※この作品はR-18です。

Fate/Urban Crisis   作:ソクリ

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――終幕

――秋津市北側・聖杯顕現地点――

 気付いた時には自然と身体が動いていた。宙を舞うコルテスが握っていた銃、それが落下し、戦っている両者どちらも、拳銃には一切気を留めることはなかった。

 

 自分が理解できない領域で戦っている彼らにとって、分かりやすい武器である銃など、意識をしていたとしてもどうでもいいと思ってしまう代物だったのだろうか。

 

 転がる拳銃、誰も視界に収めることなく、誰もが激突する両者にだけ視線を向けている。

 

「―――――」

 

 今まで鉛のように重かった身体が羽を得たかのように軽々と動いた。それはようやく自分のやるべきことを理解したかのようで、何もかもを諦めて流されるだけだった自分の心にようやく火が灯ったのだと理解した。

 

 何が正しいのかなんて分からない。いいや、きっと、本当に正しいことなんて何もないのかもしれない。誰もが正しいと思う行動をして、その行動が結果的に誰かを傷つけて、痛みの中で私たちは自分にとっての正しい道を見つけるしかないのかもしれない。

 

 絶対的な悪を見つけることは容易い。誰にとっても許せないモノを見つけ出せばいいのだから。でも、絶対的に正しいことと言われると途端に難しくなる。私達は誰もが同じ人生を生きて、同じ価値観を共有してきたわけじゃない。

 

 自分にとって正しいことは、他人にとって許せないこと。逆も然り、私達は感情を以て、それぞれが正しくあるように生きている。相互的な理解を得られるかもしれないけれど、同化は出来ない。

 

 きっと、私の正しさと、慎夜君の正しさと、コルテスの正しさはどれも完璧に間違っているなんて言えるものはなかったはずだ。誰かが動けば、誰かの正しさが喪われる。それに理解をして、納得が出来るかどうかというのは結局の所、その事象を目の前にした本人の資質次第であるのだろう。

 

 慎夜君はコルテスのことを受け入れることが出来なかった。私は慎夜君とコルテスのどちらも切り捨てたくはなかった。ううん、違う。切り捨てられなくなってしまった。命を懸けて、共に聖杯戦争を勝ち抜く中で、憎むばかりだったエルナン・コルテスは私の中で、親愛を浮かべるべき相手へと変じていたから。

 

 初めに浮かべた憎悪が親愛へと変わるのはまったくありえないことじゃない。第一印象が最悪でも、徐々にその変化を受け入れることが人間にはできる。ギャップに惹かれたなんて男女もいるけれど、それだって初めの感情が悪い方向であったからこそ言う言葉であるはずだ。

 

 私がエルナン・コルテスに向けていた感情が愛であったのかと問われれば、それは間違いなく愛であったのだろう。理性や倫理観に基づいた否定をどれだけ口にしたところで、私の身体は彼を受け入れていて、理由を見つけることが出来れば寄り添うことを受け入れている。

 

 これを慎夜君への裏切りと断じるのか、自分にとって相応しい相手を見つけることが出来たと解釈するのか、それは私たちの関係を見た他者でも意見を統一することは難しいだろう。私がまったく同じ境遇の他者を見ても、どう判断するのかはその場になって観なければわからない。

 

 ただ一つだけ、私が心から寄り添っていたのは、何の遠慮もなく隣にいられたのがコルテスであったことは、私自身が認めなければいけないことであるとは思う。

 

 そう、もしも―――、もしも、コルテスが慎夜君を見逃すようなことをしていれば。

 

「馬鹿な人、自分の事ばっかり考えて、私の事なんて二の次にしてしまって。そんな無防備な背中をしていたら、私にだって簡単に狙えてしまうわよ」

 

「いや……考えていなかったさ。お前は俺様のモノになったと、そう思っていたんだが……、いいや、ここまでしてこその、九重円華、か。簡単に折れないお前だからこそ、俺様は愛した。当たり前と言えば、当たり前か。最後の最後で俺様は、勝利の女神に見放されてしまったのだから」

 

 皮肉なことに受肉をしたことによってコルテスは、自分自身の肉体を得てしまった。結果として、魔力を持ち合わせ、強度は高くとも、私や彼らと同じ領域へと降りてくることになってしまった。

 

