※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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決戦前夜――急

――秋津市北側・唯一神理教総本山跡地――

『円華嬢とコルテス殿は北の山に向かっておる。現地に向かいさえすれば、魔力のパスが通っているお主であれば、どこにおるのかを辿るのは決して難しいことではなかろう』

 

 円華と言葉を交わしあってから、数刻して、お爺様に呼び出された僕は、今日という日に何が起こるのかを知らされた。

 

 目覚めてからずっと円華の事にばかりかまけてしまっていて、実際の聖杯戦争がどのように動いていたのかについて全く考えが及んでいなかった。

 

お爺様が言うには聖杯戦争は既に最終局面に入っていて、今日の夜にでも聖杯そのものの原型ともいえる魔力塊そのものが浮かび上がるのだと言う。

 

『聖杯と言っても、あくまでも魔力によって構成されるモノだ。明確に願望機としての機能を手にするまでは、あくまでも大きな魔力の塊に過ぎぬ。いかにお前であってもあれほどの魔力が存在する場所を検知することが出来ぬほどの無能ではあるまい』

 

『そこに円華と奴は向かうと言うことですか』

 

『左様。残っておるセイバーとランサー、共に猛者。手負いのコルテス殿では決して真正面から立ち向かうことは勝算が高いとは言えぬ。しかし、聖杯へと変わらんとしている巨大な魔力を取り込むことが出来れば話は別だ。魔力と言う下地そのもので両者を凌駕することが出来れば、逆に決戦の後に手負いとなったどちらかを倒すほどにまで力を高めることができるやもしれぬ』

 

『そんなのは一か八かの賭けが過ぎる』

 

『然り。しかし、あの二人の戦いとは常に自分たちの持てる力を全て賭けて成り立たせてきた。どちらにしても最後の一戦、勝てばそのまま聖杯を手にすることができるのだ。例え、魔力を吸収しすぎてしまったがために身体の崩壊を引き起こすことになろうとも、コルテス殿であれば勝利の為に手を出すであろう』

 

『狂っている……、勝つために自分の身体が壊れるかもしれないことを分かって手を出すなんて。それで勝てなかったら総てが終わりじゃないか……』

 

『はて、お前も無茶の加減では早々変わらぬモノであると儂は思っておるがな。対して魔力の才能もない身でありながら、万能の願望機に願いを預けるがためだけに英霊召喚までも行おうとした胆力、それだけであれば十分に評価も出来たわけだが……いかんせん、才能が無かった』

 

『………お爺様はどうしてそのような情報を僕に与えるんですか』

 

 慎夜には会話をしながらも、目の前の人物が何を目論んでいるのかが全く分からなかった。先ほど、屋敷に戻ってきた慎夜を相手に、自分の祖父はコルテスの勝利をこそ間桐は望んでいると口にしていた。

 

 冗談か何かで口にしていると思っていたが、先ほどの反応を見る限り、祖父は本気でライダー陣営に聖杯を握ってもらうことを目論んでいる。その結果として、何が起こるのかをこの人物が知らないわけもないだろうに。

 

円華がコルテスに奪われるかもしれない最悪の未来を予想できるにもかかわらず、祖父は間桐の夢を口にした。だからこそ、慎夜には理解できなかったのである。どうして、この局面で今度は自分を擁護するための情報を与えようとするのか。

 

『儂も計りかねておると言うことじゃよ、慎夜。円華嬢は素晴らしい女性だ、器量も良い、度胸もある。魔術師に対しての造詣も此度の聖杯戦争で十分となったであろう。あの女子は間桐の次代を継ぐ母体として迎え入れるに相応しい。そのようにも思ってはきておる』

『それは……』

 

『じゃが、儂の代での確実な聖杯の奪取を目論むのであれば、コルテス殿に肩入れをするのが最も盤石であろうとも考えておる。考えても見ろ、慎夜よ、万能の願望機だ。我ら間桐の宿願がいよいよ果たされるのだ。女子一人の犠牲でそれを得られるのであれば、魔術師として何を選ぶのかは自明と言うものよ……』

 

『結局、僕、じゃなくて円華をどうするのか、それだけを考えていると言うことですか』

 

『当たり前じゃ、儂は最初からこの聖杯戦争でお前に何の期待もしておらん。じゃからこそ、このような千載一遇の機会を得られたこと、間桐の未来にとって素晴らしき展望が考えられること、その双方が生まれているからこそ、どちらも捨てがたいと思っておるのだ』

