※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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最後の勝利者

――秋津市北側・聖杯顕現地――

「くっく、ははははは、いいな、実にいい。俺様の新たな肉体としてこれ以上ないほどに申し分ないぜ!!」

 

 コンディションの上で考えれば、絶望的なまでにこちらの不利は否めない。

 

 目の前に立ち塞がる相手は、サーヴァントであったライダー。召喚された七つの英霊たちの中では、直接的な戦闘力は下位に位置する存在であることは間違いない。

 なおかつ、聖杯の魔力を使って受肉をしたという言葉が真実であれば、その肉体は限りなく人間に近くなっている。肉体があるのならば殺せるという原理は決して間違いではないだろう。

 

 ただ、それはあくまでも相対的な話しだ。肉体を得ても彼がサーヴァントであった事実は何一つとして変わらない。ましてや、ロイは桜子との決戦で全身にダメージを負っている。

 

 此処に至るまでに自分の魔術とリーナの魔術で応急的な処置を施したとしても、万全の態勢でサーヴァントを迎え撃つつもりでいた。同じ土俵に載せてもらっていることを喜ばなければならないほどの差があることなど最初から、ロイは十分に理解しているつもりだ。

 

 そして、実際に始まった戦いは最初からコルテス優勢を崩さぬままに続いている。ロイの流体制御を諸共しないとばかりに、己の第一宝具である「太陽の国より、我――翼ある者の帰還」が発動し、力任せな攻撃によって、次々とロイの放っていく魔術を蹴散らしていく。

 

当然にコルテスの腰に提げられた剣も用意していた拳銃もどちらもサーヴァントとして決して遜色のない力を備えて、ロイの前に立ち塞がっているのだ。

 

 もしも、他のマスターが戦いを挑んだところで、桜子がどうにか時間稼ぎに徹することができるかどうか、七星とエーデルフェルト以外のマスターであれば勝負にすらならないであろうことは明白だ。

 

(だからといって、さっさと降参するなどと言うことは認められない。俺はセイバーに必ずこの聖杯戦争の勝者となることを誓った。俺が誓った数少ない約束だ、違えるわけにはいかないだろう……!)

 

 これが最後の戦いであるのならば、それこそ己の持てる力の総てを振り絞るほかにないと、コルテスを相手に流体制御の魔術をけしかける。

 

「はっ、何をしようとしているのか知らないが、もはや肉体を得た神たる俺様に貴様の技が通用する道理はないわ!!」

 

「そうは言うなよ、神であると言うのならば、人間一人の攻撃程度受け止めていくくらいの度量を見せたらどうだ?」

 

 ロイの魔術が空間へと作用し、中空と大地、双方から同時にコルテスへと無数の魔術弾を仕掛ける。同時にコルテス自身の身体目掛けて重力そのものへと作用する魔術を展開。

 

「ぬっ―――」

 

 同時に自分の身体へと身体強化、そして足元の摩擦力へと作用する魔術を同時に展開する。都合五つの魔術を全て同時に展開する。

 

 並の魔術師であれば、そこに予備動作を入れなければおよそ発動できないような難易度ではあるが、負傷をしていてもロイはそれを難なく実行して見せる。それができることこそが、己がサーヴァントと戦うことができることの証左であるとばかりに。

 

「はッ、しゃらくせぇな!!」

 

 しかし、コルテスとて悠長に動きを止めているはずもない、肉体を得たことによって魔力の面倒な軛からは解放され、自分の力を全力で振う事が出来る。己自身の身のこなしとぬいた剣を奮ってロイの攻撃を弾くと、飛び込んでくるロイへの迎撃体制は完了する。

 

「くだばれッ、小僧!!」

「随分と神としての所作が身についているじゃないか、エルナン・コルテス」

 

「―――――」

 

 ロイが言葉を発した瞬間に、コルテスの動きに変化が生じる。行動が大きく変容したわけではない、しかし、速度や動きで言えば明らかに鈍化をしたことを一瞬のうちにロイは理解する。自分の身体の血流、そして神経そのものに魔術を作用させ、常人の二倍以上の情報処理を行っているロイであればこそ理解できる。

 

(遠坂蓮司より先に耳にしておいてよかった。エルナン・コルテス、奴の真名を口にしただけだが、何らかの変化が生じている。奴は偽神だ、もしやと思ったが―――)

 