 この拳銃はコルテスが使っていたもの、神としての力を与えられ、神に肉薄した肉体を穿つために使われたもの。だからこそ通った。

 

 コルテスは自分自身で納得したように、最後の最後で自分が誤った判断をしてしまったことを認めたような反応だった。

 

 コルテスの身体から光が漏れていく。受肉したはずの肉体は崩れかけ、サーヴァントとして末路を迎えるのと変わらないかのような在り方だった。

 

 自分のサーヴァントを自分のマスターが殺しておいて、今更何をと言われるかもしれないけれど、コルテスがいなくなる前に、どうしても一つだけ聞いておかなければいけないことがあった。

 

「ねぇ……、どうして慎夜君を撃ったの?」

「邪魔だったから、と言ったはずだが?」

 

「――――嘘、邪魔だったとしても、いくらでも方法はあったでしょ。聖杯戦争はもう終わる。そう分かっていたのなら、お爺様の力を使っても、貴方の話術でも何でも慎夜君を留めておくことは出来たじゃない」

 

 コルテスは決して力任せだけの戦いをする相手じゃない。相手の心を読み、引き寄せて、そして掌握した心を利用する策謀家だ。けれど、昨日のコルテスはそんな自分の持ち味を全て捨てて、慎夜君を仇のように扱っていた。

 

「貴方らしくもない、全然スマートじゃない。もしも、貴方が慎夜君を手に掛けるようなことなく聖杯戦争を勝ち抜けば、そうすれば―――」

 

 私はコルテスを選んでいただろうか。もしもの話しなんて分からない。今ならわかる。私がコルテスを聖杯戦争の勝者にしたかったのは、彼の想いに応えることができないと自分に言い聞かせていたから。

 

 慎夜君を選ぶことに変わりはない。けれど、此処まで戦ってきたコルテスを無碍に扱うなんてできない。だから、せめて、彼の願いだけでも叶えてあげたい。それは最低限ではあっても、ここまで一緒に戦ってきたマスターとしての役目であると思っていたから。

 

 ただ、慎夜君を失って、自分の中の倫理観や理性が失われて、自暴自棄になった今は、その想いにも違いがある。コルテスが口にしたように、彼が聖杯戦争の勝利者になり、隣に居続けることが出来たのなら……、私達の未来はまったく違うものになっていたかもしれない。

 

 その未来はその未来できっと、誰かが涙を流していたかもしれないけれど、少なくとも聖杯戦争を私たちは同じ方向を見て戦う事が出来た。

 

 だから、此処に至るまでの最後の詰めを私たちは見誤ったと言うしかない。解れあっていた糸は、互いが互いの見たい方向だけを見て、まったく手を取り合うことが出来る状態にならなかったのだから。

 

 私が思っていることなんてコルテスは言うまでもなく分かっているはず。ならばこそのどうして。何故、そんな非合理的なことを、常に策略で勝ち続けてきたコルテスが選んでしまったのか。私に落ち度があったのか。私は最後の最後で彼を陥れることを選んでしまったのか。

 

 その問いに、コルテスはフンと鼻を鳴らし、背中を向けたまま空を見上げながらつぶやいた。

 

「――――お前を奪われたくなかった」

「え……?」

 

「召喚された時は、もちろん聖杯もお前もどちらも俺様のモノにするつもりだった。当たり前だな、俺様は征服者だ。目の前にある宝物を前にして躊躇する理由など何処にもない。マスターも自分が好きに出来る良い女と来れば、それはやる気も出す。役に立つかどうかはさておき、お前がいるのならば、聖杯戦争もやぶさかではないと思っていた」

 

 コルテスは訥々と語っていく。その強きを捨てた態度は何処までも彼が自分の鎧を脱ぎ捨てたに等しく、もうその鎧を纏っておく必要が無くなったことを意味していた。

 

「だが、お前は良い女だった。俺様が聖杯戦争を戦う餌程度にしておくには勿体ない相手だ。お前がいなければ、久坂を倒すことは出来なかったし、神祇省の連中を説き伏せることもできなかった。その頃からか、聖杯などどうでもよくなっていた。万能の願望機などよりも、円華と言う女が欲しいとそう思うようになっていた」

 

