※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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お待たせしてしまって申し訳ありませんでした、ラストスパート頑張ります!


ただ、その願いの為に

――春根市西側・繁華街入り口――

「こうして機能を停止させるのは二度目となるが、存外に気分は悪くない。此度は天を恨むこともなく、主を疑うこともなく、確かな満足を覚えて消えていくことができる。これを幸福と呼ばずして何というべきであるのか」

 

「何を言うんだ、セイバー。俺がもっとうまく立ち回っていれば、こんな結末にせずに済んだ。桜子との戦いに集中するあまり、お前のカバーを全く行わなかったのは俺の責任だ、すまなかった」

 

「死力を尽くした戦い、我々は此度の戦いは互いに戦士であることを選んだ。戦士が目の前の戦いに集中するのは当たり前のこと、主の責任ではない。ただ、我らが対峙するべき相手が命を懸けねば倒せぬ相手であったと言うだけの事だ」

 

 ほんの少し前まで圧倒的な暴威を振い、この戦場を破壊しつくしてしまうのではないかと思われていた機械の巨躯は、その身体を構成している魔力を放出し、黄金のエーテル塊を霧散させながら、己の肉体が崩壊していくことを自覚していた。

 

 サーヴァント・セイバー、圧倒的なまでの暴威を持ち合わせ、最強のマスターと共にこの聖杯戦争における最有力の優勝候補とも言えた存在は、この最終決戦に置いて、明確に勝負に敗北していたことを認めた。

ランサーの宝具が放たれた瞬間に、自身の肉体では避けることも受け切ることもできずに、崩壊へと進んでしまうことは条理として受け入れざるを得なかったからである。

 

 それを覆すために必要であった第二宝具の使用、ロイにとって決して選びたくはなかった展開であることは言うまでもない。

 使用条件はセイバーにとって、彼が己の生の中で最も恥、最も嫌悪した王より与えられた自死の再現、その発動をセイバーが承認し、自ら、己の命を絶たなければ発動しないと言う不条理極まりない宝具であったからだ。

 

 サーヴァント一体の命と引き換えに生じるその力は絶大だ。もっとも、バトルロイヤルである聖杯戦争の最中では、勝利を目指す場合においそれと使える宝具ではない。あくまでも、無理を捻じ曲げるために用意された力、それをセイバーが最も正しいタイミングで使用し、主の勝利という結果を出力して見せた。

 

 己の身体が崩壊するかもしれない最中で下した判断としては、至極冷静そのものであり、ロイが浮かべていた感情の発露よりもなお勝利に貢献したことは言うまでもない。

 

 だが、それは結果の話しだ、あれだけ己の死を認められず、主に最後まで己を戦う存在として信頼してほしいと願っていた相手に対して向けた命令としては最悪のものだ。

 

 勝つための犠牲だったとしても、それは到底許されるべきものではない。己の判断を苦慮するロイに対して、セイバーは彼の肩にその血の通っていない手を置く。

 

「何をそのように悲観的な顔をしている、主よ。15年に渡る悲願を果たしたのだろう。であれば、それに相応しい顔をして見せろ。胸中にどのような感情を浮かべようとも、信じた者たちの為の態度を取るのが主と言うものの役割だ」

 

「だが、俺は――――」

 

「それに主は何か勘違いをしている。宝具を発動しろと口にしたのは我だ。我が決めて、我が実行した。ただ、主の命が必要であっただけだ。何も気に病む必要はない。己はあの場における勝利のための最善を図った。敗北を覆すためにはああするしかなかったのだ」

 

「それでもその手段はお前にとって、決して喜ばしいものではなかったはずだ」

 

 その悔恨の言葉にセイバーは笑った。無機質に己の言葉を告げるだけだったセイバーが明確に笑みを浮かべる。その笑みは何処か不器用で慣れていなくて、自分がどんな表情を浮かべているのか彼自身も分からないのではないかと思わせる素振りだった。

 

「主よ、我はやはり感謝せばならぬ。かつて、己は王に死を選ばされた。それは我にとって慮外の出来事であり、屈辱の行いであった。しかし、今は違う。我は何処までも誇らしい。己の命を以て、主の願いを叶える。生じたことは同じであると言うのに、今は何処までも誇らしいのだ」

 

 あの凄惨な記憶と行いが今、この時に塗り替えられた。そのように思う事も出来るほどにセイバーの心は晴れていた。

 