 

 慎夜は正直に気落ちした。祖父が自分の想いをくみ取ってくれたのかとわずかに期待したところもあったのだ。これでも自分の孫である。いかに魔術師として大成していなかったとしても間桐慎夜とは、祖父にとってかけがえのない孫であり、後継者であろうと。

 

 だが、祖父が考えているのは間桐のことだけだ。そして、円華と言う慎夜から見ても自分より高みに存在する相手の事だけなのである。

 

 慎夜とて分かっている。焦っているのだ、誰から見ても自分と円華が釣り合わないことなど百も承知している。

 円華はこれまで、華やかな芸能界に身を置いても、スクリーンを通しての九重円華ではない、幼いころからの彼女を知っている慎夜のことを慕ってくれていた。

ある種、それは慎夜にとって明確な優越感であった。全国の誰もがうらやましがるような才女が、自分だけを見てくれている。そこに驕りを覚えない男などいるはずもない。

 

 駆け落ちをしたのだって、時間を掛ければかけるほど、円華の心が自分から離れてしまうのではないか、円華の心を自分だけに留めておくには、芸能界から離すしかないと言う下心があればこそだ。聖杯戦争に勝てば道理が引っ込む。無力な自分でも、彼女の意思を無視して願いを叶えることができる。

 

 そういう思いが根底にあるからこそ、自分の代わりに円華の隣に立っている相手に焦りを覚えるのだ。エルナン・コルテスと言う男は、間桐慎夜とは対照的に円華に多くのものを与えてきた。円華から与えられるばかりだった自分とは真逆の存在、冷静に考えれば、どちらに円華が心惹かれるのかなど言われずともわかっている。

 

 結局、円華がコルテスと自分が同時にいたときに、自分をすぐに選んでくれなかったことが全てを物語っている。コルテスと円華は自分が知らない何かを共有している。それが円華の恋慕の気持ちにまで至っているのかどうかはわからないが、無理矢理襲われたことを暴露されておきながら、それでもコルテスから離れようとしない時点で、相応以上の気持ちがあることは間違いないと慎夜も思う。そう思わずにはいられない。

 

 コルテスは円華を自分のものにすると口にしていた。どこまでが本気なのかは慎夜にも正直なところは分からない。だが、聖杯戦争が終わった時に、慎夜がコルテスを相手に巻き返すことができる何かを持ち合わせているとは想像しがたい。

 

 祖父が自分に助け舟を出してくれたのは自分の味方になってくれたからだと思いたかった。しかし、そうでなかったのだとすれば……慎夜は自分でこの状況を何とかするしかない。

 

 円華が自分を選んでくれず、自分自身の中途半端な能力では、円華を奪還することが出来ないのだとすれば、取るべき手段は一つしかない。

 

 エルナン・コルテスと言う男を排除する他ない。幸い、自分は彼の正式なマスターである。コルテス本人がどのように思っているとしても、サーヴァントに対しての絶対的命令行使権である令呪が備わっている以上、アドバンテージを持ち合わせているのは慎夜だ。

 

『お爺様、一つだけ聞かせてください。お爺様は、先ほど二つの未来を望んでいると口にしていた。それはどちらに転んでもイイ。そう思ったうえで僕にそのことを話したとそう考えていいですか?』

 

『覚悟を決めたのか、慎夜よ』

『そういう風に考えろと僕は誘導されたように思うんですが』

 

『じゃが、そうした心が花開いておかなければそう考えることも出来まい。お前にとっての幸運が訪れることを儂は祈っておこう、慎夜よ。儂も円華嬢のことは嫌いではないのでな』

 

 家族に背を押される形で慎夜は自分が場違いであることなど重々承知でありながら、この決戦場へと足を運んだ。すべては自分の始まりの願いを成就するために、円華との平穏な未来を取り戻すために。それを果たすために聖杯戦争の最終決戦場へと足を運んだのだ。

 

「円華……、もう一度だけ言う。もう聖杯戦争なんてやめるんだ。君は、戦いが相応しい女性じゃない。僕が巻きこんでしまった戦いにもう付き合う必要はない。そんな奴と一緒にいたら、君は幸せになんてなれない……!」

 