 コルテスと対峙した二日目にも、彼は己が神であると言う言葉を口にし、アーチャーとの戦いでその相性ゆえの敗北を喫しかけていた。しかし、そもそもにおいてコルテスは神ではない。そのように信仰された存在だ。本来神性など持ち得るはずがない存在が、神のごとき力を発揮しているのだとすれば、そこには何かしらのカラクリが生じる。

 

(真名を告げることによって、その能力を減衰させる。お前はケツァルコアトルではなく、エルナン・コルテスであると知らしめることが必要であるとすれば、ここに隙が生まれる)

 

 一気にコルテスの剣を避け、懐にロイが飛びこむと、桜子を無力化させた相手の血液を流体制御させる魔術を発動させる。躊躇など一切なく発動したそれは、反射的にコルテスの身体の中の血液を沸騰させ、全身から血が噴き出す。

 

「ごっ―――!」

「遂に届いたか」

 

「させるかッ!!」

 

 コルテスの動きが緩慢になったことを理解したロイが魔術をその拳に込めてコルテスへと突きだす。コルテスは懐にしまっていた銃を取出し、発砲する。

 

 ロイの肩を撃ちぬいた銃弾が拳を放つ腕の力を弱めるが、魔術を枝木代わりにロイは痛みすらも無視して拳を突きだし、それがコルテスの胸へと叩き付けられ、魔術を通して内臓器官へとダメージを与える。

 

「てめぇっっ……」

「はぁ……はぁ……どうやら障害の一つは突破したらしいな」

 

 発作を引き起こすコルテスと撃たれた肩へと応急処置の魔術を流すロイ、どちらも平等にダメージを受けているが、立ち回りとしては互角の戦いを演じている。

 

 確かに宝具による力の上昇幅は抑えられているし、コルテスの戦い方は桜子の戦い方よりもかなり稚拙であると言うのがロイの見立てであった。決して戦えない相手ではない。

 

 そう、戦えない相手ではないと言うのに、それでも互角に持ち込むのが精一杯であると言うことを意味している。先ほどの魔術を同時に五つ展開したことも、桜子の戦闘ですら、そこまでの同時展開を必要とはしていなかった。七星の魔術を無力化する以上に魔術の重ね掛けをしなければならなかった理由など言うまでもないだろう。

 

(単純な出力の違い、俺が魔術師でしかないと言うことを鑑みたとしても、これではバイクと車くらいの出力の差だ。一度に放出できる魔力に差がありすぎて、勝負できているのが不思議に思えるほどだ)

 

「確かにテメェは強いよ。俺様としても舐めていたことは素直に詫びてやるさ。それでも、お前が俺様に勝てる道理はない。そもそも、マスター風情がサーヴァントに勝てるなんてことは夢物語だ。お前たちがどうして令呪なんて物を持っていると思っている。それは俺様たちに正攻法では勝てないからこそ、生み出したものだろう」

 

 コルテスは負傷しながらも、魔力を以て無理矢理に回復する。受肉をしたとしても魔力そのものは当然に持ち合わせている。

 

 使えばその分補てんをしなければならないが、幸いなことに魔術を持っている女などここには複数いる。飛び込んできた報いを与えるにはちょうど良いだろうと考えているコルテスからすれば、少しくらいの無茶をしたところで、代替は十分にできる。

 

 むしろ、問題は受肉したうえで、これほどの魔術師が立ち塞がったことだろう。セイバー陣営の圧倒的な力は聞き耳に及んでいたが、まさかサーヴァントである自分にマスター自身が手を出して、此処まで戦えるとは考えていなかった。

 

(こいつを殺すのは簡単だが、戦力としては申し分ない。女どもを盾にして従わせるか? 俺様に従っている者は少ない。これから世界制覇を行っていくうえで、戦力は多いに越したことはないからな……)

 

 大したことのない相手であれば早々に磨り潰して、世界制覇の為に動きだそうと考えていたコルテスだが、考えが変わった。ロイと言う得難い人物はこのまま自分の戦力とする。順当に戦闘を続けていけば、負けることはないと言う確信がコルテスにはある。

 

 ロイが戦闘を継続することが出来なくなれば、他の人間たちを封殺することは難しくない。宝具の完全な発動は出来ないが、それでも無力化は難しくない。

 

 面倒なことになったものだとコルテスも思っていたが、門出としては悪くない。ロイもコルテスも心の中で無数のことを考えながら、相手を倒すための方策を練っていく。

 