「ロイ・エーデルフェルト、我は貴殿と出会った時に既に救われていた。戦うことしかできない己を欲し、己の力を求めてくれたことが主に怖れられた我にとってどれほどの救いであったか。であるというのに―――、今の我はかつての後悔すらも晴れる想いだ。この記録が喪われてしまうことだけが……不条理であると言えよう」

 

 セイバーにとって主に怖れられ、死を願われたことは生涯たった一つの未練であり後悔であり、癒えぬことのない傷であった。あらゆる戦に勝利してきたセイバーをして、決して変えることは出来なかった過去、それを塗りつぶしてくれたことを彼がどれ程感謝しているのか、目の前でその言葉を聞くロイにも確かに伝わってきた。

 

「貴殿は己を才能だけの男であると口にしていたが、我はそうは思わない。貴殿は己の従者の為に、涙を流し、偲ぶことができる存在だ。妹君の為に己の戦いを遂行できる者だ。どれ程の才能を持ち合わせても、果たせぬ者たちもいるだろう。

 謙遜も過ぎれば毒になる。貴殿はもっと己を認めてやるべきだ。貴殿は妹君との約束を果たしたのだから」

 

「………なんだ、随分と饒舌じゃないか。こんな最後の時だって言うのに」

 

「主への諫言を口に出来ずに何が臣下か。これが最後であるのならば告げなければならぬこともあるということ。ゆめゆめお許しいただきたい」

 

「気にしないさ。俺のたった一人の臣下だ。胸に留めておくよ。お前やリーナに言われて、ようやく、自分のことを認めてやれそうに思うんだ。ずっとずっと、そんなことすらも満足に出来ていなかったからな」

 

「………我はまもなくこの地より消滅する。されど、聖杯戦争は終わらず。

 主よ―――妹君との約束を果たされよ。この聖杯戦争にて、誰が最も強かったのか、貴殿ならば、それを示すことができると我は信じている」

 

 元より消滅しかけであった身体にいよいよ終わりの時が近づいてくる。セイバーにとって願いなどもとよりなく、主は積年の因縁に決着をつけることが出来た。何一つとして未練はない。そう、未練などないはずだと言うのに……

 

「ああ、まったくもはや未練も後悔もないはずだと言うのに。今、新たに未練が生まれてしまった。ロイ、貴殿の勝利する姿をこの目に収めることができない。共に勝利の美酒に酔いしれることができない。それは――――どうしようもなく、未練、が残るな」

 

 最後にそう言い残して、ロイ・エーデルフェルトにとってたった一人の忠臣は、最後まで何らブレることなく、己の役割を果たし、秋津市より消失した。

 

「……ありがとう、セイバー。お前がいなければ、俺はきっと聖杯戦争に勝てなかった。謙遜をするわけじゃない、何度も何度も助けられた。お前が俺のサーヴァントでいてくれて、本当に良かった」

 

 果たして彼が本当に救われたのか、それは彼自身にしかわからない。しかし、ロイの心は決まっている。駆け抜けた日々に何の後悔もない。怖れなど抱くことはなく、真実、感謝の気持ちしかない。

 

 けれど、涙を流して立ち止まっている暇はない。主は従者より、この聖杯戦争における最後の願いを託されたのだから。

 

 そして、同じように、もう一つの別れも避けることは許されずに起こる。セイバーの第二宝具によって心臓を貫かれたランサーの身体も魔力の崩壊によって、黄金の粒子へと変わっていき、消滅の時を迎えようとしていた。

 

 自分自身も満身創痍の桜子は身体を引き摺って、終わりの時を迎え、無念の表情を浮かべる女騎士へと寄り添う。総ての力を吐きだし、膝から崩れ落ちた彼女を介抱する桜子は、ロイたちの存在も忘れて、ランサーの事しか見えていなかった。

 

「………申し訳ありません、桜子。勝てる戦いであったと言うのに、あと一歩の所で勝利が掌から零れ落ちてしまった」

 

「そんな、謝るのはあたしの方だよ。あたしがちゃんとロイに勝っていれば……」

 

「いいえ、貴女は何も悪くはない。死力を尽くして戦った。私は貴女が全力で戦ってくれたからこそ、逆転の一手を放つだけの時間を手にすることが出来たのですから。その上で、セイバーは捨て身で勝利をもぎ取ろうとした。まったく、計算外ですよ、あの戦闘躯体にこれほどの意地と熱があったとは……」

 

 セイバーの勝利への執念を舐めていたとランサーは思ってしまう。圧倒的な勝利を積み重ねてきたセイバーは己が敗北すると言う状況に置いて取り乱すか思考を停止するかと思っていた。だが、結果を見れば、それが誤った判断であったと考えるのは妥当であった。