 かつての彼女を重ねあわせたのか、それとも、コルテスの想像以上に働いた彼女に惚れ直してしまったからか、コルテス自身にも分からない。だが、そう思うようになってしまった。男と女の関係など惚れてしまったものの負けであるのは英霊であろうが人間であろうが変わらない。

 

「だから、小僧が目覚めたと聞いた時、俺様は自分らしくもなく焦った。小僧を目覚めさせるために戦っているお前は、小僧が目を覚ました以上、俺様と共にいる必要がないと考える。そうなれば、俺様たちの関係は終わる。正直に言えば、そうなるのを恐れて、焦ったからこそ、らしくもないことをしてしまった」

 

 慎夜からすれば、コルテスは円華を攫おうとする間男だったかもしれないが、コルテスの視点で見れば、慎夜は後からやってきた最悪の間男だ。自分たちの努力も知らず、構築してきた関係も、かつての立場と言う不条理極まりないもので奪って行こうとする。

 

 円華の隣を明け渡したくないコルテスからすれば、聖杯戦争の結果云々以上に慎夜の対処に追われるのはごくごく当然の思考だった。

 

「だが、お前はお前で俺様を勝たせることを考え、小僧は俺を疑った。愚か者は俺だった。焦りもせずに、泰然と構えてさえいれば、小僧が自分から崩れていたかもしれないと言うのに」

 

「………そうね、もしも、コルテスが聖杯戦争を続けることを優先していたら、私達は最後までうまく行った。私はその後がどうであれ、貴方に助けられてきたことを忘れたりなんてしなかった。最後まで私を信じてくれればよかったのに……なんて、私が言えた口でもないか。二人の気持ちを理解することが私だって出来なかったんだから」

 

「ああ、まったく、国を手にしようとも、英霊になろうとも、そんな偉業を達成することよりも女一人の心を理解することの方が難しいとは……世界と言うのはいつになっても飽きさせてはくれない」

 

 常に尊大に、己こそが世界の総てであるとさえ言わんばかりの態度を浮かべてきたコルテスは、自分の身体が光によって、少しずつ消えていく中で、自分が胸に潜ませていた本音を口にしているように見えた。

 

 わかっている……、彼が私に向けてきた言葉が私を騙して籠絡させるためではなく、本気で私を想って口にしていることくらい、誰に言われなくても私が一番よく分かっている。

 

 私が望めば、彼が世界を手に入れる。彼を愛せば、私は今以上に多くのものを手にすることができる。この聖杯戦争のように二人で、まだ見たこともない世界の扉を開くことだって出来たかもしれない。

 

 でも、私はコルテスとの決別を選んだ。何もかもを諦めてしまえば、それで救われると思っていたけれど、私の身体は自分が思っている以上に勝手に動き、自分が為すべきことを選んでいた。

 

 例え、どれだけ愛されていようとも、慎夜君の命を奪った相手を許し、そして隣に立ち続けることを私は許すことが出来なかった。

 

 誰が悪かったのか、それとも誰も悪くなかったのか。正しいと思ったことが、誰にとっても正しくなかったのだとすれば……、この世界に正しさと呼べるものは本当に存在しているのかもわからない。

 

 そう考える私の頭に触れる掌の感触を覚えた。重さがあるようでないようなそれは、消えかかっているコルテスの手であるからだと分かった。

 

「何をシケた面をしているんだよ。結果がどうであれ、お前は自分が最初に口にした言葉を達成したわけだろう。聖杯戦争は終わる。願いを叶えることが出来たんだ。もっと嬉しそうな顔をしたらどうだ?」

 

「でも、慎夜君は……」

「そうとも限らないぞ」

 

 コルテスが思いもよらない言葉を発した後に、私は転がっている慎夜君へと視線を向ける。すると、どうだろうか。慎夜君がうずくまったまま、ごほごほっと咳き込む音をあげたのだ。

 

「慎夜、君……?」

 

「ふん、狸爺が。俺様が勝っても負けても、自分たちにとって都合のいい結果になるように仕込んでいたわけだ。大方、小僧を仮死状態にさせたまま、内部の蟲を使って生きながらえさせていたんだろうよ。どこまでも喰えない爺だ」

 

「わかって、いたの……?」

 

「かもしれんと思っていただけだ。俺様が勝てば、聖杯の力を使って生き返らせたことにすればいいからな。生きていようが死んでいようがどうでもよかった。どちらに転ぼうと爺は自分の後継者を失うことにならなかったんだから、抜け目がないっていうのはこういうことなんだろうな」