 魔術師とサーヴァントであったもの、それぞれがまったく異なる立場にありながら、その垣根を超えて、この瞬間に二人は対峙する者として互いに互いを認め合っていた。

 

 その様子を誰もが固唾を飲みながら見守っていたが、その中でもひときわ、その戦いの状況に目を奪われるものがいた。コルテスにとって誰よりも欲する存在である九重円華である。

 

「凄い……」

 

 思わず零れた言葉はそんな間抜けな言葉でしかなかった。何もかもを諦めていた心は周囲の状況にすらも興味など湧かなかった。

 

 慎夜が命を落とし、自分がコルテスの隣に立つ者としての運命を受け入れれば、それですべてが終わってくれると思っていた。だから、何もかもから目を逸らして、都合のいい理由に逃げ込んで、コルテスとの関係を肯定しようとしていた。それは言うまでもなく逃げだ。ここまで、円華が常に抗い続けてきた絶対に認めたくない行動だった。

 

 自分の支えになっていた慎夜と言う存在が喪われ、コルテスに対して抵抗する理由が無くなったからこそ、安きに逃げた。所詮サーヴァントに対してマスターなど無力でしかない。何をしたところで自分たちは従うしかないのだと痛感させられたからだ。

 

 けれど、目の前で戦う青年は、血を振り払い、震える体を動かし、コルテスを前にして一歩も引くことなく闘う青年の姿は、闇の中に落ちかけていた円華の心にほんのわずかではあるけれども、火を灯した。

 

(私なんて……ちっぽけな存在なんだと思う。この聖杯戦争の中で振り回され続けて、今も何をすればいいのか分からなくなってしまっている。でも……、まだ何もかもが終わったわけでないのなら―――)

 

 聖杯戦争は既に終わりを迎えてしまったと思っていた。セイバーとランサーが消滅し、コルテスが高らかに勝利を口にした時に、円華はああ、これで諦められると思ったのだ。何もかもが遅い、抵抗しても無駄。だから、やっと楽になれると……そう思ったことが嘘であるはずがない。

 

(聖杯は顕現した。慎夜君を助けることができるのかなんて分からない。コルテスが勝つのかどうかすらも分からない。何もわからない。分からないのなら……、自分で考えて動くしかない)

 

 何をすればいいのだろうか。何が正しいのだろうか。それは誰にも分からない。この混沌とした状況の中で……、正解を掴むことは簡単なことではない。

 

『はてさて、大変なことになりましたな。いや、分かってはいたのですがね、コルテス殿に伝えるよりも早くことが始まってしまった』

 

 ほとほと、好戦的な性格にも困りものだと間桐の大旦那は思ってしまう。コルテスに早々に逃げるための選択肢を与えるつもりだったと言うのに、追いついてきたロイたちを前にして、コルテスは自分の身体を確かめるとばかりに戦闘を許容した。

 コルテスは強い、サーヴァントとしては劣る面はあったとしても、魔術師に敗北することなどありえないだろう。

 

『とはいえ、確実性を見込むのであればこちらも手を出したいところですが……』

 

 大旦那が使用している蟲は視線を感じる。この山の中にいてもおかしくない程度の蟲、ほんのわずかな魔力の残り香程度の色を発していることで動いている蟲、そんな蟲の存在にぴったりと意識を向け、睨みつけるような視線を向けているリーナ・エーデルフェルトの存在がむやみやたらな動きをすることを抑制する。

 

 兄の戦いを邪魔することは誰であろうと許さない。言外に視線でそれを告げているかのような態度に間桐の大旦那は此処でコルテスに手を貸すことが難しいとあきらめざるを得なかった。

 

(まぁ、いかにコルテス殿に賭けているとはいえ、今のエーデルフェルトと全面戦争になるようなことは避けねばなりますまい。聖杯戦争に勝利したことを知りながらも間桐に阻まれたなどと知られてしまえば、エーデルフェルトの老人たちが何をしてくるのかもわかりませんからな)

 

 あくまでも自分たちはコルテスへの協力によって甘い汁を啜ることが目論みなのだから無理をする必要はない。コルテスは勝つ、それだけを信じていればいいし、目の前の光景は決してその予想を覆すものではない。

 

「さぁ、次はどんな手品を見せてくれるんだ?もうネタ切れだなんてつまらないことは言わないでくれよ!」

 

 コルテスが振り回す剣を避けながら、ロイはまず距離を取るために自身の身体強化を付与すると一気に跳躍、同時に空中に無数の魔方陣が浮かび上がっていく。

 