 

 最後の最後までセイバーは将として最善の行動を発揮した。ロイ・エーデルフェルトの七星への勝利と言う悲願を達成するために何をするべきなのかを冷静に判断し、己の命が消失するほんの僅かな一瞬に自分に出来る最善の逆転手段を実現して見せたのだ。

 

 まったくもって恐るべき相手だった。最強にして最大の相手だった。わずかに手が届かなかったのは事実ではあるが、ランサーはかの戦闘躯体と全力を振って戦う事が出来たこの機械を誇りに思う。

 

 最も、既に身体は黄金のエーテルに変わっていき、消滅を免れることはできない状態、セイバーの第二宝具によって心臓を潰された状態となっては、常勝将軍ともいうべきカール・マルテルであってもこの戦局を覆すことはできない。

 

(分不相応な願いを抱いてしまったことの報いであったのかもしれませんね。私は私を信じてくれた民たちの歴史に背を向けて己の願いを叶えようとした。それは私なりに純真な願いであったとしても……やはり、許されないモノであったか)

 

 身を滅ぼして、マルテルは自分が安堵を覚えていることを自覚した。あれほどまでに焦がれていた思いが胸の中にあったと言うのに、自分が敗北を迎えたことに対して何処か安心を覚えているのだ。

 

 少なくとも、これで歴史が変わることによって、多くの未来が変わると言うことは無くなった。カール・マルテルの願いが叶わないとしても、それは彼女が戦ったがゆえの結果だ。元よりサーヴァントは7体の内、1人しか願いを叶えることはできない。己の願いを叶えることが出来なかったとしても、それは受け入れざるを得ないことであるのだ。

 

(私は構わない。叶えることができないことも受け入れた上での結果だ。しかし、桜子は……)

 

 桜子は目尻に涙を浮かべながらもそれをぐっとこらえている。それが自分と別れることになったための涙なのか、あるいはランサーを失ったことによって願いを叶えることが出来なくなってしまったがためなのか。きっと、前者だろう。彼女は自分の願い以上に他者との触れ合いを大事にする人間であったから。

 

(叶えてあげたかった、運命に翻弄され、それでも懸命に呪詛を吐きだすこともなく戦い続けてきた彼女に祝福を与えてあげたかった……)

 

 この聖杯戦争で願いを叶えることが出来なかったとなれば、彼女はこれより先の人生で七星の血をその身に宿しながら常に殺人衝動と戦っていくことになるのだろう。

 

 彼女はきっとそんな自分の境遇を呪うようなことは口にしない。あっけらかんとそれが自分の人生だと笑って、付き合っていくことになるのだろう。どれほど茨の道であったとしても、七星桜子はそれを受け入れる。それはきっと、彼女にとっての美点であり、同時に彼女の心を苛む汚点になりかねない。

 

 願いを叶えることができない消滅寸前のサーヴァントに何が出来るのだろうか。聖杯には手が届かず、さりとて奇跡を起こす何かを抱えているわけではない自分は……

 

「桜子……気に病まないでください。これはただの結果です」

「でも……」

 

「これは戦争、どだい、私とセイバーのどちらかが敗北しなければ決着しない戦いでした。結果的には痛み分けのような形で終わったわけですが……、どちらかの願いは叶わない。分かったうえで戦っているのです。余力を残すことなく全力で戦うことを選択した時点で、セイバーの切り札を予想していなかった時点で、私の敗北は必定だったのでしょう。それに貴方を付き合わせてしまったことだけは心残りですが」

 

「それを言ったら、あたしだって。あたしがロイとの戦いを優先しなければ……」

 

「ライダーはそれを見逃すような相手ではありません。どちらにしてもこの戦いは必然だったはずです。むしろ、良く戦いましたね、ロイ・エーデルフェルトをギリギリまで追い詰めたのです。もっと誇りなさい」

 

「マルテルさん……」

 

「よく聞きなさい、桜子。これより先の人生の中で失敗であると思う事もあるでしょう。自分の運命に対して呪いたくなる気持ちも生まれるでしょう。それほどに貴女の運命は苛烈だ。いつかは今と同じ気持ちではいられない時が来るやもしれない。

 それでも、それでもです。貴女は私に口にしたことを、七星の血の運命を是と受け入れたことを心に留めておきなさい。宿命や運命などというものが貴女の人生を左右するのではない」

 

 カール・マルテルの人生が常にカロリング王家の在り方、自身の性によって翻弄されてきたのを鑑みれば、きっと、桜子もこれより先に七星の血というものに本格的に翻弄されていく時間が訪れることになるだろう。