 

 言ってくれれば、と言う言葉が喉まで持ちあがるけれど、それを必死に我慢する。それは私の我儘だ。

 

コルテスからすれば、慎夜君を犠牲にしてでも欲しいものがあった。言ってくれれば総てが丸く収まったなんて言うのは、私を知っている私だから言えることで、コルテスが選ぶ理由はない。

 

「そんな顔をするな。言っただろう、俺様は最後の最後で勝利の女神に見放されたと。お前を隣に置いておきたいと思いながらも、お前を全く見ようとしなかった。お前の事よりも自分自身の面子や欲を優先した。見限られるのも仕方ない、か……」

 

 いよいよもって、頭に触れる手の感覚が無くなっていく。サーヴァントとしてここまで戦ってきたコルテスの消滅がいよいよ起こる。

 

「精々小僧と、平凡な時間を過ごせ。そして、俺様を選ばなかった自分の浅はかさを呪うがいい。それでも我慢が出来なくなったら、天に祈るがいい。その願いは神たる俺様に届くかもしれんぞ」

 

「………それは嫌よ。だって、もしも、本当にそうなったら、今度こそ離れる理由が無くなっちゃう」

 

「くっく、まったく、お前は最後まで、俺様を楽しませてくれる女だ。ああ、本当に、聖杯などよりも、なお、お前の事が――――」

 

 万能の願望機以上にお前の事が欲しかったと、最後の最後まで自分の意志を言葉として乗せながらエルナン・コルテスはこの世界より消え去った。

 

 いつかの時代に、彼はまた召喚されることがあるのだろうか。その時に、彼はきっと自分を覚えていない。この出会いは存在したようであり、存在しなかった仮初の記憶でしかないのだから。

 

「さようなら……、きっと、貴方の事が好きだった。貴方が忘れてしまったとしても、私はきっと、忘れない……」

 

 忘れてしまえば楽かもしれないけれど、きっとこれよりも先に誰に明かすこともないだろうけれど……、だからこそ、私はこの10日間の記憶を忘れないと口にした。

 

 出会いは最悪で、悪人で、自分の事しか考えない男だったけれど、彼と共に過ごした時間も、身体を重ねあわせた時間もを思い返せば、そこに生じるのは達成感よりも、なお切ない別離の気持ちだったから。

 

 最後の魂が聖杯の中へと呑み込まれていく。コルテスの受肉と言う力にリソースを使ってしまった聖杯は、例え、コルテスの魂を呑み込んでしまったとしても、根源へと至るほどの力を与えられることはない。

 

「何とも、呆気ない幕切れだった、というべきかな?」

「まさか、兄様でなければ、掴めない勝利でした。誇っていいじゃないですか、兄様は最後の最後まで聖杯戦争を戦い続けたのですから」

 

 コルテスが消失し、戦うべき相手はいなくなった。最後のトドメを己の手で果たすことが出来なかったロイにとって、その結末は納得できるものであったのか。

 

 そも、人の身でサーヴァントに対して戦闘を挑むことができる時点で、魔術師として破格の才覚を持ち合わせている、それがサーヴァントをあと一歩にまで追い詰めたのだ。周囲からすれば十二分に称賛を受けるべきだと思うべきだろう。

 

 リーナはもはや自分だけでは立ち上がることもできないほどに憔悴したロイに寄り添い、荒唐無稽な戦いを二度にわたってこなしてきた兄に誇張抜きで称賛の言葉を投げた。

 卑下なんてしないでほしい。結果が自分にとって納得できるものでなかったとしても、この聖杯戦争において、ロイ・エーデルフェルトが最強の魔術師であったことはこの場の誰が見ても明らかだったのだから。

 

「………そうか、リーナがそう認めてくれるのなら、それでもいい。ただ、自分の力が及ばなかったことについては悔しいと思うよ」

「ふふ、兄様が魔術に置いて悔しいと言う言葉を口にする日が来るなんて。昔は考えたこともありませんでした」

 

「そうだな、自分は才能しかないと口にはしていたが、心の中では驕りもあったんだろうさ。ただ……世界は広いな。まだまだこの世界でやれることがあることを理解させられたよ」

