舐められたらそれで終わりなんだよ。最後まで恐るべき存在が襲いかかってきたと思いこませておかなければな」

 

「そんな状況だったから、こうして最後まで残れたのは意外だった?」

「ああ、そうだ。今にして思えば、俺様の最大の幸運は、一番よわっちいと思っていたマスターが、とんでもない逸材だったって事かもしれんな」

 

 九重円華の才覚を最初からコルテスとて全てわかっていたわけではない。発破をかけたのは勿論、コルテスではあるが、まさか彼女の力がキャスターとバーサーカーと言う強力な2つの陣営を倒すための鍵になるとまでは考えていなかった。

 

 ほとほと自分の幸運さにコルテスは喜びを覚える他ない。ほんの少しでもボタンのかけ違いがあれば、最初に脱落していたのは自分たちであったかもしれないのだから。

 

「でも、意外と言えば、貴方のそれこそ意外よ。ずっと虚勢を張り続けていたのなら、最後まで虚勢を張り続けていればいいじゃない」

 

「フッ……今更、お前に虚勢を張っても仕方ないだろう」

「それも……そうね」

 

 エルナン・コルテスと言う英霊のあらゆる面を円華はこの10日間に見てきた。良い所も悪い所も無様な所も、頼れるところも、あらゆる面を見てきたのだから、今更、コルテスが虚勢を張ったところで意味などない。

 

「そうね……私も、貴方がパートナーで良かったと思ってる。きっと、他のサーヴァントだったら、私は私なりの戦い方で戦おうなんて思えなかった。私が自分に出来ることを全力で使えたのは、魔術師でない私なりの戦い方をしろと言ってくれたエルナン・コルテスだったからでしょうね」

 

「はッ、男を喜ばせる言葉も随分と上手くなったじゃねぇか」

「貴方、単純だもの」

 

「お前が言うから嬉しいんだ。他の女に言われたところで当たり前だと嗤うだけさ」

「結局、格好つけてるじゃない」

 

 などと、軽口を叩きながら、目的の場所へと足を進めていく。円華にとっては以前、キャスター陣営への潜入のために一度は足を踏み込んだ場所、そこにもう一度足を踏み込めば、考えていた以上にそこは異界のような様相を浮かべていた。

 

「着いたが……、これは思った以上に凄まじいな」

「魔力が、溢れかえりそうになっている……」

 

 魔術師としての素養がない円華ですらも思わず、声を漏らしてしまうほどにその場の空気は通常の空間とは全く異なるモノであった。

 

 元々、総本山の本殿があった場所には禍々しいほどの魔力塊が浮かんでおり、その魔力に引き寄せられるように、周囲の空間の色そのものまでもが汚染されている。

中心で紫と赤の光を発する魔力塊によって夜の闇は、おぞましい色によって照らされているのだ。

 

 どこかのテーマパークのイベントか何かであれば可愛いものではあるが、イベントはイベントでもこれより行われるのは魔術師たちの威信を懸けた激突なのだ。

 

「くっく、これほどの魔力量、間違いないな、まだ完成はしていないが、これが聖杯へと転じる魔力であることに間違いはない。完成する前となればサーヴァントの身であったとしても、毒にしかならんかもしれないが……毒を喰らわずに勝てるほど甘い相手が残っているわけでもない」

 

「ちょ、コルテス……!」

 

 円華の静止を聞くこともなく、コルテスは聖杯へと転じるであろう魔力塊に向けて手を伸ばす。まるで誘蛾灯に導かれているようなその様子は、どこか正気を失っている様にすら見えるが、コルテスの目論みは最初からその聖杯へと転じるであろう魔力を己の身に吸収することによって、不利を解消すると言うモノであった。

 

「行けるぞ、これを俺様のモノにすることが出来れば、俺様はセイバーにもランサーにも負けない。この圧倒的な魔力を以て奴らを―――」

「いいや、お前の目論みはそこまでだ、エルナン・コルテス。お前が聖杯を握ることはない」

 

 伸ばそうとしていたコルテスの手が止まる。円華はこの場で聞くはずのない声に驚き振り返る。コルテスもまた鬱陶しそうにその声のした方向へと振り返る。

 

 そう、今日という日が聖杯戦争の勝利者を決めるためにそれぞれの陣営が、自分たちの向き合うべき問題と向き合うべき日であったのならば―――ライダー陣営にとって乗り越えなければならない問題は一つしかない。

 

「何をしに来た、間桐慎夜。ここはお前が踏み込む理由のない場所だろう」

 

「理由が無い? 馬鹿を言うなよ、エルナン・コルテス。僕がここに来た理由は一つだけだ。僕の醜態から円華を巻き込んでしまった聖杯戦争を終わらせるために、僕はここに来たんだ」

 

「慎夜君……」

 

 足を進めていく慎夜の表情に戸惑いや怯えの類は一切なかった。それを怜悧な表情で見つめるコルテスは視線を一度だけ円華へと向ける。円華はその場を動かなかった。意外なことに慎夜を見つけて慎夜へと足を進ませるようなことをしなかった。

 

(最後の後押しをさせるには、俺様も覚悟を決める必要があるか。スマートな方法じゃない、だが、円華を諦めることだけは断じて認められん……!)

 

 故にコルテスは魔力塊へと伸ばしていた手をひっこめ、慎夜の方に向けて足を進めていく。

 

「きっかけはお前かもしれんが、俺様はお前がマスターであるなどと断じて認めん。貴様は部外者だ、さっさと消え失せろ」

 

「ああ、こんな場所、長くいるつもりなんてないさ。円華を連れて、さっさと帰らせてもらうよ」

 

 ことこの状況にて、二人の男を止める手立ては何もない。例え、円華が何を口にしたとして求めることはできないだろう。捻じれに捩じれた関係はもはや修復することもままならず、あとは壊していく他ない。どちらかの夢が潰える形でしかもう終わりを求めることはできない。

 

 コルテスと慎夜の望みが迎合することはなかったとしても、二人は共にその望みの先に円華が隣にいることを望んでいる。であれば激突は必死だ。

 

 古今東西、一人の女を巡って男が相争うのは世の常であるのだから。

 

 聖杯戦争9日目はいよいよ最終局面、この最終決戦場にて、その決戦を彩るための前哨戦ともいえる争いは不可逆的に始まりを迎えるのであった。

 




いよいよ次回でライダー陣営の決戦前夜も完結、物語は最終局面へと突入します!

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