 

「抗い続けなさい、これより先も七星の血を抱きながらも、それに呑み込まれるではなく使いこなして見せなさい」

 

「あたしみたいな、未熟者にできるかな?」

「できますよ、貴女は私が見てきた誰よりも筋がいいのですから」

 

 本当に彼女の成長をこれから先に見ることができないのが残念であると思いながらも、この不思議な縁の終わりに溜飲を下げる。

 願いを叶えることは出来なかったけれども、彼女との時間は悪くなかった。久方ぶりに戦士としてのカール・マルテルが駆け抜けることが出来たのだから。

 

「……わかった、あたし頑張ってみるよ。今よりももっともっと強くなって、マルテルさんの弟子として恥がないようにしてみせるからさ。マルテルさんもどうか、元気で」

 

「私は既に生を終えた身です。次に呼び出される時も変わりはしません。変わることなく、願いを求め続けます」

 

「そっか、じゃあ、今度こそ願いが叶いますように」

「不思議なことを言いますね、貴女は私の願いを叶えたくないのではなかったのですか」

 

「うん、でも……、ここまで一緒に戦ってきたんだもん、叶ってほしいと思う気持ちだってあるよ。あたしの大切なパートナーなんだから」

「ふふっ、まったく……最後まで貴女は――――」

 

 最後まで言葉を紡ぐことはなく、七星桜子のパートナーとして聖杯戦争を戦いぬいてきたランサー:カール・マルテルもまた、対峙した最強の敵同様に秋津市より消失した。

 

 後に残ったのは、死力を尽くして戦ったマスターたちだけであった。

 

「これって……どういうことになるの?」

「聖杯戦争はサーヴァントが最後の一騎になるまで相争う戦いです。サーヴァント6体の魔力を聖杯の中にくべることによって、万能の願望機はその力を発揮する。であれば――――」

 

 その瞬間であった、繁華街入り口で戦いを続けてきたロイと桜子、そしてこの場にいる全員の視線が一つの方向へと向く。それは秋津市の北、かつて唯一神理教の総本山があった場所にて、眩いばかりの発光が起こったのだ。

 

「あの光は――――」

「聖杯の顕現、6体のサーヴァントの魂を手にしたことによって、聖杯が遂に完成を果たす」

 

『その通り、かつて15年前の聖杯戦争の決戦の地となった場所、それこそがかの唯一神理教総本山のあった場所だとも』

 

 中空から突如として聴こえてくる声、その声の主が誰であるのかは聞くまでもない。これまで一切反応を見せなかった理由も想像が着くだけに桜子とロイは苛立った反応を浮かべる。

 

「随分とタイミングがいいな、アフラ・マズダ」

 

『君たちの因縁の戦いに水を差すべきではないと思ったのさ。おめでとう、ロイ。君は見事、エーデルフェルトの15年に渡る宿願を果たしたのだから』

 

「そうなるように仕向けた奴が何を言う。聖杯戦争は終わりを迎える。これでお前の目的も果たされるのか?」

 

『さて、それはどうだろうか。私は君たちの勝敗自体に興味はない。いや、興味がないと言えば語弊はあるが、勝敗とは全く違う所に私の理解したいものはあるからね。だから、これは素直な称賛だ』

 

 受け取りたまえと恩着せがましく告げる言葉にロイは辟易する。この存在は心底、ロイが勝とうとも桜子が勝とうともどうでもよかったのだ。もしも、この場でランサーが生き残り、桜子が勝者になっていたのだとすれば、当たり前のように桜子を祝福したであろうとことは見え透いている。

 

『さて、君たちの戦いが激戦であったことは理解しているが、この場でもたもたとしていてもいいのかな?』

「どういう意味……?」

 

『聖杯戦争における勝利条件はサーヴァントを最後まで生かすことではない。聖杯顕現まで生き残り、他の陣営を無力化することによって、己の願いを叶えることを邪魔されないようにすることこそが肝要となる。言わば、サーヴァントが存在しなくなったとしても、マスターだけでも願いを叶えることはできると言うことだ』

 

 桜子は思わずドキリとする。ランサーが消滅したことによって自分の聖杯戦争は終わりを迎えてしまったかのように思っていたが、そうでないというのならば、命懸けてセイバーと愛打ちへと持ち込んでくれたランサーの努力に意味があったのならば。

 