 はっきりと円華に向けて聖杯戦争を止めるようにと声を上げる。ここまでどんなに華やかな活躍をしてきたのだとしても、これが殺し合いであることに変わりはない。自分が巻き込もうとしたことを棚に上げたとしても、そこを主張することが慎夜にとっては最も筋が通る。

 

 もっとも、そんな主張を黙って認めるほど、目の前で対峙している相手は諦めが良いわけではない。

 

「さっきも言ったはずだぞ、間桐慎夜。お前は部外者だ、今日を以て聖杯戦争は終わる。俺様は円華とともに勝つつもりでいる。円華に危険を及ぼすようなことは俺様が絶対にさせん。サッサと家に戻るか、そこで見ていろ。遅からずとも聖杯戦争は終わる」

 

「それでお前が勝てば、お前は円華を連れ去ろうとするだろう!」

「当たり前だ、俺様を誰だと思っている。征服者エルナン・コルテス、己の欲しい者は征服してでも奪い取るとも」

 

「なんでだよ、お前ほどの男なら、手に入れることができるものなんていくらでもあるだろ。どうして、そこまで円華にこだわり続けるんだ! 」

「自分で言っていてわかるか。同じ言葉を俺様だってお前に口に出来ることを」

 

「円華ほどの相手を諦められるわけがない」

「ほら、やっぱり分かっているじゃないか」

 

 一触即発、ここまでに歩んできた道のりも想いも違ったとしても、慎夜とコルテスは全く同じことを考えてこの場に立っている。あらゆる栄光よりも、聞こえの良い客観的な正解よりもなおももって、円華が欲しいのだと口にする。

 

 誰よりも相手のことを理解できないと口にしておきながら、彼ら二人は誰よりもその一点に置いては相手の気持ちを共有することが出来ている。

 

 なんとも皮肉な巡り合わせだろう。もしも、慎夜が健在であり、円華が二人の間を取り持つことが出来ていれば、それだけの時間があれば、ライダー陣営は全く違うあり方として、聖杯戦争を勝ち進むこともできたかもしれない。

 

 だが、そんな過去は存在しえず、なおかつ、今からその理解を得るための時間は何処にもない。慎夜もコルテスもそれぞれの理由から時間がないことは分かっている。

 

 根底にあるのはどうしようもない猜疑心だ。自分を信じることができるほど自己評価が高くない。だから、どうしたって疑う他ない。円華の言葉を信じたくても信じることができない。だって、もしも、自分が円華の立場だったとしたら……ああ、その先を考えてしまったら、本当にどうしようもなくなってしまうと分かっているから、こうして対峙するほかに道が無いことを理解できてしまう。

 

「慎夜君……どうして、分かったって言ってくれたでしょ!?」

 

「ああ、言ったよ。どれだけ、円華を説得しようとしても、僕たちは同じ方向を向くことができないと分かったんだ。こいつがいる限り、円華が聖杯戦争を止めることはない。だったら、無理やりにでも引き剥がすしかない! それが僕なりの、君を聖杯戦争に巻き込んでしまったことへのケジメの付け方だ!」

 

「ケジメ……ケジメねぇ。魂胆が見え透いているぜ、小僧。円華が分かってくれないのなら実力行使をするほかない。随分と性急だ、性急にしなけりゃならないとなれば、実力行使。いいねぇ、お前の性格が透けて見える。俺様とお前も実のところは大して変わらないかもしれんぞ?」

 

「そんなはずがあるか、お前のような奴と僕を一緒にするな……!」

 

 くっくとコルテスは笑う。余裕のある態度を見せながらもしかし、瞳だけは一切笑っていない。コルテスも理解しているのだ。ここで慎夜が何をするつもりなのか、ただのマスターでしかない慎夜がどうすればコルテスに言うことを聞かせることができるのか。

 

「なぁ、円華。お前はどうしたい?」

 

 だからこそ、あえてコルテスは円華を巻き込む。慎夜とコルテスだけで言葉を重ねあわせていたとしても、結局は千日手だ。互いに互いを否定する言葉しか二人は吐きだすことが出来ないのだから。此処に来るまでに何度も何度も口にしてきた。

 

 円華がどちらを選ぶのか。コルテスはあえて自らが不利になることが分かりきっている問いかけを投げた。九重円華の心が向かっているのは、間違いなく間桐慎夜である。

 