 

「大丈夫です、その悔しさがあれば兄様はもっともっと羽ばたくことができるはずです」

「リーナがそういうのなら間違いないんだろうさ。ただ、聖杯を完全な形で掴むことが出来なかったことについては謝るしかないな。あれでは根源に辿り着くことはできない」

 

「いいではないですか、それでも私たちエーデルフェルトは15年前に失った誇りと名声を取り戻すことが出来ました。私は私の願いが叶う所を目の前で見ることが出来ました。満足です、ここから先は兄様ではなく、私達が為し遂げていかなければならないことなのでしょう」

 

 根源に至ることが魔術師にとっての悲願であったとしても、それは聖杯を手にしなければ至ることができないわけではない。ただ、聖杯と言う万能の願望機に頼れば、多くの工程を省略することができるというただそれだけのことなのだ。

 

 反面、聖杯戦争で失われた誇りは聖杯戦争でなければ取り戻すことはできない。アフラ・マズダに唆され、多くの痛みを経験しながら今日という日に至ったけれども、結果としてロイはエーデルフェルトが求めてきた多くの要求を果たして見せた。

 

 エーデルフェルトのお歴々たちはそれでもロイを非難するだろう。完璧な勝利を果たせずに何が勝利者かと。

 

 彼らは戦場に向かう事もせずにただ批判を口にするだけで何かをするつもりも一切ない。だからこそ、無責任な言葉を幾つも積み重ねることができる。

 

 ただ、そんなエーデルフェルトの老人たちを不思議なことにリーナは恐ろしいと思うことはなくなっていた。これまでの人生の大半を支配してきた老人たちの言葉を否定するだけの輝きを兄は放って見せたのだ。なら、今度は自分が頑張らなければならない立場である。

 

「リーナ、すまないが、俺だけではどうにも立ち上がれそうにない。肩を貸してもらえるか」

「ええ、兄様……」

 

 リーナに支えられる形で、ロイは立ち上がり、目の前に広がっている魔力を内包した杯へと足を進ませていく。聖杯の光、黄金色に輝くそれは決して完璧と言えるわけではないガ、それでも達人級の魔術師であったとしても、生涯を掛けて抽出することが出来ないほどの魔力量を有している。

 

「この力はエーデルフェルトの発展のために使わせてもらう。それが俺の選択だ。満足か、アフラ・マズダ!!」

 

『おめでとう、ロイ・エーデルフェルト。君こそが聖杯戦争の勝利者だと言っていいだろう。聖杯を最初に手にしたのはライダーだったが、聖杯を掴んだ者こそが勝利者。そうであれば、君以外に勝利者と呼ぶにふさわしい存在はいない』

 

 中空、何もないはずの場所から聞こえてきた声は変わることなく、ただ平然と起きた出来事を口走るだけであった。彼はこの聖杯戦争をけしかけておきながら、誰が勝利するのか、誰が願いを叶えるのかについてはさして興味はなかった。

 

 しいて彼の意見を上げるのならば、誰が勝ってくれてもイイという思いであった。誰が勝つにしてもそこには明確な真理が生まれるだろうと。自分が用意した箱庭の中で行われた実験の結果を眺める様にアフラ・マズダは訥々と語っていく。

 

『ただ、ほんの少しだけ私の意見を言わせてもらえれば、君が勝つと言うのは最も分かりやすい予定調和であったということでもある。世界が私の予想を裏切り、エルナン・コルテスに勝利を与えてくれるのかもしれないと思ったが……、悪徳に手を染めたモノに与えられる勝利はなく、久坂も奉もそういう意味では残念だった。彼らが勝利を手にすれば、私はまた一つ世界を理解するに及んだかもしれないと言うのに』

 

「俺が勝ったことが不満か?」

『不満ではないとも。ただ、驚きは少なかった。やはり善とは尊き者、誰かの為にと力を張れるものにこそ力は宿る』

 

「だが、俺は己を絶対的な善であるなどと思ったことはない」

 

 むしろ、ほんの少しでも道を違えれば、エーデルフェルトに対して反旗を翻す鬼になっていたかもしれないとさえ思う。総てはロイの隣で支えになり、理解者であってくれたリーナがいればこそ、そしてこの聖杯戦争でも自分が自分らしくあり続けることが出来たのはセイバーがいればこそだ。