『最も、既にライダーは君たちの戦いの裏で聖杯に限りなく近づいている。今更、向かった所で間に合いはしないかもしれないが……』

「いいぶりが間に合うって言う風にも聞こえるけど……」

 

『解釈は君たちに任せよう。今宵は聖杯戦争の終わりを決める日、このままライダーと九重円華が勝利するのか、あるいは、番狂わせが起こるのか。その結末を私は見届けたい。お節介は此処までにしよう。伝えるべき情報は伝えきった。あとは、君たちが何を選ぶかだ』

 

 最後にそれだけを言いきって、アフラ・マズダの声は聞こえなくなる。あいも変わらずの神出鬼没、その裏にどこまでの目論みがあるのかは露としてわからない。

 

 ただ、アフラ・マズダが何を考えているにしても、ロイと桜子がとる行動はどちらも変わることなく同じだった。

 

「あっ――――」

「無理をするな、あれだけの戦いの後だったんだ。そうそう元気でいられたら、こちらとしても立つ瀬がない」

 

「そっちはまだまだ元気そうじゃない」

「それはそうだ、俺は才能だけの……、いいや、それだけの才能を持ち合わせている男だからな。これくらいはなんてことはない」

 

 立ち上がって足を進めようとした桜子は身体がふらつき、倒れ掛かってしまう。そこに手を伸ばし、肩を貸したのは他ならぬロイだった。先ほどまで互いに命の奪い合いをしているのではないかと思うような戦いを繰り広げていたにも関わらず、肩を貸し、言葉を交わしあう姿には一種の信頼感すらもあった。

 

 不可思議な運命であるともいえる。15年にもわたって、七星と言う存在を憎み続けてきたエーデルフェルトの家の当主として聖杯戦争に参戦したロイが、自分の陣営以外の中で最も言葉を交わし、信頼し合う事が出来た相手が、あろうことかその七星の人間であったのだから。

 

 しかし、その運命の皮肉も今となっては決着がついてしまっている。エーデルフェルトに向けた義理立ても終わっているとなれば、桜子に対して露骨な態度を取る必要もない。

 

「俺は聖杯の下に向かう。桜子、お前はどうする?」

「そんなの……勿論、行くよ。何も出来ないかもしれないけれど、それでも、此処で待っているなんてこと出来ないんだから……」

 

 桜子の空元気ともいうべき言葉にロイは微笑を浮かべる。そうでなければ面白くはない。そんな反応であるように思えた。

 

「聖杯に込められた魔力はサーヴァントとマスター、それぞれの願いを叶えることができる。しかし、必ずしもサーヴァントが必要であるわけではありません。もしも、ライダーよりも先に聖杯に辿り着くことが出来れば……あるいは」

 

 本来であれば、セイバーとランサー、そのどちらかがこの後に待つライダーとの戦いを制することで、聖杯を獲得することができる算段でいたが、双方ともに消滅した以上、サーヴァント戦闘としての聖杯戦争は最後まで残ったライダーに軍配が上がった。あとは、顕現した聖杯に誰が願いを込めるのかという点だけが問題になってくる。

 

(アフラ・マズダの思惑に乗る形なのは甚だ不安ではあるが……今は進むしかないだろう)

 

 無論、蓮司もノルンもリーナも二人に付いていくほかない。此処までくれば、誰もがこの聖杯戦争の結末を見たいと思っている。

 

 最も……そうした考えはこの場で決戦を繰り広げていた者たちの考えであることは理解しておかなければならない。

 

 同刻――――聖杯そのものが顕現せんとする有何時神理教総本山にて、セイバーとランサーの戦いの結末が届くことを、ライダー陣営は待ち続けた。

 

 果報は寝て待てなどと日本のことわざでは言うが、この待機をする時間こそ、ライダー陣営にとって最後の平穏な時間であると言っても良かったかもしれない。

 

 セイバーとランサーの戦いの結末は間桐の大旦那から蟲を介して伝えられる手筈であった。しかし、大旦那がその事態の報告を伝えるよりも早く、聖杯が大きく鳴動を始め、コルテスはその鳴動の意味を理解して大きく高笑いを上げた。

 

「くく、はっははははははは、そうか、そうか、やはり俺様には勝利の女神がついている。奴ら、本当にどっちも消滅しやがったか、くく、あっははははははははは!!」

 

 コルテスはこれ以上ないと言うほどの大笑いを浮かべながら、我が世の春を謳歌しているとばかりの様子だった。その様子に、慎夜が命を落としたことによって塞ぎこんでいた円華も思わず顔を上げた。

 

「どちらもって、まさか―――」

 