 しかし、果たしてそれは本当だろうか……、このどちらかを選ばなければならない究極的な局面の中で円華が何を判断するのか……、それは慎夜にだけ有利に働くものなのか。

 

 セイバーとランサーとの戦いが自らの命すらもベットした死力を尽くした戦いを演じなければならないのならば、慎夜との対峙すらも変わらない。

 

「俺様とコイツ、選べるのはどちらかだけだ。小僧の言う通り、俺様は聖杯戦争に勝てば受肉して、お前を放っておくことはない。必ず奪い取る。今日は何度も言って来たな。だから、お前はどうしたいんだ?」

 

「…………」

 

「何なら、ここでどちらにも抱かれてみるか? 俺様はそれでも別に構わないぜ。お前が俺様に何度も語ってきた小僧とのままごとのような愛が勝つか、俺様との相性の良さが勝つか、試してみるのも悪くはない。結果はやる前からわかっているけどな」

 

 風切り音が響いた。その音がして、自分の頬に変化が見られたことにコルテスの視線が向くと、自分の頬が切り裂かれていることに気づき、慎夜の周囲に間桐の蟲たちが展開されていることに気付く。

 

「丸腰で来たって訳じゃないようだな」

「当たり前だろ、お前に説得をしたところで言うことを聞くなんて考えていない」

 

「いいねぇ、小僧だろうが何だろうが、楽しませてくれる分には大歓迎だ。だけど、分かっているよな? 先に手を出したのはお前だ。いかに自分のマスターだろうと、無事で済ませてもらえるなんて思っているようなら、考え違いもいいところだぞ」

 

「お前こそいいのか。ここでもしも、僕に何かの事があれば、お前に魔力を供給してくれる奴はいなくなる。セイバーとランサーが来るのを待つまでもない。お前ほどの英霊を留めておけるほどの魔力は円華だけじゃ抽出できない」

 

 慎夜にとってのアドバンテージは言うまでもなくコルテスと契約していると言う一点である。魔力を共有しているのはあくまでも彼であり、円華はあくまでもマスターとしての体を為し、緊急用に令呪を使用することができる権限だけが与えられているに過ぎなかった。

 

 だからこそ、慎夜は強気なのである。もしも、自分に危害を加えるようなことをコルテスがしたとすれば、間違いなくコルテスは聖杯戦争の最終局面まで現界し続けることはできない。コルテスは慎夜に大きな危害を加えることが出来ない。

 

「今更、新しいマスターを見出すことができるほどの時間だってないだろ。だから、お前は―――」

 

「小僧、どうして俺様がわざわざ、来るかもしれないお前を放置してまでここに来ることを優先させたと思う?俺様の後ろには何があるかお前には見えないのか?」

「………まさか」

 

「ああ、小僧、お前がどうなろうとも、聖杯へと変わろうとしているこの魔力塊の力を手に入れれば、お前のバックアップなぞなくとも、最後の一線を戦い抜くには十分すぎる。わかるか、小僧。お前がマスターであることで俺様に及ぶ点などと言うものはもはや何一つとして存在してはいないんだよ」

 

 コルテスがなぜ、ここまで冷静でいられるのか、その理由を単純にして明快に突きつけられた慎夜は思わず、息を呑む。自分が持ち得ている絶対にして最大のアドバンテージは既にコルテスにとっては脅威でも何でもなくなっていたと言う事実が強く強く自分の中の自尊心を傷つける。

 

 此処まで来て退くわけにはいかない。だからといって……、もしも、正々堂々真正面から戦ったとすれば絶対に勝てないであろう相手であることは分かっている。

 

「小僧、俺様は別にお前の命なんぞに興味はない。此処で傅き、円華のことを諦めるのなら、お前に手を出すつもりはないが?」

 

「それは……嫌だ。円華を諦めたくない。円華は……円華は、ずっとボクを待っていてくれたんだ。この聖杯戦争の時も、それよりもずっと前から。僕だって必死だった。円華に向きあえるような人間になりたくて、だけど、なれなくて。嫌なんだ、諦めることは嫌だ、そんなことをしたら……、僕の今までが無意味になってしまう。そんなのは―――」

 

「慎夜君……! 私は大丈夫だから、だから、最後まで聖杯戦争を戦わせて」

「でも、円華――――」

 