 

 もしも、自分が絶対的な善の体現者であるのだとすれば、そのような心持ちになることすらもないのだろう。ただただ、単に自分の信じる正義を実行することによって、世界そのものを変革することだってできたはずだ。

 

 しかし、そんなことはできない。そんな器ですらない。だから……、ロイはアフラ・マズダの願いが叶うことはないと思うのだ。

 

「アフラ・マズダ、お前はこの聖杯戦争を通して、絶対的な善を知りたいと口にした。お前自身を定義するためにと、だが、そんなものはない。俺にも桜子にも、他の聖杯戦争に参加した者たちだって、大なり小なり正しさと間違いを重ねてきている。お前の願いこそ、聖杯に捧げなければ叶えられない願いだ」

 

 絶対的な善、存在するかもわからないその願いこそ、万能の願望機でなければ叶えることができないモノであると告げるロイの言葉に、アフラ・マズダはわずかなりの沈黙を置いてから、反応を示した。

 

『確かにその通りなのかもしれない』

「認める、の……?」

 

 アフラ・マズダの反応は横で聞いている桜子にとっても意外なモノだった。自分の母の命を奪う直接の原因であるこの神は、決して自分の目的を間違っていたなどと認めるような存在ではないように見えていたからだ。

 

『私は人に願われた。絶対の善であれと。その絶対の善という指標を人間の中に求めたが、それが確かに人間では実現できないからこそ、私に求めたと言うのであれば、確かに私がいくら求めようとも、舞台を整えようとも、実現することが出来ないのは道理なのかもしれない』

 

 人に実現が出来ないからこその神、万能の願望機が人に叶えることができないことを叶えるために存在している様に、アフラ・マズダと言う存在も叶えることができないからこそ、此処に存在しているのだとすれば……なるほど、ロイの言うことは正しい。

 

『私はそれを理解できた。召喚され、聖杯の中で一度、そして私が思うままに聖杯戦争を行い、私がようやく理解することが出来た。であれば、私も手法を変えなければならないだろう』

 

 理解をした。しかし、それと諦めることは全く別の意味であるとアフラ・マズダは静かに告げる。失敗したのであれば、次は別のアプローチをする。此度の聖杯戦争もアフラ・マズダからすれば、その手法の一つに過ぎなかった。

 

 人間が思い描く絶対的な善を見出すことが出来ないのであれば、致し方なし、他の方法で絶対的な善を表出させるしかない。

 

『聖杯は約束通り、君たちのものだ。好きに扱うとイイ、失敗であったなどと言うつもりはない。此度の収穫を経て、私は再び善の表出を行う』

 

「また、聖杯戦争を行うつもり……!?」

『すぐにではない、近いうちにと言う話さ。もしも、その時に出会うことがあれば、七星桜子、君も是非来るといい。その時は今回のように傍観者ではない。私も心からの歓迎をさせてもらおう』

 

「アフラ・マズダ、貴方はお母さんが命を懸けて封じた相手、それが今度こそこの世界に手を出そうとするのなら……、あたしは止めるよ。世界を守ってもらって、そしてこの聖杯戦争に関わった者として、今のあたしなんかじゃ何もできないかもしれないけれど、その近い時が来た時には、今のあたしのままじゃないって覚えておいて……!」

 

 桜子にとっても忸怩たる思いを抱えている。セイバー陣営との決戦を経て、至ったこの場ではロイに戦いを任せるばかりで、半ば傍観者のような立ち位置になってしまった。

 

 最後まで自分も戦い抜くことが出来れば……と思う気持ちがあればこそ、アフラ・マズダが告げるもう一度起こるのならば、その時はかつての母のようにこの神とも呼べる存在に対峙しなければならないと思いが先走り、口にしたのだ。

 

『君からそのような言葉を貰えると嬉しいよ、桜子。私の導きがあったとはいえ、君は見事に最後までこの聖杯戦争を戦いぬき、そして生き残った。

 君はいずれ、七星の運命と再び対峙することになるだろう。その時にも、君がまだ変わらぬ君であることを願おうか』

 

 最後にそんな不吉な言葉を口にして、アフラ・マズダの存在がこの世界より消失していく。まるでそんな存在は最初からいなかったかのように、この世界のどこからもその存在は消え去る。