「あの魔方陣は―――」

「あたしとの戦いでも使った流星……!」

「しゃらくせぇぇ!!」

 

 何か大技が来る、それをコルテスは直感的に理解するが、ここで逃げることはそのまま、ロイの力に怖れを為したに等しい。

己がこれより達成する偉業を想えば、ここで後退するなどそれこそ無粋の極みと言うもの。

 

 ロイの指示によって一斉に落下してくる流星群に向かって完全の飛びこんだコルテスは自分の直感と身体能力だけで次々と攻撃を避けていく。総てを避けることができるわけではないが、まるで何処に落下して来るのかが分かっているかのように、攻撃を軽傷で済ませると、すぐさま足もとが動き出す。

 

 それも当然にロイの魔術であるのだが、足下と連動するように空中でも再び魔方陣が生じる。直線的な投射攻撃が通用しないと言うのであれば、上下から逃げ場のない波状攻撃をするだけ。

 

 数で押し込めることができるロイであるからこそできる戦術は一切の躊躇を捨てて放たれ、今度こそコルテスの身体を焼き尽くしていく。

 

「これならば―――」

「ああ、効いたぜ、だが、まだだな!」

 

 全身に火傷の後を帯びながらも銃弾が再びロイの身体を霞める。二度も同じことにはと攻撃を避けるが、次は剣が襲い掛かり、コルテスの腕がロイへと伸びると、流体制御の魔術を使って、コルテスの腕をあらぬ方向へと捻じ曲げるが、そのままコルテスは頭突きをかまし、無防備になったロイの頭を掴むと、そのままの勢いで地面に叩き付けた。

 

「ごっ、がぁっ!」

「ずっと暴れ足りないと思っていたんだ。発散は―――させてもらうぜ!!」

 

 コルテスが握った剣をロイの膝へと突きさし、ロイの口から苦悶の声が上がる。その痛みの声に覚えを良くしたのか、コルテスは次にロイの胸を突き刺し、穴埋めでもするかのように倒れたろ意を嬲るようにして、攻撃を続けていく。

 

「ロイ――――!」

 

「あっははははは、ほらほら、どうした? 黄色い声が聞こえてくるぜ? お前が負けちまったらあの女どもはどうなるだろうな。俺様が食った後には、仲間にくれてやるのも悪くないな。連中にも随分と世話になったしな」

 

「勝手な、ことを……」

「止めたければ刃向って見ろよ。できるのならな!」

 

 コルテスは決してロイを殺すことのない箇所へと突き刺し、ロイが苦悶の表情を浮かべているのを楽しんでいる。

 自分が圧倒的な魔術師を蹂躙しているという現状に楽しみを見出し始めているのは間違いない。征服者とは常に圧倒的な力を誇示し、征服される側を従属させなければならないのだから、この場におけるコルテスの行動は決して間違いではない。殺すだけなら簡単に済む。しかし、平伏させるとなれば、話は別なのだ。

 

 しかし、ここで一つ、コルテスが大きく勘違いしていることは、目の前で蹂躙している魔術師がただの魔術師であるわけがないと言うこと。

 

 ロイ・エーデルフェルトと言うこの聖杯戦争における最強の魔術師であり、同時にもはや意味を喪失してしまったともいえるこの聖杯戦争における勝利を頑なに求めている人物でもある。

 

「――――ああ、できるとも。俺を、誰だと思っている」

 

 瞬間、ロイとコルテスの周囲総てを巻き込んで大爆発が引き起こされた。さながら彼ら二人だけを狙ったかのように生じた爆発は周囲の人間を誰一人として傷つけずに、自然現象と言うよりも無差別攻撃としての役割を果たしていた。

 

 生じた煙の中からフラフラと幽鬼のように立ち上がりながら、ロイは口元の血を袖でふき取る。随分と血を流してしまったが、アドレナリンの分泌のお陰でまだ動ける。闘志はまだくすぶっている。

 

「俺は、ロイ・エーデルフェルト。かの女系一族エーデルフェルトがその歴史を捨ててまで当主に祭り上げた男だ。この程度の事が出来なくてどうする。俺は最後まで、俺の戦いを捨てない。命乞いなどと生温いことをすると思うなよ、コルテス」

 

「随分な、宣戦布告じゃねぇか。くく、苛立ちでテメェを今すぐぶち殺しちまいそうだ」

 

