むかしむかし
桜の美しい国に、女がおりました
女は代々お城に勤め、王様を守る誇り高いお仕事をしておりました
女の母も、その母も、そのまた母も、誰より強くまっすぐな騎士として、皆の憧れの的でした
女にとっても憧れであり、自分も、いつか生まれる自分の娘にとっての誇りと憧れになりたいと願っておりました
やがて女も名誉ある隊長に任命され、貴族の男と縁談をして、自分の後を継ぐ娘を産みました
緑の髪の、玉のような我が子を女はたいそう可愛がりました
娘はすくすくと育ち、やはりお城のお仕事に向けて、日々の訓練にいそしんでおりました
女も娘もまわりの誰も、これまでと同じく娘が次の隊長になると疑っておりませんでした
ところがある日、娘は魔法の訓練に失敗してしまいます
幸いなことに怪我をした人はおりませんでしたが、爆発のような大きな魔力に耐えられず、娘は苦しみます
事故の話を聞かされた女は顔を青くして駆け付けました
寝かされた娘の顔はとても綺麗で、眺めただけではまるで何事もなかったかのようです
ですがお医者様はこう告げます
「娘さんの体は、胃も肺も壊れてしまい、かろうじて形と最低限の機能だけが残るばかりです」
女は嘆き悲しみます
ああ、神様。なぜ私なのですか。なぜこの子なのですか
しかし、お城勤めの立場というのは人に弱みを見せることを赦しません
なんでもないと振る舞う女でしたが、一人になれば涙を流し、娘の顔を見るたびに心の内ではいつも今すぐ抱きしめたい衝動を抑えておりました
療養して少しでもよくなって、1日でも長く笑っていてほしい。できることなら愛する人と子をなして幸せに生きていてほしい。と言葉にできればどれほどよかったことでしょう
聡い女は考えました
娘よ、あなたのような『化け物』にお城を任せるわけにはゆきません
心にもない残酷な言葉
女は自分が聡いことも、この決断をできてしまうことも呪いました
本当はただ、きゅうくつなお城の暮らしから解放したかっただけです
本当はただ、ボロボロの体を引きずってまで命がけの戦いに行かせたくなかっただけです
お城を言い訳にこんな言いかたしかできないなんて、なんと酷い母なのでしょう
許してくださいと言う資格さえもありません
あなたが幸福に生きるためなら、恨まれるぐらいなんともありません
娘と会える日がぐっと減り、女はいっそう悲しみにくれるのでした
女と似て心優しく育った娘は悲しそうな顔を見せますが、人でなくなった身として当然と素直に去ってしまいました
娘は誰も恨みません
娘は誰にも怒りません
裏切りとも言える母の言葉にも、こんな体になってしまった自分のせいだと考えます
女は養子をとり、娘同然に大切に育てますが、やはりほんとうの娘が心配でなりませんでした
娘はまだ生きているのだろうか。風邪などひいていないだろうか。あの体でちゃんと食べれているのだろうか・・・
不安で、時には娘が死んでしまう悪夢に飛び起きることもありました
街はずれの丘でときどき佇んでいる姿が報告されては、まだ生きていることに安堵の息を吐く、薄氷の上の日々でした
その生活が終わりを告げるのは突然です
まるでお城のような害虫があらわれ、手練れの騎士団でも歯が立ちませんでした
怪物は街に迫り、いよいよ死んでも街の人を守らねばならないかと思われたそのとき、ひとりの伝令が飛び込んできます
北方、目測ガルデの城塞付近と思われる地にて、戦闘が発生
緑の髪の剣士がたった一人で出撃し、たった一人で倒してしまった
そして、いくら探してもそこに害虫の死骸以外は見つけられなかった
女は驚き、訊き返します
何ひとつも?あの子自身も、服も、剣さえも?
なにを訊いても、娘が戦い、そして居なくなったことの証拠ばかりが出てきます
気丈にふるまう女もこればかりはふらりと倒れこんでしまいました
神様、またなのですか。どうしてあの子ばかりなのですか。あの子がなにをしたと言うのでしょうか
女にかけられる言葉のある者はおりませんでした
無理もありません
その力を恐れこそしても、少なからず娘を愛した街の者はみな同じ想いを胸に抱いていたのですから
女は嘘をつかれたなどと思っていませんでした
けれど言われたことを信じたくもありませんでした
夜な夜な草原へ出ては、よく見られていた丘へ、街を守った誇らしい傷跡へ、行ける限りのところを自ら見に行って、より確信を深めてしまいました
女がやつれていくのは明らかでした
無理にでも愛を注ぎ続ければよかったと後悔しました
450年の未来に娘は目覚めます
優しい怪物は仲間に恵まれて、体も少しはよくなりました
己の守った未来に受け入れられて、娘はいま、幸せに生きています
長い長い遠回りの先で、母の想いはようやく報われたのでした