 

 後に残ったのは、この聖杯戦争に関わった者たちと、魔力を減衰させながらも、いまだその黄金の輝きを放つ杯だけであった。

 

 足を進め、ロイはリーナと共にその杯へと今度こそ手を取る。少し触れるだけでも、聖杯と呼ばれるそれが莫大な魔力を持ち得ていることは明らかであった。

 

「今はこの勝利の栄光だけがあればいい。これを以て、エーデルフェルトは新たな未来へと進んでいくことだろう」

「ええ、兄様が掴んで下さったその栄光を、今度は私が……必ず」

 

 そんな二人の様子を遠坂蓮司は、この戦いを見届けた者として拳を握る。エーデルフェルトと遠坂、共に聖杯戦争に参加した者として、同じ根源に至ることを目指す者として、自分はあの二人のようにいつかは、栄光の為にと口に出来る存在になることができるだろうか。隣にいる彼女が神に啖呵を切った様に、自分も憧れた父のようになることができるのだろうか。

 

 分からない、未来の事なんて誰にだってわかるはずがない。ただ、蓮司は今日、此処に至るまでの聖杯戦争の多くをその眼で見ることが出来たことは自分にとって幸運であったと思う。

 

 多くの魔術師や人間たちがしのぎを削り合い、時に正しく、時に自分のエゴを剥き出しにした戦い、これまで自分の近くでしか観察してこなかった魔術師たちの世界に触れたことは、父を失い、否応なく遠坂の当主として、世界に飛び込んでいかなければならない蓮司にとって、大きな財産となることは間違いない。

 

「残念、といえば残念です。本当は、ミス・サクラコが、勝利するところを、見たかった、です」

「ノルン、ちゃん……」

 

「それでも、最後まで見ることが出来ましたから。ミス・セレスティーナの代わりに」

 

 そして、彼女もその役割を終えようとしていた。元より機能が停止するかどうかの瀬戸際にあった。最後は本当にホムンクルスらしからぬ気力だけで命を繋いでいたが、それも本当の意味で役割を終える時が来たと言うことなのだろう。

 

「サクラコ、レンジ、ありがとう――――」

 

 感謝の言葉を告げて、ノルンの瞳が静かに落ちていく。けれど、その顔に後悔の色はなく、彼女が自分で口にしたように、感謝と安堵の感情が見える様子だった。

 

 すべてが終わる。10日間に渡る聖杯戦争が今、ようやく終わりを迎えるのだと、桜子も蓮司もその実感を強く抱いていた。終わることを望んで戦っていたはずなのに、いざ終わると分かってしまうと、何とも言えない気持ちになってしまうのはどうしたことなのかと。

 

「桜子……」

「ロイ……」

 

 そして、桜子は改めてロイに声を掛けられる。全てが終わって、改めて顔を合わせてみると、何と口にすればいいのか驚くほどに思い浮かばない。称賛の言葉を口にすればいいのか、それとも今度は負けないと強がればいいのか……、どうにもそこが分からなかった。

 

「桜子、少しだけイイか?」

「え……?」

 

 ロイが桜子に向けて手を翳す。するとその手に渡った黄金色の魔力が同調するように光り、桜子の身体の中にある魔術回路に干渉したことが感じられた。

 

 ただ、何が起きたのかはわからない。劇的に何かが変わったわけでも、魔術回路が喪われたわけでもない。

 

「それはこの聖杯戦争で俺からキミに向ける手向けだ。それをどう扱うのかはキミ次第だ。最後に改めて、七星とエーデルフェルトの戦いに応じてくれて感謝する。君とランサーという好敵手がいたからこそ、ここまで戦い抜けた」

 

 戦士たちは還っていく。自分たちの戻るべき場所へと、いまだ夜の闇を照らす明かりは灯らない。

 

 けれど、長い長い夜がようやく終わりを迎えた。エルナン・コルテスが聖杯を掴み、ロイ・エーデルフェルトが最後の勝利者となった。

 

 秋津市を巻き込み、10日に渡った聖杯戦争はここに……終わりを迎えたのである。

今は勝利の栄光だけがあればいい。それを手にして、彼らの聖杯戦争は終わりを迎える

 




10日間の聖杯戦争は終わりを迎えました、いかがだったでしょうか。

次回最終回、エピローグです!

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