 フラフラとやはりその爆発の中でも詩を迎えていたわけではないことを口で示して、土煙の中からコルテスもまた姿を見せる。

 

 だが、そこには怒りの感情が芽生えていた。先ほどまでのような遊びをする空気は感じられない。自分の身体を傷つけられたこと、ロイに対しての明確な怒りの原因は間違いなくそこではあるが、それ以上にやはり自分の思うようにならないということが最大の要因か。

 

「そうか。別に怒りを俺に向けてくるのはいいが、それで勝てると思われるのは癪だな。何度も何度も刺されてきたおかげで掴んだぞ」

 

「何を!」

「こうだろう?」

 

 ロイが再び魔術を発動させる。大地が次々と隆起していき、コルテスの動きを阻害させると、痛む身体の警告を無視して再び、コルテスへと近づく。最も完全に懐には入らない。

 

 あくまでも指向性を与えた魔力が狙った獲物に触れることができるギリギリの位置を見極めて魔術を放つ。

 

 コルテスは目くらましあるいは時間稼ぎのために用意された大地より隆起した障壁を破壊し、ロイに向けて再び剣を構えとするが、そこで自分の身体に変化が生じたことを理解する。

 

「なっ―――がぁぁ、てめぇ、何をした!!」

「お前は神の力と言うものを過信しているからな。俺の攻撃では、やはり効きが悪いだろうが神の攻撃であれば通用するんじゃないかと思っただけさ。最も、わりと間違っていない選択をしていたのだと自分でも嬉しい限りだがな」

 

 コルテスの腕に握っている剣がコルテスの胸に突き刺さったのだ。まるで性質の悪い自殺の光景のようにすら見えてくるそれだが、勿論、コルテスの意思によって行われているわけではない。

 

 流体制御による血流操作、神経伝達にまで影響を及ぼすそれがコルテスの腕に作用し、握っている剣をコルテスの身体へと向けさせたのだ。

 

 勿論、ロイとて魔術の作用範囲と言うものが当然に存在する。桜子の戦いの時もそうであったが流体制御魔術は基本的には自分の手に触れることができないモノを制御するための魔術、ある程度の距離の流体を制御することによって、次々とそこから波紋を広げるようにして効果範囲を広げていく。

 

 ロイが使っている流星のように、直接魔術を発動させているわけではないのであれば、そうしたルールに則って魔術を発動しなければならない。

 

 冷静な状態のコルテスであれば、自分が何をされれば傷つくのかはすぐに理解できるし、ロイが何かを狙っていると分かれば、すぐにでも対策をしてくるはずだ。それほどの頭脳を持ち合わせていなければ、この聖杯戦争の最終局面に残ることなど出来ない。

 

 怒りに血を沸かせ、ロイに対して向う見ずな感情を向けている今こそが、最大の好機と捉えたが、やはりそこは英霊か。一撃で死へと持ち込むための攻撃が出来たわけではない。

 

(魔術の精度が落ち始めてきている。さすがに桜子との戦いが響いてきたか……)

 

 無論、桜子との戦いだけではない。ここまでに何度もコルテスからの攻撃を受け、治癒魔術を発動しているにしても、全身、血を流していないところを探す方が簡単なほどなのだ。

 

 疲労も血液の不足も、何よりもロイが誰よりも誇っていた魔力自体もいよいよ限界が近いことは間違いない。コルテスも相応のダメージを受けているが、それでも、どちらが先に限界が来るのかと言われればおそらく自分だろうとロイも半ば理解してしまう。

 

「ボロボロじゃねぇか。いい加減に寝ていろ。テメェの実力はよく理解できた。人間にしては良くやった方さ。このまま闘い続けて死ぬつもりか? そんなものは名誉や誇りの対価にするにはあまりにも惜しいだろ」

 

「どうかな……、お前は自分が誰よりも大切なタイプに見えるよ」

「当たり前だ、この世界で俺様が俺様以上に敬う者などあるはずもない。天上天下に己よりも高みに立つ者などないだろうが」

 

「何となく想像していたことを言ってくれたな。エルナン・コルテス、俺とお前は真逆の存在だ。俺は誰よりも自分の事が一番どうでもいい。生まれた時から必要となんてされていなかったし、妹と比較され、常に泥を啜ってきた。自分の人生がどうなろうと心底どうでもよかった」

 