「これは強制されたからじゃない。私が始めた戦いだから。コルテスと一緒に聖杯を勝ち取る。きっかけがどうであれ、私達はお互いにそれを誓って、今日まで必死に闘ってきた。私はエルナン・コルテスに報いたい。それをしないまま、終わりにしてしまったら、きっと、私自身が後悔する!」

「―――――」

 

「だから、慎夜君。心配しないで。大丈夫、明日の朝になったら、私は必ず君の所に戻るから……」

 

 ピシりと、慎夜の心の中で何かがひび割れたように感じた。それはずっと、慎夜が心の中で隠し通して、維持し続けてきた彼にとっての心の中に潜む最後の防壁、円華には釣り合わないとしても、自分は男なのだから、彼女を守る側なのだからと保たせていた最後の自尊心に明確な傷を与えた言葉に他ならなかった。

 

 自分は今、コルテスだけではなく、助けなければならない円華自身に慈悲を与えられたのだ。お前では役に立たないから、引っ込んでいてほしいとお願いされた事実が、慎夜の心に明確な敗北感のようなものを叩きつける。

 

 言うまでもなく、円華自身にはそのような意図は全く存在しない。心から、これ以上、慎夜に負担を掛けさせたくない、コルテスと慎夜の激突なんて見たくないと思ったからに過ぎない。

 

 もっとも、言葉尻が強めに聞こえてしまったのだとすれば、やはり慎夜に対する不信感を円華が全て捨てきれていないことに起因するのかもしれない。

 

 無意識の最中で、円華自身も慎夜の無理解に対して悪感情を覚えていることには間違いはないのだから。慎夜がここに現れず、聖杯戦争を完遂することが出来ていれば、ことはすんなりと通った。そういう理解を覚えてもらったはずだと円華自身も考えていたにもかかわらず、現実はそのようには進まない。

 

「僕は……円華、君に頼りにしてもらう事も出来ないのか」

「え……?」

 

「いいや、君は変わってしまったのかもしれない。目の前のコイツが変えてしまったのか、それとも変わってしまったのか。少なくとも、僕の知っている、何も知らなかった頃の君とはもう違うんだね」

 

「慎夜君、何を言ってるの、私は―――」

 

「ああそうだ、小僧。お前の言う通りだ。円華は変わったさ、才能が花開いた。こんな街で腐らせておくにはあまりにも勿体ない才能だ。自覚が出来ているからそう思わずにはいられないだろう。お前と円華では住む世界が違う!」

 

「それでも、僕は、諦めたくなんてないんだッ!!」

 

 慎夜の右手に刻まれた令呪が光を放つ。サーヴァントに対する絶対命令行使権、サーヴァントであれば、強制力の大小はあれども、基本的に逆らうことができない絶対的な力であり、慎夜にとってこの場に立つ最後の拠り所ともいえる力である。

 

「俺様を従わせることができるなどと本気で思っているのか?」

「出来るに決まっている。僕はお前のマスターだ!」

 

 ドクンと円華の中で何かが離れていくような喪失感を覚え、自分の背中を見る。無くなっていた。円華の背中にさながら刺青のように刻まれていたはずの令呪、その最後の一画ごと、円華の背中には跡形もなく、その姿を消していた。

 

「慎夜君ッ!!」

 

 円華だって、この場で慎夜が何をしようとしているのかくらいは分かる。それが最も単純な解決方法であり、同時にここまでの軌跡の総てを無に帰す行為であることも。

 

 けれど、最早言葉では止まらない。もつれにもつれあった運命の歯車は再び合致することを叶わずに、すれ違いを排除によって解消するしかない。

 

 誰がこのような盤面を狙ったのか、それとも総ては偶然であったのかすらも分からない。

 

「令呪を以て命じる。ライダー:エルナン・コルテス、自害しろ! もう、お前はいらない!!」

 

 決定的な言葉を慎夜が叫んだ。決別の言葉、崩壊の言葉、結果がどうであれ、終わりを迎えていくであろう引き金の言葉が口にされる。それを受けたコルテスは懐から拳銃を取出し―――

 

「よくやったぜ、爺。褒美は必ず取らせてやる」

 

 パンと、乾いた銃声が鳴り響いた。その銃口が向かう先がコルテスの身体に向かってではなく、慎夜に向けて放たれたこと以外は何一つとして予想を外れることはなく、予定調和のように全ては向かうべき場所へと向かっていくかのように進んだのだ。