「くっく、今更言うまでもないことだろう。俺様の目論み通りだ。セイバーもランサーも互いに全力を出して消滅しやがった。俺様の目論みが全てうまく行くとはさすがに考えていなかったが……思った以上に世界は俺様を求めているのかもしれんな」

 

 漁夫の利、今ある状況を伝える言葉としてこれ以上の言葉は存在しないだろう。エルナン・コルテスの目論みは、セイバーとランサーの消耗を誘い、この巨大な魔力を力へと変えることによって、勝利した一方を倒すことが出来れば、というものであった。

 

 若干、博打な面が強い策であったことは当然にコルテスも認めている。セイバーとランサーではセイバーの方が有利だった。

 如何に最後の戦いと言う気合の入り方が違うと言う点を考慮に入れたとしても、順当に考えればセイバー陣営の勝利は間違いないと思っていたが……博打は当たった。

最も幸運な展開であると言える同時消滅に状況を持ち込むことが出来たのはコルテスをして、己が幸運の女神に愛されていることの証明に他ならなかった。

 

 大きな魔力塊であったはずのソレが明確に形を変えて行く。6つの魂をその中に取り込んだことによってイメージが固まって言ったのか、魔力塊はその輝きを黄金色に変えて、杯の形へと変じていく。

 杯の形と言っても、それは円華やコルテスの身体よりもさらに大きい。その中身が流れ出していくだけでも、この一帯総てを黄金色に染め上げてしまうのではないかと思えるほどの巨大な魔力が蓄えられているのが分かる。

 

「博打には勝った。なら、今更、俺様がもう一つの博打をする必要もない。勝者として、聖杯の力は俺様たちが戴くとしよう。なぁ、円華!」

 

「これで……慎夜君は本当に帰ってきてくれるの?」

「俺様の受肉と小僧を生き返らせること、それが俺様たちの願いだろう。叶えてやる。だが、願いを叶えるには代償が必要だ」

 

「慎夜君を生き返させる代わりに、貴方の女になれって言いたいんでしょう?」

「ああ、そうだ。俺様からすれば小僧を生き返らせる理由など何処にもないからな」

 

「………いいわよ。私一人で慎夜君を助けることができるのなら……、慎夜君が命を落とすきっかけを作ったのは他でもない私なんだから」

 

 もっと早くに何かしらの決断をしていれば、慎夜が命を落とすようなことはなかったかもしれない。そう思えば、コルテスの言葉に頷くのは仕方のないことだと円華は思った。

 

 思い込もうとしているのかもしれない。自分の心の中は先ほどの葛藤で分かっている。コルテスの言葉に拒絶の意思を示すことはできる。けれど、自分自身がその拒絶の選択肢を見えないようにしているのは、結局の所、都合よく慎夜にとって自分が必要のない存在であることを意識づけようとしているからなのではないだろうか。

 

(私と言う存在がいることによって、慎夜君をまた何かに巻き込んでしまうのなら、私はいなくなった方がいい。聖杯戦争を経験して、この後もまた私達が同じようにいることができるかなんてわからない。逆にコルテスなら、どんなことになっても勝手に自分で何とかする。それなら―――)

 

 もう何かを必死に頑張ることにも疲れを覚え始めてきてしまっていた。自分にとって正しいことを必死に頑張ってきたつもりだった。泥を啜り、不名誉を被ってでも、正しいと思うことをしてきたはずなのに、いつだって正しくない、自分の心の思うままにしたことの方が結果的に正しい方向に進んでしまう。

 

 なら―――もう、いいんじゃないだろうか。総てを諦めて、自分の好きなようにしてしまっても。エルナン・コルテスの隣にいれば、彼は自分を大切にしてくれる、愛も快楽もくれる、きっと自分が欲しているものもその力によって与えてくれるだろう。

 

 この10日間に渡る時間で、円華のコルテスに対する感情は大きく変わった。誰だって自分を大切にしてくれる相手に靡かない理由はない。靡けない理由が喪われていく今となっては……、もはやコルテスを拒絶する理由そのものが無くなってきている。

 

(そう……コルテスが肉体を得れば、彼は私を逃がさない。絶対に自分のモノにしようとする。無駄な抵抗なんてしたって仕方がない。そう思ってくれるほどの相手がいるのなら、もう受け入れてしまえばいいじゃない……)

 

 いつだって、安心をくれたのはコルテスで、自分の想いに応えてくれたのもコルテスだった。慎夜と自分ではそういった信頼関係を何処まで構築できただろうか。慎夜にとっての理想の自分を演じていただけではないだろうか。彼に寄り添っているだけで、本音で彼に言葉や態度を投げたことがあっただろうか。