 ロイ・エーデルフェルトの人生は決して光多きものではなかった。今でも思う。この聖杯戦争がもしも、生じていなかったとすれば自分はどうなっていたのか。あの汚泥の中で、僅かにもたらされる光に目を焦がしながら生きていたのだろうか。

 

 今の自分を思い返せば、あの頃に戻りたいとは思えない。人は贅沢な生き物だから、一度もたらされた光を享受してしまったら、もう闇の底には戻れない。

 

「俺は自分だけでここまで来ることが出来たわけじゃない。むしろ、自分では何もできなかった。多くの者に助けられて、俺は自分の力を使うだけの舞台に立たせてもらった。

 諦めるわけにはいかない。俺はまだ、その恩を返す事すらできていないんだから」

 

 リーナが、セイバーが、そして桜子をはじめとする多くの強敵がロイの聖杯戦争を此処まで導いてくれた。圧倒的な強者がただ、圧倒的に勝利するだけの物語であったように人は聖杯戦争の顛末を聞けば口にするかもしれない。

 

 予定調和のように勝つべき者が勝ち残っただけではないかと。けれど、違うのだ、断じて違う。そこには物語があった。願いがあり、誰もが己だけのたった一つの物語の為に激突し続けた。5つの零れた願いは叶うことはなかったけれども、それらもまた輝かしきこの物語を彩るモノであった。

 

「簡単に膝を屈するわけにはいかないのさ。俺は勝手なことだが、多くの願いを託されていると思っている。願いを叶えなければならない。自分のこと以上に叶えたい願いがあるんだ。形にならないモノであることも分かっている。それでも―――言葉一つで膝を屈することができるほど安い夢ではないと、心から信じているんだよ……!」

 

「――――1人前のことを口にしやがる。最後の最後で立ち塞がるだけのことはある。いつだって俺様の前に立ち塞がって来るのか馬鹿か勇者のどちらかだ。色んなものを背負って、そのために負けられないと口にする。いいさ、理解しようなどとは思わない。俺様はそういう奴を潰して、俺様の願いを叶えることこそが楽しいと思っているんだからな!」

 

 再び激突が始まった。力が徐々に零れながらもロイは決してコルテスを相手に退くようなことはしない。

 

 自分から膝を屈してしまったら、此処までのすべてが終わってしまうと、必死に力を繋ぎ続ける。才能だけが取り柄と言い、常に圧倒し続けてきた男のあまりにも泥臭い姿であるが、ロイはそれを恥とは思わない。

 

 圧倒的な敵を前に無様を晒してでも戦い続けた相手を知っている。常に圧倒的な存在と隣り合わせでも諦めずに挑み続けた人を知っている。

 

 そうした者たちが背を押してくれたからこそ、自分は今ここにいる。自分だけでは何もできなかった。ただ無意味に生まれたことを呪うばかりだったかもしれない人生を、多くの手が掬い上げて、今ここに立たせてくれている。

 

 ただ1人で、己の独善の為に闘い続けているコルテスとは正反対であった。それを互いに指摘せずとも理解しているからこそ、彼ら二人は互いを屈するように攻撃を続けていく。

 

「兄様……」

「大丈夫だよ、ロイは絶対に負けない……。それは、リーナさんが一番よく知ってるでしょ」

「――――――、あなたに言われるまでもありませんわ、七星桜子」

 

「コルテス……」

 

 ロイとコルテスの戦いを円華は見つめる。コルテスは決して不利であるようには見えないが、しかし絶対的な有利を得ているとも言い難い。勝って当たり前であったはずの戦いは、ロイの奮闘によって、どちらに転ぶのかわからない域にまで迫ってきている。

 

 恐るべきかな、ロイ・エーデルフェルト、死力を尽くせば、サーヴァントを御するにまで近づくことができるのか。その実力は誇張抜きでこの場に集っている魔術師たちの誰一人として追随を許さない。たった一人でその圧倒的なまでの力を発揮し続けることだろう。

 

 その相手をし続けるコルテスもやはり人外の強さを誇っているわけだが……、どうしてだろうか、その背中が円華には酷く寂しく見えた。

 

 まるで必死に世界そのものに抗おうとしている子供のようで、彼が誰かを必要としているわけなどないと分かっているのに、その背中に手を伸ばすことが出来たらと思ってしまう。今の円華はこの戦場の中で何処までも無力だ。何かの力になることもできない。

 