 

「な、んで……、どうして、令、呪が……」

 

「令呪ってのは魔力を通して発動させるものだ。魔力が無ければ発動はしない。小僧、お前を此処に来るように焚きつけたのは誰だ? 誰がこの数日間、お前の治療を行っていた?」

 

「お、じい、さま……、うそ、だ……」

 

 慎夜は知らない。慎夜の身体の中には魔力を増幅するために間桐の蟲が飼われていることを。そして、その蟲は間桐の大旦那の指示1つで慎夜の魔力の使用に大きく影響を及ぼすことができることを。

 

 外部から、まるでリモコンを操作するかのような感覚で行われるそれは、慎夜が令呪を起動させるタイミングで実行された。結果として、コルテスに影響を及ぼすはずだった令呪の力は起動することなく、今も慎夜の身体には役立たずとなった令呪が残っている。

 

 しかし、能力の発動を心配している場合ではないことは明白だった。自分の身体から流れる血と銃弾の痛みは数日前に味わったものと変わることなく、慎夜に再び脱力感と無力感を押しつけていく。

 

「いつも……同じだ。また、僕は……何もできなくて……余計な、ことばかり」

 

「お前はもう必要ない。俺様は円華と共に聖杯を掴む。引き金を先に引いたのはお前だ」

「慎夜君……!」

 

 円華が思わず駆ける。今更、円華に出来ることなど何もないことなど分かっているのに、それでも見捨てることなんてできるはずもなく、慎夜に駆け寄り、慎夜は円華が自分の下に来てくれたことに安堵を覚えた。

 

 こんな時になってようやく充足感を覚える。今だけは円華が自分の事だけを見ていてくれるのだと心の底から信じることができる。

 

「ごめん、円華。でも、僕は……」

「謝るのは私の方、私は慎夜君の為に闘っていたのに……なのに……」

 

「君が、眩しかった……」

 

 慎夜にとって、九重円華はまさしく眩い光だった。同じ街で生まれ、同じように育ってきたのに、自分では手の届かない場所へと飛翔していく彼女の姿に目を奪われて、いつしかその光に少しでも手を伸ばしたくて仕方が無かった。

 

 円華が自分を好きでいてくれていると知った時、慎夜は三日三晩、喜びに打ち震えていた。自分が特別な存在なのだと優越感に浸った。

 

 けれど、いつだってその優越感はその座を脅かされるかもしれないという思いと隣り合わせであり、必死に円華に追いつけるように頭を巡らせ、努力して、そんな時間ばかりだった。だから、コルテスと言う存在に対して焦りを画することもできなかった。

 

「僕は君に、迷惑を掛けてばかりで……ごめん、もう、これでいなくなる、から」

「そんなことない、私は慎夜君を――――」

 

「いいんだ、円華。もう僕は―――」

 

 最後を今度こそは君に看取ってもらうことができる、それだけで満足なのだと言わんばかりに、間桐慎夜は瞳を閉じた。この一瞬に円華の心を独り占めすることが出来たことに喜びを覚えながら。

 

「ふん、最後は潔く死んだか。抵抗されたところで、時間が長引くだけだったがな」

「どうして……」

 

「ん?」

 

「どうしてよ! 慎夜君に此処までする必要なんてなかったじゃない!! あんたなら、こんな手荒なことをしなくても、解決する方法だってあったでしょ!」

 

「望んだのは俺様じゃない、爺の方だ」

「―――――」

 

「慎夜が邪魔になるのなら、排除してくれても構わない。俺様の勝利にあの爺は賭けている。その勝利の邪魔をする奴なら、いなくなってくれた方がいいと考えるのも理解できないことじゃない」

 

 もしも、間桐の大旦那が魔力を遮断するようなことをしなければ、慎夜の命運はどのように変わっていただろうか。やはり変わらなかったのか。そこはわからない。分からないが……直接手を下したのがコルテスであることには変わりはない。

 

 円華はコルテスに対して怒りの視線を向ける。

 

「おいおい、俺様だって被害者だぞ。命を奪われるかもしれなかったんだ」

「此処までする必要はなかったでしょ!」

 

「かもしれんな。だが、よかったな、円華。これで改めてお前にも戦う理由が出来たじゃないか」

 