 

(それでも――――――は――――――た)

 

 瞬間、眩い光に周囲が包み込まれる。それはコルテスの身体から発せられたものであり、それが収斂すると同時に、目の前に立つコルテスの姿がどこかこれまでとは異なる存在に変質したのではないかと思えた。

 

「コ、ルテス……?」

 

「くっく、成功した。魔力による仮初のモノじゃない。今、俺様は、エルナン・コルテスは確かな形でこの世界にもう一度舞い戻ってきた。くっく、はははははははは、これで俺様は再び、この世界に覇を唱えることができる!!」

 

 受肉―――マスターの魔力によって現世への存在を許されるサーヴァントが、マスターからの魔力供給を経ることなく肉体を得ること。わかりやすく言ってしまえば、生き返るということである。

 

 冥府の底へと落し込まれた存在が、もう一度現世へと這い上がっていくことなど出来るのかという疑問は生まれるかもしれないが、それを可能にするのが聖杯である。

 

 あらゆる願いを叶えることができる願望機であればこそ、かつての過去に消え去った存在を甦らせることなど造作もない。世界の根源に至る理を明かす事よりも、世界に刻まれた存在をもう一度呼び出すことの方が世界への影響という面では大したことがないのだから。

 

 故に―――聖杯を手にしたのはエルナン・コルテスだ。円華の願いを叶えるために使う分の魔力は残っているにしても十全たる聖杯の力の総てはもはや杯には残っていない。コルテスの受肉と言う奇跡を果たすためにその魔力は使用されたのだから。

 

「いいねぇ、やはり自分の身体を手に入れると言うのは悪くない。誰かの意思に縛られているなんてのは俺様らしくはないと思っていたが、ようやくその軛からも解放された」

『これはこれは……おめでとうございます、コルテス殿』

 

「よぉ、爺。セイバーとランサーの戦いの見物は終わったか。結果は聞くまでもないが」

『ええ。しかし、驚きを覚えているのも事実。コルテス殿を信頼し、力を貸すと決めはしておりましたが、よもや本当に聖杯を獲得なされるとは。この爺の眼も決して衰えているわけではないと分かりましたな』

 

「今は気分がいい、当然の褒め言葉として受け取っておこう。小僧1人の命を救うことも聖杯なら容易い。まだリソースは残っている。後は爺、てめぇにくれてやる。絞りかすだが、お前の願いを叶えるためには十分だろう」

 

『助かりますな、これで我らは聖杯の獲得と間桐の再興、そのどちらをも果たしたことになる。此度の聖杯戦争、敗北は必定と思われていましたが……ええ、やってみなければわからない』

 

 そう、何事も最後までやってみなければわからない。聖杯戦争と言う戦いに筋書きが用意されているとすれば、それは聖杯を誰かが手にし、願いを叶えると言うことだけだ。他に何一つとして筋書きがない以上は、何が起こるかの予想など付けられるはずもない。

 

『であればこそ、コルテス殿。まだ全ては終わったわけではありませぬぞ』

「ああ―――?」

 

 大旦那の言葉にコルテスは眉をひそめる。聖杯戦争は既に終わりを迎えたはずだ。これより先に何が待っているのか。いや、待っているにしてもそれはここで大旦那が口にする文脈にはそぐわない。まるで、その言い方はここに危機が迫っているかのような口ぶりであったから。

 

『終わりはしませぬ。不条理であろうともなんであろうとも、いまだ聖杯戦争は終わらぬと思う者がいる限り、誰にとっても聖杯を掴む権利は与えられている』

 

 その言葉の意味を示すかのように足音が聞こえた。この聖杯が顕現した場所へと踏み込んでくる足音など、偶然に来たなどとは考えられない。聖杯顕現の影響によって何かを嗅ぎつけた者がいたとしても、足が速すぎる。

 

(神祇省の連中が俺様の後をつけていた。いや、それはないだろう。連中にとって聖杯戦争はどうでもいいものだった。今更、手を出して来る理由もない。ならば―――)

 

「一足遅かった……とは限らないか? まだ聖杯はそこに残っているのなら」

 

 踏み込んできた足音は複数のものだった。最も、複数の足音であったとしても、それら全てを脅威に感じることはない。その中央に立つ二人の人物、それがコルテスの見据える先であり、その相手はこの局面で姿を見せたにしては、あまりにも傷つきすぎている者たちだった。

 