 コルテスはこの場でたった一人だ、けれど、たった一人で世界に抗う術を彼は知っている。決して媚びることなく、どこまでも己こそが世界の中心であると吼え上げる。神の力が薄まろうとも、ロイが徹底的に追いすがって来ようともそれは何ら変わりない。

 

 バチンという音がするとともに、コルテスが握っていた、彼の力で神性を付与された拳銃が吹き飛ばされる。ロイの腕にはまるで桜子の不可視の剣のように流体制御で剣上に変えた魔術の剣が握られていた。

 

「見よう見まねで、不格好この上ないが、やれないことはないな」

「お前、どこからどこまで手札を持っているってんだ」

 

「桜子の技に頼るようになったのなら、もう手札も出し尽くしたと思ってくれてもイイが……、そろそろ終わりにしようか、コルテス!」

「はッ―――――!」

 

 残り少ない魔力を動員して、ロイは再び身体強化の魔術を己の身体に適用させる。空と大地にはありったけの魔術を発動し、コルテスに対して当たればいいとばかりに無差別的な攻撃が仕掛けられる。照準など今更考えてはいない。コルテスは直撃したところで耐えるだろうと分かっているからこそ、決着の一撃は自分でつける。

 

 コルテスもロイに合わせるように自分の腰に提げている剣を再び抜き放ち、ロイを倒すために身体を動かす。大地が鳴動し、空から星が落ちてくる世界の中で、両者は共にその距離を詰めていきながら、双方ほぼ同時に刃が振り下ろされる。

 

 その一瞬が生じ、そこから沈黙が訪れた。多くの光が消失し、ただ山の静寂が訪れようとした最中で、先に身体が動いたのはコルテスだった。

 

 ロイの放った刃はコルテスの身体を袈裟切りに切り裂き、その身体から鮮血をほとばしらせていた。対して、コルテスの刃はロイの肩に突き刺さっている。どちらが致命傷であるのかは言うまでもないだろう。

 

 ロイとて重傷なことに間違いはないが、大勢が決して予感を誰もが感じていた。きっと、ロイもコルテスも同時にこの戦いの結末がどうなるのかを察し―――

 

「悪いな、小僧。一歩足りなかったな」

 

 しかし、コルテスは笑う。やはり勝利の女神が最後に笑うのは自分であるのだと確信を覚える。確かにコルテスの身体は切り裂かれた。しかし、ここで単純な出力の差が出た。

 

 ロイの魔力は先ほどの一斉攻撃の際に大きく消耗し、外見上はコルテスの身体を深々と切り裂いているように見えたが、コルテス自身の神としての耐久力に阻まれる形で、留まってしまったのだ。

 

 剣の勝負に置いては、ロイに軍配が上がったかもしれないが、結局倒すことが出来なければ意味がない。どだい、戦争とは最後まで生き残っていた者こそが絶対的な勝者になるのだから。

 

(まずい、もう既に身体が―――)

 

 十全な力によって放たれた攻撃であれば、確実にコルテスを倒していたはずなのに、最後の最後でここまでの連戦やダメージの蓄積がロイに襲い掛かる。ここまで自分の力を消耗したことがなかったロイにとって、このような事態への対処法が見つからない。

 

 才能のままに戦っていた者にとって、それを実行することができないのは、あまりにもリカバリーの利かない状態であったことは言うまでもなく、力を使い果たしたロイにコルテスの攻撃を避ける術は残されていなかった。

 

 敗北、という二文字が浮かび上がっていく最中で、

 

「―――――――――」

 

 その戦場に一つの音が木霊する。その乾いた音、銃声と呼ぶべきソレが生じた瞬間に、コルテスの身体が震える。

 

 それはまったくもっての慮外の出来事、けれど、起こるべくして起こった出来事、エルナン・コルテスにとって決して避けることはできない問題であったから。

 

「何を驚いた顔をしているのよ。あんたを殺すのは、私―――――ずっと、そう言い続けて来たじゃないの」

 

 銃弾は心臓を貫き、コルテスの口から血が迸る。受肉し、神の力を与えられた拳銃から放たれた円華の銃撃は見事、コルテスの身体を撃ちぬき、ロイとの決着に大きな意味を残した。

 

「最後の最後で……くくっ、やってくれたもんだ……」

 

 それを放ち、積み重ねてきた想いに決着をつけたはずだと言うのに、円華の瞳には涙が止めどなく溢れていた。

 




そして、聖杯戦争は終わりの時を迎える。

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