 一歩、また一歩と慎夜の亡骸に縋る円華に対して、コルテスが歩みを進めていく。

 

「戦う理由って何を言っているのよ」

「分からないのか?お前らしくもない」

 

 円華の目の前に立ち、コルテスは円華の襟元を掴み上げる。

 

「間桐慎夜を生き返らせたいのならば聖杯を掴め。聖杯ならば、小僧の命を甦らせることもできるだろう。今までと何も変わらない。お前は俺様と一緒に聖杯を掴むんだ、円華」

 

「自分で手を出しておいて、何を今更――――」

 

「別に小僧の命などどうでもいい。俺様にとっては邪魔だから排除しただけの事だ。お前が本気で小僧を生き返らせたいのなら、今度こそ聖杯に祈るしかない。

 お前が責任を感じる必要などないだろ、小僧が勝手に暴走して勝手に自滅しただけだ。あの爺だって小僧には忠告しておいたはずだ」

 

「そんなことで割り切れって言うの……? そもそも、本当に聖杯戦争に勝てるかどうかだってわから―――――んっ!」

 

 円華が自棄になって口にしようとした言葉を塞ぐようにコルテスの唇が円華の唇を塞ぐ。その唇のふれあいはこのような凄惨な状況、加害者と被害者の関係でありながら、そんな状況を忘れさせてしまうほどに優しく、不安を忘れさせる身を任せたくなってしまう感覚に包まされてしまう。

 

 ややあって、互いにどちらともなく唇を離してから、

 

「お前は俺様が勝つことが信じられないか?」

「今、それを言うの卑怯よ」

 

「ちゃんと口にしろ」

「……勝てるわ、勝てるって信じているからここまで来たんじゃない」

 

「なら、それでいい。俺様は聖杯を以て受肉する。お前は小僧の命を取り戻す。聖杯戦争に勝つ理由はそれで十分だろう。俺様に従え。俺とお前の相性は最高だ。必ず勝てる」

「――――――はい」

 

 ああ、自分はコルテスの術中にはまってしまったのだと、円華は理解する。もう、これで逆らえない。慎夜を生き返らせるために今度こそ、コルテスに従わざるを得ない。

 

 いいや、違う。コルテスを拒むことができない都合のいい理由が今度こそ出来上がってしまった。

 

 もしも、慎夜が聖杯の力によってもう一度、息を吹き返すことが出来たとしても、慎夜は果たしてコルテスに同じ態度でいることができるだろうか。自分の命を奪い、今度は自分の命を救った相手、受肉を果たしたコルテスはもう一度、慎夜の命を奪うことなど造作もない。

 

 慎夜を救いたい想いなど、欠片もない。すべては円華にコルテス以外の総てを諦めさせるためにすることなのだ。そして、円華は逆らえない。慎夜の末路に責任を覚えているのならば、願いを叶えることを拒めるはずがないのだから。

 

「聖杯を掴み、受肉すれば、不安も罪悪感も吹き飛ばしてやるくらいの快感を与えてやる。選ぶ必要すらない。お前の幸福は俺が与えてやる」

「―――――ええ。それで、何もかも忘れられるのなら」

 

 円華は思う。結局、自分と慎夜も釣り合ってはいなかったのだろうと。慎夜が円華の気持ちを理解できなかったように、円華も慎夜を理解しているわけではなかった。分かってくれるはずという信頼の下に行われていたすれ違いが、慎夜にとって取り返しのつかない結末を迎えてしまった。

 

 例え、慎夜が生き返ったとしても、そんな自分が隣にいる資格はない。苦しむくらいなら……離れた方がいい。

 

 果たしてそれは本心だったのか、それともそう考えた方が救われると思ったからなのか。どちらなのかは、円華自身にしかわからない。

 

 ただ一つだけ確かなことは、ライダー陣営もまた歪な形であるとはいえ、決戦を前にして一枚岩となったこと。二人には聖杯を掴むだけの理由がある。

 

 退けない理由がある。その理由は決して、セイバーやランサーに劣るモノではない。

 

「待つとするか。聖杯戦争最後の戦いが来る時を」

 

 告げて、コルテスは今度こそ巨大な魔力塊へと手を伸ばす。自分たちは勝てる、その想いを現実に変えるために。

 




誰も全て幸福になれる結末なんてない。これは一つの結末、彼女たち三人の行動が産んだ一つの幕引きである。

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