「セイバーとランサーのマスター、何だ今更。サーヴァントを失ったお前たちがここに何をしに来た。まさか、サーヴァントを失っても、まだ聖杯を諦めていないなどと寝言を口にするわけではないのだろう?」

 

「さて、そうだといったらどうする?」

「残念だったな、既に聖杯は俺様が使った。俺様の肉体を受肉させるためにだ」

 

 ロイの一切、臆することのない言葉にコルテスは優越感を隠すこともなく、自分の行ったことを口にした。ギャラリーが多いことはいい、それだけ自分の偉業が明確になるのだから。エルナン・コルテスと言う新たな時代の征服者を迎える者として彼らを歓迎するだけの空気が今、この場には醸成されている。

 

 そのようにコルテスは考えていた。しかし、ロイの反応は違っていた。その瞳は未だに獰猛な肉食獣の表情そのもの、さながら、獲物を見つけたかのような反応に、コルテスは眉をひそめる。

 

「何だ、その面は」

「いいや、安心したのさ。総てが手遅れになってしまっている可能性もあったが、ぎりぎり間に合ったのだと言う事実にね。ライダー、つまりお前を倒せば聖杯戦争は終わり。お前を倒した者が最後の勝者と言うことだ」

 

「おいおい、さっきの俺様の話しを聞いていたか。もはやあの聖杯にお前たちの悲願を叶えるほどの力は―――」

「聖杯による根源の到達など、どうでもいい」

 

 はっきりと宣言したロイの言葉は、エーデルフェルトの悲願を知るモノからすれば驚きで声も挙げられないかもしれない。しかし、リーナは今更驚かない。既に兄が何を求めてここに来たのかはわかっている。

 

 エーデルフェルトが望む魔術師の宿願などよりもなお重要なモノの為に彼は個々に立っているのだから。

 

「聖杯の中身に興味はない。持っていくことができるのならばそれに越したことはないが、俺がエーデルフェルトのお歴々より命じられたのはエーデルフェルトの名誉回復と聖杯戦争の勝利だ。聖杯の中身までもをちゃんと連れて来いとは言われていない。だから、別にお前が聖杯の中身を手にしたとしても構わないんだよ」

 

 そう言いながら、ロイはコルテスの背後を見る。そこにあるのは黄金の杯、魔力を溜めこみ、万能の願望機としての機能を十全に発揮できるようにサーヴァントたちの魂を取りこんだ巨大な魔力装置である。

 

 クスリとロイは笑った。ある意味でここは最終決戦場としてこれ以上ないほどの意味を持っている。

 

「名誉のために命を捨てるのか。俺様は受肉をしたという以外はサーヴァントと何も変わりはない。ただの魔術師風情が俺様を倒せると本気で思っているのか? そんなことができるのなら、確かにお前はこの場における最強と言えるかもしれないが―――」

 

「ああ、戦う理由などそれで十分すぎるだろう。桜子、肩を離すぞ」

 

「本気で戦うの?」

「理由ならあるさ」

 

 担いでいた桜子の肩を離し、ロイは一歩前に進む。それが彼なりの戦闘意思の発露であることを示し、聖杯戦争が終わらないことの明確な理由の発露だった。

 

「聖杯の中には我が臣下がいる。俺の勝利をこの目で見たいと言っていた奴がいる。此処で俺がお前に戦いを挑んだところで得られる者はないもないかもしれない。

 だが―――この聖杯戦争における最後の勝利者の座だけは貰いうけていく」

 

「兄様……」

 

 どうか、この聖杯戦争における最強の魔術師であることを証明してほしいと妹は口にしていた。貴女の勝利する姿を見れないことが未練だと従者は口にした。

 

「俺は俺だけでは何もできなかった。ここには多くの助けがあって辿りつけた。だから、最後はそんな背を押してくれた者たちに報いるための戦いがしたい。それが俺の聖杯戦争だ、ライダーよ。悪いが、お前にはここで俺の願いの露となってもらう」

 

「くく、知るか。お前が俺様の世界征服の最初の犠牲だ。平伏しろ。役に立つようなら、俺様の奴隷にしてやるよ」

 

 燻る空気の中で、今度こそ、この聖杯戦争における最後の戦いが始まる。大勢は決した。もはや残っているのは誇りと約束だけ。それを果たすために彼は征く。

 

         聖杯戦争最終日――『End Night』

 

             最終決戦第二幕

 

       ロイ・エーデルフェルト 対 エルナン・コルテス

 

             ―――開幕

 




さぁ、いよいよラストバトル、ロイはコルテスに勝利することができるのか……

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